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ユア・ブラッド・マイン 〜空と結晶と緋色の鎖〜

作者:のざらし
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第2話『歪む世界』

八月上旬。 世間的には蝉が種の保全の為に熱心に活動している頃。 ジリジリジリジリと暑苦しい声で鳴き始め、連日の猛暑を際立たせる。
本日は土曜日。 合宿当日である。
集合時間にはまだ早いが、数日前から同居人達が旅行に行っていて暇だった玲人は、一足早く待ち合わせ場所の近くに来ていた。

「おはよう草場君」
「随分と早いな玲人。 まだ誰もきてないぞ?」

にも関わらず、集合場所にはすでに人影があった。

「おはようございます。 武蔵野先生、燕さん」
「こら玲人。 私のこともちゃんと柳葉先生と呼べ」
「すいません、なかなか癖が抜けなくて……」
「全く……」

この二人は聖晶学園の教職員だ。
写真部顧問である柳葉燕(やなぎばつばめ)と養護教諭の武蔵野宇宙(むさしのそら)。 彼女らは互いに契約しているブラッドスミスでもある。 特に燕は学園入学前から玲人と交流があり、その頃の呼び方がなかなか抜けず日常的に今の様なやりとりがされていた。

「まぁいい。 早起きは三文の徳というやつだ。 これでアイスでも買ってこい」

そう言って500円硬貨を投げてよこす。
こういう所のせいでもあるんだよなぁと、口には出さないものの思わず苦笑いを浮かべる。 目を向けて見れば武蔵野先生も似たような表情をしていた。
燕に一言お礼を言ってからコンビニへと足を向ける。 500円もあればアイスを買ってもお釣りがくるが、彼女のことだから水分補給用のドリンクも一緒に買っておけという意味だろう。
とはいえ500円。 玲人の右手に握られたこの硬貨は玲人に選択を迫ろうとしていた。

「どれにしたもんか……」

価格競争の激しい昨今、安くて美味しいアイスなどいくらでもある。 いや、そもそも普段なら買うのを躊躇うような少しお高めのアイスにだって手が届く。 冷ケースに所狭しと並べられたアイス達はここ最近の猛暑もあり、どれも魅力的でなかなか選び出す事が出来ない。
数十秒悩み抜いた後、パウチタイプのバニラアイスと容量の多いスポーツドリンクを持ってレジに向かい会計を済ませた。 アルバイト店員の気の抜けた声を背に歩いていると、ふと自動扉の横に置かれた新聞が目に入る。
未だに収まるところを知らない人気アイドル熱愛報道の見出しに紛れて、我関せずと言いたげにそれは置かれていた。
新ヒーロー誕生!、という見出しとともに一面に大きくポーズをとる男児向け特撮番組のヒーロー。 先代より生物味の増したデザインは玲人が幼い頃に見ていた同系列の番組を思い出させる。
ふと懐かしい気持ちになって気が緩む。 緩んで、しまう。

「……がっ!?」

その緩みにつけ込むようにアレが訪れた。 視界が歪み、影が溢れ出る。 縦横無尽に荒れ狂う影に壁が、床が、空が砕かれる。 平衡感覚が失われ、身体中を浮遊感が包み込む。 もはや自分が立っているのかどうかも分からない。

深い

  深い

    闇に

      落ちて

…………



「……先輩?」

その声でハッと我に帰る。 いつのまにか立奈が目の前に立っていた。

「どうかしましたか? すごい汗ですけど……」
「いや……なんでもない」

自分に言い聞かせるようにして言う。

「なんでもないって……そうは見えませんけど……」
「本当に、大丈夫だから。 それより、何か買い物があったんじゃないか?」
「むぅ……」

納得はしていないようだが一旦引っ込めコンビニの奥へと消えていく。
完全に油断していた。 これだけ大きいのは久しぶりだ。
今、玲人に起こった現象が『歪む世界』だ。 内容に関しては個人差が大きいが、少なくとも玲人にとって『歪む世界』とはアレを意味する。
影という影が形を変え、全てが崩壊していく世界。
そんな世界でも意識すれば見えないようにできる分マシな部類だろう。 歪みが大きい場合は実際に肉体への影響が現れて日常生活に支障が出る可能性もあると聞く。
頭を振って未だに残る浮遊感を振り払い、集合場所に戻る。 ちょうど輝橋が到着したところのようだ。

「輝橋……」
「おっ、おはよー草場……ってすっげぇ顔だな。 寝不足?」
「似たようなもんだ」
「そっかー。 かく言う俺も昨日の夜はマイエンジェルがなかなか寝てくれなくてさー。 実質6時間しか寝てねーわ」
「この上なくバッチリじゃねぇか……」
「なんだ、さっきは寝不足なんて言ってなかったじゃないか?」
「あー、えっと……そういえば武蔵野先生と如月さんは?」

見回してみると先程までは居たはずの武蔵野先生がいない。 それに輝橋がいると言うことは如月も一緒に来ているはずだ。

「んー? そこの木陰で休んでる」

輝橋の指差した方では、武蔵野先生に膝枕されながらうちわでパタパタと風を送られている女性がいた。 輝橋のパートナーの如月羽音(きさらぎはね)だ。 真夏だというのに長袖のパーカーを羽織っている。

「クソ暑いのにあの格好じゃああなるだろ」
「一応魔鉄織り込んだ特別製だからあんま暑くないと思うんだけどなぁ」

苦笑いを浮かべる輝橋の足元でリュックサックが口を開いている。 そこからは経口補水液や塩キャラメルを始めとした大量の熱中症対策グッズが顔を覗かせていた。

「随分と大荷物だな……」
「んー? 他にもボドゲカドゲなんでもござれよ?」

よく見てみると輝橋はリュックの他にも大きいカバンを持って来ている。

「カメラは?」
「当然」
「宿題は?」
「とーぜん……」

目に見えて落ち込む輝橋。 自業自得という他ない。
そんな輝橋を揶揄っていると、コンビニから立奈が戻ってきた。 一瞬心配そうな顔を向けて来たが、普段通りに振舞っていると安心したのか何も言ってこない。
立奈も交えて雑談していると、少し遅れて立石と天野が集合場所へとやってくる。 遅れたとは言っても集合時間よりは10分ほど早い時間ではあるが。

「あっれー、私たち別に遅刻してないよね?」
「皆さん早いですね」
「それだけ楽しみにしていたという事だろう……全員揃ったな?」
「はいせんせー! マイエンジェルがダウンしてます!」
「あー……宇宙、様子はどうだ?」
「大分良くなりましたよ。 電車の中でも休めますし、大丈夫かなと思います」
「なら少し早いが……出発するか」



電車で一時間半、というのは遠いのか近いのか。 長距離の移動となると交通はかなり発達したが、ローカル線は鉄暦とあまり変わらないと聞いたことがある。
元々まばらだった乗客はいつの間にか完全にいなくなり、車内は玲人たちの貸切状態となっていた。

「3。 そういや合宿場……虎徹山だったか? どんなところなんだ?」
「4、っと……聞いた話じゃ戦争末期に鉄脈術のの影響で地殻変動があって出来たとかなんとか。 あ、そっちのお菓子も頂戴」
「どうぞ。 山まで作っちゃうなんて鉄脈術ってのは凄いねー、5」
「飛鳥も他人事じゃないけどね……」
「ろ、6……」
「「ダウト」」
「うっ……」

輝橋の持ち込んだスーツケースに伏せられたトランプが公開される。 スペードの8。 しょんぼりとしながら立奈が場に出たカード全てを回収していく。
再びゲームが進行するが、2周に1回は立奈の手札が増える。 逆に輝橋と玲人は順調に手札を減らしていき、 最終的には勝者の証となるチョコレートを手にすることとなった。

「も、もう一回!」
「やめときなって。 立奈ちゃん向いてないよ?」
「顔に出すぎだな」
「あんたらが大人気ないってのもあるけどね」
「まぁまぁ。 別のゲームにしませんか?」
「うぅ……」

その後もババ抜きや大富豪といったカードゲームを行うが、考えていることが表情に出やすい立奈が上手くゲームを進められる筈もなく……

「ゆ、唯ちゃん。 ドンマイドンマイ」
「いいんです……ババ抜き弱くても万年大貧民でも……」
「草場ースピードやろうぜー」
「カードゲームはもういいだろ……」

トランプを纏めて輝橋に返す。 ふと窓の外に目を向けると、いつの間にかのどかな田舎といった風景が広がっていた。

「そういえば、北海道(こっち)に来てから遠出するのは初めてか……。 こっちの方は自然が多いんだな?」
「そっか、草場は中学までは東京にいたんだっけ? こっちの方は結構キャンプとかするのに人気なんだよー。 私たちも小さい頃はよく来たし」
「お前たち、遊ぶのもいいがあと30分もせんうちに目的地だ。 いつでも降りられるようにしておけよ?」
「わかりました」

燕に促されて荷物を片付ける。 とはいえ輝橋のトランプ以外に特に何か出していたわけでもなく、各々菓子のゴミを纏めるくらいだ。
手持ち無沙汰になった玲人は窓枠に肘をついてぼんやりと外を眺める。 流れていく景色に紛れて時折窓を叩く黒い影。

「(……今日は随分と元気だな)」

普段なら意識の外に追い出せるのだが、どうにも今日は常に視界の端に影がちらつく。 まるで本格的に玲人を引きずり込もうとしているようだ。

「……どうかしたか?」
「あ、いえ……」

向かいの席で立奈が心配そうな顔でこちらを見ていたことに気づく。 今朝の事がやはり気にかかっているのだろうか。
立奈を心配させないように軽く笑顔を作ってみせる。

「あんまり深刻に思うな。 俺たちにとっては日常茶飯事だ」
「そんな……いえ、そうですか」

これは失敗だったか、立奈は顔を伏せてしまう。 だが、これ以上追及されないならそれでいい。

「おっ、虎徹山見えてきたよー」

輝橋の言葉に立奈も顔を上げて窓の外を見る。 確かに、雄大に聳え立つ山が顔を覗かせていた。 あれが虎徹山だろうか。

「次の駅で降りてしばらく歩きだね。 マイエンジェル歩ける?」
「な、なんとか……」
「途中でダウンするようなら輝橋がフォローしてやれ。 魔女を助けるのも製鉄師の仕事だ」
「はーい」

目的地を目の前にして興奮したのか、立奈の顔から先ほどまでの暗い表情が消えていた。 とりあえずは良かったと思い、窓の外へと目を向ける。
相変わらずそこには、漆黒の影があった。






……

…………

………………

「やぁ、君から連絡してくるなんて珍しいじゃないか?」

……

「なんだその話か、ニュースで見たよ。 コメンテーターって人種は相変わらず好き勝手言うね?」

……

「わかってるさ。 聖晶(ウチ)の教員連中にも注意するように言ってる」

……

「……何?」

……

「……本当なのかい?」

……

「……そうか、わかった。 私も警戒しておくよ」

……



「……厄介な事にならないといいが……」 
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