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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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想いは紅涙と共に

先の事実の吐露が原因なのは分かりきっている──夕食後の皆揃いを前に、白雪から小半時間ほどの詰問を受けてしまった。それほど自分の系譜、言いもてゆけば自分が、いわゆる彼女と同胞の超偵であることを意想外に思われていたのだろう。その詰問の根幹が、新たな同胞を前にした親近感から出たものなのか、単なる彼女の興味から出たものなのかは定かではないけれど……。

自室のベッドの上で、自分はそれを反芻しながら寝返りをうった。公言しても当たり障りのないところだけを話したとはいえ、キンジやアリアも初耳と思われる情報まで話してしまったのは、彼と彼女にとっての新たな収穫だろう。それだけ白雪の勢いは、爛々とした光を見せていた。
同時に白雪もまた、自分の知り得ない情報を──S研ならではの知識でもって教えてくれた。これぞ同様に自分にとっての新たな収穫で、そこは衷心から感謝を込めてお礼を伝えておいた。

しかし白雪にとっては、一族の系譜などは二の次だったらしい。その理由を問い掛けてみると、「だって、武偵校には『ご先祖さまが有名人』って人は何人か居るでしょ? あんまり珍しくはないし……。それよりも、陰陽術の方が気になりますっ。詳しく説明してください」と食い気味にまたもや詰問を受けてしまったので、仕方なしに説明した次第ではあるのだけれど……。

《境界》や《五行陰陽》といった基軸となる陰陽術は安倍晴明が開発して、以後は子々孫々と本家の人間が研鑽を重ねてきたこと。まずはそれを告げると、白雪はこう質問してきた。
「陰陽術を発動する時の媒体は何なの?」
「氣だね。肉体的、精神的な体力の感覚はみんな持ち合わせているけど、自分はまた別に、氣の残存量……というのかな。感覚は同じだけどね。そういうのを感じるなぁ」

氣とは、肉体的な体力とも精神的な体力とも同一視が出来ない、何やら特有のものらしい。体力のように抽象的な概念で、敢えて具体化するならば桶に汲まれた水の量──だろうか。陰陽術を使う度にその水が桶から抜けていって、空になった刹那に発動が不可能になってしまう。
魔力とか霊力とかAPとか、言葉は違えど示唆する内容は同一のものだろうと思っている。

それを聞いた白雪は、やにわに告げた。「あっくんは、Ⅰ種超能力者だね。私と同じ」
聞くところ、どうやら超能力の発動媒体によって、超能力者はジャンル分けされているらしい。Ⅰ種は糖分やアルコール、更には魔力や氣など、未知なるものを媒体にする超能力者だとか。

「大刀契っていう妖刀もあったよね? それはどういう刀なの?」
「元々は安倍晴明が当時の天皇に献上したもので、本来は護り刀なんだ。それとは別に彼が打ったのが、これ──《緋想》という銘だけどね。一族の護り刀として本家に継承されてるよ。この《緋想》が妖刀というのは、実は持ち主の氣を吸収するという点にあるんだ」
そう言った時の訝しげな白雪の表情を、脳裏に思い返してみる。

「持ち主が本家の人間なら誰でも、それぞれの持つ固有の氣を把握して、どうやら《緋想》はそれぞれに固有の能力を与えてくれるようでね。自分の場合は《明鏡止水》というんだ。五感が鮮明になって、時間の流れが非常に緩やかになって見える。大刀契とは氣を媒体にする妖刀だよ」
そんな具合の説明を続けたところで、白雪はある程度の納得が出来たらしかった。「興味深いお話を聞かせていただいて、ありがとうございました」と慇懃に叩頭されてしまったから。

それにしても、ここまで白雪が興味を持つとは思わなかった。こちらもこちらで話す内容の選別に苦労したし、何より相手はキンジやアリアとは違って、星伽一族の巫女なのだから──。
そこまで考えを巡らせていると、不意に扉のあたりから声が聞こえた。「ねぇ、彩斗、今って入っていい?」それは感情を押しとどめたように静静とした、アリアの声だった。少しだけ開いた扉の合間から顔を覗かせながら、その赤紫色の瞳はこちらの様子を窺い見ているらしい。


「いいよ。何か用でもあるの?」
「うん」


アリアは力強く頷いた。そうして扉を閉めるが早いか、いつもより軽い足取りで、そのまま一直線に自分の居るベッドの上へと駆け寄ってくる。彼女は両膝をそこに立てながら、寝具についた華奢な腕を支えにして、上気したような頬と前髪に隠れた赤紫色の瞳で、自分を見つめてきた。
入浴を済ませてきたのだろう──額や頬のあたりにはまだ水滴が残っているし、下ろした髪からは洗髪剤の芳香も鼻腔を香ってくる。彼女特有の梔子らしい香りもまた、それに混じっていた。


「──っ、何の……つもり?」


平生の彼女の行動とは似つかない、その艶やかな雰囲気に呑まれかけているのを感じていた。何のせいか締まりきった咽喉を震わせながら、泰然を繕う様を気取られぬように努力もしていた。
アリアはそれに一瞥もくれないまま、「あのね」と呟く。泡沫のような声遣にさえ、今の彼女の胸の内がありありと浮かみ現れていた。泡沫のように消え入りそうで、そして弾けた声だった。


「司法取引のおかげで、ママの最高裁での刑期が大幅に減刑されるだろうって! 裁判で理子が証言するのはまだ先だけど、《武偵殺し》の122年ぶんは確実──って弁護士先生が電話でさっき話してくれたの。それでね、まだあるのよ? 理子が言ったらしいんだけど、『自分の今後の武偵活動の復活を条件に』っていうことで、《イ・ウー》についての情報まで話したみたい!」


アリアの吐き出す言葉は、全てが色彩に満ち満ちていた。胸の内から吹き零れるような喜悦を隠そうともしないままに、彼女は何度も何度も前かがみに自分の顔を覗き込みながら、その眦の上がった目を細めていた。降り掛かる水滴を指の腹で拭いながら、自分も内心で驚嘆する。
それが思わず声に洩れていたのだろうか──アリアは小さく頷くと、指折々と数えだした。


「理子が話せるところだけなんだけど、《イ・ウー》の内部と、《魔剣》のことも言ってた。やっぱりメンバーなんだって。それで、《魔剣》が動き出した目的まで教えてくれたらしいの。ママへの濡れ衣を着せた──って証言するだけが、本当なら理子の役目のはずなのに……」


アリアは語調を下げながら、訝しむようにして目を伏せた。余計な仕事を働いた理子の魂胆を、必死に模索しているのだろう。武偵活動の復活を条件に──という、妥当ながらも裏がありそうな話を聞いてしまっては、自分もアリアも考慮を重ねる以外の方法はなかった。
しかし彼女の経緯や魂胆はどうであれ──目前の利を見れば、それは落胆すべきことでもない。理子のその行きさつは気になるところだけれど、今すぐに自分たちがどうこう出来ることでもないだろう。時期が来たら話をすればいい。今は自分たちが、出来ることをするだけの時間だ。


「……でも、良かったね。これで君の母親に、少し近付けた」


アリアは自分の告げたその言葉に、醒めたようにして顔を上げる。そうして何度か大きく頷いてから、赤紫色の瞳を瞬かせた。その瞬きも2度が限界だったのだろう、前髪の奥にある目尻のあたりに紅涙を満ちさせながら、何とか唇を閉じて嗚咽を噛み殺している。唇の隙間から漏れる嗚咽も次第次第に大きくなっていって、遂にはあの時のように、子供らしく泣き腫らしていた。

彼女は必死に目尻のあたりを拭いながら、赤くなった目元を隠そうと前髪を下ろす。そうして、気恥ずかしそうに「……ごめん」と、吐息のようにして呟いた。あの時とは、違っていた。
「なんでアリアが謝るの。謝らなくてもいいんだよ」そう苦笑する。おもむろに手を伸ばしてから、まだ拭い切れていない生温い紅涙を、親指の腹で綺麗に拭い取った。 彼女はまた大きく頷くと、「……ありがとう」と零す。そのまま手を胸のあたりに握らせて、涙声を吐き出した。


「なんだか胸のあたりがギューってなって、会えないママのこととか、彩斗がパートナーになってくれたこととか、寂しいとか嬉しいとかがグチャグチャになっちゃって……、それで……。それでね、自分でもよく分からないんだけど、勝手に涙が出てきて、止まらなくなっちゃって……」


いつもの勝気な少女の面影は、そこには微塵も見えなかった。いつもは気丈に振る舞っているのを間近で見知っているからこそ、時折こうして見せる彼女の──子供めいた弱気な態度に、安堵してしまっている自分の一面もある。同時にそれは、自分がいかに彼女に信頼されているかという度合いの証左でもあった。他の誰でもなく、如月彩斗にだけ零した少女の本音が──。


「寂しくなって甘えたくなったら、誰かに甘えればいい。弱音を吐きたくなったら、誰かに言えばいい。泣きたくなったら泣けばいいだけの話だよ。抱え込んでしまうのが、君自身にとって最悪なんだからね。その相手がいない君じゃないでしょう。気位の高い君のことだから、弱気は見せたくないって言うでしょうけれども……。隣に身を置ける相手がいることも必要だよ。別にそれが如月彩斗でなくても構わないし、他にそういう人がいるのなら、その人は大事にしてね」


アリアは泣き腫らした目元を拭い拭い、赤紫色の瞳を瞬かせながら頷いた。それは勝気な少女が自らの弱気を認めた一刹那であると同時に、彼女以外の人間にも甘えを見せた一刹那だった。
彼女の隣に居れるのが自分でありたいとは、微塵も思っていない。ただ万が一にも隣に居てくれるというのならば、それだけの努力はするつもりだ。或いは、彼女と交流のある人間のなかで、自分の隣を彼女にとって最も居心地が良くできるように──という努力も、惜しんではいない。

アリアのため、と思いながら行動してしまう節が無いわけではない。むしろ多分にある。その行動の源泉は何処にあるのだろうと思うたびに、いつも自分の答えはだいたい似ていた。それは自分自身のお人好しな気質と、彼女に対する清廉無垢な感情から来ているのだ。その2つだけだ。
恐らくこの源泉は、増えることはあれど減ることはないだろう。何故だかそう確信できる。

「……だったら」おもむろにアリアは呟いた。細々とした声だった。
「甘えたくなったら、彩斗に甘える。たぶん弱音だって吐くし、泣いちゃうこともあるかもしれないけど、絶対に抱え込まない。……アタシなんかのことを分かってくれてる、たった1人のパートナーだから。だから、大事にする。何かあっていちばん頼れる人が、彩斗しか居ないもん」

彼女は話の途中で、幾度かその赤紫色の瞳を自分から逸らしていた。頬が紅潮しているのは、きっとお風呂上がりで上気しているからではないのだろう。泣き腫らした目元と同じくらいの色をしていることを自覚しているらしい彼女は、「でも」と語調を強めて話を続ける。


「……彩斗ばっかりに、そういうのはさせたくない。自分だけがやるのは、なんか嫌。だから、彩斗も同じことをアタシにしていいよ。甘えたくなったらアタシに甘えて、弱音を吐きたくなったらアタシに言って、泣きたくなったら泣いていいよ。慰めてあげるから。……ね?」


──こんな彼女がときおり見せる優しさだからこそ、やはり、自分は彼女に惹かれているのだ。
その優しさには、微笑を浮かべ返すくらいが、関の山だった。 
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