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人類種の天敵が一年戦争に介入しました

作者: C
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第22話

 遠い目をするレンチェフだったが、呆けてばかりもいられない。フェーズ3にはこれまでと違い、非常に注意を要する点があるのだ。真剣な顔で通信機に向かう。

「団長、覚えてるか? フェーズ3で一番大切な事だ。団長の機体は敵味方識別装置に設定されていないので、両軍から撃たれると思ってくれ。逆にと言うのもなんだが、今回ばかりはジオン軍への攻撃もある程度はコラテラルダメージとして処理する」
「うん」
「子供か」
「ばぶー」
「赤ちゃんか」
「きゃっきゃっ」
「……まじめにやってくれ」

 げんなりしたレンチェフの声とは反対に、野良犬の声には張りがあった。

「久しぶりの出撃だからなー」
「昨日も出撃があったと思うんだが」
「昨日は昨日、今日は今日さ。やっぱり1日の始まりは都市を焼いて優雅にラッテ・マッキアートだよ」
「キエフはトーストの代わりか」
「あいにくと私はビスコッティ派なんだ」

 ビスコッティってなんだよ、と一瞬だけ考えるも、今は作戦に関わる真面目な話の最中だ。真剣な話を雑談で流されては困る。レンチェフは咳払いをして仕切り直す。

「好き嫌いが激しいのは結構、その調子で打撃は敵に偏らせて、味方への攻撃は避けてくれ。フェーズ3で連邦軍に与えた損害は追加報酬になるが、ジオンに対する損害でマイナスになる。顔見せで味方の前線指揮官を斬首とかシャレにならんぞ」
「ガルマ・ザビ司令官戦死!」
「それはマジでやめろ」
「わかってるわかってる」
「本当だな!? 絶対にやるなよ!?」

 隣で通信を聞いていたシマの顔に汗が浮かぶ。日本文化に興味津々の野良犬は、よりにもよって昨日「押すな押すな」という古典芸能を鑑賞したばかりだ。
 自分がどれほど危険なフリをしているかも気付かず、レンチェフはくどいほど年を押す。

「もしガルマ様の首を飛ばしてみろ、銃殺確定だぞ。俺が」
「……ふわ……」
「欠伸してんじゃねーぞ。もちっと俺の最期に興味持てや」
「無理」
「俺が銃殺されると、新型機もザクも乗り手が居なくなるぞ」
「ふーん、じゃあ次のパイロットを貰わないといけないな。死ぬ前に引き継ぎ済ませといて」
「テメエの血は何色だ!」
「コジマグリーンじゃないの?」
「人間じゃねぇ!?」
「知らなかったのか? 随分昔にただの人間は辞めたんだ」
「いつだよ」
「適合手術を受けて山猫になった時」
「もうやだこの団長」

 話が通じないと泣き言を溢すレンチェフだったが、別に野良犬はレンチェフをからかっているわけでも嘘をついているわけでも煙に巻いているわけでもなかった。野良犬を含むネクストACのパイロット達を俗にリンクスと言うが、リンクスは非常に特殊な人体改造をふんだんに施されている。あるリンクスなどは生身の部分は脳の一部だけとすら噂されていたほどだ。これは極端な例であるし、リンクスの殆どは人間を辞めたなどと意識したこともないが、この世界の普通の人間がリンクスの詳細を知ったとき、リンクスを自分達と同じ人間だと判断するかは微妙だ。おそらく人間扱いしないだろう、という自嘲を込めた野良犬の言葉だったが、リンクスを知らないレンチェフには通じない。

「……とにかく団長、なんであれ、ガルマ様をチョンパしていい理由はねぇんだよ」
「でも実際、私はガルマ大佐がどこにいるかも知らないんだ。適当に攻撃したら大当たりという可能性だってある」
「なぜそこで誤射をなくそうという話にならないのか、これがわからない」

 フェーズ3の最大の難関はまさにそこだった。今回の作戦はマ・クベ中将からの緊急の依頼であって、救援先のガルマ・ザビ大佐には知らされていない。知らせようにも既に地球連邦軍との間には戦端が開かれており、第二次降下作戦の司令部とは電波妨害や地形、気象等々の要因から連絡がとれなくなっている。
 もし前線が乱戦になっていたら、もしガルマ・ザビ大佐が前線で指揮していたら、そこに異次元の強さを誇るアンノウンが現れ、アンノウンが攻撃されて咄嗟に反撃した場合……万に一つの考えたくもない事態が起こる可能性はゼロではない。

 第二次降下作戦開始直後、諜報員から当該戦域の連邦軍の戦力は10倍超という情報が伝えられた。結局それは誤報であり、連邦軍が被災地の救助等に分散した結果、実際は約5倍だったのだが、それでもルウム戦役どころではない戦力差となる。既に部隊の降下は開始されていた為にジオン公国軍首脳部はパニックに陥ったが、そこで支援を申し出たのが第一次降下作戦の責任者、地球侵攻軍総司令官のマ・クベ中将だ。

「現地の武装勢力を組み込んだことで、アジア、インド方面の戦力に余裕があります。再編中の部隊を打ち上げ、北米に再突入させましょう。現在進行中のガルマ大佐の率いる降下部隊第一陣には間に合いませんが、第二陣の到着前に戦線投入が可能な筈です」

 可能な限りの戦力を投下するため、HLVに人員や装備を積載限界を越えて詰めるだけ詰め込む。限界を越えた分の帳尻を合わせるには燃料を減らす他はなく、燃料を減らせば再突入に必要な分のエネルギーを確保出来ない。不足分のエネルギーは軌道上で待機している艦隊から補給を受けて再突入するという、泥縄式の戦力投入である。泥縄式とて、いや、だからこそ、作戦の支援は万全が期された。打ち上げる戦力はマ・クベ中将の地球侵攻軍、軌道上で補給と補充を行うのはキシリア・ザビ少将の突撃機動軍、宙域の護衛はドズル・ザビ中将の宇宙攻撃軍と、ジオン公国の総力を挙げた降下作戦となったのだ。ギレン・ザビ総帥の親衛隊や本土防衛隊は出来ることがないので画面越しに応援となる。
 ほぼオールジオンで行われたガルマ・ザビ救援作戦だったが、これとてマ・クベにとっては見せ札に過ぎない。本命は真っ当な支援などではないのだ。相手は旧アメリカ合衆国。衰えたりとはいえど、未だ地球連邦加盟国で最強の存在だ。ジオン公国の陸戦部隊の総力を挙げるならまだしも、複数回の降下作戦を見越して戦力を分割した内の一方面軍程度でどうこうできる相手ではない。諸事情で分散したとはいえ、それでも現地の戦力差ですらマ・クベの指揮下の戦力をすべて派遣して何とか、という状況だ。まともにぶつかって、まともに支援して……まともまともの積み上げで勝てる状況でも相手でもない。非常の時には非常の策が要る。

 マ・クベは躊躇なく自身の切ることのできる最高のカードを切った。存在をいかに秘匿するか、独占するかとここ数日に渡って心を砕いてきたが、そんな苦労とは悪い意味でさようなら。方面軍への根回しから鼻薬から文書偽造や虚偽報告や物資の横流しや部下の事故死、何から何まで全て無意味になってしまうが、それでも手札を晒した。マ・クベの切り札、野良犬だ。

 今のところは北米まで足を伸ばすつもりはない、と渋る野良犬を、大量の物資という報酬で無理矢理頷かせたのである。再編中のアジア、インド方面部隊に使う予定だった物資がそのままリリアナの報酬として前払いされるし、バイコヌール宇宙基地で発見された貴重な大型シャトルが野良犬をニューヨーク沖に輸送するためだけに使われる。ここまでは野良犬を北米に往復させることに対するコストや報酬であり、作戦に対する成功報酬はまた別に計上されている。今回の作戦が終わった時には地球侵攻軍の機密費は空になっているかも知れないが、ガルマ・ザビ本人の安全と引き換えなら安い取引だ。
 空になった機密費は後でギレン総帥やキシリア少将からいくらでも取り返しが利くし、自身の支援でガルマ大佐を助けたとなれば、本人が武人肌で自分の事を良く思っていないドズル中将からの心証も好転するだろう。何より、ジオン本国の世論とデギン公王へのアピールになる。野良犬が狂犬過ぎてガルマ大佐に危害が及ぶ可能性もあるにはあるが、何もしなければ連邦軍に圧殺されてしてしまうのだから、狂犬程度のリスクなど無いも同然である。
 全弾装填した銃と、一発しか装填していない上にその一発が99%以上の確率で空砲の銃。ロシアンルーレットをするならどちら? という話だ。迷う余地など無い。
 全てを理解して切り札を投入したマ・クベと違い、オペレーター席でガクブルしているレンチェフにはそこまでの理解も情報も覚悟もない。ガルマ・ザビの無事をひたすらに祈るだけである。

「さて、降下予定座標が近いな。シマ、係留索を外す。ハッチを開けろ」
「わかりました」

 野良犬の指示にシマが開閉ボタンを押し込むも、開放を示す警報は鳴らない。

「……?リーダー、ハッチは開放されましたか?」
「動く気配もないよ」

 再び操作を試みるも、機器の反応の無さにシマはため息と共に髪をかき上げる。

「リーダー、動いていないようです。故障でしょうか」
「故障だと? 直せるのか?」
「今調べます。少しお待ちを」

 シマの細い指が端末を目まぐるしく操作する。同時に機長とやり取りをしながらも目は各種のモニタリングを追い続ける。一人で何人分もカバーできるシマ・ハチジョウの大活躍により、原因が判明するまでそれほど時間はかからなかった。

「リーダー、原因が判明しました。貨物区画の一部に電力が通っていません」
「直るか?」
「応急処置は不可能だと思います。機体のログを辿ると、リーダーの機体を収容して扉を閉鎖した際に駆動部分の一部に異様な負荷がかかっていました。不通箇所の電気的な修理は可能でも、開閉部分の機械的な修理は飛行中は不可能だとキャプテンが」
「つまりここまで来ながら出撃不可だと……!?」
「これも相当に古い機体ですからね……」

 シマの声には困惑とある種の諦めが、野良犬の声には抑えきれない苛立ちが滲み出ている。二人の通信を横で聞いているレンチェフだけが、声を出さずに快采を叫んでいた。野良犬が出撃出来ないということは、ガルマ大佐が野良犬に食い殺される未来を回避することが出来たと考えたからだ。それはつまりガルマ大佐が連邦軍に殺される未来が確定したということなのだが、レンチェフにはそこまで先が見えていない。
これはレンチェフの頭が悪いということではなく、情報の不足によるものだ。マ・クベ中将が送った増援で事足りると思っているのだが、思わされている、というのが事実に近いだろう。思わせているのは勿論、壺の大好きな男だ。
 レンチェフが自身の無事を確信して一人拳を握りしめていると、野良犬が言葉を続けた。

「仕方ない。少し強引に出る」
「出る?」

 唐突な言葉にシマもレンチェフも戸惑うばかりだが、野良犬自身が分かりやすく解説をしてくれた。

「壁を壊す」
「なっ!?」
「はい、どーん」

 野良犬の言葉と共に輸送機が揺れた。間一髪で自動操縦を解除したパイロットがどうにかこうにか墜落を防ぐ。鳴り響く緊急警報と機体を襲う振動の中、必死で席にしがみつくオペレーター達とは違い、犯人は澄ましたもの。

「おーおー、やるじゃん。いい腕してる」
「今何やったんですか! 本当に壊したんですか!?」
「わんわん嘘つかない」
「飛んでる最中に!? 機体外壁抜いた!? 頭おかしいでしょ!」
「うん」
「子供か!」
「ばぶー」
「それはもういいです!」
「私は昨日勉強したんだ。繰り返しこそギャグの基本、とな」

 シマはヘッドセットを外して頭をかきむしった。この野良犬の悪気の無さよ! 悪いと知っていて悪びれないよりタチが悪い。何しろ本人は、全く、これっぽっちも悪いと思っていないのだ。玄関が開いていなかったから勝手口を使いました、というノリで壁をぶち抜き、輸送機が堕ちるかどうかという瀬戸際で昨日見たお笑いの復習をする。頭の中身がどうなっているのか気になるが、多分、どうせ、人を殺すことと街を焼くこと以外に何も考えていないのだろう。


「全ッ然笑えないんで! まず空気読もう!」
「私には無理だな」
「でしょうね! もうさっさと出て行ってください! こちらも離脱します!」
「はいはい。シリエジオ、出撃する!」

 散々やりたい放題言いたい放題やらかすと、野良犬の愛機は輸送機の横腹から空に飛び出した。

 数時間後。

 ニューヤーク防衛部隊は壊滅し、ジオン公国は地球連邦の首都を占拠した。ガルマの搭乗していたザクの頭部は野良犬に吹き飛ばされたが、ガルマ自身は軽傷で済んだ。更に野良犬の機体に攻撃を命中させるという快挙を成し遂げた。後に規制が解除されリリアナや野良犬によるヨーロッパの被害情報が出回ると、ガルマ・ザビは死神を退けた男として地球市民から絶大な支持を集めることになる。

 なお、北米攻略作戦と同時期に、ジオン公国軍欧州方面軍は接収した大型輸送機の試験飛行を実施。同機は帰投途中に北アフリカ上空で空中分解して洋上に墜落したが搭乗員は全員が脱出に成功したと、ニューヤーク制圧の大勝利の陰に隠れるようにひっそりと発表された。
 幸運にも無事生還した乗組員達だったが、彼等の多くは生きて終戦を迎えることはなかった。戦争では珍しくもない話であるが、その裏でジオンの骨董屋が暗躍していたことは知られていない。 
 

 
後書き
 さらっと流していますが、キエフも地図から消えましたね。オデッサに近いのがあかんかったんや……

 さて、北米制圧も完了して、ここから戦局は膠着状態になるはず。つまり一気に時間を飛ばして今度こそガンダムだ! 
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