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ある晴れた日に

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597部分:誰も寝てはならぬその十五


誰も寝てはならぬその十五

「一度聴いたら忘れられねえな」
「そうでしょ。それでこの曲はね」
「ああ。それで何なんだ?」
「母親を想っての曲なのよ」
 このことがまた話された。
「一番大事な人をね」
「一番大事な、か」
「それでこの歌を歌う主人公のマンリーコはね」
「マンリーコ?」
「このトロヴァトーレっていうオペラの主人公よ」
 それだというのである。その主人公だというのである。
「その人の歌なのよ」
「このド派手な曲のかよ」
「そういうこと。それでだけれど」
 話す春美の顔は真剣なものになっていた。その顔で話すのだった。
「この曲のあと敵の中に斬り込むのよ」
「敵の中にかよ」
「自分の命も顧みずにね」
「自分のかよ」
「ねえ春華」
 ここまで話して彼女に声をかけてきたのだった。
「このことどう思うかしら」
「どう思うか、かよ」
「あんたいつもお友達大事にしてるじゃない」
 そして話はこのことにも移るのだった。
「とてもね。お友達が危なくなったらやっぱりあんたもそうするのかしら」
「そうだよな」
「あんた今までだって」
 春華の過去のことも話したのだった。
「奈々瀬ちゃんや咲ちゃんに何かあったら一番に駆け付けたわよね」
「ああ」
「それがあんたのいいところよ」
 まさにそこがというのだ。春華はそれを項垂れている顔で聞いていた。
「そうした一途なところがね」
「一途なかよ」
「乱暴なところもあるけれど真面目に向かうのがいいのよ」
「それがうちらしいのかよ」
「迷わずに一直線にね」
 まさにそれが彼女だというのだ。春華だと。
「このマンリーコは自分の命を顧みないで向かったのよ」
「それがこの曲なんだよな」
「その結果命を落とすけれど」
「死ぬのかよ」
「そうなの。けれど」
「けれど?」
「あんたみたいに一途に突き進んだのよ」
 それだというのだ。
「普段のあんたのね」
「普段のか」
「どうするの?」
 あらためて春華に問う春美だった。
「迷うのは好きじゃないでしょ」
「ああ」
「だったらマンリーコみたいにしてみたら?」
「一途に」
「そうよ」
「そして激しくだよな」
 それを聞いて考える顔になる春華だった。少し俯いている。そうしながらの言葉だった。そして聞いているうちにだ。その考えが決まったのだった。
「ここまで激しくな」
「やってみたいと思わない?そう」
「ああ、かもな」
 顔が少しあがった。
「それじゃあやってみるな」
「そうするのね」
「ああ、何かこの曲があたしらしいな」
 こんなふうにも思うのだった。
「派手に、何も考えずにな」
「そうね。その方が確かにあんたらしいわね」
 春美も笑顔で応える。
「それじゃあね」
「とりあえずシャワー浴びるよ」
 いつもの微笑みになっての言葉だった。もうそれでいくと決めるのだった。そうなれば後は行くだけというのがまさに彼女だった。
 
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