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ユキアンのネタ倉庫

作者:ユキアン
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ありふれた職業で世界堪能 2


「カレー粉でどうにもならないとは、やばい肉だな」

カレー風味の豆を挽いて作ったカレー粉らしき物をふりかけて焼いた肉を食べる。最初の一回はめちゃくちゃ苦しんだが、その後は胃酸強化とちょっとしたおまじないでなんとかなった。

「それでも、そのままよりは食べやすいよ」

「ステータスも上がるから我慢するしかない。技能も大分増えてきて、これならオレも戦えるはずだ」

白崎とハジメも我慢しながら肉を食べている。生き残る為の力をつける行為なんだと割り切っている。その後は儂の作った野菜で口直しをしている。とはいえ、強引に作っている物だから味は落ちている。

「義手の方は良いのか?」

「大雑把な動作なら問題ない。卵を割らずにつまめるかどうかはわからないが、そういう力加減が怪しいだけだ。それに良い材料が手に入ったからな」

そう言って自分の背嚢から映画などで見るものよりも大型の銃を取り出す。

「使えるのか?」

「一応は。あとは連携中に当てれるかどうかだけど、こればっかりは練習するしかない」

「使えそうなら猟銃を作ってくれ。将来必要になるかもしれないからな」

「必要?」

「害獣駆除も農家の仕事だ」

今でも罠は仕掛けているんだがな。

「ぶれないな、徹は」

「簡単にぶれるうちは餓鬼だ。全くぶれないやつは老害だ。変化に柔軟に対応せねばな。こっちでは銃刀法違反などないのだ。練習し放題だな。問題は試験勉強ができないことか」

そう言って笑ってやれば、やれやれという風に首を振ってから多少笑みを零す。よしよし、笑えるうちは精神は大丈夫だ。儂は多少禁断症状が出そうになっている。ぶっちゃけ畑を耕したい。土いじりをしたい。戦闘用の豆の作成は飽きてきた。今ならちゃんとした仙豆が作れそうなんだ。

ハジメも銃を扱うようになり探索の速度は上がった。銃弾の補給や錬成に使えそうな素材の採取のために結果的にはトントンと言ったところだが余裕が出てきたのは幸いだ。そんな風にハジメと合流して1ヶ月ちょいと思われる頃、禁断症状に苦しめられながら変わった部屋を見つけた。気温、湿度、床を一部耕して触れた土の温度、栄養状態、どれもが仙豆やその他もろもろを作るには最高だ!!

そんな最高の気分は上から降ってきたデカイ蠍によって急降下した。天井の一部を破壊したことで気温や湿度が変化したのはまあいい。だが、その尻尾から吹き出した毒液が土壌を汚染した。

「巫山戯んな、蠍ごときが土壌を汚染してんじゃねえ!!」

正面から突っ込み、鋏を飛んで躱して胴体に飛び乗り、尻尾の突き刺しを中華鍋で反らし、尻尾の根元に鋤を叩き込んで切り落とす。

「自分の毒で死ねぃ!!」

切り落とした尻尾を掴んで先端を胴体の甲殻と甲殻の隙間に叩き込んで毒を流し込む。毒持ちの動物の中には自分の毒が効く奴がいる。眼の前の蠍もその一種だ。だが、毒の量が足りなかったのか死んでいない。それでも動きは鈍っている。振り落とされないように踏ん張りながら鋏と足を鋤で削ぎ落とし、うろ覚えの蠍の脳みその位置に鋤を叩き込み続ける。

「ええいっ、まだ死なんか!!ハジメ、手動のドリルを作れ!!こいつだけは許さん!!」

「いや、ええ〜、ちょっとドン引きというか、作るけどさぁ」

ハジメがぶつくさと言いながらも手動のドリルを作って投げ渡してくれた。隣に見たことのない女の子が居る気がするが今はこの蠍が先決だ。

「くそっ、硬いなこいつ!!だが負けん!!」

5分ほどの格闘の末にようやく蠍が完全に動かなくなった。それでも油断せずに横からひっくり返してみればまだ動く。死んだふりをしていた蠍に今度こそとどめを刺す。死体をすかさず部屋から投げ捨てて汚染された土壌も除去する。汚染が表面上だけで助かったぜ。

これで栽培が出来るとハジメ達に説明しようとした所でハジメの後ろに隠れるように見覚えのない女の子が居た。

「ハジメ、その子は誰で何故隠れている?」

「徹のいきなりの奇行に驚いてるんだよ。部屋に入るなりに床の一部を引っ剥がして耕して土を口に含んで、いきなり現れた蠍に恐ろしい勢いで突撃したと思ったらバラバラに解体するわ。奇行と言わずに何と言う?」

「農家にとっては普通だと思うんだがな」

「そんな農家聞いたことないよ」

白崎が突っ込むが、畑を荒らされれば農家はキレる。普通のことだ。

「まあいい、そっちは任せる。儂はしばらくこの部屋を離れんぞ」

「なんでだよ」

「土いじりの禁断症状だ。しばらく土いじりをして精神を安定させねば。あと、仙豆が作れそう」

「禁断症状に突っ込みたいけど仙豆が作れるのか!?」

「品種改良に神水を全部使うことになるだろうが、ここなら出来る。腕が生え治るかは分からんが、最低でも神水と同じレベルの物をどこでも量産できるように種豆を作る。だから前の拠点で待っていろ」

鍋などの調理道具と食料などを全て渡して部屋から放り出す。

「24時間、絶対に開けるなよ。開けたら公開する羽目になると宣言しておく」

そう言ってから扉を閉める。あの程度のことで奇行と言われたらこれからの作業は見せられない。さて、とりあえず開拓しようか。






徹に追い出されてしまったので仕方なくユエを連れて上の階層にある拠点に戻る。渡された荷物は全部オレが担いでいるけど、バランスが悪くて結構キツイ。

「ハジメ君、大丈夫?」

「ちょっと積み方を変えたほうがいいかもしれん。ちょっと重心が右になるように動かしてくれ」

香織に担いでいる荷物を動かしてもらって重心を整える。それも少し動く度にずれる上に音がなる。それを難なく熟していた変な所で能力が高い親友に呆れる。拠点に辿り着いたときには、行きよりも短い時間のはずなのにそれ以上に疲れた体を解す羽目になった。こういう時にゲームの袋が欲しくなる。最近は重量制限があったりするけどな。

香織に食事を作ってもらっている間にユエから色々と事情を聞く。昔なら可愛そうだとか理不尽だとか思ったのかもしれないが、今だと脇が甘かったなとしか思えない。だけどそれを口にだすようなこともしない。

「ねぇ、あの人は、その、なんなの?」

「あっ、私も気になる。あんまり話したことがないし、ハジメ君とはよく一緒に居たのは知ってるんだけど」

鍋を持ちながら香織がやってきた。匂いから豆シチューだろうな。シチューの元風豆から作ったそこらの出来合いシチューだが、魔物食よりはうまい。

「食べながらで良いならな」

香織から渡されたシチューをそのままユエに回して焼き締めたパンを鞄から取り出して渡す。

「そうだな、何から話せばいいか。昔から変わり者で有名だったのは香織は知ってるよな」

「まあ、ちょっとずれてるのは有名だったけど。あと、質素に暮らしているけどお金持ちだってのも」

「我が道を行くって感じだけど、実際は結構悩んでたんだよ。中学の時の職業体験、あれでとあるトマト農家の所で世話になったんだよ。まあ、人数の関係で希望が通らなかった奴らが集められたが正解だけどな。その中で唯一希望して行ったのが徹だ」

パンをちぎってシチューに付けて口に放り込む。

「希望が通らずに集められた連中だ。やる気はない。その中で嫌々ながらもそこそこ働いていたオレと生き生きと働いていた徹はまあ、それなりに話したよ。その時にちょっとした好奇心で聞いたんだ。何がそんなに楽しいんだって?その答えがやっぱりずれていて、顔に出たんだろうな。ちょっと迷いながらも不安そうな顔でおかしく見えるかって聞いてきてな。種類は違うけど、似たような覚えがあるから、それをそのまま伝えて、今の自分を変えるつもりはないし、無理に変わる必要はないんじゃないのかってな」

「そこからの付き合いなんだね」

「そうなるな。なんだかんだでお互いの趣味に対してちょっとした勧誘を勧め合う仲だったな。オレも水耕栽培ぐらいはしてたし。徹は現代を舞台にした中途半端にリアルな漫画は嫌ってたけど、それ以外は結構普通に受け入れてくれてたな。恋愛漫画を読んで首を傾げたりしてたな。あと、鈍感系難聴主人公とかは嫌ってたっけ。無責任の塊にしか見えないって。悟空みたいにじゃあ結婚ッスっかってのには呆れながらも好んでたな」

「ああ、それで光輝君に対して攻撃的だったんだ」

「ざまあみろ。あいつの自分勝手さは脳筋以外は嫌ってるってことも知らない脳天気な自己中の塊だからな、ざまあみろ」

「大事なことなんだ」

向こうに居た頃は好きじゃない程度だったけど、今はうざいにクラスアップだ。

「それからちょっと驚いた。戦闘職じゃないから、一緒に市井に降りないかって誘われて、それでも微かな希望に縋って城に残ったオレを命がけで助けに来てくれるなんて思ってもみなかった。まあ、香織もそうなんだけど」

「約束もあるけどハジメ君のことが好きだから当然だよ」

「お、おぅ」

未だに香織から向けられる好意が信じられない。信じられないよりは何故という疑問ばかりが先行する。

「……いいなぁ」

本当に小さい声だったが、確かにユエがそうつぶやいた。全てに裏切られて何かをすることすら封じられて、誰も助けに来てくれなかった。もしかしたらあり得たかもしれない自分の姿がダブって見えた。だから助けた。自分も二人に助けられたから、誰かに手を差し伸べたかった。

「……なあユエ、此処から出た後の話だ」

「いや!!何でもするから捨てないで!!」

シチューの皿を投げ捨てて抱きついてくるユエに押し倒されながら唖然とする。ここはお約束どおりに

「ハジメ君?」

香織が光のない瞳でこっちを見ているので巫山戯るのは止めておく。

「別に分かれるつもりはないから落ち着け。むしろ一緒に行かないかって誘おうと思ってな」

「本当?」

「ああ。オレは元の世界に帰れる方法を探す。この世界の危機なんて知ったことじゃない。勝手に連れ去って、選択権がない状態で、向こうの意に沿わなければストレスのはけ口にする。あんな奴らのために戦う気なんてない!!」

「ハジメ君」

「関係ない奴らも居る。だから戦わない。奴らの利益になるようなことは絶対にしない!!」

器が小さいなんて言うやつは同じ目に合わせる。それで再会した時にまだ器が小さいというのなら一考には値する。

「クラスメイトの奴らも信用できない。まだメルド団長の方が信用も信頼も出来る」

「徹君もそう言ってたっけ。ハジメ君の誤射に関して問い詰めていないんだろうって。誰がやったかのあぶり出しは簡単だったって言っているけど」

「檜山の奴だ。はっきりと笑った顔を見ている。わざわざファイヤーボールを練習したみたいだし、突発的とまでは言わないが、隙があれば何時でも殺れる準備はしてたんだろう」

たぶん、香織が原因だ。オレが居なくなれば自分の物に出来るとでも思ったんだろう。天乃川から殺ればいいのに。駄目だな、香織に引かれてたな。幼馴染のくせにその利点を全く活かせてなかったな。あの自己中心型主人公は役に立たないことの方が多い。八重樫、大丈夫かな?あいつが唯一のストッパーだろう。ちょっとだけ便宜を図ってやろう。香織を応援してくれたみたいだし、うん。絶対苦労しているはずだ。徹に仙豆を送らせよう。回復役が居なくなって大変だろうから。

そのまま話し合いは終わり、それぞれのテントで休もうとしたのだがユエがまた置いていかれると不安がって抱きついて離してくれない。香織に任せようとしたら何故か香織も抱きついてきて離してくれない。いや、理由は分かるけど、勘弁して欲しい。こっそり抜いているけど、男子高校生の回復力を舐めるなよ。でも、止めて。精神攻撃はマジで止めて。頑張らなくていいから、ユエも頑張らなくていいから、回復魔法とか反則だから、ぬわああぁ。

色々と絞られ啜られ続け、回復魔法で以下ループ。途中で完全に意識を失った。一度は逆転したが、回復魔法の調整は反則だと思います。こっちだけ疲労して向こうは元気な状態、ユエは吸血で更に回復速度が早い。たぶん、半日は襲われて、半日は寝ていたと思う。空腹具合で分かる。色々と足りなくなってるのがな。仙豆(劣)でとりあえず腹を満たして徹が引きこもった部屋に向かう。時間的に大丈夫だと思うが、一応全力で扉を殴ってノック代わりにする。暫く待つと扉が開き、徹が顔を出すのだが、その後ろに見える光景に目を奪われる。

「色々と突っ込みたいけど、とりあえず中に入っても大丈夫か?」

「うむ、ついでに収穫を手伝え。超々促成栽培から超促成栽培位に落としたおかげで美味い作物が取れる」

いやそうじゃない。いや、美味い作物が取れるのは嬉しい。娯楽がそれぐらいしかないから。だからって、田舎の畑みたいな光景をこんな地下で見るハメになるとは思ってもみなかった。THE農家みたいな家まで作ってやがる。湯呑が見えるが錬成した覚えがない。焼物用の窯でも作ったのか?

「おい、仙豆はどうしたんだよ」

「試行錯誤の末に品種改良は済んだ。まだ成っていないが、手応えはある。もう少し待てば量産できるはずだ」

案内されて家の裏に漫画で見たまんまの仙豆の木が生えていた。本当に作れたんだな。

「神水は全部使い切ったからな。ある程度の数が取れるまではここを拠点に引きこもるぞ」

「本当に使い切ったのか」

「仙豆でも状態異常を回復できるようにするのに調整するのに量が必要だったからな。その分、腹が膨れる能力が無くなった。劣の方を大豆の色に戻して栽培は続ける必要がある。とりあえず、とうもろこしが収穫時期だ。手伝え」

ユエと香織も手伝ってとうもろこしを収穫する。もっと本数が取れるのかと思ったが、茎一本に付き一本しか取れないんだな。あと、塩ゆでだけなのに砂糖でもぶっかけたのかと思うぐらい甘かった。芯もそのままバリバリ食えるのは知らなかった。スライスして揚げ焼きにするとスナック菓子みたいになった。王城に居た時より食生活が豊かな気がする。土の状態にもよるけど、一日から三日もあれば何処でも量産できるらしい。土の状態が悪いとそっちの改善から始めるからプラス二日程かかるらしい。

「日本の農家に謝れ」

「それ相応の努力はしている。大豆からとうもろこしまでどうやって調整してると思ってるんだ」

そういえば基本は大豆っぽいものをスキルでこねくり回してたっけ。

「なんで大豆がとうもろこしになるんだ?」

「遺伝子改良に近い。味と栄養価を弄るだけなら簡単なんだが、この見た目にするのに苦労してるんだよ。促成も魔力配分とコントロールをミスれば奇形になるからな」

「そういうものなのか?」

「何より、突然変異が怖い。汚染植物を作るわけにはいかないからな。マンドラゴラなんて食いたくないだろう?」

「生えたのかよ!?」

「生えた。抜いて叫ぶのと同時にナイフでさっと切り落として収穫した。毒抜きをしてから食べたが苦味がキツ過ぎた」

「ああ、あれは酷かったね。テンションが下がって、徹君が迎撃に失敗して兎に蹴られてたっけ」

「二度とあんな惨劇は起こしたくない」

オレが再開する直前ぐらいの話なのか。

「あっ、言い忘れていたが風呂を用意したが、水を用意しきれなかった。飲水とか畑に撒く分はなんとかなったんだが」

「ユエ、水出して水!!」

「んっ、任せる!!」

「そっちの奥を左だ。浴衣っぽいのも用意はしてあるから。逆方向の右がトイレだ」

駆け出す二人を見送ると徹が肩を叩いてきた。

「結構臭うぞ。やった、やられた?まあ、卒業おめでとうだったか」

「ぶっ飛ばすぞ!!」

笑いながら仙豆の木の世話を始めたので手出しができない。まあいい、此処でなら昨日みたいなことにはならないだろう。香織達の後に久しぶりの風呂に入る。改めて自分の体をはっきりと見て、地球に戻れるのか不安になる。白くなった髪、肘から先がなくなった左腕、何より命を奪うことへの容赦が無くなった。敵対するなら人だろうが殺せると思う。

地球に、日本に、家に帰りたい。あの退屈だとさえ感じていた日常に帰りたい。だけど、本当に日常に帰れるのか?両親はどう思う?社会的にオレたちの扱いはどうなる?

不安を抱え込んだまま割り当てられた自室で新しい武器を錬成する。徹の馬鹿力で倒しきれなかった蠍のように硬い魔物用に更に強力な火器が必要だ。ドリルさえあれば徹がなんとかしそうなイメージがあるが、それはそれ、これはこれ。対物ライフルをモチーフに専用の弾丸とレールガン用の強力なバッテリーを搭載する。これで纏雷と併用することであの蠍相手でもなんとか倒せるはずだ。

「晩飯が出来たぞー」

少し前から刺激臭がしていたので少し不安になりながら居間に向かう。六畳間の真ん中にちゃぶ台が置いてあり、その上に大皿に乗った麻婆豆腐と夏野菜の炒めもの、そして別皿に真っ赤に染まった麻婆豆腐が刺激臭を撒き散らしていた。鋭敏になった感覚がそれを捉え部屋に入っただけで咳き込んでしまった。香織とユエも咳き込む。

「どうかしたのか?」

どうやって調達したのかは知らないが、田舎のばあちゃんみたいに三角巾と割烹着を付けた徹が赤黒い何かを持ってきて更に咳き込む羽目になった。徹には申し訳なかったが別の部屋で食べて貰うことになった。食後に話を聞けば、今の畑は2回目で1回目は香辛料ばかり栽培したそうだ。乾燥が必要なものが多いからだそうだが、普通の唐辛子より世界一辛いブート・ジョロキアの方が圧倒的に多いのはどうなんだ?他にも刺激が強力なものばかり。個人使用するだけだから気にするな?確かに皿は別にしていたけど、部屋にこもる時点でアウト。残念だが控えてくれると助かる。

「嗜好品だから問題無い。精々一ヶ月に一度程度だ」

次の日からは同じ料理を作っているが、田舎のじいちゃんとばあちゃんを巧みに使い分けてやがるな。ネギの丸焼きは美味かった。ネギをただ焚き火に突っ込んだだけなのに表面だけ黒焦げにして一皮剥けば絶品だった。あと、米って水田じゃなくても育つんだな。初めて知った。陸作でも収穫量的には大して違いがないらしい。連作障害があるからそこだけは注意と。

それから暫くの間、朝は農作業、昼は魔獣狩りと素材の確保、夕方から夜にかけて錬成で全員分の装備を整え、夜は色々と絞られて啜られる。壁が厚い上にユエが防音の結界を張れるので徹を気にせず襲われた。徹は気づいているが何も言わずに生贄に捧げた。精の付く香辛料を仕込んできたから間違いない。

「いや、仙豆はどうした!!」

「ちっ、気づいたか」

「やっぱり確信犯だったか!!」

「必要なことだったと儂は今でも思っている。香織とユエも賛同したからな。多数決で儂らの勝ちだ」

くっ、この人数で多数決は汚いだろう。声に出して批判したいが香織とユエが迷惑だった?という目でこっちを見てくる。くそぅ、あの目には勝てない。

「まあいい、仙豆はそこそこの数が実った。もうしばらく増やしたいが、そろそろ実験するか」

試し方は酷かった。いきなり徹が猟銃で自分の腹を撃ち抜き、仙豆を食べる。全員でドン引きした。いきなり過ぎたって所と、漫画のように一瞬で再生する所に。

「すごい再生力だな。代わりに目茶苦茶腹が減る。仙豆の満腹になる機能って再生能力のあまりなんだな」

劣を取り出して2粒程口にする。1粒で一日何も食わなくていい劣を2粒、つまり失敗作かよ。

「神水みたいに水薬にすればいいだけだ。無論、改良と量産は続けるけどな。とりあえず、ほれ」

仙豆と劣の3粒を渡される。それから義手を外された。

「出来るだけ頑張ったが、流石に丸々生えるかどうかはわからない。結果がどうであれ気に病むな」

そこまで念押しされると気になる。とりあえず一気に口に含んで噛んで飲み込む。ピーナッツから油分を取り除いたみたいな味だ。そして、体のあちこちが治っている感じはするが、腕は生えてこなかった。同時にトイレに走る。







「ちっ、やはりか」

「徹君、ハジメ君が!!」

「PTSDだ。以前の自分と今の自分の間で安定していたのが今ので均衡を崩した。ある程度は持ち直させるが、最後は女に任せるのが一番だと先輩が言っていた。支えてやれ。あいつは日常を求めてる」

慌ててはいないが、早足で徹がハジメのもとに向かう。

「香織、PTSDって?」

「心的外傷後ストレス障害、分かりやすく言うとトラウマが近いかな?私もはっきりとは言えないけど、徹君の話を聞く限り、ハジメ君は昔の日常を取り戻したい。だけど、その日常に自分は相応しくないって思い込んで、だけど戻りたい。あとは堂々巡りで心が耐えられなくなったんだと思う」

「何故戻れない?」

「う〜ん、私はハジメ君とは違うから間違ってるかもしれないけど、私達の元いたところはね、本当に平和なの。魔物だって居ないし、武器を持っている人だって居ないし、そもそも携帯することが許されない。それでもたまに事件は起こるけど、何処か遠い感じかな。魔物とはいえ、生き物を殺すのはこっちに来て初めて、徹君は家畜を潰してるかもしれないけど。それぐらいなの。だから、腕を欠損している人だってほとんど居ない。事故なら周りも納得するし、ハジメ君だって納得できたはず。だけど、魔物に食べられただなんて信じてもらえない。そのあたりだと私は思ってるよ」

香織の説明にある程度納得する。昔、そういう子が居たのを覚えている。魔物を殺すことを拒否していたはず。うん?魔物をペットにしていたのだったっけ?とりあえずその子が急に連れ去られて魔物を殺すことを強制されて、また元の環境に戻される。元の環境に馴染めるはずもない。馴染めはしないけど、少し立ち位置が変わるだけではないのだろうか?たぶん、香織も多少勘違いしている。私も香織もハジメじゃない。だからハジメに直接聞くしかないのだろう。

ハジメが徹に肩を借りて部屋へと戻っていく。追いかけようとしたら徹に視線で止められる。ハジメを部屋に戻した徹がこっちにやってくる。

「結構消耗が激しいな。中途半端に倫理観が残っているせいで苦しんでる。救助がもう少し早かったか、遅ければ変わったんだろうな」

「徹は、なぜ問題ない?」

「うん?儂は、あれだ、生まれと育ちが特殊すぎたからな。詳しく打ち明けるのはハジメが最初と決めておるから今はそれで納得して欲しい」

前半は顔をそらしながら言い訳のようにつぶやいていた。例外は何処にでもあるのだろう。

「とりあえず、夜までは静かにさせてやってくれ。今は頭の中がごちゃごちゃになっているからな。ある程度まとまらずに誰かと話すと黒歴史をつくることになるからな。黒歴史は精算が難しいからな。今だけはそっとしてやってほしい」

そう言って徹は畑仕事に戻ってしまった。興味がなかったり責任感がないわけじゃない。ハジメを、私達を信頼しているんだ。三人なら立ち直れるって。

夕飯にもハジメは来なかったが、徹が別メニューで用意をしていた。野菜くずと少量の塩だけで味付けした薄いスープと焼き締めた黒パン。嫌がらせかと思ったが、日常を思い出させない配慮だそうだ。味覚や嗅覚は思い出に残りやすいから故郷の食材は全面的に取り除いたみたい。香織が作ってくれたシチュー、知らない食材ばかりの中に1つだけ知っているのがあった。嫌いな物だったけど、それでも懐かしいと感じた。なるほど、たしかに今は駄目だ。

香織と一緒にハジメの部屋を覗く。取り乱している様子はない。ただ、部屋の隅に座り込んでいる。あれ、生きてる?あっ、呼吸はしてる。部屋に入って扉を閉める。ゆっくりと近づいてハジメに触ろうとした瞬間、ハジメがドンナーを抜き、香織を押し倒して引き金を引きかける。

「ち、違う、オレは、オレのせいじゃ、違う、オレがなにがなんでいやだ」

錯乱を始めたハジメを香織は抱き寄せて頭を撫でる。

「大丈夫、大丈夫だよハジメ君。ハジメ君の所為じゃない。絶対にハジメ君の所為じゃないよ」

「違う、オレは香織に銃を、こんな、こんなはずじゃあ、どうして」

香織はなんとかハジメをなだめようとしているけど、それじゃあ無理。私は後ろからハジメの首元に噛み付いて血を啜る。しばらくすればハジメの錯乱も収まった。一度離れて二人を起こしてベッドに腰掛ける。

「ユエ?いきなりどうして?」

「ハジメ、ハジメの日常ってどんなの?」

「どんなって、それは、昔みたいに普通にバカみたい笑って、徹の奇行に呆れながらフォローして、退屈に過ごして」

ハジメが言う日常を相槌を返しながら聞いてから投げかける。

「ハジメは一緒にって誘ってくれたけど、私はその日常に居られるの?」

私の質問にハジメがようやく気付く。

「私は、存在自体がハジメの言う日常に属していない。だから、私も一緒だとハジメの言う日常には戻れない。だから、きっとハジメの言う日常とは別の本当の日常があるはず」

「本当の、日常」

「ハジメ、教えて。本当は何を恐れているの?」

「オレが、本当に恐れているもの?」

ハジメの視線がドンナーに注がれる。

「オレは、命の奪い合いが、違う、いつか、簡単に、一般人に、オレたちを殺そうとしていない人にまでこれを向けて、何も疑問に思わなくなるかもしれないことが、それが怖い」

「ん、それなら大丈夫」

「何故そう言い切れる!!オレは、オレは変わった!!変わってしまった!!変わらないものなんて存在しない!!」

「私と香織がいる」

ハジメの本当の悩みがそれでよかった。そんな悩みなら恐る必要なんてない。

「私たちがずっとそばにいる。間違ってたら止める。だから、悩む必要なんてない。怖がる必要なんてない」

ハジメを抱きしめて言い聞かせる。

「三人なら間違えない。三人で殺さないといけないと思ったのなら、それは本当に殺さないといけない相手。殺す必要性がなければドンナーを使わなければいい。それだけのこと」

私の言葉にハジメがきょとんとしている。

「不安に思うのは分かる。でも、大丈夫。ハジメが怖がる未来は絶対に来ない」

「……うん」

ハジメからも抱きしめられ、そのまま眠りに落ちてしまう。今までの緊張がなくなったからだろう。ベッドに倒れこみ一緒に寝る体勢に入る。香織も背中側から抱きしめるようにして寝る。私たちならなんだってできるはずだ。





明け方に近い時間にハジメ達が畑にやってきた。顔を見る限り、立ち直ったようでなによりだ。

「おはよう、腕は残念だったな」

「ああ、そうだな。まっ、格好良い義手でも作るさ。ギミックたっぷりなのをな」

緊張もなく義手の話が出来るか。良い傾向だ。ユーモアも出てきた。覚悟が決まった良い目だ。

「それで、どうしたんだ?」

「……ユエから聞いた。生まれと育ちが特殊だって。それにオレの悩みとかが分かっていた、まるで慣れているかのようだって」

「慣れているわけじゃないさ。なんとなく分かっただけだ。でだ、生まれと育ちは、まあ、向こうに居た頃じゃあ言ってもジョークにしか聞こえなかっただろう。あまり言いふらさないでいてくれると助かる」

「ああ、約束する」

「私もだよ」

「ん、約束」

即答する三人に儂も鍬を置いて姿勢を正して名乗り上げる。やりたくもないが、理解させるには分かりやすい踵を揃え右手を斜め上に伸ばす敬礼を見せる。

「儂の本来の名は被験体710号、ざっくり言えば生まれ方はキラ・ヤマトで、育ちはヒイロ・ユイで、運用はエクステンデッド。見ての通りの所属だった使い捨ての道具だ」

 
 

 
後書き
本名 被験体710号
偽名 七夜徹
年齢 ??
性別 男

ナチスドイツの残党によって製造された遺伝子改造人間。本編での名乗り同様、生まれ方はキラ・ヤマトで、育ちはドクターJに拾われた後のヒイロ・ユイで薬物や精神操作を受けてきた。特殊工作員として子供の見た目の期間が長くなるように調整を施されているため実は結構年上。自我も調整で奪われていたが、稼働年数に応じて積み重ねていった分を隠して生きてきた。普通の生活に憧れ、本編開始6年前に組織を切り捨てて自分の全てを闇に葬った。適当に調達した国籍が日本人の子供だったので日本に密入国。経歴を操作しながら中学生になるまでの半年の間に農業に興味を持ち命を育てる魅力に取り付かれる。一般常識が少なかったため変な目で見られていたがハジメに肯定されたことで吹っ切れ、自分を人にしてくれたことに恩を感じている。 
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