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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン13 太陽と月と罪と罰

 
前書き
前回のあらすじ:遊野清明VS糸巻太夫、新旧主人公対決は清明の隙あらばすぐ負ける悪癖がいまだに治っていなかったため糸巻の勝ち。そして勝負を制した彼女は、勝利の報酬として清明から彼の話を聞き出そうとするのであった。 

 
「……色々と知っておいた方がいい前提はあるんだよ。でも、それやってると長くなるから今この瞬間に必要な要点だけ。それでいい?」

 七宝店内で再び机を囲み、最初に口火を切ったのは清明だった。

「なんだ、けち臭いな。アンタの知ってることとやら、とりあえず全部話してみればいいじゃねえか」
「そうは言うけどね。そもそもなんで、僕があの幽霊をカードの精霊だとわかったのか……とかそういう話だよ?特にそっちの彼なんて、絶対聞きたくないような話でしょ」

 とりあえずといった風に噛みついた糸巻に、肩をすくめてさらりと隣の鳥居に話を回す清明。急に話を振られた彼が何か言おうとするのに先回りして、そのままじっとりとした視線を向ける。

「俺は……」
「あれ、違うの?」
「……まあ、否定はしない。正直俺としては、お前そのものに対してまず懐疑的だからな」
「だろーね。だからその辺の前提は全部すっ飛ばして、あの子が精霊なことは確定情報として喋らせてもらうよ」

 さもそれっぽい理屈を述べて澄ました顔こそしているが、それは詐欺師の手口に他ならない。仮定の話にまた仮定を積み重ね、それを前提としてさらに仮定を上塗りする。そうやって話を膨らませるうちに、気が付いたときには一番最初に作られたはずの仮定はもう確固たる「事実」にすり替わる。あえて何も言いはしなかったが、糸巻の心の中でのこの少年に対する警戒レベルはまた1段引き上がった。
 デュエリストとしては信用できる。しかし、人間としてはどうだろうか?そんな疑心の視線を知ってか知らずか、しかめっ面を浮かべた彼の話はいよいよ本題に入る。

「ブレイクビジョン……「BV」だっけ?随分とまあ、とんでもないもの作ってくれたもんだね。本来カードの精霊ってのは、精霊だけの世界にいるものなんだよ?だけど持ち主がカードを大事にして、さらにたまたま精霊とデュエリストの……なんて言うのかな、波長が合った場合?うん、大体そんなときにだけそのカードを扉にして次元を越えて、こっち側に来ることができるってわけよ」

 ここで一度言葉を切り、周りの3人にじろりとかすかな非難混じりの視線を送る。しかしどんな目で見られようと、そもそも彼女たちもまた「BV」に人生を狂わされた被害者でしかない。同意のこもった表情で肩をすくめて先を促す糸巻に、また口を開く。

「そうやってこっちに来れた精霊も、基本的には人間からは見ることができない。こればっかりはどうしようもないけど、そもそも精霊を見ることのできる人間はかなり数が少ないんだ。まあ精霊側の世界に行けば話は別だし、たまーにこっちの世界でも自力で実体化できるような子もいるから例外も多いけど」
「いよいよもって胡散臭い話だな。つまり、お前にはそれを見ることができると?」
「色々あったのよ、色々ね。でも案外何かのきっかけさえあれば、ひょこっと見えるようになるかもね」
「本当ですか!?」

 そこで食いついたのが、やはりといえばやはりの八卦であった。精霊が見えるようになるという言葉に、誰よりも純真で眩しいほどに純粋な反応を見せる少女。そんな姿に何を思い出したのか目を細め、かすかな微笑を口元に浮かべて優しい声でしっかりと頷いた。

「結局は、わかんない話だけどね。でも僕はそうだったし、僕の親友もそうだった。精霊の見える目は決して先天的な才能じゃなくて、後から何かのきっかけで開花することもある。それは間違いなく保証するよ」
「へぇ……!」

 顔を輝かせて自分のデッキを取り出す八卦。その姿を前にしてまた会話がずれてきたことを察した糸巻がわざとらしく咳払いすると、ややきまり悪そうに清明が頭をかく。

「ごめんごめん、また脱線したね。で、話を戻すと。ふつうそういった精霊は、自分を呼び出すきっかけになったデュエリストと目に見えなくても繋がってるものなんだ。たとえどれだけ持ち主から引き離されてもその繫がりがあるからこそ、精霊たちはこの世界に留まっていられる……まあ、これも例外はあるけど。割とよくいるのよね、自分1人でも問題なく精霊としての存在を維持できるぐらい強い個体や、逆に自分の維持に必要なエネルギーが低すぎて、その繫がりがなくてもぴんぴんしてるような個体が」
「ん?要するにお前、何が言いたいんだ?」

 今一つ先の見えてこない話に焦れてきた糸巻が、一気に核心に踏み込もうとずばり問いかける。これ以上話を伸ばすのは悪手と悟った清明も、すぐにそれに応える。

「悪いねえ説明下手で。じゃあ、もっと要約するよ。要するに、あの幽霊はカードの精霊。だけど、どこをどう探してもそのカード自体の持ち主がいないかなりのイレギュラー存在。あの子がどういうタイプの精霊かはわかんないけど、下手すると近いうちに存在が保てなくなって消えちゃう。だから早いうちに手が打ちたい、具体的にはカード自体を回収して誰かにあげる、以上」
「いや、以上って……まあだいぶわかりやすくはなったな。最初からそう説明してくれ」
「幽霊さん……じゃなかった、あの子、消えちゃうんですか?」
「かもしれない、ね。ただ、今のままだとあんまりよくないことは間違いないかな」

 この中では唯一件の精霊を直接その目で見た八卦の問いかけに、ややためらったのち返事する。その言葉にやや安心はしたものの、それでも少女の脳裏にはあの時1瞬だけ出会った半透明の少女の姿が蘇った。

「イレギュラーって、なんか理由の当てでもあるのかい?アンタの話を聞くかぎり、また同じことが起きないとも限らないからな」
「外に出たら宝くじの当たり券拾って宇宙から隕石が落ちてくるぐらい無茶な確率だろうけどね。ただ今回に限っては、あの「BV」が一枚かんでるんじゃないかと思ってるよ」
「「BV」が?」

 カードの精霊というファンタジー概念から、ここに来て再び自体は現実の脅威に急転換する。聞きなれた名前に眉をひそめる糸巻に、ため息をついて先ほどと同じ非難混じりの視線を送る。

「そ。多分あれであのカードを実体化した時に、なんかの拍子でその肉体側に精霊の魂が引っ張られちゃったんだろうね。実体化するソリッドビジョンなんて、まさかオカルト抜きの科学の力だけで完成させたところがあるなんて思いもしなかったよ。三沢……昔の親友だけど、あいつが聞いたらなんて言うのかね」
「そんなこと、本当にあるのか?」
「あるのかったって、実際あるんだからねえ。ただ少なくとも、今こうして幽霊騒ぎが起きてるのは本当。でしょ?」

 当然の疑問を問いかける鳥居には肩をすくめ、あっさりと返す。

「さ、これで僕からの話はおしまい。そっちがこの情報掴んでるかどうかは知らないけど、僕はもう少ししたら行かせてもらうよ。今すぐ出てもいいんだけど、あの子はどうも日が落ちてからしか実体化できないみたいだからね。今行っても時間の無駄ってもんさ」
「はい!確かに私の調べたときも、確かに目撃情報は全部夜になってからでした。あの、私、お茶でもお持ちしますね」

 席を外した八卦からのお墨付きを得て満足そうに頷き、ひょいと立ち上がる清明。そのままショーケースまでふらりと歩き、中身を外から順番に眺め始めた。完全に時間つぶしモードに入った彼を横目に、デュエルポリス2人が手早く声を潜めての打ち合わせにかかる。

「おい鳥居。どー思う?」
「いやいや、どう、って……そもそも喋らせたの糸巻さんじゃないっすか、上司なんだから自分で考えてくださいよ」
「ふむ。アタシの勘だとアイツ、なーんか嘘ついてるようには見えないんだよなあ」
「そりゃ俺も同感っすね。ただ、だとするともっとヤバい可能性もありますよ。あの話を自分で信じ切ってるマジもんの妄想癖とかもう、俺らじゃなくて精神病院の管轄でしょう」
「つくづくリアリストだなあお前。まあ、アタシも半分は同感だ。万一の時のために拘束用の手錠と警棒、ちゃんとすぐ使えるようにしておけよ」
「そりゃもちろん。ん?待ってくださいよ糸巻さん、ってことは……」
「ああ、しばらくはアイツの話に乗ってやるさ。正直なところアタシも今の話を信じてみたい気持ちが半分はあるし……もし奴が頭のネジ吹っ飛んだヤバい奴だとしたら、それこそ1人にさせとく方がまずい。何やりだすかわからんからな」
「あー、監視役ってことっすね。了解です」

 あらかたの方針が決まったその瞬間を、ちょうど狙いすましたように。カードショップ七宝の扉が開き、スーツ姿の男がずかずかと店内に入り込む。そしてこの瞬間、またしても事態は面倒な回り道へと逸れることになるのだった。

「久しぶりだな、七宝寺の爺さん。おーい巻の字、どうせここにいるんだろ?そこにいるガキ1人、引き渡して欲しいんだが」

 当然のようにそう告げる髭面の男に、残念ながら糸巻はよく覚えがあった。何より、彼女に対してこんなあだ名で呼びかけるようなものは1人しかいない。

「朝顔……どうした、自首ならまた今度出直してくれや」
「おう巻の字、人の話ぐらいちゃんと聞いてくれ。まだ更年期には早いだろ」

 朝顔涼彦。かつてのプロデュエリストとしての通り名は『二色のアサガオ』。それが、このスーツ姿の男の名前である。デュエルポリスを選んだ糸巻とは違うテロリスト加担組の1人であり……そして彼女は知らないが、それを知るものはここにもう1人いる。
 折よくぱたぱたと小さな足音と共に、お盆に4つのコップとそれぞれ八分目まで注がれた緑茶を載せた少女が帰ってきた。

「お待たせしましたお姉様……あ、あなたは朝顔さん!?」
「あー、やっぱりここに居たのか。嬢ちゃん、つくづくツイてねえなあ」

 仕方ないなあと言いたげな表情の朝顔とは対照的に、危うく手にしたお盆を取り落としそうになる少女。目を丸くするその表情から何かを感じ取り、ドスのきいた声色で糸巻が向き直る。

「……なんだ朝顔、お前こんな子に手ぇ出したのか?返事次第じゃこの場でしょっ引くぞ」
「嫌な言い方だなあ巻の字、いくらなんでも俺の性癖はもうちょい上だよ」
「そういえば、お姉様のお知り合いなんですよね。私も、昨日お会いしたんですよ。あの、朝顔さん。先日はお世話になりました!今日は師匠はご一緒ではないんですか?」

 最初の驚きも過ぎ去って、元気はつらつに頭を下げる少女。仮にも彼は、目の前の少女に対し一方的なアンティを持ち掛け誘拐までしようとしていた男である。トラウマの発症ぐらいはかわいそうだが仕方がないと割り切ってこの場所に顔を出したのだが、さすがにこの反応は彼にとっても予想外だった。今度は朝顔がそのサングラスの奥で目を丸くしたのちやや居心地悪そうに頬を掻き、また糸巻に視線を移す。

「お、おう。夕顔の奴なら、今日は別行動だよ。あー、なんだ。おい巻の字、これもお前の教育か?」
「いんや、正直アタシもちょっと困ってんだ。アタシにはもう、この子はちょっと眩しすぎてな」
「あ、眩しかったですか?そうとは知らずに失礼しましたお姉様、照明落としてきましょうか?」
「……ほらな」
「心中察するぜ、お前さんも大変なんだな。と、今日はそんな話しに来たんじゃねえんだった」

 ようやく本来の目的を思い出した朝顔がポンと手を打ち、店内を見回す。いったいどこに行ったのか、清明の姿はいつの間にやら店内から消えていた。

「おお、それだ。朝顔、なんかガキがどうとか言ってたよな?」
「まーな。遊野なんとかって15、6の野郎だが、これが滅法腕が立つらしくてな。どう聞いても巻の字としか思えない赤髪の女を探して昨夜からこの街のあちこちで聞き込みしては、調子乗って喧嘩売ったうちの若いのを何人もデュエルで返り討ちにしてるらしい。どうせそいつらも酒の入った馬鹿なんだろうが、さすがに何の落とし前もなしってのは俺らも沽券にかかわるんでな」
「ほーん」
「で、だ。そいつがここに辿り着いたのはわかってるんだ、なあ巻の字。大人しくそのガキ、こっちに引き渡してくれねえか?どうせ大した知り合いでもないんだろ」
「ちなみに、嫌だっつったら?」
「まあ、腕づくだろうなあ。俺、巻の字の相手すんのはあんま得意じゃないんだが仕方ねえ」

 小さく息を呑む声がして、朝顔は糸巻の目をまっすぐに見つめた視線を逸らさないままに間違いなく目当ての存在がここにいると確信する。純真な少女は、どこまでも正直者だった。

「やっぱそうなるよなあ。おい鳥居、悪いがちょっとこいつの相手してやってくれないか?」
「んんっ!?げほっ、げほっ……え、俺なんすか?この流れで?」
「悪いがアタシは今駄目だ。いい加減煙草吸ってないから頭が回らん」
「こんのニコチン中毒!」

 一触即発の状態からため息をついた糸巻が振り返ったのは、のんびりと元プロ2人の会話を先ほどもらったお茶を飲みつつ見守っていた鳥居だった。突然の指名にややむせつつも抗議の声を上げる彼に対し、意外にも当の朝顔本人は乗り気だった。

「そうそう、お前さんのことも聞いてるぜ。前回の裏デュエルコロシアムに潜り込んでニューチャンプになった期待の……いやさ、擬態の新人だってな。青木のおっさんもロブの野郎も一筋縄じゃいかない相手なんだが、若いのに対したもんだ」
「げー……俺もすっかり有名人っすね」
「そりゃそうだろうよ。ま、もう俺らの間にもお前さんの顔は割れてんだ。最初の1回はうまくしてやられたが、もう1回潜り込むのは無理だと思っときな。センキューな巻の字、ついでにお前のことも一発かましてこれたとありゃ、俺も臨時ボーナスぐらいは出してもらえそうだ」

 乗り気の朝顔に押し付ける気満々の糸巻、そして変に気を使ってデュエルの邪魔にならないよう離れた位置から遠巻きに3人を見守る八卦。そして、店主の七宝寺と仮にも話題の中心なはずの清明の姿はどこにも見つからない。今この場に、鳥居の味方は1人もいなかった。

「えーいもう、わかりましたよ糸巻さん。やればいいんでしょやれば、俺が相手しますよ」
「おう、そうこなくちゃな。嬢ちゃん、悪いがデュエルスペース借りるぜ。それと今回も「BV」だ、ふっ飛ばされて困るもんは今のうちに退けときな」
「は、はい!」
「ひひっ、その必要はないよ朝顔の。もし何か壊れたら賠償は全部アンタら持ちさ……私の頼みだ、まさか嫌とは言うまいね?」
「ぐ……わ、わかったよ爺さん。あんたにゃ敵わんな、普通にデュエルしよう」

 先ほどまでどこにいたのか、突然ふらりと現れて完全に朝顔を威圧する七宝寺。それは糸巻にとっては……いや、彼女と同時期に活動していた元プロデュエリストにとっては何も違和感のない光景だったが、この老人の前職についてそもそも知らない鳥居と、現役引退した元プロということは聞いていてもその全盛期の伝説を知らない八卦はただただ2人してこの百戦錬磨なテロリストが目の前の小柄な老人相手にぐうの音も出ずに唸るさまを見て目を丸くするしかなかった。
 そして店の奥、デュエルスペースとして用意されたぽっかりと広い空間。あの時よりも観客ははるかに少なくはあるが、それでも鳥居は何となくあの裏デュエルコロシアムでの一夜を思い出していた。

「ま、やるとなったらやったりますか……『それでは皆様長らくお待たせいたしました、まずは自己紹介と参りましょう。私こそが当劇団の支配人にして目くるめく夢の世界への案内人、鳥居浄瑠にてございます。どうか皆様、末永くお見知りおきを!』」

 演劇モードのスイッチを入れ、眠そうな印象すらも与えるいつもの瞳をぱっちりと開きオーバーリアクションと共に深々と一礼する。そんな突然の彼の変わりようにも、すでにその変化について聞いていた朝顔は驚きはしない。

「おお、悪いなご丁寧に。知っての通り……つっても知らねえんだろうなあどうせ。二色のアサガオ、朝顔涼彦だ」

 そして互いに名乗りを終えたタイミングで、デュエルディスクのランダム機能が先攻後攻の順番をそれぞれ弾き出す。果たして先に場を固める権利を得たのは、朝顔の方だった。それを同時に確認し、ともに初期手札となるカードを5枚引く。

「「デュエル!」」

「さーて、まずは俺のターンか」

 そう言いつつ、じっくりと手札を眺める朝顔。その様子を完全に傍観者として眺める糸巻の裾を、くいくいと八卦が引っ張った。

「ん、どうしたい八卦ちゃん?」
「あの、お姉様。朝顔さんって、どんなデュエリストなんですか?二色の……って、どういう意味なんです?」

 少女が先日彼と遭遇した時、その相手となったのは相方の夕顔だった。そのため少女にとっても、これが初めて見る彼自身のデュエルとなる。しかし糸巻はそれに直接答えることはせず、軽く笑うと純粋な瞳で問いかける少女の頭にポンと手を置いて2人のデュエルがよく見えるように自分の横に並ばせた。これから始まるお楽しみ、その種を自分からばらすような無粋な真似はしないのだ。
 ……もっとも憧れの対象の真横という特等席を意図せずに手に入れ、さらにその体に密着する権利まで与えられた少女にとってはかえって勝負どころではなかったのだが。その理由は主に直立する少女の顔のすぐ真横に圧倒的な存在感と共に鎮座する、行儀悪く机の上に腰かけた糸巻の胸のせいである。彼女が呼吸するたびに必然的にそれに合わせてわずかに動く2つの膨らみは、思春期な少女の注意をほぼ全面的に引き付けるには十分なインパクトだった。
 そんなことが起きているとは露知らず、男2人のデュエルは今まさに始まろうとしていた。

「まずはこれからだな。俺は手札から、使神官-アスカトルの効果を発動。このターンシンクロモンスター以外をエクストラデッキから特殊召喚できなくなる代わりに、手札を1枚捨てることでこのカードを守備表示で特殊召喚。さらにその後、手札かデッキから赤蟻アスカトルを特殊召喚することができる」

 顔の付いた太陽をかたどった杖を手にした半裸の男性神官が現れ、その杖を空に掲げる。すると杖から黄金の光が放たれ、その光に導かれた巨大な赤き蟻がその6本の足をうごめかせながら神官のそばへと歩み寄る。

 使神官―アスカトル 守1500
 赤蟻アスカトル 守1300

「レベル5の使神官に、レベル3の赤蟻をチューニング。暴虐の太陽昇りしとき、表裏一体の対となる日輪が牙を剥く。シンクロ召喚、太陽龍インティ!」

 専用チューナーの元に呼び出されたそのシンクロモンスターは、まさに太陽の龍。先ほど神官が手にしていた杖と同じデザインの太陽の面が宙に浮き、そこから4本もの赤い首が伸びてそれぞれそっくり同じ竜の姿を成した。

 ☆5+☆3=☆8
 太陽龍インティ 攻3000

「『インティ……とくれば、恐らくは』」
「そして魔法カード、アドバンスドローを発動。俺のフィールドからレベル8以上のモンスターをリリースし、カードを2枚ドローする。手札から死神官-スーパイの効果を発動!このカードもまた俺の手札1枚をコストに守備表示で特殊召喚し、さらにスーパイ1体を特殊召喚できる。シンクロ召喚以外でエクストラデッキからモンスターを呼び出せないデメリットも含めて、アスカトルとほぼ同じ効果だ」

 太陽の龍がゆっくりとその首を根本の仮面に収納し、残った仮面も地中へと沈んでいく。それと同時に店内の照明も次第に暗くなってゆき、薄闇の中に鬼のような2本角の面をかたどった杖を手にする女神官がその杖によく似た宙に浮かぶ仮面を従えて現れた。

 死神官-スーパイ 守1900
 スーパイ 守100

「レベル5の死神官に、レベル1のスーパイをチューニング。無慈悲なる月光満ちるとき、表裏一体の対となる月輪が爪を研ぐ。シンクロ召喚、月影龍クイラ!」

 同じく専用チューナーの元に呼び出されたもう1体のドラゴンは、先ほど沈んでいったインティに比べるとその体躯はひとまわり小さい。その体色も赤を基調としたあちらとは異なり、全面的に青を押し出したカラーリングとなっている。しかしそのデザインはまさに対、ある一点を除くほぼすべてがインティの姿に酷似している。太陽の龍と月の龍を隔てる何よりの違い、それがその龍の体を伸ばす本体の仮面であった。太陽をかたどったインティに対し、月を人面に見立てた仮面……そしてそれが、先ほどインティの辿ったルートをなぞるようにして天頂へと浮かびあがった。

 ☆5+☆1=☆6
 月影龍クイラ 攻2500 

「『インティ、そしてクイラ。ともに対となる太陽と月の化身……魔界劇団の今宵の相手は、どうやら大自然の象徴たる昼と夜の顔そのもの。となればそれらを同時に相手取るこの演目名は、さしずめ魔界演目「星落とし」とでもお呼びいたしましょうか。天高く輪廻の孤を描く、昼と夜二色の顔を持つ2つの天体。ならば今こそ我々のエンタメで、星の軌道さえも曲げてみせましょう』」

 相手のデッキのギミックが分かったところで、鳥居は決して立ち止まらない。それは、彼の魔界劇団に対する誇りと自信のなせるものだ。
 しかしまた、その相手たる朝顔もかつては糸巻と同じプロデュエリスト。決して一筋縄ではいかない相手だろうと、改めて気合を入れ直す。

「星落とし、ねえ。はっ、なかなか言ってくれるじゃねえか。さすがはエンタメを名乗るだけのことはある、威勢のいい奴は嫌いじゃないぜ。俺の手札は残り2枚、これを全部セットしてターンエンドだ」
「『初手からハンドレスとは、なかなかに強気ですね。それでは、私のターン!おや、このカードは……いえ、なんでもございません』」

 ドローしたその1枚を見て、やや意味ありげな反応を見せる鳥居。だがそれ以上そのカードに触れることはなく、すぐさま別のカードを使って動き出した。

「『まず我々の目指すべきは、天頂に浮かぶあの青き月。そしてこの無謀なる挑戦に、果敢に挑む勇気ある団員の名を紹介いたしましょう。ライトPゾーンにスケール1、怪力無双の剛腕の持ち主……魔界劇団-デビル・ヒールを、そしてレフトPゾーンにはスケール8、誰もを笑わす最高の奇術師。魔界劇団-ファンキー・コメディアンをそれぞれセッティング!』」

 彼のデュエルではおなじみの、左右に立ち並ぶ光の柱。それぞれ紫色の巨漢と黄色い肥満体がその中心に、自身の持つ数字と共に浮かび上がる。

「『これにて私は手札より、レベル2から7のモンスターを同時に召喚可能。ペンデュラム召喚!舞台駆けまわる若きショーマン、魔界劇団-サッシー・ルーキー……そして!この偉大なる挑戦に、やはり彼の名は欠かせません。栄光ある座長にして永遠の花形、魔界劇団-ビッグ・スターの登場です!』」

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700
 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

「サッシー・ルーキーにビッグ・スター、ねえ。それで、どうする気だ?」
「『そうですね。いくつか考えられるストーリーはございますが……ここはやはり、お客様の意表をついてこそが華というもの。ビッグ・スターの効果発動!1ターンに1度デッキより魔界台本1冊を選択し、私のフィールドにセットいたします。最初に導き出される演目は、やはりこれがなくては始まらない。台本の中の台本、魔界劇団の代名詞。魔界台本「魔王の降臨」をセットいたします!』」
「何……?」
「ほう」

 鳥居が迷いなく選んだ台本は、自分フィールドに攻撃表示で存在する魔界劇団の数まで場に表側で存在するカードを破壊する極めて攻撃性の高い台本、魔王の降臨。そのチョイスに、元プロデュエリスト2人の目が鋭く光る。

「『おやおや、どうやらギャラリーの皆様方はこの選出が不思議なようですね。確かに今現在フィールドを支配する月の化身、クイラには効果がございます。それも魔王の降臨のチェーン不可能力では防げない、被破壊時に自身の対となるインティを蘇生する効果が。ですが、私はこれでもエンターテイナーを名乗る身。当然、これだけでは終わりません。魔王の降臨を発動、この時私のフィールドにレベル7以上の魔界劇団が存在することで相手はこの発動に対しカードをチェーンすることが不可能となり……その破壊対象は、私のフィールドに存在するサッシー・ルーキー!』」
「ええっ!?」

 八卦の上げた困惑の叫び声に反応するかのように、ビッグ・スターがすっかりおなじみとなった漆黒のマントによる魔王ルックを身にまとう。その隣で一緒になって黒服を着て胸を張るサッシー・ルーキーだったが、ビッグ・スターがそのマントを勢いよく広げてポーズをとった際に嫌というほどにその振りぬかれた腕に顔面を強打され、そのままその場にひっくり返ってしまった。

「『ですがご安心を。サッシー・ルーキーは1ターンに1度、戦闘及びカード効果によっては破壊されません』」

 涙目になりながら頭をさすりつつ起き上がる若き演者に、花形が魔王の格好のまま両手を合わせて謝罪する。気にするなと言わんばかりにその名が示す通りの偉そうな態度でひらひらと手を振り、再び2人の演者が月の龍を前にして並び立った。

「『そして手札より、魔界台本「ファンタジー・マジック」をサッシー・ルーキーに対し発動!このターン選択したモンスターがバトルによって破壊できなかったモンスターは、そのダメージステップ終了時に持ち主の手札へと戻ります。破壊するたびに互いが互いを蘇生しあう太陽と月の輪廻、ならば破壊以外の方法でその輪を断ち切ればいいだけのこと。これぞすなわち、星落とし!』」

 発動された第2の台本に目を通し黒衣をすぐさま脱ぎ捨てたサッシー・ルーキーが今度は木製の剣と盾を手にし、明るい色のマントにバンダナといったいかにもな勇者の装備に身を包む。星々の軌道を変えるため一時的に手を組んだ勇者と魔王の姿は、少女の目にはひどく頼もしいものに映った。

「あれ?でも、お姉様。最初からファンタジー・マジックのカードが手札にあったなら、なんで鳥居さんは魔王の降臨を使ったんですか?」
「ネタバレは冷めるからな、とはいえヒントだけは教えとくよ。簡単な話、奴が狙ってるのはサッシー・ルーキーのもう1つの効果さ。それにしても鳥居の奴、2枚も伏せが残ってるってのにずいぶん強気でいったな」

 意味深な呟きが、当の本人の耳に届いたのかは定かではない。ともあれ、天高くで無慈悲な光を放つ天体の龍へとその先陣を切ったのは勇者サッシー・ルーキーだった。飛び上がりざまにその剣を振り上げ、力任せに振り下ろしにかかる。

「サッシー・ルーキーは破壊された時にデッキからレベル4以下の魔界劇団を1体リクルートする、だろ?確かにこの攻撃でクイラのバウンスが通っちまえば、すでにこのターン破壊耐性を使ったルーキーは戦闘破壊されて後続を呼び、そいつが攻撃力1500以上なら4000以上のダメージが通る計算になる……だが悪いな兄ちゃん、俺は一筋縄じゃいかないぜ?まずクイラが攻撃対象に選ばれた瞬間、クイラ自身の効果を発動!その攻撃モンスターの攻撃力の半分だけ、俺のライフを回復させる!」
「『もちろん、その効果も理解しております。ですがいかにライフが回復しようとも、星々の輪廻は表裏一体の月が消えたその時点で断ち切られます。つまり、この星落としは成立する!』」

 朝顔 LP4000→4850

 その言葉通り、勇者の振り下ろした剣は今まさにそれを迎え撃とうとする4本の龍の首とぶつかり合おうとしていた。この攻撃によりファンタジー・マジックは、その目的を達成することとなる。
 だが、ついにその時は訪れなかった。まさに両雄がインパクトするその瞬間、朝顔が動いたのだ。

「速攻魔法、禁じられた聖槍を発動!俺が選ぶのは当然、俺のフィールドに存在する月影龍クイラだ。これでクイラの攻撃力はこのターン800下がり、さらに魔法も罠もこのターンだけ受け付けない」
「『しまった……!』」
「ほう。腕は落ちてないみたいだな、朝顔」

 後悔するも時すでに遅く、最高のタイミングでのカウンターに糸巻が関心する。勇者の剣が龍の脳天へと激突し、竜の吐く炎が勇者の体を呑み込んだ。

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700(破壊)→月影龍クイラ 攻2500→1700(破壊)

「これでクイラの攻撃力はサッシー・ルーキーと同じになり、当然相打ちによる戦闘破壊が発生する。そしてファンタジー・マジックの効果は、相手が戦闘破壊された場合には不発となる……もっとも、今回は禁じられた聖槍で耐性が付与されたからどの道バウンスは通さないがな。月影龍クイラの効果、発動!月が大地に沈むとき、世界には再びの昼が訪れる。甦れ、太陽龍インティ!」

 クイラの残された仮面がゆっくりと地平線の向こう側へと消えていき、それと入れ替わるように再び太陽の仮面が……そしてそこから伸びる、4本の赤い龍の首が何事もなかったかのように現れる。みるみるうちにまたしても明るくなってきた店内に、くっきりと魔王の影が色濃く浮かんた。

「『ですが、戦闘破壊されたのはサッシー・ルーキーも同じこと。効果発動!デッキより出でよ、魅力あふれる魔法のアイドル。魔界劇団-プリティ・ヒロイン!』」

 太陽が昇ると同時に勇者のいなくなったフィールドで魔王の隣に呼び出されたのは、緑色の髪をした魔法少女。手にした魔法の鞭をまるで新体操のリボンのように巧みに操り、その肉球のような両手でポーズを決める。

 太陽龍インティ 攻3000
 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 守1000

「それで戦線維持したつもりだろうが、ここは一気に畳み込ませてもらう。永続トラップ、竜星の極み!このカードが存在する限り、相手モンスターは攻撃可能ならば必ず攻撃しなければならない。そこな嬢ちゃんは守備表示だから関係ない話だが、隣の花形にはそのまま突っ込んできてもらうぜ」
「『ならば、ビッグ・スターで強制攻撃をいたしましょう。意気揚々と布陣を整えて勝負に挑んだ魔界劇団でしたが、結局このターンのうちに太陽と月の運航を捻じ曲げることは不可能に終わってしまいました。しかし、それは魔界劇団の一方的な敗北を意味しているのでしょうか?いえ、断じてそうではございません。再びターンが巡るかぎり、彼らは何度でも立ち上がり再起を図るでしょう!ですがそれまでしばしの間、我々は一時の敗北を認めねばなりません』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500(破壊)→太陽龍インティ 攻3000
 鳥居 LP4000→3500

 漆黒のマントを広げ太陽の龍へと放った跳び蹴りはしかし、その本体へと届くよりも先に待ち構えていた龍の炎によって焼き尽くされた。
 これで鳥居のフィールドには辛うじて生き残ったプリティ・ヒロインただ1人と、この状況では特に何かができるわけでもないPゾーンのカード2枚のみ。圧倒的に不利な状況で、残る手札はただ1枚。

「『メイン2では何もいたしません。このままターン終了です』」
「そうか。なら、このまま俺のターンだな?フィールド魔法、チキンレースを発動!このカードはターンプレイヤーが1000ライフを払うことで、3つの効果から1つを選択して発動することができる。俺が選ぶのは、1枚ドローする効果だ」

 朝顔 LP4850→3850

 最初の小競り合いで優位に立った朝顔が手にしたカードは、万能ドローソースであるフィールド魔法。このまま残していれば次のターン、鳥居もまたこの効果を発動することができる……だが2人ともすでに公開情報から、それが実現しないことを知っている。それは、使神官アスカトルのコストとして捨てられたネクロ・ガードナーと同様に死神官スーパイの効果を発動するために捨てられた1枚のカード。

「墓地に存在する魔法カード、シャッフル・リボーンの効果を発動。このカードを除外することで俺のフィールドに存在するカード1枚をデッキに戻し、追加で1枚ドローする。ただしこの効果を使うターンのエンドフェイズに俺は手札を1枚除外するデメリットが発生するがそんなもん、手札全部使い切って踏み倒しちまえばないのと同じだな……嬢ちゃんも、デュエリスト志すなら覚えときな。こういうのがデュエリストの腕の見せ所、テクニックってやつだからな」
「は、はい!」
「オイこら朝顔、アタシの妹分に勝手に変な知識教え込むんじゃねえ」
「おうなんだ巻の字、嫉妬か?」
「あん?」

 ぎろりと据わった目で睨みつける糸巻とは対照的に、なぜか頬を赤らめてさりげなく立つ位置をずらし、より彼女へと密着する少女。一方でそんな昔馴染み同士の軽口についていけない鳥居はといえば、完全にアウェーの感覚を全身で味わっていた。
 そんな彼に、おもむろに朝顔が向き直る。

「さて、と。なあ兄ちゃん、どうやらそろそろ俺の二つ名の理由……二色のアサガオの由来を教えてやるよ」
「『由来……?はて、太陽と月の龍、その2種を軸とすることがその理由ではない、と?』」
「それもある。だが、それじゃ50点ってとこだな。兄ちゃんも巻の字から聞いたことぐらいあるだろ?プロはデッキに2種類以上の戦術パターンを盛り込んで戦術に幅を持たせてたってな。俺も元プロ、当然その中の1人だった。だが神官のアスカトルとスーパイには、それぞれ効果発動ターンにシンクロ以外でエクストラデッキが使えない欠点がある。そしてこの2神官をうまく使えれば、基本的に召喚権は余る。となれば、俺が何に活路を見出したと思う?」
「『……?』」

 困惑する鳥居に答え合わせだと言わんばかりに朝顔がその手札から1枚のカードを取り出し、デュエルディスクへと置く。

「時間切れだ。永続魔法、Sin(シン) Territory(テリトリー)発動!このカードの発動時、俺はデッキからフィールド魔法、Sin(シン) World(ワールド)を直接発動することができる」

 この局面で唐突に発動されたフィールド魔法により、太陽に照らされたフィールドが赤紫色の星空へと様変わりする。インティとクイラによる輪廻から唐突なSinに、流石の鳥居も目を剥いた。そんな思い通りの反応に気をよくし、上機嫌な朝顔が得意げに口を開く。

「そうさ、これが俺の隠し玉。太陽と月の二色と、白黒二色の矛盾の仮面。さあ覚悟しな、Sin パラドクスギアを召喚、そのまま効果を発動するぜ。フィールド魔法が表側で存在する際にこのカードをリリースすることで、デッキからもう1体の歯車を特殊召喚したうえでそれとは別のSinを手札に加える。チューナーモンスター、パラレルギアを特殊召喚!」

 Sin パラドクスギア 攻0
 Sin パラレルギア 攻0

「相変わらずの大型揃いか。よくもまあ、あんな重そうなデッキ回せるもんだ」
「俺に言わせりゃ巻の字、お前のデッキの方が大概だがな。アンワで種族サポートを腐らせて、バジェにドーハスーラにクリスタルウイング……よくあんな性格の悪さがにじみ出たデッキ臆面もなく回せるもんだ」
「お、お姉様を馬鹿にしないでください!」
「へいへい、悪かったな嬢ちゃん。パラレルギアをシンクロ素材にする場合、ルールとして他のシンクロ素材は宇手札のSinモンスターにする必要がある。俺は手札のドラゴン族レベル8、Sin スターダスト・ドラゴンに、闇属性レベル2のSin パラレルギアをチューニング。太陽沈み月堕ちる時、表裏一体を混濁する冥府の龍がその瞳を開く。シンクロ召喚、冥界濁龍 ドラゴキュートス!」

 白黒の仮面をつけた星屑の龍を、手足の付いた歯車の変化した2つの光の輪が包む。そして現れる第3のシンクロモンスターは先ほど沈んだ月の龍を、そして現在もなお天頂に浮かぶ太陽の龍をもはるかに凌駕する圧倒的な巨体の持ち主だった。その腹には頭部とは別にもう1つの巨大な口が開き、かすかに息を吐くと空気の流れと共に大量の瘴気が周りの空気に散布される。
 それは太陽も月も関係ない、死の世界より来たる龍。互いが互いを蘇生するインティとクイラのコンセプトに真正面から抗いながら、そのどちらの要素も内包するもう1体のドラゴン。

 冥界濁龍 ドラゴキュートス 攻4000

「さて、そろそろ終わりじゃないか?バトルフェイズに……」
「『いえ。確かに以前までの私であれば、この状況を覆すことは不可能だったでしょう。ですがデッキとデュエリストは、常に進化を繰り返すもの。今の私のこの手には、この危機的状況に対する回答が握られています!』」
「何!?」

 絶体絶命のピンチにも、鳥居はにっこりと笑う。彼の手に存在する、最後の1枚となるカード……しかしそれを表にする前に、敬意を表すべく深々と優雅な動きでお辞儀する。

「『まずはこの場をお借りして、チャンピオン……妖仙獣使いの強敵であったロベルト、後ろ帽子の(バックキャップ)ロブへとお礼申しあげておきましょう。あなたがあの時私のデッキの力を見抜き、その補強のためにくださった1枚のカード。その真の力、今こそこの舞台にてお見せいたしましょう!メインフェイズ終了時に手札より、ホップ・イヤー飛行隊の効果を発動!私のフィールドに存在するモンスター、プリティ・ヒロインを選択してこのカードを特殊召喚し、さらにその2体のみを素材としてシンクロ召喚を行います!それではご登場いただきましょう、これが私の新しい仲間!蒼穹の世界飛び交う小隊、ホップ・イヤー飛行隊!』」

 2体のドラゴンが支配する戦場に、突如3つの影が空の彼方から舞い降りた。それは、長い耳を翼代わりに自由自在に空中を高速飛行する獣人たちの部隊。この危機的状況を唯一どうにかするだけの力を秘めた、チャンピオンからのもらい物のカードである。

「ロブの野郎、いらんことしやがって……!」
「『そちらがあくまでシンクロで攻め込むというのであれば、私も同じ土俵に立って立ち向かうのが筋というもの。まだ私の星落としの演目は、終わったわけではございません。レベル4のプリティ・ヒロインに、レベル2の飛行隊をチューニング!幻界巡りし化天の翼、メタファイズ・ホルス・ドラゴン!』」

 太陽と死の龍を前に立ち塞がるように、ほのかに光り輝く純白の翼が力強く広げられる。2体の龍よりもずっと小さな存在でしかないその幻竜は、しかしその威圧感にも怯むことなく対峙する。

 ☆4+☆2=☆6
 メタファイズ・ホルス・ドラゴン 攻2300

「俺のターンにメタファイズ・ホルスか。厄介なことしてくれるぜ」
「『幻竜とはすなわち、ドラゴンの魂より生まれ出でてその幻界を突破した存在……そう、ドラゴンを越えるために!メタファイズ・ホルス・ドラゴンは、そのシンクロ素材となったチューナー以外のモンスターの種類によって異なる効果を発揮いたします。プリティ・ヒロインはペンデュラムカード兼効果モンスター、よって発動される効果は2つ。アセンション・ダブル・ウェーブ!』」

 ますます強くなる純白の光を放ちながら、メタファイズ・ホルスが高く高くに飛び上がる。光の軌跡を後ろに引き、輝きが太陽と死の龍を照らしてくっきりとその影を地面に落とした。

「『まず効果モンスターを素材としたことで、相手フィールドのカード1枚を選択してその効果を無効とする力。私が選択するのは、ドラゴキュートスです!』」
「ちっ……止められないな」
「『そして本命、ペンデュラムカードを素材としたときの効果。相手は自分フィールドのモンスターを1体選択し、そのコントロールをこちらに渡さねばなりません。さあ、どちらを選択なさいますか?』」

 ここで重要なのは、あくまでもコントロールを渡すモンスターを選ぶ権利は朝顔の方にあるという点である。一見それは選択のようにも見える……しかし実際のところは問われるまでもなくそんなこと決まりきっており、それは鳥居自身も百も承知である。

「ほらよ、行ってきな。太陽龍インティのコントロールを移す!そしてバトルフェイズ、ドラゴキュートスで太陽龍インティに攻撃!」

 効果が無効になろうとも、その攻撃力は損なわれていない。冥界の龍が、メタファイズの光に幻惑されて軌道を変えた太陽へと裁きの一撃を下す。

 冥界濁龍 ドラゴキュートス 攻4000→太陽龍インティ 攻3000(破壊)
 鳥居 LP3500→2500

「礼を言うぜ兄ちゃん、わざわざコンボの成立を手伝ってくれてな。この瞬間に太陽龍インティの効果が起動する。このカードを戦闘破壊したモンスター、つまり俺のドラゴキュートスはそのまま破壊され、相手プレイヤーにその攻撃力の半分だけダメージを与える!」

 沈みゆく太陽が地平線の向こう側に消え去る寸前、その首の1本がおもむろに伸びてドラゴキュートスの首筋に噛みつき共に引きずり込む。そしてほんの1瞬だけ、朝顔のフィールドからモンスターが消えうせた。

 鳥居 LP2500→500

「鳥居さん!」
「だが、こうしなきゃアイツのライフは今のターンで消えてたからな。結果的にドラゴキュートスも勝手に消えてくれたわけだし、消費の重さにさえ目をつぶりゃあ今のがベストな手だ」

 大幅に減ったライフに悲鳴を漏らす八卦とは対照的に、糸巻の視線はあくまで冷静なままだ。事実彼女はこの時、特に鳥居の心配はしていない。確かに彼の手札はこれで0だが、それは朝顔も同じこと。そして鳥居にはまだ、1と8を示したままのペンデュラムスケールが存在する。致命傷を負いライフ差こそ大きく開いたものの、見た目よりも戦況は悪くない、そう彼女はこの状況を分析する。
 彼が本当のデュエリストならば、ここでこのまま押し切られるような真似はしないはずだ。普段辛口な彼女ではあるが、それでもこの部下が本物のデュエリストであることに関しては、全く疑いを持ってはいなかった。

「仕留めきれなかったのはもうしょうがねえな、やるだけのことはやった。ターンエンドだ、ターンエンド」
「『それではこれにて私のターン、ドロー!』」
「スタンバイフェイズ、破壊されたインティの効果により墓地のクイラを蘇生する。太陽が大地に沈むとき、束の間の黄昏を経て夜が世界に訪れる。甦れ、月影龍クイラ!」

 そして再び、フィールドに薄闇が訪れて月の仮面と青き龍が天頂へと昇る。その姿と今引いたばかりの手札を見比べ、わずかな沈黙ののち……鳥居は、大きく息を吸い込んだ。わずかな溜めの期間を置き、あくまでも明るい調子を崩さずに口を開く。

 月影龍クイラ 攻2500

「『再び月が昇り、夜が訪れ……そして我らが魔界劇場も最終日、星落とし作戦最後の一日がやってまいりました!星々の輪廻には散々てこずらされてきましたが、この長きにわたる戦いにもこのターンをもって幕を下ろすと致しましょう。ですが、こちらもそれなりに疲弊していることは否定できません。まずは、星を落とすための下準備が必要となりますね。最初に来たるはこのカード、舞台を回す転換の化身。魔界劇団カーテン・ライザーを召喚!そして彼自身の効果によりデッキから魔界台本「火竜の住処」を墓地に送ることで、エクストラデッキより再びビッグ・スターを回収いたします』」
「やっぱり何か思いついたみたいだな。さーて、どう逆転する気かね」

 満足げに呟く糸巻の前で、カラフルなテントに顔と手足が生えたような異色の演者が召喚されてメタファイズ・ホルスの横に並ぶ。

 魔界劇団カーテン・ライザー 攻1100

「『ここで私はエクストラモンスターゾーンのメタファイズ・ホルス・ドラゴンと、今しがた召喚したカーテン・ライザーの2体を左下、及び右下のリンクマーカーにセット!リンク召喚、電脳駆けるデータの翼。LANフォリンクス!』」

 LANフォリンクス 攻1400

「まずはマーカー確保か。まあ、メタファイズ・ホルスが居座ったままじゃ何もできないしな」

「『セッティング済みのスケールは1、そして8!ペンデュラム召喚、エクストラデッキから再びサッシー・ルーキーとプリティ・ヒロインを、そしてクライマックスともなれば、なんといってもあの花形は欠かせません。手札からはもう1度、ビッグ・スターの登場です!』」

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 攻1700
 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500
 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

 そして用意したリンクマーカーをフルに活用して呼び出される、3体の魔界劇団。だが、まだその展開は止まらない。彼の思い描いた星落としのシナリオは、この3体が出揃った今もなおその途上にあった。

「『ビッグ・スターの効果発動!再びデッキより、魔界台本「魔王の降臨」を再上演!3種類の団員が存在することで破壊可能なカードは3枚、私はこの効果によってSin Territory、そして月影龍クイラを破壊します!』」
「クイラを選ぶとはいい度胸だ。明日が来ればまた日は昇るって、裏デュエルコロシアムの時に青木のおっさんから聞かなかったのか?甦れ、太陽龍インティ!」

 魔王の一撃が赤紫色の宇宙空間そのものを揺さぶり、その頂点に浮かぶ月の龍を陰らせる。再び沈んでいく仮面と入れ替わりに、つい先ほど沈んでいったばかりの太陽の龍が蘇った。

 太陽龍インティ 攻3000

「さあ、望みどおりに蘇生してやったぞ。それで次はどうする気だ、兄ちゃん?」
「『ならばもう1度申し上げましょう、私の今回の演目は星落とし。なるほど、確かに太陽と月の龍の不死性は恐ろしいものでした。しかしその力も、決して無尽蔵に使えるものではございません。ここで魔界劇団の心強き仲間、更なるゲストをご紹介いたしましょう』」
「ゲスト?」

 オウム返しに聞き直す朝顔に対し芝居っ気たっぷりにウインクし、おもむろに高く掲げた指を打ち鳴らす。それを合図に、ビッグ・スターの左右に陣取った2人の団員が飛びあがり空中で交差する。

「『私のフィールドに存在する、闇属性ペンデュラムモンスターであるサッシー・ルーキー及びプリティ・ヒロイン。この2体のモンスターをリリースすることで、このカードはエクストラデッキより特殊召喚できるのです。さあ満を持して今こそ出でよ、融合召喚!千の顔持つ蟲毒の竜!覇王眷竜スターヴ・ヴェノム!』」

 そして重々しい音とともに着地する、緑のラインが毒々しく光る紫毒の龍。その攻撃力ははるか上空にまで上り詰めた太陽にはいまだ届かない……しかし、その瞳は一歩も引くことなく直上に輝く太陽の龍を見据えていた。

 覇王眷竜スターヴ・ヴェノム 攻2800

「『スターヴ・ヴェノムは1ターンに1度互いのフィールド、もしくは墓地に存在するモンスター1体を指定することでその効果および名前を得ます。そして今回私が選ぶのは、その隣に立つ我らが花形。ペルソナ・チェンジ……ドラゴンライダー・ビッグ・スターヴ!』」

 まるで蔦のような触手を背中から真横に伸ばすスターヴ・ヴェノムに、それをタイミングよく掴んで飛び上がるビッグ・スター。再び体内に猛スピードで収納される触手をロープ代わりにその動きに合わせ宙を舞った花形が、正確にその紫色の背中に飛び乗った。

 覇王眷竜スターヴ・ヴェノム→魔界劇団-ビッグ・スター

「ビッグ・スターとスターヴ・ヴェノムが……合体した!?」
「落ち着け八卦ちゃん、ただの演出だ。あとあの乗っただけっぷりはどっちかっつーと融合だな」

 彼曰くドラゴンライダーと化して人馬一体となった2体のモンスターの共闘に、まんまと彼の演出に乗っかった八卦が興奮して叫ぶ。
 一方でさすがにプロとしての経歴も長い2人はこのように小手先の演出には引っかかりはしないが、それはそれとしてデュエリストとしての本能が目を離すことなくことの経過を興味深げに見続けていた。

「『さあ、今こそがクライマックスです!ドラゴンライダー・ビッグ・スターヴの効果を発動してデッキより最後の1枚、魔王の降臨を再々上演!たとえ道半ばにして仲間が力尽きようとも……いえ、それだからこそ、竜の力を得て真なる魔王と化したビッグ・スターは決して目的を諦めません。魔王の暴威は空に浮かびしあの星を落とすまで、何度でもフィールドを吹き荒れます!この局面にて魔王の選びし対象は当然、太陽龍インティ!』」
「ちいいっ……!」

 太陽と月の蘇生コンボには破壊以外の除去に弱いというほかにもう1つ、ほんのわずかな隙がある。それが、インティとクイラの効果にあるごく小さな違いである。破壊された場合に即座にインティを呼び戻すクイラと違い、インティ側の蘇生能力には破壊された「次のスタンバイフェイズ」というタイムラグが存在する。
 しかしそれは本来、プレイングによっては十分にカバーできる範囲のもの。現に先ほどのターン、朝顔は鳥居が敗北を回避するために使わざるを得なかったメタファイズ・ホルス・ドラゴンの効果を逆手にとってインティを送り付け、ドラゴキュートスで戦闘破壊することで特大の効果ダメージを与えつつ次のターンを蘇生したクイラで迎え撃つという理想的な流れを見せつけた。当然相手からの効果に頼らずとも、彼のデッキには能動的にインティを破壊してクイラに繋ぐカード、あるいは空いたフィールドに自分からクイラを蘇生し次なる破壊に備えるカードは盛り込まれている。
 しかし今この場においてそれらのカードは存在せず、あるのは太陽も月もないぽっかりと空いた空間のみ。星落としは、ここに成就した。

「『それでは最後のバトルフェイズと参りましょう。まずはLANフォリンクスによるダイレクトアタックです』」

 LANフォリンクス 攻1400→朝顔(直接攻撃)
 朝顔 LP3850→2450

「『そして最後を飾るのは、やはりこうでなくては締まりません。ドラゴンライダー・ビッグ・スターヴによるフィナーレの一撃……竜王のフルスロットルオベーション!』」

 上に乗った魔王がそのマントをはためかせ、スターヴ・ヴェノムが両足で力強く地を蹴って走る。上空からは光の柱でデビル・ヒールとファンキー・コメディアンがエールを送る中、最後に大きくジャンプしての人竜一体となって紫色の炎を纏っての突撃が真正面から朝顔に命中した。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2800→朝顔(直接攻撃)
 朝顔 LP2450→0





「はー……勝ちましたよ糸巻さーん」
「おーう」

 演劇の時間は終わり、また素に戻ってのやる気のない勝利宣言に対しこれまたやる気のない返答。普段は真逆のくせにこういった妙なところだけ同調する2人に、デュエルディスクの電源を落とした朝顔がなんとも言えない表情を向ける。

「いやもっと喜べよお前ら、俺だぞ俺。二色のアサガオに勝ったなんて、一昔前ならそれだけで少しは自慢できるレベルだったんだぞ」
「うるせー時代錯誤のテロリスト。ほれ、用が済んだなら負け犬は帰った帰った」

 未練がましい言葉にも、しかし糸巻はしっしっと野良犬でも相手するかのように手で追い払うジェスチャーで返す。仮にも敵対する組織の、それも「BV」をナチュラルに持ち歩く重犯罪者にもかかわらず身柄拘束といった発想が一切出てこないのは、基本的に何かフォローの入れようのないことをやらかすまでデュエリストに対しその重い腰を上げようとしない、彼女なりの元同業者への甘さのなせる業だった。あるいはそれだけ、道は違えどかつての仲間がデュエルモンスターズを悪用などしないということを信じているのかもしれない。
 そんなぶっきらぼうな態度から見え隠れするどこまでも甘い彼女の一面を見抜き、朝顔は苦笑いして肩をすくめる。

「へいへい、んじゃ帰りますかね。デュエルポリスとかち合って負けてきたって言っとけば最低限の格好はつくだろうさ。ただ巻の字、できればその遊野なんちゃらにはあんま目立つ真似すんなよって伝えといてやってくれ。後始末押し付けられるのは俺らだかんな」
「気が向いたらな。アンタの方こそ、もしどっかで巴の奴に会ったら伝えといてくれ。アタシがバーーカ、こう言ってたってな」
「巻の字、お前なあ……そんな小学生でも今時やらないような伝言押し付けられる40過ぎのオッサンの気持ち、少しでも考えたことあんのか?ま、気が向いたら言っといてやるよ。んじゃな、嬢ちゃんも元気でな」
「はい!今日のデュエルも大変参考になりました、ありがとうございます!」
「……やっぱ調子狂うなあ。巻の字、この嬢ちゃんにはあんまろくでもないこと教えるんじゃないぞ」

 その言葉を最後に、いつの間にかすっかり日が落ちて夜になっていた店の外へと朝顔が出ていく。なんだか疲れが押し寄せた鳥居が大きく息を吐くと、それを合図にしたかのように少年の顔がぴょこっと覗く。

「あ、ぼちぼち終わった?ご苦労様」
「清明?あれ、お前今までどこにいたんだ?」
「外。さっきの人に捕まると大変面倒くさいことになりそうだったからねー」

 なんてこともないようにそう述べる彼だが、その状況判断の早さに糸巻は内心うんざりしていた。現状はかなりの要注意人物であると評さざるを得ない言動にもかかわらず、今の逃げ足。ということはつまり、もし彼が精霊に関する妄想癖を拗らせた結果何かをやらかして彼女たちが捕まえる羽目になったとしても、あの危機回避能力をフルに生かして逃げ回られる可能性があるということだ。
 つくづく、面倒なことに首を突っ込んだものだ。改めてそのことを実感し、糸巻もまた腰を下ろしていた机から立ち上がり出入口へと向かう。この後に何が起こるのかを考えるだけで、煙草を吸わずにはいられなかった。 
 

 
後書き
File1における鳥居のデュエルは半ば【魔界劇団】の布教のような側面もあったので意識してそれ以外のカードはエクストラ含め極力使わないよう抑えていましたが、このFile2からはもっとじゃんじゃん使っていきます。
……まあ実際にはエキストラマドンナホープの効果を積極的に使っていきたい魔界劇団は、基本的にカテゴリ縛りが毎ターンかかり続ける状態なので少なくとも自ターンでカテゴリ外のカードを出すのはあまり得意でもないのですが。そういう意味ではその欠点をある程度カバーでき、不意打ちでホルスヴァルカンノートゥングあたりを呼び出せるホップ・イヤー飛行隊は実にいいカードですね。 
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