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ナナシノゲエム抗

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Episode0
  episode0-5『途切れた糸』

7月26日・呪いを受ける前日
17時13分・株式会社『那由多(なゆた)商事』営業課


『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電波の届かない場所に――』
何度も聞いたアナウンスにうんざりして、寺尾奏巳が受話器を置いた。
「まだ浦部(うらべ)商事に繋がらないのか?」
営業課の課長で、奏巳の上司である同本武(どうもと たけし)が尋ねる。
「ええ。明後日の会議の資料、データ部分に気になることがあったのに・・・」
奏巳がかけた電話の相手は、浦部商事という那由多商事よりも規模の大きい総合商社だった。
現在、那由多商事と浦部商事は取引を行っており、その初期段階の合同会議を行う予定なのだ。
「電話番号もメールアドレスも間違えてないし、それなのに応じないってのはどういう事なんだ?休みでもないだろうに」
同本が唸る。
「一昨日からなんですよね、こんなことになってるのは」
「いくら何でも、一大企業の浦部商事が見落とすはずがないんだがな・・・」
二人が考え込む。しかし、何を考えても疑惑は晴れなかった。


同本より先に退社した奏巳は、自社ビルの近くにあった公園のわきに設置されている自販機の前にいた。購入した冷たい缶コーヒーを手に取り、ベンチに腰掛ける。
今は陽は沈み、あと数刻すれば西の空の白い光も消えるだろうという頃。公園で遊んでいる子供たちや同伴する親たちの姿はなかった。
「やれやれ、まったく・・・」
背もたれに身を預け、無糖の缶コーヒーを口にする奏巳。コーヒーの苦々しい味が口内を浸し、喉へと入る。一旦、缶を口から離してため息と共に息をつく。
「不景気からようやく回復しそうだって時に、何やってんだか大企業サマは・・・」
奏巳が言ったのは、数年前に起こった隣国の有名投資銀行の経営破綻のことだ。
その影響は海外の経済にまで及ぶすさまじいもので、海の向こう側にいた日本市場もその余波に巻き込まれ、何年も株価低迷がするほどの不景気に見舞われた。
金融緩和政策によって、ようやく経済回復の兆しが見えたのは去年だった。
(・・・ま、同本さんも、会社に残って少し粘るらしいし・・・)
本当は連絡が付くまで会社に残るつもりだったのだが、他にも職場でやる仕事がある同本が「後の事は俺がやる」と言って奏巳を帰した。
(明日には向こうからの連絡も来るだろ。もしかしたらただの混線って可能性もあるしな)
ふう、と息をついてコーヒーを飲む。熱気の残る屋外で飲むコーヒーの冷たさが、喉を通じて全身に染み渡る。
「奏巳、こんなとこにいたのか!」
突然背後からの呼びかけに奏巳が驚き、飲んでいたコーヒーが気管に入りかけて咽てしまう。
「げっほ、げほっ・・・!と、徳江か・・・?」
背中を丸めて、苦し気に咳込みながら相手を探る。予想通り後ろにいたのは、奏巳の同期である徳江学(とくえ まなぶ)だった。
「・・・あー・・・何か、ごめんな」
「徳江ぇ、何度も言ってんだろ・・・『下の名前』で呼ぶなって・・・」
背後にいた徳江を、奏巳は恨めしそうに見上げる。
「仕事終わったからいいだろ別に。会社じゃ比較的苗字呼びしてるし」
「それ以前の問題だ!女みたいな名前だから、呼ばれんの嫌なんだよ!」
奏巳が徳江に対して怒鳴る。女性的な響きのある「奏巳」の名は、物心ついた頃からの彼のコンプレックスだ。
「本題にすら入ってないのに、そんなに怒るなよ・・・」
「お前が怒らせてんだろうが。しょうもない用事だったら、ただじゃすまさねぇぞ」
「違うって、ほら今度飲みに行くって話してただろ?それでいい場所見つけたから知らせようと思ったら、もうお前会社から出たあとだったから追いかけてきたんだよ」
「飲みに・・・あーそうだったな確か」
「忘れてたろ」
「・・・浦部の事で頭が一杯でさ」
「電話、結局繋がらなかったんだって?」
「ああ。同本さんが引き継いでくれたけど、果たして返事してくれるかどうか・・・ま、明日になりゃ分かるかな」
「・・・そうだな」
徳江が静かに答えた。
少し落ち着いた奏巳が、缶コーヒーを脇に置いて両腕を頭の方で組む。空を見上げると、偶然一番星を見つけた。
「・・・あ。一番星」
「えっ?ホントだ」

奏巳の呟きを聞いた徳江が、前の背もたれに手を載せて身を乗り出すようにして空を見上げた。
そうして、夜は何事もなく始まった。
 
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