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ナナシノゲエム抗

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Episode0
  episode0-4『呪いの傷跡』

7月26日・呪いを受ける前日
16時40分 私立南都大学・廊下

達樹の予感は的中してしまった。

踊り場から階下を見下ろせば、そこにいたのは向き合っていたまりと川越。
川越は指先で左頬に触れたまま唖然とまりを見、まりは彼の頬を叩いた右腕をそのままに、彼を涙目で睨んでいた。
二人は互いを見るばかりで、達樹の存在に気付かない。
「は、はり・・・みや・・・?」
そのままの状態で川越が呟くように言う。当たり前だ、彼は『あの事』を知らない。
一方、まりは一言も発さない。
「・・・・・・」
まりが手を下ろす。川越に背を向けると一目散に走り出した。
「まり姉・・・!」
達樹が思わず、私生活でのまりの呼び名を零す。その声を聞いた川越が、我に返って階段の方を向いた。目を開いて「見られてしまった」とはっきり分かる表情を浮かべる。
「・・・笹部」
川越が達樹の名前を言う。それを達樹は意図的に無視して、階段を降りた。
「・・・今の、見ていたのか。私たちが、何を話していたのかも・・・」
再び達樹に話しかける川越。達樹は横目で彼を睨んだだけで、何も語らず、まりが去っていた廊下の先へ向かう。
「笹部・・・!」
遠くから聞こえる、川越の声。それを耳にしながらも、達樹は決して振り返らなかった。


数分後。会話を無視されその場に取り残された川越は、まりと達樹を追いかけて工学部研究室にやって来た。ドアに取り付けてある曇りガラスから部屋の明かりが漏れている。二人は確実にここにいるだろう。
「・・・・・・」
中に入ろうとドアノブに手を掛けようとする川越。
ちょうどその時、勝手にドアノブが回り、扉が開く。出てきたのは、達樹だった。
「・・・川越先生」
川越の存在を確認するや否や、すぐに達樹は外に出て扉を閉める。中にいるまりに、川越の姿を見せたくなかったのだろう。
「笹部、その・・・」
「向こうに行きましょう。そこで話します」
戸惑う川越に対して、達樹がぴしゃりと言った。


二人が足を運んだのは、隣の校舎の講義室だった。この時間はどこの学科も使用してはおらず、人通りも少ない、彼らにとって理想的な話し合いの場所だ。
「笹部。張宮は、一体・・・」
「正直、話すべきかどうか迷っていたんです。話さなければいつか話題に出すだろうし、話せば面白がってからかいの材料にしてしまうでしょうから」
達樹の冷たさを感じる言葉に、川越が俯(うつむ)く。川越の左頬は、先程まりに叩かれたことで少し赤くなっていた。
「・・・6年前。張宮先生がまだここの大学生だった頃、お兄さんが亡くなったんです。『呪いのゲエム』で」
「6年前の、いつ頃だ?」
「二回生の後期が終わって、大学がまだ休みだった時でした。一人暮らしをしてたマンションを訪ねた時、お兄さんがTSを片手にして冷たくなってたのを見つけて・・・」
「張宮が第一発見者だったのか!?」
達樹が頷いた。
「元々、張宮先生は怪談が苦手でした。そこにお兄さんの死が重なって、以来『呪いのゲエム』の話題になるとトラウマとして蘇ってしまうようになったんです」
「そんなことが・・・」
川越が力なく言った。
「・・・私は、その事実を何も知らなかった。信じてはもらえないだろうが、本当だ。だが、張宮はTSをいつも持っていたはずだ。確か橙色の。メール機能しか使っていなかったようだが・・・」
「去年、張宮先生が買ったんです。もちろん俺は反対したんですが、このままじゃいけないって聞かなくて。・・・でも、結局駄目だったようですね」
徐々に達樹の表情は、苦虫を噛み潰したような深刻な顔に変わっていく。
「川越先生。これ以上、張宮先生の古傷を悪化させたくないんです。今後、仕事以外の話題を持ち込むのは勘弁してください。それでは・・・」
そう言って、達樹は踵を返して講義室から出ようとする。
「待て、笹部!まだ私は張宮に謝罪を・・・」
「今日はもう会わない方がいいです。張宮先生、辛そうでしたから」
ためらうことなく言い切った後、達樹は講義室の扉を閉めていった。


再び川越は取り残された。学生たちがよく座っている椅子に腰かけ、何に注目するでもなくただ真正面を見ている。
校舎の中や外に人がいるはずなのに、人の声よりも蝉の鳴き声が強く聞こえる気がする。
おもむろに、川越が白衣の懐に手を突っ込む。取り出したのは、長年彼が愛用しているTSだ。
閉じられているTSを開くと、それを画面が自分に向くような形になるように机の上に置く。
「・・・ああ、聞いた通りだ。お前は知っていたか?・・・そうか・・・」

時刻は、そろそろ5時に差し掛かるところだった。 
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