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ナナシノゲエム抗

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Episode0
  episode0-2『淑女の娘』

~5年後~
7月26日・呪いを受ける前日
16時20分 私立南都大学・工学部第一講義室


大学の講義は一コマにつき90分。ほとんどの高校における授業時間は50分。
40分の差があれど、高校の授業時間に馴染み切っていた大学1年生にとっては長い時間だ。
入学して早3ヶ月。そろそろプラス40分の講義に慣れてもいい頃だった。
「・・・ああ、もうこんな時間か」
教壇に立っている工学部教授・政辺昌成(まさべ まさなり)が、左手首に付けている腕時計を見て言った。
政辺は50代半ばの男で、長くこの大学に勤めているベテランだ。
「今日はここまで。先ほど配ったプリントは、来週までに提出してください。もし提出が遅れる場合は、事前に知らせておくように」
政辺がそう言うと、目の前に座る生徒たちが「はい」と口々に返事をした。

講義が終わり、生徒たちはまばらになって講義室を後にする。家にそのまま帰ったり、別の学科にいる仲間の元へ行ったり、別の講義のある場所へ移動したり、学内の図書館や部活動に向かう者など、様々だ。

しかし、そのまま講義室に残る者も少数はいる。
今年、私立南都大学・工学部機械工学科に入学した笹部達樹(ささべ たつき)もその内の一人だった。
達樹は講義中に政辺によって配られたプリントと、板書したルーズリーフを整理していた。
「達樹、お疲れ」
隣でぐったりと机に身を預けていた岡沢俊(おかざわ しゅん)が、達樹に声をかけた。
彼も達樹と同じく工学部の一回生で、入学して数日後に親しくなった友人である。
少しいい加減な所もあるが、意外にも他人を気遣う善良な学生だ。
「お疲れ様・・・疲れてるな、俊」
そう言いながらも、達樹は作業の手を休めない。
「あったり前だろお前、機械の構造や部品の種類名称・・・頭がこんがらがってきた。おまけに眠い」
岡沢が顔を上げて大きな欠伸をする。そしてまた、頭を両腕の中に埋める。
「でもそろそろ夏季休暇だよなあ・・・」
「そうだな」
「海とかいいよな・・・。達樹はどこ行きたい?」
「俺は、祭りとか?」
「何で疑問形なんだよ」
「別に・・・ずっと勉強してて、そういうこと考えてなくてさ」
「真面目だからなーお前は」
茶化すような岡沢の言葉を聞きながら、リュックに筆記用具とファイルを詰めていく。
「でもいいな、祭り。射的とかタコ焼きとかカキ氷とか」
「食べ物ばっかりじゃないか」
達樹は少し呆れたような声を出す。
話し続けていたおかげで気分が乗り出したのか、いつの間にか岡沢は上体を起こしていた。
「それしか思いつかないんだよ、祭りは」
「花火や金魚すくいとか、夏の祭りでしか出来ないこともあるぞ。あと、やぐらを囲んで盆踊り」
「あ、それもアリか。・・・早く祭りの日にならないかなぁ」
岡沢が両腕を上にあげて大きく伸びをする。ふと、何気なく視線を廊下側に向けると、人影が見えた。
その人影をよく見てみると、達樹や岡沢と同じ年頃の女子学生だった。ドアの後ろから、じっと彼らの様子をうかがっている。
「おい、達樹。お迎え来てるぞ」
荷物を入れ終わった達樹に、岡沢が声をかけた。


「ごめんなさい、お話ししていた時に来てしまって」
達樹の横を歩いていた露屋敷布裕美(つゆやしき ふゆみ)が、頭を下げて謝った。彼女の薄青色のショートボブの上には、飴色のカチューシャが付いている。
「ううん。布裕美ちゃんの所も、講義終わったんだ」
「はい」
達樹たちが歩いていたのは、大学の中庭だった。
中庭の地面にはレンガが敷かれていて、噴水とたくさんの木々が設置されている。
そこでは、ベンチに座って友人と話している学生や、そのまま正門へと向かっている学生もいた。
「ところで達樹さん、甘い物は大丈夫ですか?」
「え、甘い物ってお菓子とか?別に好きだけど」
「よかった!実はですね・・・」
布裕美が喜んだ声を出すと、一枚の紙を見せた。それはクッキーのレシピで、よく見るとコピーで、
手書きで文字と可愛らしい図が印刷されていた。
「同じ文学部の友達で、お菓子作りが好きな人がいて、お話を聞いていたら何だか作りたくなっちゃって。このレシピ、その子が書いた物をコピーしてもらったんです」
「そうなんだ。これを見ただけでも、その人が料理が好きってことが伝わるよ。布裕美ちゃん、普段は料理するの?」
「いいえ。高校までは調理実習をしたんですけど、ご飯はお手伝いさんたちが作ってくださってますから、
今はお茶を入れるくらいです」
レシピをファイルの中に仕舞い、さらにそのファイルを大事そうに革の鞄に入れる布裕美。
「・・・でも、何だか挑戦して見たくて。もし完成したら、達樹さんに食べてもらいたいと思ったんです」
「そうなんだ、それじゃあ楽しみに待ってるよ」
「はい。それからお母様にも・・・」
彼女の声が、不意に暗くなった。
「いつもお忙しいですけれど・・・最近はもっとご多忙になられて」


この大学の生徒の中で、布裕美の母親・美恵子の存在を知らない者はいないだろう。
露屋敷美恵子は元々、達樹たちが住んでいる東京都の都市・南都市の市議会議員だった。
6年前に前市長が引責によって辞職した後、彼女は南都市の市長選挙に出馬。破竹の勢いで当選した。その後任期を終えた2年前の選挙でも再び当選している。
達樹が美恵子の姿を見かけるのは、精々テレビのニュースと選挙ポスターくらいだが、とても印象に残る人物ではある。
どんな公務でも冷静沈着。市内の経済支援や市外からの入居者のサポートなど、南都市を住みやすい環境への改善に取り組んでおり、真面目な会見や明るいイベントでも笑顔も隙も一切見せないし、ふざけもしない。
良い点といえば仕事に忠実で、悪い点は仕事に関しての周りの温度差が大きい。
家でもその態度は変わらず、一人娘の布裕美が言うには、美恵子がこのようなことになったのは10年前に美恵子の夫つまり布裕美の父が亡くなってからだという。
昔も大人しかったが、それでも明るい方だったそうだ。


「お母様、食べてくださるでしょうか・・・」
昔と今の違いを知っている布裕美は、母親の冷やかな変わりように心を痛めていた。
「大丈夫だよ。市長さん・・・お母さんは布裕美ちゃんのこと大切に思ってるよ。
誕生日だって、忘れずにケーキとか買ってきてお祝いしたりしてくれるんでしょ?」
そんな彼女の肩にそっと手を置き、達樹が優しく語り掛ける。
「まだ、優しい心は残ってるはず」
布裕美が、達樹を見る。
「・・・そうですね。お母様も、お菓子が好きでしたから」
彼女の声は柔らかく、わずかに明るい物に戻っていた。


二人が前方を歩いていると、黒塗りの高級車が正門の近くに停まるのが見えた。
「あの車は・・・」
「藤沼さんかもしれません」
布裕美が断言する。藤沼とは露屋敷家に仕えている執事で、美恵子が若い頃から働いている。
「ごめんなさい、達樹さん。藤沼さんを待たせてはいけないので、私はこれで失礼します」
「うん、分かった。また明日」
布裕美は達樹にお辞儀をすると、早歩きで正門へと向かっていった。


布裕美を乗せた車が去った後、達樹はズボンのポケットにある違和感を覚える。手を入れる。何も無い。
「・・・しまった、TS忘れてきた。授業前に着信調べて、机の中に・・・」
TS――正式名・ツインスクリーン――とは、今現在大人気の携帯ゲーム機だ。
従来のゲーム機同様、ゲームソフトで遊べるのは当たり前だが、無料でメールを送受信できるので、老若男女構わず人気を集めている。
もちろん、大学内でも持っているものはいるが、達樹が、スマートフォンの番号と一緒にTSのアドレスを交換しようとした際、布裕美はTSを持っていないという事が判明した。いわゆる『お嬢様』である布裕美自身、俗世間に疎いところもあったのだろう。
だが二人は大学で会うことが出来るので、些細な事としてまったく気にしなかった。
「しかたない、取りに行くか」
達樹はそう言うと、もと来た道を逆走していった。 
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