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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン12 鉄砲水の異邦人

 
前書き
漫画版ARC-Vも最終巻出ましたね。巷ではなんか色々言われているようですが、私はあの最終決戦大好きです。これまでのシリアス展開を全部呑み込んだうえでの、それでもなお輝く明るく楽しいエンタメデュエル。あれだけやったラストターンのオチがいい味出してますね。え、トークン2体でオーバーレイ?あれは《サプライズ・トークン》なるメインデッキに入るモンスター2体をリクルートする効果だったと個人的には解釈してます。まあこの話は長くなりそうなのでこの辺で。

前回のあらすじ:誰もが(誰も)待って(いない)…そんなあの男が半年ぶりに呼ばれてもない癖に復活。何か知っていることがあるようだが? 

 
「ええと、あれだ。ちょっと状況を整理させてくれ」
「はいはーい」

 カードショップ七宝の店内にて。糸巻と鳥居を迎え入れた時と変わらずニコニコと人懐っこく笑う遊野清明(ゆうのあきら)を前に、当の2人はしかめっ面でこめかみを押さえていた。彼がこれまでに語ったあまりといえばあまりに荒唐無稽な話を前に、聞いているうちに頭が痛くなってきたのだ。

「まずアンタ、遊野っつったか?あの図書館にいるのは幽霊なんかじゃなくて、カードの精霊だと」
「うん、ありゃ間違いないね。それと清明でいいよ」

 カードの精霊。無論、糸巻もいちデュエリストとしてその概念は知っている。大事にされた、あるいは特別なカードにはいつしか意思を持つ精霊が宿り、その持ち主を影ながら支えるという……要するに、根も葉もない噂話だ。糸巻自身は、そんな話を信じる気はまるでなかった。
 とはいえ、それは決して彼女に夢がないだとかそういった結論に繋がるわけではない。彼女がそう感じる理由は単純明快にただひとつ、デュエリストというものを彼女が信じているからだ。デュエリストとは自分のデッキに、そしてそのカードに特別な愛着を大なり小なり抱くものであり、もし大事に使うだけでカードに精霊が宿るのならば今はともかく13年前、「BV」の手によりデュエルモンスターズを囲む世界が様変わりする前の彼女の周りは精霊にあふれていたはずだ。だが彼女は、そんなものの気配を感じたことは1度もない。

「精霊、ねえ」

 信じる信じないは他人の勝手。「もしかしたらいるかもしれない」……そう感じたい、信じたいという気持ちも決してわからなくはない。それでも結局は子供に語るようなおとぎ話の世界でしかなく、どこまでいってもその空想は現実との境界を越えはしない。それが、夢のある話を信じたい元・少女の心と世間に擦れていく一方の赤髪の夜叉との間で折り合いをつけた、糸巻太夫としての結論でありスタンスだった。
 一方、その隣の鳥居浄瑠は。彼の本来の姿は劇団員であり、ソリッドビジョンや小道具を駆使して観客に夢を見せることがその本業である。しかし……あるいはだからこそ、というべきか。当の彼自身は彼の普段から魅せるそれよりももう少し現実よりの冷めた目線から世界を眺めており、カードの精霊などという胡散臭い存在にはよく言っても懐疑的である。無論彼自身も自分の使う魔界劇団カードへの愛着は人一倍大きいのだが、それはあくまでお気に入りの道具、信頼できる自分の一部に対するものでしかない。自分の体が大事でない人間はいないだろう。しかし、その手や足に自分と異なる人格が宿るなんて話が果たしてどこまでありうるだろうか?
 どちらの視線も、一言で表せば懐疑的。しかしその内訳には、決して無視できないほどの違いがある。

「ま、信じる信じないはどっちでもいいさ。これを最初に話したのは、あくまでも僕自身のため。お望みなら、もっとそれっぽい作り話を持ってきてもよかったんだよ?ただこの精霊騒ぎ、多分お二人さんとは何度かかち合うことになりそうだからね。変に嘘を積み重ねてどこかでボロが出たりしたら、それこそ目も当てられないぐらいややこしいことになりそうだからさ……って、うちのブレインが言ってた」
「ブレイン?」
「そ、僕の神様……あー引かないで引かないで、今のは僕の言い方が悪かったから」

 一気に3割増しで険しくなった視線に失言を悟り、ぱたぱたと手を振って発言を打ち消す清明。だがそんなフォローも時すでに遅く、八卦のみがはらはらと見守る冷たい空気の中でうむむと小さく唸った。

「別にここでダークシグナーになってもいいんだけど、それやっても精霊の証明にはならないもんねえ。何か手っ取り早い方法……となると、やっぱこれしかないか」

 さも仕方なさそうな口調とは裏腹に、妙にウキウキした表情と態度を隠そうともせず左腕の腕輪に手をかける。次の瞬間にはそのデュエルディスクが、カード置き場となる水の膜と共に勢いよく展開された。昨日に引き続きまたも目の当たりにしたその機構に、糸巻の目がすっと細まる。

「……まさに、それなんだよな」
「え?」
「はっきり言って、アンタの話は一から十までどうにもこうにも胡散臭い。だが、そのデュエルディスクの機構はやっぱりアタシでも見たことない。なあ爺さん、そっちはどうだい?」
「ああ、その通りだね。私もこの業界に首突っ込んでから随分になるが、そんなモデルのデュエルディスクが開発されているなんて話は噂のレベルですら聞いたことがないよ」

 店の奥に向かって張り上げられた声に反応して、店の主である七宝寺の返事がすぐに届く。本来彼女らの座る位置は、ショーケースの並び替えにいそしんでいる老人の位置からは死角になっているはずなのだが……この老人の地獄耳っぷりに慣れている糸巻は今更余計な反応はしない。重要なのは、その内容だ。

「だろうな。アタシはおろか七宝寺の爺さんすら知らないデュエルモンスターズ関連の話……そんなもんがそうそうあるとは思えない。だから、その与太話はともかくアンタ個人にはアタシも興味がある」
「ふむふむ、つまり?」

 続く言葉を察したのか、神妙そうに催促する清明。それに張り合うかのように、糸巻もまたふてぶてしく笑う。

「その喧嘩(デュエル)、このアタシが買ってやるってんだ」





「「デュエル!」」

 そして店の奥、以前彼女が八卦とデュエルしたデュエルスペースに移動して。向かい合った彼女らに、一緒についてきた2人から黄色い声援とやる気のない茶々が飛ぶ。

「頑張ってください、お姉様!」
「糸巻さん、これで負けたら最高にカッコ悪いっすよー」
「おう、八卦ちゃん!……うるせえ鳥居、後攻ワンキルが何言ってんだこのやろ」

 ファンに応じて対応はきっちり変える。いわば客いじりの基本、プロの常套手段のひとつである。糸巻も無論、その技能はしっかりと押さえている。

「アウェーだねえ。しゃーないか」
「そりゃまあな。なんなら、先攻は譲ってやろうか?」
「いやいや、レディーファーストでお先にどうぞ」

 ランダム機能は使用せず、先攻の押し付け合いにより結局は糸巻が先手を取る。そして、すでにこの時から心理戦は始まっていた。実はこのデュエル、互いの思惑は偶然にも一致していた。どうにか後攻の欲しい清明と、うまいこと先攻の欲しかった糸巻……その構図が、勝負の始まる前からできていたのだ。にもかかわらず彼女があえて最初に先攻を譲ることを示唆したのは、こうして彼の警戒を誘い相手の自由意思により確実に先攻を取るためである。

「後悔するなよ?アタシのターン。不知火の陰者(かげもの)を召喚!」

 そして望みどおりに得た先攻1ターン目、先陣切って召喚されたのは数あるアンデット族の中でも随一の実力を誇るデッキエンジン。とくれば、ここから先の動きは目を閉じていても暗唱できる。

 不知火の陰者 攻500

「陰者の効果発動!自分フィールドのアンデット族1体をリリースすることで、デッキから守備力0のアンデット族チューナー1体を特殊召喚できる。ユニゾンビを特殊召喚し、そのまま自身の効果発動。モンスター1体を選択してデッキからアンデット1体を墓地に送り込み、選んだモンスターのレベルを1上げる。アタシが選ぶのは当然ユニゾンビ自身、デッキから選ぶのは当然馬頭鬼のカードだ」

 ユニゾンビ 攻1300 ☆3→☆4

「出たな、糸巻さんのド定番コンボ」
「定番……確かに以前お姉様とデュエルさせていただいたときも、この動きは見たことがあります」
「なら話は早い。よーく見とくといいよ、別にこれは糸巻さんだけの専売特許じゃない。アンデ使い全員の常識みたいなもんさ」

 外野がわちゃわちゃと喋るのをよそに、糸巻は迷いない動きでカードを動かしていく。

「墓地から馬頭鬼の効果発動、自身を除外することで墓地から別のアンデット1体を蘇生する。来な、不知火の陰者」

 不知火の陰者 攻500

「なるほど、それでもう1回リクルートってわけ?」
「馬鹿言うなよ、冗談はロンファだけで十分だ。なにせ、こいつのリクルート効果は1ターンに1回しか使えないからな。だが、これでアタシの場にはチューナーとそれ以外のモンスターが出揃った。レベル4の陰者に、同じくレベル4となったユニゾンビをチューニング。戦場(いくさば)潜る(あやかし)の電子よ、超越の脳波解き放て!シンクロ召喚、PSY(サイ)フレームロード・Ω(オメガ)!」

 全身を強化服ですっぽりと包む超能力戦士。細かなプラズマをその全身から放ちつつ空中浮遊するその顔が動き、今回の敵である清明の姿を捉えたその目がフルフェイスヘルメット越しにギラリと光った。

 ☆4+☆4=☆8
 PSYフレームロード・Ω 攻2800

「……手札1枚からレベル8のシンクロモンスターとはね。なかなかやってくれるじゃない」
「もっと褒めてもいいぜ。あいにくと何も出ないがな!カードを3枚伏せて、ターンエンドだ」
「なら、何か出すまで揺さぶってみようかね。僕のターン、ドロー!」

 初手に糸巻の場で空中仁王立ちするPSYフレームロード・Ωに、3枚もの伏せカード。一見するとそれは、除去と制圧の蔓延する現環境においてはあまりに時代錯誤な布陣に見えるかもしれない。実際清明自身はそう捉えたのだろう、まるで恐れる様子もなくカードを引く。
 ……だが、彼はすぐに思い知ることになる。糸巻太夫がなぜ夜叉の名で呼ばれるに至ったのか、その実力の一端を。

「おっと、まずはスタンバイフェイズだ。Ωの効果発動!除外されているアタシのカード、馬頭鬼を選択して墓地へと埋葬し直すぜ。さあ、もう1度墓場で出番を待ちな!」
「また馬頭鬼……まあいいさ、まずはこのターンだもんね。メインフェイズに移って」
「まあ待てよ、ここでもう1度待ったをかけさせてもらう。メインフェイズ開始時、Ωの更なる効果を発動!ランダムに選んだ相手の手札1枚と場のこのカードを、次のスタンバイフェイズまでフィールドから除外する!」
「げっ!?」

 0と1のノイズを後に残して電脳戦士の姿が電子の海へと消えていく。そしてそれを見た清明の表情が、すぐに取り繕ったとはいえ明らかに1瞬強張った。

「思った通り、これは予想外だったかい?」
「……やってくれるじゃないの……!」

 にやにやと笑う糸巻に、同じく笑い返すも明らかにその表情には余裕の足りていない清明。まだよく自体の呑み込めていない八卦が、隣にいた鳥居に小声で問いかける。

「あの、鳥居さん。お姉様のフィールド、モンスターいなくなっちゃいましたよ」
「確かに。でも八卦ちゃん、これでいいんだ。だって……」
「待ちな鳥居、そいつはアタシが答えるよ。清明、アンタのやらかした最大のミスは、アタシの前で鳥居とのデュエルを見せたことだ。それもワンキルとはいえ、かなりデッキ内容を絞るようなものをな」

 黙って耳を傾ける清明に、一字一句聞き漏らすまいと真剣にお姉様の講釈に聞き入る八卦。少なくとも外面だけは少年少女に囲まれて、糸巻の声が朗々と響く。

「デッキ内に2体の壊獣が必要となる妨げられた壊獣の眠りを採用できる程度には多い壊獣カード、それに手札コストとして捨てていたグレイドル。確か地獄の暴走召喚、なんてのも使ってたよな?グレイドルの能力で相手モンスターの数を減らしたうえで相手フィールドに押し付けた壊獣のデメリットを逆手にとって、地獄の暴走召喚で自分だけがモンスターを大量リクルートする。確かにえげつない戦術だ、それはアタシも素直に褒めてやるよ。だがな、そのどれもがまず最初に相手フィールドにモンスターが存在しなければ真の実力を発揮できない弱点を抱えている。それをよく理解しているからこそアンタは、このデュエルで後攻を取ろうとした。違うか?」
「最初っから計算づくだった、と?」
「さあて、な。どちらにせよ、アタシは先攻が欲しかったのさ」

 飄々とうそぶく赤髪の夜叉に、まんまと踊らされた清明が手札に目を落とす。視線の先にあるそれは壊獣か、あるいはグレイドルか……いずれにせよ、Ωの退避によって何らかの計算を狂わせたことは間違いないだろう。だが、それだけでは夜叉の一撃は止まらない。

「そして、だ。今のΩで除外したアンタのカードは……通常魔法サルベージ、墓地の攻撃力1500以下の水属性2体を手札に回収するカードか。さすがにそれを返すわけにはいかないよなぁ?トラップ発動、バージェストマ・レアンコイリア!このカードはゲームから除外されたカード1枚を選択し、それを持ち主の墓地に送り込む。アタシが選ぶのは当然、今除外されたサルベージだ。これで次のスタンバイフェイズが来ても、もうそのカードがアンタの手札に戻ることはない」
「ぐわっ!?」

 モンスターとトラップの連続コンボにより、徹底的に昨日見た限りで掴んだ清明のデッキの強みを潰していく糸巻。だがこれは、別に彼個人に対しメタを張った結果ではない。彼女の使ったカードはどれも彼女自身が普段から愛用しているものであり、デッキの柔軟性はいささかも損なわれていない。彼女は自分にとれる戦術を最大限のやり方で叩きこむために先攻を取り、彼はまんまとそれに引っかかった。ただそれだけのことだ。

「……まだまだぁ!マーメイド・シャークを召喚、効果発動。このカードが召喚にしたとき、デッキからレベル3から5の魚族を1体選んで手札に加えることができる。そして自分フィールドに水属性モンスターが存在するとき、今サーチしたサイレント・アングラーは手札から特殊召喚できる!」

 しかし、清明にもまた彼なりの意地がある。次善の策とばかりに呼び出されたマーメイド・シャークから手札を補充し、すぐさまフィールドに2体のモンスターを整える。

 マーメイド・シャーク 攻300
 サイレント・アングラー 守1400

「そしてフィールド魔法KYOUTOU(キョウトウ)ウォーターフロント、発動!」

 拳を握り締める彼の背後に音を立てて巨大な灯台がせりあがると、周囲の風景もまた水辺に面した近未来都市へと変化する。そしてそこに佇む2体の魚が、同時に青い渦となって上空へと吸い込まれた。

「僕は魚族モンスターのマーメイド・シャーク及びサイレント・アングラーの2体を、それぞれ左下及び右下のリンクマーカーにセット!一望千里の大海洋に、忘却の都より浮上せよ女王の威光!リンク召喚、リンク2!水精鱗(マーメイル)-サラキアビス!」

 やや縮れ気味なその髪と同じ紫色のビキニアーマーに、黄金の輝きを放つトライデント状の王笏。その姿は一見すると極めて人間に近くはあるが、その海のように深い色を湛えた瞳はやはり彼女の人外性を強く物語る。

 水精鱗-サラキアビス 攻1600

「そしてフィールドに存在するカードが墓地に送られたことで、ウォーターフロントには壊獣カウンターが1枚につき1つ乗せられる」

 その言葉に反応するかのように、背後にそびえ立つ灯台に光が灯った。先端から放たれる2筋の光が空を裂き、遥か海の果てへとKYOUTOUの位置を示す。

 KYOUTOUウォーターフロント(0)→(2)

「モンスターがいないのは結構だけどね、ならこっちも好きに攻撃させてもらうよ。サラキアビス、ダイレクトアタック!」

 サラキアビスがその王笏を掲げると、先端から目もくらむような輝きが放たれる。Ωが退避したことによりその身を守るモンスターの存在しない糸巻に、その輝きが直撃した。

 水精鱗-サラキアビス 攻1600→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP4000→2400

「ちっ……」
「お姉様!」

 小さく舌打ちする糸巻に、ほとんど悲鳴のような声が出る八卦。無論このデュエルに「BV」の出る幕はなく、ダメージの実体化もありはしない。それはわかっていても、憧れの対象がダメージを受ける光景は気味のいいものではないのだろう。

「カードをセットして、これでターンエンド。まんまとしてやられたお返しは、まだまだこんなもんじゃないからね。反撃開始と洒落込ませてもらうよ!」
「はっ、寝言は寝てから言ってくれや。たかがリンク2の1体出した程度でドヤ顔か?アタシのターン、ドロー!このスタンバイフェイズ、アタシのΩはフィールドに戻る。アンタのサルベージはまあ、運が悪かったと思って諦めな」

 PSYフレームロード・Ω 攻2800

「さて、と。このまま攻撃してやってもいいんだが、それじゃいくら何でも芸が足りないよな?まずは通常召喚だ、来い、イピリア!この爬虫類はなかなかできた奴でな、1ターンに1度場に出た際、アタシはカードを1枚ドローすることができる。そして墓地から馬頭鬼の効果発動、除外して不知火の陰者を蘇生!」
「また……!」

 イピリア 攻500
 不知火の陰者 攻500

「ああ、また、さ。このまま効果発動、アンデット族の自身をリリースしてユニゾンビを特殊召喚。ユニゾンビの効果で自身を対象に馬頭鬼を墓地に送り、そのレベルを4に。そして馬頭鬼の効果を、陰者を対象として発動!」
「このお姉様の動き、さっきと同じ……」
「ああ。しかも、今度は1ターン目と違って墓地リソースだけで回してるからな。さっきよりもっとひどい」

 目まぐるしくモンスターたちが動き回るその光景は、先攻1ターン目のリフレイン。ひとたびこの流れが完成すればデッキ内のユニゾンビ及び馬頭鬼が切れるまで毎ターンこの動きが可能となる、これまたアンデット族の常套手段である。

 ユニゾンビ 攻1300
 不知火の陰者 攻500
 KYOUTOUウォーターフロント(2)→(3)

「レベル4の不知火の陰者に、レベル4となったユニゾンビをチューニング!戦場切り裂く妖の太刀よ、冥府に惑いし亡者を祓え!シンクロ召喚、戦神(いくさがみ)-不知火!」

 それは、両の手にそれぞれ形の違う二振りの刀を握る銀髪の和装剣士。赤い上着が風もないのにゆらりとはためくと、そこに描かれた揺れる炎の意匠に動きを合わせるかのようにその刀身を伝い浄化の炎が空中に高熱の軌跡を描く。

 ☆4+☆4=☆8
 戦神-不知火 攻3000
 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(5)

「攻撃力3000のシンクロモンスター……だけど、このシンクロ召喚によってウォーターフロントの壊獣カウンターはマックスの5つまで貯まった」
「そんなもん承知の上さ。それに、3000どころじゃ済まないね。戦神は特殊召喚に成功した時、墓地のアンデット1体を除外することで1ターンだけその攻撃力を吸収することができる。アタシが選ぶユニゾンビは攻撃力1300……不知火流・火鼠の皮衣!」

 戦神-不知火 攻3000→4300

「手札1枚も使わずに、1ターンだけとはいえ攻撃力4300とはね。正直、すっごく嬉しいよ」
「あん?」

 単純な数値だけの強さとはいえ、初期ライフをも上回る4300もの打点。しかしそれを前にしてなお清明は恐怖するでもなく、むしろ喜びを抑えきれないとばかりにその目を輝かせる。

「やっぱり、僕の思った通りだ。こんなに世界は広いんだから、まだまだ僕の知らないとんでもなく強いデュエリストが星の数ほどいるはずだって。偶然とはいえここに来て、お姉さんみたいな人とデュエルができて。本当に心底、僕は嬉しいよ」

 妙に引っかかる物言いではあるが、糸巻には目の前の少年がいわんとしていることの本質はよく理解できた。そしてその理解と同時に、どこか親近感に似たものを抱く。
 ああ、この子供(ガキ)はアタシと同じなんだ。デュエルに魅入られて骨の髄まで闘争に浸かり、そこに幸福を見出すタイプの戦闘狂。戦い続ける限りどこまでも強くなるだろうし、常により強い相手を求め続ける。誰にも見られないように心の中で小さく苦笑し、条件反射で返そうとした皮肉を飲み込んでもう少し素直な言葉を探す。

「……ありがとな。その褒め言葉、素直に受け取ってやろうかね。さて、ユニゾンビの効果を使ったターン、アタシはアンデット族でしか攻撃宣言が行えない。でもな、だからってΩを遊ばせておくのももったいないよな?せっかくこうしてアンタの陣地に連れてきてもらったんだ、今度はアタシの領土に案内してやるよ。生あるものなど絶え果てて、死体が死体を喰らう土地。アンデットワールド、発動!」

 そして、周囲の風景がまたも一変する。近未来的な海辺の街には重くて黒い暗雲が果てしなく遠い水平線の向こうまで切れ目なく立ち込め、その海の色はこれまでの青から一転して血の赤色へと染められていく。何匹もの魚が腹を上にしてその水面へとぷかりと浮かび、水中の何かに引きずり込まれでもしたのかまた血の奥底へと沈んでいく。立ち並ぶビルや舗装された道路は風と共にみるみるうちに荒廃し、ゴーストタウンと化したそのメインストリートを何匹もの骨ネズミがギイギイと聞くものを不快にさせる鳴き声と共に駆け抜ける。
 そんな恐ろしげな風景を、しかし見学中の少女は熱に浮かされたような表情で見つめていた。この荒涼として、それでいて混沌とした景色にあってこそ、領土の主たる糸巻の美しさはもっとも色鮮やかに輝く。現役時代から変わらない、幾人もの女性を本人の与り知らぬところで虜とした……いうなれば破滅の中にあってこそ光り輝く魔性の美である。

「ここがアタシの領土、アンデットワールドだ。そしてこの場所に生者は相応しくない、このカードがある限り互いの場、及び墓地のモンスターには全員アンデットになってもらうぜ」

 イピリア 爬虫類族→アンデット族
 PSYフレームロード・Ω サイキック族→アンデット族
 水精鱗-サラキアビス 海竜族→アンデット族

 全身を強化スーツで包むΩは、その内面はともかく外面だけは一見アンデットワールドの影響など受けていないようにも見える。それとは対照的に目に見えて変化が起きたのが、清明のフィールドにいる海の女王だった。サラキアビスの健康的な肌色はみるみるうちに青白く変化していき、その瞳だけがただ血の色に赤く紅く輝きを放つ。舌なめずりする口元からは、先ほどまで影も形も見えなかった鋭い犬歯が覗いていた。

「サラキアビス!」
「おっと、心配してる余裕なんてないだろう?バトルフェイズ、ここは……戦神でサラキアビスに攻撃!」
「なら、ここでサラキアビスの効果発動!相手ターンに手札を1枚墓地に送ることで、デッキアから仲間の水精鱗1体をサーチする。そしてこの攻撃に対し、手札から今サーチした水精鱗-ネレイアビスの効果を発動!」

 炎を纏った剣士が音もなく間合いを詰め、燃え盛る太刀をさながら逆鱗に触れられた龍のごとく怒涛の勢いで、それでいて舞を踊るかのような優雅ささえも感じられる動きで5度振るう。咄嗟に手にした王笏で応戦しようとするサラキアビスの全身に、突如青いオーラが立ち上った。

「ネレイアビスは自身を手札から捨てることで場か手札の水属性モンスター1体を破壊して、その攻守の値を発動時に選んだ水属性モンスター1体に1ターンの間だけ加算できる。僕が破壊するのは攻撃力2500、カイザー・シースネーク!」
「悪くない手だが……まだ戦神には遠い!不知火流・龍玉五連斬!」

 一時的に劇的なパワーアップを果たしたとはいえ、不知火の剣士の技量はそれをなお上回る。反応速度こそ間に合いはしたものの、辛うじて初撃を受け止めたところであっさりと力負けしてそのまま流されるように病的なほど白いその柔肌が切り裂かれていく。

 戦神-不知火 攻4300→水精鱗-サラキアビス 攻1600→4100(破壊)
 清明 LP4000→3800

「くっ……!だけど、サラキアビスには更なる効果があるもんね。相手によって破壊されたこの瞬間にデッキから水属性モンスター1体を墓地に送り、その後墓地の水属性モンスターを守備表示で蘇生する!」
「そんなことは承知の上さ。そしてアンタのデッキの傾向と今の盤面から考えて、選ばれるモンスターはまず1択。だがな、アタシはさらにその上を行く。チェーンしてトラップ発動、幻影騎士団(ファントムナイツ)ロスト・ヴァンブレイズ!このカード幅のレベルを持つモンスター1体を対象として発動し、その攻撃力600を削ったうえでレベルを強制的に2に変更、そしてこのカード自身を攻守0のモンスターとして特殊召喚するのさ」
「なるほど、ダメージステップでも攻守変動が効果に含まれていれば発動はできる……ってわけね」
「理解が早くて助かるな。そしてアタシがこの効果を使うのは戦神、お前だ!」

 戦神-不知火 攻4300→3700 ☆8→☆2
 幻影騎士団ロスト・ヴァンブレイズ 守0 戦士族→アンデット族

 鬼火に包まれたとうに着込む者もいないボロボロの鎧が、地の底からゆっくりと浮かび上がる。

「お姉様、いったい何を……?」

 いくら攻撃を終えた戦神だから攻撃力ダウンの影響も皆無とはいえ、このタイミングで特に戦闘に参加できるわけでもないロスト・ヴァンブレイズの発動。一見不可解に見えるプレイングに、しかし当の清明は思い切り苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

「もう……!本当、ほんっとにやりづらい……!このタイミングでそんなカードをわざわざ使うってことは、もう何を落とすつもりかわかってるんでしょ?」
「ああ、まあな。だけどアタシがやりづらいんじゃない、アンタの行動が単純に読みやすすぎるんだよ。さ、早いとこ奴を呼びな」

 余裕たっぷりの笑みを浮かべる糸巻に対し、清明もまたどこか楽しそうにその拳を握りしめる。それは、彼が純粋にデュエルを楽しんでいる何よりの証拠でもあった。

「その喧嘩買った、やああぁってやろうじゃないの!サラキアビスの効果、デッキから海亀壊獣ガメシエルを墓地に送り、そのままガメシエルを蘇生対象に!来い、ガメシエル!」

 血の海が割れ、その海中から巨大な2足歩行する大亀のようなモンスターが翼もないのに暗雲漂う空へと舞い上がる。しかしその全身はすでに得体のしれない傷だらけであり、両の目は本来の知性をかなぐり捨てた狂暴な真紅の光を放っていた。

 海亀壊獣ガメシエル 守3000 水族→アンデット族

「壊獣カウンター5つでのガメシエル……糸巻さん、どうする気だ?」
「あの、鳥居さん。あのカード、そんなに強いんですか?」

 あのカード、というのは無論、清明の出したガメシエルのことだ。今時守備力3000というだけでは壁としての信頼感は薄く、八卦の壊獣に対する知識はリリースという方法を使った除去要因という間違ってはいないが中途半端なところで止まっている。【壊獣】ならではのファイトスタイルは、少女にとってはいまだ未知の世界であった。それを察した鳥居が、できる限り細かく噛み砕いて説明する。

「ああ、正直かなりキツイ。奴には場の壊獣カウンターを2個コストとして、あらゆる効果に対しそれを無効にしたうえで除外する万能カウンター能力がある。それを単純計算で2回は打てるうえに、ウォーターフロントはカードが墓地に送られるたびにそのカウンターを片っ端から補充するんだ」
「無効にして、除外……で、でも!お姉様はこうなることをわかっていて、その上であえて攻撃したんですよね?」
「まず間違いないだろうね。糸巻さん、ほんと何企んでるんだ?」

 ゴーストタウンと化したKYOUTOUの街に仁王立ちするガメシエルと、それを下から見上げる糸巻。動いたのは、糸巻の方だった。

「トラップ発動、ワンダー・エクシーズ!このカードの効果により、アタシはこの場でエクシーズ召喚を行うことができる。さあ、どうするよ?」
「ワンダー・エクシーズ……ガメシエルの効果は……」

 そこで清明が、わずかに言いよどむ。このカードの発動を通せば糸巻はこのバトルフェイズ中でのエクシーズ召喚が可能となるが、ランク2の中にガメシエルの守備力を単純な打点だけで突破できるモンスターはいないはずだと彼は推測する。となるとあれはただのブラフで、少しでもこちらの壊獣カウンターを削るための罠。それにこのカードを止めたところで、ランク2を呼ぶだけならばそもそもメイン2まで待てば何も消費することなく可能となる。
 となれば、ここで止める意義は薄い。彼の腹は決まった。

「……使わない!さあ、なんだか知らないけど呼んでみなよ」
「おお、望みどおりに呼んでやるよ……だがその前に、このトラップの発動に直接チェーンすることで墓地に存在するバージェストマ・レアンコイリアの効果を発動!墓地からこのカードを、レベル2のモンスターとして特殊召喚するぜ?ただしこの効果で特殊召喚されたカードは、墓地に送られる場合に除外されるがな」
「蘇生?それは……止める。下手に残すと遺恨が残るからね、ガメシエルの効果発動、渦潮!壊獣カウンター2つをコストに、発動したカード効果を無効にして除外する!」

 一見すれば、これこそ止めるまでもないかに見える一手。しかし、清明にも考えがあった。彼はいまだ新マスタールールの概念に触れて日が浅いが、リンクモンスターの持つ底知れない実力はこの短い日数でもよくわかっていた。増えた戦略と新たな概念は、それだけ彼のデュエルを高みに押し上げたからだ。
 それを念頭に置いたうえで、このレアンコイリアの発動である。条件さえ満たせば緩い条件から自己再生が可能であり、除外デメリットもエクシーズ素材とすることで関係を断ち切ればリセットされる。ここで止めなければ恐らくあのカードは蘇生後にそのままエクシーズ素材となり、そしてもう1度トラップに反応して復活したのち、次なるリンク召喚やシンクロ召喚、悪くすればまたもエクシーズ召喚に使われて何度でも素材として帰ってくるだろう。今後の展開まで考えるとここはガメシエルの効果を打つ価値がある、そう判断したのだ。また糸巻の手札は残り1枚であり、何を握っていたとしても抑えきることは可能との状況判断もある。そして主の命に応えたガメシエルが大きく天に吼えると巨大な水の渦がその手の内から巻き起こり、糸巻の墓地からレアンコイリアのカードを跳ね飛ばした。

 KYOUTOUウォーターフロント(5)→(3)

「悪いけど、後に繋がるそのカードは通せないよ」
「やってくれたな……なんて言ってやりたいとこだがな。あいにくアンタはもう、かなりデカいミスをやらかしたんだよ」
「えっ?」

 怪訝そうな顔になる清明。にやりと浮かべた糸巻の笑顔に嘘はないことを、敏感に察知したのだ。

「大方ガメシエルの守備能力ならランク2程度じゃ太刀打ちできないとでも踏んだんだろうが……甘いぜ!ワンダー・エクシーズの効果によりアタシはエクストラモンスターゾーンのレベル2となった戦神、そして同じくレベル2のロスト・ヴァンブレイズ及びイピリアの3体でオーバーレイ!」
「素材3体のランク2……!」
「こりゃ出るか、糸巻さんの真打!」
「お姉様、頑張ってください!」

 LOVEなどと書かれたうちわでも振り回しそうな勢いで顔を興奮のあまり真っ赤にしつつ飛び跳ねて応援する八卦の声援に片手を上げて軽く応え、そのまま3体のモンスターが変化した3つの光が足元に発生した宇宙空間へと飛び込むさまにあわせて両腕を勢い良く広げる。

「さあ行くぜ!戦場呑み込む妖の海よ、太古の覇者の記憶を覚ませ!エクシーズ召喚、バージェストマ・アノマロカリス!」

 血の海からガメシエルに遅れて飛び出したのは、原始的な青い外骨格に全身を覆う太古の海の覇者の生霊。血色の雫を全身を揺すって振り飛ばし、その体の下側に見える無数の節足をべきべきと音を立てて蠢かせる。

 バージェストマ・アノマロカリス 攻2400 水族→アンデット族

「攻撃力2400、ねえ。とりあえずチェーン処理が終わってワンダー・エクシーズが墓地に送られたことで、ウォーターフロントの壊獣カウンターはまた補充されてもらうよ」

 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(4)

「今更構うかよそんなもん、アノマロカリスの効果発動!1ターンに1度オーバーレイ・ユニットを1つ使い、カード1枚を破壊する。アタシが選択するのはガメシエルだ!」
「ガメシエルを……?どうせ罠なんだろうけど、ここで見過ごす理由もないか。お望みどおりにガメシエルの効果発動、渦潮!壊獣カウンター2つをコストに、その発動を無効にして除外する!」

 ☆2+☆2+☆2=★2
 バージェストマ・アノマロカリス(3)→(2)
 KYOUTOUウォーターフロント(4)→(2)

 アノマロカリスが体の前面でその巨大な鋏をクロスさせ放ったX字の衝撃波と、ガメシエルが再び生み出した水の大渦がフィールドの中央でぶつかり合う。互いに押し合うその力が拮抗していたのは、しかしわずかな時間だけだった。大渦を真正面から断ち切った衝撃波が、そのままの勢いで本来の目標たるガメシエルの巨体をあっさりと斬り飛ばしたのだ。

「そんな!?」
「悪いな、ご期待に沿えなくてよ。残念ながらバージェストマは永続効果として、モンスターの時には相手モンスターの効果を一切受け付けない。つまり、ご自慢の無効効果も効きやしないって寸法よ」
「まんまとしてやられた、か。最初からワンダー・エクシーズは囮どころか、ド本命一直線だったってわけね……!」

 ガメシエルを失ってもなお不敵な笑みこそ浮かべているものの、その笑みはややぎこちなく頬にはかすかに冷や汗が伝っている。今の一撃は、間違いなく予想外の一手だったはずだ。それを確認し、糸巻の笑みは対照的にますます深くなる。

 KYOUTOUウォーターフロント(2)→(3)

「さあ、一気にバトルフェイズといこうじゃないか。アノマロカリスでダイレクトアタック、抜刀乱舞カンブリア!」
「くっ……!」

 バージェストマ・アノマロカリス 攻2400→清明(直接攻撃)
 清明 LP3800→1400

「なかなか面白かったが、これでラストだな。PSYフレームロード・Ωでダイレクトアタック!」

 サイキック戦士が伸ばした手の平から空気がねじれるほどに強大な念動波を放ち、最後の追撃にかかる。この瞬間、場を支配しているのは完全に糸巻だった。もうこれで終わるだろう……誰もがそう思った。ただひとり、彼を除いては。

「永続トラップ発動、バブル・ブリンガー!このカードが場に存在する限り、互いにレベル4以上のモンスターでのダイレクトアタックは宣言できない!」

 立ち上る泡の壁が、念力の波に大きく揺れ動きながらも割れることなくその勢いを弱めて逸らす。そして糸巻の場に、これ以上追加攻撃が可能なモンスターはいない。墓地に目をやっても、バブル・ブリンガーの発動をトリガーとして出てくるはずのレアンコイリアはガメシエルによって除外されている。大きく肩で息をしながらも、清明は自らのライフを次のターンに繋いでみせたのだ。

「……やるじゃねえか。ターンエンドだよ」
「お褒めにあずかりまして。じゃあ反撃と洒落込もう、ドロー!」

 彼の手札は、このドローを含め残り3枚。そしてKYOUTOUウォーターフロントの効果は……糸巻が、何かされる前に先手を打って動き出す。

「このスタンバイフェイズにΩの効果を発動、また除外された馬頭鬼を墓地に。さらにアノマロカリスはトラップをオーバーレイ・ユニットに持つとき、相手ターンでもその効果を発動できる。ロスト・ヴァンブレイズを取り除き、バブル・ブリンガーを破壊!」

 三度振るわれたその鋏から放たれた衝撃波が、Ωの攻撃でもびくともしなかった泡の壁をいともたやすく切り裂く。しかしそれに呼応して、廃墟と化したはずの灯台に4つ目の光が灯った。そしてその光は、冥府から現世への境界をも越えて大宇宙の彼方から侵略者たちを呼び寄せる。

 バージェストマ・アノマロカリス(2)→(1)
 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(4)

「ならまずは1ターンに1度、壊獣カウンターが3つ以上存在するウォーターフロントの効果を発動。デッキから壊獣を手札に呼び寄せる、さあ来い多次元壊獣ラディアン!」
「Ωの効果は……いや、使わない方がよさそうだな。さあ、今度は逃げも隠れもしないぜ」
「その意気やよし、ってね。グレイドルの寄生か、壊獣のリリースか……多分どっちかを警戒してのアノマロカリスの早撃ちだったんだろうけど……ま、やられたもんは仕方ないか。アノマロカリスをリリースして多次元壊獣ラディアンをそっちのフィールドに、そして相手フィールドに存在する壊獣反応に呼応して手札の粘糸壊獣クモグスを僕のフィールドに、それぞれ特殊召喚する!」

 多次元壊獣ラディアン 攻2800 悪魔族→アンデット族
 粘糸壊獣クモグス 攻2400 昆虫族→アンデット族
 KYOUTOUウォーターフロント(4)→(5)

「お姉様のモンスターを勝手に使って、自分も最上級モンスターを特殊召喚するなんて……!こんなの、止めようがないじゃないですか!」
「それが壊獣だからな。相手が何をしようがお構いなしに、自分のやりたい盤面を強引に作り出す……ある意味じゃ俺の魔界劇団と一緒でエンタメ性の塊なんだがな、相当うまくやらないと腹立つだけなのよなあれ」
「なんか好き放題言われてるけど、いいのか放っといて?」

 どこか面白そうに相変わらずわーきゃー騒いでいる外野を顎で指し示す糸巻。それに対して1度展開の手を止めた清明が、諦めたように小さく息を吐いた。

「そりゃねえ。グレイドルも大概だけど、ビジュアルも効果もどー見ても正義の味方のやることじゃないでしょこの子たち。典型的な悪役よ」
「お、おう」
「でも、この子たちは僕のことを助けに来てくれた。それはもう何年も昔の話だけど、それからもこんな僕とずっと一緒にいてくれてるんだ。この子たちが悪だってんなら、そんな正義はこっちから願い下げ。どうぞいくらでも喜んで悪魔の化身にでも地獄の使者にでもなってやるともさ」

 そう穏やかながらも硬い意志を秘めた目で言い切って、愛おしそうに自身のフィールドにいたクモグスの長い足を丁寧に撫でる清明。気持ちよさそうに壊獣なりの甘え声のような鳴き声を漏らすクモグスに小さく微笑むその姿は、先ほどまでの子供っぽい様子とは打って変わって急激に大人びているように見えた。先ほどまでとのあまりの違いに思わず目をしばたかせる糸巻の前で、またしても大人びた態度は影をひそめ見た目通りの少年のように明るく笑う。

「さ、デュエルを続けようか。今のままだと、クモグスだけじゃさすがに力不足だからね。ツーヘッド・シャークを召喚し、さらに自分フィールドに水属性モンスターがいることで2体目のサイレント・アングラーを特殊召喚するよ」

 ツーヘッド・シャーク 攻1200 魚族→アンデット族
 サイレント・アングラー 守1400 魚族→アンデット族

「またリンク召喚……ってわけじゃなさそうだな」
「ご明察。やっぱり目には目を、エクシーズにはエクシーズで返さないとね。僕は2体の水属性レベル4モンスター、ツーヘッドとアングラーでオーバーレイ!三千世界を張り巡れ、海原に紡がれし一筋の希望!エクシーズ召喚、No.(ナンバーズ)37!希望識竜スパイダー・シャーク!」

 そして清明が手札をすべて使い切ってまで呼び出したのは、地を這う蜘蛛と海を行く鮫の意匠が共に混ざり合った純白の海竜。アンデットワールドの瘴気に飲まれたその姿はすぐさま死体となり果てたが、その誇り高き威容は死してなお少しも損なわれてはいない。

 ☆4+☆4=★4
 No.37 希望識竜スパイダー・シャーク 攻2600 海竜族→アンデット族

「ここでスパイダー・シャーク、か……」
「これで奴のフィールドには、攻撃力だけなら2400のクモグスと2600のスパイダー・シャーク」
「そしてお姉様のフィールドには攻撃力2800の多次元壊獣と同じく2800のPSYフレームロード。ですが、きっとそれだけじゃすまないんですよね?」

 鳥居からセリフの後半を引き継いだ八卦が、確かめるように問いかける。ああ、と彼が短く答えるのと、清明のフィールドに並ぶ2体の蜘蛛型モンスターが動き出したのはほぼ同時だった。

「バトル!まずはスパイダー・シャークでPSYフレームロード・Ωに攻撃、スパイダー・トルネード……そしてこの瞬間、スパイダー・シャーク自身の効果を発動!1ターンに1度だけモンスターの攻撃宣言時にオーバーレイ・ユニット1つを消費することで、相手フィールドに存在する全モンスターの攻撃力をこのターンの間だけ1000ダウンさせる!オーバー・レイン!」

No.37 希望識竜スパイダー・シャーク 攻2600(2)→(1)
 多次元壊獣ラディアン 攻2800→1800
 PSYフレームロード・Ω 攻2800→1800

 スパイダー・シャークの体に自身の周りを浮遊していた光球の1つが吸い込まれると、それをエネルギー源として体表に浮かぶ赤い光球から一斉に粘性のある純白の糸を噴出させる。糸は縦横無尽にフィールドを走ると、糸巻のフィールドで防御姿勢をとる2体のモンスターの全身に絡みついて明らかにその動きを鈍らせた。
 そしてその機を逃すことなく、狙いすました捕食者の一撃が超能力戦士へと叩きこまれる。

 No.37 希望識竜スパイダー・シャーク 攻2600→PSYフレームロード・Ω 攻1800(破壊)
 糸巻 LP2400→1600

「まだまだぁ!クモグスでラディアンに追加攻撃!」

 その言葉通り、同じ蜘蛛型モンスターゆえかスパイダー・シャークの糸に一切その足を取られることなく速やかに距離を詰めたクモグスが、ラディアンの首筋にその毒牙を音もなく深々と食い込ませる。

 粘糸壊獣クモグス 攻2400→多次元壊獣ラディアン 攻1800(破壊)
 糸巻 LP1600→1000

「クッ……案外やるじゃないか、まさかこの1ターンでここまで捲り返してくるとはな」
「伊達に場数は踏んでないってことさ。ターンエンド!」

 この1ターンで再び盛り返した清明の声には、心なしかまた余裕が戻ってきている。しかし、それを慢心だと責めるのはさすがに酷というものだろう。
 彼の場にいるのは相手ターンでも攻撃力ダウン効果は使えるうえに、自身が破壊された時に墓地から別のモンスターを蘇生できるという最後の能力を持つスパイダー・シャーク。そしてモンスターの召喚、特殊召喚に反応して壊獣カウンターを消費することで、1ターンの間そのモンスターの攻撃と効果を封じ込めるクモグス。対する糸巻の手札はこれから引くドローを合わせても、その枚数はわずか2枚。そのフィールドにはモンスターも伏せカードもなく、あるのはアンデットワールドただ1枚のみ。仮にこの盤面を100人に見せて判定させたとしても、そのうち100人ともが清明が優位だと判断するだろう。
 だが、それでも。

「なら、アタシもいよいよ本気出さないとな。アタシの……タアァーンッ!」
「お姉様!」

 どれほど追い詰められて追い込まれようと、糸巻太夫の闘志が陰ることはない。それどころか逆境をそのまま燃料に、さらに激しくその炎は死霊の土地に燃え盛る。
 遊野清明のデッキは、その使い手の決して諦めず最後までデッキを信じる心に応えて逆転の一手をもたらした。ならばどうして、それと同じ奇跡を彼女に起こせない道理があるだろうか?果たしてこの土壇場で引いたカードを見た彼女は、喉の奥で低く笑った。

「残念な話だが、このデュエルも今度こそ終わりみたいだな。スタンバイフェイズに速攻魔法、逢華妖麗譚(おうかようれいたん)-不知火語を発動!手札のアンデット1体を捨てることで、それとは名前の異なる不知火1体をデッキか墓地から特殊召喚できる!」
「墓地……戦神!」
「ああ、そうさ。甦れ、戦神!」

 再び2刀を手に墓地から蘇るは、浄化の炎纏いし火焔の剣士。その背後には、先ほどのターンで墓地に送られた青い古代生物の姿が半透明の霊体となって浮かんで消える。

 戦神-不知火 攻3000

「特殊召喚に成功した戦神の効果で、墓地からアンデット族になったアノマロカリスを除外することでその攻撃力を吸収する。不知火流・火鼠の皮衣!」
「クモグスの特殊能力、縛鎖!壊獣カウンター2つを消費して、このターン戦神を封じ込める!」

 もう1法の蜘蛛が糸を吐き、粘性の高いスパイダー・シャークの糸とはまた異なる硬質なそれが今まさに炎の衣をその身に宿そうとしていた戦神の全身をギリギリと縛り上げる。長くはもたない封印ではあるが、ほんの一時的にだけでもその体は完全に身動きが取れなくなった。

 KYOUTOUウォーターフロント(5)→(3)

「これで……」
「いや、甘いな。なぜなら、アタシの狙いは戦神の蘇生じゃない。この瞬間に手札コストとして墓地に送られたモンスター、グローアップ・ブルームの効果を発動!墓地のこのカードを除外することでアタシのデッキからレベル5以上のアンデット1体を選択し、そのカードをサーチする。ただしこの発動時にアンデットワールドが存在する限り、アタシはそのサーチを場への特殊召喚に変更することができる」
「最初からリクルートが目的だった、ってわけ?でも、どんなモンスターが出てこようともクモグスにターン制限はない。壊獣カウンターはまだ残ってる、みんなまとめて縛鎖してやるまでさ!」

 威勢よく啖呵を切る清明だが、それを糸巻は笑い飛ばす。

「はっ、そりゃあ一理ないな。確かに並みのモンスターなら、この場で出しても縛られちまうのがオチだろうよ。だが、こいつは一味違うぜ?アタシが呼ぶのはレベル8、死霊を統べる夜の王。来な、死霊王 ドーハスーラ!」

 アンデットワールドに巣くう死霊どもが、一斉にその王の帰還を讃える嘆きの歌を歌う。生者の心を荒ませるその悲鳴のような泣き声のようなもの悲しい響きの満ちる中、とうの昔にボロボロに風化してあちらこちらでむき出しの地面がのぞくかつてのメインストリートを湿った重いものを引きずるような音と共に恐るべき死霊の王がやってきた。

 死霊王 ドーハスーラ 攻2800

「ならもう1度クモグスの効果発動、縛鎖!」
「させるか、ドーハスーラの効果発動!」

 再び指令を受けたクモグスが、またしても大量の糸を噴出させてその新たなる獲物を縛り上げようとする。だがその瞬間、ドーハスーラがその手に持つ杖を振り上げた。見るものを幻惑させる光がその先端に灯り、その光に誘われてアンデットワールド中からどこからともなく、戦闘にも参加できずデュエルに影響を与えることもできないほどに低級な死霊が電灯に集う羽虫のようにうじゃうじゃと集まってくる。
 そしておもむろに、十分な数の死霊が集まったところでドーハスーラが自分へと向かってくる糸の奔流へと杖を向ける。集まっていた死霊どももまたその動きに吸い寄せられるように音もなく動き、そんな死霊の肉盾に糸が命中して四散した。

 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(1)

「クモグスの効果が……え?だぁから、そんなの知ってるなら先に教えてってば!自分で失敗して体で覚えろってのはよくわかったから、たまにはもうちょっと甘やかしてくれたっていいじゃない!」

 驚愕の表情から一転、突然明後日の方向を向いてぷんぷんと怒り出す清明。とはいえそれは本気で怒っているわけではなく、どちらかといえば動物がじゃれているだけのようにも見えた。
 ただ問題は、いるはずのその相手が糸巻たちには影も形も見えなかったことだけだ。

「えっと……あの人、誰と喋っているんでしょう……?」
「聞いてやらないほうがいいと思う。妄想癖は刺激しない方が安全だから」

 さすがの純真な少女も、目の前で突如繰り広げられたこの一幕にはやや引き気味となる。逆に鳥居が割と本気で彼と距離を取ろうとしているのは元からなので、その態度にはあまり変化がない。もとより長いプロ生活で様々な奇行を見慣れてきた糸巻も、形のいい眉を小さくひそめるのみだ。

「誰と喋ってんだお前。まあ一応教えといてやるが、ドーハスーラはアンデット族の効果発動に反応して、2つの効果から1つを選択して発動できる。今アタシが使ったのはそのうちの1つ、発動した効果を無効とする能力だ」
「ああうん、そうらしいね……でも!まだ僕にはスパイダー・シャークがいる、この子がいる限りドーハスーラの攻撃は僕のモンスターに届かない!」
「確かにな。だがスパイダー・シャークの能力は攻撃宣言時にしか発動できない、ならその前に潰してやるまでだ。墓地から馬頭鬼の効果発動、このカードを除外してもう1体の馬頭鬼を蘇生する……そしてこの効果に反応して、ドーハスーラの効果を発動!アンデット族が効果を使用した時、互いの場か墓地に存在するモンスター1体を選んで除外する!」
「除外じゃあ、ラスト・リザレクションも使えない……!」

 息を呑む清明の前で、ドーハスーラが今一度その杖を振る。いまだその杖の周りに浮遊していた残り半分の死霊どもが、今度はアンデットワールドの主の命に合わせて明確な敵意と共にスパイダー・シャークの全身に絡みついていく。鰭や尾を動かしてどうにか振り払おうとするスパイダー・シャークだったが、実体を持たない死霊には何の意味もなくその体が大量の死霊を道連れに消えていった。

 馬頭鬼 攻1700

「これでドーハスーラの効果も打ち止め……だが、この馬頭鬼を縛るための壊獣カウンターはもう残ってない」
「ぐ……」
「もう今度こそ、何もないみたいだな。まあアタシ相手によく粘った方だ、なかなか燃えられたぜ。バトル、ドーハスーラでクモグスに攻撃!」

 死霊王 ドーハスーラ 攻2800→粘糸壊獣クモグス 攻2400(破壊)
 清明 LP1400→1000

「これでとどめだ、馬頭鬼でダイレクトアタック!」

 馬の頭を持つ冥界の門番が、手にした大斧を無慈悲に振り下ろす。勝負は、決した。

 馬頭鬼 攻1700→清明(直接攻撃)
 清明 LP1000→0




「……っだぁー、負けたーっ!」
「ああ、相手が悪かったと思っときな」

 悔しそうに、しかし清々しく言い切って笑う清明に、糸巻も不敵な笑顔を返す。そして互いの健闘を認めあったデュエリスト2人がひとしきり笑ったところで、ふっと真面目な顔に戻る。

「しかし、どうしよっかね。はっきり言って僕としては、最悪手伝ってくれなくてもいいから邪魔さえしないでもらえればそれでいいんだけど」

 最初に口火を切ったのは、清明だった。邪魔しないで、というのは、やはりすべての発端となった幽霊騒ぎ……彼の言う精霊についての件だろう。デュエルを挑んでおいて負けた以上、もはや彼に決定権はない。しかしそう告げる彼の眼はどこまでも真剣そのものであり、よほどの事情……それもかなり切羽詰まった内容のものがあることを感じさせるには十分なものだった。

「……ま、とりあえずアタシらに話してみなよ。アンタが何でこの幽霊騒ぎに固執するのかを、さ」
「え?」
「おっと、勘違いするなよ。アタシは別に、アンタの与太話を信じてやろうってんじゃない。ただ今のデュエル、アンタは紛れもなく本気でぶつかってきた。どんな理由があるにせよ、真剣に通したい何かがなけりゃあの気迫は出るもんじゃない。アンタ個人を信じたわけじゃないが、アンタのデュエルを信じてやろうってんだ」

 予想外の言葉にきょとんとした顔になり、じわじわとほっとしたような笑みが広がっていく清明とは対照的に。鳥居がまた増えた面倒事にやれやれとこめかみを押さえながらも、最後に諦め混じりに小さく呟いた。

「あーあ。やーっぱりこうなったか、糸巻さん。あの人根っこが甘ちゃんだからなあ」 
 

 
後書き
これバブル・ブリンガーとかで粘ってなければもう1週は早く投稿できただろうなあ。
まあ、これが私の書くデュエルスタイルです。どうせやるならみっちり戦う方が面白い…と、私は思います。
しかし、漫画沢渡さんが魔界劇団を使ってくれなかったのは地味に痛い。 
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