| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

『賢者の孫』の二次創作 カート=フォン=リッツバーグの新たなる歩み

作者:織部
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

啓蒙

 
前書き
 ぶっ飛ばせ常識を~♪ 

 
「グレソ先生、自習というのならこちらで好きな科目を好きなだけ学んでもいいのですね?」
「ふぁ~、好きにしろ」

 カートは教師からの了解を得るとクラスメイト達に声をかけた。

「みんな学食の酷いメニューにはうんざりしているだろう? 今日から昼休み前の授業科目は家庭科だ。自炊しよう」
「もうカマドウマには飽きてきたから、賛成ですたい!」
「それはいいけど、材料は?」
「学院内にあるものを利用しようと考えている」
「薬草園から頂戴するつもりならやめたほうがいいよ。餓えに耐えかねてあそこの野菜や果物を盗み食いしようとして何人の生徒が守護獣(ガーディアン)の餌食になったものか……」
「そうじゃなくて、せっかく目の前に川が流れているんだから、あの水を利用しない手はないだろ。水を引いてきて校舎の前に菜園でも作ろうと思うんだ」
「ひゃ~、重労働だよ」
「か、カート様。おらなんぞが口を挟むのもおこがましいのですが、意見を述べてもよろしいでしょうか?」
「なんだいビーダーマイヤー」
「この辺りの土は学院内でもひときわ土壌の質が悪く、草木の栽培には適していません。それと小川と校舎の間には軽石地帯があるので水を引いてもすぐに吸い取られてしまいます」
「ずいぶんと詳しいんだな……。そうか、君はチャーザー村の農民だったか」
「へい、土いじりのことでしたら他の人よりも多少は知っているつもりですだ」
「軽石地帯か……。それならひとつ考えがある」



 その日の放課後、カートは街の雑貨屋で購入した大量の綿を用意して川辺に立った。

「堅牢なる土精よ、我が前に道を開き汝が領域へと通せ」

 呪文を唱えると川から一メートルほど離れた土が陥没し、小屋へ向けて穿ち進み溝を作る。
 石や土に穴を開ける【隧道(トンネル)】の魔法で川の水を引いて水路を作ろうとしているのだ。
 まるで目に見えない巨大なモグラが土中を掘り進むような光景に、なにをするのかと興味深く見ていたZクラスの生徒達の口から驚きの声があがる。
 彼らにとって、いや彼らだけでなくこの国の多くの人々にとって魔法とは武器であり、火力だ。破壊魔法で地形を変えることはあっても、このようなスマートな使い方は想像の範囲外にあった。
 だが、ビーダーマイヤーの言っていた軽石地帯はどうするのか? せっかく路を開いても水が通らなければ意味がない。
 カートは用意した綿を掘られた地面に丁寧に貼りつけ、川との間を塞き止めていた土も【隧道(トンネル)】で取り除いた。
 水路に水が流れ込む。
 軽石地帯で吸い取られてしまうことなく、校舎まで続く支流が出来上がった。

「こ、こりゃあたまげただ! いったいどうやって水が吸い取られないようになっていますんで?」
「これは『綿埋(わたうずめ)の水流し法』といい、軽石の部分に綿を貼って目を塞ぎ、幾重にも敷き詰めることで水漏れを防ぐことができる治水技術だ」
「そんな方法があるだなんて……」

 これはカートに元来備わっていた知識ではなく、同調(シンクロ)したさいに法眼から移された知識だ。

「ふぃひひひひひwww さすが元Aクラスの優等生。そんな方法知らなかったよ。マジ尊いすな~。でも水があっても質の悪い土じゃあペンペン草くらいしか育たないよ」
「おいどんはペンペン草だけでご飯三杯はいけますばい!」
「土壌改良にはこの子らの力を借りることにしよう」
「この子?」

 カートは地面に奇妙な紋様の魔方陣を描くと、呪文を唱える。
 すると――。
 地面がのたうち、見る者に無数の(ひだ)が蠢動するかのように錯覚させる。

「ミミズ!?」

 そう、ミミズだ。大小無数のミミズが魔方陣の中から這い出てきた。

「ミミズは土の害となるものを食べ、土の利となる糞を出す。生きた肥料、益虫だ」

 ミミズの糞には窒素、リン、カリなどの植物の生育に必要な物質やアミノ酸やセルラーゼ、ホスホターゼなどの酵素。ジベラリン、オーキシンなど生育を促す物質が豊富にふくまれているため、植物を育てるさいの良い肥料になる。西洋では黄金の土と呼ばれ、イギリス人はニュージーランドヘ移住するさいに現地に持ち込み酪農王国を築き、オランダの干拓地においてもミミズは農地化の促進に貢献したという。

「たしかに、ミミズの多い土地は良く肥えているだよ。ほえー、そんな理由があったべか」
「ファーッ! なんだか触手みたいでエチエチな気分になりますぞよ」

 素直に感心するビーダーマイヤー、赤面して妙な声をあげるフジョシア、そして半信半疑の生徒達。

「ばってんそれが効果あるとしても、すぐには畑は作れないでごわすな」
「ああ、だから水路そのものを畑にしようと思う。水耕栽培だ」
「すいこうさいばい?」
「ヒヤシンスを水で咲かせているのを見たことはないか? それだよ」

 土に種を蒔いて育てる土耕栽培は土壌の良し悪しよって植物の生育は大きく異なる。良い土ならば良く育つが、その土作りが素人には難しく管理も難しい。対して水耕栽培は土を使わず水と養液で植物を育てる方法で、根の部分を養液に浸して水と養分と酸素を根から吸収させ、季節に関係なく計画的な栽培が可能だ。
 ハイポニカという水耕栽培の手法がある。水の流れを絶やさないことで酸素や栄養分を常に根に供給させるため、養分を多く吸収させることができる。液肥の温度や濃度なども安定させた完璧な環境でトマトにもちいると、ひとつの木に一万を越える実がつくという。

「いきなり凝ったのは無理でも、豆があるから、とりあえずもやしでも作ろうと思う。手伝ってくれるかな?」
「土いじりなら得意ですだ、任せてくだせえ!」
「おいどんも合力するからもやしを食わせて欲しいでごわす」

 こうして何人かの協力を得て、カートは校舎の周りで菜園作りに着手した。



「トマトとバジルを一緒に植えるとトマトの香りがバジルを食べに来る害虫を遠ざけて、トマトがあまり使わない栄養をバジルが整えてくれるだよ」
「なるほど」
「まぁ、カート様の水耕栽培には関係ない話ですが」
「いいや、勉強になった。ありがとう」
「それなら鉢の表面を覆うように育つ花やハーブも植えると野菜の根を乾燥や寒さから守ってくれるそうだよ」
「よく知っているでごわすな」
「ふぃひひwww オトメの嗜みぞよ」
「うわっ、なんだこの虫は!?」
「虫除けの魔道具、は高くて無理だから虫の嫌いな薬草も一緒に植えよう」

 徐々に形になってくる。こうなると最初に手を出さなかった生徒達も気になって手伝うことになった。なにせ元々ろくな授業などなく暇なのだ。

「もやしとルッコラ、パセリ、チャービル、チャイブ……。とりあえずこんなものか」
「これでカマドウマからおさらばだ!」
「あ痛ッ!」
「どうした?」

 生徒のひとりが誤ってスコップで指を打ってしまったらしい、腫れ上がり血が出ている。

「天の慈悲よ、彼の者を癒したまえ」

 カートが傷に手をかざして呪文を唱えると、その掌が淡く輝き、光に包まれた怪我がみるみるうちに癒されていく。

「お、おお……、お……」

 回復魔法の恩恵を受けた生徒が目を丸くしてそれを見つめる。いや、他の生徒達も驚きの表情でそれを見ていた。

「すげぇ! 本物の魔法だ」
「本物って……、君達も簡単な魔法くらいは使えるだろう?」
「いやぁ、それがその……」

 魔法を忌避するZクラスの生徒達は一般教養の座学こそそれなりの成績だが、こと魔法に関しては初歩のものも扱えない者がほとんどだと告白した。

「下手に魔法が使えると兵に取られる、だから魔法を学ばない。たしかそう言っていたな」
「ああ、うん。……でも、こうして実際に魔法の恩恵に預かると魔法もいいかなぁ、て気になったりして」
「土を削る魔法も、魔法にあんな使い方があるなんて思わなかった」
「ああいう魔法なら使えてもいいかな」
「それに軽石地帯に水を通す方法も勉強になった」
「たしかに、あんなやり方どの教科書にも載っていない。どこで習ったらんだ?」
「まぁ、色々とね。帝国なら一般人が知ればそれだけで死刑にされるような技術や知識が得られる学院で学べるなんて幸運だよ。……魔法も、そんな数ある技術のひとつに過ぎない。なぁ、みんな聞いてくれ。魔法(それ)がすでに在る以上、それを拒んだりそれが無いことを願うのは賢くない、現実的とは言えない。ならどうするか? 俺達は考えるべきなんだ、どうしたら魔法が人々に害を与えないようにするかを。こんな言葉がある『機械あれば必ず機事あり、機事あれば必ず機心あり』だ」
「そりゃあいったいなんの呪文だい?」
「遠い異国の地の賢人の逸話で――」

 機械あれば必ず機事あり、機事あれば必ず機心ありとは、中国の古典『荘子』に出てくる言葉だ。
 あるとき孔子とその一行が井戸で水を汲んでいる老人に会った。
 老人は井戸から水を汲むのに縄につけた桶を井戸に下ろして引っぱっていたので、孔子の弟子のひとりが滑車という物があるのを知らないのかと訊くと、こう答えた。
「もちろん知っている。力をほとんど使わずに重い水を上げることができる機械だろう」
「それをご存じなのになぜお使いにならないのですか?」
「滑車を直す術を知らないからだ。機械は便利な道具だが、壊れてしまってはどうすることもできない」
 対処できない事態、機事が起こり、機械に頼る心、機心がいちど宿ってしまうと、もう機械のなかった時代にはもどることができない。
 こうして人は機械無しでは生きられなくなり、人間本来の営みさえ忘れてしまう――。  
行き過ぎた科学技術に対する警句とも文明批判とも受け止められる逸話だが、技術や文明が発達することのなにがいけないのであろう、どこが悪いのであろう。
 江戸時代には飢饉や伝染病で多くの人が死んだが、近年の日本ではそのような事例はめっきり減った。平均寿命も延びた。
 機械化農業によって大幅に労力が軽減されるとともに作物の収穫量も増大した。冷害などに強い品種が開発された。医学の進歩によって多くの病気が治るようになった。輸送網の整備により収穫物を遠く離れた土地まで迅速に送れるようになった。
 どれもこれも科学技術の進歩のおかげである。
 科学が、機械が、技術が、文明が、人間を多くの苦しみから解放したのだ。
 この世界における魔法もまた、そのような技術のひとつである。
 魔法そのものは、けっして悪いものでも不要なものでもないのだ。

「――魔法が剣呑な技術なのは確かだ。しかし実際にそれが世に浸透している以上、いくら忌み嫌っていてもそれの影響から完全に免れることは現実的ではない。ではどうするべきか? 魔法と魔法使いをこの世から抹消する? それこそ現実的とは言えないだろう。それなら魔法が人々に害を与えないよう、働きかけるのはどうだろうか」
「…………」
「ここに一本のペンがある。これで美しい絵を描くことも人を刺すこともできる。俺は自分でも美しい絵を描きたいし、描こうとする人の手伝いもしたい」
「……グレソ先生はああだし、ちゃんと魔法を知りたい」
「カートから魔法を教わりたいな」
「ただ、破壊魔法はちょっと」
「生活に役立つ魔法が使えたいよ、この菜園を作ったみたいに」
「おれも」
「わたしも」
「おいどんも」
「ああ、喜んでみんなに教えるよ!」

 このような流れでカートはZクラスの生徒達に魔法を教えるようになった。
 人を傷つける武器としての魔法ではなく、人を助ける技術や知識としての魔法を。



 新時代の英雄、賢者の孫シン=ウォルフォード一行が食堂の席について間もなくすると唐突に周囲の人々が歌声をあげた。

 新たなる英雄を人々は求む
 来たる来たるは、シン=ウォルフォード
 偉大なる賢者の孫、大いなる魔力と共に
 信じよ来たるを、シン=ウォルフォード
 邪なるものは、滅び去る。シン=ウォルフォードの魔法をもって
 偉大なる英雄、シン=ウォルフォード
 闇は去り新たな伝説が生まれる。シン、シン、シン。
 シン=ウォルフォード

「ええ~、なにこれ恥ずかしい! みんなそんなふうに歌わないで~、あ~、恥ずかしい恥ずかしい。俺はそんなこと望んじゃいないのに~」
「そう言うなよシン。今やおまえはこの国のカリスマなんだぜ」

 アウグスト=フォン=アールスハイド――親しい者からはオーグと呼ばれるアールスハイド王国の第一王子は赤面するシンにとある企てを告げた。

「え? 虎の魔物を生け捕りにしたって?」
「ああ、何人ものハンターを餌食にした災害級の魔物だ。といってもおまえにかかればこの前みたいに瞬殺だろうがな」
「そんなのを生け捕りにしてどうするつもりなんだ?」
「シン=ウォルフォードは騎士養成士官学院の連中が手も足も出せなかった虎の魔物を倒した。虎の魔物と言えば災害級だ。人々は伝聞として知っているが、それがどんなに危険な存在かは実感できないと思ってね、それと同等の魔物を人々の前に公開することでおまえの実力はより正しく世間に伝わるわけさ」
「はあ? なんでそんなことするわけ?」
「ふふふ、みんなにおまえの凄さを知って欲しいのさ」
「ふ~ん」

 シン=ウォルフォード。その非常識な魔力の高さ、規格外の強さ、余人の想像つかない魔法や魔道具の数々を生み出す叡智。
 アールスハイド王国にとって手放したくない逸材であり、その能力の恩恵を授かりたいところだ。
 だがシンにはその強力な力ゆえに、彼の育ての親であるマーリンから「政治利用しない」という約定があった。これに抵触せず、いかに彼の力を活用するか? オーグはシンの武名を喧伝することで彼の武威を天下に示し、オーグ自身も属するSクラス。ひいてはアールスハイド王国そのものの威光を高めようと画策しているのである。 
 

 
後書き
 未知の世界へ行こう~♪ 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧