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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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二十五 野心

 
前書き
大変お待たせしました────!!
久しぶりの音忍、再登場!憶えていらっしゃるだろうか…?

原作では序盤でいなくなっちゃってるので困惑するかもしれませんが、このシリーズでは生きてます!
【上】の十五話や幕間、二十八話、または【下】の閑話の登場人物紹介などに一瞬眼を通してくださるとわかりやすいかもしれません!

追記/最後のほう、少しだけ加筆しました!微々たるものですが、ご容赦ください!
よろしくお願いしますー!

 

 
人の感覚を麻痺させるほどの激しい水音がとめどなく続く。

轟々と唸る滝音と、水の匂い。
聴覚と嗅覚を制する滝壺には、ひとつの影が自然と一体化するかの如く、ひそやかに佇んでいた。

派手に飛沫を飛び散らせる瀑布。
滝に打たれていたサスケは、前方から忍び寄る気配にうっすら眼を開ける。

「何の用だ」

煌めく陽射しの下で、白く泡立つ滝壺。
目の前を絹糸の如く流れる水の合間を、サスケは見据える。

深く青い水面の上で自分をじっと睨みつけている相手───ザク。

充満する水の匂いに、ふと、異臭が雑ざる。別の匂いが鼻について、サスケは眉を顰めた。


「そういうてめぇは滝修行でもしてんのかよ」

吐き捨てるような物言いをする相手から香る血臭。
形の良い眉を一瞬顰めるもすぐに涼しげな顔でサスケは声をかけてきた相手を見やる。
滴る水越しにサスケを睨んだザクは、怒気と血臭を纏わせながら、挑発めいた言葉を続けた。


「サスケ、お前…大蛇丸様のお気に入りだからって調子に乗るなよ」
「…何の話だ」
「しらばっくれんな!」

ザクの怒声を意に介さず、サスケは身を乗り出す。
滝から抜け出て、滴る水もそのままに、滝壺の傍に生えている大木の枝へ手を伸ばした。そこに掛けておいた羽織の袖に腕を通す。


「大蛇丸様から命じられたのは、殲滅せよ、とのことだったよなァ!?」
「そうだな」
「じゃあなんで、テメエが相手した奴ら全員、死んでねぇんだ!?」


大蛇丸は音隠れの里の創設者であると共に、抜け忍である。その上、かつては『伝説の三忍』と謳われているのであれば、彼を倒して名をあげようと考える者は少なくない。
追い忍や賞金稼ぎやらの多くが大蛇丸の命を狙ってくるのは一度や二度ではない。よって、頻繁に襲撃してくる連中を返り討ちにするようにと、サスケとザクはよく大蛇丸に命じられるのだ。


「それなのに、てめぇは毎回殺さねぇ。甘っちょろいのも大概にしやがれ」
「再起不能にはしている」
「チッ、それが甘いって言ってんだよ」

舌打ちするザクに全く動じず、サスケは「言いたいことはそれだけか」と抑揚のない 言葉を返す。

「なら、もう用は済んだだろう。さっさと水浴びでもなんでもすればどうだ。血生臭い」
「それは俺への当てつけか?」


サスケとザクの戦闘光景は対照的だ。
汗ひとつ掻かず、返り血すら浴びずに、敵を気絶させるサスケに対し、ザクは確実に息の根を止めようと動く為、返り血を浴びることが多い。現に、ザクの身体からは鉄臭い血が酷く匂う。

返り血を浴びるのは二流の忍びだ。殺してはいない事を非難しにきたけれど、実際のところザクはサスケの才能に嫉妬していた。
サスケと自分の力量差を思い知って、ギリギリ歯ぎしりする。


貧しかった幼少の折に大蛇丸に才能を見出され、それ以来、大蛇丸に選ばれた事を生きる拠り所にしていたザク。
忠誠を誓った相手のお気に入りであるサスケを、ザクは強い眼光で睨みつける。

うちはサスケの里抜けに加担した身だが、かつて彼に右腕を折られかけた経験を持つザクは、サスケによく喧嘩を売っていた。
自分のほうが先に音忍として大蛇丸に忠誠を誓ったにもかかわらず、大蛇丸に優遇されているサスケが気に入らなかった。


「だいたいてめぇのことは中忍試験の時から気に食わなかったんだ」

木ノ葉崩しの前段階として、大蛇丸からサスケ殺害の命を受け、木ノ葉の中忍試験へと送り込まれたザク。
サスケの実力を見る為だけの捨て駒が本来の役割だったにもかかわらず、今も変わらずザクは大蛇丸の忠実な僕だ。

ザクの言葉を耳にして、サスケの脳裏に中忍試験を受験した当時の出来事が蘇る。
ザクがドスやキンと共に『音の三人衆』としてサスケの前に現れたあの頃を思い出して、サスケはつい、と片眉を吊り上げた。ほとんど独り言のように呟く。


「『音の三人衆』…だったか」

サスケのその一言に、ザクの肩が大きく跳ねた。小声であったにもかかわらず、大きな反応と動揺を示したザクを、サスケは冷ややかな眼で眺めた。


「今は、ひとり、だな」
「黙れ…!!」

挑発の色も慰めの色も、感情の色さえないサスケの一言に、ザクは激情する。
サスケとしてはただの事実を述べただけだったが、ザクにとっては地雷を踏んだも同然だった。


音忍三人衆――キン・ツチ、ドス・キヌタ、ザク・アブミ。

その名前はツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨という三つの骨から成り立つ耳小骨を思わせる。鼓膜の振動を蝸牛の入り口に伝える役割を持つそれらは、切っても切れない相互関係にある。可動連結している三つの骨だが、隣接しているツチ骨とキヌタ骨が靭帯で頭骨に固定されているのに対し、アブミ骨は前庭窓または卵円窓という蝸牛の入り口に繋がっているのだ。

名前の関連性も、繋がりも絆も、三人衆の間にはあの頃、確かに存在していた。

大蛇丸の部下として目的が同じだったとは言え、スリ―マンセルを組んで、中忍試験に挑んだ彼らの間には、言葉なくとも何かしらの信頼は築けていたはずだった。


────うずまきナルトさえいなければ。




あの時。
大蛇丸の命令でうちはサスケがいる木ノ葉の七班を襲ったものの、そのサスケに腕を折られ掛けた。
予選試合でも対戦相手であった油女シノの奇壊蟲の前に破れ去り、おまけに右腕を失った。

二度失敗した者を大蛇丸が許すとはとても思えない絶望的状況の中、ヤツは現れた。

自分と共に来るか、大蛇丸の許に戻るか、逃げるか。選択肢を与え、交渉しに来たナルトに、ドスとキンはあっさりついて行った。


だからザクは強さを求める。ナルトと共に自分の許から立ち去った二人を見返す為に。

そうしてドスとキンを誑かした張本人────うずまきナルトを殺す為に。

ナルトについて行こうと決めたのはドスとキンの意思だ。
それがわかっているからこそ、ザクはナルトが許せなかった。

ただの八つ当たりだとは承知しているが、割り切れないものがあるのも事実。
中忍本試験前に我愛羅を襲い、逆に返り討ちに遭ったあの時も、自分を助けたナルトがザクは気に入らなかった。
サスケ以上に気に入らない存在だった。


「てめぇがどれだけ大蛇丸様に気に入られてようと、俺のほうが絶対強くなってやる…ッ!!」

自分を指差し、咆哮するザクを、サスケは素知らぬ顔で受け流していた。
だが、次のザクの言葉は聞き逃せなかった。


「そして殺してやる…!あの、うずまきナルトを…!!」
「………なに?」

今までザクの話を一向に聞いていなかったサスケは、そこで初めてザクの顔を見た。
感情が窺えなかった端整な顔立ちに、微かだが、憤怒の色が過ぎる。


「ふざけるな。アイツを殺すのはこの俺だ」


サスケは木ノ葉のスパイだ。
里抜けし、兄と同じスパイの道を選んだ時、覚悟は決まっている。

たとえ世間では抜け忍とされても、裏切り者と蔑まされようとも、闇に染まる気はない。
大蛇丸と同じ、深い深い淀んだ闇に堕ちるつもりはない。
だが、胸に秘めた野心だけはサスケの中で常にくすぶっている。

己の兄…うちはイタチを殺した――うずまきナルトへの復讐。
兄の仇を討つ野望。

それは自分の手で成し遂げねば意味がない。
ならば、同じくナルトを殺す野心を秘めているヤツは味方ではない。
敵だ。


急に顔色を変えたサスケを前に、ザクは動揺する。
先ほどまでまるで無かった敵意や殺意が剥き出しになっているサスケを眼にして、驚く一方、ザクの胸には言いようがない歓喜が湧き上がっていた。

今まで自分など眼中にないとばかりに振舞っていたサスケが自分を敵視している。
たったそれだけで、酔いしれるほどの優越感を覚えたザクは、サスケを更に煽った。


「てめぇこそ、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ。俺の獲物だぜ」
「アイツはお前に殺される程度の存在じゃない」
「なんだと…!」

額を小突き合わせるほどの距離で、ザクはサスケの胸倉をつかむ。
怒りを露わにするザクに反し、サスケは涼しい顔だ。だがその瞳には確かに敵意の色が宿っていた。



「「うずまきナルトを殺すのはこの俺だ…!!」」















暫しの沈黙。
ただ、滝の轟々とした唸りと、互いへの敵意がその場を制する。

その満ちた険悪な空気を切り裂いたのは、崖からの声だった。


「じゃれ合うのはそこまでにしておきなさい」

降ってきた声に、サスケとザクは反射的に崖を見上げた。
滝を見下ろした大蛇丸が呆れ顔を浮かべている。
忠誠を誓う大蛇丸に酷く動転するザクの隣で、サスケは涼しい顔の裏で内心動揺していた。


(……どこまで聞かれた?)

うずまきナルトを殺す野望を聞かれたところで木ノ葉のスパイだとはバレるはずもない。だが、野心はなるべく秘密にしておきたい。

ナルトと大蛇丸に接点があるとは知らないサスケは怪訝な顔で崖を見上げる。
サスケの胡乱な眼つきに、大蛇丸は肩を竦めた。

「そんなに睨まないでちょうだい。修行してたところを邪魔したのは悪かったわ」

いつのまにか仲良くなったのねぇ、と微笑ましげに自分達を見下ろす大蛇丸に、サスケとザクは同時に「「誰がこんなヤツと…ッ」」と反論した。

お互いに睨みつけながらもサスケは心の中で安堵する。どうやらナルトが獲物だという会話は聞かれていなかったようだ。
切磋琢磨して修行する仲だと勘違いされたのは甚だ遺憾だが。


「でも、そろそろアジトに戻ってちょうだい。暫く留守を頼みたいのよ」

パンパン、と手を打ち鳴らして促してくる大蛇丸に、サスケは眉を顰める。

「…留守?何処かへ出かけるのか」

サスケの問いに、大蛇丸はうっそり嗤う。
嫌な予感がしたサスケが更に問い質そうとする横で、ザクが「お任せください、大蛇丸様」とあっさり承諾した。

「良い子ね」

ふ、と蛇を思わせる瞳を細めた大蛇丸は、一瞬、滝の向こうに視線を投げると、崖から立ち去る。
その後ろ姿を怪訝な顔で見送ったサスケは、寸前の大蛇丸の視線の先を追った。

滝の向こうに連なる山々。
草隠れの里がある方角を透かし見るようにして、彼は内心舌打ちした。


(雲行きが怪しくなってきたな…)


先ほどの大蛇丸の視線の先。

それは、草隠れの里にある天地橋を指し示していた。










































「ナルト。鬼童丸と、右近・左近のことなんだが…」

あまり自分に話しかけない相手から声をかけられ、ナルトは顔をあげる。
真っ直ぐな瞳の蒼に見据えられ、一瞬うろたえるも、次郎坊は意を決して訊ねた。

「見殺しにする気じゃないだろうな…?」


かつてサスケの里抜けに助力した『音の五人衆』、結果的に『根』に捕らえられた『音の五人衆』────君麻呂・多由也・次郎坊、それに鬼童丸と右近・左近。

前者は思惑通りに死を偽造し、こうしてナルトの許にいるが、後者は『根』に捕らえられている。

その右近・左近と鬼童丸が、草隠れの里にある天地橋へ、木ノ葉の忍びと共に向かうという。
はっきり言って、死にに行くようなものだ。


懸念する次郎坊がナルトに詰問するのを聞き咎めたのか、多由也が間に割って入ってきた。

「グダグダうるせぇな、デブ。ナルトに口出しすんじゃねぇよ」

次郎坊の肩をガシっと掴んで、ナルトから引き離す。
ナルトの前で仁王立ちになった多由也の相変わらずの口の悪さに、次郎坊は顔を顰めた。

「多由也…前々から言ってるけど、女がそういう言葉をあんまり…」
「うっせぇよ、デブ!!ほっとけ!!」

ぎゃいぎゃい騒ぎ始めた多由也と次郎坊に、すっかり蚊帳の外になったナルトは苦笑する。
同時に、『音の五人衆』である彼らが、なんだかんだ言いながらも、『根』に生け捕りにされた右近・左近と鬼童丸を気に掛けている事がわかって、内心ホッとした。


「─────で?どうするつもりだ」

壁を背に、腕組みしていた再不斬がナルトに訊ねる。
多由也と次郎坊、それに一歩離れたところにいる君麻呂を眺めながら、ナルトはつい、と再不斬に視線を投げた。


「どうもしないさ」
「見殺しにする気か」

死んだはずの部下が実は生きていて、しれっと天地橋へ向かうとどうなるか。
大蛇丸が来ないほうに懸けるしか、右近・左近と鬼童丸の生き抜く道はない。

再不斬の問う視線を受け、ナルトは黙ったまま目線を遠くに向けた。
窓辺に腰掛け、遠くを眺める。その視線の先が何処に向けられているか察して、再不斬は肩を竦める。


「まぁいいさ。俺達はお前に従うだけだ」

再不斬の独り言のような呟きを背中で拾う。
首だけを巡らせて振り返ったナルトは、口許に苦笑を湛えた。


「苦労をかけるな」
「何を今更」

面倒くさそうに頭をガリガリ掻いた再不斬は、傍らの首切り包丁を手繰り寄せる。
白い大きな布で覆われたソレを指先でなぞりながら、「コイツが錆びつくまでには終わるんだろ」と誰ともなしに訊ねた。

首切り包丁は、血液中の鉄分を吸収する事で刀身を修復する。
よって、いくら刃毀れしても、たとえ折られたとしても、敵を斬り続ける限り何度でも修復されていく能力を隠し持っている。
だから錆びることもないはずなのだが、再不斬はあえて含みのある言い方で問うてみた。


「ああ」

窓から外の光景を一望しながら、ナルトは口を開く。チラリと再不斬を見遣った瞳は、彼の言葉の裏を完全に汲み取っていた。

空よりも海よりも底知れない蒼を宿したその双眸には、昔と変わらず、決意の色が強く宿っていた。



「終わらせる」
 
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