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Blazerk Monster

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そして少女は業火と為った

 ジムの最奥へと走る涼香が目にしたのは、一匹の獣が引率トレーナーの体を引き裂く瞬間だった。左肩から右の腰までを斜めに一閃、巡の、一人の少年の体から血を吹き出す。
 間に合わなかった。また自分の過ちが罪のない少年の命を奪ってしまったという喪失感が胸を焦がす。

(巡……ッ!!)

 それでも確実に千屠を止めるために声は上げない。口の中を切って血の味が滲むほど憎悪を噛みしめて近づく。
 ──だが。巡の身体は朽ちることなくスライムのように再生する。それがどういうことなのか涼香にはわからない。でも、巡達はその現象を受け入れ利用しているようだった。
 なら、そこへ疑問を呈して時間を使うようなことはしない。三人を信じ、千屠を倒すためヘルガーの炎を叩きこむ──

「はっ、そんなに当たらないっての!」
「オオッ!!」

 挟み撃ちにされた状況を利用し、千屠とオオタチは身軽な動きでヘルガーと巡達の中心に位置を取る。思い切り火炎放射を撃てば、三人に炎が襲い掛かるように。

「……!!」
「ヘルガー、止まって!」

 人間のことなど気にしないヘルガーは構わず炎を放とうとしたが、涼香の制止よりも先に炎を止めた。

「あれ、人間嫌いのヘルガーって聞いてたから構わず撃つと思ったけど……いや、だからこそかなあ?あそこには人間二人がいるけどもう一つは人間っぽいポケモンだもんねえ?」
「……どういう意味」
「まあ、前座の話はいいや。それで涼姉は今すぐ俺を殺す? 確か、自分の罪を贖うんだよね?」
「あんたには関係ない!」
「それがあるんだよ。言ったでしょ? 計画通りだって。本当の意味でこの旅を仕組んだのは、俺なんだよ」
「仕組んだ……!?」

 この旅を計画したのは四葉のはずだ。チャンピオンとしてこれからのトレーナー達が安全に旅を送れるようにするための制度に自分を組みこみ、人との繋がり立って堕ちる友人を立ち直らせるために四葉自身を悪役にしてまで自分の怒りを煽りつつ振る舞う。それを計画できるのは自分を想ってくれた彼女だけ。なのに彼は自分が仕組んだと言った。

「そうそう。巡君達だって気になるでしょ? 自分がどういう存在なのか」
「それは……」
「……大人しく話すなら、懺悔を聞いてあげるわ」

 涼香はこらえるしかない。後で四葉に聞くことが出来ればそれで済むことだ。だが、もし四葉の命が助からなければ。自分だけではなく、三人にまで一生消えない心の傷がついてしまうかもしれない。それが千屠の狙いだと分かっていても、一度話を聞くしかない。

「といっても、そんなに難しくないし長い話じゃないけどねー。そもそもの始まりはさ。奏海君のお兄さんを俺が殺しちゃったことなんだよ」

 千屠は語り始める。まるで夏休みの絵日記を読み上げるような、軽々とした口調で人を殺したと。

「手に入れたばかりのポケモンを奴隷みたいに扱って、それで自分が強いみたいにイキり倒してたのがむかついたからさ。まあさっくり殺しちゃったんだけど……それがこれから旅に出るトレーナーだっていうんだから笑えるよね。で、そんな大事なトレーナーを殺したことに怒った四葉姉ちゃんに捕まったというわけだよ」

 刹那的な感情で動く獣のように、短絡的な子供のように勢い任せな行動をずらずらと並べる千屠。業を煮やした涼香が問う。

「……なら、あんたはどうして自由にしてるの」
「俺ってさあ。たくさん人やポケモンを殺して来たし、殺す奴も見てきたから。顔を見ればそいつが人殺しかどうかわかっちゃうんだよねー」

 一転。千屠の目が死神の鎌のような弧を描いて心底愉快そうに笑う。

「四葉姉ちゃんを見た時も、すぐにわかったよ。この人は人を殺してる。しかもすごく苦しんでるって。だからさあ……捕まった後、聞いてみたんだよね」

『自分のこと棚に上げて、人を殺したことを責めるのってどんな気持ち? むしろ人を殺した苦しみってどんな気持ち?』芝居がかった口調。涼香の拳が震え、千屠を睨みつけた。

「そしたら、まあどうせ罪人だしと思ってたのか割と素直に話してくれたよ? 自分がチャンピオンになりたいがために友達を陥れて、その弟を死なせて、失意にくれる友人を放ってチャンピオンとして仕事をしてるって」

 やはり四葉は自分が涼香の弟を殺したという罪悪感に苛まれていたという。よほど強い苦しみでなければ、思慮深い四葉が千屠に伝えることもなかっただろう。

「今の話を聞いた俺は考えたんだよねー。俺とダチが生き残るためにはどうすればいいかって。で、四葉姉ちゃんから今の話を聞いて思いついた。大切なお友達にもう一度立ち直ってもらうために、俺達で『悪役』になろうって。お友達と新人トレーナーにちょっかいをかけて絆を深めてもらったりすれば、お友達は元気になってくれるかもしれないじゃん? 弟の死なんて忘れてさ」
「……私は、忘れたりしない」
「そんなことあの時の俺と四葉姉ちゃんがが知るわけないじゃーん?一年間も引き籠っといてよく言うよ」

 正論だ。だが自分たちと何の関係もない人間に言われたくはない。そんな心情さえもお見通しなのか、千屠はまあもう少しだから落ち着いてよ。などと言う。

「というわけで、四葉姉ちゃんがチャンピオンとして暗躍、俺が直接君らの前に出て引っ掻き回すっていう役割分担だったんだ。勿論俺は旅の間君らを殺すつもりはなかったし、そんなことしたら今度こそ死刑っていう条件付きでね」
「……なんで、四葉はあんたなんかにそんなことを頼んだのよ」
「またまたー、なんとなくわかってるくせに。四葉姉ちゃんは体が丈夫じゃないから、一々ちょっかいをかけたりはできないって想像つくでしょ? チャンピオンの仕事だってあるんだし。俺以外に頼ろうにも自分の不正した事実は明るみに出来ないわけで」

 まさか、四天王辺りに僕は実は友人に不正をするように仕向けてチャンピオンになったんだ!なんて言えるわけないでしょ?と。

「そこで俺が必要だったってわけだよ!……っていうか、そうなる様に俺が話を持ちかけたんだけど」

 そういう千屠の声は、震えていた。恐怖にではない。興奮。気分が高揚しすぎて暴れまわる直前の子供のそれで。

「で、この一連の流れを合わせて言わせてもらうけど……」


 凶悪な、我利を求める悪鬼のように千屠は叫ぶ。


「勿論、どうすれば俺とダチが生き残れるか真剣に考えた結果の提案出会って俺はお前ら全員がどうなろうが知ったこっちゃねえし?むしろ隙を見て全員殺すつもりだったわけで。四葉姉ちゃん含めて全員俺らが生き残るためだけにあたふたしてたんだよねー!なーダチ!!」
「オオンッ!!」
「あははははははっ!!四葉姉ちゃんも頭いいのにさー。直情バカの友人一人の為にこんな途方もない嘘ついて、立ち直ってもらおうなんて馬鹿なこと考えちゃってさあ。奏海も自分の夢を叶えるためには別の跡継ぎがいるとか言って必死に偽装に協力してさあ!他人のしがらみに振り回されてすぐばれる嘘なんかついちゃって、だっせーの!!この世界は自分が生きられればそれでいいんだ!他人との関係なんて利用できるときだけ利用すればいいし、要らなくなったらばっさり切り捨てればいいんだよ!!みんな、人付き合いがへったクソだよねー!!おかげで俺みたいな殺人鬼一人にこんなに振り回されてくれるんだからさあ!!」


 けたたましい笑い声が血濡れたジムに響き渡る。耳障りで聞くに堪えないそれは、他人の都合など一切考えない、自由で独りよがりの哄笑だった。
 そして、それが、ほんの少しだけ収まった時──涼香は、対照的に静かに。千屠に言う。

「……最期に、一つだけ答えなさい。四葉の約束を反故にして逃げず、わざわざ私達を殺そうとする理由は?」
「……はっ、なにそれ。殺人鬼の思考回路なんかに興味あるの?」
「答えて」

 大山のような重さの声に、千屠の体の震えが止まる。過呼吸にでもなったのか息を荒さを落ち着けるように息をついて。

「俺の名前は千屠だよ?千人の千に、屠殺の屠と書いて千屠。今までもいろんな地方を回って俺とダチで好き勝手殺してきたけどさ。一個、叶えたい夢があったんだよね。ただただ一生ずっーと殺し続けて千人目、じゃつまんないしー。なあ、ダチ」
「……オオッ?」

 首を傾げるオオタチに構わず両手を広げ、記念すべき栄誉を称えるように誇らしげに。彼は言った。

「一生に一度くらいは!もっと残酷に醜悪に極悪に残虐に劣悪に苛烈に悪逆に、恨まれて憎まれて蔑まれて怒られて罵られて疎まれて裏切られて絶望されるような!そんな、ただの怪しい辻斬りじゃない、色んな人の記憶に残る、邪悪な存在になってみたかったんだよ!!千屠の字が相応しい本物の悪党にねぇ!!」

 ……狂っている。この場の全員がそう思った。自分の名前の為に、特別な思想や理想もなくただ悪党になりたかったと中身のない『有名人』になりたいという幼子のような夢を、彼は裏切って殺すことで叶えようとしていると叫んだ。 

「……そう。なら、この場であんたを殺してから私は罪を償う。悪いけど、そうさせてもらうわ」

 こんなのは、もう終わらせなくてはいけない。友人と、これからを生きるトレーナー達の為にも。涼香はその決意を込めて宣言した。
 
「あは、それ何に対する悪いなの?……まあ、もうどうでもいっか。この場で君ら全員殺して、念のため四葉姉ちゃんにも止め指しちゃえば俺はもう自由だからね」
「……そうはさせないわ。私は四葉と罪を償う。その為に、この子たちを見届ける。例え何を言われようと……そう決めたから」

 涼香の心が黒く燃える。自分の弱さが生み出したこの惨劇に、それを利用する千屠の暗い怒りを、胸に抱きしめたヒトモシが熱を伴う煉獄の炎に変える。それがヘルガーの体を包み、三つ首のケルベロスのような怪物へとなり果て。どす黒い炎が空間を支配する。

「随分かっこよさげだけど……俺とダチには効かないもんねー!!ダチ、『居合斬り・影打』!」
「オオンッ……!!」
  
 オオタチが長い体で蛇のようにとぐろを巻く。前の戦いではその体勢からばねのように体に勢いをつけることで鋭い居合斬りを放ったが、今度は態勢を変えない。体に隠れた鋭い爪を振るうことすらしない。

 だが、四葉を貫きまた過去に幾重もの命を奪った影の爪が。実際の居合斬りと同じ速度と鋭さを持ってヘルガーの炎を切り裂いた。何度炎が迫ろうと、常に居合の態勢から放たれる影の爪が全てを切り裂く。

 影の爪が防ぐだけでなく、草刈のように炎を散らして涼香やヘルガーへと迫ろうとする。涼香、ヒトモシ、ヘルガーが三位一体となって放つこの攻撃は他の手を加える余裕などない。

「恨まれるのは慣れてるんだよね。復讐だのなんだって突っかかってきたやつを数えきれないくらい返り討ちにしてきた俺たちにそんな付け焼刃が通じるかよ!!」

 千屠は叫ぶ。数多の人をポケモンの命を奪った殺人鬼として。だがその頭を冷やさせるように――千屠の顔を、『水鉄砲』が撃ちつけた。思わず振り向くと、巡が手のひらをまるでアリゲイツの口のような形に変え、『水鉄砲』を放ったのがわかった。

「俺が人間じゃなくてポケモンだって言うなら……こういうことだってできるんだろ?」
「あっそ。だから何? そんなんじゃ俺を傷つけることさえできないって」
「……さっきも言っただろ?」

 ハッとして千屠が涼香の方へ向き直る。黒い炎はほとんど抑え込み、後数太刀入れればヘルガーを切り裂くことが出来る。だが千屠は思い違いをしていたのだ。
 涼香がかつて旅をした時に連れていた相棒が、今さら彼女に手を貸すなど他人との関係は都合が悪くなったら切り捨てる彼は露ほども思っていなかったのだから。

「ゴウカザル……!? まずい、ダチ!」

 千屠が涼香から意識を反らした隙に、頭にオレンジ色の炎を聖火のように灯す大猿の火炎ポケモンが。炎を切り裂く隙を縫って突進し、とぐろを巻くオオタチの真正面に立ちはだかる。

「『インファイト』!!」

 千屠が意識を逸らさず涼香に集中していれば突っ込んでくるまでの間に何か対策を打てただろう。だがもう遅い。小細工なしの無数の拳がひたすらにオオタチの体を打ち据え、吹き飛ばす。
 このゴウカザルは、昔涼香の相棒だった。最初の旅の最初からずっと一緒にいて、最後の最後で信じ切れず。涼香が裏切ってしまった、相棒だった。それでもゴウカザルは、涼香の元へ戻れると信じて、涼香が戻ってくれると信じて、四葉と共に待っていたのだ。

「……人の関係は不要になったら捨てればいい。同感ね。私が一年引き籠ってたのも馬鹿らしいし、そんな私の為に気を病んであんたの口車に乗せられる四葉も馬鹿よ。でも……それでも私達は捨てられない。それが自分の枷になったって、それでも大事な人の気持ちを背負い続ける……恩も、怨もね」
 
 自分が犯した罪から逃げようと、嫌な関係を断ち切ってしまったことが四葉を苦しめ、この惨劇を生んでしまった。そして大切な人との関係を切り捨てなければ、またやり直せるはずだ。新しい人と繋がり、過去を乗り越えられることだってできる。涼香はこの旅で、そう確信した。
 
「だから私は、あなたを殺す。自分の為だけに他人の気持ちを利用したあなたを私が殺して……全ての罪を、私が背負う!!ヒトモシ、ヘルガー!!」
「もしぃ……!」
「ルガアアアア!!」 

 オオタチが立ち上がり、千屠の元へ駆け寄ろうとする。だがそれをゴウカザルが許さない。尻尾を押さえつけ、オオタチはそれを蛇のようにうねってぎりぎりで躱す。勝負こそつかないが、目の前のゴウカザルへの対処に必死なオオタチは、千屠の助けに入れない。

「……何それ? 自分だけの為に殺すか、自分が人の想いを背負って殺すかだけの違いにしか聞こえないけど? それで正当化出来るとか本気で思ってるの?」
「……思わない。私は自分の犯した罪を償う。弟を殺したことも四葉を傷つけたことも、巡達をこんな目に遭わせたことも……あんたを殺したという罪も、私が背負う」
「なーにそれ、意味わかんない。ホント、バカみたいな生き方だと思うよ。……ま、どうでもいいけどさ。俺はあんたのことなんて」
「だからこれから私を一生焼く業火……先に喰らって逝きなさい!!ヘルガー、『火炎放射』!!」
「ガアアアアアアッ!!」

 黒い炎がヘルガーの三ツ口から噴出され、千屠を覆い尽くす。千屠の体が炎の中でもがき苦しみ、まるで赦しを乞うように手を伸ばす。それを見てオオタチは千屠の元へ向かうのをやめ、ゴウカザルの不意をついて逆方向へと逃げ出した。オオタチは千屠の元へ戻ることなく、まるで見限るように一目散へとジムの外へ逃げだす。千屠自身が、都合が悪くなったら切り捨てればいいと口にしたように。
 自業自得の結末を、涼香は胸に焼き付ける。本来自分がああなってもおかしくなかった。自分の弟を殺した四葉にあの炎を向けていたかもしれないし、自責の念に駆られて自分で自分を焼き殺したかもしれない。そうならないように、自分は生きていかなければいけないと思いながら……炎の中の彼を目に焼き付けていた──


 
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