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Blazerk Monster

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虚ろな懺悔

 涼香が目を覚ますと、ベッドに横たわっていた。内装を見渡す限り、ポケモンセンターが運営する宿屋の中のようだった。大体どこでもトレーナー用の宿は同じ造りになっている。着ているものが雨に濡れ続けた服ではなく、簡易パジャマになっていた。明季葉が着替えさせてくれたのだろう。

「……っつ」

 すぐに起き上がって巡達は無事かどうか確認しようとしたが、体が上手く動かない。ヒトモシに心も燃やさせるのはこれまでも巡達に隠して何度か試していたが、やはり負担が大きい。四葉の真意を知る目標を思い出さなければ何も出来なくなりそうな無力感に苛まれることもある。十秒ほど使ってやっと体を起こすと、部屋に明季葉が入ってくる。

「巡と奏海は?」
「部屋にいる。……呼んでくる?」
「まあ、平気そうならいいわ。あの後は……」
「バトルが終わった後巡を起こして、三人で涼香を支えてここまで帰ってきた……それで」
「何?」

 明季葉が涼香の目をまっすぐ見る。普段は髪に隠れがちな彼女の瞳が心配そうに自分を見つめている。

「約束……守って、くれる?」
「……そうね。そうだったわね」

 自分が何をしたのか話すと約束することを条件に一対一で戦った。どうせいずれは話すのだ。予定より早くなってしまった不安はあるが、隠すにも限界だろう。観念したように俯く涼香。明季葉が二人を呼びに行って程なくして、三人そろって部屋に来た。

「涼姉涼姉!!大丈夫? 俺の事覚えてる!?」
「……は? 忘れるわけないでしょ、そんなこと……」
「巡兄様、世間一般では熱を出したからといって記憶はなくなりません。巡兄様が特別だっただけです」

 巡が記憶喪失になった原因は一週間以上にわたる高熱だと聞いている。巡もわかってはいるのか唇を尖らせた。

「知ってる、知ってるけどさ……戦って倒れたなんて聞いたら不安になるだろ」
「……明季葉も、心配した」

 慌てた巡に、またじっと見つめる明季葉。涼香はため息をつく。

「……私には、心配される資格なんてないのよ」
「あの四天王の言っていたことですよね……」
「四天王……本当なのよね」
「さっき調べたら、キヤリーグポケモン協会のデータベースにも四天王の一人として去年正式に登録されたと書いてありました……すみません、最初に気付くべきでした。ポケモントレーナーとして旅をするなら四天王を始めとした権力者が会いに来る可能性も考慮出来たはずなのに……」
「そんなこと今はどうでもいいって!涼姉、資格がないってどういうこと?あの暴走族とは何があったの?」

 涼香は深く息を吸って吐いた。巡がごくりと唾をのむ音が聞こえるほど、海奏と明季葉も黙って耳を傾けている。もしかしたら受け入れてくれるかもしれない。あるいは拒絶されたとして、文句は言えないし何も知らないこの子たちさえ疎まれてしまうほどの罪を犯した自分に真実を求める権利などないと諦められるかもしれない。ヒトモシの炎が心を燃やしていたことでかえって話す決心がついたのは皮肉だった。


「私は……絶対にチャンピオンになりたかったの。でもそのためにポケモントレーナーとして、絶対にやってはいけないことをしてしまった」

 
 先の玄輝との戦いで突き付けられたことを心に刻むように話す。ポケモンリーグの決勝戦、親友だった四葉との戦いにおいて自分は相手の選んだポケモンを覗き見て失格となった。それは自分を応援してくれた仲間へ、そして強くなるために倒してきた相手への裏切りと同じ。その不正を四葉が仕組んだと言うことは、敢えて話さなかった。今話しては責任転嫁と思われるだろうからだ。何より、結局不正に手を染めたのは自分だ。

「あいつらとも、バトルに勝った時は色々言われたけど私の実力を認めた上でバイクを渡してくれたわ。……その気持ちを踏みにじったのも、あいつらが私に負けたことで散々馬鹿にされた、って言ってたのも……私のせい」

 悲しくなったわけではない。被害者面はしないと決めたのだ。冷淡に、涼しい顔を装って言う。

「私のせいで……色んな人が不幸になったし、死んだ子もいる。だから私は……心配される資格なんてない」

 それから先を言ってしまえば、自分が一番失いたくなかったものを思い出してしまうから、そこで言葉を止めた。部屋の中に、重い沈黙が降りる。十秒、三十秒、一分。

「あの……それでも涼香さんは、引率者として僕達をサポートしてくださるんですよね」

 一番最初に口を開いたのは、海奏だった。おどおどと、少し震えた声でだが、そう確認する。

「……ええ。私にも、やらなきゃいけないことがあるから」

 最低限の答えに対し、奏海は巡と明季葉の顔色を窺っているようだった。続けて発言する。

「不正はダメだと思いますけど、涼香さんの経験と強さはすごく助けられてますし……その……」
「……ったり前だぜ。なんだなんだよ奏海、もしかして涼姉を置いて旅しようとか一瞬でも考えたのか?」
「え……?」

 深呼吸した巡が、ぐっと胸の前で握りこぶしを作って真剣な、でも重苦しさのない明るい声で言う。

「涼姉。俺さ、一年前初めて目を覚ました時……なんか周りが腫れ物に触るみたいに扱われてすっげーこわかった。なんも覚えてないけど、昔の俺って結構やんちゃだったみたいでさ。露骨に怖がる人もいたんだ。奏海は違ったけど」
「そうでしたね……」
「明季葉も……巡は、もっと乱暴で怖い人だって噂で聞いてた」

 涼香が見た限りの巡はお調子者で軽いところはあるが、素直だし、人にもポケモンにも無暗に暴力を振るうところなど見たことがない。初耳だったが、海奏と明季葉が頷くのであれば事実なのだろう。

「まあということらしいんだけどさ。でも暮らしてるうちにだんだんみんな俺のこと怖がらなくなったんだ!そしたら周りと話すのも楽しくなったし……だからさ、涼姉だって昔は悪いことしちゃったとしても、これからまたやり直せるって俺は信じてるぜ。涼姉不愛想っぽくしてても優しいし!な、二人もそう思うだろ!?」
「優しいって……」

 過去一年間はおろか、旅をしている間でさえほとんど言われたことのない言葉だった。弟の病気を治すために必死だったあの時は、ひたすら自分が強くなることを考えていたからだろう。自分を優しいと評する相手なんて、今まで――弟と、四葉くらいのものだった。

「明季葉も……涼香は、いい人だと思う。ポケモンリーグの理念とか、裏切りってよくわからないからかもしれないけど……明季葉にとっては、出会ってからの涼香が全て。だから、気にしない。だから、心配する」
「勘違いよ。じゃあ……いいのね? こんなのと一緒に旅をして」
「涼姉はこんなのじゃないし!」
「今からいなくなってしまっても困りますし、その方がありがたいです」
「……よろしく、お願いします」

  拍子抜けするほどあっさり、三人は自分と旅をすることを受け入れたらしい。涼香にとっては好都合だが、何か引っかかるもの、誘導されたような印象を感じる。とはいえ、余計な思考を巡らせる心の余裕もなかった。

「じゃあ早速だけど……巡、海奏は部屋に戻って」
「え、この流れで? 深まった絆を感じてお喋りとかしない?」
「手当はしたけど、涼香はすっごく疲れてる……奏海はともかく、巡はうるさいから、ジャマ」
「明季葉ちゃんひどくない?」
「いいじゃないですか、僕達も疲れましたし……」
「よくないし俺は明季葉ちゃんは涼姉と話してる方が元気になるんだけどなー。でも、まあしょうがないか。早く元気になってね涼姉!」

 巡は涼香をちらりと見る。ベッドで体を起こすのもやっとで俯いた涼香を見てさすがに察したのか、自分からさっさと部屋を出た。奏海も一礼した後静かに出ていく。

「……ありがとね」
「いい。明季葉はあのヒトモシに燃やされた時にどうなるか知ってるから……今は、休んで」

 体力的にも精神的にも限界な涼香は言葉に甘えてゆっくり体を寝かせる。三人の言葉だけを考えていれば、眠りにつくことは出来そうだった。

「ただ……少し元気になったら、明季葉から話したいことがある。明季葉が……旅をしてる、本当の理由。涼香に話しておきたい」
「……わかったわ」

 平素と変わらぬ明季葉の声。涼香は社会勉強の一環として旅をすると聞かされたがかつての自分がチャンピオンを本気で目指したようにこの少女にも何かあるらしい。それを聞いてあげるのも、まあ引率者の役目だろう。それが涼香が眠りに落ちる前の最後の思考だった。  
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