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Blazerk Monster

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抜き打ち勝負!

「クロイト、『怖い顔』!」
「モココ、『電磁波』」


 突然出てきた巡や涼香を挑発する少年、千屠との戦い。アリゲイツは顔を一旦手で隠すと、向かってくるオオタチに対して牙を剥きだしにした表情で威嚇する。オオタチはそれを見て長い体を蛇のように丸めた。その隙に明季葉の指示により電気がオオタチを痺れさせる。

(自分より強いやつと戦う時はまず弱らせる!)

 この三日間で涼香から教わった戦術を実践する。ゲームとは違い、実際の旅ではたまたま出くわしたトレーナーが自分たちよりもかなり格上であることも珍しくない。まして巡は旅を始めたばかりだからなおさらそうだ。

「フォッコ、『ニトロチャージ』!」

 奏海の指示でフォッコが体に炎を纏い、オオタチに体当たりを見舞った後すぐに退く。水で濡れていたこともありダメージはほとんどないが、海奏の狙いはそこではない。

「へー、なかなかいい動きするじゃん? オオタチのスピードを徹底的に下げて自分はスピードアップ。効果的だと思うよ」
「……続けて、『綿胞子』」

 千屠が愉快そうに語る間にもモココが自分の綿毛を飛ばして電撃付きの綿がオオタチに絡み、動けなくする。オオタチはとぐろを巻いて蛇のような姿勢のまま固まった。

「三対一なんて大見得切った割に大したことないぜ! クロイト、『噛みつく』だ!」
「ダァッ!!」

 好機と判断したアリゲイツが大顎を開いたままオオタチに噛みつきにかかる。千屠は肩を竦めた。

「わかってないなあ。大見得なんか切ってないよ。この程度の妨害なんて、俺の大太刀は斬り裂ける」
「オオッ!」

 牙に加え、炎と電撃が一斉に飛んでくる。オオタチは動かない。だがアリゲイツがオオタチの間合いに入った瞬間。鎌鼬のような、鋭い一陣の風が吹いた。

「──『居合斬り』」

 千屠が一言紡いだのが耳に聞こえるのと、とぐろを巻いていたはずのオオタチが一瞬にして立ち上がりアリゲイツが吹き飛ばされるのを見るのとどちらが早かったか。それくらい、一瞬の出来事だった。

「クロイト、大丈夫か!?」
「ダァ……」

 巡が駆け寄るとアリゲイツの上の牙が綺麗に二十四本斬られていた。更に腹に叩きつけた後が一つ。戦闘不能を感じ取り、巡はボールに戻す。余りの早業に、海奏や明季葉も戸惑っていた。

「あれ、もう終わり? 泥棒するつもりはないけど、バトルに勝ったら当然三人からお金は貰うよ?トレーナーの戦いってそういうもんだし」
「まだ俺のポケモンは残ってる! 行くぞスワビー!」

 巡はボールからオオスバメを出す。しかしあれだけ素早さを下げたのに一瞬の早業がアリゲイツを戦闘不能にした。どうすれば勝ちの目があるのか、必死に考える。

「考えるのは自由だけど、俺は待たないからねー! ダチ、モココに『電光石火』!」

 オオタチがまっすぐ突っ込んでモココに自分の頭をぶつける。そこまで力を入れていないように見えるのに、モココの体がゴロゴロと転がって倒れた。

「続けてフォッコだけど、あれは今日のご飯じゃないからなーダチ?」
「オオ?」
「とぼけてもだめ。普通に倒せって」
「……オオッ」
「う、うわっ……逃げてフォッコ!」

 軽いやり取りの後、オオタチがフォッコに飛び掛かる。ニトロチャージで上がったスピードで逃げ回るが、まるでごっこ遊びのように簡単に先回りし、わざとオオタチはフォッコの前で体を立てて威嚇する。フォッコは捕食者の視線にその場でへたり込んでしまった。持っていた小枝を落とし、耳が萎れる。奏海が戦意喪失したフォッコをボールに戻して氷に覆われた鼠ポケモン、サンドを出す。明季葉もフクスローを出した。

「あっという間に一体ずつ……まだやるー?」
「あ、当たり前だろっ」
「といっても見た感じ今出してるやつも大してレベルは変わんないでしょ? 勝ち目がないなら素直に諦めるのも優しさだと思うけど。なーダチ」
「オオンッ」

 オオタチは再びとぐろを巻いて待ちの姿勢を取る。間合いに入れば再度、居合斬りが体を捕らえるだろうことは想像に難くない。

「……勝ち目ならあるぜ。気になるか?」
「ま、気にならないと言えば嘘になるね」

 千屠は伸びをしながら答える。巡達に勝ち目があるとは全く思っていないのは明白だった。だからこそ、巡は何とかしたい。涼香に昔何があったかは知らないけれど、それを平気で嘲笑う奴には負けたくなかった。だから、無茶苦茶かもしれなくても巡は言う。


「ならちょっと待ってろ! 今から三人で作戦を考えるからなっ!」


 人の声やポケモンの技による音が数秒消えて、小川のせせらぎだけが空間を支配した。千屠は目を丸くした後、初めて少し困ったような表情になった。

「え、今から? 俺さっき待たないって言ったよね?」
「なんだよ、怖いのか? オオタチには自信があってもトレーナーとして俺たちの作戦を迎え撃つ度胸がないなんてそれこそ情けないぜ!」
「はあ? んなわけないねー。……いいよ、三分間待ってやる! ただし、その後ちょっと本気出すから覚悟しろよマジで!」

 千屠の白い顔に、わかりやすく青筋がたった。自分でも子供っぽい挑発だとは思ったが、千屠の挑発も同レベルなので乗ってくると思ったのだ。

「よし! 奏海、明季葉ちゃん、三人で何とか乗り切ろう!」
「ええっ……でも、あんなに強いオオタチ相手に今の僕達じゃ勝ち目なんて……」
「別に負けてもお金を渡すだけ……ここは大人しく降参したほうが」
「でも、このまま負けたら涼姉は言われっぱなしじゃないか! それは嫌だろ?」

 奏海は困惑したままだったが、明季葉はハッとして顔を上げる。

「うん……涼香、苦しそう」
「で、でも具体的にどうやれば勝つ方法があるんですか?」
「それを今から考えるんだ!」

 対岸の千屠はあくびをしながら突っ立っている。そこへ涼香が話しかけた。

「さっきから……私達のことに随分詳しいのね。十五分そこらあの子たちの会話を聞こえたくらいでわかる範囲じゃないことまで知ってるみたいだけど」
「涼姉?」

 表情は辛そうで、頬には汗をかいているのが見えた。涼香はこちらにちらりと視線を向けた後頷く。それで巡は意図を察した。

(そうか……だったらやるしかないぜ)

 川を挟んで話しているといってもそこまで距離は離れていない。ここで声を潜めて作戦会議をしても、千屠には聞こえる可能性もある。だから涼香は意識を逸らしにいったのだ。
 それを小声で二人に伝え、作戦を立てる。三分間は、異常に早く過ぎ去った。

「時間だ! 答えを聞こう!」
「ああ、目にもの見せてやるぜ!」

 千屠は右手の人差し指と親指を立ててピストルのようにして、軽い態度で聞く。オオタチと、明季葉のフクスローが向かい合った。

「あれ? フクスローだけ?」
「話し合って分かった……フクスロー一匹で十分。『葉っぱカッター』」
「へえ! だったらどこまで凌げるか見せてくれよ。『居合斬り』!」

 とぐろを巻いた態勢から体を伸ばす勢いを使った居合が葉っぱを全て切り裂く。そしてまっすぐ伸ばした体で『電光石火』を繰り出してフクスローを狙う。だが、その体を捕らえられずすり抜けた。フクスローの『影分身』だ。
 
「フクスローは飛ばした葉っぱを曲げられる……飛ばした方向を錯覚するくらい造作もない。『葉っぱカッター』!」

 オオタチの背後から数枚の葉っぱが飛んでくる。反転して逃げる前に体を薄く裂いた。

「ダチ、『電光石火』!」
「オオンッ!」

 再びまっすぐ伸ばした体での突進をするが、やはり当てられない。そして動きが終わったタイミングで再び木の葉が飛んでくる。周りの木々に隠れて撃っているのだろう、フクスローの能力も合わさり発射場所が絞れない。

「なるほど、他の二匹は隠れられなさそうだしね、だったらフクスロー一匹に託したほうがいいって戦法か」
「あなたは技で素早さが下がっても関係ないって様に見せたけど実際には綿胞子や電磁波は効いてるはず……違う?」
「ふーん、そこに気付くとはね……でも、まさか俺のダチが電光石火と居合切りしか使えないなんて思ってねえよな? ダチ、『吠えろ』!」
「まずい、耳を塞ぎなさい!」

 オオタチが思い切り息を吸い込む。それだけで回りの木々がざわざわと揺れた。巡達三人が涼香の指示に従い咄嗟に耳を塞ぐ。

「鼓膜を切り裂け、『ハイパーボイス』!」

 ジェット機が飛び立つような轟音が空間を支配する。巡達は涼香の指示で平気だが木々に隠れて撃つ機会をうかがっていたフクスローは驚いて木から落ちてしまった。

「フクスローってさあ、不意を突かれるとしばらく使い物にならないんだろ? やれダチ!」
「スワビー、『電光石火』ッ!」
「うおっ!?」
「オオッ!?」

 半ば錯乱状態のフクスローを仕留めようとしたオオタチに、川の上流から飛んできたオオスバメが思いっきり体当たりして川に叩き込む。勢いをつけたスピードにさすがの千屠も驚いたようだった。

「ぎりぎりセーフ! お待たせアキちゃん!」
「だから、明季葉……でも、悪くないタイミング」
「スワビー、続けて『エアカッター』!」

 二メートル近くあるオオタチは川の底に足をつけ悠々と身体を半分以上出す。だがそこへ空気の刃が浅く裂き仰け反った。

「このっ……! そんなちまちました攻撃、何発やったって無駄だってわかんないかなあ? ダチ、『とぐろを巻く』!」
「オオッ」

 オオタチが川の中に体を沈みこませる。水中であの蛇の構えを取っているのだろう。

「新人さんに教えてあげるよ。『とぐろを巻く』はただの構えじゃなくて立派な技。あの体勢で攻撃から守り、さらに体を伸ばす勢いを使うことでスピードと攻撃力を上げる珍しい技さ。次にダチが水面から出てきた時、オオスバメがどこにいようが切り裂く!」
「だけど、水中で地上と同じようには動けないんじゃないか?」
「舐めんなよ、ダチ、軽く『波乗り』をかましてやれ!」

 ざぶん、と小川がうねり、小波が地面に倒れたフクスローに覆いかぶさろうとする。咄嗟に明季葉が庇ったことで飲み込まれはしなかったが、そうしなければ川の中に引きずり込まれたかもしれない。

「というわけで、俺のダチは水辺であろうと問題なく戦えるのでしたー! むしろ水中に隠れればエアカッターなんか届かないし、残念無念また来週ー!」
「……それは違うぜ」
「は?」

 千屠が首をかしげる。今波乗りを起こしたのは間違いない事実だしオオタチの体は水に隠れているのに何を言っているのかと。しかしその時、川の上流から大岩でも転がってくるような音がどんどん近づいてくるのが聞こえた。そして、川の水位が少しずつ下がっていく。川底でとぐろを巻いていたオオタチの体が見えていく。

「おかしいと思わないか? いくらオオタチが俺たちより大きくたって、橋が架かってるほどの川なのに立ち上がっただけであんなに体が出るなんて」
「ははっ、そんなの川が思ったより浅かったってだけでしょ? そういうハッタリでダチを川から引きずりだそうったって、そうはいかねー」


 果たして、上流の木を何本かなぎ倒して出てきたのはゴロゴロと転がってくる巨大な氷の球だった。半径二メートル以上の球体となって、水底のオオタチへと突っ込んでくる! 


「だったら俺のスワビーが上流までサンドを運んで、川の水を凍らせて自分の体に纏って作って超特大の『アイスボール』! 斬れるもんなら斬ってみろ!」


 これが巡達三人で建てた作戦。今の巡達の攻撃ではまともなダメージにならない。時間はかかるがなんとか最大威力の『アイスボール』を叩きこめれば勝機はあるかもしれないが、時間になるまで向こうがサンドを放っておくわけもない。そこで一旦オオスバメが全力で上流まで移動してサンドを下ろし、川そのものをレールにして丸くなったサンドをがオオタチを襲うように川へ突き落したのだ。

「へえ……ちょっとはやるじゃん! 一瞬だけ本気が出せそうだよ、なあダチ!」
「オオオオンッ!」

 だが、千屠とオオタチは巨大な氷球に恐怖していない。むしろ楽しそうに迎える。その表情に、涼香は何を感じたのだろう、思わず咄嗟に、という勢いでヘルガーに指示を出した。

「ヘルガー、あの氷に『火炎放射』!」
「えっ!?」
「……ガッ」

 奏海が驚いて涼香を見る。しかしヘルガーは知らん顔をした。涼香が歯噛みして千屠を見る。

「さあ真打の大太刀、見せてあげるよ! 『アイアンテール』!」

 とぐろを巻いた態勢から、氷球の中央の高さまで飛び跳ねる。その勢いのまま、尻尾を鋼のように鋭く、硬く、研ぎ澄まされた日本刀のように降りぬかれ――川の水で作った氷が、バラバラに砕け散った。真ん中のサンドが川の中へ落ちて、もがくのを奏海が慌ててボールに戻した。涼香がため息をつく。

「嘘だろっ!?」
「ひえええっ……!」

 オオタチはくるりと宙返りをして着地し、氷を砕いた尻尾を見せつけるように振った。千屠はけらけらと愉快そうに笑う。

「あら、壊れちゃったか……でもなかなか面白かったよ! これで終わり? それともまだ何かある?」
「そこまでよ」

 巡が何か言う前に、再び涼香が前に出て。ヘルガーも傍らに出て、口の中に炎を燃やしている。

「涼姉、勝負はまだついてないぜ!」
「このまま続ければまずあんたのポケモンが死ぬわ。それでもいいなら、止めない」
「し、死ぬ!?」

 三人がぎょっとする。ポケモンバトルでは油断をすれば手持ちを死なせてしまうことがあると言われたことはある。でも今のはもっと断定的だった。

「いっけね。ちょっとテンション上がり過ぎちゃったや」
「テ、テンションって!」
「よし、今日はここまでにしとくか! なあダチー」
「オオッ」

 千屠は授業を終えた後の先生のようにさっぱりと言う。それは涼香の言うことについて否定する気がないことと、言い訳するつもりもないことの証明だった。

「千屠は、あのまま続けてたら……巡のポケモンを殺してた?」
「てゆっか、さっき中身のサンドごと斬ろうとしたんだけどね! 川の氷を急ピッチで固めたせいか脆かったから斬る前に壊れたけど。ラッキーだったね♪」
「なんでそんな簡単に言えるんだよ! バトル相手のポケモンを殺すなんて──」
「それの何が悪いの?」

 川に挟まれていなければ走って相手につかみかからんばかりの巡に、千屠が真剣な表情で言う。

「もし俺のオオタチが無抵抗にアイスボールに轢かれてたら、普通に死んでたよ? 自分は相手を殺すほどの攻撃をしたのに自分たちは殺されたくないっていうのは、甘ったれすぎだろ」
「……!!」
「極論ね。そんな心構えでバトルをしてる人なんて少ないわ。でも……戦う相手に殺気があるのかどうか、どういうつもりで戦ってるのかは見極められないとポケモンどころか、自分が死ぬ。これは事実よ」
  
 ポケモントレーナーもちょっと目が合っただけでこっちの状態なんてお構いなしでバトルを仕掛けて来るなんて当たり前。強盗や悪の組織が何の前触れもなく襲って来ることだってある。涼香と初めて会ったときに言われた言葉が実感を伴って襲ってくる。

「ふーん、俺を責めるでもなくやんわりというんだね……随分優しいお姉さんだこと。言われっぱなし、らしいけど悔しくないの?」

 千屠がにやにやしながら聞く。その表情はやはり巡にとっては気に入らないものだったが、涼香は頷く。

「言い返す意味なんてないわ。事実だから」
「えー何それつまんなーい! せっかく楽しいバトルだったのに興が冷めちゃうよー」
「知らないわよ、そんなこと」
「でもさ、そんな中途半端な態度じゃ横のヘルガーは不服なんじゃないの? なあダチ」
「……わかってる」
「オオッ?」

 オオタチは意味が分からなかったのか首をかしげる。そしてそれは巡も同じだった。でも二人は教えてくれる様子はない。

「じゃ、そっちはウェールズに行くんだよね。俺はフェローに行くから、一旦お別れってことで! そっちの新人さんたちも、文句はないよね。引率のお姉ちゃんが決めたことなんだから!」
「巡、認めるしかない」
「わかったよ……でも、次は負けない! 絶対だからな!」

 千屠は一瞬ぽかんとした後、やはり雲一つない空の日差しみたいな笑顔で言った。

「いいよ、次は負けないなんて言ってられる余裕がいつまであるかは知らないけどねー」

 言い返したいことは山ほどあったが拳でズボンの裾をぎゅっと握りしめて我慢する。奏海と明季葉が心配そうに巡を見つめる。この勝負に何より負けたくなかったのは巡だし、一方的に勝負を切られたあげく平然と手持ちを殺す気だったと言われて彼が平気なわけがないからだ。

「そりゃ悔しいしこいつにぎゃふんと言わせてやりたかったけどさ。涼姉がやめろって言ってるのに俺だけ怒ってても仕方ないだろ?」
「そう、ですか」
「……ちょっと見直した」
「ははっ、すっげーいい子ちゃんの回答だね。なら次を楽しみにしてるよ。……君達とはまた戦うはずだから」
「えっ」
「こっちの話ー! んじゃいくぞダチ!」
「オオンッ!!」

 千屠は走って橋を渡り、オオタチと共に走って去っていった。後には、巡達が残される。

「涼姉……ごめん、勝てなかった」
「謝ることないわ。さっきも言ったけど、本当のことだから」
「涼香は……昔、何があったの?」

 明季葉の問いは、責めるつもりのない純粋なものだった。涼香に対する『平気で人を裏切る』という言葉が気になるのは巡も一緒だ。涼香は少し俯いたまま言う。

「今は言えないわ。私にもよくわからない。ただ、私には被害者面する権利はないのよ」
「……よくわからない」
「わからなくていいわ。その方が、ずっといい」
「でもさ、今はってことはいつか話してくれるんだろ?」

 かもね、と涼香は答える。何か涼香には後ろめたいことがあるのだろう。つまり千屠のあの言葉は全くの嘘ではないということだ。

「けどけど、あいつは嘘つきだぜ! だって涼姉が平気で人を裏切れるならあんな辛そうな顔するわけないもんな!」
「確かに……」

 それは間違いないはずだ。千屠の言葉に多少なりとも傷ついた以上、平気だったとは思えない。

「……言うわね。でも、そんな風におだてたってレポートの提出期限は変わらないわよ」
「ちょ、そんなんじゃないって!」
「大丈夫、今のバトルで思ったことを書けばなんとかなる……」
「その手があったか! 愛してるぜ明季葉ちゃん!」

 明季葉が無言で電気針を出し、威嚇するので巡が慌ててトレーナーカードを出してレポートを書き始める。涼香がそれを見て再び周りの警戒に戻るのを、海奏は会話に関わることなく黙考していた。

「千屠のお姉様が、四葉様……?」

 千屠が巡達の横を通り抜けた時と、奏海の呟きは、他の三人に聞こえることはなかった。
 
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