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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百二十一話 自由惑星同盟の転生者たちが迎撃作戦に加わります。

帝国暦488年5月28日――。

 シャロンの眼は前にばかり向いているわけではない。

 自身を探りに来ている転生者の二人、カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム、アルフレート・フォン・バウムガルデンについても監視をつけていた。
 とはいえ、直接的に何かをすると言う事ではない。敢えて何もせずに泳がせておくのが彼女の手法だった。

 カロリーネ皇女殿下はウィトゲンシュティン中将の副官として自由惑星同盟の士官学校に勤務していたが、何もできずにじりじりとしていた。アルフレートにとっても同様であったが、彼は既にヤン艦隊の一員として戦場に旅立たなくてはならなくなっていた。当のシャロンは既にフェザーン方面に要塞と共に出立していったので、探りを入れるどころではなくなっていた。エア・ポートに見送りに行ったのがもうずいぶん昔のように思える。

 そんなおり、ウィトゲンシュティン中将に一人の来客があった。

「第三十艦隊司令官のコーデリア・シンフォニー中将がいらしています」

受付からその話を聞いたカロリーネ皇女殿下とウィトゲンシュティン中将は顔を見合わせた。

「ご存知ですか?」
「いいえ、それは艦隊司令官の名前であれば私もよく知っているけれど、それだけの話よ。私と直接の面識はないはずだけれど・・・・・」
「どうしましょうか?忙しいと伝えましょうか」
「いえ、時間も空いているし、相手に嘘をつくことはできない。その理由もないわ。ここに通してくれる?」
「はい」

 ウィトゲンシュティン中将は静かに来客を待った。このところ体は小康状態を保っているが、原因不明の病を患い、明日もどうなるかわからない身である。なるべくであれば自身が抱えている問題を整理してから逝きたいと思っているけれど、それとてもどうなるかわからない。

(せめてあの子たちだけは・・・何とかしてやらなくてはと思うのだけれど)

 世が世ならゴールデンバウム王朝に連なる大貴族の長の姫君として君臨する立場の亡命中将はそっと嘆息した。
 大尉中尉といった遥か年下の人間に対して、これほどまでに気に掛けることについて彼女自身驚きがなかったわけではない。元ゴールデンバウム王朝の人間として帝国に連なる亡命者で有れば、たとえそれが平民であろうが、貴族の師弟であろうが、一つの家を作りたいという思いは第十三艦隊司令官時代、そしてそれ以前から今に至るまでいささかも変わっていなかったが、あの二人に対する思いはそれとはまた別の要素を含んでいると思っている。それが何なのかは彼女自身よくわかっていなかったけれど。

 来客を告げるカロリーネ皇女殿下の声がした。ウィトゲンシュティン中将は一瞬眉を上げる。ドアが開き、カロリーネ皇女殿下が客人を案内してきた。引き下がろうとするカロリーネ皇女殿下にウィトゲンシュティン中将が声をかける。

「あなたもここに残ってちょうだい。・・・・その声音からすると、あなたたちは知り合いだったわけね?」
「いえ、正確に言えば、私だけが存じ上げていましたよ。この方は私の名前をご存じなかったわけですから」
「どういうことかしら?」

 コーデリア・シンフォニー中将は、金髪の中に一房のプラチナブロンドの髪をきらめかせながら、優雅に一礼した。緑色の瞳が一瞬少女のようにキラッと光る。

「改めまして、私は第三十艦隊を任されています、コーデリア・シンフォニー中将です。妃殿下方に置かれましては、ご機嫌麗しく」
「私はこの国では単なる亡命者。その殿下という言葉は慎んでもらえないかしら?それで、要件は?・・・・ちょっと待って」

 ウィトゲンシュティン中将はコーデリア・シンフォニー中将をまじまじと見た。

「今、あなたは妃殿下『方』と言わなかった?」
「―――!!」

 カロリーネ皇女殿下は思わず声を上げそうになったが、それを何とかこらえた。

「ええ、もしかしてご存じなかったのですか?そうでしたらそれは失礼を」
「・・・・・・・」

 ウィトゲンシュティン中将はカロリーネ皇女殿下を見た。その顔がみるみるうちに険しさを増していくのをカロリーネ皇女殿下はじっと見守るしかなかった。

「・・・・だいぶ以前、軍情報部ではゴールデンバウム王朝の偽姫君の話が出ていたわ。ゴールデンバウム王朝の継承者の一人であるカロリーネ・フォン・ゴールデンバウムが偽姫の疑惑を受け、忽然と姿を消したそうね」
「・・・・・・・」
「それがあなただったということなのね」
「・・・・・・・」

 カロリーネ皇女殿下はウィトゲンシュティン中将から発せられるオーラに身を縮めていた。それはそうだろう。自分がエルクの称号を帯びるほどのゴールデンバウム王朝の重鎮で有り、自由惑星同盟における亡命者の家長を自称していた矢先、偽姫とはいえこんな厄介な存在がいることを知ったら、良い気持ちはしないだろう。

「・・・・私は知っていたわよ」

 カロリーネ皇女殿下ははっとした。ウィトゲンシュティン中将が先程までの表情を消している。

「私にも伝手はあるわ。情報網というものではないけれど、銀河帝国においてカロリーネ・フォン・ゴールデンバウムが亡命したことは知っていたわ。そしてあなたが軍属になったこともね」
「・・・・ご存じだったのですか」

 カロリーネ皇女殿下はウィトゲンシュティン中将を呆然と見つめた。

「ただでさえ亡命者は肩身の狭い思いをしてこの地に暮らしているわ。けれど、あなたはその中でも自分の身分を隠して生きてこなければならなかった。亡命者には帝国を追われた旧貴族や官僚が多いの。ゴールデンバウム王朝の象徴ともいうべきあなたが亡命したと知れば、活かすか怨みをぶつけられるか・・・どのみちただでは済まなかったはずよ」
「・・・・・・・・」
「その状況下で、あなたはずっとずっと何年も身分を隠して過ごしてきた。生半可な人間にできることではないわ。アルフレートもよくあなたのことを守り抜いていた、と思う」
「・・・・・・・・」
「一つ言わせてもらうと、第十三艦隊にあなたたちを配属するように手を回したのはこの私。帝国からの亡命者だということであれば配属の手回しは簡単だったわ」
「・・・・・・・・」
「当初はあなたが偽姫か本物か見届けようと思った。偽姫ならばまだしも本物であれば、先ほど私が言った通り始末に負えない状況になるから」
「・・・・・・・・」
「でも、あなたはそんなことが些細に思えるほど、よく勤めていたわよ」

 ウィトゲンシュティン中将が微笑んだのをカロリーネ皇女殿下は初めて見た。
 カロリーネ皇女殿下は声を上げたかった。私はそのように評価される人間ではない、と。私はただずっとアルフレートを、ファーレンハイトを、シュタインメッツを、皆を縛っていただけの存在なのだ、と。

 だから――。

「私は――」
「この方は偽姫ではありませんよ。れっきとしたゴールデンバウム王朝の承継者です」
「――――!」

 カロリーネ皇女殿下とウィトゲンシュティン中将はコーデリア・シンフォニー中将を見た。

「カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム皇女殿下はゴールデンバウム王朝の正当な帝位継承者です。それも、サビーネ・フォン・リッテンハイム、エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクはおろか、エルヴィン・ヨーゼフ皇太子殿下に比して優先的に帝位継承権があるのです。何故なら――」

 コーデリア・シンフォニー中将は人差し指を一本天に立てて、カロリーネ皇女殿下を真正面から見た。

「あなたは帝国の33代皇帝オトフリート4世の晩年の末娘であるシルヴィア皇女の娘に当たられる方だからです。すなわち、帝国家系図においては、オトフリート5世の御兄妹、すなわち、フリードリヒ4世陛下の伯母君に当たられる方になります」
「―――――!!」
「驚かれましたか?」
「まさか、そんな!!」

 ウィトゲンシュティン中将が声を上げた。

「あり得ないわ!!オトフリート5世陛下は、フリードリヒ4世陛下を後継者になさったのは、他に人がいなかったからだと言われているのに!!」
「男子は、です。女児や幼少の殿下につきましては、数えきれないほどの皇族方がいらっしゃいました。と、言うよりも、凡庸な君主を求めていたのですよ、あの方は」
「・・・・・・・」
「有力な後継者争いは、それ自体が派閥を生じ、国家を二分する形になります。3兄弟、正確に言えば、長男とその弟との争いをご覧になられたオトフリート5世陛下は、つくづくそれを思い知ったのです。かといって、女児であっては夫君となる人及びその親族が帝国を牛耳ることとなる。その危険性は皇帝の妻とその一族が牛耳ることのリスクよりもはるかに大きい。したがって、凡庸な君主であることが明白化している唯一の人、フリードリヒ4世陛下を抜擢したというわけなのです」
「残念ながら、ケイト(カロリーネ皇女殿下の偽名はこれであった。)・・・・いいえ、もうカロリーネ皇女殿下と呼ばせていただくけれど、殿下の帝位継承はありえない事だわ。男児があれば男児に優先して帝位継承権が与えられることになっているのだから」
「・・・しかし、帝位継承権は本来であれば女児、男児にかかわらず、すべからく平等に分け与えられるもの、という考え方はゴールデンバウム王朝以前遥か昔からあったものです。それに――」

 コーデリア・シンフォニー中将は指を一本立てた。

「仮に女児に全く帝位継承権がないのであれば、何故ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムの息女が帝位継承に名乗りを上げられたのですか?」

 カロリーネ皇女殿下は息をのんだ。
 この世界においては、現実にリッテンハイムとブラウンシュヴァイクの帝位継承権争いが起こっている。結果としてその願望は果たせずに終わっているが、実際に起こったことは間違いない。そして、この質問はカロリーネ皇女殿下に向けられたものだった。

「と、いうわけです。今ゴールデンバウム王朝はカザリン・ケートヘン1世陛下が即位されていますが、それよりもはるかに以前、すなわちオトフリート5世陛下の妹君(と言ってもかなり年はそれこそ祖父と孫ほどに離れていますけれど)でいらっしゃる貴女であれば何の問題もありません」
「では、私にゴールデンバウム王朝の帝位継承者として名乗りを上げろというのですか?」
「まさか、そんな」

 コーデリア・シンフォニー中将は面白そうに手を振った。

「そんなことをすればシャロン・イーリスの手にかかって殺されるだけです。それも1秒もしないうちにね。私はそのような事を申し上げに来たわけではないのです」
「では、どういう要件?あいにくと私も殿下も暇な人間ではないの」
「私もです。ですから単刀直入に申し上げます。この事態を打開する策を」
「・・・・・・・。」
「銀河帝国、ラインハルト・フォン・ローエングラムと同盟を組むことです。正確に言えば、あなたが銀河帝国に帰還し、新たな君主としてラインハルトの輔弼の下に統治すればいいのです」
「は!?」

 思わず、声が裏返った。この人は今何と言ったのか・・・思わずウィトゲンシュティン中将を見ると、同様の表情で凍り付いたままコーデリア・シンフォニー中将を見ている。

「はい。常勝の英雄ラインハルト・フォン・ローエングラムが自由惑星同盟の最後の希望である不敗の魔術師ヤン・ウェンリーと同盟を組んで、シャロンを討つこと。これこそが唯一の選択肢であると私は思っています。と、言いますか、そうでなければあの怪物は倒せません」

 ついにコーデリア・シンフォニー中将はシャロンを人ではないような言い方をした。

「簡単に言ってくれるわね」

 ウィトゲンシュティン中将が苦々しそうに言った。

「ただでさえ自由惑星同盟と銀河帝国は仇敵同士。そんな間柄の人間同士が手を組むなどと・・・夢物語もいいところだわ。それに、あなたはそもそも論として、個人の名前を出したわね。ヤン・ウェンリーといい、ラインハルト・フォン・ローエングラムといい、正直なところ命運を託すに足る人物かどうか、私は測り兼ねているのだけれど?ヤン・ウェンリーはともかくとして、ラインハルト・フォン・ローエングラムを私は全くと言っていいほど知らないの。カロリーネ皇女殿下がご存じだったことにむしろ驚いているくらいなのよ」
「この人はそうは思っていませんけれど」

 不意に自分に視線が向けられたのでカロリーネ皇女殿下は思わず後ずさろうとして、危うく歩みを止めた。

「そうなの?」

 カロリーネ皇女殿下は逡巡していた。けれど、今までずっと自分の中で醸成していた思いを吐露してみたい気持ちもあった。ウィトゲンシュティン中将がどう思おうと、言うべきことは言わなくてはならない。

「ラインハルト・フォン・ローエングラム、そして、ヤン・ウェンリー。生まれも育ちも考え方も異なりますけれど、あの人に対抗しうるのは、あの二人しかいないと私は思っています」
「・・・・・・・・」
「何故か、とおっしゃられても困ります。これは・・・もうあまりにも突飛でどうしようもなくて私にもうまく説明できないからです。神様からの啓示とでも申し上げればいいかもしれません」
「・・・・・・・・」
「中将のおっしゃることは分ります。どこの誰とも知らない人間に命運を託すことなどありえない、と。そして、そもそも銀河帝国と自由惑星同盟はずっといがみ合ってきた存在、考え方も出自も、育ちもすべてが異なる存在、そんな存在同士が手を組むこと自体荒唐無稽だと。そういわれても仕方ありません。でも、今この状況は・・・・何というか、もうそんなレベルの話ではなくて・・・・すべての人が団結して立ち向かわなくてはならないほどの事態なんです」
「・・・・・・・・」
「私は一度銀河帝国を追われた身ですけれど、それをどうこう考えるよりも、未来を考えたいんです。私は非力です。皇女殿下などという身分などここでの私には何も意味するところではないのです。独りでは何もできません。自由惑星同盟に亡命して、そして、軍属になって、色々な方と巡り合って、ようやくそれがわかりました。けれど、それは今の事態を見過ごすという事にはならない!このまま黙ってみているなんて私には出来ない!!」
「・・・・・・・・」
「だから、私は中将がなんとおっしゃろうともコーデリア・シンフォニー中将のおっしゃったことに賛同したい、賭けてみたいんです。全ての人が夜明けを迎えられるために」

 ウィトゲンシュティン中将は2分間カロリーネ皇女殿下から視線を外し、じっと外を見つめていた。手が小刻みに震えているのは、カロリーネ皇女殿下の話を無視していたわけではないことを物語っている。

「本当はね、私が主人公だったら、などと考えないでもなかった」

 ぽつりとウィトゲンシュティン中将が漏らす。

「第十三艦隊司令官になって、帝国を追われた亡命者たちの家長となって、自由惑星同盟軍を率いて帝国に帰還し、旧体制を一掃して民衆を解放できたらなんて埒もないことを考えていたわ。でも・・・・・」

 ウィトゲンシュティン中将はと息を漏らした。

「あなたの言うように、結局一人では何もできなかったし、夢想するだけでは駄目だったという事なのね・・・・」

 ウィトゲンシュティン中将はプラチナアッシュの髪を指でなぞらえ、グレイの瞳を伏せた。

「コーデリア・シンフォニー中将。一つだけ聞きたいわ。この子の身柄をあなたに預けたならば、あなたは今後どうするつもりかしら?」
「ウィトゲンシュティン中将閣下!!」
「カロリーネ皇女殿下・・・いえ、ケイト。今のあなたはケイト・ルクレール中尉。今はコーデリア・シンフォニー中将と話をしているのよ」

 気圧されたようにカロリーネ皇女殿下が黙る。コーデリア・シンフォニー中将は面白そうに二人を見比べていた。

「私はこんな身体だもの。この子を羽ばたかせることはできない。宇宙艦隊に復帰でもできれば話は別だけれど、もうそんなことは無理でしょう。ここに残って彼女の動向を探ろうとしたけれど、良手を思いつかないまま、私はこの子をここにつなぎとめている。仮に、あなた方の提案を実行に移すのであれば、まずはヤン・ウェンリーとラインハルト・フォン・ローエングラムを接触させなくてはならない。だとすればここにいる意味はあまりないと思うけれど」
「本当にそれでよいのですか?」

 コーデリア・シンフォニー中将が尋ねる。ウィトゲンシュティン中将はカロリーネ皇女殿下に目をやり、そして大きくうなずいた。

「この子の気持ち次第だけれど、私はそれでよいと思っているわ」
「第三十艦隊は新設して間もない艦隊であり、練度も第十三艦隊等とは比べ物になりません。おまけに私の艦隊はほぼシャロンの信奉者で構成されているといっていいでしょう。ウィトゲンシュティン中将、そんなところに皇女殿下を放り込むつもりですか?」
「訂正してくれる?あなたに任せるのはカロリーネ皇女殿下ではなく、ケイト・ルクレール中尉。つまり私の部下よ。この子もさっき言ったわ。ここでの私の皇女殿下としての地位は何の意味もなさない物だと」
「あなたはどうですか?カロリーネ皇女殿下」
「ウィトゲンシュティン中将の御傍にいられなくなることはつらいけれど、でも、私にはやらなくてはならない責務があります。それを成すために、ぜひあなたの艦隊に籍を置かせてください」

 カロリーネ皇女殿下はコーデリア・シンフォニ―中将を見つめながら言った。

「聞いたでしょう?この子もそれだけの覚悟をもって先ほどの言葉を言ったはずよ。であればこそ、私はそれに応えてやりたい。こんなことを言える立場ではないことを重々承知しているけれど、どうかあなたの艦隊にこの子を配属させてもらえませんか?」

 コーデリア・シンフォニー中将はウィトゲンシュティン中将を見つめていたが、やがてうなずいた。そして端末を取り出して、通信回路を開き、何か話していたかと思うとすぐに通信を切った。

「あなたの転属についてはまだはっきりと決めることはできませんが、此方の方でも準備はしておきます。ウィトゲンシュティン中将、それで――」
「ええ、わかっているわ。すぐに人事局に掛け合って彼女を異動させる手はずを整えます」
「彼女がそれを承知するでしょうか?」

 ウィトゲンシュティン中将は薄く笑った。

「シャロン・イーリスのただ一つの弱点は、慢心、よ。自身が絶対である人間ほど足元にある小さな傷を顧みることはないの。この子が前線に行こうと行くまいと、シャロンは気にも留めないはずよ」
「・・・・・・・」

 コーデリア・シンフォニ―中将は少しの間ウィトゲンシュティン中将を見つめていたが、

「シャロン・イーリスを侮らない方がいいですよ。彼女は顧みることが『ない』のではなく『放置』しているだけなのだから。・・・・・では、手続きが終了次第、第三十艦隊司令部に来てください」

 コーデリア・シンフォニ―中将が部屋を出ていった後も、長い長い時間が二人の間に流れた。声に出さなかったがそれぞれが相手の考えていることを理解していた。恐らく反芻しているのだろう。二人が最初に出会ったから今この瞬間までの事を。

「さぁ」

 ウィトゲンシュティン中将がカロリーネ皇女殿下に声をかけた。回想と記憶の廻廊を歩んでいたカロリーネ皇女殿下は深い忘我の境地から引き戻された。

「あなたには準備があるわ。引継ぎと着任の準備が。あまり時間もないのだから、すぐに準備に取り掛かったほうがいいと思う」
「閣下・・・あの、私――」

 ウィトゲンシュティン中将は勢い込んでしゃべろうとするカロリーネ皇女殿下を制した。

「私の事は気にしないこと。これが私からの最後の命令よ。あなたは言ったわよね?自由惑星同盟も帝国も関係なく、全ての人が団結しなくてはあの女は倒せないと、そして誓ったんでしょう?そのためにあなたは走り続けるのだと」
「はい」
「なら、私の事は顧みない事。これからの事に比して私の事は砂粒にも満たない些末な事柄だわ」
「いいえ!!」

 カロリーネ皇女殿下の語気が激しかったので、ウィトゲンシュティン中将は口をつぐんだ。

「いいえ、閣下、私は誓ったんです。今この世界に生きている全ての人が夜明けを迎えられるように、って。そんなこと不可能なことは分っています。知ってます。だってそのためにまた戦いをするんですから。でも、そんなことを言って目の前の人一人放置するくらいなら、最初からやらない方がずっとましなんです!!」
「・・・・・・」
「だから、お願いします。私が・・・・私たちが戻るまで、どうか、壮健でいてください」

 ウィトゲンシュティン中将は微笑した。透き通るような微笑だった。

「必ず、ですよ」

 念を押したカロリーネ皇女殿下は敬礼を捧げ部屋を出ていった。

「必ず、か・・・・」

 ウィトゲンシュティン中将はドアが閉まる音を聞きながらつぶやいた。彼女自身がわかっていた。自分に残された時間はそう多くはないのだと。そしてそれはカロリーネ皇女殿下が帰還するまでの間に比してあまりにも短いのだと。

(けれど・・・・・)

 ウィトゲンシュティン中将は透き通った手を陽光きらめく外に透かして見た。

(この血が流れている限り、そしてそれが止まったとしても私は誓う。どこにいようと何をしていようと、あなたを・・・あなたたちを最後まで見届けると。だから・・・・お願いね、未来の創り手さん)

 ウィトゲンシュティン中将はそっと目を閉じた。
 
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