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Blazerk Monster

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四葉のクローバー

「全く……旅する前からひと悶着起こすとは先が思いやられるな」 

 ヒトモシとの戦いから約二時間後。巡は荷物を整理した奏海や元気を取り戻した明季葉と共に博士の研究室を訪れていた。目つきの悪い博士がヒトモシと戦った話を聞いて、涼香の方を見て睨む。巡達三人は用意された椅子に座っているが、涼香は壁にもたれて話を聞いている。博士相手だと暴れかねないヘルガーとヒトモシは研究所の外で待機させておいた。

「とにかく、お前達はこれから厳しい旅に出る。引率者がついているとはいえそれが油断していい理由にはならんことはわかっただろう」
「うんうん、すっげーよくわかった!」

 巡が元気よく答える。他の二人も抵抗なく頷いているから不服はないのだろう。以下、ポケモン博士として旅のトレーナーへ言葉を送る博士を見ながら、涼香は四葉の両親と話したことを思い出す。

(……おじさんとおばさんは、四葉が自分の意志で私を騙したことを知らない)

 四葉が自分に語ったことをそのまま話したわけではない。二人は自分を責めこそしなかったが、かといって罪悪感を抱いたりそれを隠したりする様子はなかった。自分が不正を犯したことについて四葉は何と言っていたかを聞いたが二人は口をそろえてこう言った。

(残念だけど、僕達の関係が終わったわけじゃない……四葉はおじさんとおばさんにそう言った)

 チャンピオンになった後すぐに二人に会いに来たそうだからもう一年前のことになる。その時点でやはりこうするつもりだったのだろうか。絶望した自分を拾い上げて、こんな旅をさせてまで自分を追い詰める気だったのか。わからない。ただ、それ以上問い詰める気にはならなかった。四葉は昔から病弱で、幼い頃は調子が悪いと一週間以上寝込むこともあった。それを熱心に看病したのは四葉の両親だったし、もともと都会暮らしだったのを四葉の体を考えて空気の綺麗な田舎に来たと聞いている。そんな人たちに、あなたの娘が私を陥れましたなどと言えようはずがない。代わりに涼香の家族は弟が死んだ後どうしたのか聞いた。弟を殺したのはお前だと両親に勘当された後連絡は取っていないからだ。

(あの子が死んでからしばらくして引っ越した……か。そりゃそうよね、私のせいであの子が死んだ家でなんて暮らしたくないでしょう)

 逃げるようにこの町を去っていったためどこへ引っ越すかはとても聞けなかったらしい。恐らくこの町の人間はみんな知らないのだろう。
 
(チャンピオンになってからは自分が表で勝負することはほとんどなく、チャンピオンとしての権限を使ってこの国のシステムをいろいろ変えている……トレーナーのジム巡りに関するルール変更もその一環、か)

 巡達にも聞いてみたが彼女は四葉がどんな人物かまでは知らないらしい。奏海と明季葉は新しいチャンピオンになった時のニュースなどで顔は知っているが、巡は一年前の記憶喪失のため全く知らないと言っていた。システムの変更は博士が三人にめぐるジムの数は涼香や四葉の時代は八つだったのだが今年から四つになったと説明しているのもその一つ。この地方が抱える問題にいくつも着手しているらしいが解決されるにはまだまだ長い年月がかかると彼女は言っていたらしい。涼香はこの一年ニュースなど真面目に見る気にならなかったのでよく知らないのだが他にも色々とやっているらしい。

(四葉は昔からこの国をもっとよくしたいって言ってた……でもあの子には、普通の人間のように仕事に就いて地道に働くことはできない)

 四葉の病気はトレーナーとして旅するときも治っていたわけではない。というより一生付きまとう不治の病だ。普通の仕事について毎日働くこと自体が不可能なほど。ならなおさらトレーナーになるなど無謀だと人は思うかもしれないが、彼女にしてみればむしろ途中で具合が悪くなってどこかの街にしばらく停滞しても問題なく、チャンピオンになりさえすれば一気に頂点に立てるリーグチャンピオンこそが唯一の活路だったのだ。旅の初め、まだお互いに支え合って次の街を目指していたころは彼女はよくそう口にしていた。

(私を嵌めたのはもしかしたらあくまでチャンピオンになるため……? あんなことを言ったのは私にどんな形であれ立ち上がってほしかったから……?)

 そうであったと彼女が認めたら、自分はどう思うのか。お互い負けたくない事情はあった。なのに卑怯な手段を用いたことは責めるだろう。弟の死は四葉にとっても想定外のはずだ。涼香の自己責任でもある以上、恨む権利はないのかもしれない。

(いや……そうだとしても四葉と私のせいであの子が死んだことに変わりはない。どのみち、真実を聞き出すしかないわ)

 そう言い聞かせる。同時に博士の話も終わったようで、助手がプロジェクターを起動し博士がパソコンを操作する。博士はこう言った。

「俺からの話は以上だ。最後に……現チャンピオン、四葉からはなむけの言葉があるらしい。テレビ電話になるが、お前らポケモントレーナーの頂点に立つ人間の言葉だ。聞け」
「四葉様が直々に……」

 奏海がぎゅっとフルートの入ったケースを抱きしめる。四葉の名前が出た途端かなり緊張したように見えた。巡と明季葉は驚きつつも様子は変わっていない。博士がマウスを弄り、プロジェクターに映し出されたのは、立派な椅子に座る四葉と、彼女の相棒であるジャローダが椅子を取り巻くように鎮座する姿だった。背を持たれさせながらも両手を膝の上に置いて静かに待っていたようだった。

「体細っ……チャンピオンっていうから俺もっと強そうな女の人かと思ってた」

 確かに四葉の外見はとても勝負事が強そうには見えない。白い肌と髪、立派な椅子が余計大きく見えるほど抱きしめたらどこか折れそうなほど細く身体、少しこけた頬は不健康にさえ見える。だが彼女の頭脳は体のハンデなどものともしない強さがあることを涼香は知っている。

「……良かった。無事に始められそうだね」
 
 四葉は三人を見て言う。しかし内容は自分に向けられていると涼香は直感で理解したが、今何か声をかけるのは得策ではない。壁にもたれたまま知らぬふりをした。その胸中すら見透かされているのか、四葉はくすりと笑う。

「まあ、そんなに身構えずに聞いておくれ。僕はこの一年間、君達新人のトレーナーが安全に旅を行えるように色んな調整をしてきた。だから君たちの旅の結果が僕のチャンピオンとしての仕事の成果になると思ってくれていい」
「……責任重大」
「いいや、僕が言いたいのはむしろ逆なんだよ」
「えっ……?」

 明季葉の言葉をあっさりと否定する。意外だったのか巡と奏海の肩が少し跳ねた。

「だけどね、それはあくまでこれからのトレーナーに旅を楽しんで、人生の糧にしてほしいからなんだ。僕が与えた権利は遠慮なく使ってくれていいし、いっぱいこの地方を回ってポケモンや人間たちに触れてほしい。それが僕のチャンピオンとしての望みなんだ」
「すっげー! いろいろ難しいこと考える人って聞いてたけど、なんだ四葉さんっていいお姉さんじゃん!」

 巡が感動したように言う。本性も知らずに呑気なものね、と涼香は思った。

「まあそれも昔の旅は色々危険が多かったからなんだけど……その辺の話は博士やそこの引率者がさんざんしてくれただろう? だから僕からはおいておくよ」
「ふん……子供には何度言っても足りんくらいだと思うがな」

 博士は四葉の言葉に鼻を鳴らす。博士は博士で子供たちを案じて厳しい態度を取っているのでそこを揶揄されるのはいい気分はしないだろう。

「さて、じゃあ僕から君たちへのお約束の言葉を述べようか」
「何か特別なことがあるのですか?」
「そんな大層なものじゃないよ。全ての地方で旅立つトレーナー達に送られてきた慣例のようなものさ……」

 奏海の問いに四葉は軽く咳払いをしてから、読み上げるような口調で述べ始めた。それは涼香と四葉が三年前に聞いたものとほぼ同じだった。


「君達は今から始まる旅の主人公となって冒険の旅に出発する。街角、家の中、道路、草むら森の中……色々なところにいる人たちに話しかけて、困っている人がいれば助けてあげてほしい。そうすることで君達は旅をする意味を持つことができる。時には人々が勝負を申し込んできたリ野生のポケモンが立ちふさがることもあるだろう。でもそれらに打ち勝つことで君たちは強くなっていくんだ。だけどね。この旅の目的は強くなることなんかじゃない。旅の中でいろんな人と巡り合って、自分自身を成長させることが、一番大きな目的だと心に刻んでおいておくれよ」


 全く澱みのない、物語の語り部のような綺麗な言葉だった。三人の子供たちはポケモントレーナーとして認められる儀式の一つとして、神妙な面持ちで聞いているようだった。

「ふう……かつて自分がかけられた言葉を言う側になると年を取った気になるよ」
「ぬかせ、十八の小娘が」
「十八の小娘にとって三年という年月は長いんだよ。君もそう思うだろう?」
「……!」

 四葉の視線が涼香に映る。このまま話しかけずに終わらせてくれることを少し期待したがやはりそんな素直な性格を四葉はしていない。三人も涼香を見て、彼女の意見を待っているようだった。

「……そうね。凄く色んなことがあって……凄く色んなものが無くなったわ」

 出来るだけ無感情に言おうとした。でもそうするにはポケモントレーナーとして過ごした時間は映画館で見たポケウッドの大作よりもはるかに濃く、そしてそれを失って過ごす虚しい時間はスロー再生したDVDのように退屈に長かった。子供たちや博士何か言う前にに四葉が拍手をする。

「いい言葉だね。そう、ポケモントレーナーとして旅をするということは何も得る物ばかりではないということだよ。町の人とも別れもあるし、一緒に過ごしたポケモンとの別れも起こりうるだろう。もしかしたら隣にいる誰かがいなくなる可能性だってある。そのことを忘れてはいけないよ」
「涼姉、今の言葉って……」
「……そう言うことよ。あんた達も覚悟しておきなさい」
 
 四葉に都合よく言い換えられるのは気分が良くないが、本心ひいては素性をこの場で話されるのはもっと困る。いずれは話さなければいけないが、今この場で子供たちに知られて自分を引率者として同行することを拒否されたら四葉に真実を聞き出すことは不可能になるだろう。その逡巡を知ってか知らずか、四葉は笑みを深くする。すると椅子の周りで大人しくしたジャローダが突然動き出し、椅子に座る四葉に突然自分の体の一部である蔦を朝顔のように巻き付け始めた。四葉が苦しむ様子がないので締め付けられているわけではないのはわかるが、それでも子供たちが驚いた。

「おっと、もう時間だったね。ありがとうクローバー」

 四葉は自分に頭を垂れるジャローダを撫でる。クローバーとは彼女のジャローダのニックネームだ。四葉は自分の信頼する手持ちにはニックネームをつけるタイプである。そして今四葉の体に巻き付けたのは、攻撃やスキンシップではなく、四葉の体を考えての事であると涼香は知っている。

「四葉さん……それは?」
「ああ、吃驚させてしまったね。僕は見ての通り虚弱だから定期的にクローバーに光合成で得たエネルギーを分けてもらってるんだ。美味しい野菜の栄養を貰うようなものだと思ってくれていいよ」
「良かった……てっきり四葉さんって巻き付かれるのが好きな趣味があるのかと思ったぜ」
「巡兄さま、変な想像はおやめください」
「……巡は最低」
「ちょっ、まっ、そういうのじゃないから!」

 奏海と明季葉から白い目を向けられて慌てて否定する巡をイワンコ達がじゃれているのを観察するような眼で四葉は見ていた。三人が落ち着くのを待ってから、四葉は蔦が巻き付いたまま口を開く。

「最後に、せっかくクローバーに注目してくれたところで僕個人からはクローバーの花言葉を送ろうかな。君達は知っているかい?」
「クローバーってあの三つとか四つ葉っぱがあるやつですよね……花言葉があるんですか?」
「俺も知らないぜ。アキちゃんは?」
「……明季葉も知らない。後アキじゃなくて明季葉」

 クローバーという植物にはいくつもの花言葉があることを昔四葉から聞かされた涼香は知っているが、口には出さない。知らない様子の子供たちに四葉はこう言った。

「『幸運』と『約束』さ。君達はこれから色んなところに行って様々な人に会うだろう。運のいい時も悪いときもあるだろうけどいい人に巡り合えた『幸運』と他人と交わした『約束』は別のところへ行ったとしても決して忘れないんでほしいんだ。ポケモントレーナーをやっていると、別の街にあるものを持ってきてほしいなんて頼まれることもあるしね。人の巡り合いに感謝して約束を守ればきっとそれは君達自身の役に立つはず……僕からはこれで以上だよ」
「おお……やっぱチャンピオンってすげえな!」
「……お言葉、胸に刻みます」
「……じゃあそうするって『約束』する」

 話を終えた四葉に子供たちが感銘を受けたように答える。涼香は内心で舌打ちした。四葉の言った花言葉は本当だが、それ以外にも意味がある。そしてそれは自分に対する当てつけのようだった。

(クローバーの花言葉の一つは『復讐』。あの子は、本当に……)

 四葉の本心はわからない。何かあるごとに別の可能性を考えてしまう。いつからわからなくなってしまったのだろう。あるいは昔の自分が理解者を気取っていただけだけだったのかもしれない。でも後悔しても改めることも失ったものを取り戻すことも出来ないのだから考えても仕方ないことだった。

「それじゃあ、君達の活躍を祈ってるよ。巡、海奏、明季葉……そして涼香。しっかりサポートは頼んだよ」
「……」

 返事をしない涼香に構わずプロジェクターの画面が消える。向こうが通信を切ったのだ。巡が勢いよく椅子から立ち上がる。

「よっしゃあっ!! 四葉さんから色々教えてもらったしじゃあさっそく出発しようぜ! 俺たちの旅の始まりだ!!」
「……そうですね。気を引き締めていきましょう」
「でも楽しむことも大事……そう言ってた」

 奏海と明季葉も立ち上がる。それぞれ考え方は違えどかつての自分のようにこれからの旅へ、そしてその先の未来への意気込みがあるのは見て取れた。涼香にはそれが随分眩しく思えてしまう。やりたくてやるわけではないが、本当に自分に彼らを引率できるのか。いずれ素性が割れた時、非難されるのではないかと思うと怖くないと言えば嘘になる。

(それでも……私にはこれしか用意された道はない。四葉が私を意図的に操っているつもりなら……いつかその糸は、焼き尽くす)
「涼姉ー! 行こうぜ、俺たちが道を間違えそうになったら案内してくれよなっ!!」
「っ……!」

 巡が涼香の腕を引っ張り一緒に彼らの後ろについて部屋を出る。巡の何気ない言葉に聞き返す。

「……後ろを?」
「うんうんっ、引率のトレーナーって言っても涼姉はガンガン先導する気はないんだろ? 俺達もやっぱり自分の旅は自分で行先を決めたいからさ。涼姉には後ろについててもらうのが一番かなって三人で相談したんだぜ!」

 奏海や明季葉が頷く。その言葉に涼香は少しだけ胸のつかえがとれた気がした。後ろに控えて見守る役目なら、そこまで気負わなくてもいい。少なくとも彼らに自分の汚れた背中を見せながら旅をするよりはずっといいはずだ。二時間前巡達に言ったのはこういう効果を期待しての事ではなかったが、それでも彼らは涼香の言ったことを受け止め旅に真剣に向き合っていることが伝わってくる。

「……じゃあそうさせてもらうわ。ただし、それならちゃんと指示した時は聞くのよ」
「イエッサー!」
「巡兄さま、それは女性相手には間違いです」
「奏海、そこはどうでもいい……わかった」

 とりとめのない子供たちの会話を後ろで聞きながら、研究所を出てかつて旅した道のりをもう一度歩く。ヘルガーが自分の隣を不機嫌そうに歩き出し、ヒトモシが定位置と言わんばかりに汲んだ涼香の腕にふよふよと乗る。目の前の三人には旅の果てに全てを失った自分とは違う未来へ行って欲しいとほんのわずかに願いながら、涼香は歩き出した。 
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