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『賢者の孫』の二次創作 カート=フォン=リッツバーグの新たなる歩み

作者:織部
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魔人変生

 
前書き
 ぶっ飛ばせ常識を~♪ 

 
 その日のオリバー=シュトローム特別講習は郊外の一軒家で行われた。
 瞑想することで魔力制御を高めるという内容で、薄暗い室内には特別な調合をされた没薬と乳香の生み出す不思議な香りに包まれている。

「すべての中心がおのれであれば、おのれを活かせば世界も生き、おのれを壊せば世界も滅びるのが道理」

 シュトロームの口から同性すら魅了する蠱惑的な声が響く。

「ならば、おのれの思うがままに生きれば、それこそが世界を支配することに他ならない。誰にも負けることはない」

 魔性の声が生徒達の精神に浸透し、揺さぶりかける。

「勝つ。負ける。それは心のありよう。欲しいものを手に入れ、不要なものを壊す。おのれが世界の中心なのだ。手に入らぬものはいらぬもの、壊せぬものは必要なもの。手に入らぬものはいらぬもの。壊せぬものは必要なもの」

「「「手に入らぬものはいらぬもの、壊せぬものは必要なもの。手に入らぬものはいらぬもの。壊せぬものは必要なもの――」」」

 特に決められていたわけでもないのに、自然と生徒達はシュトロームの言葉を復唱する。

「アウレリア。美しく可憐で聡明な貴族のお嬢様、君はなにを楽しむために生きている?」
「……貴族の嗜みで魔法を学び、社交界の華として羨望の眼差しで見られたい」
「喝采願望と自己顕示欲か、実に素晴らしいね。ブラハルト。君はなにを楽しむために生きている?」
「……おなじ上流階級の貴公子との甘い恋愛を楽しみたい」
「おやおや、色欲だけでなくソドミーかい? 肉欲に溺れようとする、その心。実に素晴らしいね。エードルフ。君はなにを楽しむために生きている?」
「……財産を築いて豪邸に住むこと」
「金銭欲か、実に人間らしい素直な欲求で好きだよ。プハルマー。君はなにを楽しむために生きている?」
「……出世。位人臣を極めて名声を得ること」
「肩書きや役職で得られる功名。これもまた人らしくて良いね」

 シュトロームは生徒達の欲望の吐露の数々を満足して聞いていった。
 俗物どもが。おまえ達の歳にしてすでに腐っている。これだから貴族なぞ、平民なぞ、人なぞ、等しく愚かで無価値なのだという自身の考えを肯定する彼ら彼女らの言葉に暗い悦びを抱く。

「カート。君はなにを楽しむために生きている?」
「…………」
「どうしたんだい? 恥ずかしがらずにみんなみたいに素直に言うんだ。貴族の嗜みとして剣や魔法が上手くなりたい、おなじ上流階級の淑女とのラブロマンス、今よりも財産や地位を築くこと、富と名声、栄誉と勲し、好きなんだろう? これらのものが」
「はい、好きです」
「ふふふ、すべてを求めるとは、君はとんだ強欲(グリード)だね。やはり私の見込みんだとおり――」
「……けれども、それら以上に好きなものが、欲しいものがあります」
「ほぅ、それはなんだい?」
「領民の――、いいえ、すべての民の笑顔を見ることです」
「――ッ!!」

 驚愕がシュトロームを貫く。
 術は完璧。みんな本心からの望みを口にするようになっている。目の前の少年は、カートは本当に民の笑顔を見たいと願っている。
 かつての、自分のように。

「綺麗事を!」

 あってはならない。
 領主を慕う領民、領民を想う領主など、もう存在してはならないのだ。
 否。最初から存在などしていないのだ。
 信じれば裏切られる、信用すれば殺される。それがこの世界の真実だ。
 偽善と虚飾に満ちた世の中を改革する。本能と実力のみで生を勝ち取る魔人が跋扈する修羅の巷。それこそが彼の、シュトロームの創ろうとする世界だ。
 もはや悠長な真似はしない。シュトロームは強引にでもカートを闇に沈めることにした。
 魔人(ディアボロス)種子(シード)を埋め込み、覚醒させる――。



 まるで人が変わったかのように振る舞うカートの噂はすぐに広がった。
 唾棄される行為とされている魔法学院内での権力を振りかざして他者を害する行為。いや、学院内だけにとどまらず、あちこちで伯爵家の威光を笠に着て乱行におよぶカートはすぐに父であるラッセルの命により拘束された。 
 自宅謹慎中のカートのカウンセリングという名目でリッツバーグ邸に訪れたシュトロームは敷地内に足を踏み入れた瞬間、奇妙な圧迫を感じた。
 空気の壁に阻まれているような、水の中を歩いているような抵抗を感じる。

「魔力障壁……? 結界というやつですか」

 悪しきものの侵入を防ぐために邸の四方に配置された法眼の護符が反応しているのだ。

「この種の地味な魔法はこの国の者達は不得手だったはず。どうやら例の男の仕業のようですね」

 魔力を纏い、強引に歩を進める。
 ありあわせの品で作った即席の護符だ。シュトロームの魔力に抗しきれず、すぐに呪力を使い果たし、札は燃え尽きた。
 中庭にさしかかると今度は周囲に霧が沸き立ち、視界を塞ぐ。もとより眼帯をしており魔法的視覚で周囲を関知しているシュトロームであるが、この霧はその魔法的視覚すら狂わせた。

「これはこれは! 【迷路(メイズ)】ですか。闇雲に歩き回っても目的地にはたどり着けず、堂々巡りさせる幻惑魔法。魔法を『兵器』としか考えていない火力バカな連中には考えもつかない芸当ですね」

 シュトロームが意識を集中すると、その体が重力の枷から外れ垂直に浮かび出した。浮遊魔法だ。
 霧の影響を受けないであろう上空に逃れて進もうとしたのだが――。

「――ッ!?」

 危うく地面に「頭から」衝突しそうになり、あわてて方向転換する。どうもこの霧は地上のみならず上空にも作用するようで、距離感や平衡感覚を狂わせる。
 こうなると空中浮遊はかえって危険だ。今のように地面に激突しかねない

「ならば霧自体を払うのみ。ハァァァーッ!!」

 『宇宙の騎士テッカマンブレード』のアフレコ中にマイクをニ本破壊できる程の音量で叫ぶと、上空に熱気を放つ灼熱の炎塊が生じるとともに突風が吹き出した。
 霧が発生する原因のひとつは気温が下がることで大気中の水分が飽和状態になることだ。
 気温が上がるか飽和状態の空気を飽和していない空気に入れ替えることで晴らすことができる。
 実際に朝霧は太陽が顔を出すと急に消えてしまうし、山や谷の霧は風によって散らされることが多い。
 温度を上げる。大きな空気の流れを作る。
 シュトロームはこのふたつを同時に実行したのだ。
 魔の霧はたちまち雲散霧消し、シュトロームの行く手を遮るものは無くなった。

「ふふふ、こういう搦め手、嫌いじゃないですよ。キイチ=ホーゲン、いよいよ欲しくなりました。しかしそうなると困りましたね。アイゼルさんがうっかり殺してしまわなければよいのですが……ん?」

 正面玄関に続く道の両脇にはいくつもの彫像が建てられていた。カートの家庭教師としてリッツバーグ邸に幾度も足を運んでいるシュトロームはその数が増えていることに気がついた。
 魔力感知(センス・マジック)を発動させるが、特に異常はない。

「ふむ……」

 警戒を怠らずその前を通った瞬間、彫像が突如として動き出した。

「悪意や敵意に反応して侵入者を迎撃する守護者(ガーディアン)。しかも普段は【隠蔽(シースルー)】が施されていて見抜くのは困難。素晴らしい!」

 称賛の声を上げつつシュトロームは瞬時に数十もの魔法(マジック)(ミサイル)を展開させ、応戦した。圧縮された魔力の塊は板金鎧(プレートアーマー)を貫くボウガンの矢すら凌駕する威力と速さを備えている。守護魔像(ガーゴイル)は容赦なく破壊され、瓦礫と化した。

「いい。凄くいい! エクセレント! こういう術の使える人材が欲しいのですよ。ああ、アイゼルさん。キイチのことを殺さないでくださいよ」

 昂る感情を表情には出さずに呼び鈴を鳴らして使用人を呼ぶと、中に入る。

「これはシュトローム先生、お久し振りでございます」
「ええ、お久し振りです。ここに来るのはカート君が学院の試験を受けて以来ですね」

 かくしてカートはシュトロームの手で最終調整を施され、魔人と化すこととなる。



 馬を駆り、おっとり刀で駆けつけた法眼は自らが施した守護の呪術の数々が破壊されていることに舌打ちをする。

「もどかしいな。きちんとした触媒さえあればこちらの世界でも充分な結界を構築できるのに」

 邸の窓が内側から壊され、飛散したガラス片と共に人の姿をしたなにかが降り立つ。
 闇の気配に、陰陽の均衡の崩れた瘴気に、暴走する魔力に纏われたもの。鬼灯のように赤い目をした、鬼と化しつつあるカートだった。

「殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロコロコロコロコロロォォォォォ……シン=ウォルフォードォォォ! 殺してやるぅぅぅ!!」
「外法の技にしてやられたか。最初に見た時はあっさりと落ちたから、どこぞの雑霊にでも憑かれたものかと思ったが、もっと厄介な外法の者につけ狙われていたようだな」

 人の心には誰しも陽と陰がある。風の流れや川のせせらぎなど、この世界を形造る森羅万象にも同じように陽と陰がある。その陰に見入られた者は外道に堕ちると言われている。
 人ならざる、異形の存在へ。
 その法は外法と呼ばれ、人の世に、法眼のいた世界では今もなお密やかに受け継げられている。
 どうやらこの世界にも同様の外法が存在するようだ。

「だ、誰かカート様を止めてくれ!」

 使用人達が遠巻きに囲むも、その異様なありさまに恐れおののき手出しができない。

「ジャマを……するな、ドケ!」

 虫でも振り払うかのように手を動かすと、突風が生じて周囲を囲む人々をなぎ払う。
 ただの強風ではない。
 瘴気をはらんだ魔の風は人々の生気を奪い、身体を蝕み衰弱させた。
 庭内に生えていた草花が一瞬で枯れ果て、池の水は濁り腐る。
 これが、魔人だ。
 魔人の放つ、歪み、澱んだ、邪悪な気の作用だ。

「バン・ウン・タラク・キリク・アク。五行連環、疾く!」

 法眼が空を目がけて剣指で五芒を描き呪文を唱える。
 空中に輝く五芒星、セーマンが出現し、光の帳が下ろされた。
 堅固な呪的防御壁が法眼とカートを覆う。
 被害が拡散しないようとの配慮である。

「ダァれだァおまえはァァァ、俺の、邪魔ヲするキィかぁぁぁ!」

 カートが両の掌を突き出す。闇よりも暗く、血よりも紅い、氷よりも凍てつき、焔よりも熱い、負のオーラの塊が噴出し、法眼を襲う。

「サラティ・サラティ・ソワカ、オン・マリシエイ・ソワカ!」

 陽炎の如き結界に包まれた法眼の体が絶妙の間合いで押し寄せる闇の力をすり抜ける。返す刀で斬りつけたのは摩利支天の神鞭法。調伏相手を打擲する呪力の鞭がカートを打つ。
 物理的に傷つけるのではなく精神にダメージを、可能な限り『魔』の部分を狙って打ち正気に戻そうと試みる。

「おまえの中の悪を討つ! 荒療治だから悪心もろとも滅ぼされないように気をしっかりと持てよ」

 麻痺(パラライズ)誘眠(スリープ)で無力化させる手もあるが、根本的な解決にはならない。辺境伯の街で戦ったアイゼルも魔人であったが、完全に魔力を制御していた彼とは異なりカートは瘴気をはらんだ魔力を無尽蔵に放出していた。
 そこにいるだけで被害は拡大する一方だろう、早急な対策が必要だった。
 聖なる輝きを放つ鞭が唸りを上げてカートの身を打ち据え、そのたびに光の飛沫が飛ぶ。
 突如、法眼は身体から魂が離れて浮上するような不思議な感覚をおぼえた。
 唸るような風の音を聞きながら、重力を始めとしたあらゆる足場から逃れ、現実に重なる宇宙のような異なる空の世界にゆっくりと浮遊する。
 無数の光が、数多の星々が視える。この光のひとつひとつが人だ。人の運命だ。
 深淵の彼方、時間や空間の概念すら異なるすべての要素が偏在化している宇宙。その宇宙に法眼の観念が反映され、遠くにある現実の影を目の前に顕現させる。あるいは現実世界のすべてを凝縮し、縮図のように映し出す。千里眼のような感覚で宇宙を見渡していくと――。
 星のひとつに陰りが見える。濃い闇が星を覆い、取り込もうとしている。
 カートの星だ。

「――ッ!?」

 ここではないどこかで魔人化したカートと黒い髪をした青年が戦っていた。
 青年は火弾を放つと同時に背後へと回ると、刀身が振動する奇妙な剣を振るい、カートの腕を斬り落とす。
 カートも負けじと炎を呼び出し応戦するが、青年は水の刃でそれを切り裂き、振動剣で追撃。さらに爆裂火球を浴びせ圧倒。
 満身創痍となったカートだが、その闘志と殺意に陰りを見せず、なお戦おうと魔力を高める。
 その首に、容赦なく刃が打ち込まれた。
 高速で振動する鉄の刃が皮膚を裂き、肉を切り、神経や血管を焼き切り、骨を断つ。
 カートの首がボトリ、と地面に落ちた。焼き切れた切断面からはほとんど血は流れず、赤い肉と白い骨が奇妙なほどくっきりと見えた――。

(これは……未来視か)

 意識が戻る。
 数分間は〝向こう側〟を垣間見ていた感覚ではあるが、実際は一秒にも満たない。
 卜占に携わる陰陽師には稀にこのような『天啓』が降りることがあり、法眼は我が身に起きた異常をすぐに認識し、取り乱すことはなかった。
 問題は、その内容だ。

(カートは、カートの死は運命づけられているというのか? 俺はこいつを救えないのか!?) 
 

 
後書き
 未知の世界へ行こう~♪ 
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