| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

『賢者の孫』の二次創作 カート=フォン=リッツバーグの新たなる歩み

作者:織部
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

魔人襲来

 
前書き
 ぶっ飛ばせ常識を~♪ 

 
 自身が教鞭を取る特別講習に出席したカートの様子を見たオリバー=シュトロームは一目で彼の様子が変わっていることに気がついた。
 良くなっている。
 負の感情を植えつけ、増幅させ、闇に堕ちる寸前まで進ませたというのに。
 侵食性の魔力のこもる実験室に通わせ、魔人化をうながしたのに。
 あと一歩、あと少しでこちらの思惑通りとなったのに。

「最近なにかありましたか?」
「いえ、特になにも」
「ならよいのですが、シュヴァルツ・モルゲン研究所にもしばらく行っていないようですね」
「はい。さすがに試験が近いのでずっと自宅で学習しています」
「学院の授業は要点を記憶して、後はそれを応用するだけです。試験は要領さえ良ければ、いくらでも得点できる。君のように優秀な人間なら座学よりも実技の予習をした方がいいでしょう。研究所内に君専用の実技室を用意しましょう。そこで思う存分力を磨きなさい」
「ありがとうございます。けれど今は試験にそなえて精神修養も兼ねて魔力制御の訓練に専念したいので」
「ほぅ、精神修養を兼ねた魔力制御ですか……。君くらいの歳でそんな考えに至るとは珍しい。だれかのアドバイスでもありましたか?」
「いいえ、あくまで俺一人の考えです」

 嘘だ。
 嘘をついている。
 何者かがカートの精神を浄化し、魔力の暴走を静めた。それもわずかな間に。そう判断したシュトロームは密かにカートの身辺を探らせ、おのれの計画を邪魔する存在を知った。

「キイチ=ホーゲン?」
「はい。帝国領から逃れてきた難民で、現在はリッツバーグ家に身を寄せているようです」
「変わった名だが、何者だ」
「東方にルーツを持つ一族で独自の文化や風習があり、妙な民間療法が伯爵の目に留まったようです」
「帝国からの移民、ですか」
「無為徒食の身に甘んじず雑役をこなして家中の信用を得ているようです。剣と魔法の心得もあるようで、その腕を活かすべく最近魔物ハンターに登録しました」

 帝国によって悲惨な生活を強いられ、剣にも魔法にも長けている。そのような人物ならばこちらの陣営に迎え入れたほうが得策かもしれない。
 しかし今のシュトロームがもっとも関心を寄せるのは魔人化計画。少しでもそれの弊害となるようなら、二つ返事で与しないというのなら、やはり処分するしかない。

「今は王都を離れ、ライアス辺境伯の領地に滞在中です」
「ライアスの? ……そうか、()の地では狂暴な肉食魔馬が猛威を奮っていたな」

 ライアス辺境伯の領地は野生馬が多く生息し、馬の産地として有名だか、その馬が魔獣化してしまったのだ。馬を捕ろうとした兵士たちが何人も蹴り殺されるだけではない。旅人を襲ってその肉を喰らうようになった。
 馬の産地で人を襲う馬の群れが領内を跳梁しているとあっては笑い話にもならない一大事。各地から魔物ハンターを集めているが、いまだ成果はあがっていない。

「それは好都合だ、留守の間にカートを再調整しよう。それと、ホーゲンをこちらに引き込むため人を遣わすことにする。人選は、そうだな――」



 ライアス辺境伯の館で連日におよぶ歓待を受けた法眼は、数日ぶりに麓の街まで降り立った。

「腕に覚えのある騎士や何人もの魔物ハンターが討ち取れなかった悪魔の馬をよくぞ殲滅してくれた。ラッセル伯の推薦だったので期待していたが、実に期待以上の働きであった。礼を言うぞ」

 ライアスは悩みの種を取り除いてくれた新人魔物ハンターの活躍に大いに満足した。なにせ何ヵ月も悩まされていた魔物の群れをわずか一日で全滅させ、群れを率いていたひときわ巨大な魔馬の死骸を手にすることになったのだ。さぞかし立派な剥製が作れることだろう、正規の報酬とは別に褒美として名馬を与えようとした。

「私ごとき過分の沙汰、もったいのうございます。というのも私の一族は農耕民でして馬に乗る習慣がなく、恥ずかしながら馬をあつかう術を知りません。せっかくの名馬が宝の持ち腐れになってしまいます」
「ならばここで存分に馬術を習うといい。十分に扱えるようになるまで我が邸に滞在することをゆるす」

 そういうこととなったのだ。
 昼は山野で馬を走らせ、夜は宴会。法眼は期せずして騎馬民族の王候さながらの生活を満喫することとなった。
 猪肉の骨つきロース、鹿肉と玉ねぎのシチュー、鶏肉パイ、鱒のグリル、アンチョビー・ペーストをそえたバタートースト、山盛りのポテトフライ。
 出される食事は王都のものほど洗練されたものではなかったが、獲れたての猪や鹿といった野趣あふれる料理はジビエ好きな法眼の舌を満足させ、なによりも酒が美味かった。
 そのようなことで予定よりも長くこの地に逗留することとなったのだ。

「これではカートの試験に間に合わないな。まぁ、憑き物も落ちたしあいつの実力なら問題ないだろう」

 街の魔物ハンター組合(ギルド)に足を運び、市民証に記録された魔物の討伐記録を見る。
 この市民証。個人の魔力パターンを認識することができて、本人以外は起動できない、信頼できる身分証明書だ。
 キャッシュカードの機能もあり、アールスハイド王国内の王立銀行ならどこでも利用可能だ。
 さらに魔物が出す特定の魔力パターンを一ヶ月間は記憶することができ、魔物ハンターは討伐に出る前に魔物ハンター組合(ギルド)で現在の討伐情報を記録し、討伐から帰ってきた時に出る前との差額を計算して報酬を受けとるという流れだ。
 すでに報酬を得ている法眼は内容だけを確認する。

「はっきり言ってオーバーテクノロジーだ。服装や建物の造りから鑑みるに、この世界は俺のいた世界でいう二〇世紀初頭くらいの文明レベルだが、その時代の技術にそぐわない。銃火器もないし、魔法や魔道具の存在がこのような歪な世界を構成しているのだろう。いや、『いびつ』という表現はいささか失礼かもな。この世界にはこの世界の独自に発展してきた歴史があるんだ。異世界の俺の価値観で歪んでいるだのおかしいだのと思うのは自己中心的というやつだ、多様な文化を尊重せねば」

 酒場で蜂蜜酒を飲みつつそのような物思いに耽っていると――。

「キイチ=ホーゲンだな」

フードを目深に被ったローブ姿の男が五人、声をかけてきた。

「領主様からたんまり報酬をいただいたんだろう? ケチケチしないでこんな場所よりも良いところで飲んだらどうだ。良い場所を知っているから、ちょいとついて来いよ」

 フードから見え隠れする男たちの顔は無精鬚に覆われ、みな凶悪な面構えをしている。とてもではないが堅気の人には見えなかった。大金を手にしたよそ者がいると知って強請(ゆす)(たか)りに来た手合いであろう。

「…………」
「聞いているのかホーゲン」
「…………」
「おい、ホーゲン! 無視するんじゃねえ!」
「俺の一族に代々伝わる訓戒があってな」
「ああ?」
「初対面の人を呼び捨てにする輩は狗や猿の仲間だから返事をする必要はない。という訓戒だ」
「……いい度胸じゃないか」

 男のひとりがローブの前を開いて見せると、腰に剣を差しているのが見えた。

「ずいぶんと腕に自信があるようたが、ここでひと暴れしてみるか? 関係ない連中に迷惑がかかると思うが、そうなったらおまえの良心も痛むだろう?」
「いいや、あいにくと全然、これっぽっちも痛まないね」
「なんだと?」
「巻き込むのはおたくらであって俺じゃあない。横暴で迷惑なのはそっち。断じてこっちじゃないからな、この店の連中どころか街の住人すべてが巻き込まれようが、それはすべてそちらの責任であって俺の知ったことじゃないね」

 相手に責任転嫁しようとする悪党の愚劣な詭弁は法眼の剛毅さによってあっけなく粉砕されてしまった。
 法眼はこの類いの恫喝が嫌いである。
 他人の悪辣さや卑劣さを自分の罪として背負いこむ必要なぞないのだ。悪党の犯した罪は悪党自身がつぐなうべきである。

「言ったな、後で後悔するなよ」
「後で後悔だって? 後悔ってのはもともと先にするものじゃないだろ。光物をちらつかせる暇があるなら少しは国語の勉強をしろ、無学者め」
「野郎ッ!」

 男のひとりが剣に手をかけ、抜こうとするが抜けない。法眼が右手で柄頭を押さえていたからだ。ほぼ同時に左の掌で男の顔を下から突き上げるようにして打つ。
 顎を強打され、のけ反るようにして倒れた。法眼の手に男の剣が残る。

「ここは食堂だ、人斬り包丁を振り回す場所じゃない」

 卓の上に剣を置くと、代わりにナイフとフォークを手に取った。

「使うなら、これだろ?」

 相手の舐めた態度に残りの男たちが怒気もあらわに抜剣して斬りかかる。
 降り下ろされる剣に下からすくい上げるようにしてナイフを走らせる、横殴りの一撃をフォークの股で止めると同時に軽くひねる。

「ギャッ!?」

 絶妙な力加減で勢いを逸らされたふたつの剣が三人目の男に突き刺さった。
 仲間に剣を走らせた男ふたりはなにが起きたのかわからず呆然とする。そのふたりの水月に法眼の爪先と踵が吸い込まれるように叩き込まれ、悶絶した。
 空手の二枚蹴りのような、おなじ足による連続蹴りだ。

「て、てめえ!」

 五人のうち四人がわずかな間で戦闘不能にされ、残ったひとりはすっかり腰が引けている。

「仲間を連れて消えろ。剣で撫でられたやつは介抱しないと痛そうだぞ」

 人様を恐喝するような破落戸にも矜持あるようで、立ち向かうか退くか俊巡していると背後から声がかけられた。

「どけい。その男、うぬらでは相手にならぬわ」
「な、なんだてめぇは!?」
「キイチ=ホーゲン。おまえに用がある」
「…………」

 顔に遮光眼鏡(バイザー)をかけ、白髪の目立つ髪を後ろでまとめた初老の男が立っていた。ずいぶんと使い込んだらしく、あちこちに傷のついた硬革鎧(ハードレザーアーマー)を着ている姿は歴戦の傭兵や魔物ハンターのようだが、いささか目立つ姿をしていた。
 右の肩から四本、左の肩から四本。合わせて八本の剣の鞘が突き出ている。つまり八本もの剣を背負っているのだ。さらに左右の腰に一本ずつ剣を帯びている。
 そして、右肘から先がない。
 隻腕にも関わらず、一〇本もの剣を身に帯びているのだ。
 これほどの数の剣を一本の腕でいかにして振るうのか? 彼の姿を見た者は一様にそのような疑問を抱くことだろう。

「うるせーぞ片手野郎、×××は引っ込んでろ!」

 身体に障害のある人を罵る差別的な言葉を発した男は、その言葉を発した咎をすぐに我が身で受けることとなった。
 遮光眼鏡(バイザー)の男の背負っていた剣が突如として抜き放たれ、男の右腕を刎ねたのだ。

「な……!?」

 腕はすぐ近くの卓上にあった麦酒の杯の中に落ち、赤い泡を溢れされる。

「おまえは今、片手と言ったな? それはおまえのことか? ああ? おまえ自身のことなのか? ああッ!」

 さらにもう一本の剣が先程のように持ち手もおらずにひとりでに抜かれ、返答も待たずに肘から先を失い、おびただしい量の血を流す男の首を切り落とした。

「キャー!」

 乱闘どころではない。酒場にいた者の半分が突然の刃傷沙汰にその場から逃げ出した。
 残った半分は、堅気の者ではない。
 いずれも剣や槍などの武器を手にしている。近くに魔物ハンター組合(ギルド)があるため、多くのハンターたちもこの酒場を利用していたのだ。

「おいおい正気かよ、おっさん!」
「妙な魔法を使いやがって……いや、魔道具か?」
「いったいどんな付呪がされてんだ?」

 遮光眼鏡(バイザー)の男を囲んだハンターたちは、宙に浮かんだまま血を滴らせる剣を見て口々に漏らす。

「おまえたちに用はない。そこの男のように死にたくなければおとなしく席に戻れ」

 そう言われたからとハイそうですかと退くわけにもいかない。彼ら魔物ハンターもまたひとりひとりが腕に自身のある戦士であり、面子もある。
 このように軽んじられることは沽券に関わるのだ。
 ハンターたちの間に怒気が満ちる。

「今回の魔物狩りはもうけが少なくてね、殺人犯をしょっぴいて礼金をもらうことにするぜ」
「良さそうな剣を持ってるじゃないか、あんたが役人にとっ捕まってそいつを没取される前にオレたちがその魔道具をいただくとしよう」
「そうそう、腕が一本しかないのにそんなに剣を持っていても無――」

 静止していた剣が飛燕の如く翻り、「無駄」と言いかけた男の腕を切り落とすと同時に首を刎ねた。

「この片腕野郎がッ!」

 それが引き金となった。
 ある者は剣で斬りかかり、ある者は戦棍(メイス)で殴りかかり、ある者は槍で突き刺し、ある者は弓で射ようとした。
 そのすべての者が遮光眼鏡(バイザー)の男の背中にあった剣に、自動的に抜き放たれた七本の剣によって命を奪われた。
 剣や槍を持った腕ごと首を裂かれた者、弓弦を引くよりも速く飛来した剣に肘窩(ちゅうか)と胸を同時に刺し貫かれた者、

投網(レーテ)だ! 投網(レーテ)を使え!」

 投網(レーテ)とは魔物ハンターが好んで使う捕獲用ネットのことだ。縁に鉛などの(おもり)がついており、相手の行動を阻害する効果に優れている。
 何人かのハンターが投網(レーテ)を投げて剣の動きを封じようとするが、機敏な動きで避けられてしまい捕獲に失敗した。
 剣光が煌めき鮮血が飛び散る。持ち手のいない剣の乱舞によってハンターたちは片腕をなくした死体となり血の池と化した酒場の床にころがる物言わぬ骸となる。

「ひ、ひえぇぇぇ……ッ!」

 その場を脱する機会を逃した従業員たちがカウンターの奥で腰を抜かし、四つん這いになって厨房に逃れようとする。

「おまえたちも、片手と言ったか?」

 地を這う腕を目掛けて飛来する剣にゴブレットが投げつけられ、軌道を逸らした。
 法眼が印字打ちの要領で投げつけたのだ。

「もうやめろ、俺に用があったんじゃないのか」
「ん? ああ、そうであったな」

 八本の剣が法眼の前後左右を囲う。
 それはさながら目に見えぬ八人の手練れの剣客に包囲されているかのようだ。

「あんた、鬼だな」
「オニ? いいや、ちがう」

 初老の男が左手で遮光眼鏡(バイザー)を取って素顔を見せると、そこには赤い双眸があった。
 地に沈む黄昏よりも紅く、絶望よりもなお深く、憤怒よりもなお乱れ、失意の如く澱んだ、血の色をした眼。

「魔人衆十三死徒がひとり『独臂剣陣』のアイゼルだ。キイチ=ボーゲンよ、我らの仲間になれ。悪いようにはしないぞ」

 人の身でありながら冥府魔道を彷徨う修羅と化した魔人がそこにいた。 
 

 
後書き
 未知の世界へ行こう~♪



 原作だと主人公側にはアルティメット・マジシャンズというステキなチーム名があるのに、対するシュトローム一派にはなんの団体名もなくて寂しかったので『魔人衆十三死徒』とか、我ながら中二センス全開の名称をつけちゃいました。
 しかし羊が魔物化するからと羊飼いに戦士のスキルを求められる、家畜が魔物化することが普通の世界でよく馬車とか使えますね。
 馭者は素手で暴れ馬を静める怪力ぞろいなのかしら?
 こんな世界じゃ愛玩動物(ペット)なんて飼えないし、都市から犬やカラスといった動物を駆逐しないとヤバいでしょう。
 植物や昆虫は魔物化しないのかな?
 でも原作で馬車とか普通に出していることですし、馬の産地とか出してみました。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧