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シベリアンハイキング

作者:和泉書房
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タルクセナート
  亡骸の力

 ドミトリーと役人のやり取りを横目で見つつ、気にする風でもなくユスフは茶をすする。

「左様ですか。分かりました。それでは明日諸々やらせていただきます。」

 ドミトリーは穏やかに答えた。この二人のやり取りは、終始役人がドミトリーを叱責する調子で続けられ、制服姿の連れの従者も全員馬上から見下すように視線を投げていた。傍から見れば近代化されたいで立ちの集団が、旧態依然の愚鈍な集団を厳しく指導するという構図なのだが、今一つそのようには見えない。これは二つの集団の頭目たる二人の男の差が原因といったところであった。威張り散らす役人の怒声をドミトリーが受け流すように答える。ユスフはひたすら黙っていたが、このドミトリーという男は、随分と西側の人間に慣れていると思った。考えてみると物腰もどこか都会的である。恐らくはどこかの貴族の下で農夫、下手人の類として働いていたのかも知れない。もっとも今それは邪推の域を出ないのだが。
 ひとしきりドミトリーと役人のやり取りが終った後、馬首をユスフの方に向けた役人が続けて怒鳴りつけてきた。

「それで、貴様は役に立つのか?ああん?言っておくが、貴様については全部、調べ尽くしてあるからな!本当だったら反革命でハチの巣にされるところを、党のお慈悲でシベリア流しで済ませてもらってる身だってこと忘れるなよ!いいか!下手なマネしてみろ。後ろからウィンチェスターで頭ごと飛ばしてやるからな!」

先ほどよりさらに激昂の度合いが強くなっていく役人に終始無言のユスフ。こちらもドミトリー同様、微塵も動じることはない。その後もまくし立てるような役人の怒声のような、独演会のような話が続いた。


そうして小一時間が過ぎた。


「白軍のお下がりの銃をぶら下げたところで、奴ら扱いには慣れてなかろう。散歩好きのおてんばなご令嬢の方がまだ上手い。」
ドミトリーが、帰って行く役人達の背中が遠ざかるのを眺めつつそう呟いた。

 さてその役人どもの姿が見えなくなった直後、ユスフの頭に何処からともなく語りかける声のようなものが聞こえた。

「御仁よ、一段落着いたであろうか・・・。で、あるなら我のもとに来てもらえないだろうか・・・。」

その声は先ほどユスフにあてがわれた小屋の方から聞こえたような気がした。ユスフはおもむろに席を立つと、先ほどの小屋に足を向けた。小屋の木戸を開けて中に入った。部屋には粗末なベットが置かれている。その横に馬に積んで持ってきた荷物、その中には道中で忽然と息絶えた不可思議な狼の亡骸を入れた袋が置いてあった。そしてその荷物の山に覆いかぶさるような格好で、ドミトリーの手下と思われる人間の一人が意識を失って倒れていた。咄嗟に何事かあったかと身構えるユスフ。その時また声が聞こえる。

「殺してはおらぬ。安心せよ。」

 ここにきて、声の主が袋に収まった例の狼の声であることにユスフは気が付いた。声は続けて語り掛ける。

「この者には何ら害は加えてない。しかしわが身を詮索されても困る。故に我が力でもって寝てもらっている。起こしても良いものか?」

 誠に奇妙な話ではあるが、この亡骸はその力でもって、人の睡眠すら操ることができるということなのだろうか。ユスフは一応そのように理解した。そして注意深くその倒れこんでいるドミトリの手下の覆面で覆われた顔を覗き込んだ。よく見るとそれは先ほどユスフを陰ながら着けてきて、仲間に諫められた例のベスリムという者である。恐らく仲間に見つかり、その場では一旦あきらめたが、それでも怪しいと思ったか、後からユスフの部屋に忍び込み、荷物を物色したといったところか。ユスフは狼の亡骸に向かって、この者を起こしてほしい旨を伝えた。

「承知した。」

すると荷物に倒れこんでいた手下が目を覚ました。そして咄嗟に部屋の入口に佇むユスフを認めると、訓練された者のある種の条件反射なのだろう、すぐさま腰に差した短刀を抜いてユスフに相対した。

「貴様、何をした!」

叫ぶ手下にユスフは一旦両手を上げ、そして次にまぁまぁ落ち着けと制す様に両手を前に出した。
 
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