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ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~

作者:???
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黒星団-ブラックスターズ-part2/シエスタの隠し事、テファの悩み事

キュルケを恨む女子生徒トネーら一派の黒魔術によって出現した魔人ビシュメルは、ウルトラマンによって撃破され、街に平和が戻った。しかしこの勝利は彼一人で得られたものではない。彼と共に町の平和を守るべく動いた若者たちもまた、ビシュメルの卑劣な策に乗せられたトネーたちを止めたことで、街の平和に貢献したのである。
あの後、トネーたちは当然ながら、街を守るチームの実質的なリーダーであるアンリエッタから何かしらの罰が下されることが予測された。だが、アンリエッタは彼女らを痛めつけるなどと言った罰を下さなかったし、捕縛するということもしなかった。理由としては、そもそも自分たちが戦う怪獣や星人、そしてスペースビーストの類は世間には公表できない存在であることが大きかった。怪物の復活に手を貸した、などと正直に無関係の人間に明かしても誰も信じないからだ。自分たちが怪物と戦っていること自体、討伐対象であるビーストが恐怖を糧に増殖しているという特性上、世間では明かせないのだ。結果、もう問題行動を起こさないと判断できるまではしばらくの間クリスやタバサが監視するという形で収まった。
ちなみにテファの暮らしている孤児院だが、ビシュメルが町に置かれていた乗り物をウルトラマンたちに飛び道具として投げつけた際に被害を受けたものの、子供たちやマチルダ、アスカにも運良く死人は出ることはなかった。
(今日で、あの日から一週間か)
そんな二人やアンリエッタ、共に変身して戦ったシュウやハルナのことを思い出し、ルイズ、テファは同じ教室内にいるクリスやタバサに目を移した。
あの日からすぐその後、ルイズたちはアンリエッタたちから本当のことを聞いた。自分たちは社会の裏で息を潜め人を襲うスペースビーストをはじめとした怪獣や異星人等の怪物と戦い人を守るための戦士であること、ウルトラマンはそんな自分たちと共に戦う戦士であること、アンリエッタの実家の力でビーストは恐怖を糧に増殖する生態故に世間から存在を公表せず様々な事件や事故という形で情報操作されていることを。が、ウルトラマンの正体云々については、サイトたちの身の安全のためルイズたちにも決して明かすことはなかった。唯一目の前で変身したハルナのことも、口外してはならないと口留めをされることに。
(私たちの知らないところで、先輩やサイトが、会長たちが戦っていた…)
話を聞いてテファは、なにかできることはないだろうかと思った。だから先日の戦いで、避難することを忠告されたのに、ビシュメルに囚われたクリスたちを…それ以上にウルトラマンであるシュウを助けたい一心で同行した。加えて、一緒に暮らすマチルダや子供たち、アスカのこともある。
でも、自分にはあいにく、クリスとタバサのような魔法も使えない。シュウのようにウルトラマンでもない。あんな大きな怪物を相手に…何もできない。
結局ウルトラマンやアンリエッタたちにほとんど任せることになった。
(また、見ていることしかできないのかな。村にいた時も、港町にいた時も…私は何もできなかったし、私と離れていた間だって、あの黒い巨人と先輩は学院で戦って……)
彼らに苦難を結果的に押し付け、自分は傷付くことなく安全圏で見守るしかない。歯痒く思えた。結局自分は無力なままで、ただ彼らが傷付く様を見ていることしかできない。あの時もそうだった。村にあのような化け物たちが現れた時も…
(…あれ…村?それに港町って…)
ふと、自分の頭に浮かんだ過去の記憶に、テファは違和感を覚えた。行ったことのない場所にて、自分はそこでビシュメルのような怪物に襲われ、そこをシュウが姿を変えた銀色の巨人に救われ…
「ティファニアさん」
いつもなら授業をしっかり聞いているはずのテファだが、授業内容がいつも以上に耳をすり抜けていく。
(それに、先輩があの銀色の巨人?
なんで私、そんなこと思ったのかしら。まるでもう知ってたことみたいに。
…変だわ。あんなことがあったせいかしら。なんだか良くわからない違和感を感じてる)
「ティファニアさん!」
「っ!は、はい!」
再三の呼びかけでようやくテファは我に返った。
「外が気になるかもしれないけど、今は集中してほしいな」
その時間は生物の授業だった。担当教師である春野ムサシが、いつもの優しげな笑みを浮かべてテファにやんわりと注意している。
「いつもだったらサイトなのにね」
「おい、人をいつも怒られてばっかの問題児みたいに言うな」
テファが注意されているのを見て、ルイズや同じ教室内の同級生らが呆れ笑いを浮かべているが、その隣でサイトが不服そうに口をとがらせている。
「事実そのあたりは問題児じゃない。授業はしっかり聞きなさいよ。隣にいる私まで聞いてて恥ずかしいじゃない」
「いや、なんで俺が怒られんの!?」
注意を受けていたのはテファなのに、信用されていないサイトであった。



「テファ、なんか最近ボーッとしてること多いじゃない」
授業が終わって昼休みに入ってから、ルイズはとてもではないが晴れやかと言えない表情のテファに声をかけた。
「何か悩みでもあるの?は…話を聞いてあげてもよくってよ?」
相手に、いつになく優しくしようとしていることが少し照れ臭いのか、そっぽを向きながらルイズはそのように言った。
「やっぱ、あの日のことか?」
「うん…私、結局、なにもしてあげられなかった。町には孤児院の子や姉さんたちもいるのに、何もできなかった自分が悔しくて」
サイトからそう訊かれ、テファは頷く。同じく現場にいたサイトやルイズもテファがあの日、ビシュメルによって町が危うく壊滅するところであったことを引きずっていることを察した。
「でもテファ、あなたの場合仕方ないじゃない。私は、その…一応魔法が使えるわけだし」
アンリエッタから話を聞いた時、まるで漫画や映画のような話だったと受け止めただろう。一般人の知らないところで、誰かが世界のために戦う。あんな怪物を相手に、アンリエッタたちがいつもの日常の裏で戦っていた。何も知らずにのうのうと暮らしていた自分に、ルイズも少なからず腹が立った。だからもし、次も同じような事件が起きたら、自分の中にあると判明した魔法の力で、町を守ろうと考えている。だが、テファにはそれがない。彼女には戦う力そのものがないのだ。だったら、安全な場所にいるのが最善と言える。
「そうだぜ、何も戦うことだけが、ってわけじゃないさ。今自分にできることを見出して精いっぱいやる。それが一番だぜ」
「あら、サイトにしてはまともなこと言うじゃない。褒めてあげるわ」
「へいへい、大変光栄の極みにございます~」
「そう思うなら、もっと嬉しそうにしなさいよ。なによ、その言わされてる感満載な返事」
ルイズのプライドが高いが故の、妙に上から目線な言い回しに対してサイトがわざと棒読み間のある返事をしたことに、ルイズはちょっと不満そうだ。自分の言い方に問題があるとは考えてないようである。とはいえ、これも二人の間ではいつも通り、つまりは気を許した間柄だからこそできることだ。
「うん、そうだよね。仕方ないん…だよね」
ルイズの言う通り、自分に戦う力がない以上はどうしようもない。だから、何かをしたいと、ウルトラマン…シュウが傷付くのを見てられないと思っても、どうしようもないのだ。
テファはこれ以上首を突っ込んではならないと言い聞かせるように、どこか寂しそうに呟く。サイトたちが優しい言葉をかけてくれることはありがたい。でも、今の彼女にとって気にしているのは、助けたいと思う相手に対して、何もしてやれてないことだ。

幼い頃から自分の面倒を見てくれているマチルダ。
孤児院の従業員として力を貸してくれるアスカ。
そんな彼らと共に支える相手でありながら、心配せぬように気遣うくらいに慕ってくれる子供たち。
そして何より……

銀色の巨人、ウルトラマン。その変身者たる『彼』のために、
何かできることはないだろうか。

そうやって葛藤を抱えながら放課後になった。
テファはふと、自分の携帯に着信があったことに気づく。
(シエスタさんからメール?)
あのビシュメルの事件でのシエスタのその後だが、病院で瓦礫の当たった頭部の治療を受けたこともあって事なきを得た。障害の残るような大怪我でもなく、日常生活においては問題はない。だが大事を取って、数日の間だけ休みを取り、今は無事普段通り登校している。その間サイトは、目覚まし役になっているシエスタの不在が影響して幾度か寝坊しかけたとか。
テファは、シエスタが一体何用でメールしてきたのだろうか。気になってメールを読んでみる。



ティファニアさんへ

良ければしばらくの放課後、お時間を頂けますか?





「え?シエスタがいない?」
「うん、シエシエ、授業が終わった途端にすぐにどこか行っちゃったよ」
どこかに行った?話を聞いてサイトは耳を疑った。シエスタがサイトに食事の誘いをかけることも、放課後に一緒に帰ることなども日常茶飯事だ。自分かサイト、どちらが弁当をうっかり忘れたときも欠かさずに。いつもと違うシエスタの行動パターンにサイト自身が一番当惑していた。
「どこに行ったかは知ってるか?」
「私は知らないよ。ねぇ、シエシエがどこにいったか知ってる?」
友達の間では、シエスタは『シエシエ』と呼ばれてるようだ。女子生徒が教室内の友達に尋ねるも、「知らなーい」と返事が返ってきた。いないのか…一体どこに行ったのだろうか。ありがとう、と一言例をを言い残して立ち去ろうとすると、サイトに尋ねられたその女子生徒が引き留めるように声をかけてきた。
「ねぇ、あんたシエシエの幼馴染でしょ?」
「え?そうだけど」
「シエシエ、いつもあんたの話ばっかりだから。そんなあの子が、最近妙に上の空なことがあるの。授業中も休み時間も。何かあったの?」
「いや、俺にはなにも…」
「ふーん…」
女子生徒はサイトをいぶかしむように見ると、さらにこんなことを口にする。
「平賀君、ちょうど先週で飛行機事故があったって話聞いてる?あのときからシエシエが言ってたよ。『サイトさんは最近隠し事をしてる』って。あたしの勘だけど、あんたが相談してくれないのを気にしてるんだって思うよ」
一週間前の飛行機事故というのは、実際にはウルトラマンとビシュメルの戦闘の余波による被害のことだ。アンリエッタの実家の情報操作で、事故を起こした飛行機の破片が落下して町の各所に被害をもたらしたことになっている。
「…」
「何かあったかわからないけど、シエシエを泣かしたらダメだよ?」
シエスタは真面目だ。そんな彼女が授業に身が入らないとは。今の自分は、今自分がいる世界の裏で起きている惨劇に対し、ウルトラマンとして戦っている。だが正体を隠しておかねばならぬ以上、そんなサイトを見てシエスタもまた何かに悩みを抱えているのだろうか?
「…わかった。とにかく探してみる」
「あたしの方で見つけたら、君が探してるって伝えておくね」
最後に女子生徒からそのように言われたサイトは、引き続きシエスタを探し回ってみるが、なかなか見つかることはなかった。
最初はいつもいるはずのシエスタがいないことに不慣れな感覚を覚えたが、放課後にまた会えるだろうからとタカを括ることにした。




結局サイトはシエスタを見かけなかった。なら放課後に見つけるしかないと思ったのだが、シエスタを探すどころか、普段から宿題を忘れてはシエスタに見せてもらってるといった悪いルーティンが当たり前になったことが災いし、そんな彼を散々先生たちからお叱りを受け、真面目にやってなかった分の課題をどっさりいただくという罰を受ける羽目になった。
「俺が何したってんだよ…」
彼は目の前の宿題プリントの山で項垂れた。
「仕方ないでしょ。平賀君、宿題シエスタさん頼りで全然やってなかったんだもの」
その日の日直であるハルナが、学級日誌を書き上げてからサイトのもとに歩み寄ってきた。
「でも、平賀君が日直以外で残るなんて珍しいね」
「なんていうか…西条先生から言われてさ。『あなたは帰ってからすぐに遊ぶ癖があるみたいだから、ちゃんと終わらせてから帰るようにしなさい』…だって」
「あぁ…なるほど。平賀君、帰ったらすぐにゲームに明け暮れるって、シエスタさんが言ってたもんね」
ハルナが呆れ気味に納得してきた。反論したいのに、これまたぐぅの音も出ない。実際宿題をろくにしないままゲームばかりして、母のお叱りを受け、シエスタの宿題を写す…なんてよくあることだった。ハルナとシエスタは、サイトがらみになると宿敵となるものの、それ以外では良き同級生同士。だから幼馴染であるシエスタを通して、ハルナもサイトのカッコ悪い話もよく聞いている。先生からの命令で、宿題を居残りでさせられていのにも納得するしかない。
「しょうがないな…どこかわからないところある?」
「え、教えてくれんの?」
ハルナはサイトの向かい側の席に、サイトと向き合う姿勢で座った。
「時間とか大丈夫なのか?今日は日直だしハルナって、確かコーラス部だろ?」
「夏の大会終わってから、しばらくは余裕があるし、日直の仕事も一通り終わったから大丈夫」
それからマンツーマンで、サイトはハルナの助けも借りながら宿題を切り上げていった。といってもシエスタから写してもらってばかりなのはよくないというハルナの意思もあって、ヒントこそ貰いはするが最終的に彼自身の力で解くことになった。付き合わせてしまうことになったわりに、ハルナは妙に嬉しそうだったのが気になったが。
宿題を切り上げ、満足げなハルナを見送った後、サイトは帰ることにした。



その帰り際の廊下、コートで練習しているラクロス部が目に入る。シエスタはその部に所属しており、エースプレイヤーとしても注目されていた。この日も練習しているのだろう。帰る前に様子を見に行ってみたサイト。
だが…
「え、部活にも来てない?」
「うん。シエシエ、今日は早めに練習を切り上げて帰っていったよ」
なんと、部活にも来ていないのだと言うのだ。どうしたのだろうか。用事があったのかどうか聞いたものの、彼女たちも知らないのだという。寧ろ幼馴染みであるサイトにも知らされていないことについて、部員たちから不思議がられた。思わぬ事態にサイトは混乱させられた。
しかも先週から早く部活を切り上げて下校している、とのことだった。ちょうどウルトラマンビシュメルを倒したあの日から、らしい。
「どうしたってんだよシエスタの奴…」
ラクロス部を後にして、正面玄関で頭を抱えていると、男子学生二名がサイトに近づいてきた。猿山と八瀬、そんな名前だ。
「お、平賀じゃん。彼女とお帰りか?」
「くっそー、平賀の癖に羨ましいぜ。俺もあんな嫁がほしいぜ…爆発しろ」
僻む猿山にサイトはそんなんじゃないって、と一言加える。旗からそのように茶化されることが多いが、別に付き合ってるわけでもお互いが告白したわけではないのだ。
「そういや二人とも、シエスタ見てないか?」
サイトは猿山たちにシエスタのことを聞いてみるが、二人も心当たりがなかった。
「へぇ、あのシエスタがお前を置いて先に帰るなんてな…」
八瀬が意外そうな反応を示す一方、突然猿山とんでもないことを口にする。
「まさかシエスタの奴…援助交際とかしてんじゃないの?」
「はぁ!?」
サイトは声をあげた。あのシエスタが、援助交際だと!?
「あり得ねぇって!あのシエスタに限って!変なこと言うなよ!」
「お、平賀どうしたよ。俺はあくまで予想をたてただけだぜ?」
「猿山やめろって。さすがにそりゃ冗談きついぞ」
からかってきているつもりの猿山を、八瀬が口を塞いで黙らせた。その後猿山たちはそそくさに帰るが、猿山が余計なことを言ったせいで、サイトはシエスタへの心配をさらに高めることになった。
(シエスタに限ってそんな…でも…)
今までシエスタは自分になにも言わずに先に帰る、なんてことはほとんどなかった。だったらなぜ今になって…
ルイズがそんなサイトを見かねてか近づいてきた。
「サイト、まだ帰ってなかったの?」
「そういうルイズもなんで?部活入ってないだろ?」
「み、ミスコンのための特訓よ!水着審査の時とかに困らないようにするために!」
口ではそういうが、実際のルイズの本音は別にある…と思っているのはすでに皆も気が付いているだろう。昼休み、学園祭に備えてミスコンを万全に望むためにサイトを頼ろうと思っていた自分をそっちのけにして、シエスタのことを気にしているのが気に食わなかった。
「なぁルイズ、シエスタを見てないか?」
「み、見てないわ。あんた…まだ探してたの?」
またシエスタの話か…!ぐっと湧きあがる嫉妬心を、辛うじて…辛うじて抑え込みながらルイズは首を横に振った。
「もしかして…シエスタと付き合ってるの?」
サイトは一瞬ルイズの問いに驚くものの、すぐにいつもの口調で冷静に答えた。
「いや、そういう訳じゃないけどさ…いつもと何か違うってか、やっぱ心配というか」
幼い頃からの付き合いなのだ。いつもと違う幼馴染みの行動をされると、何かあったのかと勘ぐってしまう。しかも猿山の余計な一言もあってより深くなってしまった。
「もしかしてあんた、シエスタから嫌われたんじゃないの?」
ちょっとした苛立ちもあってルイズは自分でも嫌なことだと思える予想を口にしてしまうと、サイトは大袈裟にショックを受けた。
「え…」
「ちょ、ちょっと!ただの憶測よ!そこまでショックに思わなくてもいいじゃない…」
「だ、だってよ…」
サイトは先ほど猿山から言われたおバカな憶測を言われたことを明かし、ルイズは深くため息を漏らした。
「男ってどうしてこう…スケベな路線に話を持っていくのかしら」
「…もしかしてそれ、俺にも言ってる?」
「当たり前でしょ。あんたが…む、胸の大きな子ばっか見てるの、気づかないとでも思った?そんなあんたも同類だと思わないわけないでしょ」
「酷え!」
猿山と同類扱いされてサイトは大袈裟に悲鳴をあげた。
「けど、ずっと一緒だったあんたがそこまで思うってことはよほどとも言えるわね。何かあったのかしら?」
シエスタに対して疑問を深める二人の前に、突如キュルケが携帯を片手に現れる。
「そういうだろうと思って、実は手を打っておいたわ」
「キュルケ!いつの間に…」
「実はね、善意の協力者さんを雇っておいたのよ。その人に『シエスタが放課後どこに行くのか調べてほしい』って頼んでおいたわ」
「よくそんなの頼めたわね」
「さあ、ちょっと胸元が暑かったからボタンを一つ外しただけなんだけど、そうしたらいきなり飛びつくように頼みを聞き入れてくれたわ」
つまりいつもの色仕掛けで協力者を篭絡したということだ。善意の協力者とはよく言ったものである。話を聞いてルイズは顔を真っ赤にする。
「な、ななななんてはしたないことしてるのよ!あんたに淑女としての自覚はないわけ!?」
「あなたはしたくてもできないでしょうけど」
「なんですってぇ!」
「…」
「鼻の下を伸ばすな!馬鹿犬!」
「ギャう!?」
サイトはというと、キュルケの胸元の方に思わず視線を泳がせてしまう。それをルイズが見逃すわけもなく、サイトの足を踏んづけた。
「そろそろ時間ね。善意の協力者さんの努力が無駄にならないよう、早く行きましょう」
「こらぁ!待ちなさいよぉ!」
「俺、足の痛みで走れないんですが…」



ティファニアは同じ頃、その日の授業も終わったことなので、荷物をまとめて教室を後にした。
授業を受けている間に連絡が来ていないか確かめるべく、携帯を取り出す。
シエスタから思わぬメールを受けた時は驚いたが、そのメールの内容は今の自分にとってちょうど良い案件であった。
携帯をしまうと、今度は財布の中を覗き見る。数千円ほどの量のお札が収まっていた。
(お金のためとはいえ…大丈夫かな…まさか、あんな風なお仕事するなんて思いもしなかったし…)
どうやら今の彼女は、新たに金銭面での悩みを抱えているようだ。孤児院暮らしである以上、自分の家でもあるあの施設の経営は気に止めなければならない。財布をしまい、そのまま校舎外へ出ようとする。
「…あら?」
廊下を歩いていると、ある教室が目に入った。カーテンで廊下側の窓が覆われ、外からの様子が全く見れない状態になっている。確かあそこは、誰も使われていない空き部屋のような状態で、中は余った机が並べられている状態のはずだ。この学校では、空いている教室はいつでも多目的で利用できるようにと鍵も開けられており、カーテンで覆ったりはしないはずだ。
気になってその教室の前に来てみる。控えめなイメージこそあるが、彼女は好奇心も強い方だった。近づいて窓の中を覗き見るが、やはり中はカーテンで覆われて見えない。隙間さえもなく締め切っていた。…と思ったらかすかに、わずか3センチほど窓が開いていた。小さくカサカサ、と音も聞こえる。誰かが使っているのだろうか。
覗いてはいけないものだとテファは思うが、怖いもの見たさの感情が芽生えたのか、窓の隙間をそっと覗き込んだ。その瞬間、突然彼女の覗き見ていた窓の隙間から白く大きなものが下りてきた。
「きゃあああ!?」
それを見たテファは思わず悲鳴を上げた。降りてきたその白い物体は、




骸骨の頭だった。





突然の怪奇的飛行物体を目にしたことで彼女は驚きのあまり腰を抜かしている。それも骸骨は糸で吊り下げられているわけではなく、一人でに浮いて宙を漂っていたのである。しかもどういうことか、こちらを追尾してきている。ホラーものに耐性がないらしいテファは怯え、向かってくる骸骨とは真反対へ逃げ出す。
「だ、だだだ…誰か!」
仕掛けも見受けられないのに浮遊し続ける骸骨なんて、もはやそうとしか思えない。この骸骨は…本物のお化けだ!歯をカチカチ鳴らしながら迫る骸骨に、テファは助けを求めるも、気が付けば
骸骨が眼前に迫ってきたとき、覚悟を決めて目を閉じた…が、骸骨はテファに届く前に、糸が切れた人形のように床に落ちた。
「え?」
何が起こったのかわからず、テファが目をぱちぱちさせて困惑していると、カーテンで覆われた教室の扉が開かれた。
「なんだ、悲鳴が聞こえたと思ったら君だったのか」
現れたのは、シュウだった。何をしているんだと言わんばかりにテファを見下ろしていた。
「せ、先輩…?」
シュウは骸骨を何の抵抗もなく拾い上げ、教室の中へ戻る。テファは気になって彼の後を追って教室に入る。
木の板、銅線、布原、ランプ、絵の具、工具…とにかくいろんな道具や素材が、会議室の机のような形で並べられた机の上に散らばっている。彼は椅子に座ると、骸骨の口を開けてその中に手を突っ込んだ。テファは思わずひう、と悲鳴を漏らした。さっきまで浮いていたこの呪いの骸骨を全く恐れもせずに、口に手を入れるなんて罰当たりとしか思えない。でもすぐに、シュウが骸骨に手を入れた理由を知った。
骸骨の口から、彼は小さなファンの着いた機械を取り出していた。
「あの、それって?」
「あぁ、尾白のクラスの連中が今度の学園祭で幽霊屋敷を作るってことになったそうでな、俺に小道具の制作を頼んできたんだ。中に小型のドローンを仕込んで見たが、うまくいってよかったよ」
つまりその骸骨は、彼がそのために用意した仕掛けの一つなのだ。カーテンを締め切ってるのも、雰囲気作りのためらしい。
「お、脅かさないでくださいよぉ…本物だと思ったじゃないですか…」
若干情けない声でテファは抗議した。空飛ぶ骸骨なんて、妙に手が込んでる上に心臓に悪すぎる。特に女の子らしくホラー系に耐性が無いテファに、今の骸骨の仕掛けは本物と錯覚させられる。
「試運転でそこまで怖がってくれてたなら作り甲斐があるな、っくく…」
(先輩、意地悪…)
詫びれなくそう言ったシュウに、テファは少し剥れた。私は実験台なのか。そう思うと不満が募ってくる。人が先日の戦いのこともあって心配していたと言うのに。怯えていた自分を見て面白おかしそうに笑っている彼が、ちょっぴり憎らしくなる。シュウを見かけたら、体調は悪くないかとか、先日の戦いの後のことを尋ねて見ようかと思っていたが、こんな意地悪を受けてはその気も失せる。
(…え…先輩が、

笑ってる…!?)

ふと、テファはシュウの口角を上げた笑みを見て、面食らったように驚いた。

シュウが、笑っている。たったそれだけのことなのに、それが何にも勝りそうなくらいの衝撃となった。

「ところで何か俺に用か?」
「…いえ、なんでもありません」
そのシュウの一言を受けて我に返ったテファがそっぽを向くと、ちょうど同じタイミングで二人のいる教室の扉が開いた。
「ようシュウ!うちのクラスで使う仕掛けの調子は、ど、う…」
現れたのは尾白と憐だった。しかし尾白はシュウとテファの二人を見て驚いて固まると、すぐさま廊下側を向いてわめきだした。
「愛梨さんこっちです!こっちであなたの旦那が不倫してますよぼぐひぁ!」
「ふ、不倫!?」
「人聞きの悪いことを言うんじゃない!それに誰が旦那だ」
自分が二股をかけてるような言い方をされ、テファは目を白黒させ、シュウは尾白に向けて怒鳴る。ギーシュならやらかすだろうが、自分は複数の女を侍らせる気はない。適当に尾白の頭を殴り付け、彼は憐に空飛ぶ骸骨を渡した。
「あーあ、また尾白が変なこというから」
「うぐ…いや、だってよぉ、愛梨ちゃんが毎日すげぇアプローチかましてっから…」
「ほら、憐。頼まれてた仕掛けの一つができあがったぞ」
「わぁサンキュー!やっぱお前手際がいいよな!」
完成された骸骨を受け取り、嬉しそうに眺める憐。テファの目から見ると、憐の明るいキャラと骸骨という不気味な組み合わせが、憐を危ない人間に思わせそうで、見てるこちらとしてはちょっと引いてしまう。この様子だと、シュウが変身した銀色の巨人や、あの女子生徒たちが召喚した悪魔の戦いのことも、アンリエッタの一派による情報操作で認知していないのだろう。
すると、憐が何か思い出したのかシュウに尋ねてきた。
「あ、そういやさシュウ。愛梨、来なかった?」
「愛梨?いや、来ていない」
きょとんとしながら、シュウは憐の質問に首を横に振る。
「あれ?もしかして、先に帰ったのかな?いつもはお前と一緒に帰りたがってたのが当たり前だったのにさ」
「へ、振られたんじゃねぇの?」
尾白が意地悪く言ってくる。尾白の余計な一言は適当に聞き流したが、言われてみれば確かに、とシュウは思った。というか、この一週間の間、愛梨が顔を見せてくる頻度が少なくなってきた気がする。最近アプローチに熱が入りすぎてる気がしていたが、かといっていきなり姿があまり見えてこなくなるのも妙な気分だ。
「尾白もんなこと言ったり高い理想ばっか求めてないで早く彼女作って見ろよ。それだけで幸せだぜ」
憐が何を言い出すんだと、からかい返すように言った。普段ならうるせぇ!と言い返して意地を張ってくる尾白だろうが、今回も彼の反応は違っていた。
「くくくく…安心しろ。もはやお前というリア充など恐るるに足らん」
シュウと憐は、尾白の妙に勝ち誇ったような態度にちょっとイラッと来るがそれ以上に困惑し、顔を見合わせる。テファもまた、どう反応すべきか困っているようだ。
「へっへへ…実はよ、ついにこの尾白様も、リア充の仲間入りを果たしたのだ!しかも相手はあのキュルケ!!」
「…へぇ」「ふーん」
キュルケの名前を聞いた途端、シュウの口から気のない声が漏れた。憐も細い目でじとっと怪しそうに見ている。
「あ、信じてないだろその反応!あいつから出された条件だって俺には朝飯前なやつだったぜ!あれはもう俺に気があると見て間違いない!」
「条件?」
「おっと、これから約束の時間だからな。先に帰らせてもらうぜ!それ知らせに来たから、それじゃぁな!」
そのキュルケが提示してきた条件とはなんなのか、それを聞こうとする前に、尾白は壁に賭けられた時計でそろそろ時間が来たことを知ると、すぐさま教室を飛び出していった。
「絶対早とちりだと思うんだよなぁ…なぁ?」
「あぁ…」
憐は肩をすくめながら呟いた。シュウも、あの面食いなキュルケが尾白と付き合おうとしてくれる、なんてとても思えなかった。一度言い寄られたことがあるからよくわかる。あの女のアプローチは少なくとも最初は顔目的だ。でも尾白はいたってフツメン。どこにでもいるタイプの男子高生。しかも女を靡かせる魅力も見当たらない。そう言ってしまえば、キュルケが尾白に惚れる要素など皆無に等しい。やはり尾白の一人勝手な妄想だろうと、シュウたちは片づけることにした。
「あ、すみません先輩。私もそろそろ時間なので」
すると、テファも時間を気にしていたのか、自分も帰ることを告げる。
「あの、それと…今日からは送らなくても大丈夫です。しばらくお世話になりました」
「いいのか?また変な奴らに言い寄られたりするかもしれないぞ」
「少しは自分で対処できるようにならないと、先輩のご迷惑にもなりますから」
「そうか、それじゃ気を付けて帰れよ」
「はい。では、また明日」
テファは深く二人に頭を下げて教室を後にした。彼女も立ち去ったのを確認すると、憐がシュウに対してある提案を持ち掛けてきた。
「シュウ、これから尾白を付けて見ない?」
「尾白を?どうして」
「あいつのことだから適当にあしらわれるだろうし、アフターケアも必要だろうしさ」
「…なるほど、それもそうだな」
それを聞いてシュウは、あぁ…と予想していた尾白の未来のその先を読んだ。キュルケに実際には遊ばれていたことを理解し、その嘆きに満ちた愚痴を飽きるまで自分や憐にぶつけてくるに違いないと。
面倒な奴だとシュウは思った。でも放置しておくとしばらく聞きたくもない愚痴を延々と聞かされ、他のことに集中できなくなるのも嫌だ。無視を決め込もうとしても、結局そうしてくる。仕方ないと思いつつ、シュウは憐と同行することにした。





サイトたちに追跡されているとは知らず、学校を後にしたシエスタは、秋葉原の街を歩いていた。しかしどこか挙動不審気味に周囲を見渡している。見渡して何もないと思うと、ほっと一息ついて再び町を歩き、近くに街の時計塔を見かけるとその足元で待機し始める。
携帯をいじりながら、またしても周りを見る。自分でも怪しいとは思うが、『あること』のためと思うと、どうしてもそのようにふるまってしまう。不安を抱えつつ少し待っていると、待ち望んでいた人物が来訪した。
「ごめんなさい、お待たせしました!男子の方を撒くのに時間かかっちゃって」
来たのは、アンリエッタとティファニアの二人だった。帰り際に、またしても学校の男子生徒らに追跡を食らったようだ。
「いえいえ、私もさっき来たばかりなので」
シエスタは二人に対して怒ることなく、そのまま三人で街の中へと向かい出した。
「ティファニア、先日の事件以来、あなたの暮らしている孤児院の方は大丈夫なのですか?」
しばらく歩いていると、横に並んでいたアンリエッタがティファニアにそのように尋ねてきた。
「えぇ、この前の一件で孤児院そのものは…みんなは少しけがをした子が出たくらいで何事もなかったんですが…」
「本当に、幸いでしたね。お話を聞いた時は、私も驚きました。まさか孤児院に飛行機の落下物が落ちてくるなんて」
「え、ええ…」
何度も言うようだが、実際にはシュウの変身したウルトラマンとビシュメルの戦いの余波で、彼女の暮らしている孤児院にも被害が及んだのだ。マチルダやアスカ、そして孤児たちは無事だったものの、孤児院はボロボロになってしまったのである。
ティファニアはビシュメルの件で当事者となり、もはや隠しようがなくなってしまったこともあって、本人にはビーストやウルトラマンのことは口留めにしてもらうだけに留められた。シエスタは当然、本当のことについては何も知らない。事件当時同じ現場にいたとはいえ、瓦礫に頭をぶつけて気絶しアスカの手で病院に搬送されたためだ。他のクラスメイトと同じように、ニュースや新聞で、上空で発生した飛行機事故で落下した飛行機の破片が町の各所に落下し、そのうちの一つがテファの暮らす孤児院だと認知している。
「すみません、ティファニア。私の家から援助することもできたのですが、私の両親の許可も必要ですし、許可が下りたとしても他の都合で十分な資金は与えられそうにありません」
「そんな、お気持ちだけで十分ですよ!アンリエッタ会長だって学業でもご多忙じゃないですか。それに、少しは自分でも稼いでいかないといけませんから」
支援以外にも、次の新たな驚異に備えなければならない立場にある。あまつさえアンリエッタは生徒会長の立場だ。現在はルイズとキュルケが参加するミスコン等を行う学園祭の計画も進めなければならない。学園の教師たちのコルベールや孤門、ムサシ、凪…他数名も力を貸してくれるとはいえ、学生にはハードスケジュールだ。しかもなぜか、彼女も何か理由があってかアルバイトしている。
復興支援について、テファの家にまでまだその手が行き届ききれていないことを詫びるアンリエッタに、テファは気にしないでほしいと言った。
「…でも、さすがにちょっと不安ですね。この手のお店、男の人の目が怖いです。マチルダ姉さんには、反対されると思って言わないままでいるんです」
「この手のお仕事は常にトラブルが多いですから、不安を感じるのも仕方ないですよ」
「ティファニア、せめて私たちも先輩としてあなたを支えましょう。私も最初の頃はそうですが、今は少しばかり慣れてきました。あなたにもきっとできるはずです」
「困った時があれば私にも相談してくださいね」
テファは二人を頼もしく思った。この二人もいたから、この仕事を孤児院の維持費の稼ぎ処として選べたのだから。
孤児院は両親が経営している。しかし入居している子供たちも多く生活費や維持費、前回の一件で半壊してしまったため多額の金は必要になっている。
だから少しでもあの子たちが楽になれるように頑張らなくては。
「そういえばお二人とも、今日はティファニアさんに続いて新人さんがもう一人来られるそうなんですよ」
「新人さんが?どんなお方なんです?」
「それなんですけど…」
最後に新しく自分たちが働く店に来るという新人を話題にしつつ店の扉を開いた。



夕日が沈み始めてしばらく経過した時間、シュウは憐に連れられ、尾白を追っていた。キュルケと付き合える、などと、学校でそう告げていたが、どう考えても一人勝手に舞い上がっていただけだと見て取れた。
そして、シエスタとアンリエッタ、そしてティファニアが入っていった店の前でしょぼんと座り込んでいる尾白を見つけた。予想通り、キュルケとの交際のチャンスが、自分の思いあがった勘違いでしかなかったことに気づいて、一人へこんでいた。
「な?だから言ったろ?全部尾白の勘違いだったんだよ」
尾白の背中をさすって、彼の嘆きを和らげようとする憐。だが尾白は一向に凹みから立ち上がろうとしなかった。
「うぅぅぅぅ…けどよぉ、俺の前でやたらと胸元のボタンとったりとか、スカートのすそとか上げてきてさ、自分に気があるんじゃないかって思うだろ…?」
「そうやってあの女は男を侍らせてきたと聞いているぞ。わかりきった罠にかかりやがって…」
シュウはすっかり尾白に呆れ返っていた。見え透いた罠にも簡単に引っかかるとは、将来美人局に引っかかるのではないかとも思えてしまう。だがそうなる前に、キュルケが遊び半分で仕掛ける程度のそれに引っかかったのなら、今回の失敗を教訓にできるだろうと思って、あまり問題視はしないことにした。
「てめえはいいよなぁ!そのルックスさえありゃ彼女の一人や二人なんて簡単だろうからさ!俺なんか一度もモテた試しがないんだぜ!」
シュウからの冷たさを隠さない言動に、尾白は嫉妬を爆発させた。
「こうなったら…あそこの店の子たちに慰めてもらわないと!!行くぜ二人とも!!」
もうなりふり構わずといわんばかりに、尾白は憐とシュウの腕を強引につかみ、無理やりシエスタたちのバイト先と思われる店の方へと向かい出した。
「ちょ、俺は良いってそんなの!!」
「ぐ、放せ尾白!!お前と同類扱いされるのはごめんだ!!」
二人は必死に抵抗を試みるが、今の尾白の力は、男の純情を弄ばれたことへの怒りからかすさまじく、振りほどけなかった。抵抗むなしく、二人は尾白に引きずられその店の中へと連れ込まれてしまう。
憐は焦った。こんなところを恋仲である瑞生に見つかったら、と。シュウも焦った。こんな店に入ったと知られたら、他人から尾白と同じく、いかがわしい側面を持つ奴だと思われてしまうのではないかと。
そんな二人の危惧を知るものかと、尾白が店の扉を開けた。
その瞬間のことであった。

開かれた扉の奥から、決壊したダムの水のような勢いで、赤黒い闇がどっと押し寄せてきた。

たちまちその闇の波は、シュウの周囲に点在していたあらゆる建物を、そして尾白や憐どころかちょうど付近を歩いていた他の人々を飲み込んでいく。
「尾白!憐!」
シュウは手を伸ばして二人を繋ぎ止めようとするも、二人は逃げる間もなく闇に飲み込まれてしまう。
やがて闇の波の勢いはシュウ自身をも飲み込んだ。
津波によって沖へ押し流されていくように、身動きもできず底へと沈んでいくシュウ。
呼吸ができない。本当に水の中に放り込まれたかのようだ。
それでもシュウは、体勢を整えようともがきながら、水底に向けて目を開ける。
水に押し流されたせいなのかてっきり海の底なのかと思っていたが、そこに広がるのは、水の世界などではなかった。
町の一角にある、既に火の手が上がって崩壊寸前となっていた、大きな病院だ。
「この病院は…」
さっき店の扉から溢れた闇の波に飲まれたと思ったら、一気に景色が様変わりしていたことも驚いたが、それ以上にシュウは、病院の中庭の中心地にあるものに目が留まった。

火のせいだけではない。赤く染まった水溜まりが一面に広まっており、その中心には同じく真っ赤に染まった服を来た少年が膝をついている。

妙にその少年から、シュウは既視感を感じた。

それは怖いもの見たさのある好奇心からだろうか、シュウはその少年に恐る恐る近づく。
対する少年も、シュウが近づいてきたことに気づいたのか、彼の方を振り返る。
「!?」
シュウは息を飲んだ。
それもそのはず、赤く染まった水溜まりにいるその少年は、

「お、俺…!?」

今よりやや若い姿をした、シュウ自身だった。

しかもその足元には、真っ赤な肉の塊が無数に散らばっている。その意味をシュウは、恐怖と共に思い知った。

その赤い水溜まりは、血。そして肉の塊は、

人間の…



その意味を理解しかけたところで、

「!」

少年の姿のシュウが、瞬時にシュウの眼前に、息がかかる程までの至近距離まで迫っていた。
少年は、シュウが驚く間も与えんとばかりに口を開く。


シュウはその時、少年時代の自分の姿をした目の前の少年の瞳に、あるものを目にした。







―――――お前は『□□』










その瞳に写っていたのは、自分ではなかった。













―――――――――――ただの、











赤い輝きを放つ目をした、










―――――――――――――□□だ……!!














漆黒の巨人であった。







「うわあああああああああ!!」


「っはぁ!!?」
はね上がるように勢い良くシュウは起き上がった。
既に似たような形での目覚めを経験したからだろうか、自分がまた、悪夢に魘されていたことを悟る。
「また、あの夢か…」
一体これで何度目だろう。内容は朧気だが、ここしばらく同じような夢、地球にいた頃に記憶に似た夢を見続けている。そして今回は最後に、
自分に語りかける、あの怪しげな声が…
(なんたって、またこんな夢を見るんだ。俺は…)
同じような夢を見続ける自分に自問しようにも答えなど出せないシュウ。
「んみゅう…お兄ちゃん、うるさい…」
「あぁ、悪い。起こしたか」
シュウの起き上がり様の叫び声で、一緒に寝ていたリシュも起床する。
「おはよう、お兄ちゃん。って…酷い汗!大丈夫?」
起きるや否や、シュウの顔が汗びっしょりであることに気づくリシュは酷く慌てた。
「大丈夫、所詮夢だ。嫌な内容だったけどな。
少し朝日を浴びてくる。リシュはティファニアを起こしに行ってくれ、すぐに戻る」
子供に心配などかけられない。シュウは汗を拭き取り、一旦外の朝日を浴びに出るのだった。
「…」
そんなシュウを静かに見送るリシュ。心配そうな表情こそ浮かべていたが、


どこか薄ら笑いを浮かべていた。
 
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