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色を無くしたこの世界で

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第二章 十三年の孤独
  第46話 黒い手紙

「酷い……」

 広場の惨状を見詰めながら、絞り出すように葵が呟く。
 カルムの言葉に事故のあった場所へとやって来た一同の目に飛び込んで来たのは、白い瓦礫の海と混乱に包まれた街の姿だった。
 街の広場と呼ばれる場所に建設された岩の柱はそのどれもが破壊されており、バラバラになった瓦礫が地面を無造作に埋め尽くし、他の家屋をも潰してしまっている。
 変わり果てた街の光景を呆然と眺めるシエル。そんな彼の姿に駆け寄って来たのはゲイルだった。

「長、大変です。倒壊した柱の下敷きになった住人が何人も。少数ですが家屋もいくつか倒壊しており、そこに閉じ込められている住人も何人か……」
「なっ……」

 ゲイルの告げる街の現状に天馬達は驚愕した。普段は穏やかなシエルも、あまりにも悲惨な現状に口元を手で押さえ瞳を揺らしている。

「現在、住人達の力を借り救助活動を行っていますが、皆混乱しておりそれどころではありません。長自ら指揮をお願いします」

 先程のカルムの慌てぶりとは対照的に比較的冷静に言葉を連ねるゲイルだったが、やはりこの惨劇に動揺しているのか、普段より早口で状況を説明する。
 ゲイルの言葉を最後まで聞いたシエルは「わかった」と頷き応えるも、その声は少しばかり震えていた。
 そんな苦しそうな彼の姿を見詰める天馬。瞬間、耳に突き刺さった住人の泣き声に天馬は反射的に視線を動かした。

 目に留まったのは子供だろうか。まだ小さな黒色のイレギュラーが「痛い」と泣きながら他の住人に担がれ運ばれていく様子だった。
 あまりにも悲痛なその声に「痛みは感じるんだ」と小さく呟くと「不便な物だよ」とアステリが皮肉に囁く。

「天馬。アナタ達は宿に戻ってお休みください」
「そんな事出来ないよ! 俺達にも手伝わせて!」

 ゲイルとの会話が終わるや否やシエルがそんな言葉を言い放つ。
 「こんな状況で」と思わず声を荒げた天馬に彼は静かに首を横に振ると、一枚の封筒を差し出す。

「これは?」
「壊された柱の近くに落ちていたそうです。……中を確かめてください。アナタ達がするべき事が分かるはずです」

 先程より落ち着きを取り戻したシエルの酷く悲しそうな言葉に天馬はそれ以上何を言えず、ただ黙ってその封筒を受け取った。



 大半の住人が救助活動に追われている中、天馬達一同は宿に戻っていた。
 皆、先程見た惨状に胸を痛めながら、シエルに渡された封筒に視線を向けている。
 黒い洋形封筒には宛名も差出人の名も何も書いておらず、シエルが読んだのだろう。開けた形跡があった。

「手紙、かな。何が書いてあるんだろう」
「分からない。シエルは俺達がするべき事が分かるって言っていたけど……」

 「とりあえず読んでみよう」。神童に促され封筒から一枚の紙を取り出す。
 出てきた黒い二つ折りの紙を開くと、そこには白い文字でこんな事が書かれていた。

___________

 色彩の世界の住人へ

 夜分遅くに失礼。
 空の街【ヒンメル】での演出は気に入ってくれたかな?

 やはりこう言う果たし状を送る時は少しばかりの演出も必要だ。
 まあ、ちょっと犠牲者が出ちゃったみたいだけど。

 明日、ヒンメルの太陽が真上を指す時。
 街の西側にあるグラウンドで君達を待つ。

 もちろん君達に拒否権など無い。
 まあ、受けなければ今度は柱だけじゃ済まないけど……

 四代親衛隊モノクローム カオス

___________

「! これって」
「誰だ?」

 『カオス』……手紙に書かれた名前に戦慄するフェイ、アステリとは対照的に、不思議そうに声を発した神童。
 無理も無いだろう。要所要所の会話でカオスと言う男の名前が出はしたものの、天馬、フェイ、アステリの三名以外は実際に彼と会った事が無いのだから。
 アステリはカオスを知らない神童達も話について来れるように、以前の試合の事を簡易的に説明した。

「じゃあこの手紙は、そのカオスと言う男から送られた果たし状と言う事か」
「手紙の一文を見るに、今回の事故もこの手紙の存在を俺達に知らせる為にわざとそいつが起こしたようだな」
「そんな理由であの事故を!?」

 手紙の内容を知り次々と発言する一同をよそに、剣城は手紙を持つ天馬の手が震えている事に気付いた。
 目線を上げたそこには今まで見た事も無い、激しい怒りと悲しみに満ちた天馬の姿があり、剣城は目を見開く。

「天馬……」

 驚き、声を零した剣城をよそに天馬は苦しそうに顔を歪め言葉を発する。

「許せない……そんな、そんな理由で関係の無い人達まで巻きこむなんて……ッ!!」

 絞り出すように叫んだ天馬の胸はカオス達に対する怒りと共に、シエルやヒンメルの住人に対する罪悪感でいっぱいになっていた。



 あれからどれ程の時間が経っただろうか。モノクロームとの試合を明日に迎えた天馬達は、試合の為にと早めの就寝についていた。
 明かりが消され暗く沈んだ部屋の光景を目に映しながら、天馬はベッドの中で浅いため息をつく。

「眠れないのか」

 暗闇から聞こえた声に驚き身を起こすと、パチリとベッド横の卓上ランプの灯りがつき、声の主の姿が浮かび上がる。

「剣城、狩屋……」

 ランプの灯りに照らされ映し出されたのは、同じ部屋に泊まる剣城と狩屋の姿だった。

「二人も?」
「まあね」
「今日だけで色々な事があったからな……」

 イレギュラーの事、ヒンメルの事、明日の試合の事……
 様々な事を考えては頭の中を整理していたのだろう。天馬と同様、二人も眠れずにいた。

「そっか。実は俺もまだ少し混乱してるんだ。でも、それよりも……」
「シエルの事か」

 剣城の言葉に天馬は頷く。
 二人と同じように明日の試合の事も気掛かりな天馬だったが、それ以上にシエルやこの街の住人達の事が気になってしょうがなかった。
 カーテンを開け窓の外を見ると、未だ作業が続いているのか、遠くで白い明かりがぼんやりと見える。

「まだ騒いでるみたいだね」
「……どうした、天馬」

 窓の外を見詰める悲しそうな表情に剣城がそう言葉をかける。

「いや、なんでもないよ。明日の試合、シエル達の為にも絶対勝たなくちゃ……って思って」
「ああ、そうだな」
「……だね」

 頷く二人の言葉を聞き薄い微笑みを返すと「もう寝よう」とカーテンを閉め、天馬はランプの灯りを消した。
 他二人と「おやすみ」と言葉を交わし布団に潜ると、閉じたカーテンの隙間から漏れる光に目をやる。

――俺達がここにいなければ、シエル達に危害が及ぶ事もなかったのかな。

「そう思ってしまった事は、二人には黙っていよう」と心で呟くと、天馬は静かに瞼を閉じた。



「ついに、奴等が動きましたね」

 場所は変わって一同の泊まる宿屋の前。
 ローブの男はそう言葉をかけると、特徴的な緑色の瞳に少年の背中を映し出す。

「そうだね……」

 高く築かれた柱の上に座り返事をするアステリは、男の姿を横目に捉えると言葉を続ける。

「この前はありがとう、天馬達を助けてくれて。キミの『色の力』のお陰で怪我も大事に至らなかったみたいだし」
「私はただ主人である貴方を助けただけです。……それに、あそこで彼等に倒れられては私の目的も果たせなくなる」

 淡々と語る男の言葉にアステリは「そっか」と小さく唱えると、目を細めじっと広場の方を見詰めだす。

「……明日は試合でしょう。いくらイレギュラーだからとは言え、休息はとった方が良いですよ」
「ありがとう。でも、もう少しだけここにいたいんだ」
「それは彼等への罪悪感故ですか?」

 男の言葉にアステリの動きが止まった。
 しばしの沈黙の後、男は視線を地面に落とすと「失礼」と謝罪をする。

「過ぎた事を言いました。……お互い、不干渉が条件でしたね」

 ばつが悪そうな声色で囁いた男に「構わないよ」と返すと、アステリは視線を男の方へと向け言葉を続ける。

「それより、これ以上の長居は危険だ。キミも行った方が良い」
「……ですね」

 フードを目深にかぶりながら男は腰を上げると、アステリの方へ向き直り頭を下げる。

「では私はこれで。くれぐれもお気をつけて、主人」
「ああ、キミも気を付けて」

 長いローブを風に揺らしながら男はそう言葉を残すと、その場を去っていった。
 白い柱の上で男の姿が見えなくなるのを確認したアステリは、まだ暗い空へと視線を投げると、悲しそうに目を細める。

「"罪悪感"……そうだね。きっと、それが原因だ」

 白い満月を目に映しながら一人、口を零した。 
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