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色を無くしたこの世界で

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ハジマリ編
  第35話 再戦VSザ・デッド――必殺タクティクスと謎の化身

「必殺タクティクス《影縫い》――――」
「ッ……スキア、何をした……!!」

 ボロボロになった体を引きずりながら叫ぶアステリに向かい、スキアはクスりと笑うと、最初に出会った時の様な不気味な微笑を浮かべ、言葉を返す。

「ご安心を、アステリさん。私はただ……彼等の影を操っているだけですから」
「…………は……?」

「今、発動した黒い波紋は生物の影を支配し、操る力がありましてね。彼等は私に影を操られている以上、自由に行動する事は出来ません。……まぁ……それだけではありませんが……」
「な……ッ!」

 意味ありげに囁いたスキアの言葉に、アステリは背後の雷門イレブン達の方へと振り返る。
 苦痛と困惑の表情を浮かべるメンバー達の影に……微かに光る透明な糸の様な物が見えて、アステリは瞳を瞬かせた。

「動きを封じられるだなんて……」
「アイツ等……卑怯な手を……」

 呟いた円堂の言葉は、明らかに怒気を含んでいた。
 サッカーが暴力の手段になっている事も、天馬達のプレイを『粗末』だと侮辱するのも……
 今こうして、卑怯な手で皆の動きを封じているのも……全てが許せない。
 拳を強く握り、悔しそうに顔を歪めた円堂の隣でワンダバがふと言葉を零す。

「だが、どうしてアステリだけは動く事が出来る」
「……イレギュラーはもとより、生死の概念が無い世界の存在……そしてこの波紋は生物のみに有効な物……」

 「我々に効果が無いのは当たり前」と続けるスキアは静かに笑みを浮かべると、「さて」と地面に伏せる天馬達の方へと視線を移した。

「ここで雷門の皆様に一つご提案がございます」
「……?」

 意気揚々と弾んだ声で"提案"なる物の説明を始めるスキア。
 先程までの冷徹な態度とは一変、温和で紳士的なその口調に困惑する一同をよそに彼は言葉を続ける。

「簡単な事です。もう、我等に関わらないで頂きたい」
「……!!」

 語られた提案の内容に一同は目を見張る。

「アナタ方も、今回の様な辛い目にあうのは嫌でしょう? 自分達の大切な物を傷付けられ、壊されるのは嫌でしょう。自分達の信じて来た力を『粗末だ』と侮辱され、惨めな気持ちになるのは嫌でしょう。……だったらもう、我等の目的を邪魔しないでもらいたいのです」
「スキア……ッ!」

 雷門イレブンの目の前で演説をするかの様に言葉を続けるスキア。そんな彼に対し反射的に動いたアステリを、ザ・デッドの面々が取り囲んだ。
 「外野は黙っていろ」……そう笑う白い面の様なマッドネスの顔を睨み付けると、アステリは不安そうに天馬の方へと視線を流した。

「アナタ方は個性溢れる素晴らしい人材です。こんな突然現れて世界がどーだの、心がどーだの言う訳の分からない男に協力し、わざわざ危険に身を投じる必要は毛頭ありません。アナタ方がこの一件から大人しく手を引いてくださると言うのなら、我等もこれ以上アナタ方と関わる事はしないと約束しましょう」

 手を広げ語るスキアの表情は試合中に垣間見えた、あの嬉々とした笑顔と同じ物だった。
 スキアは彼等がこの一件から手を引くと確信している。

 大人びてはいても彼等はまだ中学生。
 こんな意味の分からない場所に連れてこられ、人とは言い難い異形の存在と戦わされ……
 挙句の果てには自分達のフィールドである"サッカー"で手も足も出せない程に痛み付けられ……
 不安定な彼等の心は再起出来ない程にボロボロになっているはず。
 こうなれば後は簡単。彼等に逃げ場を与えれば良い。
 ここまで力の差を見せれば例えアステリが何を言おうが、その言葉を信じ、命を投げ出す様な馬鹿はいないだろう。

「それに……例えアナタ方が歯向かい続けた所で、その程度の力では我等に潰されるのがオチですよ」

 「今ならまだ引き返せる」「自分達の事は忘れ、普段通りの生活に戻りなさい」……
 心身共に弱り果てた雷門イレブンの心を見透かしたと言わんばかりに、スキアは優しい言葉をかけ続ける。
 彼の発する言葉は拡張していく波紋と共に、雷門イレブンの耳に確かに届き、聞こえていた。
 もちろん、天馬の耳にも。

――"今ならまだ、引き返せる"……

 力が抜け、何かに押しつぶされる様な感覚を味わいながら、天馬は思う。

――ここで俺等が諦めれば……これ以上、誰も傷付かずに済む……?
――痛い思いも……辛い思いもせずに済む……?
――いつもの様に……皆とサッカーがやれる……?

――違う

「ですので、アナタ方は…………」
「違う」
「………………は?」

 突如として聞こえた声に、スキアは言いかけた言葉を飲みこむと声の主の方向へと視線を移した。

「違……う…………違うん、だ……。確かに、辛いのも苦しいのも……皆が傷付いて、倒れていくのも……全部嫌だ……嫌だけど…………ッ」

 天馬はググッと体に力を込めると、顔を上げ、目の前で自分を見下す様に見詰めるスキアに対し射抜くような視線を向け、叫ぶ。

「だけど! だからって、失うと分かっているモノから目を逸らして、逃げる事なんか出来ないよ!!」
「――!!」

 自身を貫く、強く鋭い目がスキアの目に留まる。
 一変の陰りも無い真っすぐな青い瞳の奥底で、スキアが"壊れている"と確信していた心は確かに生きていた。

「ッ、はあああああああああっ!!」

 灰色の空を打ち消さんばかりに天馬は吼えた。
 同時に再度全身に力を込めると、自身を縛る黒いオーラを吹き飛ばすように力の限り腕を振るう。
 瞬間、オーラは弾ける様に飛散すると天馬の体にあった圧迫感や脱力感と共にその効果を消し去ってしまった。

「な…………ッ」

 目を剥き驚きの表情を浮かべるスキア。アステリを取り囲んでいたザ・デッドイレブンも、予想外の事態に愕然と声を上げる。
 それは今まで飄々と余裕の態度を示していたスキアを初めて怯ませた瞬間だった。

『松風選手!! ザ・デッドの必殺タクティクスを気合いで跳ね飛ばしたぁ!!』
「天馬……!!」

 もうダメかと思われた天馬の再起の瞬間に、アルは叫び、フェイや神童達雷門イレブン、それにアステリも嬉しそうに彼の名前を呼んだ。
 痛む部位をおさえながら、天馬はゆっくりと立ち上がると、目の前のスキア目掛け言葉を続ける。

「俺はお前達になんかに負けたりしない! 諦めたり、逃げたりしない!! 何かを大切だと思う気持ちや、皆との間に生まれた絆がなくなっちゃうなんて……そんなの俺、絶対に嫌だから!!」

 そう叫ぶ言葉は天馬の思いだった。
 "怖い""辛い""苦しい"……そんな負の思いを打ち消す程の強い決意が、ボロボロになった天馬の体に力を与えていた。

「自力で私の力を振り払い、打ち消した……たかが人間が、私の力を……? そんなの……そんなのって…………ッ」

 顔を俯かせ、ワナワナと震える声で呟くスキア。
 自分の力が破られた事に対し、怒りの感情を露呈し始めたと誰もが思った。
 だが、そんな彼等の予想とは裏腹にそこで見た彼の表情は――

「そんなの、すっごく個性的じゃあないですかぁ……ッ!!」

 狂気を感じさせる程の、歪んだ笑顔だった。

「!?」
「あぁ……やはりクロト様の下について良かった。こんな絶望的な状況でなおも力を振るえる、"平凡"では無い"特殊"な方と出会えたんですから」
「何、言って……」

 困惑する天馬をよそに口角を引き上げ、興奮した様にスキアは続ける。
 自分の力が打ち消された事を嬉しそうに語る彼からは、先程までの冷静な態度は消え失せていた。
 恍惚と顔を歪ませ自身を見詰めるスキアの瞳に、天馬は寒気にも似た恐怖に一歩、後ずさってしまう。
 その動作をスキアは見逃さなかった。

「おや、怖がらないでください。私はただアナタ様のような他人とは違う"個性"を持つ存在が好きなだけなんです」

 天を仰ぐように向けられた頭を戻し、こちらを凝視するスキアに天馬はとっさに身構えた。
 そんな彼の姿に一つ笑みを浮かべると、舐めるような視線のままスキアは呟く。

「良いですね、とっても個性的で………………壊したくなる」

 直後、スキアは足元に転がるボールを拾うと、そのまま全身を黒い光に包みこみソウルを発動させた。

「ッ……! 天馬!!」

 アステリ、そして動きを封じられ地面に倒れこむ雷門イレブンが声を上げる。
 自身目掛け猛進してくる黒い獣の姿に、天馬は咄嗟にかわそうと体に力を込めるが、上手く動く事が出来ない。
 いくら気合いでスキアの力を弾き飛ばしたと言え、試合中の相手のラフプレーに体はすでに限界が来ていた。
 黒く巨大なソウルの猛進を目に、天馬は反射的にまぶたを強く瞑り歯を食いしばる。

――マズイ、このままじゃ……

 「潰される」……
 そう思った、次の瞬間。



「!? ぐあ……っ!?」

 まぶたを閉じた暗闇の中、強烈な衝撃音と共にスキアのうめき声が聞こえ、天馬は目を見開いた。

「…………化身……?」

 天馬達、雷門イレブンの目の前に突如として姿を現したのは『翠色の髪を持つ巨大な化身』だった。
 突然の事態に雷門イレブンはもちろんの事、ザ・デッドの面々も驚きの声を上げる。
 ふと天馬は巨大な化身の足元へと目をやる。
 そこには謎の化身の発動者だろう、真っ黒なローブを着た人物がいた。

「……!」
「? ……君は……?」

 その場の全員が混乱する中、力無く吐きだされた天馬の言葉。
 その言葉に答えるように、ローブの人物は背後に立つ天馬の姿を一瞥する。
 目深にかぶったフードのせいで顔はよく見えなかったが、その中で唯一見る事が出来た、緑色に光る瞳が天馬の脳裏に焼き付いた。

 ローブの人物はスキア達、ザ・デッドメンバーの方へと向き直すとグラウンド――いや辺り一面を緑色の光で照らし始めた。
 その光景にスキアは目を見開き驚くと、広がる緑色の光から身を守るように咄嗟に両腕で自分の顔を覆い隠す。

「っっ…………これ、は……っ……!」

 謎の人物の発した光に苦しそうな声を上げるスキア。
 色のある世界では消えてしまうと言うイレギュラー……
 スキアやザ・デッドイレブンもそうなのだろう。
 皆一様に光から逃れるように、顔を背けては苦しそうな声を漏らした。
 ようやく光が無くなり顔を上げたスキアは、目の前の光景に唖然とした声を漏らす。

「…………いない……」

 先程まで目の前にいたローブの人物はおろか、天馬達雷門イレブンの姿がどこにも見当たらない。

「逃げられちゃいましたか……」
「……どーすんだ、コレ。…………クロト様に怒られてもオレ、知らねぇからな」

 呟いたスキアの背後でマッドネスは呆れた様に言葉を放つ。
 あのローブの人物がいなくなったからか、辺りも自分が造った灰色の世界のまま、何も変わった様子はない。
 「だから早く終わらせろと……」と言葉を続ける彼を無視し、スキアは乱れた髪を右手で直しながら何かを考え込む。

「……チッ、聞いてんのかよ……スキア」
「えぇ、聞いてますよ。あまり大声出さないでください」

 スキアの態度に未だ何か文句を続けるマッドネスに一つため息を吐くと、スキアは踵を返し歩きだす。

「……もう戻りましょう、マッドネス。……疲れました」
「…………チッ」

 マッドネスはそう舌打ちをすると、先を行くスキアや他メンバーの後を追う。

(…………さっきの……どこかで見た気が…………)

 灰色の世界を見詰めながらスキアは考えを巡らせた。
 
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