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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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生半可な存在《モノ》じゃない

ソファーに寝転がりながら、天井を仰ぎ見る。視界の端に引っかかった時計の針が示している今の時刻は、12時47分だった。普段なら武偵校は授業やら昼休みやらの時間だけれど、先のバスジャックの解決者、或いは被害者は、こうして大人しく自宅謹慎という指示を出されたのだ。
そのため、キンジはまだ武偵校に居る。アリアは……何処に行ったんだろう。強襲科に装備を戻しに行ったまでは一緒だったけど、その後は別行動になったから後は知らないね。

小さく嘆息をしながら、額に手を当てた。疲弊した脳を癒すために──そうして同時に、その脳を酷使すべく──一連の騒動の主犯者を、どうにかして見つけ出すためにも。
それをある種の心理的抑圧(プレッシャー)として脳が認識したならば、これから行う推理には非常に都合が良く働いてくれることだろう。まずは始業式のチャリジャックに思考を向けた。

自分たちが狙われたチャリジャック。あれは、明らかに武偵殺しの模倣犯などという《《生易しい存在》》ではないと言えるだろう。数十台のセグウェイにUZI、ひいては高級車のルノー・スポール・スパイダーなど──手が込みすぎている。財力を、掛けすぎている。その時点で、模倣犯という線は、自分の中では消えていた。あれは確実に、如月彩斗や遠山キンジという、有力な武偵を殺すための計画だ、と。そう判断していた。

──平生と比較しても、思考の感覚がだいぶん明瞭になっているように思える。脳に届いてくる雑音も減った。まだ掛かりは甘いけれど、このまま続けていれば、大丈夫だろう。

有力な武偵を殺すとするならば、何の為に。何を目的として、武偵殺しは動いたのか。世間の注目を浴びたいだけの愉快犯か。或いは、それを身に浴びた上での、何かしらの要求だろうか。前者とするならば、こういった愉快犯の類には罪科愛好(ペックアティフィリア)の気質があることも少なくはない。後者であるならば……ある意味をして、聡明と言わざるを得ないね。
爆弾の扱いに長け、多大なる財力を有し、こうして武偵のみを狙う悪質な犯罪者。放っておけないのは事実ではあるが、その素性が分からないのもまた、事実なのだ。

──脳内の感覚が、途端に明瞭度を増した。周囲にあるはずの雑音も絶無だ。流動しているのが時間なのか、はたまた自分だけなのか、それを自覚するのも面倒だった。
ただ分かるのは、この状態が俗に言う『ゾーンに入る』ということだけである。正確には、心理学者のチクセントミハイが提唱した、忘我状態(フロー)。この状態では、脳内伝達物質のエンドルフィンが分泌されることで、ストレスの鎮痛を図れるのが恩恵だろう。そうして、恣意的に脳の回転数を上げることで、心理的時間としての感覚を長期的に持続させているのだ。

忘我状態の中で、出来る限り推論を続けていく。武偵殺しは、その表層的な素性の中にヒントをありありと浮かばしているように思えて、仕様がなかったのだ。先日のセグウェイもそうだ。鑑識科に鑑定を任せてはいる、と理子からは聞いたけれども、それは果たしてどうなったのだろうか。学校が終わったあたりに訊いてみようかしら……などと考えてみる。

すると徐に、玄関扉の開閉音と足音が聞こえてきた。歩幅の感覚も短いし、そこまで音も反響しないということは、身軽な女子だろうか。だとすればアリアか、或いは──、


「ちょりーっす、理子りんのお出ましだよーっ!」


リビングの扉を勢いよく開け放った『理子りん』こと峰理子は、何やらいつも通りの珍妙な格好で挨拶をしてから、小走りにこちらへと歩み寄ってきた。一体どんな御用向きだろうか。
取り敢えず上体を起こして、ソファーに理子が座れるだけのスペースを確保してやる。「どうぞ、まずは腰掛けて」と手招くと、空いたそのスペースに理子は迷いなく座った。
そうして、どこからか取り出した小型のタブレット端末を手にして、


「さて、ここだけの話をしようっ!」
「……何のこと、いきなり押し掛けてきて。そもそも君はまだ武偵校に居る時間だろうに。というか、そのタブレットはどうしたの。何か重要なことでもあるのかい」
「ちょっと伝えたいことがあるから抜け出してきた。タブレットは情報科に貰ったの」


伝えたいこと──? 何のことやらと首を傾げると、理子は『待ってましたっ!』と言うかのように、タブレットの画面を見せてくる。そこには、かのSランク武偵である神崎・H・アリアの顔写真が貼付されており、その下にはプロフィールと思しき文の羅列があった。


「理子が調べたんだー。知りたいでしょ? アリアのこと」


理子はそう問い掛けてきた。口角を僅かに上げさせた、どこだか悪戯をする子供のような、そんな容貌に見える。それは果たして深読みなのだろうか。まぁ、どちらにせよ……だろう。
しかし理子のことだ。仮にここで背いたとしても、無償でこの情報を提供するほど馬鹿ではないだろう。有益なものには、それ相応の対価がついて回る。武偵はそれを、痛感している。


「……何をすればいい?」


峰理子は──変わり者の多い武偵校の中でも、目立って変わった存在だ。良くも悪くも。しかし、こと情報収集に於いては、秀でた才能を見せてくれる。それこそ、盗聴。盗撮。ハッキング。ネットに関しての知識は人一倍だろう。だから、その情報1つに価値が生じる。


「でも、理子はお礼なんて何も要らないよ?」
「えっ?」


あまりにも予想外だった返答に、衷心から素っ頓狂な声を出してしまった。何故だか理子も不思議そうな顔をして、「うん?」と小首を傾げている。


「えっ、なんで? 理子が調べて得た情報でしょ?」
「うん、そうだけど」
「それなら尚更、価値があるでしょう」


おかしい、どうにもおかしい。対価がついて回る──のは、誰であろうと知っているはずなのに。そこを敢えて無償でこちらに提供しようとする、理子のその姿勢の真意が、分からない。
それでも理子は、気の抜けたような顔をしていた。「ううん、違うよ」と首を横に振っている。


「だって、あっくんはその情報を悪用するとかじゃないでしょ? 悪用するなら理子が調べたぶんの報酬は貰うけど、これは理子の勝手な善意だもん。あっくんがアリアのことを気にかけてるみたいだったから、どうせなら教えてあげようかなー、って。午前中もバスジャックの事件をアリアと解決したっぽいじゃん? もしかしたら今度も一緒に依頼とかやるかもだし」


理子の身勝手な善意──その言葉が、どうにも気になっていた。違和感にも似た、それでいて酷似しているまた別のもののような、そんな気がしていた。
しかし理子の口ぶりを見るに、自分とアリアとがパートナーとして武偵活動を始めることは、まだ知らないらしい。まぁ、それは公言せずとも時間の問題だろう。アリアと一緒に居る時間が増えれば、良かれ悪かれ、色々な噂は立つだろうから。その時はまたその時だ。


「それじゃあ、うん、有難く貰っておこうかな。……でもね」
「でも?」
「やっぱり、少しくらいは何かお礼させて。貰いっぱなしだと悪いから」
「うーん、どうしよっかなぁ……」


どうしようどうしよう、とひとしきり考えた結果、どうやら理子のなかで答えは出たらしい。およそ物を強請るような子供の表情をしながら、それでもご機嫌そうに笑いながら言った。


「キーくんと、星伽白雪……ゆきちゃん? がカップル成立するのを見ていたいなぁー、って。キーくんから、『彩斗に怒られた。やらなきゃな……』って今朝に言われたもん。面白そうだから見てていい? いいでしょ? たまにはちょっとアドバイスするかもだけど!」


こういうところが、如何にも峰理子らしいといえば、らしいのだが。

「じゃあ、それで交渉成立だね」
「おぉ、やったぁっ! いぇーいっ!! はいたーっち!」


理子に言われるままに手を重ねた。軽快な音が掌から弾けていく。張り詰めたようなちょっとした痛みと、少女らしい肌の滑らかさと温もりとを、いっぺんに感受した。
そうして、理子からタブレットを受け取り──その中身を、見る。文章としてかなりの情報量を含んでいるそれは、今の現状でいちばん、アリアのことを理解するに相応しいものだった。 
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