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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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思いと想い

アリアがももまんを買うついでに、自分とキンジの分の弁当を買った──そんなわけで、久々に賑やかな夕食時を過ごしている。
しかし件の騒動のせいか、アリアに苦手意識を持っているらしいキンジは、なかなか彼女と面と向かって話そうとはしないでいた。……大丈夫かな。あまり気に病まないで欲しいところ。

そんな心配も脳の片隅に取り敢えずは置いておく。そうして、口に含んでいた白米をおかずと一緒に飲み込んだ。
ふと、ももまんを頬張っているアリアが視界に入る。小動物のように食べる様は何やら擬音が聞こえてきそうで、それがやはり年頃の少女のようで、風貌と相まって少し愛らしく思えた。


「しかし、どれだけ買ったの……もはや買い占めじゃない」
「……在庫が残ってればいいけどな」
「そんなのはいいのよ、別に。買ったものは客の物だし」


そう言いながら、アリアはまたもご満説といった風に頬張った。瞳はこの電灯に反照したためか、爛々としている。目を細めているその姿が小動物に見えたのは、猫を連想したためだろう。


「ふふっ。まぁ、それはそうだけれどもね」


アリアはどうやら、このももまんという餡まんが大好物らしい。ももまんとは一昔前にブームになった、桃の形をしているだけの餡まん──とはいえ、そんなに美味しいものだったかしら。
まぁ、アリアが美味しい美味しいと食べているのなら、別に部外者が口を挟む場面でもないのだろうけど……。


「だからアタシは心置きなく食べるわ。在庫なんて気にしない」


その通りにアリアは、7個買ったうちの7個目まで既に平らげている。この華奢な体型に反して結構食べるんだなぁ。意外だね。さぞ7個も目の前で買われた店員も驚いたことだろうよ。
──といった俺やキンジの目を気にせず、アリアは残ったゴミを紙袋の中に突っ込み、それを器用にゴミ箱へと投げ捨てた。見事にホールインワンだった。意外とやるね……?

ちょうどそこに弁当を食べ終えたキンジも、さてはホールインワンなるか──と思っていたけれども、キンジは素直にゴミ箱にまで行って捨ててくれた。別にホールインワンしてもいいんだよ?
なんて冗談はともかくとしても、育ちの差なのかな。これは。


「彩斗、弁当代払ってもらって悪いな。ご馳走様」
「いんや、気にしないで」
「ん、サンキュー」


キンジはそう言い残すと、そそくさとリビングを出ていってしまった。本当にアリアが苦手らしい。アリア相手に……というよりはHSSになったことに、罪悪感を覚えてるのかもしれないね。
キンジがリビングを抜け出るのとほぼ同じタイミングで、アリアは部屋の端に置いておいたトランクの取手を手にした。
何をするのだろう──と目で追っていると、ふと視線が合う。


「ねぇ、お風呂借りていい?」
「……好きにしていいよ」
「ありがと」


どうやらあのトランクの中身は、生活用品入れだったらしい。そうしてご機嫌そうに入浴へと向かうアリアの後ろ姿を見届けてから、俺は席を立つついでにゴミを捨てておく。
そのままキンジの後を追うように彼の部屋の前まで移動する。軽くノックをすると、すぐに中から声が返ってきた。


「何だ?」
「俺だ。ちょっと邪魔するよ」
「あぁ」


そう言ってから、キンジの部屋へと足を踏み入れる。綺麗に整頓された部屋は、キンジのおおまかな性格を示唆していた。
ベッドの上に寝転がって漫画を読んでいるキンジの近くに腰を下ろしてから、前置きも早々に口を開く。


「ねぇ、今朝のことなんだけど」
「……なんだ。チャリジャックか?」
「それも重要だけど、違う。キンジの白雪への態度だよ」


少しばかり強めの荘厳な口調でそう告げてやると、キンジは手にしていた漫画をベッドの脇に置いた。『何だと……?』と言いたげな視線を寄越してくる。真剣な話だと予感したらしい。


「朝早くからご飯を持ってきてくれる──この事実の有難味をさ、分かっていないでしょ。そもそもキンジは白雪に好意を向けられていることさえ、知らないだろうに」
「どうした、いきなり」
「面倒臭いから端的に言うね。幼馴染とはいえ、好きでもない子に女子は手作り料理なんかを持ってこないよ」


そこまで聞いたキンジは、何やら唖然とした顔をしていた。どうやらこの意味が飲み込めていないようだ。……いやはや、ここまで鈍いとは思ってなかった。どうしてこんなに鈍いのだろうか。
小さく溜息を吐く。もう少し分かりやすい表現にしてみよう。


「もっと分かりやすく言おうか。白雪は、キンジのことが──好きだ。だからこその行動なんだよ。それがなんだ、女子に対するHSSやら性的興奮やらに怯えて……。傍観している俺の身にもなって。早くカップル成立してくれないかなって思ってるよ」
「……もしかしてお前、怒ってんのか?」
「ある意味、まぁ、怒ってるよ」


そこで、これ見て。そう付け加えた俺は、武偵校の帰りに書店で買ってきておいた1冊の本を、制服の内ポケットから取り出す。
それをキンジに手渡せば、彼の露骨に嫌そうな顔が見れた。それもそうだろう。なにせタイトルは──、


「『片思い女子の取扱説明書』……おい、ふざけんなッ」
「あいにく、本気なんだよねぇ。どうあっても遠山キンジには件の幼馴染とカップル成立してほしいわけだ」
「勝手にお前の意向を押し付けられても、俺としては困る」
「君はいつまで白雪の好意を無視するおつもりで?」
「それは……まぁ、悪りぃと思ったよ」
「じゃあ、そういうことだよ。お話はこれでお終い」


しっかりと読んどいてね──と言い残し、リビングへと戻る。
本当にキンジは自分のことに鈍感だ。見ている方がつまらない。それならいっそ、後押ししてくっついてもらった方が簡単だ。白雪はキンジを好いているし、キンジも白雪のことを悪しく思ってはいない。好条件だとは、思うけれどもね。


「……どうなるのやら」


何がなしに呟いた。それに呼応するかのように、内ポケットに入れておいたケータイが通話着信を知らせる。宛先は──非通知。
受けるべきか暫し悩んでから、その通話を開始した。


『如月彩斗くん──だね? 少しばかり君に頼みがあるのだが』
「……頼み?」


受話器から聞こえてきたのは、若々しい男声。若い男にしては大人びた、それでいて、何かしらの威圧感を内包している声色。
それを聞き留めてから、その男の素性と彼の『頼み』とやらの内容を模索する。実に奇っ怪な要件だ。


『神崎・H・アリアくんに関する話なのだが、聞いてくれるかい』
「それは内容次第だね」
『なぁに、簡単なことさ。君には彼女を守ってくれさえすればいい。何事からもね。そうだね──報酬は前払いで、100万』
「っ……」


それなりの額で俺に『アリアを守らせようと』する彼は──いったい、何者なんだ。アリアを守るのは容易だ。だが……何の為に? その真意は? それが分かりさえすれば良いのに……。
推論を組み立てても見えない彼の真意に、焦燥が募る。前髪を掻き上げていることに気がついたのは、痛覚のおかげだ。


「お前は……何がしたい?」
『彼女のことが気にかかっているだけさ。だからこそ、現段階で彼女にいちばん近い存在であると予知した君に……僕はこうしてまで、連絡を寄越したのだがね』
「この話、信用して──いいんだね?」
『あぁ、勿論だとも』
「なら──承諾しよう」


彼の声色の表層にも裡面にも、虚言らしきものは見えなかった。むしろ真実の、それも何かしらの好奇心が見え隠れしている。アリアに対する好奇心。それと彼とに何の関連があるのかは定かではないが、話の限り第三者の監督が必要なのだろうか。


『交渉成立だ。報酬は後日に君の口座に振り込んでおくよ。詳細を教えてくれたまえ。詐欺ではないから安心して欲しい。……ふむ、了解した。夜分に邪魔して申し訳なかったね。それでは、僕はそろそろお暇するとしようか──』
「……待て。お前は──誰だ?」


僅かな間が空いた。その静寂は、すぐに打ち破られたのだが。


『僕のことかい? そうだねぇ……《教授(プロフェシオン)》とでも覚えてもらおうか』

 
 

 
後書き
更新少し遅れてすみません。(白目) 
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