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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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物騒な自己紹介

新クラスの割り振り詳細は、正面玄関に掲示されていた。その通りに向かった先は、2年A組。どうやらかの遠山キンジとも同じクラスらしく、少なくとも1年間はクラスの中で暇な学生生活を送ることはないようだ──と、誰にともなく安堵に胸を撫で下ろす。

教室の扉を目前に控えた自分は、小さく深呼吸をしてから制服や諸々の身なりを整えた。……始業日早々に遅刻してしまったのだ。別にそれを悔いているわけではないけれど、クラス担任によっては、入室したその瞬間に銃弾が飛んでくる可能性も大いにある。こういうのはなるべく目立たない方が良い。

最悪の状況を想定しつつ、静かに扉を開く。それでも何人かの生徒はその物音に気が付いたらしく、こちらに視線を寄越した。
そんな彼等彼女等に苦笑を返し、目立たないように小さく会釈してから教室内に入っていく。銃弾が飛んでくるか戦々恐々としていたけれども、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。


「あ、如月君おはようー。君はここの席ですよぉー」


壇上から呼び掛けてきたその声の主は、武偵高の良心こと高天原ゆとり先生だ。非常に暢気でマイペースな性格だから、強襲科の蘭豹やら尋問科の綴やらなんやらと変人の巣窟である武偵校の中では、数少ない真面な教師の1人に数えられている。

今年のクラス替えは大吉だったね──という期待と周囲からの視線を全身に受けつつ、先生に指定された席に座る。出席番号順で座るなどとは特に決められていないらしく、偶然にも、キンジが前の席だった。とても運が宜しい。けれど隣は空席だった。欠席なのかしら……。
自分が座ったのを確認した高天原先生は、「うんうん」と何やらご機嫌そうに頷いた。思えば、入室したその時からご機嫌そうな笑みを浮かばせていたように思う。どうしたのだろうか。


「ところで皆、何で先生がずっとニコニコしてるか分かる?」
「「「あ、そういうの良いです」」」
「そうかぁー……」


──問い掛けに口を揃えて返すクラスメートらの団結力。このクラスは団結力まで大吉だったのかな……。流石に先生もその返答は予想外だったようで、演技ぶったように悲しげに目を伏せてしまう。しかしそれも一瞬のことだった。


「実は、かっわいい転校生ちゃんを紹介しようと思ってたんですよー。……というワケで、これから自己紹介してもらっちゃいますねー? じゃあ、ほら、前に出てきて!」


先生は壇上から、その転校生ちゃんとやらに手招きしている。
果たしてどんな子なんだろうね──と思案していると、椅子を引く音がした。その場所を聞くに、教室でも後ろ端の方。
そのまま靴音を響かせて教卓の前に立ったその子は、自分とも面識があり──というか、先程まで顔をあわせていた少女だった。 一切の汚れの無い雪肌に、ピンク色のツインテール。下手すれば小学生にも見間違えてしまうほどに幼気な、その少女──。

 
「強襲科の神崎・H・アリアちゃんでーす!」


やっぱり、どうにも見ない顔だと思ったよ。転校生だと考えれば実に納得だね。インターンの小学生だと疑ってしまったのは本当に申し訳なかった……。この風貌で同級生なのね……。 
「そうかぁー……」と溜息を洩らしたのも束の間に、途端に鈍い物音がした。キンジが椅子から滑り落ちて頭を打ったらしい。


「ちょっ、どうしたの」
「……なんでもない」
「嘘ばっかり」
 

「絶対何かあったろう」と懐疑心を抱きながら──壇上に立っているアリアへと視線を向ける。そのアリアは、キンジを睥睨するように眼光炯炯と見据えていた。目の敵にしているようだ。
……そういえば、彼女はキンジに強猥されたと糾弾していたね。キンジの体質的なものからして俄に信じ難いけれども、彼の反応から見るに、その事実に近しいことはあったのかもしれない。


「それでも、まさかねぇ……」


呟いた声に気が付いたのか、それとも先程から向けていた視線に気が付いたのか──自分と目が合ったアリアは、キンジにも向けていたその赤紫色の瞳でこちらを睨み付けてきた。
そうして、その面持ちが自分の見間違いだったのかと錯覚してしまうほどの変貌ぶりを、彼女は見せてくれた。すぐさま端整な元の調子に戻すと、徐に高天原先生の方に顔を向ける。


「先生。アタシはあの男子の隣に座りたい。空席でしょ」

 
アリアがその華奢な指先で指し示したのは、事もあろうに、この如月彩斗だったらしい。クラス中の視線が集中するのを感じていた。穏和と鋭利とが入り交じった視線を全身に受けている。
「さっきまでドンパチやってた人間に言うことではないだろう」──と零そうものなら、余計に話が面倒臭くなるものだから、何とか胸の内に押し留めておこう。そう決意した。


「まぁ、先生は良いけど……神崎さん、問題は如月君が了承してくれるかだよ? 確かにあそこは空席だけど──まぁ、空席とはいっても今日はお休みの連絡が入ってて……」


先生がアリアに話しているにも関わらず、それを無視して誰かが興奮しているらしく椅子から立ち上がった。机に手を着いたのか、軽快な音がこの教室中に響き渡る。クラス中が注目する中、例によって自分もその聞き馴染みのある声の主を視界に入れた。


「よ、良かったな彩斗っ! ようやく春が来たみたいだぞ!!」
「……誤解もいいとこだね、武藤や」

 
屈託のない笑みを隠すこともせず浮かべている彼は、武藤剛気という。体格も良く、一見して強襲科の人間と思われそうだけれど──あぁ見えて車輌科の優等生Aランクであり、特技は乗り物と名の付くものなら何でも運転できること、だそうだ。自分を含めて強襲科の任務の際には、その能力を買って武藤にお世話になっている。ちゃっかり有望者だ。

そんな馬鹿騒ぎしている武藤を一瞥した後に、アリアはそのまま自分の方へと歩いてきた。どうやら本当に座りたいらしい。それにしても、何故……? 先刻の復讐でもするというのだろうか。
その途中、不意にキンジの席の前で立ち止まったアリアは、制服のスカートに通していたベルトを雑に解いた。流れるように彼の手元に投げ渡すと、突き放すように冷淡と告ぐ。

 
「……キンジ、これ。さっきのベルト」


それを受け取ったキンジは、さも決まりが悪そうに素早く着用した。その動作の早いこと早いこと──本当に君たちは何をしていたの? 自分が来る前の体育倉庫で。それが気になるね。

 
「あ、分かった! 理子分かっちゃった!! これ、フラグばっきばきに立ってるよ!」

 
陽気な声色と共に手を挙げて立ち上がったのは、ロリータ系の改造制服を身にまとっている金髪ツインテールの少女だった。その改造制服のデザインは、聞くところによると彼女の趣味らしい。
そんな彼女──探偵科の峰理子と言えば、校内の大抵の人間に伝わるだろう。名前を知らずとも、その奇抜な格好は誰もが1度は目にしているはずなのである。傍目に見れば、ただの馬鹿騒ぎしている馬鹿なのだが──その実、能力的には申し分ないのだ。といっても、この性格のせいで薄れてはいるけれど。


「キーくんベルトしてない! そしてそのベルトをツインテールさんが持ってた! これ、謎でしょ謎でしょ!? でも、理子には推理できた! できちゃった!」
 

理子はキーくんことキンジ、ツインテールさんことアリアを交互に指さすと、何やらお得意げに胸の前で手を握り締めた。しかし、理子のことだ。真面な推理の予感がしない。なにせ、性格は武偵校でも群を抜くほどのお調子者なのだから。とはいえ、気になるには気になるので耳を傾けてみる。
 

「キーくんは彼女の前で、ベルトを取るような何らかの行為をした! そして彼女のところにベルトを忘れていった! つまり──2人は、あつーいあつーい恋愛の真っ最中なんだよっ!」
「……理子はただの馬鹿かと思ってたけど、ちょっと見直した」
「おい、ちょっと待て彩斗。納得すんなっ!」


果たしてその事実は虚偽か真実か、それはキンジ本人から聞き出せばいいだけの話だけれど──今回の理子の推理は、妙に筋が通っている。少なくとも、馬鹿理論の継ぎ接ぎではなかった。
抗議の声を上げるキンジを無視して、理子は軽快に笑みを零す。


「でしょでしょ! だよねぇー。あっくんもそう思うかぁ」
「理子もいい加減にしろっ! 事実無根だ!」
「えー、でも皆そう思ってるよ? そうだよねっ!」


くるり──というような擬音が聞こえてきそうな動作だった。ロリータ風のスカートを靡かせて半回転した理子は、そのままクラスメイトの同意を煽っている。そうして面々は、揃って告げた。


「「「激しく同意」」」
「ほら、多数決でキーくんの負け! 日本は民主主義なので!」


そこに民主主義は関係があるのだか無いのだか、よく分からないけれど──ご機嫌そうに理子はキンジを指さした。流石にストレスで胃が痛くなってきたのか、少し顔付きを顰めている。
うーん……真偽のほどは後回しにするとして、流石に少し遊びすぎたかな。このままだとホームルームも収まらないし──などと考えを巡らせているところに、45口径の轟音が鳴り響いた。

至近距離だった。その発生源へとクラス中の視線が集まる。キンジも理子も武藤も、その他のクラスメイトも高天原先生も、総じて茫然とそれを見遣っていた。よもやよもや── 発砲したのが、まさかの転校生ちゃんであるアリアだったのだから。

彼女の手には2丁拳銃のコルト・ガバメントが握られており、そこから放たれた銃弾は、教室の壁に傷を付けるに至っている。小刻みに震える銃口が、今の彼女の胸の内を物語っていた。伏せているアリアの顔は、前髪に隠されて見えなかった。

流石に理子も早々に発砲されるとは思っていなかったのか、顔面蒼白といった感じで大人しく席へと座った。武藤も同様である。キンジは依然として顔を顰めているし、高天原先生と他のクラスメイトはもはや、存在を空気に移行させかけていた。

そんな中で、空薬莢が落ちる音のみが余計に静寂を際だたせた。呼吸音すらも耳を澄まさなければ聞こえない。文字通り、息を呑むという状況に直面してしまっているのだ。
しかし……まさかホームルームの、しかも自己紹介で発砲とは。初めて見たね。流石の我が担任も涙目だし。


「れ、恋愛なんて……くっだらない!」


その肩は小刻みに震え、頬は怒りのためか羞恥のためか紅潮していた。目元には薄らと涙が浮かんでいたように見える。
そうして、万人の恋愛観を真っ向から否定する言葉を言い放ったアリアは、何故かガバメントの銃口を自分と理子に向けて──、


「アンタら2人……いや、全員覚えておきなさいっ!今度からそういうこと言うヤツには──」


これが、かっわいい転校生ちゃんこと神崎・H・アリアがクラス全体へ向けて発した最初の言葉である。

 
「──風穴開けるわよ!」


物騒なことこの上ない。

 
 

 
後書き
──物騒なことこの上ない。(復唱)

……あ、お気に入りや評価等、お待ちしております。次回もお楽しみにっ。(*ˊ˘ˋ*) 
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