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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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誰が為の世界
  災厄の前兆

朝食を作っている最中の自分──如月彩斗──の耳に、聞き覚えのある慎ましやかなチャイムの音が届いた。壁掛け時計を一瞥すると、時刻は既に7時と少しを回っている。
それにしても、早々にわざわざ赴いてくるその来訪人とは、いったい誰だろうね──思案する中に思い当たる節は、そのチャイムの鳴らし方から類推するには、たった1人だけだった。


「はぁーい、少しお待ちを……」


その声が外まで届いているかは定かではない。ともかくはガスコンロの火を消してから、《境界》を開こうと虚空を凝視する。その刹那に開かれた紡錘形を経由して玄関前まで至った。
先程のチャイムの鳴らし方には、癖がある。来訪人の性格と癖とが上手く合致していて、かつ聞き覚えのある音であるからして、来訪人はやはり彼女だろうと俺は結論を出した。

握り締めたドアノブは、時期とは関係なしに少し柔らかな冷気を帯びていた。
扉を開けると、爛々と春陽が降りかかる。そうして、その春陽に元から降られていたらしい来訪人の少女は、自分と視線が合うなり慇懃に頭を下げた。


「あっ、あっくん。おはようございます。ところで、キンちゃんは……その……まだ寝てるのかな?」
「やっぱり白雪か。おはよう。キンジはそろそろ起こそうと思ってたところなんだけど……早々にどうしたの? 何かご入用?」


腰まで黒髪を伸ばしている、少女であり来訪人でもある星伽白雪は──自分の同居人、遠山キンジの幼馴染だ。キンジの親友である『あっくん』こと自分ともその縁で繋がりを持っている。
生家は青森の由緒ある神社で、何とも宜しいお家柄の長女だそうだ。今は武偵校の制服を羽織っているが、たまに見かける巫女装束の彼女は、そうした活動の一環を進行させているのだろう。


「えっと、ねぇ……お御飯、作ってきたの」
「お御飯、を?」


満面の笑みをほころばせて、白雪は快活に答えた。華奢な両手にしっかりと握り締めている風呂敷包みの中に、どうやらそのお御飯があるらしい。もしや、昨日あたりから準備していた……?


「最近、2人にお料理とかしてあげられなかったから。これから武偵校の始業式だし、年度の始めのお祝いにも良いかなぁっ? って思ったの。もしかして、迷惑だった……?」
「いやいや、むしろ感謝してる。本当にありがとうね。取り敢えずキンジを起こしてくるから、先に上がってて」
「あっ、はい! それじゃあ、お邪魔します」


風呂敷包みを大事そうに抱えつつ白雪はまた小さく頭を下げて、取り敢えずは玄関先から廊下にまで歩を進めた。自分やキンジよりも先にリビングに赴くのは失礼だと思ったのだろうか。
改めて白雪の育ちの良さに感心させられながら、玄関に最も近い部屋──キンジの寝室へと入り込む。窓硝子から射し込む春陽が、如何にも心地の良さそうな朝を演出していた。


「さて……」


心地の良さそうな朝に加えて、さぞ心地の良さそうな寝顔を見せている同居人は、一向に起床の気配を感じさせなかった。あと10秒して起きなかったら無理やり起こそうかな……などと考えているうちに、既に10秒は過ぎている。胸の内で軽く謝っておいてから、右脚を大きく振りかぶった。


「さっさと起きて。来てるよ、君の幼馴染」
「だから、って……それはない、だろ……!」


蹴り落とされた腹部を片手で押さえながら、どうやらキンジはこの疼痛に耐えかねているらしかった。眉を顰めているのが恨めしげな表情にも思えたが、単に睡魔と闘っているだけだろう。
……どちらにせよ武偵校で殴る蹴るは日常茶飯事だし、そもそも来訪人が来たのに、起床の気配すら見せないのが悪いのだ。


「十中八九、キンジ目当ての幼馴染が来たのにさぁ……。そうでなくても、来訪人が来た時点で起きなかったのが悪い。目的は俺かキンジかのどちらかなんだから、せめて起きようよ。これは致し方なしの制裁ってことにしておくから。ね? 分かったらさっさと起きてください。早く来てね。白雪が待ってるよ」


言いたいことは言うだけ言った──胸の内につっかえていた靄も、どうやら消え去ったみたいで安心したね。
キンジの寝室を抜けると、そこには白雪が所在なさげに呆然としていた。さては、事の終始を聞いていたのだろうか。……申し訳ないのは、どう考えてもこちら側なのだけれど。


「……悪いね。取り敢えずは上がっておくれ」







「「いただきます」」
「お粗末なものだけど、良かったら召し上がって」


来訪人の白雪を招き入れ、キンジも素直に起きてきたところ──自分が途中まで作っていた朝食は、白雪のお御飯のせいと言おうかおかげと言おうか、余り物として保存されることとなった。
リビングのテーブルに所狭しと並べられた重箱の中身は、まさに豪華絢爛とも呼べるものだ。白雪が作ったとは分かるものの、まぁ流石に、ここまでくると朝食のレベルではない。

何で伊勢海老とタラバ蟹がメインで入ってるの。というか、その他も高級食材ばっかりじゃない。流石にこれを朝食として食べるのは惜しい気がする。せめてお夕食にしません……?
──という感情は、自分もキンジも同じらしかった。


「……いいのか、これ。本当に食べちゃって」
「勿論ですっ。そのために作ったんだよ?」
「悪いな、白雪。ありがとう」
「そんな……えへへー」


キンジと白雪は、やはり幼馴染なのだ。会話の遣り取りの端々に、本当に気心知れた、ある種のらしさが見え隠れしている。特にキンジは女子と関わることが少ない。そんな中で白雪と仲良くしているというのは、とても喜ばしいことだった。

2人の会話を聞きながら、或いは箸を進めながら、ふとテレビをつけてみる。ニュース番組の司会とコメンテーターが議題として発してきた内容は、先日に起きた『武偵殺し』に関してのものだった。現在進行形で、その説明が行われている。


『そもそも武偵殺しというのはですね、その名前からも分かる通り、武偵をターゲットにするんです。民間人を狙わず、武偵を。言わば、武偵に限られた無差別事件なんですね。手口も極めて悪質です。まずは所有している車両などに爆弾を仕掛けて自由を拘束した後に、次に短機関銃付きのラジコンヘリで追い回し、最終的には海に突き落とすというんです。どうです、悪質でしょう。……ね、そうでしょう。うんうん。といっても、まぁ、既に逮捕は行われたので──』


自称武偵庁の人間だというコメンテーターは、言葉の端々に畏怖と憤慨とを滲ませている。被害者に対する同情も見せていた。そして最後には──『動機も手口も悪辣で極めて許し難い。ともかくは法に則って処置を』と発言して、CMに移行する。

武偵庁の声明は、世に居る武偵の代表として考えて良い。武偵庁の怒りは、世の武偵の怒りにも、通ずるのだ。現に武偵校でも『武偵殺しの模倣犯には気を付けろ』との注意喚起が行われているのだから、見過ごせる内容ではない。
犯人が逮捕されてもなお、模倣犯を警戒しなければならなかった。先行きが不安だねぇ……と零したのを、2人が聞いていたかは分からない。ただ、朝食を終えて立ち上がった自分と、まだ箸を進めているキンジの両人へと、白雪は注意を投げかけてきた。


「あの……あっくんもキンちゃんも、気を付けてね。武偵殺しの模倣犯。何かあったら困るから、一応忠告はしておきます」
「うん、ありがとう。気を付けてはおくね」


自分とキンジを交互に見渡して、白雪は物憂げに告げた。とはいえ……彼女の方が心配だ。何しろ女子なのだし、武偵殺しの性別がどうであろうと狙われる可能性は十二分にある。
動機が無差別というのも意図が読めないけれども──どちらにせよそれを分かっていて、なお心配をしてくれるあたり、本当に星伽白雪という子の性格に敬服させられるね。


「白雪も気を付けて。……動機が無差別とはいえ、女子だから。何かあったら、すぐキンジに頼った方がいい」


それだけ言い終えると、リビングを出て自室に向かう。クローゼットから取り出した制服を羽織り、愛銃のベレッタM93Rと父の形見のデザートイーグルを、予備弾倉があるかも確認してから帯銃する。マニアゴナイフも内ポケットに仕舞った。そして、大刀契──《緋想》──を背に隠匿する。

そんなこんなで身なりを整えたり色々していたら、準備に数十分を要し、登校まで残り1分ほどという時間になった。そろそろかな……と緩慢に背伸びしていると、ふと扉の向こうから掛けられた控えめな声色が気になったので視線を向ける。


「じゃあ、先に学校に行ってるね。あっくんも気を付けてね」
「うん、ありがとう。行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」


適当に白雪を見送ってから、さて──と意気込んで立ち上がる。手提げ鞄を手にリビングまで向かうと、ちょうどキンジが制服のジャケットを羽織っていた。準備が済んだらしい。


「準備、終わった?」
「あぁ、バッチリだ。彩斗は?」
「うん、こっちも大丈夫」


軽く一言二言くらいを交わして、最後に身なりと持ち物を確認した。視線は流れるように腕時計の文字盤を見ながら告ぐ。


「そろそろ行くよ。バスの時間に間に合わなく──あれっ?」
「……どうした、彩斗」


腕時計を見ながらそう呟いた声は、自分が思っている以上に間抜けな声をしていたことだろう。文字盤が指し示していたのは、7時58分。バスの発車時刻より、1分遅れているのだ。
キンジもそれを察したのだろうか。壁掛け時計を一瞥し、そして、自分の着けている腕時計の文字盤を凝視した。


「……まさかこの一言二言でバスに遅れた、のか?」
「……らしいね。信じたくないけど」


そうして2人の間に、静寂か何かが漂い始めてきた気がした。途端に想起した煩わしさみたいな、そんな空気も、また。


「……まぁ、別にいいか。キンジだって長ったらしい始業式に参加したくないでしょ? だから、敢えて《境界》も使わないことにする。遅刻したらしたで、たまにはゆっくり行こうよ」
「それは……もういいや。そうするか」
「うん、決まりだね」


まさか初日から、のんびりゆったりスローライフ登校をすることになるとは、思っていなかったけれど。 
 

 
後書き
──運命の歯車は、廻り出す。

(宜しければ、お気に入りや評価等宜しくお願い致します。歓喜乱舞してタンスの角に小指をぶつけた後、モチベが上がります) 
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