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魔法が使える世界の刑務所で脱獄とか、防げる訳ないじゃん。

作者:エギナ
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第一部
  第42話 束縛?

さて、何だったのでしょうか。先程の湊さんの質問は。
まぁ良いでしょう。取り敢えず、彼の人はマフィアに入る事になった様です。

名前は、黒崎要さん。

「失礼しました。……さて。響、仁。貴方達は仕事が大量に残っていますよね? そこで特別に、要さんの初仕事として、貴方達の手伝いをして貰おうと思うのですが!」
「分かりました。では、琴葉様は未だ“蘇生”と“記憶改変”が終了した直後ですので……」
「響。そんな堅っ苦しい言葉遣いは止めなさい。いつも通りで良いですよ」

此方の顔色を伺いながら響は話して居たが、私がそう言った途端に、やり辛そうに視線を逸らしてから大きく溜息を吐く。そして頭を掻きながら、響はぶっきらぼうに話す。

「……わぁったよ。ったく、一応俺達だけじゃないんだぜ? いいのかよ」
「寧ろ、何が駄目なのか分かりません。要さんはマフィアの首領直属の構成員となったのですから、私達と関わる機会も増えるでしょうし、それに……なーんか、要さんと以前から親しくしていた記憶が、ぼんやりとあ、る……」

そう言い掛けた所で、ズキリと金槌で直接脳を叩かれた様に頭が痛む。意識が朦朧として、立つ事すら出来なくなって、響に凭れ掛かる。
此れは、“記憶改変”の魔法に因って変えられた記憶を思い出そうとしている時に起こる頭痛だった筈。一応それ用の頭痛薬を湊さんから頂いているので、ジャケットのポケットからカプセルを一つ取り出して、口の中に入れる。後は適当に飲み込む。

改変された記憶を思い出そうとした時に起こる頭痛。それは「変えた記憶を思い出すな」と言う、湊さんの命令の一つであると考えている。実際、無理矢理記憶を思い出そうとした人が、目の前で発狂しながら泡を吹いて気絶したところを何度も見た事がある。
それに、マフィア構成員にとって首領の命令は絶対。逆らう事や、その理由を考える事は出来ない。気絶するまで記憶を思い出そうとした人は、大体次の日には処刑されている。反逆行為と見做されてしまうから。

恐ろしい、恐ろしい。

「おい、大丈夫か⁉︎」
「ぇ、あ……だいじょ、ぶ……に、なりました。ぼんやりと浮かんで居た光景は、夢の中のお話だったって事にしておきます」
「嗚呼、きっとそーなんだよ。夢だ夢。はっきりさせる必要はねぇよ」
「はい、そうですね」

弱りましたね。
こういくつも縛りが有ると、此処が“自由”の世界だと言うことを忘れて、まるで刑務所の様な“束縛”の世界に見えてきますから。

マフィアと言うのは、こんなにも辛い仕事だったのですね。


◆ ◆ ◆


「響! 肩車して下さいっ‼︎ 」
「はぁっ⁉︎ いきなり如何したんだ⁉︎ 何処に頭ぶつけてきた‼︎」
「ぶつけてません! ただ、私も響も昔に比べて背が伸びたので、肩車して貰えば天井に手が届くかもしれないんです‼︎」
「子供かよ……届かねぇだろ、普通」
「ちぇ……メイドと言っても、全ての命令を素直にやってくれる訳では無いんですね。まぁ、こうやって砕けた口調で話している時点で、私のお願いを拒否する権利が響には有りますからね。冷静な判断、お見事です」
「否、誰が如何見たって分かるだろ」
「はい。私も淡い期待は有りましたが、残りは全部冗談のつもりで言ってますから安心して下さい」
「何割位期待してた?」
「九割位です」
「バリバリ期待してんじゃねぇか」

目の前で響君と琴葉が仲良さげに話しているのを見て、少し嫉妬している自分が居るが、今はそれ以上に自分のした事に腹を立てていた。

昨日の夜、僕は琴葉の心臓の部分を、銃で撃ち抜いた。
その後、琴葉はマフィアに運ばれ、禁忌の魔法に因る治療を受けたらしい。

その時に、琴葉は第一魔法刑務所に居た頃の記憶を、全て消されてしまったのだと言う。
詳しく言えば、完全に消したり、微妙に残したりして封じ込んだりして、マフィアで活動するのに不必要な記憶を、全て消した様にしたらしい。

だから勿論、琴葉は僕の事を覚えていない。

もし、琴葉を撃ったりしなければ。
琴葉ちゃんをマフィアから解放させてあげようなんて、幼稚な考えをしなければ。


琴葉は、またいつもの笑った顔を見せてくれたかもしれないのに。
僕の事だって、囚人君達の事だって、覚えていてくれたかもしれないのに。


「……要さん? 顔色が優れない様ですが、具合でも悪いのですか? 一応、もう少しで私の執務室へ着くので、マフィアに入る決断や、湊さんと会話をして疲れているでしょうし、お昼の間は何もしないで、夜にお仕事をする事も出来ますよ? 死と隣り合わせの仕事に就くのはかなりの覚悟が必要ですし、湊さんと会話するのも、たかが会話なのに、大きなプレッシャーが掛けられるとか、心理戦の様な駆け引きとかがありますからね。疲れるのも当たり前です」

嗚呼、いつもの琴葉じゃない。
いつもなら僕の事なんて気にも掛けなかったけど、今は心配までされている。とても嬉しい事なのだが、これはいつもの琴葉じゃない。

「琴葉……ごめんね」
「如何しました? 要さんが謝るような事、何かありましたっけ?」


正解が分からない。

せめてもの償いとしてマフィアへ入ったが、琴葉は僕の罪が分からない。

だから、僕の罪を償う事は不可能。


「それに、何か謝る事があったとしても、今私に心当たりが無いって事は、大した事じゃ無いんですよ。謝る必要はありません」
「……分かりました」


———だから、マフィアに入る事は、僕への罰。

“殺し”をしてしまった以上、罰を受けるのは当たり前。

だから、僕はマフィアに入った。


此処で殺されれば、愚かな自分の罪が、全て消えて無くなるかもしれないから。


◆ ◆ ◆


「琴葉様。少しお時間を頂きたいのですが」
「ええ、良いですよ。仁」

黒崎さんを響に預けて、僕は琴葉様の執務室に訪れていた。首領から言われた任務を果たす為に。
僕の任務は琴葉様に残っている記憶を探って、上手くそれを奥底まで落とす事。そうすれば、簡単に記憶は戻らなくなる。

如何にか、上手い事出来ると良いけど。

「黒崎要の事なのですが……」
「嗚呼、彼ですか……不思議な人ですよね。しっかり私を見て居る様で、見ていない。まるで、“記憶が消される前の私を見て居る”様な」

早くも思い出し始めて居る……と言う訳では無さそうだ。琴葉様は勘が冴えて居る為、パッと言った事が当たる事も少なくない。今回もきっとそれだ。
そうじゃないのだとしたら、琴葉様の記憶の確認は、僕の手では不可能だ。逆に封じ込めた記憶を解放させてしまう。

「……真逆。と言うか、記憶改変の前の記憶を探して居ると、また頭痛が来てしまいますよ。あまり考えない方が良いかと」
「それもそうですね……考え無い様にしておきますね。考え過ぎて薬を大量に飲むのも嫌ですし。……って、痛っ」
「琴葉様っ⁉︎」

急に琴葉様は指を押さえ、持っていたカッターを机に落とす。指を押さえる手の隙間から血が流れ出て居る辺り、指を切ってしまったのかもしれない。

「……大丈夫です。少しカッターで切ってしまっただけです」
「すみません。僕がずっと話していた所為で……傷を見せて頂けますか?」
「否、大丈夫です。絆創膏を貼っておけば治りますよ」
「駄目です」
「大丈夫です」
「駄目です」
「大丈夫です」

……このままでは埒があかない。

「あ、琴葉様。肩に虫が」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ‼︎ 仁っ! と、取ってくださいぃ!!」
「はい、捕まえた」

琴葉様は虫が苦手だ。だから、こう言えば直ぐに動揺してくれる。
なので、直ぐに血が出て居る方の手を掴んで、消毒をしてからポケットから包帯を取り出す。そしてくるくるっと簡単に止血して、治療完了。

「仁! 騙しましたね⁉︎」
「良いじゃないですか。響は良いのに、僕は駄目ですか?」
「うっ……分かりました。許しましょう」
「有難う御座います」

ちょろい。
流石に、こんな軽く許可を出してくれるのは僕とか響とかだけだとは思うが、優しすぎる。まぁ良いだろう。

「仁。今何か、失礼な事を考えましたか?」
「いいえ。琴葉様は僕達メイドに優しいのだなと改めて思いました」
「なら良いですが……」

———此の優しさが琴葉様を苦しめる事にならなければ良いのだが。


◆ ◆ ◆


「で、新人。最初の仕事だ」
「……ええと、響さん? 闇月幹部補佐?」
「他の構成員の前とか会議の時には“闇月幹部補佐”で良いだろ。んで、他は何でも良いさ。但し、“響君”は無しな。正直言って、あれはうぜぇ」
「分かりましたよ、響さん」
「一応俺ぁお前の上司だ。つっても、所属が違ぇから、会う事はこれっきり無ぇだろうがな」

マフィアは首領、幹部毎に派閥がある。派閥に因って与えられる仕事が分けられている。
琴葉の派閥は……そういや何でも屋だったな。

「やっぱさっきの無し。ぜってぇ会う事になる」
「え?」

派閥毎の書類の仕分け、他の派閥がサボった書類の提出、マフィアビル内の自動販売機への悪戯、首領の御機嫌取り等々、琴葉様の派閥はロクな仕事が無い。けど面白ぇから許す。
あ? そんな仕事はマフィアじゃねぇ? 大丈夫だ、変な仕事の五分の一の量でマフィアっぽい仕事がある。

「うし、着いたぞ。此の扉の向こうで仕事だ。血の臭いが大分キツいから、まぁ慣れろ」
「え、あの響さん? 僕は何をすれば良いんですか?」
「嗚呼、言ってなかったっけか」

まぁ俺は新人の教育係じゃねぇから、教えなくても良いんだがな。っつーか教えんのめんどくせぇ。

「御前の仕事は昨日ビル内に侵入した奴を捕らえたから、其奴に仲間が居るか、何が目的かみてぇな事を聞き出すだけだ。一応俺の仕事なんだが、御前に縁がある奴だったし、俺ぁ琴葉の足止めをする必要があるからな。一応監視魔法は置いてくが、勝手にやりゃいいさ」
「えー……何やればいいか分からないんですけど……」
「教えんのめんどくせぇ。ってか、俺が教え上手だと思うか?」
「思わないです」

即答すんな。

「ま、そーゆー事だ。誰かに教えて貰いたいってなったら琴葉に頼め」
「あ、はい……じゃあ今日は自分で考えなきゃいけないって事ですか……」
「そそ。頑張れーって事で。じゃあなぁ」

 
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