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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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7月
  第76話『七夕』

 
前書き
なぜ77話じゃないのか… 

 
肝試し騒動から数日が経った。身体の怠さもほとんど抜け、晴登たちはようやくまた元の日常生活に戻ろうとしている。

これは、そんな時に迎えた7月7日の話──


「ねぇハルト、"七夕"って何?」


その一言が出たのは朝の食卓において。結月は新聞を手にして、興味津々に晴登にそう訊いたのだ。そんな結月を横目に、晴登は口の中の目玉焼きを呑み込んでから答える。


「毎年7月7日に行われる行事のことだよ。彦星と織姫が一年で一度だけ逢える大切な日・・・って話なんだけど」

「え? でも新聞の絵では、葉っぱに紙がたくさんぶら下がってるだけなんだけど…」

「あ〜そっちか。実際に七夕ではそういうこともするんだよ。紙に願い事を書いて笹の葉に吊るすと、叶うって云われてるんだ」

「へぇ〜、七夕って凄いんだね!」


結月は七夕の話を聞いて、目を輝かせる。結月にとって、この世界の文化に触れた機会はまだ少ないから、その分 魅力的に感じるのだろう。
そういえば、結月のいた世界にはどんな行事があったのだろうか・・・


「じゃあボクの願い事は『ハルトとずっと一緒に居られますように』かな!」

「ぶふっ!?」

「あーお兄ちゃん きたなーい」


結月の不意打ちに、晴登はたまらず口から牛乳を噴き出してしまう。同席する智乃にも変な目で見られて心が痛い。
しかし、爆弾を放った当の本人は首を傾げている。


「え〜、そんなにおかしな願いかな〜?」

「別に結月お姉ちゃんの願いは悪くはないけど、でも私の方がお兄ちゃんとずーっと一緒に居たいって思ってるよ!」

「む、ボクだって晴登と居たい気持ちは負けないよ!」

「……そういうのは、せめて本人が居ない所でやってくれ。恥ずかしい…」


晴登は朝から早々頭を抱えた。この調子では、今日一日 先が思いやられる。






家を出発してからも、その不安は中々拭えないまま、ついに学校へと到着した。到着したのだが・・・


「なんだ…これ…」

「笹の葉だよね、これ? それにしても大っきい…」


晴登と結月は、校門前に設置されている、見上げるほど大きな笹の葉を見て唖然とした。普通の学校ではここまで大きなものは用意しないだろう。
ただ、チラホラと短冊が掛かっているのが見える辺り、なるほど、これは全校生徒が使える七夕専用の笹の葉らしい。


「何かしらイベントが有るとは思ったけど、まさかこう来るとは・・・」


自由に願い事を短冊に書いて笹の葉に吊るす、それがこの学校流の七夕みたいだ。しかし、これでは願い事が他の人に丸見えである。恥ずかしいことこの上ない。


「あ、そこに机とペンと短冊があるよ! よし、ボクちょっと書いて──」

「待て待て待て待て! まさか、あの願い事を書く気じゃないだろうな?!」


結月が真っ先に机に駆け出そうとするので、慌てて晴登は手を引いて制止する。もし今朝の願いをそのまま書かれたら、恐らく晴登は学校で気まずい思いをすることになるだろう。何としても止めなくてはならない。というのに、


「え、むしろそれ以外に何書くの?!」

「あっさり認めるのかよ! ダメだ、行くぞ結月!」ガシッ


清々しいくらいに正直な結月の手をしっかりと握り、晴登はそそくさとその場を離れる。結月の容姿のせいもあって、騒ぐとやけに周りの目を引いてしまうが、今はやむを得ない。彼女を放っておく方が心臓に悪いのだ。


「あぁボクの願い事が! あ、でもこのままハルトと手を繋いでいるのも良いかも・・・」


どこまでも懲りない結月に気恥ずかしさを感じながらも、晴登はため息をついた。


「今日は、無事に帰れるかな……」


これが杞憂で済んでほしいと、心底願った。






教室の扉を開けると、いつもの騒がしさが部屋中を席巻していた。晴登は荷物を整理すると、すぐに机に突っ伏して密かにため息をつく。


「おはよう晴登。どうした、朝から元気ねぇな」

「あぁ、おはよう。ちょっとな…」


その晴登の様子を見てか、大地が話しかけてくる。今の有様じゃ言い訳はできないだろうから、晴登は静かに後ろを向いて大地に示す。
そこには登校早々、女子たちに囲まれて挨拶を交わす結月の姿があった。


「結月ちゃんがどうかしたのか?」

「実はさ・・・」


晴登は朝からの出来事をありのままに大地に伝える。ホントは口に出すのも恥ずかしいのだが、誰かに共感して欲しかった。しかし彼はそれを聞いて、うんうんと頷きながら一言、


「別に、喜んでいいんじゃないか? そんなこと言ってくれる子なんて、そうそう居ないぜ?」

「う、そうかもしれないけど…」


そう言われてしまうと反論の余地はない。事実、恥ずかしいけど嬉しくもある。
だがせめて、時と場所を弁えて欲しいものだ。ちっぽけではあるが、体裁に関わるので。


「全く、晴登は変なとこで女々しいんだから」

「いきなり出てきてその言い分はないだろ、莉奈」

「お、莉奈ちゃんおはよう」

「おはよー・・・って、それどころじゃないよ! 何で朝は私を置いて行ったの?!」


突然現れて大声を上げられると、朝は少し堪える。確かに置いて行ってしまった気は薄々していたが、別に毎日一緒に行く約束もしている訳ではないし、何よりその時は・・・


「あー悪い、結月のことで頭が一杯だったから」

「「……え?」」

「……あ」


正直に答えたはいいが、二人の反応を見て数秒後に晴登は己の不手際に気づく。今の言い方では誤解しか生まれない。


「あ、いや、違う、今のはそういう意味じゃなくて──」

「…ごめん晴登、私は邪魔者だったみたいね。今度からは別々に学校に行こう」

「いや、ホントに違うんだって!」


莉奈がシリアスそうに受け取るので、晴登は必死に弁明する。
すると彼女は小悪魔っぽい笑みを浮かべて、


「冗談冗談。晴登ったらすぐ信じちゃって~」

「全く、心臓に悪いな…」

「俺も晴登と一緒に学校行くの止めるわ」

「え、まだこの下り続けるの?!」


時間差でボケてくる大地に一喝したところで、朝のチャイムが鳴る。莉奈と大地は名残惜しそうに晴登の元を離れた。


「朝からハードすぎるだろ…」


晴登はまた静かに頭を抱えた。






時が過ぎるのは早いもので、あっという間に6時間目のHRの時間になった。山本が教室に入って来るのと同時に、晴登はあることに気づく。


「えー今日は七夕なので、皆さんには短冊に願い事を書いて貰おうと思います。もう校門で書いた人は自習してて構いません」

「結局書くのかよ…」


フリーイベントなのかと思えば、やはりそうは問屋が卸さない。結局は願い事が人目に晒される運命のようだ。
山本は手に持っていた短冊を皆に配っていく。


「でも、あの願い事だけは書かせないようにしないと。なぁ結月──」クルッ

「ん、なに?」


晴登は結月に一言言っておこうと振り向くと、結月は早くも短冊に何かを書いていた。晴登は書かれた文字を一瞥して、恐る恐る問う。


「・・・ねぇ、俺の名前が書いてあるように見えるのは気のせい?」

「うーん、事実かな」

「否定してくれよ…」


くっきりとボールペンで書かれたそれを見て、晴登は大きく嘆息した。でも名前だけだ、まだ間に合う。


「結月、俺の言いたいことはわかるよな…?」

「バカにしてもらったら困るよ。ハルトの考えてることなんてボクにはお見通しさ。とりあえずこの後は、『ずっと一緒に居られますように』って──」

「何もわかってないじゃん! それだけは書くなよ! 絶対書くなよ!」

「ふふん、ボク知ってるよ。そういうの"ふらぐ"って言うんでしょ?」

「いや回収しなくていいから!」


結月の手を止めるために、晴登は必死に説得する。彼女の願い事をあんな公の場に晒す訳にはいかない。今後の日常を守るには、今ここで止めなければならないのだ。


「む~ハルトは強情だなぁ。仕方ないからボクが折れてあげるよ」

「え、何、俺が悪いの? 悪くないよね?」

「」ツーン


結月が無反応になったので、晴登はそれ以上の言及を諦めた。折れてあげる、と言ってはくれたからには、その通りにはしてくれるだろう。このままつっかかっていては、お互いに願い事を書けないまま、この時間が終わってしまうのだ。いや、終わってくれた方が嬉しいのだけれど…。


「書いとかないといけなそうな雰囲気だしなぁ…。何て書こうかな」


自慢じゃないが、晴登にはこれと言って願いは無い。だからこの時間は苦痛でしかないのだ。
しかし、逆に嘘を書くことはプライドが許さない。お陰で一向にペンは進まなかった。


「アイツらは何書いてんだろ…」


晴登は顔を上げて、席の離れている莉奈や大地、さらに伸太郎や狐太郎も見た。彼らも遠目からは悩んでいるように見える。
やはり、みんなには夢や願いはまだ無いのか。それとも、有るがどう表現するか迷っているのか。もちろん、そんな人の考えを他人が容易に推し量れるはずもない。


「願い、かぁ……」

「困ってるみたいだね」

「うぉっ、先生!?」

「しーっ、静かに」


晴登の呟きに呼応するかのような突然の山本の登場に、思わず声を上げてしまった晴登は慌てて口を塞ぐ。すると山本は微笑みながら、「アドバイスをしよう」と言った。


「夢や願いは決して大きくなくてもいい。何かになりたい、美味しいものを食べたい、好きな人と一緒に居たい・・・そういうの全て、ささやかなことでも"願い"と言えるんだ」

「あ…」


晴登は思わず振り返りそうになりながらも、山本の話を聞き続ける。


「君は本当に願いが無いのかい? ちょっとしたことでもいい。これがしたいと、ふと思ったことをここに書いてみるんだ」


そう言って、山本は晴登の元を離れた。

相変わらず不思議な先生だ。彼の話を聞いていると、どこか別の世界に引き込まれそうな気分になる。
だが、彼の言うことは何となく理解できた。


「俺のしたいこと・・・そうだな」


晴登はシャーペンを手に取った。






HRの時間も終わり、下校を知らせるチャイムが鳴った。生徒は先生に挨拶を交わしながら教室を出ていく。晴登もその一人だ。


「俺らが書いた短冊は校門前の笹に吊るされるんだってな」

「うわぁ…ヤダなぁ…」

「ちなみに晴登は何て書いたんだ?」

「俺の口からは言いたくないよ」


廊下を歩きながら、「はぁ」と晴登はため息をついた。無論、この学校のよくわからない風習のせいである。隣を歩く大地はあまり気にしていない様子だが、違和感くらい持って欲しいところだ。


「あーいたいた! 置いてかないでよハルトー!」

「お、結月・・・と莉奈」

「私はオマケか。全く、お姫様を置いていくなんてどういう了見よ」

「いつから俺は王子様になったんだ」


ここで結月と莉奈と合流する。
ちなみに誤解のないように言っておくが、置いていった訳ではなく、教室で女子トークが展開されていたから帰ったに過ぎない。しかも待つかどうか迷いも見せたのだ。これなら無罪だろう。うん、無罪。


「いや、置いていった時点で有罪だよ」

「人の心を読むんじゃない怖い」

「ちっちっち、晴登の考えてることくらい何となくわかるもん。幼なじみをナメちゃあいけないよ」

「凄い、ボクもその力欲しい…!」

「結月ちゃんなら簡単にゲットできるよ。そもそも、晴登は単純だから」ニヤ

「聞こえてるぞ」


他愛のない会話をしながら、一行はついに件の校門へと至った。
登校時とは打って変わって、笹の葉はカラフルな短冊らで色とりどりに彩られている。その光景には思わず晴登も見入ってしまった。
その一方で、好奇心旺盛な莉奈は人の願いをガサガサと見漁っていく。


「あ、これ大地のだ。えっと・・・『サッカー選手になりたい』。何か普通だねぇ」

「おいおい、勘弁してくれよ莉奈ちゃん」


照れてはいるが、大地は願いを見られることにあまり抵抗は無いようだ。よほど自信があるということか。羨ましい…。


「そう言う莉奈ちゃんは何て書いたんだ?」

「私はねぇ、『プリンをたらふく食べること』!」

「…何となくわかってた」


莉奈の願いがプリン絡みなのは想定済み。将来の夢とかは聞いたことないが、たぶんプリン関係の職に就くだろう。そんな気がする。


「他には何があるかなぁ〜?」

「あまり物色するなって……ん、これって暁君と柊君の・・・」


莉奈の好奇心を宥めようとしていると、ふとそれらが目に入った。ダメだとわかっていても、ここまで来たら見てしまうのが人の性である。


「『強くなりたい』、『友達を増やしたい』か……」


晴登は自分にしか聞こえないくらいの声で呟いた。かなり漠然としているが、二人を知る晴登にはこの願いの重みがひしひしと伝わってくる。伸太郎は先日の裏世界での自身の不甲斐なさに向けて、狐太郎は自身のコンプレックス克服に向けてといったところか。


「うん、叶うといいなぁ」


晴登は独りでに微笑みながら、二人の願いが成就することを祈る。ついでに言えば晴登自身の願いも・・・


「あ、これ晴登のじゃない?」

「ホントだ、見せて!」

「おいやめろお前ら!?」


しみじみとしていると、そんな声が聞こえてきたので慌てて莉奈たちの方を向く。
しかし時すでに遅し。彼女らはもう晴登の短冊を手に持っていた。そして声に出してそれを読まれてしまう。



「「『平和な日常を送れますように』」」



僅かな沈黙。と、同時に彼女らから向けられる生温かい視線に気づいた。


「な、なんだよその目は!」

「いや〜なんかここまで来ると恥ずいね」

「うるさいな! いいだろ別に!」


莉奈に言われ、晴登は小っ恥ずかしくなって顔を背ける。
すると、見知った名前の付いた短冊が視界に映る。


「これ、結月の・・・」


一瞬、嫌な予感が頭の中を過ぎったが、あれほど言ったからさすがに違うことを書いているだろう。そう思い込んで、晴登は結月の願いを読んだ。



『ハルトの願いが叶いますように』



「……こっちの方が恥ずかしいだろ」


文句を言いながら、晴登の口角は自然と上がっていた。彼女の願いは晴登の願いそのもの。そう思うと照れくさくもなるが、自信も湧いてくる。


「晴登〜何してるの? 置いてくよ〜!」

「今行くよ!」


晴登の願いを見て好奇心は満足したのか、彼女たちはもう帰路につこうとしていた。莉奈の言葉に急かされ、晴登もその元へと向かう。


その時、気持ちの良い清々しい風が彼らを撫でた。
すると、一枚の短冊がそれに巻かれて(ひるがえ)る。



『ハルトとずっと一緒に居られますように』



結局それが書かれてしまっていたことを晴登が知る由もなく、一行はこの場を後にした。





新緑が青々と茂り始め、太陽も燦々と輝いている。熱気で火照る身体は、時折吹く涼しい風が冷やしてくれた。

今年もようやく、その時期が訪れようとしている。

彼らはこの時期に何を見るのか。



──夏が、来る。
 
 

 
後書き
令和初で、かつ今年最後の更新と思われます。お久しぶりです。

今回は次の章に向けての幕間と言ったところでしょうか。いよいよ夏がやって来ます。リアルと時期が被ったので、前回からどれだけ間が空いたのかがわかりますね。もう半年以上経ちましたよ笑

次回は来年になると思いますが、また読んで頂ければ嬉しいです! では! 
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