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人理を守れ、エミヤさん!

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王の話をされる士郎くん!





 今日もひっそりと、墜ちていくように眠りに就く。
 その心は不朽。その躰は無尽。
 剣の如き男にも、休息の時は訪れるのだ。
 朽ちずに在る為に。力尽きずに立つ為に。就寝したその時だけは、鋼を磨ぎ直す安らぎである。
 ――しかし男は理解していた。この魂には片時も休らげる時など訪れないのだと。
 我が身の研鑽を()ませる安息は一切が不要。果つる練磨は収斂へ――見上げるソラに理想を視る。剣を鍛えろ、己を燃やせ。鉄を打つ鋼の旋律は苛烈な業火の調べである。

「王の話をするとしよう」

 焼け焦げた野原。黒ずんだ蒼穹。永久に廻り続ける歯車の下に佇む。
 裏返った楔を包む紅蓮の炎が、欠けていく心の芯を護っている。ぼんやりと聖なる炎を眺めていると、不意に聞き慣れた青年の詩が聴こえてきた。

「星の内海。物見の(うてな)。楽園の端から君に聞かせよう。君達の物語は祝福に満ちていると――」

 果たしてそうかなと苦笑する。
 お客さんだ、夢の世界に押し掛ける困った奴。醒めれば記憶に残らない幻のような(ユメ)
 純白の衣、純白の髪。無垢な笑みを湛えた青年は、その実非人間の人でなし。それがなかなかどうして、男は嫌いになれずにいる。
 例え人間を愛しておらずとも、人間の生み出す文様を好んでいるだけなのだとしても、純粋に生きる者は好ましい。

「――罪無き者のみ通るが良い。『永久に閉ざされた理想郷(ガーデン・オブ・アヴァロン)』」

 瞬間、剣の丘を埋め尽くす花の園。咲き誇る綺麗な花弁。
 フィルムを切り取ったように忽然と姿を現した花の魔術師に、男は気安く声を掛けた。

「よう、マーリン。また来たな」

 まるで気心の知れた男友達に対するかのような態度に、しかし花の魔術師は気を悪くする事はなく、逆に嬉しそうに微笑んだ。なかなか歓迎してくれる手合いがいないが故の喜びである。
 嘗てブリテンに仕えた宮廷魔術師マーリンは、杖を片手に気さくに応じた。

「来たとも、エミヤ君。おはよう、それともこんばんは、かな?」
「さあな。それよりまた記憶消してやがったな? 起きる度に忘却して、寝る度に思い出すって流れはうんざりなんだが」

 苦情をつけるべく物申す男の名はエミヤシロウ。
 こうしてユメのセカイで邂逅するのは初ではない。毎夜人知れず開かれる理想郷の鍛造期間は、他ならぬマーリンがシロウの為だけに設けた作成時間だ。
 英雄作成、王者育成。シロウの紡ぐ文様はマーリンの嗜好をそのまま(カタチ)としている。歴史を渡る彼へと懐いた憧憬に、多少の贔屓も罰は当たらないだろうと嘯いて。夢魔のマーリンは個人的に肩入れしていた。

 そんな彼は、男の文句に肩を竦める。

「君は人間だ。この一夜のユメを引き伸ばして、二週間とする時間の差は君の精神を疲弊させるだろう。だから起きた頃には何もかも忘れていた方がいい。ここで学んだ事だけを持っていって、結実するその時に、全てを思い出すのがベストなのさ」

 眠ったはずなのに疲れが取れないなんて、そんなのまるで拷問だろう? 優しいマーリンお兄さんはそんな酷い事はしないからね。起きる頃にはすっきり精神疲労も取り除く。アフターケアも万全さ――などと。このユメの中で、散々に男を打ちのめしている者の台詞とは思えない。
 だが男は苦笑するだけ。悪態も吐く、弱音も吐く、激怒して本気で殺そうともする。無理難題の試練を課す畜生、悪魔、外道、屑。罵倒のレパートリーはとっくの昔に品切だ。しかし男はこの人でなしには感謝している。このユメでの出来事は、きっと自分を助けてくれるだろうと確信しているから。

 そしてその心に触れられる半夢魔(マーリン)は、だからこそ喜んでいる。
 ずっと視ていた、ずっと追っていた。彼の織り成す文様を。不細工なそれを綺麗なものへと変えていく足跡を。最初は単なる興味から、次第に異なる時代の文様にも渡っていって、遂に興味は憧れとなったのだ。
 感謝しているのはこちらの方だとマーリンは思っている。

 ――嘗て己の裡に焼き付けた罪の残照。騎士の中の王、アーサー王のローマ遠征。その出立の日にマーリンは、彼女に告げられたから―― 

『ありがとう、マーリン。貴方に感謝を。私にとって貴方は偉大な師だった』

 ――それはなんて、皮肉なのか。
 彼女が膝を折った時、導いてやればいいなどと思い上がっていた自分に。遂に膝を折らず、祖国の滅びを食い止める事を諦めなかった少女は、マーリンに……その破滅へ導いた罪深き魔術師に感謝を伝えたのだ。
 それははじめて、人でなしであるはずの青年に罪を自覚させた。あの赤い丘。死と断絶、絶望に満ちたカムランで彼女は死ぬ。国は滅び、何もかもが終わる。しかしそこに至って尚、少女は諦めなかったのだ。辿り着いた末路を容認せず、セカイに否を叩きつけた。
 代価を支払うならば、奇蹟を掴む機会を与えようという悍ましいセカイの契約の誘いに、王は手を伸ばしてしまったのである。

 マーリンは絶望した。自分の仕出かした罪によって――よりにもよって漸く気づけた、愛するに足る尊さを持った心が擂り潰されようとしている。
 だが自分にはどうする事もできない。塔に幽閉されている自分には。最後を迎えてなおも諦めないあの王は、いつか必ずその手に聖杯を掴むだろう。そうして契約の通りにあの心は。アルトリアという尊い者は。セカイの歯車に組み込まれてしまう。
 だがそれは仕方のない事だ。セカイとの契約とはそういうものなのだから。
 しかし彼女は選定の日のやり直しを望むという。自分が王だったから国は滅びたのだと思い込んで。己の存在を否定してしまう。それだけは――認められるものではなかった。

 だが塔に幽閉され、視る事しか出来ない彼は、救いのない終わりを座して見守るしかなかった。そうして何もかもを見届け、その全てを記憶し続ける事が己に与えられた罰なのだと受け止めて。

 だがしかし――それは覆された。



 ――いよぅし! 美しい、なんて奇跡だ! 一体どうなっているんだこのセカイは!? まさか、まさかこんな結末があるなんて!



 ある島国で行われた聖杯戦争。その戦いに招かれた王の軌跡を見守っていたマーリンは、全く予想だにしなかった光景に喝采を上げた。
 ある少年と出会った王は、自身の足跡を受け入れ、聖剣を手放したのだ。
 信じられない奇跡、救済だ。少年は王を救った。その時から彼はずっと少年を視続けた。そして事が起こる度に拍手喝采を送り、そして。

『マーリン。私をカルデアの彼の許へ向かわせてほしい。私は再びシロウの剣として、その力になりたい』

 英霊の座にはいない、妖精郷にいるアルトリアその人から願われたマーリンは、喜んで彼の許へ王をサーヴァントとして送り出した。
 アルトリアが男の許へ喚び出されたのは偶然でもなんでもなかったのだ。依怙贔屓上等、ハッピーエンドの為ならなんでもござれ。全力で支援しよう。

 ――マーリンはその聖剣の如き男に憧れている。大ファンだった。

 感謝しているのはこちらの方だと伝えたい。しかしそれは言わぬが花なのだろう。
 だって『その方がカッコイイ』から。男同士の言葉にしない気持ちっていうのは、まるで自分までそのように在れるかもしれないと、夢魔なのにユメに見てしまえるようではないか。
 これこそが浪漫という奴なのだとマーリンは学ぶ事が出来た。それもまた喜びである。他者の感情エネルギーを食べて、そのエネルギーを消費して感情を出力しているだけであるはずの夢魔は、まるで自分自身の裡から溢れて来たような情動に浮き足立っていた。



「さて、今更君に座学の必要はないよね」



 何故か胡散臭いと嫌われる事の多い自分に対して、あくまで気さくに接してくれるのは喜ばしい。何せ彼には嫌われたくないのだ、好感度が高いようであるのは、マーリンとしても喜ばしい事である。
 しかしこの時間は無駄には出来ない。最大限有効に使い、彼がこのユメの中で過ごす十二日間もの体感時間をフル活用して鍛える必要がある。そして残り二日分の時間のリソースを眠りに費やしてもらい、その精神を安らげねばならないのだ。
 マーリンは気を取り直して、教鞭を振るう。何を隠そうこの花の魔術師は、アルトリアを王として完成させた剣の師でもあるのだ。

「僕はキングメーカーだけど、何も君を王とするつもりはないよ。というか、その素質は皆無だしね?」
「ほっとけ。知ってるさそれぐらい」

 ふふ、と軽薄に微笑むマーリンに男は呆れぎみだ。何を今更言い出すのかと。

「かといって僕の扱う魔術は、教えた所で君には使いこなせないだろう。形だけの会得だって出来ない」
「三流魔術使いで悪かったな……」
「エミヤ君は魔術使いでもなく、どちらかというと異能者側なんだけれどね。固有結界にだけ特化した魔術回路で、難度の高い魔術を習得するのなんか無駄でしかないよ。付け焼き刃にするのにすら君の世代では不可能と言っていい。そこは君の子供に期待だ。なにせ固有結界は継承可能だからね」
「……一つ聞いていいか? 俺が知らないだけで、もしくは忘れているだけで、俺に子供はいるのか?」

 なんとなく不安げにする辺り、男にその手の心当たりはあったりするのかもしれない。しかしマーリンは苦笑した。

「いないよ? 勿論どの女の子のお腹にもいない。避妊はばっちりみたいだね」
「……」

 安心していいのか、どうなのか、男はどう思うか悩ましげだったが。
 今はその話は横に置いていい。

「話を戻すとして――王者としての帝王学も無用だ。実利的な知識はもう持ってあるだろうし、何より王の資質すらない君に、王に相応しい格を持たせるのなんかは無駄なんだよね」

 だから王を創る必要はない。彼の気質は兵士でも、戦士でも、騎士でもなければ王でもない。
 将だ。指揮官だ。マスターとしての力量は現代の誰よりも高い。人々のエネルギーを繋ぎ合わせ、一ヶ所に集中させる手腕は類い稀なものだ。知名度補正がゼロ、剣士としての才能もない彼の弓兵は、本来なら中堅の英霊と同等かそれ以下程度の霊格であるにも関わらず、個人で持ち得る戦力の運用と戦闘センスで、近接戦でも騎士王相手に防戦を成立させるまでになっている。その『戦う者』としての才覚が指揮官としてのそれに振られているのだ。平凡であるはずがない。
 戦士として鍛えるのは影の国の女王の役目だろう。だからといってそちらを疎かにする気はないが、マーリンがこの男に施し、研ぎ澄ますのは異能に近い固有結界の収斂である。魔術回路を補強し、魔力リソースを底上げさせ、彼の中にある霊基に頼らずともいいようにする手回しも徐々にしている。
 そして他にもある。人理焼却からも免れている妖精郷にいるマーリンは死ぬ事がなく、英霊ともなれないが、あるクラスだけが持つ単独顕現のスキルを独自に習得しているマーリンは擬似的にサーヴァントとなる事が出来る。そのサーヴァントとしての技能で、マーリンは彼の魔術行使の練度を底上げさせていた。それは『英雄作成』の技能である。

 影の国の女王は、その技能である『魔境の智慧』によって、英雄が独自に保有する技能を除いたほぼ全てのスキルを高い習熟度で発揮出来るという。
 スカサハと密談し、最新の英雄の育成プランを練っていた時に聞いた。彼女は自身が真に英雄と認めた相手にのみ、スキルを授ける事も出来るらしい。既に英雄であると認めていると、彼女は言っていた。「いずれはなんらかの技能を授けるのも面白いであろうな」とはスカサハの言だった。

 錬鉄の弓兵を超える英雄を育てるとは言わない。あの弓兵は「エミヤシロウ」の極致に到っている。無限の剣を操る戦士だ。「エミヤシロウ」は、あれ以上にはなれない。途方もない修練の果てに限界を超えて、神秘の薄い未来世界の英雄であるのにあそこまで到ったのだから。
 故に目指すべきはあの弓兵とは異なる極致。無限の剣による究極の一ではなく、収斂した一による窮極こそが、最新の英雄であるこの男の目指すべき場所。

 ――彼は兵士ではなく、戦士でもなく、騎士でもない。故に成るべきはあらゆる憑依経験、無限を束ねた剣士である。
 その一点に於いて、才能の如何で問うべきではないのだ。剣士としての才覚はこの男にはないが。それを鍛え上げて、その異能の極限に適合させ、臨界点の超克(リミテッド・ゼロオーバー)を果たすのがマーリンとスカサハの出した最果てだった。

 投影魔術による殲滅力を残し、且つ彼だけの窮極を結実させる。それを成すには、彼は余りに弱すぎる。
 経験が足りない。力が足りない。速さが足りない。巧さが足りない。硬さが足りない。彼は一生涯戦う者として完成する事がない。――このままなら。
 その未熟を超えて、完成させる事がマーリンとスカサハの仕事だ。

 故に。

「さあて。修練の時間だ。エミヤ君、君にはこれから十二日間、ずっとある人物と戦ってもらう」

 習うより慣れろ。アルトリアにしたように教え導くには、彼は余りにも才能がない。
 故にその鉄心の男を鍛え上げるものは、まさしく鉄火場こそが相応しい。
 ユメのセカイに於いて、全能であるマーリンがその花園に象ったのは幻である。しかしその幻を限りなく実物に近づけ、実体を与えるのはユメであるから余りにも容易い。

 男は精悍な貌を引き攣らせた。

 顕れたのは、典雅な剣士だった。
 花鳥風月を愛でる、魔法の域に至った魔剣を操る邪剣使い。物干し竿の如き長大な刀を持つその侍は、与えられる仮初めの真名を佐々木小次郎という。

「最初はアルトリア、次にクー・フーリン、さらにヘラクレスと来て英雄王、今度はコイツか……?」

 声を震えさせて男は剣を構えた。双剣と双剣銃の使用は禁止され、得意の絨毯爆撃も厳禁された。
 マーリンは満面に笑みを浮かべて言った。

「そうさ。今度も殺されながら覚えるといい。いやぁマーリンお兄さんは親切だなぁ! 幾ら負けても殺されても構わない、修行の相手を取っ替え引っ替え! こんなにも贅沢な師匠を揃えてあげるなんて、まさに出血大サービスとはこの事だよ?」
「うるせぇ! 出血してんのはこっちだろうが!? この鬼! 悪魔! マーリン! てめえ畜生ほんと覚えてろよ?! もう何万回斬り殺されビームで蒸発させられて心臓穿たれて射殺されて捻切られて撲殺されて絞め殺されて串刺しにされて粉微塵にされてると思ってんだよ!? 今度は斬首ですかそうですか地獄に落ちろこの野郎! ところで斬首ノルマは何回なんですか――!?」

「ざっと千個、自分の首が並んだのを眺めるのも、なかなかに乙なものかもね」

 藤姉ー! イリヤー! 助けてくれえぇぇぇ……。

 侍が馳せ、男の首が舞った。男の幻の首が一つ、並べられた瞬間である。





 
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