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人理を守れ、エミヤさん!

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人類愛の黎明



 戦場の女神と称されるに足る砲兵の加入。それはもろ手を挙げて歓迎すべき戦力ではある。
 しかし甘えてはならない。その大火力による敵軍の殲滅は楽で確実だが、それ故の欠点も存在するのだ。
 シータの最大の長所は言うまでもなくその圧倒的な大火力であるが、同時に最大の短所もまたその火力にあるのである。というのも、彼女の射撃とも言えない砲撃は『派手過ぎる上に加減が出来ない』のだ。
 つまり目立つ。一撃を放てばその強大な魔力の発露と、その爆発的な爆撃音は遠くにまで響く。必然、遠くの敵まで引き寄せてしまい、却って戦闘が長引く恐れがあった。
 ジャックはそれを懸念している。破損聖杯がある故に魔力は幾らでもあるから、シータによる宝具の多用を厭いはしない。が、だからといって無駄に戦禍を招いてもよい理由にはならない。無為に敵サーヴァントに位置を知られる危険性を侵すのは愚かであり、言葉は悪いが多くの荷物を抱えているのだから戦いは可能な限り避けるべきだ。現時点で要らぬリスクを抱え込む訳にはいかない。

 故に崩れかけていた難民達の士気を持ち直す為に、シータ加入後の初戦闘で派手に二回放ったデモンストレーション以降は、可能な範囲でシータに宝具を使わせず、自分達だけで敵を倒す必要があった。
 だがそれにも限度はある。シータほどではないがジャックの宝具爆撃も規模は大きい。どうしたって敵の数が多くなればなるほど、敵に対して爆撃を行わざるを得なくなる。

 三週間かけてアリゾナ州の北部に辿り着く頃には、既に三度一万を超える軍勢と遭遇し、五千を下回る軍勢と五回遭遇していた。その悉くを犠牲なく打破する事は出来たが、シータの宝具を五回使用しなければならなかった。ジャックは焦りを感じつつある。これは下手をしなくてもやり過ぎだ。
 宝具による軍勢の一掃を幾度も繰り返し、その痕跡を残しながら進む『フィランソロピー』の面々。そのくせ行軍速度は蛞蝓みたいなもので――目的地に到達する頃には、何度か敵サーヴァントに襲撃される事を想定せねばならないだろう。最悪、あの魔神柱の群に襲われる事すら考えねばならないかもしれない。

 既に幾つかの軍事拠点を経由している。そして今、三つ目の砦近くにまで到達していた。
 しかし……様子がおかしい。一番の視力を誇るジャックは眼帯を撫でる。思案する際の癖になりつつある仕草をして、ジャックは行軍を止めた。

「どうしました、BOSS」
「いや……」

 馬上の領袖に、カーターが駆け寄ってきて訊ねてくるのに、ジャックは右目を細めて前方距離八千にまで迫った砦を眺める。
 カーターの問いに答える前に、彼は自身の前に置いていた沖田に言った。それから後列にいて背後を警戒させていたシータを手招きする。

「春、とりあえず降りろ」
「? はい」

 首を傾げながらも沖田は降りる。
 それで、周囲に緊張が走った。ジャックが沖田を降ろす、その行為が意味するのは……戦闘の可能性があるという事だ。
 しかしその緊張感もやや薄い。犠牲を払うことなく連戦して連勝を続けているのだ。多少走らされる事はあるかもしれない、そんな程度の緊迫感である。それが悪いとは言わない。並の敵が攻めてきた程度なら、幾らでも対処は出来るからだ。

「来ました、マスター」
「ああ。シータ、何かおかしくないか?」

 傍に寄ってきた、ジャックに次ぐ視力を持つシータに訊ねる。前方の砦を指し示すと、彼女も目を凝らして砦を視る。
 すると彼女も首を傾げた。

「……確かに、何か変です」
「だろう。だが遠すぎるな。もう少し近づいてみるしかないが……」
「不穏なものを感じたのに、大所帯で向かうのは迂闊ですね」

 そうだなと肯定する。何がおかしいのか、その詳細も分からない。ジャックはシータの言に頷き、彼らに告げた。

「様子を見てくる。二個分隊、ついてこい。春もだ。シータは残り、周囲を警戒していろ。自己判断で宝具の使用も許可する」
「はい」
「了解。ではBOSS、私が二個分隊を……」
「カーターは残れ。エドワルドを補佐につける。有事の際はお前が指揮を執れ。ヘルマン、お前は来い」

 小隊の半数、二十五名の兵士を連れて行く。沖田に促して戦闘態勢を取らせておく。
 沖田は表情を険しくさせる。ジャックの警戒の度合いが予想していたよりも高いのだと認識したのだ。
 砦に近づいていく。距離四千まで来るとジャックは目を見開いた。

 砦の内部から打ち上げられた人間が虚空を舞い、そのまま地面に落ちていく様を目撃したのである。
 生存者がいる、しかし戦闘に陥っている。それもあんな――人間を遥か上空に打ち上げられる膂力ともなると、それはサーヴァント級の敵に襲われている。
 直後である、砦の内側から門が崩された。算を乱して、多数の兵士や一般人が飛び出してくる。ザッと見ただけで百名を超える。

「マスター!」
「――総員戦闘用意! 奴らを近づけるな、巻き添えになる!」

 双剣銃を投影する。
 仲間だと思ったのだろう、必死にこちらに駆け寄ってくる連中に目掛けて怒号を発して上空に銃撃する。

「こっちに来るなッ! 俺の後方にいる連中の所へ行けッ!」

 アンドロマケの上から大喝する。それでも彼らは、恐怖に引き攣った顔で、縋りつくように近づいてきている。ジャックは舌打ちして下馬すると、先頭を走ってくる兵士の顔面を殴り抜いた。
 悲鳴をあげる人々に向けて再度怒号を発しながら真上に銃撃する。

「迂回しろッ! あそこに行け、死にたいのか!?」

 今度こそ言葉が理解できたのか、彼らは転げるようにしてジャック達を迂回して走っていく。ジャックは自身が殴り飛ばした兵士の胸ぐらを片腕で掴み、引き摺り起こすとその額に頭突きして至近距離から睨み付ける。その隻眼の迫力に気圧された男に、彼は端的に問い掛けた。

「何があった?」
「ひ、ひぃ、」

「……何があったッッッ!!」

「ヒィィッッッ!? ば、化け物です! 化け物がいきなり砦の中に!? 槍を持った化け物が!?」
「――中の物資は?」
「あ、あ、あります! ありますぅっ!?」
「……行け」

 兵士を突き飛ばして、ジャックは険しい顔で思案する。鼻血を吹き出している兵士はカーターの方へ逃げ去っていった。
 此処までの行軍で、あらかたの食料はなくなっている。此処を避けて進もうにも、餓死は必至だろう。此処は避けては通れない。
 しかし、あの砦には案の定、敵サーヴァントがいるようだ。そして目撃証言によると、槍を持っている。槍……ランサーか。いやライダーかもしれないし、バーサーカーかもしれない。ヘクトールのように槍が剣になったり、剣が槍になる武器を持っている可能性もあるから、あくまで槍兵の可能性が高いというだけの事だが。

 なんにしろ砦の中に入るのは迂闊だ。ジャックは二個分隊に銃撃態勢を取らせる。そのまま待ち構えた。しかし……一向に動きがない。沖田を一瞥した。

「春、中の様子を探ってこい。あくまで斥候だ。アサシンとして行け」
「承知」

 沖田の姿が消える。霊体化したのではなく、気配を遮断したのだ。そのまま彼女が戻ってくるまで待機していると、沖田は何事もなく戻ってきた。
 怪訝そうに彼女は報告してくる。

「マスター、中には誰もいません」
「生存者は?」
「……五百名ほどの死体があっただけです。物資などは手付かずでした。先にいた彼らもここに来たばかりなのかもしれません」
「……」

 幾らか殺して、満足して帰っていったのか……?
 いや、そんなはずはない。敵は必ずいる。ケルトは敵とした者を鏖にしているのだ。ここに生存者が多数いるのに、逃げる理由は見つからない。サーヴァントが二騎いるからと、尻尾を巻いて逃げ出す惰弱さとは無縁だと考えるべきだ。
 ならば沖田が発見出来ないとなると、敵は暗殺者? それとも宝具か、魔術による隠密を行っていると考えるべきか。

「ヘルマン、カーターとシータに伝令だ」
「は!」

 砦の様子と、厳戒態勢を敷けとの報を持たせ、アンドロマケにヘルマンを乗せる。乗馬の心得はあるらしいとは聞いていた。
 アンドロマケはやや不満そうにするも、ジャックはその首筋を軽く撫でてやって走らせる。

 どうする、と思考を回す。このまま二個分隊を率いて砦に入るか? しかし十中八九罠だろう。避けては通れないとはいえ……釣り出すか? だがどうやって?

 策を練っていると、不意に目の前を一枚の花弁が過る。

「?」

 白い花びらだ。花なんて咲いていたか? そう思い視線を取られる。花びらは風に乗ってひらひらと舞って、俺の死角である左後方に流れていって――



 微かに隠密の解れた、黒フードを被った槍兵が迫りつつあるのを見咎めた。



「ッッッ!?」

 その槍を知っている。その顔を知っている。その腰に生えている黒い尾を知っている。
 あらゆる動揺を押さえつけ瞬時に叫んだ。

「左後方、八時の方角だッ! 撃てェッ!!」

 兵士達は素早く応じて銃口ごと振り返り、即座に姿の見えないモノに弾幕を浴びせる。轟く銃声、しかしそんなものがなんの意味もないとジャックは知っている。
 案の定、あらゆる弾丸はその槍兵に着弾する寸前、自分から外れていく。あたかも弾丸そのものが、その槍兵を恐れるように。――《矢避けの加護》だ。
 沖田が刀を抜く。行けッ! 吼えていた。応じて沖田が馳せる。黒い槍兵は舌打ちして姿を現した。ルーン魔術による隠密、そしてそこからの奇襲。それが成らなかった故に姿を隠す意義がなくなったから。

「……気づかれたか。今のは夢魔か? チッ、邪魔な輩が混じってやがる」

 ――彼の者こそ槍兵、剣士、騎乗兵、魔術師、暗殺者、狂戦士に適性のある神話の頂点に君臨する半神半人。半神でありながら神々の軍勢を相手に単騎で挑んで破った無双の超人である。

 彼の真名はクー・フーリン。

 アイルランドの光の御子。

 ――敵はケルトだった。だから、もしかしたらいるかもしれないとは思っていた。だがその可能性は意図して考えないようにしていた。
 本当にいるとは思いたくなかったのだ。
 その力を知っている。敵に回せば何より恐ろしい、あらゆる戦局に対応する戦場の万能者、戦場王とも讃えられる武勲の大戦士。授けられたものではない、善悪をも超えた武練を誇る存在。そして、共に戦場を駆けた頼もしい相棒。
 理屈を越えて、戦いたくない相手だった。
 だがその英雄は、明確な殺意を持って襲い掛かってきている。故に、あらゆる感傷は無用。友だろうが、恋人だろうが、無力な子供だろうが。敵となれば、命令があれば、私情を殺して任務を果たす男で――敵として立ちはだかったなら、敵としてしか相対できない男だった。

 故にジャックの決断は早い。

「総員後退! カーターに合流しろッ!」
「BOSS!? しかし……!」
「邪魔だと言ってるんだ! 奴を相手に数で挑んでも無意味だ、対多数戦闘のスペシャリストだぞッ! 命令だ、早く行けェッ!!」

 部下を去らせる。シータが駆けてこようとするのを止めた。彼女の戦闘能力では一刺しで殺される。天地がひっくり返っても絶対に勝てない。
 宝具も使えない。砦が近いのだ、あそこにある物資を台無しにする訳にはいかないのである。そしてシータを殺される訳にもいかない。今後どんなに強大な力を持つサーヴァントを仲間にしても、彼女の火力は不可欠なのだ。殺されるビジョンしか浮かばない戦いに投入するのは愚行だ。

 やるしかない。ジャックと、沖田だけで。

 ――勝てるのか?

 あのクー・フーリンに。

 ――春に長期戦は不可能だ。逆に奴は短期決戦から長期戦にも対応できる。奴の魔槍を俺と沖田は躱せない。春が勝るのは剣の技量と縮地による機動力だが、それ以外は全て劣っている。俺の剣弾は矢避けの加護を突破できない、銃撃も同様。接近戦を挑めば防げて一合。奴に宝具を使わせず、俺が弓で宝具を撃ち、春が抑える、それしかないか……ッ!

 勝てるかどうか分からない、しかし勝つしかない。さもなければ全員殺されるのだ。それだけの殺気がある。力がある。
 ジャックは双剣銃を消し、黒弓を投影した。螺旋剣を弓に番え、狙いを定める。すると、不意に聞き慣れない声が聞こえた気がした。



  カルデアのマスター。堪えてくれ、少しでいい



 咄嗟に振り向く。しかし其処には誰もいない。幻聴か――? 沖田が苦しげに呻いているのが聞こえ、正面に向き直る。
 躊躇う素振りすらなく縮地を行い、沖田は瞬間的にクラスが不明なクー・フーリンの背後を取っていた。振るわれる魔剣使いの斬撃。怜悧な太刀筋は斬鉄すら成すだろう。沖田は確信した。反応が遅い、斬れる、と。しかしクー・フーリンは無造作に尾を振るい刃を逸らした。神獣クリードの尾に刃を逸らされ沖田は愕然とする。対魔獣の経験などないが故に、人が相手なら確実に斬れていた間を外され一瞬の驚愕に囚われてしまったのだ。
 振り向き様にクー・フーリンは小蠅を払うように槍を振るった。苛烈な殺気に澱んで見える槍の一閃。振り向き様のそれは、沖田の硬直を確実に捉えていた。下がれば死ぬとその心眼が告げている、沖田は刹那の判断で後退ではなく前進を選び――

「ガッ、」

 槍の柄を横腹に受ける。楯とした鞘が砕け、槍の柄が沖田の胴にめり込んだ。ばき、と骨の砕ける音がする。沖田が吹き飛んだ。地面を転がって、なんとか跳ね起きるもクー・フーリンの姿がない。何処に、と視線を彷徨わせ、ジャックが吼える。

「上だッ!」
「――ッ!?」

 槍の穂先を真下に向けた光の御子が落下してくる。沖田は再び縮地で間を外し、そこにジャックが投影宝具を撃ち込んだ。偽・螺旋剣。周囲の空間を捻り切りながら迫るそれに、クー・フーリンは微かに眼を瞠るも――それだけだった。
 地面に片手の掌を叩きつけ、ルーンが光る。すると着弾寸前の螺旋剣が分解され、消えた。ジャックは瞠目する。

 ――アルスター縁の宝具は無力化出来るのか!? 

 いや、カラドボルグだからこそかもしれない。
 クー・フーリンはゲッシュによって、アルスター縁の者がカラドボルグを使っていれば、一度敗北しなければならない。しかしジャックはアルスターの人間ではなかった。
 故にクー・フーリンが敗北してやらねばならない理由はない。それに、所詮は投影宝具。威力からしてオリジナルとは比べるべくもないのだ。
 カラドボルグはジャックが使う限りクー・フーリンには無力。その事実を即座に織り込んで、選定の剣を投影して弓に番える。
 その様をクー・フーリンは横目に見ていた。彼の魔術師としての才覚は、戦士としてのそれを超えている――たった一度見ただけで、ジャックのそれが投影魔術に似た何かであり、宝具を投影して射撃を行えるのを見抜いた。

 瞬間、凶獣の中で、ジャックは取るに足らない『雑魚』ではなく、明確な『敵』に昇格を果たす。

 クー・フーリンの標的が変わる。所詮は人間、後回しにしても楽に殺せると判断していたのが、自身に通じる武器を持つのなら話は別だ。細く鋭い針のような殺気がジャックを貫く。来るか……! 選定の剣を口に咥え、黒弓を消して双剣銃を投影し、転瞬――凶獣の姿が掻き消える。
 限界まで強化していた手が砕け、腕が折れる衝撃。双剣銃もまた一撃で破損した。槍の一撃極まれば、神さえも殺すそれ――左後方からの大気に風穴を空ける刺突だった。
 防げたのは奇跡ではない。敵としてクー・フーリンと戦い、仲間としてクー・フーリンと共に戦ったが故に彼の槍について知悉していたからこそ防禦に成功したのだ。意外そうに目を細めるクー・フーリンの反応から確信する。この凶獣はジャックを知らない、と。

 しかし、見えなかった。クー・フーリンの動きが肉眼でまるで捉えられなかった。彼が意外そうにしたのはコンマ数秒のみ……。翻る二撃目の槍がジャックを殺すだろう。両腕は砕けた。どうして防げる、どうしたら躱せる。故に沖田が仙術の域の歩法で割り込んだ。クー・フーリンの脇腹を穿つ剣の切っ先。
 それを寸での所で浅い傷を作るだけで躱し、クー・フーリンは鬱陶しそうにルーンを撒こうとして――それをジャックが妨害する。改めて黒弓を投影する鉄心の男の腕は再生されていた。聖剣の鞘による復元ではない、それでは間に合わない。砕けた腕の中には添え木代わりの鉄剣があった。力を込めるだけで激痛が奔るが、そんなもので鈍る男ではない。鉄心の男は口に咥えていた選定の剣を素早く弦に番え、クー・フーリンに目掛けて射ち放ったのだ。
 ルーンで結界を作り、沖田やジャックを閉じ込めるつもりだったのだろう。しかしそうはさせない。
 黄金の剣閃が奔る。クー・フーリンは舌打ちして後方へ高々と跳んだ。選定の剣を躱しながら、凄まじい勢いで魔力が充填される魔槍に、ジャックもまた即座に応じて呪文を唱える。

「I am the bone of my sword.」

「『抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)』」

「――『熾天覆う七つの円環(ロォォオ・アイアァス)』ッッッ!」

 弓なりに逸らした体から、擲たれる必殺の槍。
 展開される薄紅の七枚楯。花弁は七枚の円環を顕し担い手を護る最強の楯として顕現した。
 なんだと? 凶獣が訝しむ。自身の槍が激突するや膨大な魔力の余波によって周囲の地面が抉れ、竜巻の中心に置かれたような暴風が撒き散らされているのを見て我が目を疑ったのだ。人間が展開した楯が、自らの槍を止めている――
 薄紅の花弁に注ぎ込まれるは破損聖杯から供給される無尽蔵の魔力。投擲物に絶大な防御力を発揮するそれが、魔槍の侵攻を阻んでいるのだ。花弁を次々と破壊し、最後の一枚となるが、それを突破できない。
 本来なら確実に破壊されていただろうアイアスの楯は、破損聖杯による膨大な魔力の後押しがあって、遂には恐るべき魔槍を防ぎ切る。充填された魔力を枯渇させた魔槍が担い手の元に帰還していった。――その直前。上空に跳んでいたクー・フーリンが着地する前に、得物を手放していたクー・フーリン目掛けて沖田が斬り掛かっていた。

 しかし、来るのは分かっていたと言わんばかりに、クー・フーリンは虚空にルーンを刻んで足場とした。それを踏んで更に高く跳んだクー・フーリンに、羽を持たない沖田は歯噛みする。

「くっ……!」

 跳んで追えば、縮地は使えない。自身の剣の技量は地上でなければ十全に発揮できない。故に空中は死の空間。まんまと仕切り直したクー・フーリンは、魔槍を手に着地点を定め――瞬きの間もなく十八のルーンを辺りに散りばめて結界を作った。

「『羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ・ラーマーヤナ)』!」

 座して待つのをよしとしなかったシータが、クー・フーリンが虚空に跳んだ事で、自身でも狙えると見た瞬間に宝具を放ったのである。 
 それは確実にクー・フーリンへ直撃するはずだったが、それすら上級宝具の一撃をも凌ぐルーンの結界に阻まれる。

 シータを一瞥したクー・フーリンは、肩で息をしているジャックを見た。

「――テメェ、オレを知ってやがるな?」

 確信の籠った問いだった。

「でなけりゃあこうもオレの出鼻を潰せる訳がねぇ。チッ、メンドクセェな」

 問いでありながら、しかし彼は答えを必要としていない。既に確信しているのである。あの眼帯の男は、このクー・フーリンを知っているのだと。
 さもなければ、全力で放ったクー・フーリンの槍を一撃だけとはいえ防げるはずもなく、魔槍の全力投擲を凌げるだけの楯を咄嗟に取り出せる訳もない。

 煩い蠅に、しぶとい雑魚に、取るに足らない小娘。クー・フーリンは心底下らない抵抗を眺める。

「――なら、こうするだけの事だ」

 癖を知られている、宝具を、ルーンを、真名を。だがそれがどうしたとばかりに、クー・フーリンは魔槍を構える。
 槍の穂先が地面を睨む、独特な構え。それにジャックは目の色を変えた。それは、それだけは、絶対に撃たせる訳にはいかない宝具。投げるのではなく、刺し貫く権能の手前の力。更に、まだ持っていたのか。彼はルーンの力を解放して自身の体を硬化させていた。
 多少の手傷は許容しよう、代わりに確実に殺すとその冷酷な眼光が告げている。

 沖田の対人魔剣ならその硬化を突破して致命傷を与えられるだろう。しかし放たれたその魔槍は因果を逆転させ、確実にジャックを殺す。微かな驕りも油断もなく、クー・フーリンは確実にジャックを殺そうとしている。
 死ぬ。あれが放たれれば絶対に死ぬ。ジャックは思考の歯車を視界が白熱するほど激しく廻し――対策をまるで思い付けなかった。苦し紛れに沖田に行かせるしかない、せめて相討ちに持っていくしかないと覚悟を固め。

 ――因果逆転の魔槍が放たれる寸前。

 青い、蒼い、矢が飛来した。

「ッッッ!」

 構えを解いたクー・フーリンが即座に後退する。矢避けの加護を持つ凶獣が、僅かの迷いもなしにその矢を回避する事を選んだのだ。
 狙われたのはクー・フーリンである。ジャックはその矢の軌跡をなぞって、その射手を見る。両名の戦闘に割って入ってきたのは。

 黒い肌と、白い衣を纏った美丈夫だった。

「横槍を入れてしまい失礼します」

 玲瓏な声音で、涼やかに告げる。
 炎神の弓を持ったその青年は、淡く微笑んで来援を告げた。

「我が名はアルジュナ。貴方はマスターですね? もしお邪魔でなければ助太刀しましょう」

 カウンター・サーヴァント。授かりの英雄アルジュナが、そこにいた。












 ――誰ぞ知ろう。影の功労者は花の魔術師である。

 彼はずっと剣の如き男の旅路を見守っていた。
 アルトリアの心を救った第五次聖杯戦争、世界を巡り多くの「不幸」を拭って回っていた旅。どれもが見応えがあり、ついには彼はカルデアに辿りついて、歴史から歴史を渡る者となった。
 アルトリアに関する感謝がある、彼の人生の足跡が齎す綺麗な紋様がある……。第五特異点の「全て」を同時に見ていた花の魔術師は、なんとか間に合うように、まだケルトについていなかったアルジュナを誘導して此処に導いたのだ。

「僕は君のファンなんだ。憧れのスターを、ちょっとぐらい贔屓しても罰は当たらないはずだよ」

 そう言って、妖精郷の魔術師は薄く笑む。








 
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