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人理を守れ、エミヤさん!

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覚悟を決める時だジャックさん!





「BOSS……その、どう見ても野生の女の子にしか見えない方が、サーヴァントという奴なんですか」

 カーターはなんとも言えない表情で、俺の連れてきたシータを見ながら言った。俺は頷く。
 如何にもその通り、彼女こそが我らのメイン火力。戦場の女神とも言われる「砲兵」である。例え見目が華奢なる乙女であろうと、嘘偽りなく我らにとっての救世主だ。

「サーヴァントとは、あれですよね。過去の神話とか伝説上の偉人だったり英雄だったりする……」

 信じざるを得ない現実があるとはいえ、口に出すと少し恥ずかしげな様子のエドワルドが、念を押す形で問い掛けてくる。
 全く以てその通り、彼女こそラーマーヤナのメインヒロイン、シータである。ラーマに恋し愛し続けた報われるべき存在。嘘偽りなくサーヴァントだ。
 コサラの王ラーマと座を共有する、大英雄の力を発現可能な存在。本人もまたシヴァ神より神弓を与えられたジャナカ王の一族の末裔であり『追想せし無双弓(ハラダヌ・ジャナカ)』の弓を曲げて弦を張れる無双の怪力の持ち主である。
 サーヴァントについては一度しか説明していないはずだが、よく覚えていてくれた。俺は感動した。

「BOSS……おいたわしや……年端もいかない少女を連れて来てサーヴァントだなんて……そんなに疲れていたんですね。くっ、我々がもっと力になれていたら……!」
「ぶちコロがすぞヘルマン」

 こめかみに青筋が浮かぶ。ヘルマンは愛想笑いで誤魔化してくるが、俺は今の発言を絶対に忘れないからな……いずれただの一兵卒ではいられなくしてやる。
 くす、とシータは微笑んだ。それに目を奪われ、見惚れるヘルマンの頭を叩く。

「聞いていたよりも士気は崩れていないようですね」
「兵士はな。問題は現実に戦う力のない者達だ」

 そう、意外な事にカーターをはじめ、兵士達の士気は悪くない。というよりも妙に覚悟が決まって、肚を据えて踏ん張れる気力がある。
 しかし難民の連中はそういう訳にもいかない。妹二人を持つクリスト。その妹のミレイ、ニコル。この子供達は大人顔負けの落ち着きがあるが、馬車に乗っていたイーサンや負傷していたチャーリーなどは露骨に不安がっている。それに短い期間とはいえ苦楽を共にした親しい者を、先の魔神柱もどきの奇襲で亡くした者達の意気消沈ぶりも酷かった。
 ふと思い付く。シータは生前王家だった。教育水準は悪いが曲がりなりにも王家の出。その視点から必要な物の見落としがないか訊ねてみるのもいいだろう、

「――俺達の状況は先程伝えた通りだ。そしてお前の目で彼らを直接見て、これからどうしたらいいか、或いは何が必要になるのか思い付いた事はあるか?」
「……浅見となりますが」
「構わない」

 告げると、シータは考える素振りをしながら、地面に座り込む『フィランソロピー』の難民達を見渡す。
 考えを纏めながらジャナカ王の末裔は唇を開く。

「マスターも気づいてる事でしょうが、彼らは長旅に堪えられそうにありません」
「……」
「彼らに必要なのは、まず何よりも安住の地でしょうね。敵地であるこの大地を、大人数の戦う術のない人々を連れて横断するのは不可能です」

 俺もそれは分かっている。分かっているが、どうしろというのか。まさか見捨てる訳にもいかない。

「マスターは、彼らを見捨てたくない。だから本気で救おうと抗っている。それが伝わっているから兵士の皆さんもマスターを慕っているのでしょう。細々とした問題は私には分かりませんが、でも一番必要なものは分かります。今も言いましたが、安住の地です。そしてそれを築くのに必要なのは三つ。安心して暮らせる環境、生活基盤を整えられる豊かな土地、そして」

 シータは、俺を見た。その緋色の瞳には、たしかな知性と確信が込められていた。

「優れた指導者です」
「……」
「私には無理です。だって私はサーヴァント……人々の上に立つ資格も、そして器もありません。生まれこそ王家でも実際に人々を導ける力がない。でも…マスターなら出来る。そんな気がします」
「気がするだけだ。俺には無理だろう。荷が勝ちすぎている」
「気がする……それはとても大切な事なんですよ、マスター」

 『気がする』というだけで、人は安心の切っ掛けを自分の中に見つけられる。信じてみよう、ついて行ってみよう……そう思える。シータはそう言って微笑む。
 だから彼らは貴方をBOSSと呼んでいるんです。ですよね? そう穏やかに問われ、カーターらは照れ臭そうに目を逸らした。おいおい……出会ってまだ一ヶ月も経ってないぞ。チョロい奴らしかいないのか? もう少し独立独歩の精神をだな。アメリカン・スピリッツ的な心意気はどうした。
 俺は嘆息する。なんであれ、こうした視点の相談が出来るのは大きい。お陰様で無駄に足掻くのを諦められた。
 無論、生き足掻くのはやめない。でも力を振り絞るポイントを誤ってはいけない。闇雲に逃げ続けるだけでは、俺や兵士達はいいにしても、体力のない面々は必ず何処かで心が折れる。それが分かっていながら逃げ続けていたのは、俺と沖田だけでは護りきれないからだ。護れないなら、無理でも断行するしかなかったのである。

 しかし今は違う。シータがいるのだ。そして――今はまだ取らぬ狸の皮算用だが――ラーマもこの大地のどこかにいる。彼らを護りきれる戦力の見込みが出来た。希望の芽がある……ならそれに賭けるしかない。何も先の展望がなかったが、これならやれるという希望が見えてきていた。
 それに、一度助けたからには、最後まで救い切る。その覚悟は何年も前に終えていた。何も躊躇うものなどない。可能だと判断出来たのなら――無理をして大陸軍に合流しようとする事はなかった。
 『フィランソロピー』に安住の地を。そこを防衛して、人々を集め、兵士を鍛え、仲間を募る。兵士を特殊部隊並に鍛え、彼らを使って各地に点在しているだろうカウンター・サーヴァントを探す事も出来る。
 その間にか、或いはその後にか、現地の勢力と接触する機会は必ず出てくるだろう。

「……グレートプレーンズ」
「?」
「ロッキー山脈の東側と中央平原の間を南北に広がる台地状の大平原――北米の穀倉地帯だ。そこに進路を向ける。その地を俺達の拠点とするぞ。カーター!」

 意思を固める。指導者なんて柄じゃないが、やってやろうじゃないか。
 呼ばれたカーターが逞しい笑みを浮かべた。目的がより克明に見えたという顔。沖田とシータも淡く微笑んだ。

「は!」
「その地に城塞はあるか?」
「あります。案内も可能です」
「よし。もうすぐ夜が明ける、すぐに発つぞ」
「了解っ。休憩中の部下や難民の者達を起こしてきます」
「ああ。……エドワルド」
「は」
「シータの服を繕ってやれ」

 了解ですとエドワルドは半笑いで敬礼した。
 シータは首を傾げる。どうしてですか? そう問われ俺は苦笑する。ベオウルフにやられたんだろうが、服が破れてるじゃないかと。するとシータは言った。
 別に破れてません、と。……え?
 元々こんな格好です、と。……そうなんです?
 それは……なんというか。前衛的な服装ですねと濁すしかない。てっきり戦闘で破れたんだとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。流石はインド、俺の理解を超えたセンスだ。これからは「インド!」を挨拶にしようかと混乱しかける。

 なんであれより現実的な目的が定まったのはいい事だ。俺は牽かれてきたアンドロマケに飛び乗り『フィランソロピー』を率い、行軍を再開する。
 すると少し進むと、すぐに前方へ敵影を発見した。ケルト戦士団、数は一万。その報を告げると悲愴な緊張が走る。しかし、俺は朗らかに指示を出した。

「止まれ。じっとしていろ。我らが戦場の女神、砲台のシータの力を見せてもらおうじゃないか」

 シータを見る。子供が黒衣の軍服を着ているようなアンバランスさがあるが、それに可笑しさは感じられない。凛とした眼差しでシータは頷き、その手に神弓を顕す。

「カーター、エドワルド。中隊前へ。討ち漏らしを撃滅する。射撃態勢を取れ」
「は!」

 先頭に進み出たシータの後ろに、迅速に移動して隊列を組む兵士達の背後で距離を測る。
 馬上から接近してくる敵戦士団を見据えた。横にいる沖田を一瞥する。今回は出番はないぞと告げると、沖田は反応に困って曖昧に笑った。しかしいざという時の決戦力を持つのは沖田だ。それまで体力を温存させておくだけで、彼女の存在もまた欠かせない。

「撃ち方構え。指示あるまで待機。――シータ、いつでも撃てるな?」
「はい」

 猛然とケルト戦士団が迫り来る。難民達が恐慌を来しそうになる中、俺はシータに告げる。撃て、と。

「ラーマ様……力を貸して――」

 距離一千。シータは囁き、紅蓮の神弓『追想せし無双弓』を構える。そしてその小さな手に現したのは同じく紅蓮の大矢。それこそは大英雄ラーマの矢。
 彼が魔王ラーヴァナを倒す為に、生まれた時から所持していたとされる不滅の刃だ。魔性の存在を相手に絶大な威力を発揮する対魔宝具だが、神弓によって放たれるそれは対軍の火力を発揮する。
 鈴が鳴ったかのような可憐な声が、その宝具の真名を紡ぐ。

「『羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ・ラーマーヤナ)』」

 本来の担い手、ラーマの名を冠した宝具が凄まじい熱量と共に投射される。
 神弓より放たれたそれは、さながら大地を削る光輪の稲妻。聖焔を形取る、凄絶な浄化の裁き。ケルト戦士団に回避する余裕すら与えず、一瞬にして着弾したそれがいとも容易くケルト戦士団の過半を葬り去る。
 誰もが唖然とする。騒然とした。華奢な乙女が齎したとは思えない大破壊。放たれたにも関わらず飛翔して手元に戻る不滅の刃。シータに俺は言う。

「魔力を回す。第二射、射て」
「『羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ・ラーマーヤナ)』」

 ケルト戦士団が決死の形相で迫ってくる。そこに更に不滅の刃が射ち込まれた。
 一万はいた戦士が、僅か数百の残党となる。俺は苦笑しながらも、兵士達に。

「残飯を平らげるとしよう。撃て」

 片手を上げ、振り下ろす。放たれた銃弾の壁が、辛うじて『フィランソロピー』に肉薄しようとしていた戦士達に浴びせられ――それで、呆気なく戦闘は終了してしまうのだった。










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「んー……なぁんか、やな感じね」

 何処(いずこ)の城か、華を飾るには無骨な御座。しかしながらその華には、味気ない玉座を華やかにせしめる格があった。
 下着にしか見えない白い衣装を纏った女は、その端整な眉を落とし、その根を中心に寄せている。愁いに翳ったかんばせは、清楚であり無垢なもの。男として生まれた者ならば、誰しもがその心の棘を抜き取ってやりたいと渇望するだろう。
 しかしその性根は蛇蝎の如しである。淫蕩に耽り、悪辣を成す、女を構成する美々しき外面的要素となんら矛盾しない人の倫理を逸脱した破綻者だ。
 彼女は指先をナイフの切っ先で浅く斬り、ぷくりと浮き出た血の滴を、無造作に腕を払って指先から散らす。するとその血は多数の戦士を象っていった。生前の女――コノートの女王メイヴが取り込んだ、遺伝情報から精製された戦士である。
 数にして数十、しかし払い落とされた血の滴は沼のように床に広がり、さらに多くの戦士達を産み出していく。メイヴは精製された戦士に鞭を撃ち、早く出て行くように命令を下した。いつまでもこの場に留まられたのでは、彼女が一滴の血で産み出す数万もの戦士で溢れ返ってしまうからだ。

 その光景を、玉座に座す王は頬杖をついて眺めていた。玉座に寄り掛かる女に無機的な一瞥を向ける。

「どうした」

 端的な、飾り気のない音の羅列。戦闘以外へのあらゆる感情を削ぎ落とした故の、心底関心のない問い。
 本来なら無視する所だが、狂王は死の棘が如き魔槍を握りしめていた。――戦の匂いを感じたのだ。
 その身を魔獣の如くに変質させた、凶獣の躰。強靭な肢に絡み付くのは海獣クリードの死の棘。尾骨より生えた丸太の如き黒い尾。黒ずんだ魔槍を杖のように床につき、邪気すらない無情な殺気を滲ませている。
 メイヴはそんな愛しの狂王に陶然として寄り掛かるも、鬱陶しげに押し退けられる。いけず、と不満げに唇を尖らせる様は――メイヴが虐殺を繰り広げる、吐き気を催す邪悪である事を感じさせない無垢なもの。

 メイヴは気のない狂王の対応に頬を膨れさせるも、愛しの男の問いに答えるべく身を寄せる。

「ほら私の兵隊って、私から生まれてるじゃない?」
「……そうだな。で? 長々と話すな、結論だけ言え」
「急かさないでよー。ま、そういう無愛想なとこもいいんだけどっ」
「……おい、メイヴ」
「わかってるってば! 結論ね、結論。えっとぉ、兵隊が死ぬと、私はその子達の死んだ場所が大体分かるのよ、数は正確にね。で、聖杯預かってるのも私だしこれで喚び出したサーヴァントの生死も分かるの。それでさ、聞いてよクーちゃん。マックールとベオウルフ、死んじゃったみたいよ」
「――ほう? マックールの小僧がか」

 ぴくりと狂王は反応を示す。
 生前の死後の生後……複雑な因果を経て、時代の異なる英雄クー・フーリンとフィン・マックールは互いに面識がある。直接矛を交わした事はないが、大した逃げ足だった。武勇のほども伝承が証明している。そのフィンが、逃げる事も出来ずに死んだというのだ。
 興味はなくとも、それなりの敵が存在するのは確かであり、自身が出向いて殺さねばならない存在かと狂王は思う。

「そうよ。マックールは生理的に無理だから死んでもよかったんだけど。ベオウルフはねー……折角イイ男だったのに。勿体ない……ちょっと惜しいわ」
「諦めろ。死んだ奴はどうしようもねぇ。それに仮に奴が生きていたとしても、奴はテメェに興味なんざ欠片も持っちゃいなかった」
「むっ。……ま、いいわ。死んじゃったんならクーちゃんの言う通りだし。今の私にはクーちゃんがいるし」
「フィンの所の一番槍はどうした?」
「生きてはいるみたいだから、そのうち戻って来るんじゃないの? 話を戻すけど、兵も結構な数が死んでるわ。総軍で見れば誤差の範囲だけど、補充ばっかりしてたら指が痛んじゃいそうで嫌になるわよ」
「――要は目障りな奴を消しゃあいいって訳だ」

 言って、狂王は玉座から立ち上がった。
 腰の重い王ではない。出陣するのに惜しむ労はなく――元よりケルトが誇る『最強』はこの凶獣なのだ。
 何よりも冷酷に、確実に敵を殺す事にかけて、狂王クー・フーリンの上を行く者などいない。
 しかしふと、彼は振り返ってメイヴに訊ねた。

「メイヴ。師匠はどうした」
「あの女? ごめん、逃がしちゃったわ」
「……そうか」

 生前のメイヴが、クー・フーリンを倒すためだけに用意した切り札、二十八人の怪物(クラン・カラティン)。その枠に魔神柱なる魔術王の走狗を無理矢理に押し込んだモノを投入してなお、クー・フーリンの師であるスカサハを討つには至らなかった。
 負けたのではない、逃げられたのだ。メイヴはあの女が目障りで……裏切ったのなら殺してやろうとしたのだが。やはり一体に統合せず二十八体の魔神柱にしたのは失策だったかと人知れず唇を噛む。次は一体に統合してから投入しようと反省した。

「師匠の事はいい。見掛けたら殺しておく。それよりだ、小僧と竜殺しを殺った奴が何処にいやがる」
「ちょっと待ってね、クーちゃん。視て(・・)みるから」

 促され、メイヴは宝具を使う。
 それは未来視である。その真名を『愛しき人の未来視(コンホヴォル・マイ・ラブ)』という。
 生前の恋人の一人、アルスター王コンホヴォルの持つ未来視の千里眼を一時的に、限定的に借り受けるもの。それで朧気な未来を視たメイヴは清楚に、しかし邪悪に嗤った。本来の持ち主ではない故に、明確な未来は視えず、また遠い未来は視えないが、今回は視る事が出来たのである。即ち、

「だいじょーぶよ、クーちゃん。クーちゃんの行き先に『敵がいるわ』」
「そうか。ならいい。行ってくる」
「行ってらっしゃい私の王様。でも――」

 踵を返して鏖殺の獣が歩んでいく背に、淫蕩の女王は甘く語りかけた。

「『あの宝具は使わないでよ?』今のクーちゃんが使うはじめては、私のこの目で絶対見たいから」
「は」

 失笑したのは、クー・フーリンだった。

「オレの知り得る限り、世界最高にろくでもない力だ。そうおいそれと使えるかよ」

 あらゆる無駄を削ぎ落とした彼には、本来発動させる事が叶わぬ血の昂り。英雄光の解放は、二十八の怪物の枠に押し込められた魔神をも超えるもの。生前の彼が変貌する真の姿。
 しかし、それは『宝具』である。そして、今の彼は『狂戦士』の座に在る。故に聖杯の力で無理矢理に引き出す事は可能であり。

 狂王は、更に一段階上の力を隠し持っている。



 ――殺した。



 只管に殺した。

 凶獣が駆ける。後には轍が残るのみ。

 魔槍が翻る度に鮮血が舞う。

 最悪の化身が――人理の守護者を屠らんと。この大地の人々の希望となろうという存在を殺さんと。

 骸の山を築き、鮮血の河を作り、疾走する。

 会敵の時はすぐそこに。ルーン魔術によって気配を眩まし、姿を一時的に透明にした狂王が馳せる。

 その目が、『人類愛』を捉えた。











 
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