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人理を守れ、エミヤさん!

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禁句に気をつけろジャックさん!






 地に伏せたまま、足の腱を切り裂く。戦士が不意の痛みに驚き片膝をついた瞬間、素早く起き上がって喉を掴むと、そのまま強化した握力で喉仏を潰し、同時に背中から肺腑を貫く。ごぽ、と口と肺の中を血に溢れさせ、喉の潰れた戦士は絶命した。振り向いてくるもう一人の戦士、距離は近い。瞬時に駆け寄り、その手首を捻り壊しながら脚を払い、背中から受け身を取らせず地面に叩きつけ、後頭部を打って意識を朦朧とさせている戦士の首を掻き切る。心臓にも一刺し。
 ナイフを捨て、何十本目かの新しいナイフを投影する。疲労のせいか体のキレが悪くなっていると自覚していた。これまで外していた紅いバンダナを額にきつく巻き、気合いを入れ直す。時間経過は十八時間。序盤の射撃と河の洪水を利用しての二千、闇夜と森を利用しての八百九十の暗殺、罠を使っての三百ほどの殺傷と、成果も単独のものとしては上等だ。

「……」

 ふと、マスターとしての感覚がする。背後から近づいてくる戦士を知覚するも、特に対処する必要を感じずに放置した。

「来たか、春」
「はい。お待たせしました」

 戦士を斬り伏せ、沖田が姿を現す。自身のサーヴァント故に、なんとなく近くにいるのは感知出来た。
 壬生の狼、新撰組。夜は薄れ、陽は昇り、日輪は中天に差し掛かっている。六時間後に日没か。沖田の顔色は悪くない。血振りをして愛刀を鞘に納めた沖田に訊ねる。

「砦の様子は?」
「問題ありません。敵襲は無し、兵達にも充分に休息を取らせ、迎撃準備に取り掛かるよう下知も通達してあります。それと、マスターの馬も連れて来てます。森の入り口に今は繋いでるので、撤収の際は騎馬で行きましょう」
「気が利くじゃないか」

 流石に砦まで走っていける体力は無い。
 沖田も来た、もう少し粘るかと思案するも、そんな気力も殆ど残っていない。効率を考えれば、これ以上単独で成果を上げる意味もない。砦で迎撃した方がいいかもしれない。ペンテシレイアは対城宝具は持っていないはずだ。
 しかし怪訝な事がある。ヘラクレスの斧剣を投影して以降、ペンテシレイアの姿を見ていないのだ。依然として戦士達の統率は取れている、つまりペンテシレイアはまだ森の中にいるはずで。沖田が何事もなく合流してきた事から、単騎で砦に向かった訳ではなさそうだが。

「……まあいい。離脱する。これ以上は不毛だ」
「警護します」
「ああ」

 元々ケルト戦士らの陣形の外縁部に潜んでいた。この場を退くのに難儀はしない。今から退けば、砦につく頃には総計二十三時間は経つだろう。充分だ。
 沖田を連れ、森から抜ける。樹木に繋がれていた手綱をほどき、黒馬の首を撫でてやった。鼻面で顔を軽くついてくる彼女に苦笑する。彼女の名前を夜通し考えていたが、特にこれといったものも浮かばなかったので、ミレイ――俺にジャックという仮の名をつけてくれた少女から連想した。
 俺はトランプのダイヤのジャックから名を持って来られた。それはヘクトールが由来である。折角だから彼の英雄の奥方から名をもらう事にする。

「お前の名を考えてみた。アンドロマケだ。『男の戦い』という意味がある。どうだ?」

 言葉が通じるとは思っていない。しかしなんとなく受け入れてくれた気がする。その背に飛び乗ると、沖田に手を伸ばす。相乗りで帰った方がいい、そう思っての事だが――沖田はその手を取らず、腰を落とすと刀の鯉口を切る。戦闘体勢……うんざりした。

「――彼の『兜輝くヘクトール』の妻の名か。ふん、殺り辛い名をつけたものだな」

 ずっと。あれから、ずっとなのだろう。
 森の出口で、待ち構えていた女王が姿を現す。
 俺達の背後からだ。

 日の光を弾く銀の髪。幼いものでありながら、目を瞠くに値する端整な美貌。獣のように引き締まった肢体には軍神の系譜に相応しい力強さが宿っている。
 沖田が即座に斬りかかろうとするのを止めた。俺は馬上で手綱を握りながら肩を竦める。

「此処で待ち構えていれば必ず来ると思っていたぞ、英雄」
「……過分な評価だ。俺はアマゾネスの女王に、英雄などと称されるに足る男ではないよ」

 皮肉げに返すと、ペンテシレイアはぴくりと眉を動かした。

「謙遜も過ぎれば無礼だぞ、隻眼の。それに、私は貴様に名乗った覚えはないが……」
「見れば分かる。軍神の暴威を宿す女戦士など、アマゾネスぐらいなものだ。それに加えてそうも荒々しい力を振るうとなれば、ヒッポリュテ女王ではなくお前の名しか浮かばない」
「なるほど……確かにそうだ。姉上は堅実な武を好む。流石の分析力だと讃えてやろう。真のアマゾネスの女王の座は、姉上にこそ相応しかった……思えば私は、姉にとっては不出来な妹だったろう……」

 何が可笑しいのか、クツクツと笑うペンテシレイアに、俺はどうするかと考えてみる。
 この場で戦いたくはない。俺は疲れているのだ。早く飯を食って寝たいのである。沖田と掛かれば倒せるかもしれないが、沖田は既知の通りリスクを常に抱えている。奇襲は姿を見られている時点で成らず、正面から掛かって速攻で倒せる手合いではあるまい。
 戦いが長引けば、ケルト戦士達が来る。戦うのは不利なのだ。いや、こうして話しているだけで、ケルト戦士達は集結してくるだろう。ペンテシレイアの声はよく徹る。

「で、どうする。()るのか?」
「無論だ。逃がす道理があると思うか? こうして悠長に言葉を交わしてやっているのは、私が貴様に訊かねばならんものがあるからだ」
「なんだ」
「名を教えろ。貴様は一度この私に勝ったのだ。ならば雪辱を晴らす前に、その名を記憶してやる気にもなる。そうでなければ、その馬に乗った瞬間に叩き潰すつもりだったが……それでは余りに無粋だろう」

 何気に死ぬところだったわけか。全く気づいていなかった。王という人種は、やはり独特な感性を持っているらしい。
 観念した風を装いながら名乗る。本当の名ではないが、他に返せるものもない。

「ジャックだ。トランプのダイヤが由来らしい」
「ほう。ますます奇縁だ。因果なものだな、その名が私に土をつけたのか」
「やり辛いのは俺も同じだ」

 どうしようかとまだ考えている。口の廻るままに囀ずる裏で、矛を交わさずに逃げる算段を立てながら、逃げる好機を窺い続けた。
 ペンテシレイアは僅かに機嫌を害したようだ。何やら不穏な殺気が漂い始めている。さて、何が気に入らなかったのやら。

「……やり辛いだと?」
「ああ……何せ彼のペンテシレイア女王が相手だ。その正面にこうして存在している、それだけで恐ろしくて堪らない。距離が遠ければまだ強がれたが……出来れば戦いたくはないな。俺もまだ死にたくない」
「は、そうか」
「それに――」

 一瞬、機嫌を直したようだったが。俺が軽口を叩きそうな気配に、女王は凄まじい凝視を向けてくる。
 俺はそれには気づかないふりをしつつ、臨戦態勢を取る沖田に意識をやって、女王の美貌を見詰めながら言った。

「――お前のように可憐な少女に殺されると、俺が知己に殺される。事を構えるのは御免だな」
「は……?」

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情で、ペンテシレイアは呆気に取られた。
 意味が分からない、といった表情に、糸口を見つける。ここか? ……ここだな。間違いない。幾度もの戦場を越えて不敗な、俺の心眼が冴え渡る。活路はここだ!

「私が……可憐、だと……? う、と始まる忌々しいあれではなく……? こんな筋張った体と、矮躯を見て尚そんな戯れ言をほざくか」
「ああ、どこからどう見ても、可憐な乙女だ。まあその可憐さも死神のものと考えるとゾッとするがな。正直怖気が走る。味方ならこの上なく頼もしいが、敵としたら恐くて堪らない。アマゾネスの女王の武威、軍神が如き将器、将帥に不可欠な慎重さと大胆さ……数え上げたら尚更嫌なものだ」
「ハ――ハハッ――ハハハハハハ――ッッッ!! ば、バカだ、こんな所にバカがいるではないかっ!? 私を……可憐!? はははははは!! 貴様、戦士でも英雄でもなく、ただの戯けだったか――!?」

 ペンテシレイアは腹を抱えて笑いを爆発させた。

「――春、今だァッ!」
「はい! 我が剣にて敵を穿――ってあれぇっ!?」

 馬腹を蹴って一目散に逃げ出した。沖田の襟首を掴み、馬上に引っ張りあげる。ぐぇっ、と呻いた沖田が怒り心頭に発して叫んだ。

「ちょ、隙だらけだったじゃないですか! なんで逃げるんですか?!」
「馬鹿野郎! 仕掛けたら笑いなんかすぐ引っ込むに決まってるだろ! いいか、こういう時は逃げるが一番だ!」
「女心を擽って逃げるとかいっぺん死んだ方がいいですよマスター!」
「言ってろ! 恐いってのは本当なんだよ!」

「ま、待て――! は、はは、だ、ダメだ……クッ、卑劣なァ……!」

 ペンテシレイアは慌てて追い掛けようとしてくるも間を外され、駆け出すのが遅れた。
 単騎での追撃は不利。そう判断できるだけに、ペンテシレイアは笑えるやら腹立たしいやら、軍勢を集めてから進軍する事にしたらしい。絶対に逃がさんと、ペンテシレイアは笑いながらも怒気を発している。

 アンドロマケが疾走する。強化した脚力で風と一体となったかのように。ペンテシレイアの姿が完全に遠ざかって見えなくなるまで全速力で、以降は脚を緩めさせるもずっと走り続ける。
 しかしアンドロマケはいい馬だが、名馬ではない。それに生身だ。延々と走り続けられるものではない。猛追してくるケルト戦士団と、その先頭を走るペンテシレイアが遠くに見え始めていた。大量の剣を地面にばらまく。それが爆発すると知っているはず、ならば避けるなりして間を潰せる。
 しかしケルト戦士団は走る脚を緩めない。それに目を剥きつつ剣を炸裂させるも、ペンテシレイアは難なく跳躍して躱し、ケルト戦士団は恐れる素振りもなく爆撃の中を駆け抜けた。犠牲は想定していたよりも遥かに少ない。宝具の炸裂でもなければ、不意打ちしない限り殺せないという事だ。
 舌打ちしてアンドロマケを急がせる。駿馬ではない彼女だがよく走った。しかし追い付かれる。何時間も走り通す頃には、距離を五百まで縮められていた。

 しかし砦が見えている。そこまで来ると、俺は砦の城壁の上にいたカーターに叫んだ。

「カーター! 迎撃の用意は出来ているか!?」
「は! 万端に整えてあります!」
「門を開けろ!」
「了解ッ」

 城門が開かれる。火砲が発達して以来、城門や城壁はなんら意味を成さなくなっている故に、その壁や門は粗末なものだ。しかし最低限の壁さえあれば砦には上等である。
 砦に駆け込み、門を閉めさせる。そのままアンドロマケに乗ったまま階段を駆け登り城壁の上に着いた。配置につき、銃を構えて指示を待つ兵士達に告げる。

「撃ち方構え! 手当たり次第に撃ちまくれッ!」

 既に敵兵は射程圏内。銃声が轟く。俺は多数の剣弾を投影して次々と射出した。
 銃弾と剣弾の雨だ。それが敵兵士に着弾していく。双剣銃を投影して両手でも射撃を加える。近日最後と思いたい無茶な投影をする。金剛杵を四つ虚空に投影してそのまま投射した。最も敵の密集している地点を目掛けて。暴力的なまでの爆撃がケルト戦士を多数吹き飛ばした。

「カーター、命じていたように油の準備はしているな!?」
「は! しかし……それを使ってしまえば、壁が――」
「どうせ長居する気もない、躊躇うな!」

 兵士らに指示させ無駄に備蓄のあった油を全て持ってこさせる。熱してやる必要もない。それを城壁の上から下に撒かせ、そこに火を噴く魔剣を投げ込んだ。
 城壁に取りつこうとしたケルト戦士が怯む。眼前に炎の壁が立ちはだかったのだ。兵士達に城壁の真下を撃たせつつ沖田に命じる。

「春、ペンテシレイアを抑えろ。斬れるのなら斬れ。出し惜しむものは何もない。抑えるのは10分でいいぞ」
「承知」

 城壁を破壊せんと鉄球を振りかざそうとしていたペンテシレイアは、しかし背後に突如として現れた沖田に超反応を見せた。来ると分かっていれば回避に難儀するものでもない、そう言いたげに鉄爪を背後に振るうも、それは空を切る。背後を取るや再びの縮地、今度は正面に現れ、その喉を貫く軌道の刺突を見舞ったのだ。
 ペンテシレイアの体勢は崩れている。正面からは対処できない。しかしペンテシレイアは沖田の刀の切っ先を、大きく開けた口で受け止めた。

「ッ!」

 強靭な顎と歯。それで鋼を噛み砕き、沖田は慄然とする。咄嗟に鞘を帯から抜き放って女王の鉄球を逸らし、沖田は大きく後退した。
 戦局の把握に抜かりはない。俺は沖田の足元に、彼女の愛刀を投影して放った。地面に突き立ったそれを沖田は即座に引き抜く。マスター、感謝します! ペンテシレイアが舌打ちした。
 俺は剣群の大量投影、絨毯爆撃を続行する。今はケルト戦士の処理が先決。沖田を狙う戦士を優先的に排除。高所と『人類愛(フィランソロピー)』による手数が鉄壁の弾壁となっていた。城壁に辿り着く前に爆撃に晒されケルト戦士は本領を発揮できない。目に見えて、加速度的に消滅していくケルト戦士を前に、俺は大声を上げた。

「――どうするペンテシレイア! お前の軍は壊滅している! 奴らが消えれば次はお前だ、引き際という奴だぞ!」

 殲滅されていく戦士団。兵士らの弾雨、俺の剣群。地の利や敵とするサーヴァントの技量。それらを統計して、ペンテシレイアは吐き捨てた。

「……チィッ! 忌々しい男だ、ジャック!」

 ペンテシレイアが神性を解放する。膨れ上がる暴威に沖田は冷徹な眼差しを揺らがせず、怜悧な刃を閃かせてペンテシレイアの手首を切り落とした。――いや切り落とせない。刃が高密度の筋肉に阻まれたかのように切断には至らない。面食らう沖田。その隙にペンテシレイアは傀儡の戦士の元に一足跳びに移り、その首を掴むと沖田の方へ投げつけた。
 咄嗟にそれを両断した沖田の目に、ペンテシレイアが身を翻して撤退していく姿が飛び込んでくる。

「逃がすものか……!」
「いや、追うな春」
「マスター!?」

 制止され、信じられない思いで俺を見上げてくる。そんな沖田に俺は苦笑した。手振りで示すまでもないのだ。腕を伸ばすと、その皮膚の下から一本の剣が突き出ている。目を見開く彼女に、俺は言った。

「悪いが、俺が限界だ。これ以上はやれん。お前一人に追わせる賭けはしたくない」
「し、しかし……」

 言い募ろうとして、自身の戦闘での爆弾の大きさを理解しているのか、沖田は俯いた。反論する資格がないとでも思ってしまったのかもしれない。
 遠ざかっていくペンテシレイアが吼えていた。二度目の敗北が、悔しくて悔しくて堪らないのだろう。しかも敗因は自分である。まんまと好機を潰された己の不覚が敗北を招いたのだ。怒りは今、自分に向いているらしい。

「覚えていろ、覚えていろ、ジャック! 次だ、次こそ確実に殺すッ!」

「ここまでだ。俺は飯食って糞して寝る。皆もそうしろ、悪いがお前らに訓練をつけてやる件は後回しにする」

 ペンテシレイアの遠吠えを聞かなかった事にする。本人にその気はなくとも、負け犬のそれだ。俺は弓と矢を投影し、それに文字を刻んで彼方へ走るペンテシレイアに射掛ける。
 殺意のないそれを難なく掴み取った女王は、英文で記されたそれを見て――怒気を、殺意を裏返し、腹を抱えて再び笑い転げそうになってしまった。

 ――勝者は寛大だ。またいつなりとも挑んでこい――

「ハハハハハハ!! ハァッハハハハハハハ!!」

 笑った。未だ嘗てなく、愉快だったのだ。
 ペンテシレイアは笑う。気持ちのいい敗北だった。なるほど、挑めときたか。この身は挑戦者となったのか。サーヴァントとして感じるものがある。
 マスターとするなら、あの男がいい。いや、あの男以外に己のマスターなど務まるものかとすら感じる。

 ――実際のところ、今の矢文で俺が狙ったのは、次の戦いを有利に進めるための心象操作を図っただけなのだが。

 屈辱的だろう。これで次は怒り狂って来るに違いない。そうなれば単調になってやり易くなるはずだ。

 そう、思ったのだ。













 
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