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人理を守れ、エミヤさん!

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綱渡りが好きだねジャックさん!






 森に敵が先回りしていたのは視認していた。いや、あれは先回りではなく斥候か? 五千も割いたのには驚かされた。
 妙に敵からの警戒度が高い、という事だろう。ペンテシレイアはこちらを相当高く評価してくれているらしい。お陰様でハードルが高くなってしまった。まあ高いハードルほど潜り易いもの。正直厳しいどころの話ではないが、男足る者苦境にこそ勇を振り絞る。

 ペンテシレイアが最も警戒するとしたら沖田だ。あの奇襲は鮮烈な記憶として焼き付いているだろう。それが為に周囲を戦士で囲み、慎重に進んでいる。俺が単身なのを見ても直接先頭を切って来なかった辺り、読み間違いではないはずだ。
 森に斥候を放ったのも、俺ではなく沖田を警戒してのもの。三段突きを受けたのだ、真名は分かっているはず。しかしその余りに悲惨な病弱っぷりは想像していまい。俺もしていなかった。まさか戦いが長引いたり、大技を放つと高確率で吐血して、即座に戦闘不能になる程だとは想定できないだろう。俺もできなかった。

 故に沖田の奇襲は常に念頭にあると見て良い。しかし沖田は今はいない。その事実を如何に伏せ、ペンテシレイアを慎重にさせ続けるかが鍵だ。
 もしも沖田の不在を知られた場合。或いは合流後であっても。彼女の病弱っぷりの酷さを知られたり、大技使用後に高確率でダウンすると知られたら、多少のリスクは承知の上で突撃してくる。そうなったらどう足掻いても詰む。勝算は完全に零となる。
 そして森林戦である故に、大きな音を発する銃撃も多用すべきではなかった。居場所は常にアマゾネス女から隠し、奇襲を警戒させ続けなければならない。

 夜はこれからますます深まる。普通の人間の眼なら夜の森林を戦場に選択するのは自殺行為だが、生憎と今の俺の隻眼は普通ではない。光量は少ないのによく闇を見通せる。指揮官の統率から離れた故か、バラけて周囲を探る戦士を――頭上から襲った。
 木を登り、頭上を取ったのだ。落下しながら周囲を素早く見渡し、敵の配置と体の向きを把握しながら戦士の首をナイフで掻き切る。着地は迫り上がった木の根に。枝や落ち葉を踏んで足音を出さないためだ。倒れようとする戦士の骸を引っ掴み、静かに地面に倒すやナイフを明後日の方へ投擲。木の幹に突き立ったそれだけの音で、一斉に戦士達がそちらを見た。
 丁度俺に背後を見せている。数は十。銃も投影もなしにまともにやれば、簡単に俺を殺せてしまう武力がある。しかし、ならまともにやらなかったらいいだけの話だ。音もなく隣り合う戦士二人の首に両手に投影したナイフを逆手に持ち、同時に突き刺す。引き抜き様に背中から心臓にも突き刺し、抵抗する間もなく即死させた。
 その二体が倒れる前に、二本のナイフを強化して投擲。更に別の二人の背中から心臓に突き刺さる。後六人。投げた瞬間に俺は地面にうつ伏せに伏せた。着ているのは真っ黒な野戦服。紅いバンダナは懐に。
 四体が倒れる音に、戦士達は瞬時に反応して振り返る。そして仲間が倒されたのを認識するや雄叫びを上げた。敵襲! といった意味の叫びだろう。四方八方から敵が集まってくるのを感じる。ペンテシレイアは丁度今頃に森に入った辺りだろうから、この気配は先に森にいた連中のものだ。

「――」

 気配を感じ取るのに集中する。目ではなく、耳を強化していた。足音の数、規模、地面の振動、方角。
 気配を探る上で第六感に頼り切れるほど俺は鋭くない。故に五感は限界まで活用する。それで最も敵の警戒網の手薄な方角を掴んだ俺は、匍匐前進で樹木の陰や地面の窪みを辿り、戦士達の死角から死角に移動していく。俺がその場を離れる頃には、戦士達の数は百を超えていた。

 ――流石に集合速度が速いな。一度見つかれば命はなさそうだ。

 周囲にケルト戦士がいない空間を見つける。そこで立ち上がり、保険の為に剣を投影する。宝具ではない無銘のそれだ。それを地面に置いて、土を被せておいた。魔力はいいが、魔術回路の酷使は避けたい。余り負担を負っても良い場ではないのだから。まだまだ先は長い……。
 目的は離脱ではなく足止めである。俺がこの場を離れたと判断されても駄目だ。俺は森の中にいると思わせ続けなければ、ペンテシレイアが砦の方へ行ってしまう。それはまだ早い。故に適度にこちらから攻撃をしなければならないのだ。
 見つかっては駄目。沖田の不在を知られても駄目。おまけに沖田の弱点を知られても、俺が隠れ過ぎても駄目という四重苦。
 ……燃えて来たな。どこもかしこも格上ばかり。俺のまともな白兵戦能力はケルト戦士五人分、無茶をすれば十人分だと強がってみよう。そして敵は残り約八千と英霊一騎。いいじゃないか。相手にとって不足なし――皆殺しだ。

 一人、また一人。淡々と闇夜に紛れて始末する。構築されつつある陣形に穴を空けながら、無銘の剣を投影し、それを地面に埋めていく。警戒網の手薄な所から一度囲みを突破し、戦士どもの背中を襲い続ける。五十人余りの喉を裂いた辺りで、動きを感じた。
 バラけていた戦士達が纏まって動き出したのだ。舌打ちする。ペンテシレイアが再び別動隊の手綱を握ったのだろう。更に難易度を上げてくれた。

 だが舐めるなよ。小細工にかけちゃあ天下一品だと自負している。追跡してくる魔性菩薩を振り払う為に磨いた隠密術、こればかりはハサンにも敗けない。それは言い過ぎか。ともあれ、保険を掛ける事を忘れてはならない。罠を仕掛ける時間はなかったが、ならば今から罠を作ればいいだけの事。
 五人一組で死角をカバーし合い、密集隊形で戦士らが辺りを探り始めている。今、仕掛けるのは得策ではなかった。一度気配を殺して包囲網から抜け、敵から離れた地点で急ぎ穴を掘る。俺の脚が膝まで落ちる程度の深さのものをスコップを投影して無数に堀り続けた。そこに毒を与える短剣を、切っ先を上に向けて土に突き刺し、穴に掘り返した土を埋め直す。
 それを無数に行い、樹木と樹木の間に投影したロープを掛け、それに掛かれば鈴がなる仕組みのものを多数仕掛け。それとは別に樹木へ足首に掛かる程度の低さでロープを巻き付け、それに掛かれば頭上から剣の束が落ちてくる仕組みも作る。

 そして丁度手近に寄ってきた戦士に銃撃した。脳天を撃ち抜く。しかしその銃声で俺の位置は知られただろう。わざと足音を立てながら逃走する。猛烈に追い掛けてくる気配がした。自身の仕掛けた罠に掛からないように駆け抜け、気配を絶って姿を隠す。
 あちらこちらで鈴が鳴り始めるのが聞こえると移動を始め、今まで俺がいた地点と反対側に向かった。その際に足を毒剣に貫かれ絶叫する声、頭上から落ちてくる剣の雨に見舞われ断末魔を響かせているのが聞こえる。

 鈴の音色、絶叫に釣られ密な隊形が崩れたのが分かる。まんまと移動に成功した。しかし……まずいな。ペンテシレイアの現在地が掴めない。流石にケルト戦士の数が多すぎる。なるべく早く把握しておきたいが、それは欲張り過ぎだろう。
 手を換え品を換え、三時間ほど粘った。完全な真っ暗闇となっている。更に二時間、暗殺に専念した。

「……、……」

 息が乱れてきていた。流石に、厳しい。体力の底が見えてきた。何より腹が減っている。その上眠い。
 ……無理は禁物だな。少し寝た方がいい。空腹はまだ我慢が利くが、眠気で集中力を途切れさせるのは死に直結する事態を招くだろう。太い樹木を見つけると、その木の根が迫り上がり、微かな隙間があるのを見つけて潜り込んだ。そのまま地面に伏せた状態で一時間眠る。一時間きっかりで目を覚ますと、まだケルト戦士らの気配があるのを感じて安堵した。寝ている間に森から出られていたらどうしようもなかった。
 大きな木の根の隙間から出ると、ケルト戦士の気配を察知する。

「――」

 冷や汗が吹き出た。偶然だろう、ケルト戦士の一団がこちらを包囲する形で辺りを探索している。
 マズイ。一時間ではなく三十分の仮眠にしておくべきだったか。後悔するも、やむをえない。強行突破する他になかった。出来る限り音を出さずに走り、ケルト戦士の二組を目視する。五人一組だ、故に十人。
 速攻でカタをつけなければ死ぬ。魔術回路の負担を考える暇もない。幸いにも一時間の休息である程度は冷却されていた。

投影、装填(トリガー、オフ)――」

 ケルト戦士は俺の接近に気づいている。だが声を出させる訳にはいかない。決着は一瞬でなければならない。そして大規模な宝具も厳禁。確実性を込みで考えても、これしかなかった。
 投影するのは冬木で見た大英雄の斧剣。元は神殿の柱から削られただけの塊。しかしそれには剣としての属性があった。持ち主が狂化していたとしても、その武威に影響されたが故かもしれない。強大な霊格は、時として多大なインフルエンスを与えるものだ。

 引き出すはその奥義。完全な再現は到底不可能でもその一片は引き出せる。渾身の魔力を振り絞り巨大な斧剣を振るった。

全工程投影完了(セット)――是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)

 一瞬にして繰り出される超高速の九連撃は、十名のケルト戦士を一瞬にして屠ってのける。
 第三特異点で本人と戦ったから分かる、なんて出来損ないな投影だ、と。しかしそれですらサーヴァントにも通じる絶技となるのだから恐ろしい。二度とヘラクレスとは戦いたくない――そう思った瞬間だった。

 遠くから、一直線に、こちらに駆けてくる巨大な殺気を感じて慄然とした。
 まるで死の津波。本能が体を硬直させる。それを瞬間的に振りほどいて、身を隠すのには邪魔な斧剣を消して身を隠した。

 現れたのは、ペンテシレイアだった。



「――ァァアキレウスゥゥゥッッッ!!」



「ッッッ!?」

 殺意を。憎悪を。極限まで煮詰めたそれが、辺り構わず放射されている。直接向けられたわけでもないのに、肌が粟立つかのようだ。
 神性を完全解放し、目を赤く、眼球を黒く変色させたペンテシレイアは、先刻の数倍にも膨れ上がった暴威を纏っている。――ペンテシレイアは、狂戦士だったのか。俺は漸く彼女のクラスを察した。

 物陰に隠れる俺の視線の先で、狂える女王は頻りに何かを探している。やがて気配を見失ったのか、荒い呼気で忌々しげに吐き捨てた。

「……確かに、今……アキレウスの……ギリシャの英雄の気配を感じたはずだが……」
「……」
「気のせい、なのか……? ……奴なら、まさか雑魚のように隠れ潜んだりはしないだろう。ならやはり……気のせいか……」

 心底残念そうに苛立ちを鎮め、女王は俺を探し出す為に辺りに気を配りながらその場を離れる。
 普段は理性があるが、切っ掛け一つで狂化し、しかも数倍も戦闘力が跳ね上がる稀有な狂戦士らしい。俺は誓った。ペンテシレイアが近くにいる時は、絶対にギリシャに関係する宝具は使わない、と。

 下手をしなくても即死する自信があった。









 
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