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戦国異伝供書

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第三十八話 意識する相手その三

「幾分仕方ないことというのがです」
「天下の評ですか」
「甲斐では万々歳だとか」
 そこまでのものだというのだ。
「それだけ前のご当主が人心を失っていたということかと」
「それはわたくしも承知しています」
 景虎は宇佐美に確かな声で答えた。
「しかと。ですが」
「親不孝は親不孝ですか」
「曲がりなりにも実の親子です」
「ならばですか」
「無道は無道、不孝はしてはなりません」
「では武田殿に申し上げることは」
「主の座を退けとは言いません」 
 それは決してというのだ。
「しかし御父上と和解されて」
「そうしてですか」
「可能な限り甲斐に戻って頂く」
「そうされる様にですか」
「申し上げようと思っています」
「左様ですか」
「これより」
 こう言うのだった、だが。
 その景虎にだ、直江が話した。
「殿、それは武田殿に言われてもです」
「意味がないですか」
「武田殿の行いは確かに不孝の極み、ですが」
 それでもとだ、直江はさらに話した。
「今は戦国の世です」
「そうした不孝もですか」
「常、むしろ親殺しをしなかっただけです」
「よいですか」
「そう思うべきかと。それに武田殿に不孝を諌め親子の和解を申し出られても」
「聞かれずですね」
「かえって武殿の不快を被るだけです」
 そうしかならないというのだ。
「ですから」
「すべきではないですか」
「そうかと。ただ武田殿の動きですが」
 直江はむしろこちらの話をするのだった。
「注意してです」
「見ていくべきですね」
「武田殿は信濃にしきりに兵を出されています」
「そのお父上の頃からですね」
「このまま信濃に攻め入っていき」
 そうしてというのだ。
「その全土を手に入れられると」
「この越後と境を接しますね」
「信濃は七十万石です」
 それだけの大きさだというのだ。
「そこに甲斐の五十万石となりますと」
「百二十万石ですね」
「天下でもかなり大きな家になり」
「その勢力が我等と境を接すると」
「厄介なことになります」
「そうなった時はですか」
「我等もどうするかです」
「その時はわたくしは座していません」
 断じてとだ、景虎も答えた。
「そもそも信濃の守護は小笠原殿ですね」
「その小笠原殿を攻めることになります」 
 信濃の全てを手に入れるならばだ。
「間違いなく」
「武田殿は甲斐の守護です」
「そこを弁えなければならないと」
「そうです、信濃に攻め入るなぞは」
 そうした振る舞いはというのだ。
「幕府の定めたことに逆らう振る舞いです」
「そのこともあってですね」
「わたくしも許せません、若し武田殿が信濃をご自身のものとされるなら」
 その時はというのだ。
「わたくしは必ずです」
「兵を出されて」
「あの御仁を降します」
「そうされますか」
「甲斐の守護でありながら幕府の定めに従わぬは奸臣の振る舞い」 
 景虎から見ればそうなるのだ、幕府の権威を最も重要なものであると考えている彼にしてみればだ。 
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