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戦国異伝供書

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第三十七話 兄からの禅譲その九

「そうしたい」
「ですがわたくしは」
「わしはこの身体じゃ」
 静かにだ、景虎にまた告げた。
「もう主の座にいてもじゃ」
「満足にと言われますか」
「実際に戦の場に出られぬ」
 このことから言うのだった。
「そして近頃特に床に伏しておる」
「だからだというのですか」
「長くないやも知れぬしな」
「それ故にですか」
「お主に主の座を譲ってじゃ」
「長尾家そして越後の国を」
「両方をじゃ」
 まさにというのだ。
「栄えさせて欲しい」
「わたくしにその大任が務まるでしょうか」
「案ずることはない、お主は既に天下を見ておる」
「天下から戦をなくそうという」
「その心があるからな」
 だからだというのだ。
「お主は越後一国はおろかな」
「さらにですか」
「天下を駆けることが出来るわ」
「では毘沙門天のお力で」
「そうじゃ、泰平をもらたすことも出来よう」
 景虎が願っている様にというのだ。
「その心があるからな」
「それ故に」
「是非じゃ」
 まさにと言うのだった。
「そうしてみよ、とにかくわしではもう長尾家と越後の主でいることは適わぬ」
「それ故に」
「お主に託す、頼めるか」
「わたくしが断れば」
 どうなるか、それはもう景虎にもわかっていた。それで言うのだった。
「その時は」
「そうじゃ、越前が主となるであろう」
「あの方はご資質はありますが」
「わかるな、妙に危ういものがある」
「はい、獣めいたものが」
「お主の毘沙門天の信仰とは違う」 
 景虎のそれとはというのだ。
「野心に燃えるな」
「それで、ですか」
「妹が嫁いでおってじゃ」
「姉上は既にご子息を生まれています」
「それはよいが」
 しかしと言うのだった。
「あの者自身の野心がじゃ」
「あの者は野心に燃えて戦を続けかねぬ」
「戦は続けるものでありません」
 景虎はこのことははっきりと言い切った。
「せねばならぬ時のみ戦い」
「その戦もじゃな」
「決して無駄な血を流さぬ」
「そうしたものであるべきじゃな」
「あの御仁はみだりに戦をしかねません」
「だからじゃ」
 それでというのだ。
「あの者に長尾家と越後は任せられぬ」
「それ故に」
「お主に任せたい、お主は決してみだりに戦をせぬ」
 戦では負けなしだ、だがそれでもいうのだ。
「そして天下も民も誰よりも深く愛しておる」
「そのこともあってですか」
「しかも法と仁を以て政をするからな」
「政も出来るからですか」
「お主に託す、よいか」
「兄上のお心確かに受けました」
 景虎は晴景に応えつつ兄が煎れてくれた茶を飲んだ、そうしてからまた述べた。 
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