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人理を守れ、エミヤさん!

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欠ける無限、禁忌の術





 ――その遭遇は偶然などではない。

 親指を噛んでいた(・・・・・・・・)
 総軍で見れば誤差の範囲だが、自国の戦士達が次々と消息を絶ったのだ。彼の仕える王の片割れが、その地点を地図で指し示し。親指を噛めと命じられたフィン・マックールはその情報のみで下手人の移動進路を掌握したのである。
 そして其処へいるかもしれない(・・・・・・)抵抗者に、接近をギリギリまで感知されない為の道を通りその背後を取ったのである。
 しかし予想外の事態があった。単独、ないしは徒党を組んだサーヴァントによる仕業だと思っていたら、発見したのは普通の人間の群れだったのだ。前方には鏖殺の難を逃れ、今尚生きようと足掻く無辜の民草がいる。そしてそれを守る一団が整然と、規律を保って行軍していた。フィンは嘆く。この時ばかりは知恵に長ける我が身を呪いたくもなった。
 道理で追い付くのが想定よりも早かったはずである。あんな遅々とした進行では、容易に追い付けてしまって当然だった。

「……見つけてしまったか」

 苦渋と共に白馬を駆る騎士団の長は呟く。
 本来なら騎士として守るべき人々を、この手に掛ける事へ忸怩たる思いがある。だがそれも今更だ。
 唾棄すべき暴虐に荷担してしまっている以上、彼に慚愧の念を抱く資格すらない。この手は罪深い血に汚れ、我が身は取り返しがつかない程に、どうしようもなく邪悪なのだ。

 ケルト神話最大にして最強、光の御子クー・フーリン。変質した暴虐の武王こそが、フィオナ騎士団が長フィン・マックールの今生での主である。そして彼の大英雄を変質させた元凶、コノートの女王メイヴこそが、実質的な方針を打ち立てる頭脳だ。
 本来ならば、不忠の謗りを受けようとも、人理に仇成す両名に槍を向けるべきである。しかしそれは出来なかった。聖杯による強制召喚、命令の強制執行、英霊として召喚者に立てるべき忠節と義務。己の意思に関わりなく、従わされているのがフィン・マックールや他のサーヴァントだ。

 だがそれ以上に――フィンには畏怖があった。拭い難い怯えがあった。それは生前の青年期、フィンの全盛期である時代で起こった出来事が原因である。彼はあの時、光の御子クー・フーリンに襲われてしまったのだ。
 遥か昔に死んでいるはずのクー・フーリンは、あっさりと気軽に死後の世界より抜け出してフィンの許へ現れた。彼は当代一の英雄と名高い、後追いの騎士の力量を興味本意に図りに来ただけなのだろう。しかしフィンにとってそれは恐怖以外の何物でもなかった。
 勝てる勝てないの話ではない。単純に強いだけならフィンは恐怖する事があっても無様を晒しはしなかっただろう。だがアレ(・・)は違う。祖に戦神ヌアザを持つフィンですら――邪悪な妖精に零落した、堕ちた神霊アレーンを屠ったフィンですら、余りに理解を絶する出会いに恐慌を来した。
 なまじ比類なき叡知を持っていたからこそ。「死を越えてくる」という、神霊ですら余程の神格がなければ有り得ざる現象を、なんでもないように容易くおこなって来た存在を前に思考が止まった。知に秀でるばかりに、生き物としての規格を悠々と超える神話的怪物の所業に懼れを懐いた。
 不死の英雄、不死の化け物、そんなものは幾らでも相手にしよう。しかし――「実際に死んだ後に甦って来るモノ」など、いったいどうしろというのだ?

 斯くしてフィンは、クー・フーリンという存在に対して絶対的な心的外傷を負った。生前は只管に逃げ回り、屈辱的な真似をして難を逃れたが、生憎と今はその恐怖の対象こそが主である。逃げようがない。
 故にフィンはあらゆる強制力とは別に、クー・フーリンには逆らえない。アレの視界にも入りたくない。もし彼の近くから離れられるなら幾らでも遠征しようとも。如何なる難敵であっても戦い、これを討とう。返り討ちにされ戦死する事になっても構うものかとすら思っている。クー・フーリンの呪縛から逃れられるなら、死ぬぐらい安い代償だ。

 彼に付き従うディルムッド・オディナもまた、彼と似たような含みがある故に、召喚者ではなく生前の主であるフィンに従う事を選んだ。

 しかしディルムッドは、フィンのようにクー・フーリンを懼れているのではない。ましてや女王メイヴに敬服しているわけでもなかった。
 生前から今現在に至るまで、憧れ続けた伝説の英雄――その変わり果てた姿が見るに堪えなかったのだ。あんな悍ましいものを主人と仰げる騎士ではない。強力な縛りがなければ、彼は主殺しの汚名を受けてでもメイヴや堕ちた大英雄に刃を向けていただろう。人理の為という理由もある。しかし何より、己の憧れた英雄なら、こんな罪もない人々を鏖殺する事など認めはしなかったに違いないのだから。

「む……気づかれたようだな」

 不意にフィンは遥か前方の一団に動きがあるのを見咎めた。五百近い群衆が突如走り出したのだ。
 そして後に残ったのは黒馬に跨がった褐色の肌と、白髪……紅いバンダナと眼帯が特徴的な偉丈夫である。馬上からフィンらを睨み付ける眼光には力があり、それは彼らをして感じるものがある。肌を打つ気迫だ。
 そしてその傍には浅葱色の羽織を纏った、小柄な女剣士がいる。その得物の形状からして、極東のサムライという奴だろうか。サーヴァントである。「可憐な乙女だ。シンセングミ、という奴かな……?」自信なさげにフィンが呟く。英霊の座に在れば知識としては識る事が出来るが、識っていても今一ピンと来ない。悪い意味でマイナーなのだ。
 いずれにしろ、サーヴァントがいるという事は、あの男はマスターなのだろう。フィンの予想通り、自国の戦士らが消息を絶った原因にサーヴァントが絡んでいた。予想外なのは、マスターがいた事。そしてそのマスターが無辜の民草を見捨てず、現地の部隊を掌握して避難していた事だ。
 人理という大義に惑わされずに弱者を救う精神、僅か一騎のサーヴァントだけで、敵地のど真ん中から此処まで来れた実力。そしてあの漲る気炎。眩しそうにフィンは目を細める。出来れば敵として出会いたくはなかった。しかしこの邂逅は必然で――人々を害する大悪に荷担している以上、それに対さんとする遍く者と敵対する定めにあるのだ。

「ふむ……」

 フィンは目を細める。百名の兵士が彼に従って殿に残った。見たところ練度は然程でもない。しかし侮れはしないだろう。歴戦の英雄であるフィンは知っているのだ。一頭の羊に率いられた百の狼よりも、一頭の狼に率いられた百の羊の方が余程手強い事を。弱兵を精鋭に変えてしまう名将が存在する事を彼は理解していた。
 故に彼は叡知を齎す親指を噛む。自前の知略に於いても勇者に相応しいもののあるフィンだが、あの敵に出し惜しむものは何もないのだと感じていた。だからフィン・マックールは洞察する。そして感嘆した。

「サーヴァント一騎で我らを抑え、その間にこちらの兵を磨り潰すつもりか。手強いな」

 力が、ではなく。その覚悟が。フィンやディルムッドを同時に相手取って、抑え切れるほどあの女剣士が傑物であるとは感じない。しかしあのマスターは信じたのだ。己のサーヴァントならば、サーヴァントを二騎同時に迎えても抑えてのけるだろうと。そして自分と弱兵だけで、自勢に五倍する勇猛なケルト戦士を殲滅出来るのだと。
 返す返すも惜しい。ああいった采配を執れ、そしてそれに弱兵が躊躇わず従えている。それは――とても手強い。同じ旗の下で戦えれば、さぞかし胸が踊ったろうに。
 フィンは全力を尽くす。それが礼儀だと思っているからではない。手を抜くという発想が湧かないのだ。得難い強敵を迎えていると確信して、雄敵との戦いに悦ぶ騎士としての本能が疼いた。

「いいだろう、付き合ってやろうじゃないか」
「よろしいのですか、主」
「ああ。如何なる強敵が相手であっても、我ら二人が遅れを取る事などそうはない。それともなんだ、ディルムッド。一対一ではない事が不満なのかな?」
「いえ」

 ディルムッドは馬上のフィンの横にピタリと張り付くようにして走りながら応じる。フィンは軽く言うがその顔と声が暗いのと同じく、彼もまた戦意に翳りがあるのは否めない。

「今更我らに騎士道を口にする資格はありますまい。俺が気掛かりなのは、敵の思惑通りに動いてもよいのか、腑に落ちない所にあります」
「動いていいのさ。あの男は手強い、私には分かる。逆に思惑に乗ってやれば、却ってあの男を縛る鎖となるだろう。……野放しにするには危険過ぎる。ある程度はその計算に付き合ってやった方が、こちらとしてもやり易くなるものさ」
「なるほど」
「故にだ。披露してやるとしよう。戦の定石にはない、しかし『我らの戦の定石である』戦術を」

 フィンは不敵に笑って、疾走する馬上から槍を掲げ追い縋ってくる後方の戦士らに号令を発した。

「散開せよ! 各自思い思いにその武勇を振るうがいい!」

 ――その光景を目にした士郎は驚愕した。

 ケルト戦士らが自ら隊形を崩し、バラバラに散ったのだ。ケルトの戦士達にも戦に関する常識はあった、軍勢となれば陣形を組む程度の知能はあったのだ。それを自ら捨て、五百の群ではなく五百の個となったのである。『これでは的を絞れない』。だがいいのかそれは。そんな策を実行すれば戦士側の被害も甚大なものになるではないか。
 いや、被害が出てもいいのだろう。ケルトは無尽蔵の兵力を有しているらしい。全滅しても敵を殺せるなら何も問題ない……フィン・マックールは大胆不敵にして激烈な采配を振るう勇将だが、それ以上に『ケルトの将』である事を忘れてはならなかったのだ。
 フィン・マックールはペンテシレイアとは全く違う将帥だ。個の武勇でもアマゾネスの女王に劣らず、しかしその知略は明らかに上回り。ペンテシレイアが強敵と戦ったのはアキレウスのみであるのに対し、フィン・マックールは数多の難敵を下し、戦を征し、神をも殺した騎士である。戦歴という面でもあの女王を超えている。そしてこの遭遇……偶然にしては出来過ぎだとも感じられた。何せあのフィンは、最初から戦闘があると分かっていたかのようではないか。それはつまり、こちらの動向が筒抜けだったのではなく、『読まれている』という事の証明である。

 士郎は確信した。

 あの騎士団長だけは、何がなんでも絶対に殺さねばならない。『さもなければ未来はない』。

破損聖杯接続(サーキット・クリア)――投影開始(トレース・オン)ッ!」

 土壇場という物がある。転機と呼べる物がある。此処がその一つだと、士郎の幾度もの実戦を経て培ってきた心眼が告げていた。ケルトとの戦い、その序盤の戦いの転機であると。即ち――フィオナ騎士団の団長フィン・マックールを討たねば、それだけでこの大陸に生きる人々の被害が激増するという事である。
 その言語化の難しい洞察を、士郎は信じた。己を信じずして真に仲間を信じられるものではない。多数のM4の弾倉を投影して辺りに手当たり次第に撒いた。それを兵士らに拾わせる。そして彼らが辛うじて扱えるだろうサーベルも人数分投影して装備させた。
 魔術回路が高熱を発している。剣の要素のない物を短いスパンで大量に投影したツケだ。破損聖杯により魔力は問題なくとも、疑似神経である魔術回路の性質が変わったわけではない。しかしその苦痛も慣れたものでしかなかった。まだ無茶は出来る。無理な時も相応の遣り方はある。

 作戦を変えると決めた。このままではいけない。

 必勝の策があった。まず固有結界を展開し、自身らと敵サーヴァントだけを取り込み、ケルト戦士は排除するのだ。そうする事で数の利を奪い、叩き潰すのである。しかし――

 ――魔術回路、内在霊基に異変を検知。固有結界、展開不能。

「ッッッ!?」

 最初に双剣銃を投影した時に感じた違和感の正体を知る。自身に打ち込まれている楔、その霊基が常のそれから反転しているのだ。
 魔力さえあれば、霊基の補助がなくとも士郎は固有結界を扱える。しかしただでさえリスクの大きい大魔術故に、些細な異物ですら許容できないのだ。これまでは寧ろ、霊基は補助してくれていたのが、今はその真逆。霊基が裡に閉じている感覚があった。いや、そうではない。閉じているのではなく、裡に向いている……?
 これでは固有結界が使えない。歯噛みしたくなるが士郎は瞬時に意識を切り替えて戦術を元に戻した。

「――リロードの仕方は忘れていないな? 的が被ってもいい、全ての弾を使い切れ。手近の奴から蜂の巣にしてやれ!」
「了解!」
「春」

 馬上の士郎は或る宝具を投影して、その使用方法を伝えると沖田に渡した。沖田はそれを懐に忍ばせる。
 士郎は口の中に滲む血を唾に混ぜて吐き捨てた。剣製とは言えない宝具を、魔力にものを言わせ投影した代償が彼を苛んでいた。

「お前の役割に変わりはない。敵サーヴァントを抑えていられるなら無理をして倒そうとはするな。だがもしも斃せると感じたなら、最優先はフィンだ。奴を斬れ」
「はい。――マスター」
「なんだ」
「下手に死なせまい、死なせまいとすると、却って被害は増えるものだと昔、土方さんが言ってました。だから――」
「そんな事は分かっている」

 分かっているから苦しいのだ。分かっているから悔しいのだ。だから……いや、泣き言は言うまい。これ以上は覚悟してこの場に残った仲間達全員に対する侮辱となる。頭を振る。どれだけ熱くなってもいい、だが頭だけは冷静に、冷徹でなければならない。
 深呼吸をする。そして士郎は灼熱の檄を発した。

「悔しさが男を作る、惨めさが男を作る、悲しさが男を作る。そして強大な敵こそが、真にお前達を偉大な男にしてくれる。今、お前達は偉大だ! この俺がお前達を英雄と呼ぶ! 時代も弁えず迷い出た亡霊どもを、このまま地獄に叩き返してやるぞッ!」

 ――おぉぉぉッッッ!!
 兵士の士気は最高潮に達した。それは死を覚悟した者達の、されど悲愴さのない激熱の咆哮だ。
 それに唇を噛む。死ぬ覚悟ではなく、生き残る覚悟が欲しかった。それを持たせてやれない己の到らなさが猛烈に口惜しい。しかしそれを飲み干し指示を出した。

「まずは俺を中心に円陣を組め」

 迅速に応じて兵士達が行動する。大柄な男達ばかりである。小柄な沖田はそれに隠れてしまった。
 もはや一刻の猶予もない。直ちに戦闘体勢を整えねばならなかった。 

「沖田、気配を消せ。お前の体力の無さは分かっている。縮地は最小限で、三段突きはなるべく使うな。いいな?」
「……斬れると判断出来たら良いですか?」
「ああ。そこは自己判断だ。頼むぞ」
「はい。マスター、御武運を」
「お前もな」

 視線を合わせ、頷きを交わすと暗殺者のクラススキルを発動して沖田が気配を消す。そして怜悧な愛刀の構えを一時解いた。「速く――鋭く――」己に深く暗示を掛けて肉体と精神が戦闘用のものへと切り替わる。それは日ノ本の剣豪ならば、誰しもが基本とする自己変生だ。
 それを見届けた士郎は前を見る。間もなく銃の射程圏内に踏み込んでくるケルト戦士らを睨んだ。敵サーヴァント達はこちらの目論見を見抜いたのだろう、敢えて歩を緩めて待ち構える算段だ。
 だが構わないとも。分かっていても沖田は奇襲を成功させる。真っ正面から正々堂々不意打ちする。士郎は裂帛の気を吐いた。

「――横二列に展開! 左翼一列に二十、二列目に二十。右翼も同様だ、残りは中央に布陣!」
「了解!」

 小隊長二名が即座に応じる。往時の彼らでは遅滞の出たであろう行動が、今は全員が一人の人間のように動けていた。横二列に並び、一列目が片膝をつく。二列目が立ったまま。

「撃ち方構え! 銃の精度に頼るな、弾幕を張り面で叩きのめす! ……撃てェッ!」

 百の銃撃が一斉に轟く。陣形もなく蝗のように襲い掛かってくるケルト戦士らは、楯で弾丸の雨を凌ぎ、時には弾丸を剣や槍で弾きながら接近してくる。その頭上に剣弾を浴びせ――人間達の死闘は幕を上げた。

 沖田が馳せる。

 仙術の域に限りなく近い魔の歩法。
 第一撃は神速でなければならない。故に刻むは間合いを縮める足捌き。新撰組鬼の副長、土方歳三をして沖田の剣術は剣術ではなく、別の何かと謂わしめた異形のそれである。
 刀を構え、一歩目を踏み出した時点で既に気配遮断は解かれ、フィンらはその気配を捉えた。だが驚愕に眼を瞠く。気配を感じた瞬間に、沖田が彼らを自らの間合いに捉えていたのである。
 沖田が真っ先に狙ったのはフィンである。主の命令だからというのもある、しかし何よりも馬上の敵というのは彼女としては遣り辛い。故に駆け抜け様にフィンの騎乗する白馬の前肢を切断したのだ。フィンはこれに対処できない、自らを狙ったのなら反応も出来ただろうが、沖田の殺気は白馬に向いていたのである。
 白馬が走行の勢いそのままに転倒し、地面を滑っていく。悲鳴の嘶きを上げる白馬の背からフィンは飛び降りていた。空中で巧みに槍を操り沖田に槍を見舞うが、幻惑の歩法を以てフィンの目測を狂わせて槍閃は空を切る。沖田は着地したフィンに斬りかかった。

「むっ……!」

 目にも止まらぬ、どころではない。完全な技量のみで神代の大英傑をも超える接近速度。人智の極みと言える斬り込みの迅さに、しかしフィンは初見でありながら辛うじて反応してのけた。サーヴァントとしての機能(スキル)ではない、純粋に積み上げた戦歴から来る経験則である。
 槍を縦に構えて首を刈る斬撃を防禦した。鋭利な刃が神殺しの槍の柄に阻まれ――転瞬――沖田の斬撃が軌道を変える。槍の柄を滑った沖田の愛刀が狙うはフィンの指。得物を握るそれを切断せんと翻ったのだ。
 フィンはなんとか手首を捻り手甲で刃を受け流す。そのまま槍を旋回させて沖田の細頚を薙ぎ払った。捉えたと確信するに足るカウンター、されどそれは踏み込んだ沖田の残像を捉えただけだった。フィンの膝下の位置まで頭部を落とし、倒れ込むように接近した沖田がフィンの脚を切り裂かんと愛刀を振るう。だが、フィン・マックールも然る者。薙ぎ払いが空振るや、片足の力だけで軽く跳躍して剣者の刀身を躱した。
 そこで終わらないのが、天才剣士の魔剣である。剣理への拘りなどない、剣が折れれば鞘で、鞘が折れれば拳で。実戦本意の殺人術が牙を剥く。沖田は跳躍した優美な美貌の英雄に食らいついた。

「破ッ!」

 両手で振るっていた刀から、いつの間にか左手が離れている。そして魔法のようにその手に愛刀の鞘が逆手に握られていた。地面を蹴り抜いて停止するや、その勢いと威力を乗せて鞘を跳ね上げる。それは過たずフィンの顎を打ち上げた。

「グッ!?」

 視界に火花が散る。着地する脚がよたつき、よろめいたフィンの腹部を雷迅のような蹴撃が穿った。
 華奢な女と侮るなかれ、天賦の才を遺憾なく発揮させる脚力である。沖田の剣は足腰の強さに由来し、その敏捷さが無ければ対人魔剣は成らないのだ。規格外の大弓に引き絞られた大槍の如く奔った穿脚は、果たしてフィンを藻屑の如く吹き飛ばす。()れる、その確信からトドメを刺すべく追撃に出ようとする寸前――沖田にとって厄介な騎士が割り込んで来た。

 背後を突き刺す穂先じみた細い殺気。咄嗟に沖田は反転した。稲妻のような刺突が沖田の髪を掠める。
 
「俺を忘れてもらっては困るな、セイバー……いや、アサシン!」

 剣の腕も然るものだが、それ以上に第一撃の奇襲の印象が勝ったのだろう。双槍の騎士は沖田の呼び名に迷うも、答えはその両方である。
 剣士であり暗殺者、それこそが幕末に血風を吹き荒ばせた新撰組、その一番隊隊長なのだ。奇縁により生前に最も近い形で現界した沖田は、その剣腕の限りを尽くすに不足のない霊基を持つ。

 だが――相手は沖田総司をして幻惑される稀代の騎士。栄光のフィオナ騎士団の一番槍にして、随一の勇者と誉れも高きディルムッド・オディナだ。
 赤い長槍、黄の短槍。未だ嘗て一度も見た事のない奇術めいた技の奇跡。加えて――

「チッ」

 沖田は露骨に舌打ちする。フィンを仕留める絶好の好機なのだ。彼を振り払い体勢を立て直そうとしている騎士団長を葬らんと地を蹴るも、それに張り付くようにしてディルムッドが追い縋る。それも常に長槍の間合いを維持してだ。速射砲の如く槍突が放たれ、沖田はこれを悉く躱し、刀で捌くもフィン・マックールにトドメを刺す好機を潰されたのを悟る。
 ディルムッドを振り払えない。最速の座に据えられるに相応しい敏捷性を彼も持っているのだ。その機敏さは沖田に匹敵する。そして沖田を苛立たせるのは、ディルムッドの方が『速い』事だ。
 時代の差、性別の差、性能の差が大きかった。例え数値の上で素早さが同格であっても発揮できる最大速度はディルムッドが優に沖田を超えている。――神代の男の英雄と、近代の女剣士の性能の差が残酷に横たわっているのだ。幻惑の槍術と単純な性能の差によって沖田は苦戦を強いられる。

 沖田はフィンへの追撃を断念し、ディルムッドの槍の技を覚えるのに専念せざるを得ない。離れれば長槍の閃きが沖田を襲い、巧く刀の間合いに近づいても短槍の技が沖田の接近を阻む。厄介な敵手だった。
 縮地は多用できない。三段突きなど以ての外。例え上首尾に事を終え、フィンかディルムッドを仕留められたとしても、これまでの経験上高確率で、呪いの如く沖田を蝕む病魔が鎌首をもたげるだろう。そうなれば無防備な所を襲われ、沖田は死ぬ。主の命令は二騎のサーヴァントの足止めだ。無理をせずとも頼りになるマスターが必ずや援軍に駆けつけてくれる。それを信じて、自らの体力の無さを痛感している沖田は奮闘するのだ。

 浅葱色の閃光がジグザグに大地を駆ける。それに完全に張り付いて赤と黄の双光が馳せる。虚空に刃鳴散る火花の宴は技と技、力と力の鬩ぎ合い。ディルムッドは舌を巻く、華奢な女の身でよくもやる、と。力では明確に上回っているのに、技の冴えだけで劣勢を互角にしている。
 称賛に値する。だがしかし――直情的な沖田と異なりディルムッドは搦め手も使える戦上手である。戦闘の引き出しもまた、若くして病没した沖田よりも、多様な戦場を駆けたディルムッドの方が多かった。
 チリ、と沖田の生まれ持った天性の心眼が違和感を訴える。今、何かがおかしかった――その正体に目を凝らす隙を彼女は与えてもらえない。

 矛を交わしているのは何も、ディルムッドだけではないのだ。復帰したフィンが槍をしごいて突貫してくる。初撃の奇襲から流れを掴まれ、あわやといった所まで追い詰められたフィンだが、仕切り直せてしまえたら先のように簡単に蹴散らされる英雄ではない。
 ディルムッドの槍が技に長けるように、フィンの槍は力に長けている。純粋な身体能力ではディルムッドをも超えるフィンと、『輝く貌』の双槍騎士に前後を挟まれた沖田は汗を噴き出す。こうなる事は分かっていた、なんとかして脱さねばならない。これは死地だと本能が叫んでいる。

 やむをえず沖田は再度、縮地の歩法を刻む。

「消えた……!?」

 ディルムッドが驚愕する。不意打ちの一撃の時ならいざ知らず、こうして矛を交えている最中にその姿を見失うなど経験した事のない現象である。
 だがそれで致命的な隙を晒す騎士ディルムッドではない。彼は弛まぬ鍛練によって心眼を開いた武芸者なのだ。すぐさま敵の狙いを看破し警告を発する。

「主よ、後ろですッ」
「何!?」

 フィンはディルムッドの警告に驚愕しながらも、振り向き様に槍を振るう。沖田は狙いを読まれた事に瞠目した。「ぜりゃッ!」フィンの迷いなき槍の一閃は沖田の胴を確実に砕く一撃だ。下手に受ければ刀が曲がる。沖田は刹那の判断で鞘を楯にするも、フィンの豪槍に鞘が弾き飛ばされ、余りの衝撃に手が痺れた。所詮は脆弱な身、フィンの槍をまともに受けたらそんなものでしかない。
 だがそれでも、沖田はあくまで己の弱点を知悉している。力で負ける、武器の格で負ける、体力では話にもならない――しかし剣技は負けない。それは誇りではなく、実際に両雄と剣を交えたが故の確信である。逆に言えば勝るものなど他に迅さしかないのだ。

「せいッ!」
「く、荒々しくも可憐な華だ!」

 鞘を弾き飛ばされながらも沖田は踏み込み、フィンの懐に肩口から体当たりする。全体重を乗せたそれがフィンに痛痒を与える事はなかった。
 新撰組の極意とは、多数で一人を叩く事。多数を一人で相手取るならまずは逃げる、逃げられないなら一対一にしてしまえばよい。沖田はその儚げな風貌からは想像も出来ないほどに苛烈な性を秘めている。そしてその天稟の才覚は剣のみに非ず――体当たりをフィンに食らわせた瞬間、沖田は刀を手放していた。
 剣にばかり拘る壬生の狼ではない。沖田は自覚こそしていないが、古代の英雄らに勝る一つの特性があった。それは古代の英雄が人間だけでなく、怪物狩りを主としていたのに対し、近代の剣者である沖田は対人に特化しているのだ。対人戦の心得という面で、彼女は優位に立っている。
 故にフィンには慮外の技だった。体当たりされるや手首を掴まれ――そうと感じた瞬間に投げ飛ばされていたのだ。

「なっ――」

 いつの間に投げられた……? フィンは見事に投技を極められ、強かに背中を地面に叩きつけられる。受け身も取れずにフィンは呻いた。
 だが追撃はない。即座に刀を拾った沖田はまだ冷静だった。全身が熱い、汗が滲んでいる、決着を早めたい。しかしフィンは殺せない、何故ならディルムッドが健在だからだ。

 沖田は一瞬で調息し呼気を整え、仕掛けてくるディルムッドを討ち取らんと踏み込んだ。赤い長槍が迅雷のように閃く。沖田はそれを、微かに身を半身にしながら飛び込む事で呆気なく躱した。

「見切った――」
「――だろうな。待っていたぞ、アサシン」

 ディルムッドは敢えて双槍の技の幅を狭め、単調にして、繰り出す技の軌道を沖田に見せていたのだ。
 故に沖田に槍を躱され動揺などするはずもない。誘い込んだのはディルムッドなのだ。そして沖田の踏み込みの速さも格闘術の確かさも見ている。ディルムッドは赤槍を突き込むや自ら更に沖田へ接近する。短槍の間合いですらない、零距離。
 沖田は急激に接近してきたディルムッドに面食らいながらも反応した。釣られてしまった――その不覚に鈍る剣者ではない。飛び込んできたディルムッドの膝蹴りを辛うじて腕を交差させて禦ぐ。しかし、防禦の上からすら痩身を貫通する衝撃は大きい。腕が痺れ、フィンの槍によるものと合わさり、刀を取り落としてしまった。華奢な体が膝蹴りの威力に負け宙に浮く。ディルムッドはくるりと体を廻し、激甚なる蹴撃を見舞った。

「か、はッ……!」

 まともに横腹を捉えられ、沖田は芥の如くに吹き飛び地面を転がった。吐瀉に混じる鮮血。沖田は上方より飛来するフィンに気づき、咄嗟に跳ね起きて縮地で難を逃れる。獲物を見失ったフィンの槍が地面を穿って、そこを大きく陥没させて砂塵を舞わせた。
 フィンは槍を横に振るって、その風圧で砂塵を晴らす。徒手空拳となった沖田は刀の落ちている地点を一瞥する。フィンは彼女を讃えた。

「お見事。並みの英雄なら既に突き殺しているところだが、貴女は逆に何度か私を殺せるかもしれなかったな。ディルムッドがいなければ危うかったよ」
「主よ、ご油断召さるな。この女、技量の一点のみなら我ら二人を束ねたよりも上を往きます。徒手空拳となってもどんな隠し球があるか……」
「分かっているとも。だが戦とは技量のみで決するものでもない。先程は醜態を晒したが、もう覚えた。悪いが儚くも鮮烈なる乙女よ、これから先は殺りに行かせてもらう」

「――斬り合いの場でお喋りなんて……」

 不快げに沖田は吐き捨てるも、その悪態は小さい。沖田には彼らとのお喋りに興じるつもりなど寸分たりとも有り得なかった。
 もはや是非もなしと、彼女は札を切る。主の許しもあった。彼女は『誠の旗』を現し、それを地面に突き立てる。

「此処に、旗を立てる――」
「主! アサシンが宝具を使おうとしています!」
「! ……ならば惜しむものもない。往くぞディルムッド!」

 即座に妨害に動こうとする寸前、沖田は両名の間に懐から取り出した投影宝具を投げつけた。それは主に与えられたもの。銘は金剛杵(ヴァジュラ)。真名解放する必要のない、投げつけるだけで効力を発揮する神秘爆弾。
 炸裂するや爆風が撒き散らされる。フィンらは瞬時に回避するも、沖田の宝具使用の間は稼げた。
 爆風の中、淡い燐光が舞い散り、現れるは日ノ本に広く知られる新撰組の面々。彼女の呼び掛けに応じた剣豪集団。中には沖田と同じく対人魔剣の域に至った達人もいる。
 近藤勇がいた。永倉新八がいた。斎藤一がいた。その他、名だたる剣豪がいた。
 凄まじい剣気を放つ多数のサーヴァントの連続召喚。それを目にした騎士とその長は瞠目するも――

「皆さん、来てくださり感謝します。さあ、彼奴らを斬り伏せましょう!」

 ――対多数の戦闘は、フィンの得意とするもの。
 そしてフィンは、圧倒的不利に陥る戦局を、ただの一撃で塗り潰す『対軍宝具』を保有している。

「どうやらあちらは、神殺しの魔撃をご所望らしい。ならば受けるがいい――」

 呼び覚ますは己の祖である戦神ヌアザの権能『水』の理。槍の穂先より迸る水圧の濁流。
 新撰組に近づかれ、その本領を発揮される前にフィンは宝具を開帳した。

「――『無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)』!」















「――停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)

 無銘の剣弾を多数投影し、虚空から掃射するのを幾度も繰り返していた。戦局を把握しながら剣弾を投影し、銃撃だけでは斃し切れない戦士に剣の掃射を集中して、兵士らの指揮を執る。士郎の負担は大きすぎるほど大きい。しかし絶え間なく発される、自らへの拷問に等しい苦痛を、顔色一つ変える事なく堪える。
 兵士の射撃を楯で防いだケルト戦士は殆どが、頭上から降り注ぐ剣弾に串刺しにされる。しかし剣弾や、銃弾の軌道に慣れたのか、剣の雨は楯を翳して凌ぎ、正面の弾丸は剣や槍で切り払う。しかしそうしても犠牲は出るが、ケルト戦士は仲間の屍を越え、消えかけの骸を楯にして、狂奔する汗血馬のように猛然と斬りかかってきた。兵士らに肉薄する頃にはその数を二百五十にまで減らしていたが、白兵戦は敵の領分だ。こちらの出血は抑えられない。士郎は怒号を発した。

「銃を捨てサーベルを抜け! 背後は俺に任せろ、目の前の一人にだけ注力し斬り殺せ!」

 了解と決死の覚悟を改めて固めた兵士らが応じた。
 ケルト戦士らが躍り掛かってくる。その閧の声を塗り潰すようにして士郎は叫んだ。兵士も叫んだ。雄叫びとなる。馬上から発砲し、双剣銃より弾丸を吐き出す。

 血煙が吹き荒んだ。血風が舞う。断末魔が響いた。兵士が一人を倒す間に、三人の犠牲が出る。士郎の援護があっても。士郎はただでさえ過剰に回転していた魔術回路を自滅する勢いで廻した。
 常時剣の炉から剣の投影が成され、掃射を精密に。同時に馬上から双剣銃を操り、仲間の兵士を斬り殺した戦士を射殺する。隙だらけの兵士を殺そうとする戦士を未然に撃つ。横合いから士郎へ斬りかかってくる戦士を逆に叩き斬った。
 しかし士郎とて人間だ。限界はある。頭は一つ、体も一つ、腕は二本。戦士が同時に三人躍り掛かってきた。士郎はなんとか二人を射殺するも、背後から士郎を突き殺さんとする槍兵に対処が間に合わない。
 『防弾加工』を――駄目だ、間に合わない――致命傷だけは回避――そこまで考えた瞬間、

「BOSS……ッ!」

 戦士の前に兵の一人が割り込み、その槍の穂先に穿たれた。鮮血が士郎の貌に飛び散る。胸を貫かれた兵士は槍を掴んで離さない。血反吐を吐いている。

「馬鹿野郎ッ!」

 悲鳴にも似た叱責を飛ばしながら士郎はその戦士を撃ち殺す。戦士が斃れたのを見届け、兵士は事切れてその場に崩れ落ちた。
 士郎を庇った兵士に息はない。既に死んでいた。

「オオオォォォァァアアアア――ッッッ!!」

 瞼の裏で火花が散ったようだった。憤怒に燃える鉄心は赤熱し、その気迫が臨界を超える。
 鬼神が乗り移ったかの如き咆哮が迸り、感化された黒馬が猛々しく嘶く。その眼が充血し、凶相となった黒馬が後肢で後方を蹴り抜く。士郎の意図しない動きだが、それは背後のケルト戦士を蹴り穿ち怯ませた。士郎は即座に戦士を撃った。黒馬が興奮状態となっている。士郎は彼女の体を強化した。鬣が揺らめく程の狂奔。手綱を受けるや疾風の如く駆け、前方のケルト戦士の胸骨を頭突きで砕いた。
 血戦は泥沼だった。如何に士郎が奮迅の活躍をしようとも関係がない。やがてケルト戦士の数は両手の指で数える程度となる。兵士が三人掛かりで一人を斬り殺すも、即死しなかった戦士は三人の首を纏めて刎ね飛ばしていた。更に走り、悪鬼の如き形相で手近の兵士の首を脇に挟み、へし折りながら剣を投げる。その刃が捨てた銃を拾った所の兵士の首に突き刺さった。そうして背後から兵士に心臓をサーベルで貫かれ、今度こそ息絶える。

 兵士達はよく戦った。弱兵とは思えない働きだと断言出来る。だが――それでも。生き残ったのは、僅か七名だけだった。

「■■■■■■――ッッッ!!」

 九十三名の骸が、自らの作った血溜まりに倒れ伏している大地で、士郎は言語にならぬ絶叫を迸らせる。憤怒を超えた激怒、赫怒……その裏に潜む非憤。
 生き残った兵士らも無傷の者はいない。戦友の返り血のみならず、自身らも大小の傷から出血していた。あらゆる苦悩を圧し殺し、士郎はガーゼと包帯を投影する。幸い近くは水辺だ。

「傷口を洗い、こびりついた汚れと血を洗い落とせ。応急手当をした後……先に逝きやがった奴らを一ヶ所に集めろ」

 兵士らは肩で息をしながらも、厳粛な面持ちで了解した。彼らが動き出したのを尻目に、士郎は沖田はどうなっているかを確かめようとして。爆発的に高まる魔力を感じ眼を剥いた。

 見れば沖田が宝具を使っている。――それはいい。新撰組を召喚する彼女の切り札は、対人戦で極めて効果の高い宝具だ。それを使ってもいいと伝えている。しかしそれだけではない。フィン・マックールもまた宝具を一拍の間の後に開帳していたのだ。
 それは対軍宝具。穂先より迸る瀑布の如き水圧の奔流が、召喚された直後の新撰組を襲っていた。一撃でその半数を消し飛ばし、更に放射をしている。両手で腰だめに構えた槍を左右に素早く動かし、レーザーのように放たれ続ける神殺しの槍の力。咄嗟に回避できたのは僅かに数人。残るは近藤勇、永倉新八、斎藤一のみ。
 沖田は愕然としていた。彼女もまたフィンの宝具を回避するも、自身のかけがえのない仲間達が消し飛ばされていく光景に堪らず駆け出していた。縮地で跳び一直線に落としていた刀の許に向かい、それを拾い上げて対軍宝具を停止させようと、フィンに斬りかかろうとする。しかし彼女が刀の許に向かおうとするのを見抜いていたディルムッドが立ちはだかった。
 先回りしていたディルムッドが沖田を阻む。怒号を発した。其処を退けッ! 激していようとその剣の冴えに翳りはない。怒濤の如く剣閃を閃かし――その剣が不意に鈍った。

 ゴ、ふ――呻き、口から微かに血を溢しながら、沖田の体が崩れ落ちる。突然片膝をついた沖田に、ディルムッドは困惑するも。直ぐに気を取り直して隙だらけの沖田を突き殺すだろう。

 沖田が吐血する前兆を見て取った士郎は。

      ――どうする?

 引き伸ばされた主観時間の中、思考を走らせる。

      ――どうする?

 宝具を投影する。例えば螺旋剣なり、赤原猟犬なりを。駄目だ、それでは溜めが間に合わない。断行しても魔力の高まりに気づいたフィンが槍の穂先を士郎に向けてくるだろう。生き残りの新撰組の距離はフィンからは遠いのだ。沖田のような縮地が使えるならとっくの昔に使っているはず。フィンの槍の穂先が向けられたら士郎が死ぬ。

      ――どうする?

 無銘の剣なら投影が間に合う。だがそんなものではディルムッドを止められない。双剣銃での弾丸でも結果は同じだ。制圧力が圧倒的に足りない。

      ――どうする?

 必要とされるのは必殺の火力。同時に敵に魔力の発動を感知させぬ隠密性。そんなものがあるのか?

 ある。



「I am the bone of my sword.」



 無意識に、しかし意識的に呪文を呟く。

 霊基が嘲るように言っている、よく狙え――使い方はこうだ――

 それは刹那の間にも満たない。沖田が膝を地についている。迷う暇はない。やらねばならない。
 裡に向かう霊基の固有結界、反転したそれ。世界を広げるのではなく、心象世界を千切り取り。その断片を弾丸に装填する。筆舌に尽くしがたい激痛に意識が白熱した。まるで千切り取った心象世界が、傷となって肉体に走ったかのような灼熱が背中に走る。
 一条の傷んだ黄金の線。背に刻まれるそれに眼が眩む。視界が欠ける。復元された視力はこれまでよりも遠くを見据えられるようで、基礎的な動体視力が増している気がした。裡にある楔から根が広がったような錯覚。



「──So as I pray, 」



 馬腹を蹴る、強化されている黒馬が疾走した。一直線にディルムッドを轢き潰さんと駆ける。
 ディルムッドは士郎の……敵マスターの接近に気づき驚愕した。まさかマスターがサーヴァント同士の戦いに割り込んで来るとは思わなかったのだ。ディルムッドは飛び退いて黒馬の突進を躱すも、士郎の黒い銃剣に異様な魔力を見て取り慄然とした。

「主ッ!」

 銃口が何を狙っているのかを悟ったディルムッドが警告を発する。即座にフィンは振り向き、槍の穂先を背後の士郎に向けようとした。
 だが、その直前に引き金は引かれた。



「――無『』の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)



 放たれるは禁断の大魔術。禁忌の弾丸。
 それは固定砲台となっていたフィンには躱せなかった。振り向く途中のフィンの脇腹から弾丸は彼の体内に侵入し――無限の剣が、フィンの体内に炸裂する。
 固有結界『無限の剣製』を、標的の内部で展開する禁咒。叡知を持つフィンは体内に送り込まれた禁術の脅威を察し、ディルムッドに叫んだ。

「ディルムッド、一旦引け――」

 言葉になったのはそこまでだった。フィンは内側から無限の剣製に内包される剣に貫かれ、霊核を一瞬で破壊され即死する。斃れた彼は、消滅していく。
 ディルムッドは唇を噛む。主の仇を討とうとして、しかしフィンの脅威が消えた事で近藤や永倉、斎藤が刀を手に駆け出しているのを見て取るや断念せざるを得ないと状況を読む。主の遺命もある、ディルムッドは臍を噛む思いで大きく跳躍して後方に跳び、そのまま身を翻して撤退していった。

 彼の胸中に、主が討たれた怨みはない。戦場の倣いだ、それに自身らは討たれて然るべき悪である。寧ろ口惜しさと同等の称賛の念もあった。よくぞ討ってくれた、貴公らは我が主の心を苛む悪行から救ってくれたのだと。またいつか再戦を。その時も本気で行く。故あって加減は出来ないが、見事この身を討ち取ってくれ。――ディルムッドはそう思う。

 ヒュドラの神毒を除き、あらゆる痛みにも呻く程度に圧し殺していた士郎は、しかし肉体ではなく精神の痛みに苦悶を漏らして落馬した。沖田は重い体を動かし、なんとか士郎を抱き止める。

「マスター!?」

 気絶出来たらどれほど楽なのか。意識を保ち続ける士郎の額に脂汗が滲んでいる。
 近藤らが、消えていきながら士郎と沖田を囲んだ。激痛に喘ぐ彼に、新撰組の名だたる剣豪らは敬服を示す。

 ――見事な奮闘だった、総司のマスター。よければお前の名を聞かせてくれ。

 それは純粋な称賛。座に還る彼らは、もしかすると轡を並べる時が来るかもしれない男の事が知りたかったのだろう。
 しかし、

「ッ、あ、ああ……俺の名は……俺、は……?」

 鉄心の男は。

 返す名を、亡くしていた。













 
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