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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン8 最速加速の大怪風

 
前書き
平成最後の投稿。インスピレーションが刺激されたのも大きいけれど、それ以前にこの対戦カードはどこかで1回やりたかった。

前回のあらすじ:糸巻の全盛期だったあの時、かつて互いに生理的に受け付けなかったライバルはすっかり歪んで…あ、元からでしたか。 

 
『さーてと、アンタが青木のおっさんに勝ったとして、そーすっと決勝の相手は、と。お、なんだロブか。こりゃ考えるまでもないな』

 外の状況など知る由もなく、いよいよ裏デュエルコロシアムも決勝3分前。ここに来る前に聞いてきた、上司からの最後の話を鳥居は思い出していた。

『通称後ろ帽子(バックキャップ)のロブ、ロベルト・バックキャップ。こいつなあ……アタシの記憶通りのデッキ、今でも使ってんだろうなあ』
『はあ?』
『ああいや、すまん。ただ、アイツは強いぞー。せめてライフが8000ぐらいありゃあもう少し持ちこたえられるんだろうがなあ。一応アタシは相性有利だったから勝ち越せてたんだが、それでも割と綱渡りだったんだよな。ただ鳥居、案外アンタとは馬が合うかもな。特に共通点があるわけじゃないんだが……なんつーか、アタシの勘だ』
『いやそこでめんどくさくなって説明放棄はやめてくださいよ』

 お世辞にも役に立つ情報だったとは言い難い。それでもあの女上司が、どこにも根拠のない自信だけはやたら満ち溢れためんどくさいアラサーがそこまで言うだけの実力のある相手だということだけは彼も理解できた。

「鳥居浄瑠さーん、スタンバイお願いしまーす」
「はーい」

 呼びに来たスタッフに促され、そこまでで回想を中断する。しかし椅子から立ち上がったろうとしたところで、体中に疼くような痛みを感じその場で固まる。休憩といってもほんの数分のこと、ここまでの2連戦による疲労、そして受けてきた火傷と打撲はまるで治癒しきっていない。

「ふぅーっ」

 固まっていたのは、ほんの数秒のことだった。軽く息を吐いて再び動き出したその時には、すでに体の不調など感じさせない滑らかな動きを取り戻している。彼は幼少期から仕込まれ続けたプロのエンターテイナーであり、観客が待つ舞台にはたとえ墓の中からでも立ち上がるのだ。

「今行きますよ」

 頬を両手で張ることで気合を入れ直し、改めて入場口へと歩き出す。明かりの下に出る少し前から聞こえてきた司会の声に歩みを速め、ほとんど飛び出すようにして最高のタイミングで観客とスポットライトの前に姿を現した。

『さあ、今日もいよいよ最終決戦、長かったデュエルもお開きの一戦だぁ!だけど今夜は一味違うぜ、まさかまさかの大番狂わせ、ここに集まったお前らは今、裏デュエル界の伝説の生き証人になったんだぜ!なにせここまで勝ち進んできたのは全く無名の新人……!』
「『やあやあやあ遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。とは申しますが、こちらにいらっしゃる皆様にそのようなことを申し上げるのはいささか野暮というものでしょう。今宵皆様のお目にかけますは大いなる海、偉大なる空に続く魔界劇場の第三幕にしてそのフィナーレ!提供は私、鳥居浄瑠が全責任を持って皆様にお届けいたしましょう!』」

 スピーカー越しの声を半ば押しのけるように、即興で作った声高らかな口上とともにオーバーな一礼。それなりの拍手をもって迎えられたことにやや満足するも、それもスピーカーが再び主導権を取り戻すまでだった。

『……あー、ここまで勝ち上がってきたチャレンジャーに対するは俺たちのチャンピオン!国籍不明、本名不明の大怪人、誰が呼んだかロベルト・バックキャップ……人呼んで後ろ帽子の(バックキャップ)ロブだぁっ!』

 派手なスモークがたかれ、噴出する煙の向こうからスポットライトに照らされて巨漢の影がゆらりと見える。清明かに先ほど鳥居に向けられたものよりも大きな拍手の鳴り響く中、その男がステージに現れた。
 その身長は、2メートルあるかどうかといったところ。がっしりとした四角い顔立ちにくすんだ金髪と碧眼が、彼が生粋の日本人ではないことを強く主張している。決して初戦で彼が当たった山形のように無駄な筋肉による過剰装飾があるわけではないが、しかしよく鍛え抜かれていることがわかる無駄のない体つき。13年前にプロだったことを考えると少なくとも30は越えているはずだが、まるで肉体的全盛期は過ぎ去ったことを感じさせない。もっとも、彼はそこに驚きは感じなかった。彼の身近にも、見てくれといい中身といいまるで年を感じさせない女上司がいるからだ。そしてひときわ目を引くのがその名、バックキャップの由来ともなった前後さかさまにかぶられた帽子。本人なりのファッションなのかはわからないが、少なくともトレードマークであることは間違いない。糸巻から聞いてきた話によると、あの帽子を取った彼の頭を見たものは誰もいないのだとか。

「……」

 寡黙な巨人といった雰囲気そのままに、割れんばかりの大歓声にはピクリとも反応を示さずのっしのっしとステージ中央へ向けて歩みを進めるロベルト。鳥居と向かい合う形で足を止め、40センチ近い身長差のある彼を必然的に見下ろす格好で目を合わせる。

「お前、今日の俺の相手か」
「お手柔らかに。それはそうと日本語、上手っすね」
「この国来て、20年になる。最初に習った相手、悪かった。ほとんど単語。もう癖取れない」

 ほとんど単語、というわかるようなわからないような会話の流れにほんの少し考え込むも、最初に方言でその国の言葉を習うともう標準語のアクセントで喋れなくなる現象と同じようなものだろうとすぐに納得する。随分横着な講師を選んだものだとやや同情するが、意味が通じないというほどではない。

『ここからじゃ何を話しているのかは聞こえねえが、チャンピオンとチャレンジャーがどうやら試合前の舌戦を繰り広げているみたいだぜ!だけど俺たちゃデュエリスト、そろそろカードでしゃべってもらいたい、なあ観客の皆もそう思うだろ!?』

 スピーカーの流す言葉に、会場が歓声をもって応える。さっさと始めろ、という言葉の裏に込められた若干の非難に同時に苦笑しながらも、先手を取った鳥居がアクロバットにバク宙を決めつつロベルトから距離をとる。2度3度と回転して再び着地した時には、すでに彼も演者の顔に戻っていた。

「『それではお待たせいたしました、レディース・アーンド・ジェントルメン!魔界劇場は最終公演、いよいよ開演のブザーと参りましょう!』」

 先攻はチャレンジャーたる彼のもの、手札誘発でも飛んでこない限りは落ち着いて布陣を固めることができる。そして幸いにも、彼の手札は今回かなり初手向きのものだった。それを確認し、大きく息を吸う。

「『それでは私のフィールドに、此度の演者をお呼びいたしましょう。ライト(ペンデュラム)ゾーンにスケール1、怪力無双の剛腕の持ち主!魔界劇団-デビル・ヒールを。そして対となるレフトPゾーンには同じくスケール2、数字を操る凄腕のガンマン。魔界劇団-ワイルド・ホープをセッティング!』」

 両手を大きく広げた彼の両端に光の柱が昇り、そのうち片方では1と書かれた光の数字の上でボディービルめいて筋肉を強調する巨漢が、そしてもう片方では数字の2の上で素早い動きのガンスピンをこなす西部劇から飛び出たようなガンマンが浮かび上がる。ここまで終えたところでさっと客席全体を見渡し、オーバーに肩をすくめてみせる。

「『おやおや、これはどうしたことでしょう。私の設置したペンデュラムスケールは1と2、このままではどのレベルのモンスターも呼び出すことができませんね。ですがご安心ください、こちらにセッティングされましたるワイルド・ホープはモンスターとして、そしてスケールとして。あらゆる場所において自在に数字を操る、魔法の弾丸を撃ち放つ銃の持ち主なのです。ワイルド・ホープのペンデュラム効果の名は、チェンジスケール・バレット。対となるPゾーンに魔界劇団が存在するときにのみ装填可能となるこの弾丸は、そのスケールのみを正確に撃ち抜くことで止まった振り子を大きく揺らし、その数字を1ターンの間のみ9へと変化させるのです。さあ1発のみのショータイム、見事デビル・ヒールの掲げる1を打ち抜きましたらばご喝采。チェンジスケール・バレット!』」

 口上が終わるのを狙いすましたタイミングで、弾丸の音が会場に響いた。全くのノーモーションから目にも止まらぬ動きで早撃ちを仕掛けたワイルド・ホープが、デビル・ヒールの足元で光る1の数字を正確に打ち抜いたのだ。そしていまだ硝煙立ち上る銃を再びガンスピンしたのちホルスターに収めた瞬間とほぼ同時に、弾痕穿たれたその数字が9へと変化する。
 少しでも冷静に考えればこれはギャンブル要素も含まれないただの効果の発動であって、何らかの妨害がなければたとえ何ターン繰り返そうとも失敗するわけがない。しかしそれでも、場の空気に飲まれていた客席からはパラパラと拍手が起きてしまう。それはまさしく場の空気を鳥居が握っていることの何よりの証拠であり、幼いころからそれを飯の種にしてきた彼にとっては面目躍如の瞬間であった。

 魔界劇団-デビル・ヒール スケール1→9

「『さあさあそれでは皆様がた、これにて長らくの下準備は終了と相成ります。ただいま私の場に並べられしスケールは2と9、よってレベル3から8の魔界劇団を召喚可能。今こそ満を持して舞台へと現れよ、栄光ある座長にして永遠の花形!ペンデュラム召喚、魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

 そして彼の場に呼び出される、魔界劇団の中核にしてその花形。三角帽子を持ち上げて深々と一礼し、再び深々とかぶり直したところで鳥居の指示が飛ぶ。

「『それでは早速挨拶代わりに、ビッグ・スターによる今宵の演目を発表いたしましょう。1ターンに1度デッキから魔界台本1冊を選択し、私のフィールドにセットします。最初の一幕はこちら、安定と安心のレギュラー公演。魔界台本「魔王の降臨」!今回は最終決戦ということもあり、我々としても大盤振る舞いの出し惜しみなしで参りましょう。魔王の降臨を発動!さあプロローグからいきなり舞台を支配する、恐ろしき魔王が登場いたしました!攻撃表示の魔界劇団は魔王ビッグ・スター1体のみ、よって1枚のカードを破壊いたします。私が選択するのは、レフトPゾーンに存在するワイルド・ホープ!』」

 漆黒のマントを羽織ったビッグ・スターがおもむろに大ジャンプし、光の柱のうち片方の中央にきりもみ回転からの恐るべき鋭角飛び蹴りを敢行する。たやすく砕け散った光の破片はフィールド中に降り注ぎ、まるで無数の蛍が飛び回るかのような幻想的な光景を作り出す。

「うわあ……」
「きれい……」

 客席からの呟きを鋭く聞きつけ、すぐさま予定を変更して少しの間だけ口を閉じて光が舞うに任せる。静寂が包むフィールドをキラキラとした光が彩るさまをたっぷりと客席に堪能させたのち、ようやく次の段階に進む。

「『そしてたった今破壊されましたワイルド・ホープ、そのモンスター効果を発動。このカードが破壊されたその瞬間、私はデッキから別の団員1体を手札に加えることが可能となるのです。舞台袖にてスタンバイする次なる魔界劇団の演者は、路傍に佇む要石。魔界劇団-エキストラをサーチ!さらにカードを2枚伏せ、これにてターンエンドでございます。さあチャンピオン、お手並み拝見と参りましょう』」

 魔界劇団-デビル・ヒール スケール9→1

 お世辞にも固い布陣とは言えないが、それでも胸を張ってターンを終える。先ほどの青木戦の裏で行われていたロベルトのデュエルを彼は見る余裕がなかったため、彼がどのような戦術を使うのかはわからない。だがたとえどのような戦術で来ようとも、彼は彼のデュエルでそれを迎え撃つまでだ。

「俺のターン。お前はペンデュラム、ならば俺もペンデュラム。魔法発動、妖仙獣の神颪(かみおろし)!俺のフィールドにモンスターがいない、デッキからこの2枚を直接発動。妖仙獣……出でよ右鎌神柱(ウレンシンチュウ)、応えよ左鎌神柱(サレンシンチュウ)!」
「『よ……【妖仙獣】!?』」

 驚きの声をよそに、ロベルトを挟み込むように2つのつむじ風が巻き起こる。風はそのまま天まで上る小規模な竜巻となり、その中から鳥居のものと同じ2本の光の柱が現れた。5の数字の上では、赤い鬼の面が取り付けられた右半分のみの鳥居が。そして対となる3の数字が光るその中には、青い鬼の面が張り付けられた左半分のみの鳥居が。それぞれ半身のみの鳥居が、頭上高くでその真なる姿を取り戻す。

「右鎌神柱、ペンデュラム効果。反対側に妖仙獣カード、スケールを11に変更する」

 ふたつがひとつとなり、真の力を取り戻した右鎌神柱の下で光の数字が大きく動いた。それは先ほど鳥居自身も行ったスケール変更の技、しかしその結果として完成したスケールの広さは彼の作り上げたそれを大きく上回る。
 してやられた、と心の中で歯噛みする。これではまるで先ほどのワイルド・ホープの効果がこの右鎌神柱の、ひいては使い手である彼自身がロベルトの引き立て役に徹したようなものだ、そんな思いも駆け巡る。しかしすべては手遅れであり、結局は今回に関してはこちらの負けだと潔く認めざるをえなかった。
 もっとも、まだ勝負そのものまで投げ捨てたわけではない。

 妖仙獣 右鎌神柱 スケール5→11

「効果発動ターン、妖仙獣しか無理。仔細なし、ペンデュラム召喚!」

 先ほどの比ではない大竜巻が、鬼の面持つ鳥居に挟まれる形でフィールドに2つ吹き荒れる。そして紅く輝くそれからは古傷残る独眼の紅龍が、緑がかったそれからは赤い両目が不気味に光る四つ足の妖獣が、それぞれ鳥居をくぐりフィールドに降り立った。

「逢魔が刻。妖魔の神域脅かされし時、その怒り星々さえも揺るがす大怪風となる!魔妖仙獣……吹き荒れよ独眼群主(ヒトツメノムラジ)!解き放て大刃禍是(ダイバカゼ)!」

 魔妖仙獣 独眼群主 攻2000
 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000

 2体もの魔妖仙獣の一斉召喚。降臨と共に巻き起こった風は会場内を所狭しと荒れ狂い、「BV」により実際のエネルギーとなったその風圧はその場に固定されていない椅子、あるいはうっかり掴む手の緩んだ観客の荷物など手につく限りあらゆるものを吹き飛ばした。
 そしてそれは、真正面でそれと対峙する鳥居にとっても例外ではない。手札が吹き飛ばされることこそどうにか防いだものの、彼自身の体がともすれば浮かび上がりそうになる。ただ一人ロベルトのみはその中央、台風の目に位置する場所でほとんどその影響を受けぬままに仁王立ちして風に翻弄される周りの様子を見据えていた。そしてその手が、その口が、動く。

「独眼群主、大刃禍是の効果発動。独眼群主は召喚、ペンデュラム召喚時に1枚。同じ時に大刃禍是は2枚バウンスする」

 召喚の余波も収まりきらないうちに独眼の紅龍が赤い竜巻を1つビッグ・スターに、四つ足の妖獣が緑の竜巻を2つ鳥居の伏せカードに向け発生させ、またもや空気がうねり切り裂かれる。この畳みかけにはついに鳥居の我慢も限界に達し、風圧に耐えきれなくなった彼の体がなすすべなく浮きはじめ、抵抗空しくその両足がついに地面から離れた。
 みるみるうちに上昇して何メートルも回転しながら天井近くへと飛ばされていく彼の姿を見上げ、その後に起きる悲惨な光景を想像した観客から小さく悲鳴が上がる。しかし誰よりも早く叫んだのは、ほかならぬ彼自身だった。

「『なんということでしょう、まさに大怪風!おまけにこの効果が決まってしまえばもはや私のフィールドはカラも同然、神域の獣たちの連携攻撃によってこのライフはすべてが失われてしまうでしょう……ですが!』」

 その直後会場の皆が見たものは、空中に突如浮かんだオレンジ色のクッションのようなものが飛ばされ続けていた彼の体を受け止めた光景だった。そのクッションのようなものはみるみるうちに乱気流に乗って会場を飛び回り、そのうちのひとつがたまたま1回戦から彼の試合を間近に見ていた1人の観客の手元に届く。思わずといった様子で手を伸ばしてそれを掴んだその男が、あっと驚きの声を上げる。

「これ、風船だ!しかも、これってさっきも……」

 その言葉に周りの客も、もう一度自分たちの周りを飛び回るオレンジの物体へとその目を凝らす。そう、それは確かに無数の風船……コウモリを模した形の、オレンジ色の巨大な風船だった。そして彼らは最初の男の言葉通り、これと同じものをつい先ほどの試合でもその目にしている。そのことに観客の大多数が気づいたタイミングで、おもむろに天井から明るい笑い声が会場中に響く。

「『これは失敬。私としたことが、少々注意が至りませんでしたね。確かにお客様の中にいらっしゃるかもしれない心臓の弱い方にとって今の一幕は、少しばかり刺激が強すぎるものとなってしまいました』」

 そう明るく謝罪する声の主は、当然に鳥居浄瑠その人である。ではなぜ、いまだに天井からその声がするのか?その理由は、彼の左手にあった。手札を持ったままの右手は垂らしたまま、空いた左手で彼はいくつものコウモリ型風船をかき集めてその紐を握りしめていたのだ。ふわふわと浮く巨大な風船は、それをいくつも束ねることで彼1人程度の体重であれば十分空中に留まっていられるだけの浮力を生み出す。
 となると当然次に生ずるであろう疑問は、なぜその風船を生み出すカードが発動されたのかということになる。その答えを説明すべく彼は手にした風船をぱっと手放し、猫のように空中で一回転することでバランスを取りつつ着地する。

「『それでは皆様、そろそろ何が起きたのかの説明に移らせていただきましょう。私の場に伏せられ、チェーン2の大刃禍是によってバウンスされそうになった2枚の伏せカード。私はそれに合わせてさらにチェーン3、そのうち1枚を発動したのです。その名はトラップカード、メタバース!このカードは発動時にデッキからフィールド魔法1枚を選択し、手札に加えるか場に直接発動することが可能となります。となれば、もうお分かりですね?先ほども皆様を幻想の世界に招待した魔界劇団の本拠地、魔界劇場「ファンタスティックシアター」。そのカードを発動したのです!』」

 そう言い切ると同時にポーズをとった彼をめがけてファンタスティックシアターの小道具であるスポットライトに光が灯り、同じく小道具である無数のクラッカーが小気味いい音と共にカラフルな紙吹雪を放つ。

「『もうお分かりですね?確かに私のフィールドに今、ペンデュラム召喚された魔界劇団であるビッグ・スターはおりません。ですがファンタスティックシアターの発動時はまだチャンピオンの操る独眼群主の効果適用前であり、確かに魔王はそこにおりました。つまりファンタスティックシアターの効果は有効となり、大刃禍是の効果は「相手フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を選択して破壊する」と書き換えられたのです!』」
「書き換え……!」
「『そう。一見あっさりとあやかしの長の手によって敗北したかに思われた大魔王ビッグ・スターでしたが、実はそれすらも彼の大いなる計画の一部だったのです。彼がその身を犠牲にしてまでも、現世へと遺した1冊の本。それはすなわち、復活の秘術。1度は舞台を降りたかに見えたビッグ・スターが、さらなる仲間を得て再び表舞台へと駆け上がるための奥の手中の奥の手。大刃禍是の効果によって破壊されたことで、その本に込められた魔力の全てが解放されようとしております』」

 ビッグ・スターの消え去った鳥居のフィールドにポツンと残された、1冊の魔界台本。風になびかれてそのページが猛スピードでめくられていき、やがて中心付近でひとりでに止まる。ページ内部に見開きでびっしりと書き込まれた文字が光を放ち、フィールドを覆いつくすほどのスモークが沸き上がる。

「『その本の名は……魔界台本「魔界の宴咜女」!先ほどの第二幕でも大きな役割を果たしたこの演目は、この最終幕でも大きな役割を果たすこととなるでしょう。さあ、魔界の宴咜女の効果を発動!私のエクストラデッキに表側の愛劇団が存在し、フィールドにセットされたこのカードが相手の効果によって破壊されたこの瞬間。私はデッキから可能な限りの魔界劇団を選択し、私のフィールドへと一斉登板いたします!魔王ビッグ・スターが手札へと戻ったことにより、私のメインモンスターゾーンの空きはなんとこの5枠全て。ここまで続いた長い長いプロローグもいよいよひと段落、まずは本演前の舞台挨拶と参りましょう。一斉に現れよ、私のモンスターたち!』」

 スモークにまぎれ、煙の間を潜り抜けて5人もの演者がフィールドに飛び出し魔妖仙獣の2体と睨みあう。その体躯では1人1人は遥かに小さいが、合計すれば数では勝りその闘志も十分。

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000
 魔界劇団-サッシー・ルーキー 守1000
 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500
 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500
 魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200

「『さすがに数が多いですからね、申し訳ありませんが1人1人の口上は割愛させていただきます。ともあれこの瞬間に特殊召喚に成功したデビル・ヒールの効果が発動、ヒールプレッシャー!相手モンスター1体を選択し、このターンの間だけその攻撃力を魔界劇団1体につき1000下降させます。私が選択するのは当然、魔妖仙獣 大刃禍是!』」

 巨漢の演者が、今日だけですでに3度目となるヒールプレッシャーを挨拶代わりにその大きな手から放つ。しかし巨大な妖獣はさすがにそれだけで吹き飛ばされるようなことはなく、4本の足で踏ん張ってその衝撃に耐える。

 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000→0

「だが俺も、独眼群主の効果。フィールドのカードが手札かデッキに戻る、そのとき1枚につき500妖仙獣パワーアップ!」

 魔妖仙獣 独眼群主 攻2000→2500
 魔妖仙獣 大刃禍是 攻0→0

「『全体強化……ですが大刃禍是の攻撃力は表記上0となっておりますが、ヒールプレッシャーによってダウンした数値は本来5000。たとえ500ポイントの強化が入ろうと、その攻撃力を再びプラスにするためにはあと1500ポイントほど足りませんね』」
「承知。ゆえにこのターン、大刃禍是はもう使わない。リリース、アドバンス召喚。妖仙獣……荒れ狂え、凶旋嵐(マガツセンラン)!」

 妖獣が再び竜巻と共に消え、その痕跡すらも残らないフィールドにひらひらと枯れ葉が舞い落ちる。どこからともなく無尽蔵に現れては落ちていく枯れ葉はみるみるうちにうずたかく積まれた山となり、その山を跳ね除けてボロボロの和装に首から下げた赤い数珠、そして幅広の湾曲した、異形の刀を持つ二足歩行の獣人が現れた。そして獣人がおもむろに首の数珠を取り外して地面に叩きつけると、地面に生じたひび割れから更なるつむじ風が巻き起こる。

 妖仙獣 凶旋嵐 攻2000

「凶旋嵐の効果。召喚成功時、デッキか同胞を呼び寄せる。跳ね回れ、鎌参太刀(カマミタチ)!」

 妖仙獣 鎌参太刀 攻1500

「バトル。独眼群主、プリティ・ヒロイン!」
「『ああ、なんということでしょう。荒ぶる風の主、その双璧をなす赤き龍がその独眼にて見据えた獲物は、我らが魅力あふれる魔法のアイド……うわっ!』」

 咄嗟のセリフすらも言い終わらぬうちに、独眼の龍が竜巻を吐き出して緑髪の魔法少女を狙う。体の防御そっちのけでスカートを押さえながら、その体が吹き飛ばされていく。

 魔妖仙獣 独眼群主 攻2500→魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500(破壊)
 鳥居 LP4000→3000

「『ですがこの瞬間、プリティ・ヒロイン最後の魔法が発動!私の受けた戦闘ダメージ1000をそちらのモンスター……ここは凶旋嵐の攻撃力から差し引きます、メルヘンチック・ラブコール!』」

 妖仙獣 凶旋嵐 攻2000→1000

 デビル・ヒールともどもすっかりおなじみとなった、攻撃力ダウンの恋の魔法が獣人を包む。しかし、今回行われる処理はそれだけでは終わらない。

「『さらにプリティ・ヒロインがモンスターゾーンにて破壊された時、すぐれた語り部でもある彼女は新たな演目をしるべとして場にセットすることが可能となります。私の宣言する次の演目はこのカード、魔界台本「オープニング・セレモニー」!』」
「鎌参太刀の効果。妖仙獣が戦闘ダメージ与えた、1枚サーチ行う。妖仙獣……響き返せ、木魅(コダマ)!」
「『木魅……?』」

 ここで予想外の一手に不意を突かれたのが、鳥居である。彼は鎌参太刀の効果を知っており、サーチ効果を止めるすべがない以上ここは必要経費と割り切るつもりでいた。だがそのサーチ先は万能カウンターである妖仙獣の秘技、あるいは攻撃反応の手札誘発である大幽谷響といったカードだろうと読んでいたのだ。相手ターンでは特に何かができるわけでもなく、手札に置いておく意味も限りなく薄いあのカードを、ロベルトは迷う様子もなくわざわざこのタイミングでサーチした。その理由は、真意はどこにあるのか。
 しかし、彼にそれを長々と考える余裕はない。刻一刻と変化するデュエルの最中、急に立ち止まって相手の考えを長考するなどエンターテイナーとしては論外だ。まして彼のスタイルは、常に動き続けるアドリブばかりの即興劇。考え続けることを辞めるのは勝負を捨てるのも同然だが、エンタメを捨てることもまた彼にとってはそれと等しい意味を持つ。結局彼は結論を出すのを後回しにし、サーチ後に何をしてくるのかに神経を集中させる。

「凶旋嵐、鎌参太刀はお前のモンスターに勝てない。カードを2枚伏せる、ターンエンド」

 妖仙獣 右鎌神柱 スケール11→5

「『エンド?……なるほど、ようやく私にも読めてきましたよ。チャンピオンの手札はこれで残り1枚、そしてそれがモンスターカードの木魅であることは揺るがない事実。つまり今伏せられた2枚のカードのうち、どちらか片方は何らかの手札コストを要する罠、あるいは速攻魔法といったところでしょうか』」

 木魅は、妖仙獣の中でも珍しい特色として墓地から発動できる誘発効果を持ち合わせている。それはつまり言い換えれば、テーマ内で最も手札コストに適したカードということだ。そう考えれば、なぜ今のターンに選んだのかの説明もつく。どうやらあの伏せカード、手札を捨ててでも発動したいようなよほど強力な見返りを持つカードらしい。肝心のロベルトは沈黙を保ったままだが、代わりに風がごう、と吹いた。独眼の紅龍の全身がつむじ風に包まれて、来た時と同じように天へと昇っていく。

「ターン終了時、特殊召喚された独眼群主は手札戻る。鎌参太刀は特殊召喚された、だから手札戻らない」

 ターンの終わりごとに、手札に戻る。この特色こそが鳥居の【魔界劇団】とロベルトの【妖仙獣】の複雑な力関係を生み出す要因であり、最初に彼のデッキがそれであると知った時に微妙な反応をした理由でもある。もっともそこにはそれらしい顔して自分は相性有利などとほざいていた上司の顔を思い出したせいも、無論あるのだが。
 まず魔界劇団側の強みとしては、毎ターン手札に戻り盤面がリセットされる妖仙獣は再び展開するためにいちいちモンスター効果を発動する必要があり、それがつまりファンタスティックシアターのいい書き換え先であることを意味している。またペンデュラム全体の特色である大量展開と一斉召喚は、同じくテーマの特色であるバウンス能力に対してある程度は強く出ることができる。
 しかしだからといって一方的有利と言い切れないのが、まさにこの手札に戻る能力の存在である。切り札である魔王の降臨をはじめ魔界台本はどれも手札に逃げたカードに対しては手出しができず、団員の中にもそこに干渉できるモンスターはいない。あくまで魔界劇団は観客(あいて)がいる舞台でこそその実力を完全に発揮できるテーマであり、空っぽのフィールドが相手だと微妙にその力も空回りしてしまうのだ。
 どちらが有利で、どちらが不利なのか。きわどいバランスで成り立つ両テーマの関係は複雑怪奇そのものであり、だからこそ使い手の腕が如実に表れる。

「『それでは皆様お待たせしました、私のターン!』」

 ここで鳥居は残る魔界劇団から強力なリンクモンスターであるヘビーメタルフォーゼ・エレクトラムをリンク召喚してさらに場を整えることも、あるいはさらに高リンクのモンスターを呼び出すこともできた。しかしそれをためらわせるのが、ロベルトが伏せた2枚のカードである。先ほども彼の頭をよぎった万能カウンター、妖仙獣の秘技。もしあのカードをこちらの展開に対しぶつけられた場合、目も当てられないことになるのは容易に予想が付いた。

「『まずは、そうですね。先ほどの攻防はあくまでも本編開始前のプロローグ、いよいよ物語の動き出すオープニングと参りましょう。守備表示だったサッシー・ルーキー及びワイルド・ホープを2体とも攻撃表示に変更し、ビッグ・スターの効果発動!デッキから魔界台本1冊をフィールドに直接セットします』」
「……」

 ロベルトの答えは、沈黙。伏せカードに妖仙獣の秘技があるという恐れがそもそも彼の杞憂なのか、あるいはビッグ・スターの効果ならば通してもよいとの判断か。まだ、判断材料は出揃っていない。

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 守1000→攻1700
 魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200→攻1600

「『そして私が選択いたしますは、2枚目の魔界台本「オープニング・セレモニー」!ですが、こちらの開演はもう少し後といたしましょう。路傍に佇む要石、魔界劇団-エキストラを召喚。よろしければ、そのまま効果へと移らせていただきます。自身をリリースすることで、デッキから異なる演者を私の空いたPゾーンに直接発動!ただしこのターン、私は魔界劇団以外の特殊召喚が行えません』」
「……」

 魔界劇団-エキストラ 攻100

「『ここで呼び出しましたるはスケール8、酸いも甘いも知り分けた古老。ダンディ・バイプレイヤーをセッティング!』」

 ペンデュラムカードを張り直したことで、最初にセッティングされていたデビル・ヒールと合わせて描かれたスケールは1と8。しかしこれにも、ロベルトは動かないままの姿勢を維持していた。まるで何かのタイミングを待っているかのような沈黙にやや引っかかりを覚えるも、だからといって彼にできることがあるわけではない。

「『それでは参りましょう、ペンデュラム召喚のお時間です。先ほど手札に戻りし魔王、魔界劇団-ビッグ・スター!そしてエクストラデッキから呼び出しますは、魅力あふれる魔法のアイドル。魔界劇団-プリティ・ヒロイン!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500
 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500

「『忘れぬうちにここで、たった今ペンデュラム召喚に成功したビッグ・スターの効果を発動いたします。このカードの召喚または特殊召喚の際、相手は魔法及び罠を発動することはできません。さらにダンディ・バイプレイヤーを利用してのペンデュラム召喚に成功した際、私は舞台袖たるエクストラデッキからレベル1、または8の魔界劇団1体を手札へと呼び戻すことが可能となります。再びエキストラを手札に!』」

 小太りの小さな老人がトランペットを明るく吹き鳴らすと、対となるペンデュラムゾーンではデビル・ヒールがどこからともなく取り出したシンバルを調子よく打ち鳴らす。簡易的なセッションの音楽に、ファンタスティックシアターの内部から目は見えない裏方の楽団がさらに調子を合わせて音色を奏でる。

「『素晴らしき演奏に拍手を。そして先ほどビッグ・スターの手によって伏せられましたこのカードを発動いたしましょう、魔界台本「オープニング・セレモニー」!私のフィールドに存在する魔界劇団1体につき、500のライフを回復いたします』」

 カラフルな花火が一斉に上がり、場に残った演者たちが賑やかな音楽を背後に観客たちに手を振って開演の挨拶を行う。これで彼が先ほど受けたダメージは帳消しとなり、それどころか莫大なおつりまで帰ってきた計算になる。2体の魔妖仙獣に圧倒されていた観客も、この華やかな舞台挨拶でまた少し関心を取り返すことに成功した。

 鳥居 LP3000→6000

 とはいえ、ライフ差が付いたからといって彼に安心できる要素が増えたわけではない。6000のライフは確かに高い数値ではあるが、2体の魔妖仙獣が本気を出しさえすればいまだ即座に吹き飛ぶような数値でしかない。そしてここまでの動きに一切の邪魔が入らなかったことで、またしても選択の余地が生まれた。すなわちここでバトルフェイズに入るのか、それともペンデュラム召喚した方のビッグ・スターの効果を先に使うかの2択である。
 少し迷った末、彼はもう少しだけ慎重に戦いを進めることにした。下手に魔王の降臨を持ってこずともこのモンスターたちによる一斉攻撃が通りさえすればロベルトのライフは十分0になる、ということも大きい。

「『では最後に、モンスターとしてのワイルド・ホープの効果を発動。1ターンに1度そのターンの間、場に存在する魔界劇団1種類につき100ポイントだけ攻撃力をアップします。そして私の場の魔界劇団は、恐るべき分身の秘術により2体に増えましたビッグ・スターを含めた計5種類。チェンジパワー・バレット!』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻1600→2100

「『お待たせいたしました、場面変わりまして我々の反撃!バトル、ワイルド・ホープで……』」
「バトルフェイズ?時は来た。速攻魔法、妖仙獣の風祀り!妖仙獣モンスターカードが3枚以上、その中のモンスター全てバウンス。さらに、手札5枚になるようドローする」

 ロベルトのフィールドに妖仙獣モンスターは凶旋嵐、そして鎌参太刀の2体しかいない。しかし風祀りのカードが発動条件に指定するのは妖仙獣「モンスターカード」であるため、今は魔法カードとして場に存在してもその本質はモンスターである右鎌神柱、そして左鎌神柱もその数としてカウントされる。それでいてバウンスされるのは妖仙獣「モンスター」、つまりモンスターとして場に出ている2体だけ、ということになる。

「『ですがいくら手札を増やそうと、そのカードを使えばチャンピオンのフィールドはがら空きになってしまいますが……』」
「当然、計算済み。速攻魔法、マスク・チェンジ・セカンド!手札1枚捨て、風属性モンスターの凶旋嵐を対象として墓地に。属性の等しいM・HERO(マスクドヒーロー)を呼ぶ。変身召喚、M・HERO カミカゼ!」

 木魅が墓地へと送られ、凶旋嵐が風と共に飛び上がる。空中で懐から取り出した鳥めいた仮面をかぶると、ボロボロの装束とは打って変わって清潔感漂う純白のマントが、そして明るい緑色の戦闘スーツがその身を包み込んだ。

 M・HERO カミカゼ 守2000

「『変身……召喚……!』」

 読み切れなかったことに、小さく歯噛みする。彼が「手札コストの必要な伏せカード」についてマスク・チェンジ・セカンドにまで考えが至らなかったことを責めるのは、果たして酷だろうか。
 少なくとも、彼自身はそうは思わなかった。確かに【妖仙獣】はあまり混ぜ物に適しておらず、使う場合はなるべく純構築でのデッキが好ましいとされるテーマである。しかしロベルト・バックキャップ、後ろ帽子(バックキャップ)のロブは、あの糸巻と同じ元プロデュエリストだ。プロのデッキは混ぜ物が多い……奇しくも彼女自身がつい先ほど刺客に対して諭した言葉は、鳥居自身も幾度か聞いて来た覚えがある。それでも、その存在にまで考えが至らなかった。それは、彼にとっては不覚以外の何物でもない。しかもあのカミカゼは戦闘破壊されない効果を持つため、強引に力技で押し通す手も使えない。

「『ならばメイン2に移行し、もうひとりのビッグ・スターの効果をついに発動。今回紡がれし演目名は、魔界台本「魔界の宴咜女」!』」

 彼が選んだカードは、先ほども彼の大ピンチを救った魔界台本。しかし彼の狙いは、もはやそこではない。

「『ですがこの台本、今回は先ほどまでとは一味違う筋書きを皆様にはお見せいたしましょう。セット状態から永続魔法、魔界の宴咜女を発動。このカードは1ターンに2度まで魔界劇団をリリースすることで、墓地に存在する他の演目をアンコール上演、すなわち私のフィールドに再びセットすることが可能となるのです。まずはサッシー・ルーキーをリリースし、魔王の降臨を再セット。さあ、再び開かれるその台本の力によって魔王の威光をもう1度天下に知らしめる時がやってまいりました!魔王の降臨を発動、魔王ビッグ・スターをはじめとしデビル・ヒール、プリティ・ヒロイン、ワイルド・ホープの4種類の魔界劇団が存在することで私の破壊できるカードは4枚まで、よって右鎌神柱、左鎌神柱、カミカゼの3枚を破壊!』」

 カミカゼはどうにか処理したものの、厄介なサーチ能力を持つ鎌参太刀に逃げ切られてしまったことは大きい。しかも風祀りにチェーンして手札の木魅と場の凶旋嵐が同時に墓地へと送られたことで、その枚数だけドローしたカードの枚数も余分に増えている。
 ちなみに右鎌神柱、及び左鎌神柱に関しては、元々妖仙獣の神颪によって発動されたカードであるためにこのターンの終わりが来れば自壊する。あまり戦術的に意味のある行為だとは言い難いが、だからといって何かを損したわけではない。それは彼にとって、なけなしの抵抗だった。

「『そして、手札に残る最後のカードをセット。これで、私はターンエンドです。そしてこの瞬間、ビッグ・スターの効果により場に置かれた魔界の宴咜女は墓地へと送られます』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻2100→1600

「俺のターン。魔法発動、妖仙獣の神颪。このターンもデッキから2枚を発動、そのまま効果でスケール上げる。もう1度出でよ右鎌神柱、再び応えよ左鎌神柱!」

 妖仙獣 右鎌神柱 スケール5→11

 まるで何事もなかったかのように破壊されたはずの一組の鳥居が甦り、先ほどのリフレインのようにそのスケールが大きく動く。これで再び、レベル10を誇る魔妖仙獣を呼び出すための準備が整ったことになる。
 しかし、前回に不意を突くことで大きくその目論見を崩したファンタスティックシアターはすでに存在が見えている。当然、あの時と同じ展開だけで終わるはずもなく。

「妖仙獣 鎌参太刀を召喚。召喚成功時、同名以外の同胞を通常召喚できる」
「『くっ……ファンタスティックシアターは、最初に発動した効果を強制的に書き換えます』」

 妖仙獣 鎌参太刀 攻1500

 鳥居の伏せカードは、2枚。そのうち1枚はプリティ・ヒロインの効果でセットしたオープニング・セレモニーであることが公開情報として開示されており、もう1枚の後から伏せた1枚はロベルトにはわからない。わずかな間が空き、ロベルトが破壊を選んだのはオープニング・セレモニーのカードであった。鎌参太刀の放り投げたどんぐり製の独楽がその上にふわりと乗り、高速回転の後にそのカードごと小規模な爆発を起こす。

「『そして私のエクストラデッキに表側の魔界劇団が存在し、セットされた状態から破壊されたオープニング・セレモニーの効果を発動。私の手札が5枚になるよう、カードをドローします。嗚呼なんということでしょう、これは単なる偶然の一致なのか、あるいはなんらかの運命だとでもいうのでしょうか?これはまさに先ほどチャンピオン自身が使用した妖仙獣の風祀りと同じ「手札が5枚になるまで」ドローを行う効果です』」

 一気に潤沢となった手札を互いに抱え、相手の次の出方に目を光らせる。彼は運命論者ではないが、ある程度の筋書のようなものが人生にあるとは感じていた。その中の1つがこの戦いなのかは、いまだ判別つかなかったのだが。

「墓地の木魅、効果発動。このカードを除外、手札の妖仙獣を通常召喚。妖仙獣……吹き抜けろ、侍郎風(サブロウカゼ)!」

 編み笠がやたらと特徴的な、和装には珍しい金髪の獣人が特に意味もなく天を指さしたポーズで現れる。もっとも、特に意味もなく天を指すのは彼の操るビッグ・スターも似たようなものであるのであまり人のことを言えた立場ではないのだが。

 妖仙獣 侍郎風 攻1700

「他の妖仙獣がいる時、侍郎風召喚。この瞬間効果により、妖仙獣のペンデュラムをサーチ。レジェンドコンボ・ワン!来たれ、独眼群主!」
「『なんということでしょう、またしても手札に加わるは先ほどもフィールドへと降り立った魔妖仙獣の双璧、その名も独眼群主!烈風の神域より再び降臨の準備を着々と進める妖獣軍団に対し魔界劇団、これをどう立ち向かうのか?』」
「侍郎風の更なる効果発動!フィールドの妖仙獣を選択、デッキから特定のカード2枚から1枚を選ぶ。それをフィールドに表側で置き、最初のカードをデッキへ戻す。レジェンドコンボ・ツー!左鎌神柱を対象に発動せよ、妖仙郷の眩暈風!」
「『永続トラップをフィールドに伏せることなく直接発動する効果!演者たちの周りを、気が付けば不吉な風が巻き起こっております!この圧倒的攻勢を前に、どのように彼らは耐えきるというのでしょうか?運命の瞬間は、もうすぐ訪れます。どうかごゆるりと、このままにお楽しみください』」

 言葉とは裏腹に、鳥居は自分の浮かべたその笑顔がぎこちなくなってきているのを感じていた。このターンだけなら、まだどうにかなる。だが、妖仙郷の眩暈風がこのタイミングで飛んでくるのはさすがにまずい。

「手札から3度目の左鎌神柱を、レフトPゾーンにセッティング。ペンデュラム召喚!」

 これまでで最大の規模を誇る大怪風が、天から地上に向けて叩きつけられる。鳥居は寸前で大きく後ろに飛んで壁にぴったりと背をつけたために再び上空に巻き上げられるような事態こそ防いだものの、それでも壁と風に前後から押さえつけられて息ができなくなるほどの力に襲われる。

「逢魔が刻。妖魔の神域脅かされし時、その怒り星々さえも揺るがす大怪風となる!魔妖仙獣……吹き荒れよ独眼群主(ヒトツメノムラジ)!解き放て大刃禍是(ダイバカゼ)!そして巻き起これ、妖仙獣 閻魔巳裂(ヤマミサキ)!」

 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000
 魔妖仙獣 独眼群主 攻2000
 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000
 妖仙獣 閻魔巳裂 攻2300

「『これだけの上級モンスターを同時にペンデュラム召喚……!これはチャンピオン、本気で勝負を決めに来たということでしょうか!』」
「独眼群主、大刃禍是、閻魔巳裂の効果を同時に発動!独眼群主でモンスターゾーンのデビル・ヒールを。大刃禍是でそれぞれビッグ・スター2体とワイルド・ホープ及びプリティ・ヒロインを手札に戻す……だがこの瞬間、妖仙郷の眩暈風の効果!このカードが存在する、よって妖仙獣以外のモンスターに対するバウンスはすべてデッキバウンスと書き換えられる……妖仙ロスト・トルネード!」
「『これは魔界劇団、最大のピンチ!ペンデュラムモンスターにバウンスは効果があまりありませんが、デッキバウンスともなれば話は別でございます。眩暈風に誘われてふらふらとデッキに帰ってしまう彼らを正気に返すすべは、果たしてあるのでしょうか?その答えはイエス、です!速攻魔法、魔界台本「ロマンティック・テラー」を発動!』」

 最後の伏せカードが表を向いた瞬間、フィールドに地面から巨大な石造りの塔が生える。荒ぶる風にもびくともしない堅牢なその塔の上部に空いた窓から、いつの間にかドレス姿となっていたプリティ・ヒロインがよほど自分の格好にご満悦なのか喜色満面の笑みで顔をのぞかせた。そしてその視線の先にはこういう舞台は苦手なのか、見るからにげんなりした顔で薔薇の花束を手に糊のきいたスーツ姿を風になびかせるサッシー・ルーキーの姿が。
 飛び上がった彼はそれでも台本通りに塔を駆け上ってその窓までたどり着き、半ば押し付けるようにして囚われの姫役に花束を手渡す。ロマンスの欠片もない相手役の態度にやや不満げな表情のヒロインはそれでもオーバーリアクションで喜びをあらわにしてみせ、そのままとんでもない怪力でとっとと帰りたがるサッシー・ルーキーを塔の中に引きずり込む。しかしその数秒後にはスーツを脱ぎ捨てていつもの格好に戻った当の騎士役が、また窓から外へとすたこらさっさと逃げ出していく。そんなことをしているうちに、すっかり風は凪いでいた。

「『ロマンティック・テラーは発動時に私の場から魔界劇団を1体手札に戻し、その後エクストラデッキから異なる魔界劇団を守備表示で特殊召喚する能力を持ち合わせた当劇団には珍しいロマンス重視の作品。もっともこの騎士役は、自身の役に若干の不満があるようでしたがね。エクストラモンスターゾーンに存在したプリティ・ヒロインを手札に戻し、先ほどリリースされたサッシー・ルーキーを特殊召喚!』」

 魔界劇団-サッシー・ルーキー 守1000

 ほとんどのモンスターがデッキに戻ってしまうも、ギリギリのサクリファイス・エスケープでどうにかフィールドが空になることだけは防いだ鳥居。しかしまだロベルトのフィールドには、もう1体のペンデュラム召喚された妖仙獣が存在する。鬼の角を生やす大柄な僧衣の獣人が、包丁のような形をした恐ろしく巨大な刀を片手で軽々と地面に叩きつけて旋風を巻き起こした。

「閻魔巳裂がペンデュラム召喚に成功した、効果発動。相手フィールドのカードを1枚破壊、対象はファンタスティックシアター!』」
「『度重なる嵐に耐え切れず、ついに魔界劇場が崩れ落ちてしまいました!それでも我々は決して挫けません、この最終幕を閉じきるまでは!』」
「このターンで、幕は落ちる。私が落とす。独眼群主の効果!カードが手札及びデッキに戻ったことで、妖仙獣パワーアップ!」

 3体もの魔妖仙獣の怒りにより、このターンデッキに戻ったカードは鳥居の4体。1枚につき500もの強化が、エクストラモンスターゾーンも含め6つのモンスターゾーン全てを埋め尽くしたロベルトの妖仙獣を劇的にパワーアップさせていく。

 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000→5000
 魔妖仙獣 独眼群主 攻2000→4000
 魔妖仙獣 大刃禍是 攻3000→5000
 妖仙獣 閻魔巳裂 攻2300→4300
 妖仙獣 鎌参太刀 攻1500→3500
 妖仙獣 侍郎風 攻1700→3700

「閻魔巳裂でサッシー・ルーキーに攻撃、鞍馬山おろし!」

 巨体の重さを感じさせない軽々とした動きで、必殺の凶刃が迫る。振り切られる最中、その刀身に風がまとわりついて渦を巻くさまが鳥居にはくっきりと見えた。

「閻魔巳裂が風属性以外とバトルする。その時、ダメージステップ開始時に相手は破壊される」
「『ならばこちらも、サッシー・ルーキーの効果を発動!このカードは1ターンに1度のみ、戦闘及び効果によっては破壊されません!』」
「無論。だがこの効果はダメージ計算前、続く戦闘破壊は受けきれない」

 その言葉通り、振りぬかれた刀によってサッシー・ルーキーの細い体はいとも簡単に吹き飛ばされる。そのまま後ろまで吹き飛ばされたその体は、派手な破壊音と共に壁にぶつかってクレーターを作った。

 妖仙獣 閻魔巳裂 攻2300→魔界劇団-サッシー・ルーキー 守1000(破壊)

「『まだです!サッシー・ルーキーがモンスターゾーンにて破壊された時、その効果を発動!デッキからレベル4以下の仲間を選び、私のフィールドに特殊召喚いたします。残念ながらプリティ・ヒロインは既に私の手札におりますゆえにその呼び声に応えることはできませんが……ワイルド・ホープを特殊召喚!』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200

「無駄な抵抗。鎌参太刀で攻撃!」

 妖仙獣 鎌参太刀 攻3500→魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200(破壊)

「『ワイルド・ホープが破壊されたことで、効果発動!デッキから魔界劇団を選択し、手札へと加えます。今回私が選ぶのはスケール8にて波乱巻き起こすアドリブの達人、魔界劇団-コミック・リリーフ。さらに私のペンデュラムモンスターが戦闘破壊されたことにより、手札からメロー・マドンナの効果を発動!仲間を弔う鎮魂歌を奏でるために、このカードを特殊召喚いたします。我らが誇る世界の歌姫、魔界劇団-メロー・マドンナ!そしてその攻撃力は、墓地に存在する魔界台本1冊につき100アップ!』」

 魔界劇団-メロー・マドンナ 守2500 攻1800→2300

 サッシー・ルーキー、ワイルド・ホープ、そしてこのメロー・マドンナ。切れ目なく続く戦線が、辛うじて直接攻撃から鳥居を守り続けていく。まさに綱渡りでの攻防に、あきらかにロベルトは痺れを切らし始めていた。

「だが守備力2500、壁としても不足。侍郎風でさらに攻撃!」
「『確かにこのままでは、いまだ後ろに控える魔妖仙獣の恐るべき猛攻をしのぎ切ることは不可能でしょう。しかしそれは、あくまでも魔界劇団の独力に限っての話。それではここで、特別ゲストのご登場です!』」
「ゲスト……?」

 何かを感じ取り、不愉快そうに眉をひそめるロベルト。刀を手に風と共に駆け抜けてメロー・マドンナを切りつけに迫っていた侍郎風の斬撃は、しかしそのドレスに届くことなく空を切った。慌てたように編み笠を持ち上げて視界を広げ獲物を探す侍郎風の頭上に、ふっと黒い影が差す。慌てて上を見た獣人が目にしたのは、手にした杖を空中に浮かべてそれに片手で掴まり、もう片方の手でメロー・マドンナの手を掴み空中に引き上げた長身の魔法使いの姿だった。

「『それではその名をお呼びしましょう、彼こそは稀代の大スペクタクルサーカス団、EM(エンタメイト)からいらっしゃった特別ゲスト。EMオッドアイズ・ディゾルヴァーの登場です!』」

 妖仙獣 侍郎風 攻3700→魔界劇団-メロー・マドンナ 守2500
 EMオッドアイズ・ディゾルヴァー 守2600

「オッドアイズ・ディゾルヴァー……!」
「『その通り。オッドアイズ・ディゾルヴァーはペンデュラムモンスターが戦闘を行う際に手札から特殊召喚を行うことができ、さらにその戦闘によってはトリガーとなったモンスターが破壊されなくなる効果を持ちます。よって、侍郎風との戦闘から歌姫メロー・マドンナは守られました!』」

 悔しそうに地団太を踏みながら侍郎風が引き返す風景を背後に、魔術師が歌姫をそっと地面に下ろす。しかし、そんな彼らに対し真の暴風が唸りをつけて今まさに襲い掛からんとしていた。

「独眼群主でメロー・マドンナ、大刃禍是でオッドアイズ・ディゾルヴァーに攻撃!」

 魔妖仙獣 独眼群主 攻4000→魔界劇団-メロー・マドンナ 守2500(破壊)
 魔妖仙獣 大刃禍是 攻5000→EMオッドアイズ・ディゾルヴァー 守2600(破壊)

「これで、全ての壁は消えた。大刃禍是、ダイレクトアタック!」

 魔妖仙獣 大刃禍是 攻5000→鳥居(直接攻撃)
 鳥居 LP6000→1000

「『ぐ……ぐわああぁーっ!!』」

 力業でこじ開けられたフィールドに、今コロシアムで発生した中でも最大級のダメージである5000もの攻撃力が圧倒的な暴力として振り下ろされる。叫んだのは痛みからではなく、叫びでもしないとそのまま意識が消えて最悪目覚められなくなりかねないという本能的な恐怖からの防衛手段だった。

「『あ……ぐ……げほっ!げほっ!』」

 ぼろ雑巾のように床に叩きつけられ、勢い余ってさらにバウンドしてまた叩きつけられる。どうにか止まったところで手をついて必死に起き上がろうとするも、手足にうまく力が入らないうえに散々吹き飛ばされたことによるカラの吐き気に脳を揺さぶられてまたしてもその場に崩れ落ちる。それでも必死になって床を這い、自身の作り出した光の柱……ペンデュラムスケールにしがみつくようにしてどうにか体を持ち上げる。

「『ぐ……ぐぎぎ……ぐ……!まだ……まだ、です……!まだ、私のライフは、尽きてはいません……!さあ、舞台を、続けましょう!』」
「……承知。鎌参太刀の効果。妖仙獣がダメージを与えた、よってデッキから妖仙獣の秘技を手札に。カードを伏せてターンエンド。そして特殊召喚された独眼群主、大刃禍是、閻魔巳裂。通常召喚された鎌参太刀、侍郎風の効果発動。すべて手札に戻る」

 フィールドを埋め尽くしていた6体のモンスターが、嘘のように風と共に消えていく。今度フィールドが空になったのは、このターンに決めきることのできなかったロベルトの方だった。デュエリストならではの回復の速さでどうにかその隙に体勢を立て直した鳥居が、今にも倒れそうに膝を震わせながらも自分の足だけで再び立ち上がる。

「『いよいよ勝負も大詰め、クライマックスが近づいてまいりました。これが最後のドローとなるか、はたまた次のターンに再びあの嵐のような軍団が今度こそ私にとどめを刺すのか。もう同じ防御の手は使えません、いずれにせよこれが正真正銘のラストターンと相成りました。いまだ無傷のチャンピオンのライフをこのターンが終わるまでにすべて奪わぬ限り、私に勝ちはございません』」

 言いながら、デッキトップに手をかける。そして、その言葉に嘘はない。そもそもが、結果論とはいえ今のターンを凌ぎ切れたこと自体が奇跡のようなものだ。もしロベルトがフィールドに存在したモンスターの全デッキバウンスを狙わずに1体でも攻撃表示のまま残しておいていたら、いくら防御を繋ごうとも超過ダメージで鳥居のライフは尽きていただろう。
 そして彼は、それを偶然とは捉えない。むしろその小さな奇跡をこのターンに繋がる勝利への前兆と捉えているからこそ、その意識を手放すことなく力強くカードを引く。

「『それでは皆様ご覧あれ……ドローっ!』」

 そして引き抜かれる、最後の一枚。そんな彼の腕の動きを会場中が固唾を呑んで見つめていることを、心のどこかで感じていた。いまやこの会場の中心にいるのは元プロとしての長い経歴と実績を持つチャンピオン、後ろ帽子(バックキャップ)のロブではなく、ほぼ無名の劇団にいた元子役でしかない鳥居だった。

「『永続魔法、魂のペンデュラムを発動!このカードは私がペンデュラム召喚を行うたびにカウンターを乗せ、カウンター1つにつき私のペンデュラムモンスターは攻撃力が300アップいたします。そしてこの場に張り巡らされしペンデュラムスケールは、1と8。よってこのターンもまた、レベル2から7のモンスターを同時に召喚可能!長かったこの最終幕もいよいよフィナーレの時を迎えます、最後まで目を離さぬよう心よりお願いいたします!』」

 そして行われる、ペンデュラム召喚。演者たちが、最後の出番に取り掛かる。

 魂のペンデュラム(0)→(1)

「『まずはエクストラデッキより、数字を操る凄腕のガンマン。魔界劇団-ワイルド・ホープ!』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻1600→1900

「『そして手札より魅力あふれる魔法のアイドル、魔界劇団-プリティ・ヒロイン!波乱を起こすアドリブの達人、魔界劇団-コミック・リリーフ!まばゆく煌めく期待の原石、魔界劇団-ティンクル・リトルスター!』」

 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500→1800
 魔界劇団-コミック・リリーフ 攻1000→1300
 魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1000→1300

「『そしてもちろん、この方を忘れるわけにはいきません。当劇団における栄光ある座長にして、永遠の花形……魔界劇団-ビッグ・スターです!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500→2800

「『ワイルド・ホープの効果を発動、チェンジパワー・バレット!4種類の魔界劇団が存在することで、その攻撃力は400アップいたします』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻1900→2300
 
 本来ならばこのターンも魔王の降臨をビッグ・スターの効果で取り寄せ、フィールドに残る右鎌神柱と左鎌神柱をきちんと露払いしたうえで攻撃するのが彼の流儀である。だがそれをさせないのが、ロベルトの場に伏せられているはずの妖仙獣の秘技の存在である。妖仙獣以外のモンスターが存在せず、かつフィールドに妖仙獣カードが存在するときのみ発動可能な万能カウンターをビッグ・スターに使われては、さすがに勝利も望めそうにない。神域へ続く神々の通り道は放置して、その奥の使い手に狙いを定める。

「『それではいよいよ正真正銘のクライマックス、最終幕はラストシーンと参りましょう!プロローグにて世界を支配していた恐るべき魔王ビッグ・スターとその愉快な仲間たちは長き時を経て紆余曲折の末に失われた力全てを取り戻して現世への帰還を果たし、神風の神域との最後の戦いに決着をつけに参りました。先陣を務めるはコミック・リリーフ、まず最初のダイレクトアタックです!』」

 魔界劇団-コミック・リリーフ 攻1300→ロベルト(直接攻撃)
 ロベルト LP4000→2700

 セオリー通りに行われる、攻撃力の低いモンスターからの攻撃。それが通った時、ふと鳥居は妙な感覚を覚えた。何がおかしいというわけではない。ただロベルトの態度がこれから敗北を受け入れようとしている人間のそれに見えない、そんな気がしたのだ。

「『……?ティンクル・リトルスター、続けてダイレクトアタック!』」

 魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1300→ロベルト(直接攻撃)
 ロベルト LP2700→1400

 しかし、この攻撃にもロベルトは反応しない。

「『プリティ・ヒロイン!』」 
「手札から妖仙獣の閻魔巳裂を捨てる。これにより、このカードを特殊召喚する!妖仙獣……轟け、大幽谷響(オオヤマビコ)!」

 妖仙獣 大幽谷響 守?

 天を突く山のように巨大な、妖仙獣最後の守りの要。その攻守の数値は叫びをそのまま跳ね返すやまびこの名の示す通り、相手によって目まぐるしく変化する。

「大幽谷響の攻守は、戦闘する相手の元々の攻撃力と常に同じ。最も……」
「『私のモンスターはすべて、魂のペンデュラムにより強化されている、ですか。攻撃は止めず、このままプリティ・ヒロインで大幽谷響に攻撃!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻1800→妖仙獣 大幽谷響 守?→1500 攻?→1500

「左鎌神柱、ペンデュラム効果!妖仙獣の破壊、身代わりとする!」

 攻撃力で劣る大幽谷響はしかし、星型の魔法弾を受けてなお耐えきった。変わらずそびえ立ち両手を広げてとおせんぼするその巨峰に、ガンマンがその銃を両手で構えて狙いを定める。

「『ワイルド・ホープで続けて攻撃!』」

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻2300→妖仙獣 大幽谷響 守?→1600 攻?→1600(破壊)

「大幽谷響が破壊、妖仙獣1体サーチ。来い、独眼群主!」

 そして手札に加わったのは、このデュエルの始まりからずっと彼を苦しめてきた独眼の紅龍。しかし、その偉容が再びフィールドに現れることは、ない。

「『これにて終演、ここまでのご観覧誠にありがとうございました。魔界劇団-ビッグ・スターでダイレクトアタック、フルスロットルオベーション!』」

 ビッグ・スターが飛んだ、飛んだ。三角帽子を風に揺らし、その細い手足が猛スピードできりもみ回転してのドリルさながらの飛び蹴りが天空高くから強襲する。最終幕は、花形の手によって閉じられた。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500→ロベルト(直接攻撃)
 ロベルト LP1400→0





『き……決まったぁーっ!まさかまさかの大波乱、優勝はチャレンジャー、鳥居浄瑠だぁーっ!』

 スピーカーから声が響き、1瞬の沈黙。次の瞬間、会場全体が揺れたかと見まごうほどに観客が湧いた。鳥居の勝利に賭けて莫大な配当金を手にしたごく少数、ロベルト勝利の当てが外れて大損が確定した者、賭けには参加せずにただデュエルを楽しみにしていた者……様々な悲喜こもごもの感情が爆発するも、その反応はやがてひとつに纏まっていった。いったい誰が最初に始めたのか、最初は小さかった2人の勝負をたたえる拍手が、やがて全体に広がっていったのだ。
 そしてそんな全方位から浴びせられる拍手を受けてほとんど反射的に深々とした礼を返しながらも、鳥居は自身の目頭が熱くなるのを感じていた。これがかれこれ10年以上ずっと味わう機会のなかった、もはや記憶の中だけの皆を楽しませるデュエルの形。

「う……!」

 そんな彼の視界の端に、うめき声と共に起き上がろうとするロベルトの姿が見えた。そのトレードマークである後ろ向きの帽子は、あれだけのデュエルを経てもなお頭から外れる気配はない。

「チャンピオン!」

 近寄って手を差し出し、巨人が起き上がる手助けをする。その手を掴んで頭を振りつつ起き上がったロベルトもまた割れんばかりの拍手を見渡し、小さく微笑んで一礼する。

「見事。俺も現役と比べ腕は鈍っている、だがお前は強い、それに変わりない。生まれる時代が違えば、立派なプロになれた男だ」
「あいにくだけど、プロ入りには興味がないんですよね」

 肩をすくめてそう返すと、何がおかしいのか轟くような大声で体を反らせて笑い出すロベルト。その発作が落ち着くまでには、30秒近い時間が必要になるほどだった。

「とぼけるな、お前は表舞台に立つ。そうすべき男だし、実際そうだったはずだ。あの場慣れした雰囲気は、素人に出せるものではない」
「……さて、なんのことやら」
「まだとぼけるか?まあいい、今日は楽しかった。これは礼だ」

 あまり深く追及は行わず、代わりにロベルトが取り出したのは1枚のカードだった。差し出されたそれを見た鳥居が、思わずその顔を見上げて問い返す。

「こ、これって?」
「このカードをどう使うか、俺の感知するところと違う。使いたければ使えばいい、そうでなければ仕舞うなり売り払うなり、自由だ。だが俺はお前が戦士として気に入った、これはその敬意の証だ」
「あ、ありがとう……ござい、ます?」

 戸惑いながらも受け取ると、その反対の手をいきなり掴んだロベルトがおもむろにその手を上に掲げる。されるがままに手を高くあげさせられ混乱する鳥居の耳に、頭上から低いがよく通る彼の声が響いた。

「今回は俺の負けだ。この男に、もう1度祝福を!」

 チャンピオン直々の言葉に、より一層の拍手が巻き起こる。ふと最後の攻防についてどうしても聞きたくなり、他人に気取られないように小さく問いかける。

「そういや最後、どうして大幽谷響の効果を使ったんです?」

 例え大幽谷響と左鎌神柱のコンボで持ちこたえたとしても、魔界劇団の一斉攻撃を受けきれるほどではない。それは、ロベルト自身もよく分かっていたはずだ。にもかかわらず、彼は最後まで粘ろうとした。その理由を問おうとしたのだ……しかし、答えは鳥居にもすでに予想がついていた。それは質問というよりも、確認としての意味合いが強い。
 そして案の定、ロベルトはさも当然のことのような口ぶりで予想通りの答えを返す。それは鳥居好みの返答であり、そして彼の女上司もそう答えただろうことは容易に想像がついた。その部分において馬が合うからこそ、彼は口ではさんざん言いつつも彼女の部下としての地位に居座っているのだから。

「お前も知っているはずだ。最後の最後まで戦う、それがエンターテインメントだ」 
 

 
後書き
結局分割の話は身勝手ながらやめました。そもそも最初からそれを想定して書いているわけじゃないから切りどころがよくわからない不具合。 
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