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人理を守れ、エミヤさん!

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地獄の門へ (中)




 焚き火をし、火に当たりながら夜を過ごした。
 やはりネバダ州の夜は寒い。火を吹く魔剣を投影して篝火の火元にしていなければ、最悪凍え死んでいたかもしれない。防寒着や毛布を投影し、それにくるまって寝ていたが、これではとても快適とはいえなかった。
 小太郎が周囲に敵影が近づいてこないか夜通し警戒してくれていたが、結局一度も熟睡出来ず。浅い眠りは夜明けと共にすっかり醒めてしまう。陽が上がるなり、戦闘背嚢を背負い小太郎と連れ立ち北進を再開した。
 腕の通信機の時間の確認と、通信の試み、データの送信を行うも相変わらず反応はない。――いい加減認めるべきか。どうやらこの特異点と外部は時間の流れが大幅にずれているらしい。この調子だと、外部で二日が経つ頃には十年近くが経過している事になる。敵の狙いは……俺を人間の寿命で殺す事か? それ以外に考えられない。
 という事は、この特異点を俺が単独で攻略するのは絶対に不可能だという自信があるのだろう。例え何年かけても、何十年経とうと、絶対に俺では勝てないと……そう見切っている? そして外部で十日もすれば、俺は寿命で死んでいてもおかしくない。十五日もすれば確実に死んでいる。第四特異点で時間を稼ぐ算段だろう。

 俺は第四特異点を二日以内に攻略出来る自信があった。アルトリアの調子次第で半日以内での攻略も可能だろう。だがそれは、俺が作戦案をカルデアに伝えられたらだ。敵の思惑通りに行けば、恐らくカルデアは第四特異点で足止めされる。
 俺がいるのが第五であるなら、まだ辛うじてお爺ちゃんになるだけで済む。が、ここが第六特異点だったり、第七特異点であったりすれば、それだけで俺が老衰で死ぬのは確実となるだろう。
 アルトリアから貰った聖剣の鞘がある為、俺の老化が停滞しているのが魔神柱側にとっての計算違いだ。普通ならどんなに俺が人間として長生きしても、二十日もすれば確実に俺は死んでいるはずなのが、二十日経ってもまだまだ現役の肉体年齢を保持できる。それでも肉体的には初老か。精神年齢については考えないようにしよう。

 ……逆に言えば、何十年もこの特異点に、俺を閉じ込めておける自信が魔神柱にあるという事になる。

 嫌な予感しかしない。こういう時間を使った策は人間にはどうしようもないのだ。奇策が通じない領域の、極シンプルな力で原始的に押し潰して来るのかもしれない。それだったら確かにお手上げだ。そうでなくとも圧倒的な戦力があるなら、俺の老衰を待たずとも人理を完全に修復不能にまで持っていける。少なくとも今は、俺には抵抗し得ない。
 俺は最低でも、十年単位で魔神柱の侵攻を食い止め、カルデアが来援するまで持ちこたえるか、攻略してしまわないといけない事になる。やはり単独での活動は下策も下策だ。

 ……気が遠くなる思いだ。長期戦を想定する。

 案外味方に引き入れるサーヴァント次第で、魔神柱の思惑を超えられるかもしれないと希望的観測を抱きつつ。……それがほぼ不可能だと俺の経験が告げるのを無視した。その無意識の声に耳を傾けたら、流石に心が磨耗してしまいそうだ。
 思考が悪い方、悪い方に向かう。それに歯止めを掛ける為に頭を振って無心で歩いた。そうして何時間か淡々と歩いていると、ふと俺は右目を細める。霊体化して傍に付いてくる小太郎に、俺は冷淡に告げた。

「――敵影を視認した。距離10000」
「そんなに遠くまで見えるのですか?」

 ああ、と頷く。鷹の目と揶揄される俺の視力だと、四㎞先の橋のタイル数まではっきり見える。が、大雑把で良いのならその倍以上離れていても物体を視認するのは充分可能だ。と言ってもその場合、具体的な人数や背格好を識別するのは不可能だが。ぼんやり見える程度である。
 平野だ。小太郎に戦闘背嚢を預けて一旦下がってもらう。食糧と水の詰めた瓶が戦闘に巻き込まれては堪らない。安全圏に置きに行ってもらう。フィールドは平野だ、舌打ちする。身を隠す場所はない。

投影開始(トレース・オン)。――憑依経験共感終了。工程完了(ロールアウト)全投影、待機(バレットクリア)

 脳裡に広げた投影し慣れた宝具の設計図を魔術回路に装填し、大量の干将と莫耶を前方二十メートル四方に散らばるよう、剣先を上方から真下に向くように照準する。

停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)

 打ち出す干将莫耶は地面に突き刺さり、そのまま地面に柄頭まで食い込んだ。戻ってきた小太郎と手分けして地面から顔を見せている柄頭に砂を掛けて隠す。
 数秒待ち、前方からやって来る敵影が上げる砂塵の規模を小太郎も視認した。

「……主殿、敵軍勢およそ五百です」
「む、砂塵で分かるのか?」
「はい。主殿も直ぐに判別出来るようになると思います」

 五百の軍勢なんて現代では見たことがなかったが、なるほどあれぐらいの規模が五百か。
 まあアルトリアの過去やクー・フーリンの過去でも、夢で軍勢の進軍光景は見たことがあるが、どうしても曖昧で現実のそれと比較するのは難しかった。
 が、これでおおよその感覚は掴んだ。
 それにしても五百の軍勢……。大部隊ではないが、本格的な部隊だ。数が多い。何処に行っている? 俺を殺しに来たというふうではない。遭遇戦か? では何処に向かう気なのか……何処であるにしろ、ろくな目的ではないだろう。奴らをやり過ごして追尾すれば案外と生き残りの人々の所に案内してくれるのかもしれないが――幾ら切羽詰まっていても、他者を巻き込む危険な真似はするべきではない。よって、

「殲滅するぞ。小太郎、宝具の使い時は俺が指示する。後退しながら殺し間(キリング・フィールド)に誘い込み、そこからの一撃で趨勢を決するんだ」
「承知。破壊工作は出来てませんが、やるのですね?」
「奴らの方が俺よりも足が速い。後退しながら工作するのは無理だろう。まず先制射撃を加える」

 黒弓を投影する。片膝をつき、磐石な射撃体勢を整えた。銃の方が得意なのだが、やはり威力と射程は弓が上という悩ましい問題があった。
 ――破損聖杯接続。魔力供給開始。
 懐に呑んでいる破損聖杯に魔術回路を繋げる。破損して五%しか魔力総量がないとはいえ、幾ら使っても無くなる事のない魔力タンクだ。五%でも俺の魔力量よりも遥かに多い。利用しない手はなかった。
 偽・螺旋剣を投影し、弓に番える。真名解放と共に射撃し、敵軍団に着弾させた。爆発はさせない。ケルト戦士らは咄嗟に回避したのか、五十名ほどしか削れなかった。よくよく化け物だ。
 こちらの存在を察知したらしく、雪崩を打ったように駆けてくる。それに俺は矢継ぎ早に剣弾を射込む。

「……八十か。俺にしては頑張ったな」
「いえ、大戦果です。サーヴァントでもないのに凄まじい働きでしょう」
「働くのはこれからだ。定時は五分間」

 大火力の射撃を続けたのだ。早く白兵戦に持ち込みたいのだろう。殺気を漲らせ突撃してくる。
 平野だ。しかもこちらは二人。罠を疑いもしていない。俺はゆっくり後退しながら矢を射込むも楯で防がれる。防がせる。大火力の射撃は連続して行えないと思わせた。
 そしてケルト戦士四百二十ほどが殺し間に入った。

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 奴らの足元から神秘爆弾の炸裂を見舞う。怒号のような阿鼻叫喚と、爆風に煽られながら俺は懐のケースから煙草を抜き取り、ライターで火を点け口に咥えた。
 吸い、精神疲労を抑える薬効の効果を感じつつ紫煙を吐き出す。微かな魔力が籠ったものだが、備蓄は後四本か。ゆらゆらと立ち上る煙を見上げて、爆発が収まるのを待つ。

「小太郎」
「は! 阿鼻叫喚地獄をご覧に入れましょう。大炎熱地獄の責め苦を与えます――『不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)』!」

 更に半数は削った所に、風魔小太郎を突入させる。小太郎の配下の忍が二百の霊体として召喚される。算を乱したケルト戦士団の周辺に暗黒の帳が落ちた。視界を封じ、混乱する敵隊列に風魔忍群が襲い掛かる。
 断末魔が轟くも、ケルト戦士らが討たれる光景は暗闇に呑まれ見る事は出来ない。冷淡な瞳でそれを見守り、煙を吹かす。四分ほど経っただろうか。暗闇が晴れ、そこには小太郎だけが立っていた。

「斃したら消える。衛生的で実に結構な敵だ」

 煙草を捨て、火種を踏み躙る。

「そして、流石は風魔。名の通り風の魔物のような仕事だったぞ」
「は。しかし大した事ではありません。既に壊乱しておりましたので」

 小太郎が戦域から離れ、即座に戦闘背嚢を持ってくる。それを受け取ってさっさと歩き出した。
 俺はふと、小太郎に宝具の詳細を聞いた時から思っていた事を口にした。

「それにしても、お前の宝具の真名……全然和風じゃないな」
「それは言わないお約束ですよ、主殿」

 祖先が何故か残してくれた故郷の言葉を、これまた何故か単語だけ残していたらしい。
 よく分からない感性だ。そこさえ和風だったら完璧な忍者なんだがな、と。忍者に惹かれる所のある俺としては残念に感じた。
 というより、その宝具の真名は。

「中二病、か……」
「主殿? 今何か、聞き捨てならない事を仰りませんでしたか?」
「いや別に」

 思春期の年齢で現界している彼だ、相応に過敏な所がある。俺にはそんな時期はなかったから、妙に微笑ましいだけだ。

















 五日間歩くと、山脈に差し掛かった。ここを越えるとオレゴン州に入るだろう。
 ろくな装備もなしに山岳部を歩くのは中々に難儀だ。ここに来るまでに壊滅している村落を見掛け、食料なり水なりを調達したが。やはり心許ない。生存者は見なかった。その痕跡も見当たらない。

 そして、北進を続ける。斥候として先行していた小太郎が引き返してくるのを見ると、俺は嘆息する。

「……またか?」
「はい。ケルトの戦士、数は二千。敵サーヴァント一騎に率いられています。南下しているようです」

 五日前に遭遇した五百の、四倍の兵力。そしてサーヴァント……。
 俺は顔を顰めた。北進していくと、敵の数が増えた。よくない兆候だ。もしやワシントンかオレゴン辺りに敵の拠点があるのか? だとすれば、やり過ごした方が手間がないが……いっその事進路を変えるべきかもしれない。
 いや、まだそう判断するのは早計だ。

「素通りさせましょうか」
「感知能力の高いサーヴァントだったら困る。こちらから接近しやり過ごせるならそれでいいが、無理なようなら痛撃を与えて即時逃走だ」
「承知。時間はあるので、工作を仕掛けます」
「ああ。打ち合わせ通りに頼むぞ」
「は!」

 瞬、と姿を消す小太郎に俺は頷き、ポツポツと小粒の雨を降らせ始めた曇天を見上げる。
 夜は近く、山岳地帯で、強い雨が降る前兆がある。やり様はあるさ、と誰にでもなく呟いた。




 
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