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大阪の山姥

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第六章

「食うことが好きでな、何百年も前からな」
「何百年?」
「ははは、太閤さんがお城を築いた時は山に住んでおったがのう」
「山といいますと」
「そこの山じゃよ」
 老婆は笑って茶臼山の方を指差して琢磨に話した。
「あそこにあるじゃろ」
「茶臼山ですか」
「そこの麓に昔から爺さんと二人で暮らしておる」
「そうですか」
「それで二人で大阪の美味いもんを食ってじゃ」
 その様にしてというのだ。
「何百年もな」
「暮らしておられますか」
「そうじゃ、大阪は美味いものがたらふくあってよい」
 老婆は琢磨に牛丼を食べつつ話した。
「ずっといたいのう」
「そうですか」
「尚じゃ」
「尚?」
「わしは牛や豚は好きじゃが」
 それでもと言うのだった、明るく笑いながら。
「四本足のものばかりで魚も好きじゃが」
「大阪は海の幸も豊富ですからね」
「瀬戸内の海があるからな」
 大阪の前にはというのだ。
「そっちも好きじゃが二本足のものはな」
「二本足はですか」
「食ったことがないしこれからもじゃ」
「食べないですか」
「それはせん、爺さんもな」
「そうなんですね」
「そうじゃ、そしてこれからもな」
 老婆は味噌汁も注文していた、そちらも飲みつつの言葉だ。
「大阪にいてな」
「大阪の美味いものを食ってですか」
「暮らしていくぞ」
 こう言うのだった、そんな話をしているうちにだった。
 琢磨も舞美も食べ終えてそうして老婆と別れてだった。
 勘定を払って店を出てだった、地下鉄の駅に入って電車に乗ったが。
 そこでだ、琢磨は隣の席に座っている舞美に言った。
「お店で話したお婆さんな」
「絶対にですよね」
「何百年とか言ってたな」
「太閤さんの時からとか」
「人間じゃないな」
 舞美に確信を以て言い切った。
「そうだよな」
「はい、茶臼山に住んでたとか」
「となるとな」
「あのお婆さんは」
「山姥だな」
 この妖怪だというのだ。
「山にいる妖怪だな」
「そうでしょうね」
「いや、まさかな」
 大阪で生まれ育ったがとだ、琢磨は舞美に話した。
「茶臼山みたいな山でも、それで大阪みたいな場所でもな」
「山姥いるんですね」
「山は山ってことか」
 茶臼山もというのだ。
「要するに」
「幾ら低くても」
「そうだな、そして山姥もいるんだな」
 この妖怪もというのだ。
「それで暮らしてるんだな」
「流石に山の中にはいないですけれど」
 標高二十六メートルのあまりにも低い山だからだ、それ故に大阪市の中にいるのだ。
「大阪市にいますね」
「そうだな、それで普通に暮らしているんだな」
「人と一緒に」
「まあ人を取って食わないならな」
「別にいいですね」
「牛丼のメガを三杯食う位ならな」
 それならとだ、普通に言ってだった。
 琢磨と舞美は自分達の職場に地下鉄で戻った、そうしてそのうえで彼等の仕事を六時まで行うのだった。


大阪の山姥   完


                2019・3・30 
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