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熊の息子

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第一章

               熊の息子
 アラスカのバロー岬に伝わる話である。
 アラスカそしてカナダの北はイヌイットという者達が暮らしているが暮らしているのはイヌイット即ち人間達だけではない。
 様々な獣達もいる、その中には熊達もいた。
 熊達の中で一匹の灰色の雌熊がいた、他の熊達と同じく大柄で長い毛を持っているがこの辺りの熊達は皆白い毛であるがこの雌熊は白といよりかは灰色の毛であった。それで灰色熊とも呼ばれていた。この熊は無事に子育てを終えて今は一匹で暮らしていた。だが。
 熊が狩りをして餌の魚を食っているとだ、不意にだった。
 何処からか声がしてきた、声は熊に言うのだった。
「そなたに命じることがある」
「私にですか」
「そうだ、そなたは子育てを終えたがだ」
 しかしと言うのだった。
「もう一度子育てをして欲しい」
「そうなのですか、ではまた夫を」
「いや、夫はいらぬ」
 声は熊にこのことはいいと答えた。
「別にな」
「ですが夫がいないと」
「子は授からないというのだな」
「はい、ですから」
「そなたに育ててもらうのは熊の子ではないのだ」
「熊の子ではないのですか」
「そうだ」
 まさにというのだ。
「人の子だ」
「人のですか」
「イヌイットの子を育ててもらいたい」
 熊の子ではなくこちらの子をというのだ。
「そうしてもらいたいのだ」
「そうなのですか」
「うむ、それでだが」
「それでとは」
「まずは子育てをするだけの力を備えるのだ」
 そこからだというのだ。
「乳は出る様にするからな」
「そちらの心配は無用ですか」
「そうだ、私がな」
 他ならぬ声がというのだ。
「そうする」
「そうですか」
「この地はあまりにも厳しい」
 バロー岬、この地はというのだ。
「あまりにも寒い、息どころかあらゆるものが凍りついているな」
「海も分厚い氷に覆われています」
「そうした地面だからだ」
 それ故にというのだ。
「そなた達にはそれぞれの神がいる、そして人にも神がいるが」
「人の神だけの力ではですか」
「人は生きられぬ、だから一人の猛者が必要でだ」
「私にですか」
「人の頭に熊の力を併せ持つ猛者を育てて欲しいのだ」
 このバロー岬にいる人間即ちイヌイット達がこれからも生きられる為にというのだ。
「そうしてもらいたいのだ、この地には人もいなくてはな」
「ならないのですね」
「人もまた世界の中にある」 
 声は熊に厳かな声で告げた。
「それ故にだ」
「人がこの地にいて」
「そしてこの地の話を乱し壊さない為にだ」
「私は人の子を育てるのですね」
「そうしてもらう、いいか」
「お話は聞きましたが」
 それでもとだ、熊は声の主に答えた。
「ですが」
「それでもか」
「私は熊であり」
「人の子を育てることはですか」
「これまで考えたこともありません」
 それこそ全くというのだ。 
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