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夏の茄子

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第二章

 米の状況を見てだ、百姓達は真っ青になった。
「これは酷い」
「こんな不作は久し振りだ」
「天明の時みたいだ」
 ある年寄りはここでこう言った。
「あの時みたいだ」
「あの時みたいっていうと」
「これは大変だぞ」
「とんでもない飢饉になるぞ」
「何とかしないと」
「いや、それはな」
 飢饉への備えの話になるとだ、ある者が言った。
「そうしているぞわし等は」
「二宮先生だな」
「二宮先生に教えられてか」
「それで備えをしていてか」
「大丈夫か」
「何とか助かっている」
 苦しい状況だがそれでもというのだ。
「二宮先生のお陰でな」
「そうか、それはよかったな」
「とんでもない不作だがな」
「間違いなく大飢饉になる」
「そんな状況だが」
「ああ、こうした時こそな」
 まさにというのだ。
「あの人が助けてくれるんだ」
「だから助かりそうだ」
「苦しくてもな」
「いけそうだ」
「あの人が前以て言ってくれたからな」
 飢饉が起こる、このことをだ。
「お陰で飢え死にしなくて済むぞ」
「二宮先生がいてくれたからな」
「わし等は助かるぞ」
 皆こう言ってだ、尊徳に感謝した。実際に彼等は苦しいがそれでも飢え死にせずに済んだ。その状況を見てだった。
 尊徳もこう言った。
「天下全てを救えなかったが」
「それでもですね」
「助けられる者は助けられた」
 こう妻に言った。
「それだけでもいいか」
「はい、天下を救うとなりますと」
「公方様に諸大名の方々が、となるからな」
「だからですね」
「難しい」
 そうなるというのだ。
「どうもな、しかしな」
「それでもですね」
「わしの出来る限りでな」
「助けられましたね」
「それだけでもよしとすべきか」
「そう思います」
 妻はこう夫に述べた。
「まだ」
「それなら何よりだ」
「そうですね、しかし」
「しかし?」
「よく気付かれましたね」
 妻は夫にこのことを話した。
「夏に」
「茄子のことか」
「はい、あの時に」
「秋の茄子は美味い、しかしな」
「夏に味わうとなると」
「その様なことは普通はない」
「冷害になるからこそ」
 あの時のことを思い出しつつだ、妻は述べた。
「そうなるのですね」
「そうだ、そしてだ」
「その茄子を召し上がられて」
「私はわかった、若しもだ」
 尊徳は妻に苦い顔で述べた。
「あの時私が茄子を食べなければ」
「その時はですね」
「わからなかった」 
 そうなったというのだ。
「そして何も出来なかった」
「そうですか」
「まことに危うかった、あの茄子がな」
「この度のことにつながったのですね」
「助けられる命を助けられた」
「左様ですね、では」
「うむ、まだ飢饉は続く」
「そのことに対して」
「動いていこう」
 こう言ってだ、尊徳は飢饉にさらに向かっていった。そうしてさらに多くの者を救っていったのだった。
 天保の大飢饉は江戸時代の三大飢饉として歴史に名を残している、実に多くの者が飢え死にした恐ろしい飢饉だった。
 その飢饉が来ることを二宮尊徳は事前に気付いたからこそ動けた、それは茄子を食べてだが夏というのに季節外れの秋茄子の味がした、このことから気付いた尊徳の凄さに驚きを感じここに書き残していく。再びああした飢饉が起こらないことを願いながら。


夏の茄子   完


                   2018・11・13 
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