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魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~

作者:gomachan
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第26話『涙を勇気に変えて~ティッタの選んだ道』

 
前書き
前回までのあらすじ~






青年は少女の感想を受け止めて、再び歩くことを決意しました。

勇者は傭兵の生き様を見つめて、再び羽ばたくことを決意しました。

使い手は竜具の紅玉を思い出し、再び振るうことを決意しました。

原作改変。素粒子干渉。時空偏移。
それらを可能にしうる、神剣(ゼノブレイド)を求めるために。

少女は力を持たぬゆえに大切な人と歩くことできず――

傭兵は過去に縛られ、翼を広げること能わず――

竜具はかつての主の手から離れて、思い描いていた(メチタ)叶わず――

そんな二人だからこそ、せめて勇者だけでも暁に向かって歩き、羽ばたいてほしいと願います。

竜具もまた、自らの紅玉を煌めかせて、夢を思い出すよう願います。

勇者はあたしのあこがれ。

勇者はわたしの希望。

獅子王凱。あなたにはまだ守れる人も、救える人もたくさんいるのです。

弱者が弱者を虐げる醜い時代の中だからこそ、勇者の勇気はこの世界で輝くのです。

心折れし勇者に必要なことは、最初から力なんかではありませんでした。

勇気。

小さな感想は勇気の火を心に灯して。

かすかな未来は勇気の光を瞳に映して。

万民が認める勇者の光物語(ライトノベル)など、どの世界にも存在しません。

それでも——

たった一人でいい。

たった一人でかまわない。

勇者の存在を見つめてくれるなら。

勇者の定義を決めてくれるなら。

誰もが筆に迷いを抱いて生まれてきました。それでも、無駄な物語なんてなにもないはずです。

そしてとうとう勇者はおのれの過去にけじめをつけるべく、独立交易自由都市へ羽ばたいていきます。



 

 
【ブリューヌ・ユナヴィールの村付近・銀の流星軍幕営地】

太陽が南中高度に差し掛かろうとするにも関わらず、昨日からまだ寒気が流れ込んでくる。年間を通して、周辺諸国より寒暖なき肥沃の大地で知られるブリューヌには珍しい気候だ。確かに冬に差し掛かろうとする時期ではあるが、ここまで寒気が流れ込んでくるなど、ブリューヌ国内であるアルサス生まれのティッタには珍しく感じたことに対し、初冬より寒気が厳しい貧村出身のフィグネリアには覚えがあった。
戦の匂いである。正確には、大戦(おおいくさ)の予兆だ。
それも、寒さに紛れて血の匂いを思わせる、そんな予兆を。
フィグネリアは、かの銀閃の姫君であるエレオノーラ=ヴィルターリアと、この混成軍の第一人者であるティグルヴルムド=ヴォルンが結成した『銀の流星軍』の戦力の中核を担う重要人物だ。隣にいるティッタもまた、魔王フェリックスの支配していたアルサスを奪還に一役担った勇者である。
そんな勇者兼侍女のティッタの姿を見かけて、フィグネリアことフィーネは声をかける。

「おはよう、ティッタ」
「はい、フィグネリアさんもう起きていたんですか?」

ここアルサスに銀の流星軍が陣営を築いてそれなりに日はたっているだろう、とはいえ、こういった日常もなくはない。久々の平穏といえば言い過ぎかもしれないが、今のブリューヌ情勢は王政危機の国難にさらされている。それでも、ティッタとのこうした優しいやり取りが、戦続きだったフィーネにはありがたかった。

「傭兵の習慣みたいなものだけど……それよりもティッタは水汲みにいくのか?」

ティッタの両手に抱えられている木桶に気づいてのことだった。対してティッタは明るく「はい」と答えた。

「そうか――では私も一緒に行こうか」
「ありがとうございます、フィグネリアさん」

川に水をくみ上げに向かうティッタを見かけて、フィグネリアは一緒に来てくれる。
現在は千の数字に近い兵がアルサスに駐留している。リムアリーシャにも言われていたことだが、なるべく一人で行動しないようにと釘を刺されたことがある。
一介の侍女にすぎない当時のティッタの立場では仕方のないことだったが、ティッタを見かけると、周りの兵達がちょっかいまじりに声をよくかけていたものだ。最も、それらは浮ついた気持ちから出ていたものだが、今は違う。
今やティッタも『銀の流星軍』の一翼を担う勇者のひとりだ。戦力という意味ではないが、かつてアルサス奪還作戦時にテナルディエへ単独論戦を挑み、その功績を評価されて上官部から勇者に任命されたのである。
簡単に『奪還』といえばそれまでだ。だが、『損害』という意味では過剰と言っても過言ではない。何しろ、『自軍の犠牲を正真正銘のゼロ』で敵陣地を取り返したのだ。

(あたしがティグル様に代わって、みんなを励ましていかなきゃいけないんだ)

凛々しい姿からは『暁の騎士』とも、健気な表情からは『暁の巫女』とも、幾つもの呼び名が生まれており、今ではティッタを軽々しく呼び止めたりするものはいない。それがティッタにとっては寂しくなったりもする。
あたしはあたし。それは変わらない。なので今まで通りに接してくださいとお願いした時に、暖かい笑い声があたりに満ちたのはいい思い出だ。
なので、親睦という意味でも、護衛という意味でも、フィグネリアは程度を超えない範囲でティッタに付添うようにすると決めていた。
やがて二人は川辺に向かって歩いていく。かすかに手がかじかみ、ティッタは両手に息をはあと吹き付ける。
見かねたフィグネリアは、羽織っていた外套をティッタにかぶせる。首回りに断熱効果を持つ毛皮つきだ。あまりの暖かさに、ティッタは率直に礼を述べた。薄着になったフィグネリアの姿はやはり寒そうに見える。
申し訳なく思ったティッタは声をかけた。

「フィグネリアさんは寒くないのですか?」
「これくらい平気だ。ジスタートの冬はもっと厳しいからな。それに――」
「それに?」

冗談気味に笑い、フィグネリアは空を見上げる。

「あいつだって……ガイだって頑張ってるんだ。私たちも寒さなんかに負けてられないな」

もう一人の勇者、今は『銀閃の勇者・シルヴレイブ』の二つ名を与えられた青年は、遥か東の地へ飛び立っていた。
陸地という地熱から離れている以上、遥か上空を航行している凱のほうが遥かに寒いだろう。いや、寒いという言葉ですら生ぬるい。極寒に加え、ナイフのような鋭さを持つ大気圧が、容赦なく凱の全身を縄のように縛り上げているはずだ。

「でも不思議です」
「何がだ?」
「以前、エレオノーラ様にもこうして付添っていただいたことがあったんです。その時、寒がっている私を見て、今みたいに外套をかぶせてくれたんですよ」
「――――そうなのか」

かつて、ティグル在中の『銀の流星軍』はテリトアールに布陣し、ブリューヌ領内の第三勢力として構えていた時の事だった。アルサス圏外の混合軍という環境の中で、ティッタはエレンから「一人で出歩かないように」と通告されたことがある。戦姫という立場のあるエレンや、その副官であるリムならともかく、ティッタのような一侍女にすぎない女性は、男ばかりの兵にとってある意味では『(ターゲット)』であった。実際に何度も声を掛けられて、ティッタは困惑したものだ。

(この娘……ティッタには何の悪気もないのだがな)

もちろん、ティッタにはエレンとフィグネリア……フィーネの確執を知らない。それが余計にフィーネの感情を複雑にかき混ぜるのであった。
ティッタに悟られないよう、普段見せない苦笑いでやり過ごすフィーネ。
こんな予想外の時と場所で銀閃の風姫の名が出てくるとは思っていなかったと、フィーネは一人ごちる。
対してティッタも一人ふける。エレンと同行した時は、こんなに会話が弾んだことがなかったのだ。その時のエレンに対する印象は、ティッタにとって得体のしれない何かでしかなかった。最も、主人を助け、その上兵(ちから)も貸してくれた恩人でもあった。
何の因果か輪廻か知らないが、無意識に彼女と同じことをした自分に、フィグネリアは戸惑うような表情を見せた。
今、その銀閃の風姫エレオノーラ=ヴィルターリアも、この娘の主、ティグルヴルムド=ヴォルンと同じく、今は捕虜の身の上だ。自分と同じようにティッタも心のどこかで心配してるのではないか?
いや、絶対にしているんだ。ただそれを、勇者という仮面で不安を隠しているに過ぎない。
そんなフィーネの推測を事実つけるかのように、この頃のティッタは明るく振る舞うことが多くなった。リムアリーシャにもティッタについて聞いてみたのだが、「寄せ付けない何か」があるように思え、どこか違和感さえあるとも言っていた。普段のティッタがティッタなのだから、なおの事ティッタを見ていてつらくなる――ということを。

(しっかり使命を果たすんだよ、ガイ。この子の……いや、ブリューヌの子供たちの本当の笑顔を取り戻せるのは、あんたしかいないんだから)

とは思いつつも、やはり自分も凱のところへ、今すぐ飛んでいきたい。自分も今隣を歩く侍女と同じなのだ。

――なんて、冷たいアルサスの風にたそがれていると、フィグネリアの耳に割り込む女性の声の存在が飛び込んできた。

荒風吹き乱れる今のブリューヌ情勢には似つかわしくない儚げな声。
どこともしれない声にティッタとフィーネの二人はあたりを見回す。

「あの『乱刃の華姫』が随分としおらしくなりましたね。これもガイの影響でしょうか」
「誰だ!?――――あ!お前は!?」

突如吹かれる別空間の圧力。
背後に気配を感じ取り、すかさずティッタを庇う恰好で身構え振り返ると、そこには見覚えのある姫君の姿があった。
薔薇の装飾を儚げに身に着け、その風貌に相反する大鎌が同時に出現する。
何にもない空間から大鎌の切っ先が空間を切り裂いて、彼の戦姫は現れた。

「アルサスへ訪れるのはお久しぶりですね。お元気そうで何よりです。フィグネリア」
「……ジスタートの誇る七戦姫の一人、ヴァレンティナか」

目の前にたたずむのは、ヴァレンティナ=グリンカ=エステス。
虚影の幻姫とも、鎌の舞姫とも呼ばれる、オステローデ公国の主だった。









―――――◇◆◇―――――










初めてヴァレンティナの顔を見ることとなるティッタは、驚きを通り越してきょとんとした表情で固まっていた。だが、フィグネリアの言葉でエレオノーラと同じ立場の戦姫と聞いて、慌てて侍女としての礼を施す。

「は、はじめまして……戦姫様!あたしは」
「こちらこそはじめまして、『暁の騎士』ティッタ。私はヴァレンティナ=グリンカ=エステスと申します。以後、お見知りおきを」

ヴァレンティナが右手を差し出す。対してティッタもまた彼女の手をとった。自分と相手の身分差を考慮若しくは畏怖しての様子だった。
同時にティッタは驚きもしていた。
『暁の騎士』というのは、テナルディエからアルサスを取り戻した際にマスハスやジェラールから称賛されて送られた名誉であった。次代の王と成ったとの逸話を有する『月光の騎士—リュミエール』と対を成す『暁の騎士—スペリオール』の称号を得た者は、王の隣に並び立つ勇者になったといわれている。
王政が倒れている今となっては、そのような逸話など無意味に等しい。しかし、末端の兵やまつろわぬ民は常に『拠り所』を欲する。そのような意味でもティッタに称号を与える必要性はあったのだ。そもそもこの称号を授かったのはほんのわずか前の事だ。どう考えてもヴァレンティナが知るような時間的空白はけっして無い。
フィグネリアもまた驚きの色を浮かばせていた。ティッタとヴァレンティナの鉢合わせについて両者――特にティッタの反応を見る限りではこれが初対面のはずだ。なのにまるで『以前からあなたのことを知っている』かのようなそぶりで。
そう――――あの時の、失意に沈み切った凱を暁の光で満たしたように。

「じつは私、ティッタ――――あなたに一度お会いしたことがあるのですよ」

ティッタはおもわず目を見張り、彼女をまじまじと見つめる。以前、どこかで会ったことがあるのだろうか?
しかし、そのことを隠すようにして告げるのも何だかおかしい。
どこかでお会いしましたかと訊こうとしたとき、ヴァレンティナはフィグネリアに振り返る。その表情は先ほどと打って変わって真剣そのものだ。先に本題を済ませなければならない。

「単刀直入に聞きますフィグネリア。ガイはどこにいるのですか?」
独立交易自由都市(ハウスマン)だ」

ためらいなくフィグネリアは答えた。
――――一瞬、ヴァレンティナの瞳が広がった。何の経緯が会ってかつての古巣へ戻っていったのか?
逃げたとは思えない。それは、ティッタとフィグネリア、双方の表情と声色を伺えばわかる。
何しろ、アリファールの気配を感じられないのが何よりの証拠。

「何があったのですか?」
「七戦鬼の一人、ノア=カートライトとかいう奴と戦って、アリファールをへし折られた」

さらに一瞬―――――ヴァレンティナは間をおいて固唾を呑んだ。
竜具の装飾である結晶素子(コアクリスタル)は、戦姫の戦闘経験や感情以外にも、竜具の相互情報を共有する作用を有する。事前にエザンディスから点滅という形で『警告』を知らされていなければ、情報戦に富んだ流石のヴァレンティナも、動揺を隠しきれなかったかもしれない。

(しかし、戦鬼(イクサオニ)の一人がアルサスに訪れていたのは……いいえ、彼ら戦鬼の中でも最強と謳われる『鬼剣』が来ていたのは誤算でした)

これは……自分の采配不注意(ミス)と言わざるを得ない。
まだテナルディエが祖国に反乱決起(クーデター)を起こす前、ヴァレンティナは戦姫としての務めを果たす傍ら、ジスタート内外の諜報活動に尽力していた際、部下からの報告で聞いたことがある。
報告が確かなら、戦鬼は戦姫と同じで7人。それぞれが要人暗殺に長けたテナルディエの特戦(レンジャー)部隊。
そのうちの一人がノア=カートライト。またの名を『鬼剣—ブレイドオーガ』とも呼ばれる青年だ。
前回のアルサス焦土作戦に続き、今回のアルサス奪還作戦でも凱と対決することになるとは。
フィグネリアは、これまでのことをヴァレンティナに事の顛末を説明した。

「……折れたアリファールを修復するために、刀鍛冶の技術が唯一伝来している地、『独立交易自由都市』へ赴いたわけですね」
「そうだ。私たちに『後を頼む』と言って……私は、私たちはあいつに置いて行かれた」

フィグネリアの声に陰りが混じっていたのをヴァレンティナは見逃さなかった。
それはティッタも同じだった。

「それでも……今、あたしたちにできることは、ガイさんを信じて――」

そこまでティッタが言いかけた時、フィグネリアの『普段』な戦士の眼を自身に向けられる。
不意に受け取った、ティッタからの違和感。
まるで崩れた砂のパズルのような、決して当てはまることのないような空虚な言葉はなんなのだ?
とある『姫将軍(リムアリーシャ)』にぬいぐるみを作れるほどの器用さとは真逆に、自分の気持ちを縫いつくろえない、ティッタの不器用さは?
なんだか取り返しがつかなくなるような感覚は一体?
募る疑問がフィグネリアの焦燥を掻き立て、思わずティッタを問い詰めた。

「本当に?」
「え?」

突如、フィグネリアはそっとティッタの両肩に手を添える。

「それは本当にティッタの思っていることなのか?」
「フィグネリアさん、何を……」
「確かに私たちはガイから託された。約束もした。俺が戻ってくるまでアルサスを、銀の流星軍を頼むって。だけど――できることなら、どうしても、やっぱり私は――――『見届けたい』よ。あいつの物語をさ」

ティッタに向いていたフィグネリアの切ない瞳がヴァレンティナに向き直る。
瞳の奥底に宿る光が何を意味するかは明白だった。

「ヴァレンティナは……お前なら行けるだろう?ガイの向かった先を」
虚空回廊(ヴォルドール)のことでしょうか?確かにこの子……エザンディスの力でしたらガイの元へ駆けつけることは可能でしょう。しかし――」
「……しかし?」
「あなた方は、その『覚悟』はおありでしょうか?」
「覚悟?」
「既に知っているかと思いますが、今のガイはブリューヌとジスタート……いいえ、大陸全ての命運を背負っています。そしてガイの向かった先の独立交易自由都市……そこはガイの『過去』が眠る場所でもあります」
「――ガイさんの……過去?」

考えても、思ってもみなかった。
今日にいたるまで、ティッタにとって凱は憧れの人であり、恩人であり、見るものすべてを安心させる、頼りがいのある兄のような存在だとしていた。素性はよくわからないけど、決して悪い人じゃない。皮肉にもそんな凱の印象がティッタとしては『当たり前』になっていた。

「そうです。ゼノブレイドに挑戦すると告げた彼の言葉は、今まさに『過去』を斬り、『現在』を貫き、『未来』を切り開くため意味が込められています」
「……」
「彼の人生は、彼の運命は常に『人ならざる者』・『超越なりし戦い』にあります。もし、彼の真実を知れば知るほど、もはや後戻りはできなくなる。そうなればあなた自身も……アルサスもどうなるか分からない。それでもあなたは共に行きますか?あのひとが獅子の化身になろうとも」
「そんな!」

栗色の髪の少女に衝撃が走る。
獅子の化身。ティッタとフィグネリアには凱の眠るもう一つの顔を垣間見たことがある。
ティッタは対魔物――ヴォジャノーイ戦で。その『片鱗』を。
フィグネリアは対銀髪鬼――シーグフリード戦で。その『死闘』を。
ティッタはかつてヴォジャノーイと呼ばれる者に襲われたことがある。もしかしたら、凱と関わりを持った地点で安息の時が遠のいたのは、その時からじゃないだろうか?
思えば、そのヴォジャノーイも凱のことを『銃』と呼んでいた。凱は魔物たちのことをあずかり知らぬことだが、逆に魔物たちは凱をよく知っているかのような口ぶりを見せていた。今思えば、それらは何かの全て因縁じゃないかと。その延長上に自分たちはまきこまれてしまったのではないのかと。
そしてこの前は、ドナルベインが幼子の母親を手に()けたことで、凱の心の奥底を束縛していた『(タガ)』が外れかけた。

――――死ね――――

たった一言……あの優しいガイさんなら……決して言わない言葉。
しかし、それをたやすく言い放った。まるで、野花に咲く一輪の花をそっと摘み取るように。
その瞬間、誰もが垣間見たはずだ。『王』として君臨せしめた獅子王凱の姿を。
だが、それは凱が望んでいたことではない。そうなったことでもない。ましてや、そうなのは望まずして訪れた結果にすぎない。

「勇者と共に歩みたければ、彼を知る為に自分たちの平和を失う『覚悟』をしなければならない」
「覚悟……ですか」

ティッタの臆した声に、ヴァレンティナは無言でうなずいた。

「この選択はあなた達が決めるのです。準備が出来たら私の前に――このエザンディスと私、ヴァレンティナ=グリンカ=エステスが、『暁』へ至る道案内を務めさせていただきます」

これが……虚影の幻姫の精いっぱいの返事だった。
勇者獅子王凱と共に歩みたければ、覚悟を決めなければならない。

(ああ、だからガイさんはあたしたちを『置いて』いったんですね)

ティッタ達の『日常(へいわ)』を犠牲にしてしまうことが、凱には分かっていた。
分かっていたから――ティッタ達をここブリューヌへ置いていったんだ。置いて行かれたんだ。
優しいガイさんには……できるはずがない。するはずがない。
分かっていたはずなのに……。

「ティッタ――」

慈しむ眼差しでフィグネリアが優しくその名をつぶやく。まるで、親鳥が雛鳥を慈しむような囀りで。
『乱刃の華姫』、『隼の舞姫』を持つ彼女とて、自分が思うほどティッタは弱いとは思っていない。
しかし、いかなる猛禽類と言えど、雛鳥の巣立つ瞬間は多少なりとも不安を覚える。
今、フィグネリアがティッタに対して抱いている心境はまさにそれだ。凱を庇うわけではないが、そのことを想うと凱の気持ちがなんとなく分かってくる。同時に置いて行かれたティッタの気持ちもだ。天秤にも似た気持ちの傾く先は、果たしてどこだろうか?

「あたし……」

しばらくして、ティッタはぽつりぽつりと、小さく語り始める。一言一句大切にするかのように。

「あたし……ずっと思ってました。どうしてこんなにも力がないんだろうって」

それは、ひとつひとつ、思い出すように。

「ディナントの戦いが始まって、ティグル様が戦場へ向かわれて、敵国の捕虜にされたことをマスハス様から聞かされて――しばらくはアルサスを駆け巡ってお金を集めていました」

あれから結局ドナルベインにティグルの屋敷を襲われたところを、『通りかかった』凱に助けられた。
だが、ティッタの境遇はこれだけにとどまらなかった。

「ヴォジャノーイという魔物にも誘拐されたとき、本気で『死』を覚悟しました」

だけど――誰にも気づかれなかったはずなのに、アルサス郊外へ抜ける寸前で凱は駆けつけた。

「テナルディエ軍にアルサスが襲われたときも、もう駄目だと思いました」

それでも――凱は決戦前夜で訴えた。ティッタの勇気に応えるために。
俺は『力』で。君は『想い』で。
同じ人間だからこそ、気付かせるんだ。
お前たちが本当に焼き払おうとしているものは何なのか、本当に分かっているのかと。
焼き払う。それ自体がそもそも間違いなのだと。

それからも、凱は異端審問で処刑されたとアルサスに知れ渡る。
それから間もなくブリューヌ全土は戦乱の渦中にさらされる。
国家反逆の集団、銀の逆星軍、誕生。
瞬く間にブリューヌの版図を塗り替えられて、銀の流星軍は壊滅との知らせを受ける。

――――ガイさんが……いない。
――――ティグル様が……いない。

でも、そんな凶報を誤報と言わんばかりに、再び『上空』から駆けつけてくれた。
それからも……それからも……それからも……
勇者の姿を思い出すたび、ティッタの瞳に熱い涙がこみ上げる。どうしてあなたは現われてくれるのですか?――と

――――そう。

――――答えは常に二つに一つ。

――――二者択一。

――――全てを巻き込んででも本当の未来を掴むために独立交易都市へ赴くか。

――――みんなの身を案じて原作展開どおりに未来を進むのか。

「行きます」

ティッタの声に、答えに、その言葉に迷いはなかった。
何もできずに(くすぶ)るより、何かをして燃え尽きたほうが、ティッタにとってマシに思えるようになった。
そして、これほど強く思ったことはないだろう。「あたしはガイさんの全てを知りたい……ううん、知らなきゃいけないんだ」と。
同時にティッタの意識に、あの『声』が直接よぎった。

『そう―――あなたは知らなければいけないわ』
(誰!?)
蒼氷星(シズリート)――かの宇宙庭園(オービットベース)はあの坊やの弦の音――昏き炎の矢で『創造主(とうさま)』は『氷棺結界(フリージング)』より目覚めたわ』
(何なの!?あなたは一体!?)
『幾星霜の戦乱の中で、数多の『(トリプルゼロ)』は満たされた。『(わたし)』と『(あのこ)』……そして『(あなた)』が目覚めれば』
(分からない!分からない!)

――――と、硬直しているティッタを見て、怪訝な顔をしつつもフィーネは声をかける。

「ティッタ、大丈夫か!?なんだか突っ立ったままに見えたが」
「いえ……大丈夫です。ともかく……フィグネリアさんも一緒に行きますよね?」

先ほどの焦点定まらぬ表情とは打って変わって、何とかティッタは明るく振る舞って見せた。

「当然だ。というか、案外ガイも私たちの姿を見て安心するんじゃないか?」
「守るべき者がいるからこそ強くなれる……まあ、その辺がガイの強さの源かもしれませんね」

凱というものは幸せ者だ。
少女と美女と淑女にこれほど想われている男などそうそういない。
だが――
きっと凱は怒るだろう。凱のお願いを振って、約束を反故にした自分たちを。





それでも――かまわない。





あたしは。
私は。
わたくしは。
獅子王凱の描く物語を見届けたい。

――君は想いで。俺は力で――

あの日、ティッタに力強く語ってくれたあの言葉は忘れていない。
いつかあなたが世界中から抱愛(ベストセラー)される時を信じて。












――――◇――――◆――――◇――――












かくしてティッタ達は一端『銀の流星軍』の幕営地に戻り、マスハスやリムアリーシャに事情を説明してヴァレンティナと同行することになった。無論、リム達から猛反対を受けた。ましてや、戦う力を持たないティッタが同行するとなれば、なおさらだった。
そして、さらなる衝撃がリム達を襲った。遥か遠方の地にいるはずのヴァレンティナが、アルサスに出現したからだ。
当初、オステローデ公国の戦姫が現れたことに、主要人たちは動揺の色を隠せなかったが、『第二次ディナントの戦い』で駆けつけてくれた凱に比べれば、まだ衝撃が少ないように思えた。
表向きの理由は、アリファール修復の進捗を随時確認するため。ティッタは侍女なので民と装えるから適任。フィグネリアはティッタに雇われた傭兵。ヴァレンティナは虚空回廊(ヴォルドール)を警護する自宅警備という不遇な設定を与えられた。
確かに、アリファールの修復は今後『銀の逆星軍』と戦うためには必要不可欠だ。いつ頃戻ってくるのか、どのくらい進んでいるのか、やはりリムアリーシャもマスハスも把握しておきたいのだろう。もちろん凱を信じている、いるのだが、兵達を安心させるための情報把握は欲しい。そういう意味では、一瞬で目的地へ移動できる存在がいるのは本当にありがたかった。
――――にしても。

(どうして私が自宅警備なのですか?)
(仕方ないだろう、他に理由なんてないから)
(戦姫様。ブリューヌを抜けたら建前はどうとでもなりますから)

などと小声で話したティッタは、ちょっとだけマスハスたちにウソをついた申し訳なさを感じていた。すみません。マスハス様。
ティッタの言う通り、どちらにせよ、表向きの理由なのでそんな設定はどうでもよかった。『抜けて』さえしまえば、理由はどうとでも変えられる。

「一つ教えてくれヴァレンティナ。どうして『夜』に行こうと言い出したんだ?」
「簡単に言いますと……私のいるところが『夜』なら、ガイのいる向こうが『昼』だからです」
「意味が分からん。どういうことだ?」

それはティッタもフィグネリアと同じ感想だった。
こちら側の地理学が独立交易自由都市と同様に発展していれば、『時差』という概念を持ち出して説明できたかもしれない。
だけど、ヴァレンティナも彼女たちをあまり馬鹿にはできなかった。なぜなら、かつての自分も、その程度の知識しか持ち合わせていなかったのだから。独立交易自由都市へ赴くまでは。

「フィグネリア。ティッタ。あなた達二人はいつか、どこかで『世界は丸い』という言葉を聞いたことがありますか?」

なるべく平静を装いながら、ヴァレンティナは目の前の人間に問う。戦姫の表情にはかすかな真剣さがある。
彼女の雰囲気に二人は言葉を発せず、疑心ぎみながらこくりと首を縦に動かす。

「あたし……お母さんから『童話』でそのような話を聞いたことがあります。「うそつきモントゥール」という題名だった気が……」

うそつきモントゥール。それは、ブリューヌのルテティア南東にある小さな領地の名前であり、かつてそこには、領主である一人の父親と、次期当主である二人の息子が住んでいた。物語は、登場人物の父親は天文学に聡明な学者であったが、ある日突然『世界はまるい。そしてまわっている』と狂言したことがきっかけで、世界中が恐怖に陥るという内容だ。
この世界の人々は『平面説』を信じていた為に、(というよりも、自分たちの世界はもともと絵本のページのようにまっ平らだと思っていた)我々登場人物は、『神』が『紙』に記した物語を追っているにすぎないと)民たちは瞬く間に暴徒と化した。無理もない。『重力』という概念が世間に浸透していない以上、その話が本当で、今自分たちのいる丸いなら、このままではすべてが「空へ落ちてしまう」からだ。
そう思い込み始めた民達は狂い、暴れ、怯え、悲観に明け暮れた。そしてとある村に一人の男がふらりと現れて、村人たちに厳かに告げる。

「この世界に落とされた精霊の鎧――炎の甲冑を集めよ。さすれば善と悪、虚構と真実がわかるであろう」と。

ついに村から一人の人物が立ち上がる。この登場人物こそが勇者と呼ばれ、元凶である異端学者を退治する内容へつながる。やがて勇者は甲冑を集め、精霊より浄化の光――すなわち炎を授かり、鎧に宿す。これを身にまとうつもりでいた勇者は精霊からお告げを受ける。

『元凶を葬るものは必ずしも『王者の剣—デュランダル』ではありません。この『光の鎧』こそが、元凶を浄化するものです。さあ、この鎧を今こそ着せるのです』

精霊は語る。邪悪そのものである者は、斬るでは倒せない。着せるのだ。咎人を『清めの炎』で浄化する聖なる甲冑とその罪を。そして夜――父親の寝ている隙を狙い、鉄制の椅子に座らせてはそのまま拘束し、勇者はひとつずつ甲冑をはめ込ませた。
小手。靴。胸冑。背板。そして――――鉄仮面。
こうして『浄化』された元凶が、この世に残したのは『妙な土くれ』だけだった。さっそく勇者は元凶を倒したことを告げ、甲冑の部位を集めまわっていた時に感じたことを告げた。やはり世界は平らなんだと。それを聞いて安泰だと胸をなでおろしたものもいれば、新たな勇者が誕生したことを胸の底から祝ったものもいた。このようにして物語は一応『めでたし』という形で一幕を閉じることとなる。
無垢な者たちは知らない。これが半分は実録作品(ノンフィクション)であることを。そして、炎の甲冑という拷問処刑を生み出したのが「カロン=アンティクル=グレアスト」だということを。

「――――ヴァレンティナ、まさかとは思うが……本当に世界は丸いのか?」
「その辺の創造はお任せします。私も決して無理に信じてくださいとは申しません。ただ――それは『虚偽』ではなく『真実』だと知っていてほしいだけなのです――――蒼氷星(シズリート)に辿り着く時になればわかるかもしれませんが」



そして再び幕営地を離れ、3人は何にもない平原でたたずんでいる。虚空回廊(ヴォルドール)の安定環境条件はここが理想だからだ。
国際電子網(インターネット)の接続条件が『複数の階層(レイヤー)』を経由して通信できるよう『共立』させているのと同じように、エザンディスの竜技(ヴェーダ)虚空回廊(ヴォルドール)も、そのような過程が必要であった。『接続先』の気圧や天候が『接続元』と同等でなければ、空間を超越した扉を開いた瞬間、どちらかが決壊するからだ。例えば『接続元』の圧力が高かった場合、『接続先』へ全てが、掃除機のように吸い込まれてしまう。逆に『接続先』の環境が苛烈だった場合、『接続元』へ全てが、洪水のように流れ込んでしまう。余談だが、某猫型ロボットの『旅行扉』も原理はこの竜技と同じである。
独立交易自由都市ハウスマンから知りえた『地球儀』のおかげで、凱の行先はだいたい把握できる。ヴァレンティナは頭の中に叩き込んである『世界地図』をエザンディスへ伝わらせる。
他にも経度。緯度。座標。時差。あらゆる『情報』をエザンディスに提供し、ヴァレンティナは呪文めいた台詞とともに大鎌をくるりと回す。
持ち主の気持ちを受け取り、エザンディスの結晶素子(コアクリスタル)が淡い光を帯びる。

宇宙(ソラ)駆ける闇の翼よ――我を望郷の地へ誘え――虚空回廊(ヴォルドール)」 

目の前に開かれたゲートをくぐり、3人は亜空間の穴へ潜っていった。
潜った先は――獅子王凱の古巣であり、現代地球から今の時代へスリップした最初の地。
独立交易自由都市。
そこで待ち受ける【さらなる試練】があることは、今の彼女たち……そして凱も知る由もなかった。

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後書き
5/8 18:00頃更新予定です 
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