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人理を守れ、エミヤさん!

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悪意の牙、最悪の謀 (後)




「『天つ風の簒奪者(リインカーネーション・パンドーラ)』」

 逆巻く魔力が紅蓮の大渦となり、忌むべき復讐者の(かいな)より真紅の大嵐が解放される。それは光輝と功名の城の城壁に纏わりつき、刹那の抵抗も許さぬまま侵食していった。
 驚愕は自身らの性能が『圧し潰す死獣の褥』によって強化される前のものに落とされた者達へ。士郎は愕然とする。

「宝具を奪う宝具だと……? そんなものが、なんだってヘラクレスに有り得る?!」

 反転して復讐者となったアルケイデスにのみ発現する第三宝具、それこそが評価規格外の位階に据えられる『天つ風の簒奪者』である。
 しかし彼の伝承や逸話、そこから導き出し推理するのは何者にも叶わない荒唐無稽な宝具だ。ただでさえ強力だった復讐者アルケイデスのステータスが、光の御子の城によって幸運と宝具以外の全てが飛躍的に増大する。
 アルケイデスとヘラクレスの中庸となる霊基、縛りつけられた復讐者の座、無尽蔵の魔力、光の御子の城によって人理に在るあらゆる英霊を上回る性能を彼の者は手にする。マスターとしての特権がある士郎は、彼のステータスを透視して慄然とした。

 筋力と敏捷、耐久がA+++で、魔力が評価規格外のEXとは――敏捷性のみならず、その最大速度もクー・フーリンを超えるだろう。それを手にしているのが無双の大英雄なのだ。その破滅的な脅威は計り知れない。
 なんたる切り札、鬼札か。士郎の想定を遥かに上回る凶悪な宝具である。立っているだけで全身より発される力の波動に顔が強張る。もはや徒手空拳の打撃ですら、本来のヘラクレスが持つ『十二の試練』を突破し、耐性を貫通し十二回殴り殺せても可笑しくない。漲る武威に、士郎は悟った。長期戦は余りにも無謀、短期決戦で打倒する必要がある。

「セイバー、ランサー! 五分以内に全ての力を振り絞れ、後の事を考える必要はない! 全力で、一切の配分もなく全霊で奴を斃すぞ!」

 彼の意図は余さず槍兵と剣士に伝わる。決戦に移るまでに準備していたルーンを解放して、光の御子が己の筋力と耐久を強化する。魔力炉心を解放し原始の呪力を発揮して、黒王が全身に纏う甲冑の硬度を増し顔を覆うバイザーが現れる。
 クー・フーリンの足元に、ゲイ・ボルクの複製品が剣製される。彼は心得たようにそれを掴むと、複製された魔槍が担い手の意思と込められる魔力によって脈打った。クー・フーリンは己をルーンで強化するのみならず、限りなく真作に近い魔槍の意思を呼び起こし、その身に魔槍の素材となった紅海の神獣クリードの外骨格を顕現させて身に纏う。
 赤く脈動する漆黒の鎧。クー・フーリンの頭部を覆う一角の兜。そして彼の手には自身の愛槍であるゲイ・ボルクが握られている。衛宮士郎をマスターとしているからこそ取れる最強形態の一つだ。
 魔槍は剣ではない、故に投影に当たり魔力消費量は二倍掛かる。カルデアとの繋がりが途絶えたのを彼は感じていた。後はもう、己の魔力とアラヤ識に齎された魔力の備蓄のみで戦うしかない。士郎は備蓄を使用するのを躊躇わなかった。
 黒王の元には三本の選定の剣カリバーンが投影される。オルタはそれを背負い、魔力で形成されている甲冑に固定した。漆黒の聖剣に渾身の呪力を装填する。

 士郎が何を感じたのかは知らない。カルデアとの繋がりが絶たれている事を知らない。だが彼が短期決戦でなければならないと断ずるには相応の訳があると瞬時に了解した光の御子と黒王は、一切の出し惜しみを無くして即座に決着をつける事を覚悟した。
 対し、アルケイデスは悠然と構える。だが彼の大英雄は、士郎らの意思に応じて短期決戦をよしとした。それは武人の心意気か、英雄としての誇りか、或いは――未だに完全に操られていない、大英雄の桁外れの精神力故か。

全兵装使用自由(オールウエポンズフリー)だ! 支援は俺に任せろ、往けッ!」

 鉄心が吼える。弾かれたように二騎の大英霊が疾走する。先頭を駆けるは波濤の獣の外骨格を纏う凶悪な大英霊。
 規格外の膂力、敏捷、耐久を備え今のアルケイデスにも追随する能力を持つ。やはりお前こそが我が最大の敵か、とアルケイデスが嗤った。迎え撃たんと巨槍を構える、その眼前に迫ったクー・フーリンは唐突に跳躍した。

「『卑王鉄槌(ヴォーディガーン)』!」

 クー・フーリンの背後より迫っていた呪力の風弾が、光の御子が跳躍したことでアルケイデスへと迫る。彼は最果ての槍に極光を瞬間的に装填し放った。オルタ渾身の一撃を溜めも無しに相殺し、気流が爆発し爆風が轟く。地面が大きく陥没し飛来してきた無数の剣を吹き飛ばした。
 士郎はそれを視るなり剣弾は無用と見切り、自身の脳裏に設計図を敷く。――投影、重装(トレース、フラクタル)――自身の限界を遥かに超える投影魔術に魔術回路が悲鳴を上げるのも無視し、虚空にある無数の歯車が火花を散らして高速で廻り始める。

「オラァァアアッッッ!!」

 頭上より全力で魔槍を振り下ろすクー・フーリンを、アルケイデスは磐石なる武技で迎え撃つ。隕石の墜落にも比する大力に、振るわれた魔槍と巨槍が激突し空間が軋んだ。その衝撃を互いに逃しアルケイデスの背後に着地したクー・フーリンが神速の魔槍術を縦横無尽に振るう。しかしアルケイデスは、自らの筋肉に覆われた腕を犠牲にして魔槍の穂先を受け止めた。自らの腕が破壊されるのにも構わず、振り向き様に復讐者は最果ての槍を彼の足下に突き込む。
 大英雄の心眼は、幾度も交戦したクー・フーリンの次手を見切っていた。軽く跳んで躱した彼の足下で最果ての槍の燐光が小規模な爆発を起こした。クー・フーリンの体勢が微かに揺らぐ。その隙を狙い澄ましてアルケイデスは踏み込み、一瞬にして治癒された豪腕で彼を殴り飛ばす。
 腹部を貫く拳擊にクー・フーリンは吐瀉を撒き散らして吹き飛び、城壁に叩きつけられた。
 手応えはあった、しかし仕留めるには到底至らない。だがそれで構わなかった。斬りかからんとしていたオルタは、即座に黒剣を虚空に放り、背中の選定の剣を三本とも引き抜く。柄を三本握り締め、全てに魔力を込めた。所詮は使い捨ての投影宝具、躊躇う必要はない。

「撃ち抜け、『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』――!」

「――『射殺す百頭(ナインライブズ・アトラース)』」

 三条の極閃が放たれる。オルタの魔力に耐えられなかった投影宝具が自壊する。迎撃は転瞬、アルケイデスが槍技に於ける奥義を開陳した。
 巨躯の筋肉を膨張させ、躰を丸めるようにして力を溜めたアルケイデスが、両手で構えた巨槍を打ち出すようにして突き出す。九連する極光の閃きが、三条の宝剣の煌めきを完全に打ち消した。

「『約束された(エクスカリバー)』――」

 しかしオルタに動揺はない。この一撃で決める為の布石に過ぎなかったのだ。あらかじめ充填を終えていた、手元に落ちてきた黒剣を掴んで下段に構え、城諸共に全てを破壊する破壊の撃槌を放たんとしていた。
 ――だが、自らの奥義を次手の布石としたのはアルケイデスも同様だった。彼は最果ての槍を擲つ体勢を整えている。オルタの全身に鳥肌が立つも、止まれない。止まる訳にはいかない。

「大地を支える者。西の果てに埋もれる者。旧き神々の末裔アトラスよ、天地を投げ出し逃れるがいい。その五体、別つ時が来たのだ――」

「――『勝利の剣(モルガン)』ッッッ!!」

「さあ!『最果てを担いし巨神の柱(アトラース・ディアプトラ)』よ! (カミ)の力に抗えい!」

 黒き極光が斬り上げられる。黒王の全力の聖剣解放、対するは全くの同位に位置する最果ての槍である。投擲された最果ての槍が地の底より噴出した、黒い津波のような黒光の奔流を、正面から破らんと黄金の光を纏って飛来する。
 激突の瞬間、光が消え、音が死ぬ。炸裂した桁外れの宝具の鬩ぎ合いは完全に互角だった。城が防壁となっていなければ固有結界は崩壊していただろう。その城も余波のみで多大な損傷にひび割れようとしている。
 ――宝具が互角なら、決定打となるのは担い手の力量である。
 オルタの魔力、筋力を遥かに上回るアルケイデスの巨槍が打ち勝った。真名解放の魔力は打ち消されるも、投擲の威力は残っていたのだ。飛来した巨槍は、最大の一撃を放っていた故に硬直していたオルタに突き刺さる。

「か、は……っ」

 腹部を貫く槍で地面に縫い付けられるオルタ。アルケイデスが地を蹴り一瞬にして間合いを潰すと槍を引き抜き、なんとか踏ん張るオルタにトドメを刺そうと巨槍を振る――寸前。彼は(・・)、最早力尽きる寸前のサーヴァントなど見捨てればよかったものを、断じて見捨てぬ(・・・・・・・)と詰め寄っていた。

「『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』!」
「ッ……!」

 マスターが自ら近づいてくるのに眼を見開き、しかしアルケイデスは応手を誤らない。己の限界を超えた投影に疲弊している彼を――最新の英雄を、大英雄は断じて甘く見ていなかった。
 故に黒王の聖剣に遥かに劣る黄金の剣撃が不意打ちとなっても瞬時に反応出来た。巨槍を旋回させ贋作の聖剣の刀身を横に逸らし、その閃光の直撃を避ける。琥珀色をした鉄心の瞳と視線が合う。語るものはなく、アルケイデスは巨槍の穂先で彼を両断した。

「ぬ、」

 予想外の手応え。鋼を打つそれ。
 袈裟に切り裂かれた士郎が血を吹き出したが、躰が真っ二つにはならなかった。躰の内側に無限の剣があったような感触――半歩踏み込みが足りていれば間違いなくそれごと切り裂けたが、その半歩が足りなかった故に仕留め切れなかった。

「シロウッ!」

 オルタが彼を支え咄嗟に飛び退く。追撃に出んとするも殺気を感じて背後を振り向く。己の主人を斬られ憤怒に燃える猛犬が復帰していた。

「『刺し穿つ(ゲイ)』――!」
「……ッ!」

 狙うは心臓、謳うは必中。その魔槍の真価に、アルケイデスは後退を考える。しかしそれは間に合わない、見事な不意打ち。故にアルケイデスは果断だった。
 下がるのではなく、進む。自ら間合いを潰す踏み込みの速さはクー・フーリン以上。目を見開くクー・フーリンの魔槍を脇に挟んで掌で掴む。機先を制する無双の武量、彼はニヤリと嗤った。

「『天つ風の(リインカーネーション)』――」
「野郎……! 薄汚ねぇ手でオレの槍に触れてんじゃねぇッッッ!!」

 しかしクー・フーリンもまた負けていない。二度も宝具を奪われる醜態など晒さない。槍を掴む腕はそのままに、クー・フーリンは渾身の力でアルケイデスの腹部を拳で撃ち抜く。
 神獣クリードの外骨格を纏った拳である。紅い棘が食い込みアルケイデスの内臓を殲滅した。ショック死してもおかしくはない衝撃に――しかし人間の忍耐、その究極に在るアルケイデスは怯まなかった。辛うじて心臓は無事、死んでいないのなら充分だ。瞬間的に回復するだろう。元よりこの白打の間合いも己のもの。巨槍を地面に突き刺し、拳を握った彼が巌のような鉄拳を振るう。
 超雄同士が魔槍を奪い合うように片腕で握り合い、互角の膂力で真正面から殴り合う。アルケイデスは心臓と頭部を抉る拳のみを躱し、クー・フーリンを殴り抜く。
 筋力は同等、耐久も等しい。だが白打の技量はアルケイデスが上を行く。しかもアルケイデスはクー・フーリンからの打撃を如何に受けようと次の瞬間には回復しているのだ。一方的に消耗していくクー・フーリンは、しかし微塵も衰えぬ闘志を燃やしている。次第にクー・フーリンは真の姿を見せ始めていた。全身の筋肉が膨張し、身長がヘラクレスに比するまでに筋骨が拡張されていく。しかし理性を手放すものかと懸命に堪えた。本能で暴れる訳にはいかない。
 アルケイデスは沸騰する闘争本能に身を委ね、過去最大の強敵との殴り合いに奮い起っていた。まだだ、まだまだこんなものではないだろう、さあ魅せてみるがいい、抑えている力を解放しろ。無駄な自制を捨てろ――! 醜い神性を解放するがいい!
 アルケイデスの乱打にクー・フーリンの意識野が白熱する。無駄なのか、堪えるのは。自問が過る。だがその自制は無駄ではなかった。

 その、自らの『槍』の奮闘の熱気が、気絶し掛けていた士郎の意識を覚醒させたのだ。

 オルタが懸命に魔力を送り彼の中の聖剣の鞘が稼働していたお蔭でもあるのだろう。オルタを押し退けて立ち上がった士郎が改造した礼装、カルデア戦闘服の機能を使用する。
 サーヴァントを強化する支援魔術――『瞬間強化』だ。クー・フーリンの四肢に活力が戻る。のみならず一瞬のみ、明確にアルケイデスを凌駕した。ギラリとクー・フーリンの眼が光る。殴打の雨に晒され外骨格が破損した故に、拳を覆う紅棘は折れている。剥き出しの拳がアルケイデスの反応速度を超えて顔面に突き刺さった。

 真の姿を晒す宝具は治まる。人間としての姿に戻り、身長や筋力も元に戻った。展開されていた外骨格の鎧も限界を迎え消え去っている。破損が酷く、投影品のそれでは耐えられなかったのだ。
 だがそれで充分。想像を超えたクー・フーリンの拳擊によって、アルケイデスは魔槍を手放してしまっていた。踏鞴を踏んだ彼は、手を伸ばしても巨槍に届かないギリギリの間合いに押し退けられてしまった。

「これで終いだァッ!」
「いいや、まだだ!『射殺す(ナイン)』――」

 武芸百般の大英雄は、徒手空拳であっても奥義を放てる無双の勇者である。魔槍の真名解放よりも先んじて放てる。
 踏み込む。激甚なる体捌きが、今に魔槍を放たんとする光の御子の懐に潜り込ませた。
 もはや回避は出来ない。この奥義を以て最大最強の好敵手を葬らん――!

令呪起動(セット)――」

 アルケイデスはハッとした。クー・フーリンの目が死んでいない。焦っていない。これは一騎討ちではなく、信頼する主人の指示を待つ猛犬が、牙を剥くタイミングを測っていたのだ。
 失策を悟る。狙うべきは光の御子などではなかった。初戦でも、二度目の時も、己を撃退し、打ち負かしたのはあの男だったではないか。不覚を喫したと、アルケイデスは悟り――穏やかに、微笑んだ。

 やられた、な……。

「ランサー! ヘラクレスの背後に転移しろ! 今すぐに!」

 アルケイデスの拳が空を切る。眼前にいたはずのクー・フーリンが掻き消えていた。
 どう足掻いても俊敏に動ける体勢ではなかったはずだ。故に彼が消えたのは、錬鉄の鉄心がただ一画残していた令呪によるものだろう。背後に現れたクー・フーリンが、構えていた魔槍を解放する。

「――『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』ッ!」

 過たず己の心臓を貫く魔槍を感じる。背後からの必殺の槍。これを受けては、さしものアルケイデスでも生存は不可能。黄金の果実もない。
 己の敗北を認めた。三回戦い、三回とも、この最新の英雄によって己は敗れたのだと。

 その場に崩れ落ちるようにして、アルケイデスは倒れ。

 そして、アルケイデス『は』、二度と動く事はなかった。



「は――は、ハッ、は――ぁ」



 士郎は息を吐き出す、喘ぐようにして呼気を整える。二騎の大英霊の全力戦闘をカルデアからの支援も無しに支えつつ、自身は固有結界を維持しながら、聖剣の贋作を無理矢理に造り上げ、あまつさえ死にかけた。
 アラヤ識によって蓄えられていた、無尽蔵に近かった魔力が、このたった一度の戦闘で七割がた消費させられたのだ。なんて奴だと改めてヘラクレスへの畏怖の念を強める。

「よく、やってくれた。セイバー……ランサー」

 労う。心からの感謝と、賞賛の心があった。
 クー・フーリンは笑う。得難い強敵を打倒した歓喜が彼にもあったが、それでも。

「あんたがいたから勝てたんだぜ。つくづく思う、オレのマスターがあんたでよかったってな」
「……そうか。ああ、なら今後もそう在りたいものだな」
「それはそれとしてお腹が空きました。帰ったら祝宴をあげましょう」
「オルタ……お前な……。……いや、いいか。腕によりを掛けて作ってやる」

 呆れるも、しかしすぐに微笑み、士郎はオルタの頭を撫でた。手を置くのに丁度いい位置に頭があるのだ。オルタは頬に桜を散らし、抗議するように主君を見上げる。

「……私は子供ではありません」
「いいだろ、別に。可愛いオルタさん」
「っ……」
「おいおい……あんま見せつけないでくれるか? オレも流石に気まずいぜ……」
「ん? そうか。ならやめとこう」
「シロウ、早く固有結界を解除してください。……帰ったら、此度の功に報いてもらいます。ええ、今夜は長くなりますよ」

 その宣告に士郎は苦笑して、言われるまま固有結界を解除――

 解除出来ない(・・・・・・)

「ッッッ!?」

 士郎は顔色を変えた。固有結界を維持する魔力を切ったのだ。にも関わらず、この心象世界が現実世界に塗り戻されない。
 士郎の顔色の変化に、そして鋭い直感故に、オルタがハッとしてアルケイデスの倒れたままの骸を見る。

「死体が残っている……!? いや、それだけではない……これは……聖杯!? シロウ! あそこに聖杯の反応が!」

 霊核を破壊されたサーヴァントの死体が残るなんて有り得ない。必ず消滅する。
 にも関わらず、どうして彼の骸が残り続けているのか。オルタの言に、クー・フーリンが厳しい顔つきになり臨戦態勢となる。そして士郎の脳裏に電撃が走った。

 カルデアとの通信が途絶えた。いつも肝心な時に切れるから、今回も「またか」と感じただけで気にしていなかった。だがそれが何かの予兆だったとしたら……? アルケイデスが死んでも残り続ける骸、縫い止められたような心象世界。そしてオルタが真っ先に気づいた聖杯の反応――
 そしてかつて敵の思考と心理を分析し、その能力と特性を考察していたのが、全てこの瞬間に結び付く。

「そう、か――!?」

 愕然とする。

 もっと早くに気づくべきだった。人類史焼却者は聖杯を使って特異点を造り出している。
 製造したのか、はたまた調達したのかは定かではないにしろ、魔神柱らは複数の聖杯を(・・・・・・)所有している(・・・・・・)のである。それ即ち、一つの特異点に複数の聖杯があってもおかしくない、という事ではないか。

 この第三特異点の元凶となる聖杯とは別に、もう一つ聖杯があり、それを埋め込まれたのがヘラクレスだったのだ。

 魔神柱は世界に落とされた錨。世界を固定するモノ(・・・・・・・・・)。それは固有結界という名の心象『世界』を固定し、術者が解除する事を決して許さない。果たして固有結界・無限の剣製は士郎らを閉じ込める牢獄となった。
 最強の大英雄の力の根源だった無尽蔵の魔力。骸は消えない。死んでも残っている。ただでさえ強大だった霊基が、死体のまま数倍に膨れ上がって――

 ――読まれていた。知られていた。第二特異点で交戦した魔神霊から情報を得ていたのか、士郎が固有結界を使える事を知っていたのだ。

 そうとしか考えられない。魔神柱は、士郎が切り札を切って戦いを終わらせると分析していたのである。
 そして魔神柱はこう考えている。士郎らが魔神霊を倒せないならそれでよし、倒されるにしろ、時間は確実に稼げる。――いや待て、おかしい。自然に流してしまったが、魔神柱が互いに情報をやり取り出来るのはいい、そうでなければ士郎が固有結界を扱える事を知っているはずがない。
 だが冷静に思い返せ。士郎が固有結界の使い手だと魔神側で知っているのは、第二特異点で戦った魔神霊のみのはず。そこからしか漏れようがない。この周到な策には、固有結界の存在を織り込んでいなければ有り得ない数式がある。

 しかしその魔神霊は倒した。であればどこから漏れる? ――決まってる、倒した魔神霊そのもの(・・・・・・・・・・)からだ。死徒のように殺しても死なない……或いは倒しても通常の手段では殺せない特性を持ち、殺した後に復活されたか。
 ないとは言えない。殺しても別の場所で復活するだけというのは魔術世界では充分有り得る現象である。つまり魔神柱は不死である可能性が浮上するのだ。そしてカルデアとの通信が途絶えたという事は、カルデアが攻撃されている可能性も考えられる。カルデアの者が、カルデアに退去する際に逆探知されて座標が割れたかもしれない。
 しかしカルデアは今、特異な力場に守られ、冠位魔術師の英霊でも座標の特定は不可能に近いらしい。簡単に座標の逆探知など出来るものなのか。

「……いや、待て」

 さぁ、と顔から血の気が引く。

「不死……魔神柱……そうか、そういう事か!?」

 譫言のように呟きながら思考と記憶を纏め、全てを悟った士郎は、聳え立つ錨を見上げるようにして叫んだ。

「――レフ・ライノール! お前かッッッ!」

 カルデアに安置されているその死体。逆探知は出来ずとも、その遺体を利用する事は叶うかもしれない。痛恨の失策に気づいた士郎の叫びを嘲るように、彼らを脅かす最悪の敵が鎌首をもたげる。
 最悪の策謀は、此処に成った。アルケイデス(ヘラクレス)の霊基に打ち込まれた錨が、彼らの前に立ち塞がったのだ。



 ――魔神霊、顕現。



 
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