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人理を守れ、エミヤさん!

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海賊の誉れは悪の華

海賊の誉れは悪の華




 海賊、黒髭。エドワード・ティーチ。

 彼の者の轟く悪名、時代を跨ぎ。カリブ海を恐怖のドン底に叩き落とした稀代の大悪党。成した悪逆数知れず、蓄えた財宝綺羅星の如し。ある俗説に曰く、黒髭の財宝は国家予算に匹敵し、それを目当てにウッズ・ロジャーズ総督は海賊共和国と渾名されたニュープロビデンス島の平定、海賊の駆逐に乗り出したという。
 ――残忍無比、怜悧狡猾、大胆不敵。傲岸なる海賊エドワードは、銃の名手に非ず。剣の達人に非ず。血に飢えた狂王に非ず。その本質はどこまでも悪党であり、死後反英雄として英霊の座に刻まれようとも彼が改心するなど有り得ない話だ。
 にも関わらず、彼の言動はどこまでも軽く、薄く、他者の蔑みや嘲笑を買う道化のものだった。だが、時間軸の縛りのない英霊の座から仕入れた現代の軽薄な言論を引き出し、それを使っているのは彼の気紛れなどではない。
 生前の経験から純愛に憧れていた。それは確かだ。本当の愛に飢えていた、それも真実である。本物で不変の愛など架空の存在にしかないのではと諦めていた、というのもまた事実だ。だがそれがどうしてあの他者の蔑みを買う言動に繋がる?

 答えは一つ。大海賊、黒髭エドワード・ティーチは『識った』からだ。

 己の暴れ回った世界の狭さ。生前より憧れた星の開拓者により知識として世界を知っていたが、英霊の座に刻まれる事で更に先、星の果てまで人の手が伸びようとしている事実を知った。
 古今に名高き英雄豪傑、無数の冒険、伝説の財宝――それらは過去確かに実在し、現代の世界を見渡すにこれを出し抜くのは己であってもひどく困難であると知った。
 比するにどうか、己の悪行は。神話や伝説の勇者、悪党、怪物の財宝は。たかがカリブ海に一時期君臨した程度ではないか。

 己を遥かに上回る化け物がいる。己を上回る悪がある。これに媚び諂うのが悪党か? 否だ、断じて否だ。己の矮小さを知った、だからなんだ? 悪党は悪党らしく、どんな汚い手を使おうとその喉笛に食らいつかねばならない。例え格上が相手であっても。
 それが故の軽薄極まる言動だった。好きに笑い好きに見下せ、その代わり――『勝つ』のは俺だ。最後に笑うのはこの黒髭だ。海賊の誉れは自由である事と勝つ事、奪う事。悪党の本懐を果たすのが黒髭の矜持――否、海賊の誇り。これに泥を塗る事は誰であっても断じて赦さず決して逃さない。

 屑には屑の、悪には悪の、触れてはならない物がある。越えてはいけない一線がある。

 悪辣、残虐、残忍上等。血も涙もない悪鬼と好きに謗れ。しかし悪は、悪の華を咲かせる者は、外道(・・)であってはならない。
 善良なる皆様につきましては悪も外道も区別はつくまい。だが違う、一流の悪とは己の中に線がある。線引きを行い、その線の外には出ない。故に悪は外道ではないのだ。善悪一対などと嘯きはしないが、相応の覚悟がある。末路がある。
 悪の死に様はそれはもう惨めなものだろう。だが、だからこそ――自由なのだ。その自由を貶める者を赦さないのは、悪が悪であるが故である。

 故に。

「テメェら……そのザマで『海賊(じゆう)』の旗を掲げられんのか? 無理だわなぁ。一時とはいえこの俺の船に乗ったモンが醜態晒しやがって……」

 ――自由を失った海賊に生きる価値なし。存在する意義なし。ましてやその骸を弄ばれ傀儡として捨て石にされるなど笑い話にもならない。
 船長責任、などとも言うまい。アン・ボニー、メアリー・リード……彼女達が死んだのは黒髭の指揮が拙かったからではないのだ。弱いから死んだ、悪運が足りなかったから死んだ。悪の死は己のみの責任である。

 だが、同じ悪、同じ海賊として、懸ける情けはある。死後の亡骸を弄ばれる……そんなザマ、己が死後に首を刎ねられ晒されたようではないか。
 悪の死を利用するなとは言わない。しかしその誇りを汚すのなら……汚されているのなら、取り戻してやるのが海賊だ。

 ――銃撃の名手アンとカトラス使いのメアリーは海賊である。比翼にして連理、比類ない連携の殺しの技が悪の華。
 エドワードは剣の達人でも、銃の名手でも、徒手空拳の荒事に長けるでもない。故にその阿吽の呼吸より編み出される死の網を潜り抜ける技能を持っていなかった。
 エドワードは狂わない。巨大な自負がある。自由な悪が、あらゆる因果を己のものとする海賊が狂うなどあるはずもない。故に比翼連理の連撃に巻き込まれる事も厭わず、味方であるはずの比翼らの銃撃を浴び、斬撃を浴びても襲い掛かる血斧王の狂気を躱さない。

 黒髭は満身創痍だった。全身に傷のない箇所などなく、己の血に塗れ、それでも不敵に笑う。
 彼は殺されるだろう。秀でた筋力、化け物じみた頑強さと生き汚さがあろうと、それが通じる手合いではない。彼の銃撃は躱され、彼の肉体による打撃は届かない。多対一、同じサーヴァントである故にその差を覆せる力量がない。
 大斧がエドワードを横殴りに殴打し、吐瀉を撒き散らして巨体がマストに叩き付けられた。跳ね起きた黒髭の胴を銃弾が貫通する。斬りかかってくるカトラスの刃で袈裟に切り裂かれる。黒髭は己の霊核に致命的な損傷が入ったのを自覚した。
 メアリーを殴り飛ばす。カトラスで受けられ、自ら後ろに跳ぶ事で衝撃を殺された。
 感情の欠片もなく己へ銃口を向けるアン。今にこちらへ飛び掛からんとするエイリーク。体勢を整え再び斬り込まんとするメアリー。黒髭は、血に濡れた口許を荒々しく手の甲で拭う。蓄えた髭に付着した血の脂が鬱陶しい。だが今は気にならない。

「大したもんだ……」

 嘗ての部下の中には、これほどの腕利きの銃や剣の名手はいなかった。これほどの気狂いもいなかった。故に称賛する。ああ、お前らの力は、確かにこの黒髭を殺せるもの。誰か一人でも欠けていれば力業で殺せるが、三騎という数がバランスの妙だった。紙一重で黒髭は殺される。それを覆せる力が黒髭にはない。

 しかし――だからこそ、黒髭は嘲笑し勝ち誇るのだ。

「――莫ぁ迦が! ここはどこだ? 俺の船だろうが! ならよぉ……俺の船で俺の僕を出せない訳ねぇだろッッッ!」

 元より海賊、黒髭は己の武略によってのみ生きたに非ず。その奸智と悪逆によって台頭した悪党である。
 己にトドメを刺さんとした三騎の脚を、甲板の下から伸びた腕が掴んだ。低級霊、実体がないまま実体のあるものに触れる亡霊である。彼らとの交戦で一度も海賊の亡霊を呼び出さずにいたのは、この一瞬のため。

 亡霊が比翼の女海賊の脚を掴み、下から這い出た亡霊が腕を押さえ、首を絞め非力な女海賊らの身動きを拘束する。血斧王は無理矢理にでも襲い掛かって来たが、それでも動きは大幅に鈍っていた。
 容赦なく、無慈悲に。それこそが慈悲なのだとエイリークの首に腕を回して、脇に挟むと一息に圧し折った。どぉ、と倒れ伏す血斧王が霧となって消えていくのを見もせずに、完全に拘束された比翼の女海賊らに歩み寄る。もがく彼女らの、黒く染まった霊体に目を眇め、黒髭は呟く。

「あばよ」

 別れの言葉はそれだけだ。脳天に銃弾を一発ずつ撃ち込む。比翼故に片方を撃つだけで両名とも消えるが、彼女らの誇りは片割れのみの脱落をよしとしないだろう。
 ――なんだよ。最初からそうだったら素直に敬ってたのにさ。
 ――さすが、と言っておきますわ。船長(キャプテン)
 比翼らが口々に嫌みと皮肉を投げて寄越し、消滅していく。
 エドワードはふらふらとよろめき、柵を背にして座り込んだ。聖杯の嬰児が駆け寄ってくる。急いで治すわ、と。それに黒髭は嗤った。こんなにも無垢で、善良な彼女が、悪党を救おうとしている。それがおかしかった。荒々しく、しかし優しく、紳士的に押し退ける。

「要らねぇよ。ほっといてくれや」

 でも、その傷だと貴方は! そう反駁する聖母に、黒髭は嗤いを深める。

「安心しな、簡単にくたばりゃしねぇよ。今はちょいと、感慨に浸ってたくてな」

 重い声音である。聖杯の嬰児アイリスフィールは悟ったように目を見開き、そっと傍から離れていく。
 ああ――いい女だ。男の感傷を理解してくれるなんざぁ。ったく、俺はどうして、そんな女と縁がなかったのかねぇ。

「悪党だからな」

 鼻を鳴らし、エドワードは自らの黒髭に触れる。そこには先刻、同盟相手から押し付けられたものがあった。勝利の美酒の代わりだ、やっとけよ、と。血を吐いて、散々に切り刻まれ撃ち抜かれていたが、それでもそれ(・・)は奇跡的に無事だった。これも悪運かと失笑する。
 口に咥え、髭に織り込んでいた導火線の栓を抜く。火がついたそれを抜き取り、煙草に火を移した。

 肺に染み渡る。ぶはぁ、と虚空に吐き出した紫煙を見上げた。海賊は嗤う。

「この俺と組んだんだ。……負けやがったら承知しねぇぞ、マスター」






 
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