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人理を守れ、エミヤさん!

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幕間「決戦寸前、号砲を撃て」





 束の間の回帰。憤怒に、赫怒に染まる。

「そうか、そういう事か――これが貴様らの遣り方なのか」

 嗚呼、いと憎し。オリュンポスの神々よ、お前達の悪逆に比する、傲岸不遜なるモノを見付けてしまった。いと口惜しや、よもやこのヘラクレス(・・・・・)に纏わる者を斯様なまでに辱しめるとは。狂おしいまでに屈辱である。
 我を玩弄せし料簡、報いねばならん。憎悪では足りぬ、激情でも足りぬ。地上にある人語の臨界を遥かに上回る凄絶な義憤、私情、私怨が渦を巻く。そしてあらゆる負の想念を総括した、我が身の持ち得る邪悪な思潮。満ち満ちたり、心念の炎業よ。
 猛り狂う理性の蒸発。装填される猛毒の呪詛。埋め込まれる聖なる徴、史に打ち込まれる錨の重みが我を傀儡にせんとする。
 嘗てない満身の全霊を以てしても打ち払うには足りない。嗚呼、我が反逆の旗は折られるか。我が勲の悉くが無価値に堕すか。我独りで成せる偉業ではない、と。
 だが――心せよ。あの人間はお前達を超えていく最新の英雄だ。
 そして覚えおけ、私は断じてお前達を赦しはしない。喩え地獄の炎に焼かれようとも、此度の無念はこのヘラクレス(アルケイデス)が、断じて忘れぬ、断固として報いてくれる。

 人理を守護せんとする者ら、我が屍を超えていけ。果てにて我は御身を待つ。
















 宛は無くとも勘はある。白波の立つ嵐の中、航路を往くは二隻の船。
 無辜なる民草にとり、海賊船とは不吉を運ぶはずのものである。しかし今や、その二隻は救世の御旗を掲げる方舟となっていた。

 皮肉なもんだぜ、と見事な黒髭を蓄えた巨漢が嘯く。海賊なんざが世界を救うと来た! この俺がだ!
 こんな悪逆が他にあるか? 海の平和を守るだなんだと宣ってやがった、海軍の役目っつうもんだろうになぁ!
 奴らのお題目を悪党が演じる、ハハハ、こりゃあ愉快だ、なぁ!?

 エドワード・ティーチから水を向けられたのはフランシス・ドレイクである。
 並走する船の船首に立つ女傑は、同じく自身の船の船首に立つ大男の声に豪快且つ単純に言い放つ。

 なぁに寝惚けたこと言ってんだい? 元々この海はアタシらのものじゃないのさ。そいつを奪おうってんなら神様相手でもぶっ飛ばす! それだけだろう? 他の理屈、大義なんざ要らないね!

 敬愛する女海賊の言葉に、黒髭は弾かれたように仰け反った。そして頭を叩き、呵呵大笑する。そいつぁ言えてんな! 俺とした事が莫迦げた戯れ言吐いちまったぜ! ダァッハハハハ!
 船が往く。嵐の中を。それに負けない気炎を燃やして、暗雲立ち込める荒波を切る。高揚する海の男は燃えていた。押しも押されぬ大悪党、時代を切り開いた嵐の航海者、共に気勢は充分。決戦を目前に控えようと縮み上がる肝っ玉など有りはしない。大胆不敵に(みらい)を奪おうとする不逞な輩を撃沈せんと、彼らは激越な怒号を鬨として吼えた。

 意気火炎にして士気軒昂、進む船の舵は波を掴み、帆は嵐を捉え、主の意思が乗り移ったよう進み続ける。

 不思議な……そう、不思議なまでに静かな……凪いだ時が流れていた。

 海穏やかならずとも、悪の旗と自由の旗の下にある船員は凪いだ心境で佇む。
 しかしその薄皮一枚下で、ぐつぐつと溶岩のように煮えた戦意が燃え盛っていた。
 甲板にて槍兵が胡座を掻き、魔槍を抱いて瞑目している。柵に手を置いて周囲を警戒する盾兵は落ち着けない空気に震えを抑え、白髪の男が肩を叩いて蒼穹の心象のままに微笑んだ。
 黒き聖剣王は不動のまま。錬鉄の弓兵は鷹の目を細め。薔薇の麗人は覇気を纏ってその時を待っている。聖杯の嬰児が緊張の坩堝に体を強張らせているのに、和装の巫女はたおやかに励ました。

 時が近い、刻々と進む船は、地平線の果てまで陸の見えない大海原へと到達している。
 全員が感じている。強大な海の果てが壁となり自分達を押し潰そうとしていると。戦慄に総毛立つ者もいる中で、時間の流れが停滞していく錯覚に決戦の訪れを予感した。

「――見えたぞ」

 マストの上で遠くを臨んでいた錬鉄の弓兵が、赤い外套をはためかせるまま告げる。
 その声は嵐の風に負けず、全員の耳に届いた。豪雨が降り始めている。垂れ幕のように視界を塞ぐ雨粒の弾幕は、しかし鷹の目を遮れない。暴風の向こう側から、一隻の船が見えてきていた。
 ゆっくりと立ち上がった槍兵を尻目に、カルデアから通信が入ったのに衛宮士郎が応答する。

『マスター』
「なんだ、アグラヴェイン」
『敵サーヴァント反応、アルケイデスのものもある。それから出力の安定した宝具の存在と……この特異点の元凶である聖杯の反応も確認した』

 真っ向切っての総力戦である。宝具とやらは船であろうと察しがつく。
 好戦的に構える荒くれ者に、士郎が淡々と指示を出した。

「エドワード、頼むぞ」
「だぁっははははドゥフフwww 合点承知の助さぁ!」

 己の太腕を叩き、ぐっと力瘤を作った巨漢が多数の低級霊を召喚する。その数は少なく見積もっても千は下らない。彼は此処で全てを出し切るつもりでいる。
 士郎は己の手の甲を見た。全ての令呪を使い切り、先ほど一画だけ回復した。ネロは二画の令呪がある。やれるか、と思う。やれるさ、と呟く。アグラヴェインが巌のような声音で告げた。

『敵サーヴァントの反応は――八騎(・・)だ』

 一瞬、間が空く。楯の少女が目を剥いていた。そんな、と。しかし彼女の頭を撫でる男に動揺はない。やはり隠し球はあるか、と。微塵も揺らがない士郎に、マシュは知らず安堵する。
 寄り掛かってこい、俺はお前達を負けさせやしない。俺も、負けない。不敗の将は自陣を奮い立たせる。不敵に笑うのだ、指揮官は動じない。鉄壁の自制心がある。
 まだだろう? まだあるんだろう。晒していないものが。その全てを暴いてやる、全てを叩きのめしてやる。充溢した気迫が炉の火の如く盛っていた。

 しかし――ロマニの声が、固い。

『いや……待ってくれ。これは――』

 真名は知らない。顔も知らない。だが亡霊のように嵐を切って接近してくる船には、

 輝く兜のヘクトールがいた。
 史実に女海賊として名を残すアン・ボニーとメアリー・リードがいた。
 血斧王エイリーク・ブラッドアクスがいた。
 迷宮の怪物アステリオスがいた。
 裏切りの魔女の幼き日の姿メディアが。
 アルゴー号の船長イアソンが。
 姿は見えずとも船内には囚われのエウリュアレが。
 そして言うまでもなく、五体満足のアルケイデスがいた。

 だが、それは――全て。総てが、

『――全部死体だ(・・・・・)! その船のサーヴァントは全部死んでる! 霊基の残骸、残留霊基(シャドウ・サーヴァント)だ!』

 英雄船は、事実幽霊船だった。

 英雄らは眉を顰める。士郎もまた顔を歪めた。
 真実、不快だった。そうか、そう来るのか。そうしてしまうのか!
 どこまで愚弄する、どこまで弄ぶ、英霊は所詮使い魔、使い捨ての駒だと? いいだろう、そちらがそのつもりならば。

「――叩き潰す。捻り潰す。人間の尊厳、人間の誇りを踏み躙る下劣畜生がッ!
 皆、勝つぞ!」

 士郎の檄に怒気の滲んだ咆哮が応じた。

「部隊を再編する! マシュ、ネロを頼む!」
「え、わ、私は……!」
「お前しかいない。頼む」
「……はい、先輩もご無事で!」
「ああ。――ランサー、セイバー! お前達は俺と来い!」
「応ッッッ!!」
「ええ」

 光の御子クー・フーリンの眼が怒りの余り充血している。黒き聖剣王アルトリア・ペンドラゴンが冷徹に応じる。オルタは己をセイバーと呼ぶ男の怒気を感じ、感化されるように竜の猛りを腹に潜めた。
 矢継ぎ早に指示を飛ばす鉄心は、しかし熱く、頭は極めて冷静だった。

「他の面々はネロの指揮に従え。エドワード、お前も頭だ。ドレイクともどもお前らは勝手にやってくれ。それが一番強い!」
「ハッ! わかってんじゃないのさ色男! そうさせて貰うよッ!」
「……おうよ、俺も乗るぜ。久々にマジギレちまった。俺の部下だった奴の骸を使うたぁなぁ。ギャハハハ! 無様も無様……ブッ殺す!」

 二隻と一隻が互いを射程圏内に捉える。今、激烈な死闘が幕を上げんとし――衛宮士郎は静かに詠唱をはじめていた。

 体は剣で出来ている、と。








 
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