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人理を守れ、エミヤさん!

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涙を誘われる士郎くん!




「……」

 男の痛みは男にしか分からない。あれは確実に潰れた、絶対死んだ、再起不能だろう。股間を押さえて蹲り、白目を剥いて泡を噴く緑髪の青年の姿に、思わず涙を誘われる士郎である。 
 耽美な美貌も形無しだ。見ていた男性陣の股間がキュッ、となるのも無理からぬ。英霊故に種はバラ蒔けないので、生殖器が機能しなくとも何も問題はないが、それでも青年を襲う悲哀に士郎は冥福を祈った。
 謎の達成感を得て、額を拭う素振りをする玉藻の前に根源的な恐怖を懐く。クー・フーリンもアーチャーも、脂汗を浮かべて思わず目を逸らしていた。

「……」

 これどうすんの、アイツ絶対カウンター・サーヴァントだよね、人理焼却を阻止する側の、謂わば仲間なんだよねと通信機越しにロマニと囁き合う。ロマニはチン(・・)痛な表情で応じた。多分そうだよ、と。しかし開幕から金的された彼が仲間になってくれるのか、甚だ疑問である。心証は最悪ではなかろうか。
 宴もたけなわ、落ち着いてきた頃合いである。余ったものはタッパーに詰めておいてくれとアルトリアとオルタ、マシュに頼んで、士郎はアイリスフィールに要請した。彼を治してやってほしい、と。聖杯の嬰児は甚だ微妙な面持ちで、彼を治してくれた。

 だが無言。ダビデと名乗った青年は、顔を引き攣らせて玉藻の前から距離を置いた。

「ウチの者がすまなかった」

 誠心誠意頭を下げる。彼のタマは治ったが、タマさんへの恐れは治らず、そしてタマを襲ったチン撃の痛みが幻痛となって彼を苛んでいた。
 しかしそこは流石の英霊、ダビデを名乗るだけの事はある。さりげに士郎の体を楯に玉藻の前から隠れながら、なんとか応じてくれた。

「いや、構わないよ。僕は気にしてない、と言ったら嘘になるけど。うん、僕はサーヴァントだから、カルデアのマスターに壁を作りはしないさ」
「現在進行形で俺を壁にしてるが」
「……それは言いっこなしだよね。僕は男で、君も男だろう? なら男の痛みは分かるはずだ」
「……ネロ、頼むからタマさんに説教してくれ。普通に合理的に」
「う、うむ。キャス狐よ、こちらへ来い」
「みこっ? もしかしてこの流れ……私、吊し上げられちゃいます? えーん、私、女の敵を滅しただけなのにぃー!」

 味方になってくれるかもしれないサーヴァントに攻撃する奴があるか! と極めて真っ当なお説教をかまされ、正座させられた玉藻の前は首にプラカードを提げられた。『私はダメなサーヴァントです』と。
 あれだよ。あれ。女に男の痛みなんか理解できないんだから、玉藻の前が真に理解する事はできない。故に合理的に叱ってもらうしかなく、それは彼女のマスターであるネロの仕事だ。

「とりあえず、お前は本当にダビデ王なのか?」
「そうだよ。でも僕が嘗ての王だって事は余り気にしなくていいよ。……いや寧ろ気にしないでほしい。サーヴァントである時ぐらいは、羊飼いの気持ちでいたいんだ……」
「なるほど。了解した。それで早速で悪いが、俺達の仲間になってくれないか?」
「うん、それは無理だね」
「……」

 ですよねー。

「僕だって聖人君子じゃない。全てを水に流して許せる訳じゃないんだ。ああ責める気はないよ? 彼女が君や彼女のマスターの指示で僕の僕に攻撃した訳じゃないのは分かる。けどね、彼女を視界に入れたら縮み上がって動けなくなるよ、絶対。うん、僕はやる、かなりやるけど、そんなんじゃあの化け物みたいな奴との戦いでは足手まといにしかならないよ」
「……まあ、無理強いはしないが」
「それに現実問題として、僕は前線に出ない方が絶対にいい。僕の宝具や敵の目的にも繋がるからね」
「! 敵の目的だって? 知ってるのか」

 まあね、とダビデは頷く。教えてくれと頼むと彼は勿体ぶるでもなくあっさり告げた。
 彼の宝具、『契約の箱』について。それは実体化したままで、霊体化せず、ダビデが死んでも所有者が代わっていれば現世に留まり続ける。そしてこれに神霊を生け贄に捧げると、周囲一帯が消し飛ばされ、人理定礎があやふやな特異点でそれが起こると、人理焼却の完遂を待たずしてこの時代の人類史が復元不能となるらしい。
 そして既に敵は神霊を捕獲している。この宝具を奪われる事は、即ちカルデアの敗北に直結するのだ。

「最初はアルカディアの狩人と潜んでいたんだけどね、月女神を殺したと挑発してきたヘラクレス擬きに彼女は殺されてしまった……。彼の挑発は悪辣で、他の女神も捕らえて地獄の苦しみを与えたと言っていたから――彼女も冷静さを失っていたよ。僕も怒りを覚えたけど、流石に勝てる気がしなくて、僕は最後まで隠れていた。ヘラクレス擬きが辺りを薙ぎ払ってしまって隠れる場所がなかったから、海に潜ってね。そうして僕は、海を泳いで――まあ神に身を任せてこの小島まで流れ着いたんだ」
「……賢明な決断を下してくれたんだな。ありがとうお前のお蔭でまだ取り返しはつく」
「いいよ別に。元はといえば僕が召喚されてしまったのがいけないんだし。不可抗力なんだけどね。と、そんな訳で僕は君達とは行けない。『契約の箱』を守って隠れておくよ」
「分かった。次で決着をつけるつもりでいる、それまで辛抱してくれ」
「そうするよ。頑張ってくれ、僕の分も。何、君達は見たところ戦力は充実してる。僕の力を宛にしなくともやれるはずだ」

 そう言って本来の調子を取り戻したダビデに、士郎はホッとした。正直な話、問答無用で険悪に別れられても文句は言えない立場だったのだ。
 士郎としては彼と、極めて合理的で理性的な話が出来た事を喜びたい。それに『契約の箱』か。ヘラクレス野郎は女神を既に捕獲している……アルテミス以外の神霊を。それが何者なのかはさておくとしても、可能なら救出しておきたい。心情的にも合理的にも。

 頭の隅にそれを入れておきながら、士郎はふと思い出して問い掛けた。

「そういえば、ダビデ王はソロモン王の父親だったよな」
「ん? そうだね」
「ウチにソロモンがいるんだが。それについて何か言う事、聞きたい事はないか?」
「え? ソロモンがカルデアにいるのかい? ふうん……で、それが? 言う事なんかないけど。後それを僕に言う意味も分からないな」

 ナチュラルにクズい発言が出た。えぇ……と思わず通信機に映っているロマニの顔を見る。

「あ、そうですか……」

 おいロマニ、お前は何かないのか? 一応父親だろ? そう小声で問い掛けると、ソロモンことロマニもまた真顔で言った。

『え? ボクに父親なんかいないんだけど。母にバト・シェバがいるだけで、彼女についても特に親しみを感じないね。だってそんな自由がソロモンにはなかったから』
「……」

 完全に無関心である。冷淡とすら言える表情であった。そこに士郎は冷め切る以前に、そもそもなんの関係もない赤の他人を見るような温度を感じて、軽く眩暈がする。
 伝説で知ってはいたが、ダビデの野郎、本気で親としてアレらしい。いや、仕方ないと言えば仕方がないのかもしれないが。というよりダビデは割と人間として屑な真似もやらかしてるが……。
 まあ接してみた感じ、元々の女好きな気質と、王という立場に対する過度なストレスで色々参っていただけというふうにも見える。根っからの外道でも屑でもないはずだ。軽薄なきらいはあるがそれはいい。個性というものだ。

 まあ人様の家庭関係、しかも英霊となって過去として終わったものをほじくり返す趣味はない。
 俺は彼らの関係について触れるのはやめようと思った。いつかダビデ王と会うような事があり、伝説にあるような人間だったら、ロマニに対して「やーいお前のとーちゃんダービデっ!」と煽ろうと考えていたが、それはしない事にした。どう考えてもネタにしていい話題ではない。
 ロマニはネタにされても気にしないだろうが、やはり本人が気にしてないからと踏み込んでいい理由にはならないのだ。

「なあ、ダビデ。俺はお前の希望通り王としては扱わない。羊飼いとしての――個人としてのお前に訊きたい」
「なんだい? そんな改まって」
「俺達はまだヘラクレス野郎しか見てないが、他に敵サーヴァントを見なかったか? 正体が割れると助かるんだが」

 そう問うと、彼は真剣な顔で答えてくれた。

「敵ではあったけど、僕を助けてくれた槍兵はいた」
「……なんだって?」

 衝撃的な告白に、目を瞠る。彼は告げた。

「流石の僕でもヘラクレスの反転存在の目を誤魔化して、逃げ隠れは出来ないさ。彼――ヘクトールが、アルケイデスと名乗る敵が僕に気づかないようにして逃がしてくれたんだよ」
「……そのヘクトールはどうした?」
「さあ? どうなったかは知らない。あくまでバレないように僕を逃がしてくれただけだからね」

 ヘクトールは……敵ではないのか?

 新たに入った情報に、士郎はなんとも言えない悪寒を味わった。
 ――まだ、敵の掌の上にいる。決戦は近いはずなのだが、敵の真の狙いが他にあるような気がして……背筋を、嫌な汗が伝った。





 
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