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人理を守れ、エミヤさん!

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幕間「仕掛けは大詰め」





 策は嵌まった。面白いほど完璧に。

 唯一の瑕はアルケイデスの挑発にまんまと乗せられたアタランテであるが、その責を問うのは酷というものだ。
 士郎は空翔ぶ海賊船から離脱したアルケイデスの行き先を、目視可能の限界域まで見届けると、固い息を吐いて戦闘態勢を解除する。それに合わせてカルデアの面々も緊張を解く。
 黒髭がぷるぷると震え、口を突き出し、汗を吹き出して気色悪い表情になった。あ、もうマヂ無理、墜落しょ……と呟くや『アン女王の復讐号』は穏やかさを取り戻した海に軟着した。星の開拓者の『黄金の鹿号』が連結されていた故か最後の力を振り絞っての、極めて軟らかい墜落である。

 空を翔ぶのにはかなりの魔力を消費するのだ。短時間とはいえ、あの激戦の舞台を維持するのは相当に無理があったらしい。黒髭が宝具の維持は困難だと途切れ途切れに云うと、一同は慌ててドレイクの船に跳び移った。
 黒髭の旗艦が消える。一先ず最優先にすべきは霊核に致命的な損傷を受けたアタランテの治療である。アルケイデスは敢えて彼女を即死させず、致命傷を与えるだけに留めていたのだ。それはアタランテが重態のまま生きていれば、ある程度の気を払わねばならないからで、またアタランテ自身はアルケイデスの脅威足り得ないという認識があった為である。アタランテ以外であれば容赦なく殺されていただろう。

「――私を治すな、キャスター」
「ど、どうして?」

 アタランテはアイリスフィールが宝具を使おうとすると、それを止めて治癒を拒んだ。
 驚いたように目を見開く一同に、彼女は訥々とした語調で謝罪する。

「さっきは足並みを乱してすまなかった。だが、次あの男を見た時も冷静でいられる自信はない。私は――この戦いでは無用の存在だろう。大人しく脱落し、カルデアで再召喚されるまで――いや再召喚してくれるなら、それまでに頭を冷やしておく……」
「気に病む事はないぞ、麗しのアタランテ。貴様が役に立たぬ訳がないのだからな」
「そうだ。確かにお前はヘラクレス野郎とは相性が悪い。だが他にも敵が存在する可能性が濃厚なのに変わりはないぞ。そちらで力を振るってくれればいい。失点は取り返せる範囲だ」
「マスター、エミヤ……そう言ってくれるのは、素直に嬉しい。しかし私は私の、狩人にあるまじき失態を赦せない。戦場が船の上か、狭い孤島ばかりでは……やはり十全に働く事は難しい。それなら私に割いている魔力リソースを、他に回した方が、ずっといい。……ふ、話している間に時間切れだ。すまない、別の戦いでは、ちゃんと役に立って――」

 そこまで言って、アタランテは消滅した。

 カルデアに霊基を登録されている故に、再召喚に応じてくれたなら再び会える。だが、だからと言って簡単に呑み込めるものではなかった。特にネロにとっては。難しい顔をするネロに、士郎は重苦しく言う。

「……切り替えろ、なんて簡単には言わない。だがアタランテに自責の念を懐かせたまま、俺達が負ける訳にはいかないだろう。人理修復はまだ途上だ。また次にでもアタランテに力を借りよう」
「分かっておる。分かってはいるのだ。……しかし、今少し上手く余の気持ちを伝えられていれば……アタランテは残ってくれたのではないか? そう思うとな……」
「何引き摺ってんのwww 今は消えた奴の事よりこれからの事だと拙者は思うでがんすwww」
「くっ――黒髭ッ!」

 ふざけたように混ぜっ返す黒髭に、ネロは目を剥いて怒りを露にした。だが黒髭は堪えた素振りもなしに平然と続ける。

「ぶっちゃけあの女の言う通りだ。役に立たねぇよ森の狩人は。海の上で必要なのは脚の速さでも弓の腕でもねぇ、冷酷に冷徹に立ち回れる胆なんだよ。それが敵一人のせいで持てないってんなら邪魔だから消えてろ――ってのが拙者の忌憚のない意見ですデュフwww」
「黒、髭ぇ……! 貴様……!」
「よせ、ネロ」
「シェロ! この男はアタランテを侮辱したのだぞ! 黙っていられるか!?」

 巨漢の海賊に食って掛かろうとするネロの前に腕を伸ばし、士郎が止める。それにネロは顔を赤くして反駁した。しかし、士郎は首を横に振る。ますます怒りを強めるネロへ、『黄金の鹿号』のドレイクが気まずそうに言った。

「あー……ちょっといいかい? アタシはアンタらとは知り合ったばかりだからね、なんとも言いがたいんだけどさ、その海賊の言う事にも一理はあるんじゃないか? 今は消えた奴より今後の事を話そうじゃないのさ」
「くっ……! ……そう、だな。その通りだ……」

 完全な第三者の視点から言われ、ネロは怒りを呑み込んだ。世界の中心だったローマ帝国の皇帝だった女だ、癇癪さえ抑えられれば物の道理は弁えられる。
 鎮静化された空気は、電撃の余韻があるように刺々しい。マシュが居心地悪そうに身動ぎする。士郎が手を叩いて空気を入れ換えた。

「敵戦力の分析を行う」

 異論はないかそれぞれの顔を見渡し、何かあればすぐに言ってくれと身振りで促した。
 何もないようなので士郎は人差し指を立てる。

「――復讐者のサーヴァント、真名をアルケイデス。この男の宝具は十二の功業に纏わるものだ。異なる見解はないな?」
「はい、先輩。ですが彼はそれ以外にも宝具があるようです」
「そうだな。奴の使っていた大剣がそれだ。銘はマルミアドワーズ。逸話によるが伝説の聖剣エクスカリバーよりも格上の剣だ。尤も、エクスカリバーが最強の聖剣である以上、それよりも上というのは誇張だろうが――担い手がヘラクレスではなくアルケイデスだからその力を発揮できていない可能性はある。……奴はそれをランサーの宝具を相殺する為に捨てた。マルミアドワーズが今後振るわれる事はないだろう。考える必要はない」

 エクスカリバー以上の剣、という下りにアルトリアは物言いたげな顔をしたが、それは流す。
 マルミアドワーズを手に入れたアルトリアは、喜んでエクスカリバーからマルミアドワーズに剣を持ち換えようとしてマーリンに叱られた、という逸話があった。またはエクスカリバーを臣である騎士に貸し与えたとも。

「問題は奴の宝具だ。十二の試練に関わるものを宝具として取り出せる――これは破格だろう。狂戦士のヘラクレスが持っていた蘇生の不死性はないのだろうが、それにしたって壊れ性能だ」
「だが奴の宝具は粗方破壊した。奴の手札も戦力も底が見えるのではないか?」
「だな、アーチャー。念の為お復習(さらい)だ、奴の試練に纏わるものをどれだけ破壊したかのな」

 第一試練、ネメアの谷の獅子。これの産物であろう裘にはかなりの損傷を与えたが、まだ失われたわけではない。
 第二試練、ヒュドラ退治。一度目の交戦の際に奇襲に用いられただけで、まだ備蓄はあると思われる。油断は禁物だ。もし食らえばその戦闘で復帰するのは難しい。アイリスフィールの宝具、玉藻の前の宝具を使用する隙を与えようとはしないだろう。
 第三試練、ケリュネイアの牝鹿の捕獲。神獣であるケリュネイアの牝鹿は、オルタの聖剣で消し飛んだ。
 第四試練、エリュマントスの猪。これはクー・フーリンの魔槍で屠っている。
 第五試練、アウゲイアス王の家畜小屋の掃除。これは水の理を支配する形で具現化していたが、その殆どは消耗させたはずである。まだ使用可能である可能性はある。警戒は必要だ。
 第六試練、ステュムパリデスの鳥。ヘラクレスはこれを追い散らすのに鳴子を使ったのだが、どうした訳か青銅の矢が変化する形で具現化している。或いは鳴子の方もあるかもしれない。これも油断は禁物。
 第七試練、クレタ島の暴れ牛。クー・フーリンに以下同文。
 第八試練、ディオメデス王の人食い馬。クー・フーリン以下同文。
 第九試練、ヒッポリュテ女王の帯。オルタの聖剣を相殺する為に、ケリュネイアの牝鹿もろとも使い潰された。
 第十試練、ゲリュオンの飼い牛。クー・フーリン以下略。
 第十一試練、黄金の林檎。以下略。
 第十二試練、地獄の番犬。以下略。

「……」
「……」
「……」

 クー・フーリン、殺り過ぎである。
 士郎は咳払いをして続けた。

「逸話から分かる通り、奴の移動手段は最早存在しない。第五試練のものを使えば単独でも動ける可能性はあるが、奴はもうそれをしないだろう。――次は必ず仲間を連れて来る。つまり決戦になると見ていい」

 決戦。その響きに、マシュとアイリスフィールは固い唾を呑み込んだ。
 しかしその瞳に怯えはあれど、死んでいない。それで充分だ。士郎は今ある情報を纏めつつ告げた。

「敵の目的、詳細な陣容は不明なままだ。だがそれでも戦いが決する時もある。ヘラクレス野郎は聖杯と繋がっている――つまり奴の背後には必ず聖杯を所有する黒幕がいて、その敵首魁がこの特異点に於ける錨、魔神柱の操り人形であるはずだ」

 魔神柱。ソロモン王の七十二の使い魔の名を騙るモノ。今、カルデアでロマニが取り掛かっている重大な任務は、特異点Fで仕留めたレフ・ライノールの遺骸の解析だ。それを果たせば分かるものもあるだろう。
 だがソロモン王のデミ・サーヴァントであるロマニをして、解析には手こずっているらしい。簡単には分からず、今は宛にできない。

「ヘラクレスの野郎の戦力は大幅に落ちたのは間違いない。役割を決めよう。ランサー」
「応」
「お前は奴を仕留めろ。一対一だ」
「了解。手早く片付けて他の連中の援護に回れってんだろ?」
「そうだ。奴がどれだけの強敵であれ、あれほど宝具を消耗したんだ。遅れを取るお前じゃないと信じる。だが奥の手はまだ隠しているかもしれない。気を付けろ」
「あいよ」

 軽く応じるクー・フーリンは、あくまで自然体だ。気負った様子もなく、戦場を支配した王の如き不敵な威風がある。彼に任せれば不覚はないと信じられた。

「アルトリア、オルタ。お前達は敵にヘクトールがいた場合これを抑えろ。アルトリアもそうだがヘクトールも九大英霊の一角。防戦の巧みさは伝説に刻まれるほどだ。二人掛かりでも決めきれないかもしれないが、最悪抑えるだけでいい」
「……ランサーには打倒しろと言うのに、私には足留めですか」
「いいでしょう、挑戦と受け取りました。最速で打ち倒して御覧に入れる。もしもランサーが奴を倒すよりも先だったなら、バーガーを山のように作って頂く」
「はは、怖いな。だが頼もしい。是非俺の予想を超えてくれ」

 安心感では騎士王達もクー・フーリンに負けていない。それぞれが同一人物とはいえ、一騎だけでも聖杯戦争で主役を張り、勝利を掴み得る騎士である。ならば惑う事などあるものか。
 士郎は全幅の信頼を置く三人を見渡し、それから黒髭とドレイクを見る。

「エドワード。ドレイク。この特異点は海が主なフィールドだ。敵は必然、船に纏わる英霊の可能性がある。ヘラクレス野郎が挑発の為に溢した、もう一人のアタランテの存在……そしてヘラクレス野郎を召喚出来る縁を持つと来れば、連想は簡単だろう? アルゴノーツのイアソンが敵首魁なのかもしれない。神代最高の知名度を持つ船乗りが敵になるとしたら、お前とドレイクは立派なメインを張る事になる。その時は頼むぞ。正面から打ち砕けるのはお前達だけだ」
「デュフフ、神話の船乗りなんざぁ、古すぎて朝御飯前ですwww ちゃちゃっと沈めてお宝奪っちゃいますぞwww」
「いいねぇ……エミヤっていったっけ? アンタ人を乗せるのが上手いじゃないのさ。アタシとした事が滾って来ちまったよ……!」

 苦笑して士郎はドレイクの熱視線を受け止める。たじろぎもしない不動の姿は、海賊からしても好感を持てるものらしかった。

「さて。残りだが、マシュ以外は全員ネロの指揮に従ってくれ」
「む? シェロはどうするのだ?」
「俺はランサーのバックアップだ。信頼してるし任せているが――ああいう手合いには、最大限の警戒を重ねる主義だ」

 士郎の断固とした決定の表と裏には、アルケイデスへの厳重な警戒心がびっしりと敷き詰められている。それ程までに彼はアルケイデスを――ヘラクレスを畏れていたのだ。
 一回目の交戦時はいい。だが先刻の戦いでは、仕留めきれると思ったのだ。策が完全に嵌まり、二振りの聖剣と、魔槍が放たれたのである。当初は手札を削る、明かし切るのが目的だったが、それ以上は出来たはずで。あそこから逃がす羽目になった時点で、士郎はアルケイデスは絶対確実に倒さねばならないと確信したのだ。
 野放しには出来ない――そんな危険性がある。士郎の言に一同は頷いた。そして、ふと。

 くぅ、と可愛らしい音がする。

 おやと全員が音源を探すと、顔を真っ赤にして俯いたマシュがいた。士郎は微笑み、ドレイクに言う。

「あの小島に行って、飯にしよう。腹が減っては戦は出来ない、ってな」











 ――完全に敗北した。完膚なきまでに敗れ去った。
 アルケイデスは己の状態を確認するも、暗澹たる有り様である。

 宝具『十二の栄光』は破綻した。第五試練の水の理を操る力も、死地よりの離脱を経て全ての力を出し切ってしまった。
 残されたのはネメアの獅子の裘と、ヒュドラの毒だけだ。これでは単身で挑むのは自殺行為でしかない。牝鹿という脚もなくなった。聖杯はアルケイデスの肉体は癒すが、その宝具までは回復出来なかった。これ以上は流石に、仲間が必要である。

 アルケイデスは霊体化して海の上を彷徨う。亡霊のように。そうしてアルゴー号へ帰還したアルケイデスは、仲間達と共に決戦に赴くべきだと考える。
 問題は、あの偏屈な男をどう説得し、イアソンを動かすかだが――暫く考えを纏めていると、アルケイデスはふと気配を感じて振り返った。

「――ようやく帰ったか、イアソン。待ちくたびれたぞ」

 斜に構えた金髪の優男が嗤う。おいおいどうした最強、と。それでも■■■■■か、と。アルケイデスも苦笑して己の様を笑った。
 ああ、ここまでしてやられて黙っていられるものか。反撃といこう。後は『契約の箱』を手に入れるだけなのだから――






 
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