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替え玉狂騒曲(舞台用シナリオ)

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替え玉狂騒曲 (舞台用シナリオ)

 
前書き
「登場人物」


石倉 裕次郎(有名俳優) 58歳           
   まり子(妻・専業主婦)52歳            
   ももこ(長女・OL)23歳           
   あんず(次女・大学生)20歳            

山内 キリコ(裕次郎の付き人)48歳            
氷室  拓哉(ももこの彼氏)26歳
吉田  羊子(無名女優)42歳 
石倉   明(裕次郎の父)80歳
美智子(裕次郎の母)78歳
エンジェル(フィリピン人女性)40歳

ナッキー(女性タレント)38歳
ニッチモ(女漫才師・万事Qス)35歳
サッチモ(女漫才師・万事Qス)35歳
川口(女性・番組スタッフ)
戸田(カメラマン)

※出演者計15名

 

 
シーン① 
〇裕次郎宅・リビング(まもなく午後一時)

上手にキッチン 
中央にリビングダイニング 下手に廊下と玄関
リビングにダイニングテーブル ソファとローテーブル
キッチンとの間にはアコーデオンカーテン
(カーテンは開いている)
リビングダイニングの廊下側にはソファとローテーブル
キッチン側にはダイニングテーブル
その上にポットと茶のセットが置いてある
棚には本(小説などに混ざりゴルゴ13の漫画本)、
酒瓶(洋酒や焼酎など)、缶詰(ゴルゴサーディン)

------- テレビの音がしている

------- トイレを流す音 ドアを乱暴に閉める音

明(声)  「まり子さ~ん、まり子さ~ん、トイレ空いたよ~。」
 
まり子(声)「はーい」

------- しばらくして、再びトイレを流す音 

まり子、新聞と眼鏡を持ち、廊下奥から現れる
部屋に入ると顔をしかめ、
ローテーブルのテレビリモコンを掴み
観客席に向け、スイッチを切る仕草
--------テレビの音が止む

今来た廊下に目をやるまり子
辺りも散らかっていて、
溜息をつくと、面倒そうに片付け始める
        裕次郎、台本を読みながら、同室に入ってくる

裕次郎  「おい、熱い茶を一杯入れてくれ。……おい。」

        まり子、片づける手を止めず、そっぽを向いたまま

まり子  「ポットにお湯入ってますから、ご自分でどうぞ。」

裕次郎、ダイニングテーブルに座り
自分で茶を淹れ始める  
        明、廊下に現れ部屋の前で立ち止まると
        聞き耳をたてる

まり子  「あなた、お義父さんなんとかしてよ。
      何でもやりっぱなしなんだから。
      今も、テレビ付けっぱなし、
      読んだ新聞はトイレに置きっ放し。
     (新聞を裕次郎の顔の前で振り、ニオイを嗅いで)
臭っさい。
      トイレのスリッパもなくなってたし……。」

        はっとして、足元を見る明。
        トイレのスリッパを慌てて脱ぐと
        それを手に、そそくさと廊下奥へ消える。

まり子  「洗面所にはコレが……。」

        眼鏡を裕次郎にかざし
        ローテーブルに置く、まり子

まり子  「ドア閉める時も、ばたーんて乱暴だしねぇ。
      もぉー、お義父さんたら、やることなすこと粗野で
      いやんなっちゃうわ。
      あなたからも注意してよ。私が言うと角が立つから。
      ほらっ、ここにも……。」

        ソファの上に丸まった靴下をつまみ上げ、
        顔をそむけるまり子。
        裕次郎、台本を片手に茶を飲み
        丁寧に湯呑をテーブルに戻す
        そんな裕次郎の悠然とした動きを
        ぼーっと眺めながら

まり子  「こんなに物静かで上品な人がこの家で育ったのが
      フシギでしょうがない。」
    
        首を傾げるまり子 
        そこへ、美智子が入ってくる

美智子  「まり子さん、この間頂いたお紅茶があるでしょ?
      あれを淹れてくれない? 出来たら私の部屋までお願いね。
      ああ、そうそう、さっきのお昼ご飯の味噌汁だけど、
      具の切り方、あれなんなの?
      煮付けの具みたいにゴロゴロ大きくて。 
      味付けもなんだか最近薄いし……、
      あなた、それでよく料理上手で通ってるわね。」

まり子  「すみません、お義母さん。でも、あれはわざとそうしてるんです。
      よく噛むと素材の味がよくわかりますし、体にもいいんですよ。
      それに、お義父さんもこの人(裕次郎)も血圧が高めなので、
      塩分も控え目にしてまして。」

美智子  「あーら、それなら、私用に鍋に小分けして
      別に味つけすればいいだけのことでしょ。
      まったく、ほんのひと手間をしぶるんだから、この人は……。
      ああ、それとね、前にも言ったと思うけど、
      私は白みそよりも合わせみそが好きなのよ。夕飯は合わせ味噌にしてね。
      ところで、いま何時かしら?」

まり子  「(部屋の時計を見て)もうすぐ一時ですけど。」


美智子  「あらやだ、たまちゃんのラジオが始まっちゃうわ。
      今日は私の大好きな純烈がゲストなのよ。
      うふふ、楽しみだわ。
      じゃ、お紅茶、お部屋までよろしくねっ。」
           
        退室する美智子
        ソファに座り込むまり子

まり子  「お義母さんたら、なにがひと手間よ。
      うちは大家族なんですからね。
      お義父さんにお義母さん、私たち夫婦に娘が二人、
      おまけに住み込みの付き人さん。
      全部で七人よ、七人。買い出しから料理、
      配膳から片づけまで全部私に押し付けといて……。
      こっちの苦労も少しはわかってほしいもんだわ。
      なに、お義母さんの分だけ小分けして味を変えろ? 
      ご冗談でしょ。今度からインスタントにしてやろうかしら。
      まったく、我儘が過ぎるのよお義母さんは。
      みんなの健康を考えて手間をかけて作ってるっていうのに。」


        裕次郎、台本に目を落としたまま
        まり子に背を向けるように座りなおす
        まり子、裕次郎を一瞥すると
        立ち上がり、テーブル周辺を片づけ始める
           
まり子  「あ、そうそう、あなた。ももこの彼氏のこと、知ってるでしょ?
      会ったことあるわよね?」

裕次郎  「うん? うーん。ちらっとな」

まり子  「ももこったら、いつまであんなのと付き合うつもりかしら。
     (言いながらソファに座る)      
     『ちわっす、そうっす、』って、すっすすっす、なにあれ。
      ホント感じ悪いのよねー。
      あんずも呆れてたわよ。
      なんでお姉ちゃん、あんなチャラい男と付き合ってるのって。
      高校中退のフリーターだなんて……
      まったく……、あんなんじゃ先が見えてるわ。
      そう言えばあの男、最近うちに姿を見せなくなったわね。
      ひょっとして、もう別れたのかしら……。
      だったらいいんだけど……。」

裕次郎  「うーん」

まり子  「ねぇ、それとなく、ももこの様子、
      気にかけてやってよね、父親なんだから。」

裕次郎  「うーん」

        まり子、立ち上がり
裕次郎から台本を奪い取る
          

まり子  「ちょっとあなた! 聞いてるの? 
いま大事な話をしてるんですからね!」

裕次郎  「おいおい、台本返してくれよ。セリフ覚えてんだから。」

        台本をソファに落とすまり子
        裕次郎、台本を持ち直す 

まり子  「あなたって、いっつもそう。仕事にかこつけて……。
      私の話なんかこれっぽっちも聞いてないでしょ。」

裕次郎  「聞いてるよ。」

まり子  「うそ。面倒なことからは逃げてばっかり。
      周囲のことにはまるで無関心なんだから。
      そんな鈍感なあなたが、
      よくまぁ、俳優なんてやってられるわねー。」

美智子(声) 「まり子さ~ん、お紅茶まだかしら~? 
        ついでに焼き菓子も頼むわね~ 
        まり子さ~ん、聞こえてる~?」

まり子  「あーん、もううんざりよ。
      私は家政婦じゃないのよ! 頭にきちゃう!
      あなたもあなたよ。
      私が一生懸命話してるのに、
      ちっとも真剣に取り合おうとしないんだから。
      いいわよ。そうやって、いつまでも無視してなさい。
      もうやめた。ばかばかしい。あとはよろしく!」

        まり子、持っていた物を床へ投げつける
        小さなバックを手に取ると部屋を飛び出す 
        入れ替わりに入ってくる山内とぶつかりそうになる
        振り切るように玄関を飛び出す、まり子  

山内  「あれ? まり子さんどうかしたんですか?
     ものすごい剣幕で出てっちゃいましたけど。」   

裕次郎 「(落ちた物を拾いながら)なんか、癇癪起こしちゃって……」

山内  「ええ? すぐに戻ってくるんでしょうね。
     明日ですよ、『火曜ワンダー』の収録。
     奥さんの手料理も披露することになってるんですからね。」

裕次郎 「ああ、そうだったな。」

山内  「携帯は?」

裕次郎 「え?」

山内  「奥さんにすぐ電話するんですよ。」

     裕次郎、テーブルの携帯をつかみ

裕次郎 「あ、これ、家内のだ。」

山内  「ええ? 携帯持たずに出たんですか?」

裕次郎 「……」

山内  「困ったな。裕さん、奥さんの行先、心当たりあります?
     もし今日中に戻らなかったら……」

裕次郎 「そうだねぇ、どうするかな……」

       そこへ、明が眼鏡を探しに入ってくる。

明   「裕次郎、俺の眼鏡知らねーか? 
    (ローテーブルを見て)おう、あったあった。」

       眼鏡をかけ、新聞を広げながら
       大股でソファに座る明
       
裕次郎 「父さん、父さんのせいですよ。」

明   「はぁ?」

裕次郎 「父さんがだらしないから、家を出てっちゃったんですよ。」

明   「誰が」

裕次郎 「まり子ですよ。」

明   「まり子さん? え? いつ。ちょっと前までいただろ。」

裕次郎 「だから、たった今、怒って出てっちゃったんですよ。」

山内  「そうなんですよ。で、もし明日までに奥さんが戻らないと
     困ったことになるんです。
     実は明日の昼から、この家で番組の収録がありまして。」

明   「ああ、聞いてるよ。
     火曜日の夜七時にやってるやつだろ。
     有名人のお宅訪問。俺も毎週見てるよ、あのコーナー。
     ってことはナッキーちゃんも来るんだろ?
     そいつは楽しみだな。」

山内  「問題は、裕さんとまり子さんが
     一緒に出演しないといけないってことなんです。
     まり子さんの手料理も披露することになってるし。」

明   「戻りそうにないのか? まり子さん。」

裕次郎 「うーん、携帯置いたまんまだし、
     すぐに戻ってくるとは思うんだが。」
     
山内  「ホントですか? 
     前にも二~三日戻らなかったこと、ありませんでしたっけ? 
     さっきのあの様子じゃ、なんだか不安だなぁ。
     ねぇ、裕さん。一応、最悪の事も考えておいたほうが……。」

裕次郎 「うーん……」

明   「料理ぐらい山内君がちゃちゃっと作りゃいいだろ。」

山内  「あいにく、私は料理が苦手で。
     そうだ、大奥様に頼んで作ってもらうわけには
     いかないでしょうか。」

明   「あっははっ、ばか言っちゃいけねーや。
     あいつは芋の煮っころがしっきゃ作れねーよ。
     けど、洒落た料理を作れる人なら知ってるよ。
     なんなら、その人に俺から頼んでみよっか?」

山内  「ほんとですか? いやー、それは助かります。ねえ、裕さん。」

裕次郎 「うーん、どうなるかわからんけども…… 
     まぁ、念のため頼んどくか。」

明   「そんじゃ、早速連絡とってみるわ。」
  
山内  「はい、お願いします。」
        
明   「おぅ。」

       明、勇んで部屋を退室
       廊下奥に消える。

山内  「料理の方はなんとかなりそうですね。
     問題は奥さんなんですけど……
     最悪の場合、大奥様に出ていただきましょうか。」

裕次郎 「うーん、そうだなぁ……」

山内  「でもなぁ…、世間ではおしどり夫婦で通ってるし、
     やっぱり夫婦揃っての出演の方がイメージはいいんだけど。
     ……あ、ちょっと待って。
     裕さん、今ちょっとひらめいたんですけどね。
     奥さんの代役をたてる……っていうのはどうでしょう。」

裕次郎 「代役?」

山内  「そうです。代役です。
     幸い、奥さんはテレビとか目立った媒体には
     顔を出したことがありませんし、
     知り合いのご近所さんから漏れないように、しっかりと口止めしておけば。」
       
裕次郎 「代役っていっても……、そううまくいくかねぇ。」

山内  「うちの事務所に、うってつけの人がいるんです。
     裕さん知らないかな。吉田羊子っていうですけど。
     舞台出身の女優でね。
     この間も深夜のドラマに出演してたんですよ、
     女盗賊の役で。存在感のあるなかなかいい演技でしたよ。
     私も役者してたからわかります。
     彼女、近いうちきっとブレイクしますよ。
     あ、そうだ、次の仕事の打合せで、今事務所にいるはずです。
     たしか明日はオフのはず……。」
    
       山内、急いで事務所に電話をかける

山内  「ああ、佐々木君?  山内だけど、お疲れさん。
     あのさあ、そっちに吉田さんいる?
     羊子さんよ、……そう。……あ、来てる、
     よかった。じゃあ、これからそっち行くから
     事務所で待っててもらって。うん、はい。よろしくね。

     裕さん、いましたよ。
     じゃあ、ちょっと行ってきます。
     ああ、それともし、奥さんが戻られたら、
     私か事務所の方に連絡してください。
     (行きかけて振り向き)
     ……すぐに戻ってくるといいですね、奥さん。
     じゃ、よろしくお願いします。」
   
     出ていく山内の背中に 

裕次郎 「ああ、悪いなぁ山内君。よろしくなー。」
        
       急いで玄関を出ていく山内
       ぽつんと部屋にとり残され
       ぼんやり空を見つめる裕次郎             


       (ジングル)-----暗 転


シーン②
〇同室(夜)
       ももことあんず
       ソファにならんで座っている
       スマホをいじる、ももこ
       あんず、ジュースとスナック菓子を
       交互に口へ運ぶ 

ももこ 「あんず、食べすぎだよ。太っても知らないよ。」

あんず 「だってー、夕飯、出前のピザだけだったんだもーん。
     それにしても、ママどこ行っちゃったんだろうね。」

ももこ 「うん。最近、なんかイライラしてたから、ストレス発散しに
     ひとりカラオケにでも行ってるんじゃない?」

       いたずらにスマホをいじる、ももこに      

あんず 「……ねぇお姉ちゃーん、拓哉さんとまだ連絡つかないの?」

ももこ 「うん? うん……」 

あんず 「おかしいよね、急に連絡が取れなくなるなんて。
     いるな、女が。」

ももこ 「やっぱそうかなぁ。」

あんず 「決まってるよ。」

ももこ 「……」

あんず 「メールも来ないんでしょ?」

ももこ 「先月まではあったんだけど。
     ゴールデンウィークに入ってからはほとんどない。
     『元気にしてる?』って送ると、
     『元気だよ』って返ってくるぐらいで。」

あんず  「ああん、もう決まりだよ。別れ話が面倒くさいから
      このままフェードアウトってパターンでしょ。
      あたし、前から思ってたんだ。
      なんでお姉ちゃんがあんなチャラいのと
      付き合ってるんだろうって。
      もう、あんなのこっちから振っちゃいなよ。」
 
ももこ  「でもさぁ、拓哉と付き合ってもう三年だよ。
      そう簡単に、はい、さようならってわけにはいかないよ。」

あんず  「お姉ちゃん可哀そう……。もう許せない! 電話貸して。」

        ももこの手からスマホをもぎ取る、あんず

ももこ 「ちょっと、あんず、何する気?」

あんず 「文句のひとつも言ってやるのよ。ふざけんなって。」
      
ももこ 「ちょっとやめてよ。」

あんず 「だって、このままじゃ悔しいじゃん。 
     お姉ちゃんは悔しくないの? 
     こうなったら、あいつをうちに呼びつけて、
     はっきりさせようよ。」

ももこ 「うちに?」

あんず 「もし来なかったら、これで終りだよって脅すのよ。
     そこまで言って来ないようなら、
     それだけの男だったってことでしょ。
     お姉ちゃんもきっぱり諦めがつくじゃん。
     ほら、電話して。明日、うちに来いって。」

       ももこの携帯を差し出す、あんず

ももこ 「でも明日、昼から、うちでロケがあるんだってよ。」

あんず 「あそっか。まぁ、うちらは別に関係ないけどね。
     じゃあさ、朝の早い時間しよっか。九時とか十時。」

ももこ 「でも……」

あんず 「こういうことは先延ばしにしてちゃだめ。早いほうがいいの。」

ももこ 「うん……、わかった。」

       ももこ、意を決して拓哉に電話する

ももこ 「……もしもし? もし…… 
     (あんずの方を見て)やっぱ留守電…。  
      
     拓哉、元気にしてる?
     この間のゴールデンウィークにも、
     何度かメッセージ入れといたんだけど、聞いてくれた?。
     ずっと会ってないから、心配してるのよ。
     体壊してるんじゃないかって。
     それとも、私のこと避けてる?

     あのさぁ拓哉、   
     拓哉は私とこれからどうしたいのかな。
     まさかこのままフェイドアウトなんて、ないよね。
     拓哉の本当の気持ちが知りたいよ。

     明日、うちにきてくれない?
     どうしても直に会って話がしたいの。
     午後は都合悪いから、明日の朝、できるだけ早い時間に来て。
     九時とか十時に。お願いだから、ぜったいに来てよね。
     待ってるからね。」

       あんず、ももこの携帯に向かって

あんず 「来なかったら、お姉ちゃんとはもうおしまいだからね!」

       電話を切ると、
       祈るようにスマホを胸に当てる、ももこ
   
あんず 「お姉ちゃん……」

       姉の肩に腕をまわし、
       心配そうに顔を覗き込む、あんず
             
             (ジングル)-----暗 転

シーン③
〇同室(翌日・午前十一時過ぎ)

       裕次郎、ソファの側に立ち、落ち着かない様子
       ソファに並んで座る、山内と羊子
       スマホで動画を見ながら打合せをしている
        
山内  「羊子さん、この動画よーく見て。
     奥さんの話し方とか雰囲気、これで
     特徴を掴んでほしいんだ。できそうかな。」

羊子  「はい、なんとかやってみます。」
        
       羊子、ビデオを見ながら練習する
       そこへ、嬉しそうに入ってくる、明

明   「もうすぐ料理が届くってよ。今連絡がきた。」
        
山内  「そうですか。良かった、収録に間に合って。」

明   「なんだかすまねーな。
     俺のせいでこんな面倒なことになっちまって。」
     
       ---------チャイムの音

明   「おっ、料理が来たようだぞ。」

       明、玄関に出ようとすると廊下奥から
       ももことあんずが勢いよく飛び出してきて
       明とぶつかりそうになる
       あんず、早口で 

あんず 「おじいちゃん、いいから、いいから。」
        
       あんずに押し返される明
       息を整え、玄関を開けるももこ
       が、意に反してそこにいたのは
       大きな手提げ袋を持った色黒の外人女性

エンジェル「アキラちゃ~ん、持っティきータよぉー」

       あんずを押しのけ、ももこと入れ替わる明

明   「おおー、ごくろうさん、ごくろうさん。                 
     エンジェルちゃん、わざわざすまなかったなぁ。」

       彼女の手から手提げ袋を受け取り

明   「まあ、上がってくれ。」

       ところがエンジェルの後ろに
       もう一人若い男が立っている

明   「あれ、後ろの兄ちゃんは?」
     
       振り向くエンジェル

エンジェル 「知らないヨー。あなたタレね?」

拓哉  「ちわっす」
      
       明を押しのけて、ももこが前へ出る 

ももこ 「拓哉? ああ、やっと会えた……
     十一時過ぎたから、もう来ないかと思ったわ。」 

明   「なんだ、ももこの彼氏か。
     君も、いいから上がんなさい。」

       エンジェルに続いて玄関に上がる拓哉
       何か小声で話し込む、ももこと拓哉
       そばで聞いている、あんず
       明、誇らしげに手提げ袋を持ち上げながら
       部屋に入る

明   「料理がきたぞー。(エンジェルに)さあ、入って入って。」
      
       促され、部屋に入るエンジェル
       そこへ廊下奥から現れる美智子
       ドア越しから部屋の中をそっと窺う
       エンジェルと馴れ馴れしくする明を見て
       いきなり部屋に入ってくる美智子

美智子 「あなた、この方どなた。」

明   「ああ、エンジェルちゃんか? この人は
     俺がいつも行くスナックのママさんだ。
     (エンジェルに)なぁー。」

エンジェル「ハーイ、ワタシ、エンジョゥね。明ちゃん、いつも
      私のお店来る、チョーレンさんね。」

美智子 「スナックのママがなんでここにいるんですか。
     わけのわんないこと言って。
     それに、さっきからなに、鼻の下伸ばして……
     いやらしい。」

       真顔に戻る明

明   「ばーか、そんなんじゃねーよ。
     これには、事情があってよぉーー。
     (裕次郎と山内に)なぁ? なぁ?」

       明を無言で睨みつける美智子
       威圧感におされ、たじたじの明
         
       ローテーブルに料理の入ったタッパーを出し
       中身を確認する山内と羊子

       廊下でしばし話し込んでいた
       ももこと拓哉
       そこに割り込んで声をかける、あんず

あんず 「とにかく、立ち話もなんだし、
     お姉ちゃんの部屋に行こう。」

       廊下奥へ歩き出す、ももこ、あんず、
       拓哉、開いたドアから部屋をチラッと覗きこみ、
       一旦通り過ぎるが、ふと立ち止まって
       再び部屋の前へ戻ってくる
       ももことあんず、拓哉が着いてこないので
       再びリビング前へ戻ってくる 

拓哉  「ん? あの女の人、どっかで見たような……         
     誰だっけ……」

ももこ 「ちょっと拓哉、いくわよ。」

拓哉  「ちょい待ち。あっ!
     あの人、ナパーシャっくね?
     夜中のドラマに出てた……
     あーっ、やっぱ、そうだよ! 
     女盗賊ナパーシャじゃん! マジか!」

       興奮しながら部屋に踏みいる拓哉
       無遠慮に羊子のそばへ近づく 
       驚いて立ち上がる羊子と山内

拓哉  「あのう、ナパーシャさんっすよねー?
     『勇者カオスの冒険』に出てた!
     うわーー、マジっすか。
     俺ファンなんすよ。握手してもらってもいいっすか。
     あざーっす。うわー、やっべー!」
      
羊子  「よく、私だってわかりましたね。
     ナパーシャのメイク、隈取りみたいにすごかったから、
     私の知り合いも、あれが私だって気づかなかったのに。」 

拓哉  「いや、俺、気になってすぐにネットで調べて、
     事務所のホームページ行ったんすよ。
     そしたら、素顔の写真が載ってて。
     ええと、たしか吉田ぁ……。」

羊子  「羊子です。吉田羊子。」

拓哉  「そうそう羊子さん!
     うわーマジかー、やっべー。
     あのぉー、(ポケットからメモ帳とペンを取り出し)
     せっかくなんで、サインもいいっすか。」      

       渡された手帳にサインする羊子

山内  「(裕次郎に)あの人は?」

裕次郎 「ああ、あれか? ありゃその、ももこの、なにで…」

山内  「ああ。」

羊子  「(拓哉に)お名前は?」

拓哉  「氷室拓哉っす。
     氷室京介の氷室に、木村拓哉の拓哉っす。
     (手帳を返してもらい)あざーっす!
     やったぁ! ナパーシャの生サインゲットだぜぇ。
     感激~。ああ、記念に写真もいいっすか。
     (羊子の横に立ち、スマホで記念写真を撮る)
     あーざっす、あーざっす。へっへっへ。
     あのー、でも、なんでまた、ももこんちに?
     今日、ここでなんかあるんすか?」

       辺りをキョロキョロ見回し
       一人はしゃぐ拓哉に呆れ顔のももこ 

ももこ  「ちょっとー、恥ずかしいから騒がないでよ。
今日うちでテレビのロケがあるの。」

拓哉   「(羊子に)へぇー、そうなんすか。ドラマっすか?
      今度はどんな役なんっすか?」

洋子   「いえ、あの、ドラマとはちょっと違うんですが……」      
    
       山内に(どうしましょう)と
       視線を送る羊子  
      (どうします?)と裕次郎に視線を送る山内

裕次郎 「しょうがない、煩いからあいつにも一応説明しといてやってくれ。」

       それを聞いて明、睨みつける美智子に 

明   「ほら、山内君が事情説明するってよ。お前も聞いてろ。」

山内  「裕さん、いいんですか?」

裕次郎 「ああ。こうなったのも、
     あいつ(拓哉)と、まんざら無関係じゃないからな。
     現状をあいつにも知っといてもらわないと。」
      
山内  「わかりました。
     ちょっと、あなた(拓哉)、今から事情説明するから、
     落ち着いて聞いてくれるかな。」

拓哉  「あー、はい。」

山内  「実はね、昨日、裕次郎さんと奥さんにひと悶着あって……、
     奥さん、怒って家を飛び出してしまったのよ。」

裕次郎 「原因のひとつは君だ。」

拓哉  「えっ、俺っすか? え、俺?」

       腕を組んで深くうなずく裕次郎

拓哉  「(ももこに小声で)え、俺のせい?」

       首を傾げるももこ    

山内  「残念ながら、今日になっても奥さん、まだ戻ってきてません。」

美智子 「まだ戻らないの? 家のことほったらかしで、
     どこほっつき歩いてるんですよ、あの人は……」

裕次郎 「母さん、まり子が出てったのは、
     母さんとも無関係ではないんですよ。」

美智子 「はぁ? なによ、あたしとなんの関係が……」

山内  「今日は昼から、ここで番組のロケがあってね、
     ホントなら裕さんと一緒に奥さんも出演しないといけないのよ。
     しかも、奥さんの手料理を披露することになってて。」

明   「そう! それで俺がエンジェルちゃんに頼んで
     まり子さんの代わりに料理を作ってもらったんだ。
     で、それを今朝、わざわざエンジェルちゃんが
     うちまで届けてくれたってわけよ。
     なあ、エンジェルちゃん。」

エンジェル「はーい、パグルルート。りょりおまかせねぇー!」

山内  「いつ戻るかわからない奥さんをあてにはできないので、
     急遽、奥さんの代役として、
     羊子さんに来てもらったというわけなの。」

拓哉  「え? ってことは、つまり、
     羊子さんを奥さんの替え玉にするってことっすか?
     はっはっは、なんかおもろそうっすね!」

山内  「わかってるとは思うけど、他言は無用よ。」         

       怪訝そうに拓哉を見る山内

羊子  「あのう……山内さん、このお料理なんですけど、
     本番で聞かれたら、説明しないといけないんですよね。
     でもこれ、知らないお料理ばっかりなんですけど……」 

明   「エンジェルちゃん、この人に料理の説明してやってよ。」

エンジェル「いヨー。これー、キニラウ。アピタイズー。」

羊子  「……ああ、アペタイザー、前菜ですね。」

エンジェル 「そー。これー、シニガン、ソォパス。(スプーンで飲む真似)」

羊子  「あ、スープ。」

エンジェル「そー。これー、」

羊子  「ああ、これはわかります。春巻きですね。」

エンジェル 「そう、はるめーきー。」

羊子  「な、なんか、日本語の発音が……、個性的……」

エンジェル 「こスーてき?」

羊子  「そう、個性的……(苦笑)」

エンジェル 「(褒められたと思い)そうてすか、ありかとねー。
       サラマッサイヨー。」

山内  「(時計を見て)そろそろ、番組のスタッフが
     打合せに来る頃だわ。
     どう、羊子さん、説明、うまくできそう?」

羊子  「うーん、名前も聞いたことない料理ですし、
     いまいち、説明する自信ないんですけどぉ…」

山内  「エンジェルさんに教えてもらってる時間もないしなぁ。」

拓哉  「じゃあ、これ使ったらどうっすか。」

       ポケットからワイヤレスイヤホンを取り出し
       スマホと一緒に山内に見せる拓哉

山内  「え? どういうこと?」

拓哉  「二台のスマホを同期させて、トランシーバーにするんすよ。
     このイヤホンを彼女(羊子)につけてもらってぇ、
     別室から声を飛ばすんす。」

山内  「トランシーバー? へぇ、スマホでそんなことできるの?」

拓哉  「ちょっと、それ、いいっすか。」

       拓哉、山内が持っていたスマホを受け取り、
       慣れた手つきで操作を始める
       息をのんで拓哉を見守る一同  

拓哉  「うっし。これで同期完了っす。
     ちょっと試しに……」

       羊子、拓哉からスマホを受け取り
       イヤホンを耳に装着
       隣のキッチンに移動する
       裕次郎と羊子
                  
裕次郎 「そっちでなんかしゃべってみてー!」

拓哉  「アーアー、聞こえます?」

羊子  「ああ、聞こえます! よく聞こえます!」

山内  「なるほど。これを使って、
     こっちから声を飛ばせばいいのか。いいわね。
     これでいきましょう。」
           
       --------チャイム音

山内  「あ、来たかな。」

       ももこと拓哉、交互にスマホに話しかけ
       キッチンにいる羊子と
       トランシーバーのやりとりを練習する
       山内、玄関でスタッフを出迎える
       リビングのドア越しから

山内  「裕さーん、奥さん、スタッフさんがみえましたー。」
    
       キッチンの裕次郎と羊子、顔を見合わせ、
       気を引き締める
       リビングを抜け廊下に出る二人
       番組スタッフの川口、戸田と共に、
       廊下奥へ消える山内、裕次郎、羊子
        
       (ジングル)  -------暗 転

シーン④
〇裕次郎邸玄関先(正午)

       ナッキー台本を読んでいる
       万事Qスの二人、雑談しながら出番を待っている
       その間、戸田と川口
       裕次郎邸の外観や無人の室内、
物撮りなどしている 

戸田  「川口さん、料理はこれですよね?」

川口  「そう、アップで撮っておいて。」

       ダイニングキッチンのテーブルにある料理を
       撮影する戸田
       その間、リビングに移る川口

川口  「戸田ちゃん、それ終わったらこっち来てー。」

戸田  「はーい。」

       リビングに移動する戸田

川口  「この棚の本と、あと、そこのお酒の辺も
     アップで撮っておいて。」

戸田  「はい。この缶詰は?」

川口  「(台本を見て)ああ、それ特に大事。」

戸田  「了解です。」

       その間にアコーデオンカーテンを閉じる、川口
       撮影が終わると二人、玄関に出てくる
       川口、ナッキーに近づき 

川口  「ナッキーさん、すみませんが、
     今日は万事Qスのお二人、ケツカチなんで、
     一時半までには、ここを終わらせたいんですよ。
     タイトなスケジュールで大変申し訳ないんですが、
     なんとか、ぶっつけでよろしくお願いします。」

ナッキー「うん、了解です。」
     
ニッチモ「ナッキーさん、すみませんね。」

ナッキー「二人とも忙しそうじゃない。
     だけど、去年のM−1惜しかったよねぇ。
     もうちょっとで一位だったのに。」

サッチモ「はい。でもあれ以来仕事が一気に増えて、
     ありがたいことです。」

ナッキー「そう。結成何年だっけ?」

ニッチモ「今年で十五年目です。」

ナッキー「あらそう。売れてよかったじゃない。」

サッチモ「はい、お陰様で。」

ナッキー「今日は二人で、どんどん場を盛り上げてよね。」

ニ・サ 「はい、がんばります!」

川口  「ナッキーさん、玄関前にスタンバイお願いしまーす。」
          
       ナッキー、玄関前でスタンバイ
       懐から手鏡を出し身だしなみを整える 

川口  「(ニッチモ、サッチモに台本を見せながら)
     万事Qスさん、いいですか?
     ナッキーさんが、
     『今日のゲストはこの方たちでーす』と言ったら
     元気よく登場してください。そして、
     お二人の紹介が済んだら、家の第一印象をナッキーさんが聞きますから、
     それぞれお答えになってください。
     あとはナッキーさんを先頭に家に上がっていただいて。
     リビングルームを見ながら、家主さんを推理していただきます。
     そのあいだはずっと長回しになりますので。
     よろしいでしょうか。」

ニ・サ 「はい、了解です。」

        戸田、カメラを構える
        川口、指でカウントしながら
        合図を送る

川口  「では参ります。本番五秒前。四、三、……(キュー出し)」

ナッキー「こんばんはー、ナッキーです。
     有名人のお宅訪問。
     今日は神奈川県は横浜市青葉区にやって参りました。 
     そして、本日のゲストはこの方たちでーす。」

        ニッチモ、サッチモ、腰を低くし
        手を叩きながら賑やかにフレームイン
        二人の動きに合わせ、カメラとマイクも動く

ニ・サ 「どーもどーもーー。」

ニッチモ「ニッチモでーす。」

サッチモ「サッチモでーす。二人合わせて」

ニ・サ 「万事Qスでーす!」

ナッキー「はい、というわけで、本日のゲストは
     万事Qスのお二人でーす。
     さて、このコーナーはゲストの方たちに家の中を見てもらって、
     ここが誰のおうちなのか、当てていただくわけですが、
     お二人、第一印象はどうですか?」

ニッチモ「はぁー、なかなかの豪邸ですねぇ。
     玄関に植えてある木も、なんだか南国チックで。」

サッチモ「見てくださいよ、この玄関。
     無駄に広いアプローチ、豪邸の証しですよぉ。」

ニッチモ「ホント、外観もちょっとしたビルですよね。」

サッチモ「あ、あっちには、高級な外車もある。」

ナッキー「はい、それでは早速、中をご案内しましょう。」

       ナッキー、ドアを開け玄関に上がる
       後ろに続くニッチモ、サッチモ
       カメラ陣も追いかける 

ナッキー「はい、ここがリビングです。」

ニッチモ「うわー、ここだけで1Kの我が家より広いわ。」

サッチモ「落ち着いた感じのお部屋ですね。」

       しばらくの間、室内を見て回る一同

ニッチモ「この中に、なんかヒントはありますか?」
     
ナッキー「はい、これを見てください。」

       ナッキー、棚に置いてある本を取り
       二人に見せる

ニッチモ「ええ? もしかしてゴルゴサーティーンですか?」

ナッキー「はい、家主は
     ゴルゴサーティーンの愛読者なんです。」

ニッチモ「ということは、五十歳以上の男性でしょうかね。」

サッチモ「ここにお酒もずらーっと並んでますよ。」

       サッチモ、酒瓶の横に積んである缶詰を見つけ、
       手に持ち、ラベルをカメラに向けさせる

サッチモ「あっ、これ、見てくださいよー。
     ゴルゴサーティンならぬ、ゴルゴサーディン、ですって。
     サーディンの缶詰ですよ?
     ラベルにもでっかく、デューク東郷の顔!」

ニッチモ「へえー? そんなのあるの?
     ゴルゴサーディンて、オヤジギャグそのまんま
     じゃないですかー。」

サッチモ「さすがはスナイパー。
     無防備な我々の心臓を
     バキューンと撃ち抜いてくるネーミングですねー。」

ニッチモ「サーディンだから、いわしのオイル漬けですか。
     いいですね。アニメとコラボってる缶詰、他にないかな。
     豚バラの缶詰でベルばらとか、練り物の缶詰でナルトとか。」

サッチモ「ナルトの缶詰? ナルトしかはいってないの?」

ニッチモ「そう、ナルトだけのおでん缶。」

サッチモ「そんなのあるか。」

ナッキー「はい、ということで、家主はお酒とゴルゴをこよなく愛する、
     ちょっとニヒルでクールなお方のようです。
     誰だか、想像はつきますか?」

       ニッチモ、サッチモ、考えながら
       思いつくままに家主の名前をつぶやく(アドリブで)

ナッキー「さあ、今言った中に正解はあるんでしょうか。
     それでは、次の部屋へ参りましょう。」

川口  「はい、OKです。では二階へ移動しまーす。」

       川口を先頭に一同リビングを退室

       少し間を置き部屋に人がぞろぞろ入ってくる
       山内、美智子、明、ももこ、あんず、拓哉
       最後にエンジェルが元気よく入ってくると
       明、顔がにやけだす
       そんな明に絡みだす美智子
       割り込むように山内の仕切る声
       
山内  「ご静粛に。いいですか皆さん。この作戦が成功するかどうかは、
     皆さんにかかっています。争っている場合ではありません。
     ここは一致団結して参りましょう。
     拓哉君、トランシーバーの感度はどうかな?」

拓哉  「いいっすよ。いつでもオッケーっす。」

山内  「よし。もうちょっとしたら撮影隊がキッチンに降りてきます。
     そしたら皆さん、静かにスタンバイですよ。いいですね。」

       一同、顔を見合わうなずく
       固唾を飲んで待っていると
       撮影隊がダイニングキッチンに入ってくる
       
ナッキー「はい、そしてここがキッチンです。」

ニッチモ「待ってましたイートインコーナー。」

サッチモ「なんかいい匂いがしてますよ。お腹空いたーー。」

ナッキー「家主の奥様はお料理が大変得意なんです。
     これをご覧ください。これは、私たちのために
     奥様がご用意くださった手料理の数々です。」

       カウンターに置かれた鍋や皿に注目する
       万事Qスの二人

ニッチモ「うわー、うまそー。」

サッチモ「これいただいていいんですか?」

ナッキー「だめだめ、後で奥様にご登場いただいてから、
     試食してもらいますからね。
     さあ、部屋を一通り見てきましたけれども、どうですか。
     家主さんがどなたか、わかりましたか?
     ニッチモは? 誰だと思う?」

ニッチモ「私はもうわかりました。」

サッチモ「ほー、誰?」

ニッチモ「この家の家主さんはズバリ、舘ひろしさんです。」

ナッキー「ほー、なんで?」

ニッチモ「舘さんはゴルゴの役にぴったりハマる俳優さんですよ。
     間違いありません。
     (ハズキルーペのCMを真似て)
     ゴルゴサーティーン、好きだな。」

ナッキー「さあ、それじゃ、サッチモはどうかな。
     家主さんはいったい誰でしょう?」

サッチモ「私は佐藤浩市さんじゃないかなと。」

ナッキー「ほー、なんで?」

サッチモ「家主さんはニヒルで酒の似合う男でしょ。
     もう佐藤浩市さんしかいないでしょ。
     ゴルゴにも似合う男でしょ。」

ナッキー「なるほどー。お二人ともファイナルアンサー?」

ニ・サ 「ファイナルアンサー」

ヨッシー「はい。それでは家主さんにご登場していただきましょう。
     この家の家主さんは……この方です!」

       キッチンに悠然と現れる裕次郎
       隣のリビングでは拓哉が持つスマホを囲んで
       家族一同スタンバイ
       スマホから聞こえるキッチンの様子に集中する 

ニ・サ  「あーーそーかー。」
         
       カメラの前で苦笑いする裕次郎
 
ナッキー 「この家の家主は、石倉裕次郎さんでーす。」

ニッチモ 「裕次郎さん、ゴルゴサーティーン、お好きなんですか?」

裕次郎  「ふふふ」

サッチモ 「あの缶詰、ゴルゴサーディンには驚きましたよ。
      酒の肴にまでゴルゴにこだわってらっしゃるんですねぇーー。」

裕次郎  「ふふふ」

ナッキー 「ところで裕次郎さん。さっきから万事Qスの二人も気にしてたんですが、
      このお料理をお作りになった奥様も是非ご紹介いただけますか?」

裕次郎 「おーい、まり子―。」

       キッチンに羊子が現れる

ナッキー「ああ、奥様ですか?」

裕次郎 「家内のまり子です。」
         
羊子  「はじめまして。妻のまり子です。」

ニッチモ「ほーー、お若くてお綺麗ですねぇ。」

ナッキー「お子さまはいらっしゃるんですか?」

羊子  「はい、娘が二人。」

ナッキー「おいくつとおいくつ。」

      
       拓哉のスマホに顔を近づける
       ももことあんず、小声で

ももこ 「二十三歳、OL。」

あんず 「二十歳、大学生。」

羊子  「はい……ええ、上の子は二十三歳でOLをしてます。
     下の子は二十歳で大学生です。」

ナッキー「へぇ、そんな大きなお嬢さんが。ほかにご家族は?」

       美智子、スマホに顔を近づけ

美智子 「夫の両親、あと住み込みの付き人さん。」

       明、スマホに顔を近づけ

明   「全部で七人ね。」

羊子  「はい、夫の両親と、あとー、住み込みの付き人さんがいます。
     全部で七人です。」

サッチモ「へえー、七人の大家族ですか。
     それは大変ですねぇ。」

羊子  「はい、そうですね……。」

ナッキー「このお料理も手がこんでて、美味しそうですよ。
     毎回、こんな手の込んだものを作ってらっしゃるんですか?」

羊子  「はい、まあ、料理はわりと好きですので……」

ニッチモ「いただいていいですか?」

羊子  「どうぞ。」

サッチモ「ああやっと、食べられる。」

ニ・サ 「いただきます。」

      各々料理を小皿にとり
      試食するナッキー、ニッチモ、サッチモ

ナッキー「いただきます。美味しい! お刺身ですか。
     酢で〆てあるみたいですけど、なんていうお料理ですか?」

羊子 「今日のお料理は全部フィリピンの友達から教わった料理で、
    ええと、今召し上がってるのが前菜によく食べられる……」

      羊子、さりげなくイヤホンのついた耳を押さえる
      スマホに顔を近づけるエンジェル

エンジェル「キニラウ、キニラウ」

羊子  「キ、キニラウです。」

ナッキー「キニラウですか。お酢以外にもなんか入ってますよね。」

エンジェル「ガータスナンニュウ、ガータスナンニュー」

羊子  「ええ……、ガ、ガー、ガーリックをベースにした
ドレッシングで和えてます。」

エンジェル「ちかう、ちかう、ガータスナンニュウねー。」

ニッチモ「ああ、ガーリックですか。へぇ~。
     (首を傾げ)なんかちょっと、ココナッツミルクみたいな
     香りがしたんですけどねぇ。
     こちらのお料理もいいですか?」
   
       ナッキー、万事Qス、
       スープを飲み始める

サッチモ「ほー、これはスープですね。酸味がきいててうまー。」

エンジェル「シニガン、シニガン。」

羊子  「はい、このスープは……、シニガンといいます。」

ナッキー「こっちは春巻きですね。
     こんなに長くて大きいのは、初めて見ます。
     いただきます。うまっ。
     なんだかいろんなものが入ってますね。」

ニッチモ 「ほんとだ。にんにくがきいてていいですね。」

サッチモ 「お肉は何かな。野菜もたくさん入ってますね。」

エンジェル「ああん、カラヌンネンノカラヌンネは、あい、ぴき?
      キャウレー、キャウレーたから、ああ……、にんちん?
      シブヤースー、シブヤースは、たま、たまねーき?
      レポルヨーは、ああ……、きゃぺち?」

       周囲から日本語で言うように注意されるが
       焦って、つい母国語になってしまうエンジェル

羊子   「(小声で)ん? え?」

ナッキー「フィリピンではこれ、
     なんていうお料理なんですか?」

エンジェル「ルンピア、ルンピア」

       突然電波が悪くなりエンジェルの言葉が
       うまく聞きとれない羊子

羊子  「ええと……る、」

ナッキー「はい?」

羊子  「ルー」

ナッキー「ルー?」

羊子  「ルー?」

ニッチモ「(徹子の部屋のテーマソング)るーるる、るるる……♪」

ニ・サ 「るーるーるーるーるーるるーー♪」

ナッキー 「やかましい。(笑)ちょっと、黙ってなさい。」

エンジェル「ル・ン・ピ・ア」

羊子  「ああ、はい、ルンピアといいます。」

ナッキー「奥さーん、緊張してますー?」

ニッチモ「わかります。不気味ですもんねー。
     こんな(サッチモの顎を持ち、顔を観客に向ける)
     抽象画みたいな顔がそばにいたら。」

サッチモ「ちょっとなに言ってるんだかわかんないんですけど。」

ナッキー「へっへっへ。でもいいですねぇ、裕次郎さん。
     毎日奥さんのこんな手の込んだお料理を召しあがれて。」

裕次郎 「ふふふ、まーね。」

ナッキー「ここにある以外に、奥様の手料理でお好きなものはなんですか?」

裕次郎 「えー」

ニッチモ「そりゃ、もちろんゴルゴサーディンですよ、ねえ。」

サッチモ「バーカ、手料理っだって言ってんのに。」

ニッチモ「そーですよ。だから、あの缶詰を使った手料理ですよ。
    (気取って)パスタとかアヒージョとか。
     私、漫才やる前はプロの料理人だったんです。」

サッチモ「なにがプロの料理人よ。機械がにぎったシャリに
     ネタのっけてただけでしょが。」

ニッチモ「じゃああなた、漫才ネタのひとつも握ってごらんなさいな。」

サッチモ「(寿司を握るしぐさで)へいおまち、二千五百円いただきます。」

ニッチモ「はい。(お金を渡すしぐさ)」

サッチモ「はい、五百円のおつりです。」

ニッチモ「なら二千円でしょ。
     最初から二千円って言え。もーいいわ。」

ニ・サ 「どうもありがとうございました。」

ナッキー「はい。というわけで、今回のお宅訪問。
     俳優の石倉裕次郎さんのお宅にお邪魔しました。
     裕次郎さん、まり子さん、
     今日はどうもありがとうございました。」

ニ・サ「ありがとうございました。」                    

川口  「はーい、OKです。
     お疲れ様でした。みなさん、よかったですよ。
     裕次郎さん、お疲れ様でした。
     奥様も緊張してお疲れになったでしょう。
     いろいろとご準備ありがとうございました。
     ナッキーさん、お陰様で時間内におさまりました。
     ありがとうございました。お疲れさまです。
     万事Qスさん、お疲れ様でした。次は緑山でしたよね。
     途中なので、ロケ車でよければお送りしますよ。」

       挨拶を交わし合う出演者とスタッフ
       その場で撤収の準備を始める
    
       リビングの一同もひそかに喜び合う
       そんな中、家にこっそり戻っていた、まり子
       ドア越しからリビングの様子を見ている

山内  「どうやら、替え玉作戦、成功のようですね。」

ももこ 「ホント、羊子さん、うまくママの代わりを
     演じきってくれたわね。」

山内  「拓哉君もありがとう。あなたの機転で助かったわ。
     エンジェルさんも、ホントありがとう。」

エンジェル「いえいえ、とういたすぃますぃてー。」

明    「ありがとな、エンジェルちゃん。」

       すると、まり子が部屋に押し入り

まり子  「これはいったいどういうこと? 替え玉って何よ!
      もう頭に来た! なにもかもバラしてやる!」

       怒ってキッチンに飛び込もうとするまり子
       慌ててまり子を抑える一同、
       全員で引きずるように
       まり子を別室へ連れて行く

       玄関に出て来る番組関係者
       山内も戻ってきて
       裕次郎、羊子と共に
       スタッフを見送る

山内  「羊子さん、今日はどうもありがとう。
     急に無理なこと頼んで、すまなかったわね。」

羊子  「いいえ。裕次郎さんの頼みとあればお安い御用です。
     エンジェルさんの発音が独特でひやひやしましたけど。
     なんか、まだ胸がドキドキしてます、うふふ。
     でも、すごく楽しかったです。
     一風変わった即興劇を演じてたような……。」

裕次郎 「いやー、君がいなかったらどうなってたことか。
     まったく、君のアドリブ力には感服するよ。
     山内君も言ってたよ。
     君は女優として必ず成功するって。(山内に)なぁ。」

羊子  「ホントですか? 嬉しいな。」

裕次郎 「疲れただろう。俺も緊張してたから、
     喉がからっからだ。あっちでお茶でも。」

羊子  「そうですね。」

裕次郎 「山内君も一緒に。」

山内  「裕さん、なに呑気なこと言ってるんですか。
     さっき、奥さんが戻ってこられて、こっちは大変だったんですよ。
     事の一部始終が全部バレちゃって。
     『なにもかもバラしてやるーっ』て大暴れしちゃって、
     危うくキッチンにのりこもうとするところを
     みんなで必死に止めたんですから。」

裕次郎 「家内は今どこに?」

山内  「今、ももこさんの部屋にいます。
     お嬢さんたちがなだめてるところですよ。
     裕さん、奥さんとの関係、今度こそちゃんと修復してくださいよ。
     もう二度とこんなことはゴメンです。」

裕次郎 「悪かったな。みんなに迷惑かけて。
     けどなぁ。家内を前にすると、どうもうまく話せないんだ。
     俳優だから、決まったセリフならすらすら言えるんだがなぁ……。」

羊子  「じゃあ、またこれを使ったらどうですか?」

       懐からイヤホンを取り出し
       裕次郎に手渡す

羊子  「裕次郎さんがこれをつけて
     裏で山内さんがセリフを飛ばすんですよ。
     まさに、プロンプターですね。」

山内  「なるほど。私はかまいませんけど、裕さん……?」

裕次郎 「うーん、もうひと骨折ってくれるかい、山内君。」

山内  「ふうっ、乗りかかった舟です。やりましょう。」

羊子  「私も協力しますから。」

裕次郎 「ありがとう。二人とも、すまないねぇ。」

山内  「じゃあ、拓哉君からスマホ借りてきます。」
     
羊子  「裕さんはこれを。」

       裕次郎、渡されたスマホをポケットにしまい
       イヤホンを左耳に装着
       頬杖をつくような恰好で耳元を隠す練習
        
       山内、拓哉のスマホを持って
       リビングに戻ってくる

山内  「今、奥さんに降りてくるよう言ってきました。
     私たちは隣にいますからね。」

       山内と羊子、ダイニングキッチンに移動し
       カーテンを閉じると椅子に座って待機する
       ソファでスタンバイする裕次郎 

       間もなくリビングに入ってくるまり子
       ドアを閉めると
       裕次郎を見て、一瞬立ち止まるが
       不機嫌そうに近づいて
       裕次郎のそばに座る
     
           
裕次郎 「まだ怒ってるのか。」

まり子 「当たり前でしょ。さっきのあれなによ。
     替え玉って……、呆れて物も言えないわ。」

        キッチンの山内
        スマホに小声で

山内  「あれは、山内が仕組んだことで
     俺はそれに従っただけだ。」

裕次郎 「あれは、山内君が仕組んだことで
     俺は彼女に従っただけなんだよ。」

まり子 「どうやらこの家は、私がいなくても平気みたいね。」
     
山内  「そんなことない。お前はこの家の要なんだ。お前なしでは回らないよ。」
 
裕次郎 「何をいう。お、お前はこの家の要なんだ。お前なしでは回っていかないよ。」

山内  「お前にはホントに苦労をかけていると思う。」

裕次郎 「お前には本当に苦労をかけていると思う。」

羊子  「お前をないがしろにして、すまなかった。」

裕次郎 「お前をないがしろにして、すまなかったな。」

まり子 「今日のあなた、やけにぺらぺらしゃべるわねぇ。
     いつも、あーとかうんしか言わないのに。」

山内  「今日のようなことがあって、俺も心から反省したんだ。」
 
       電波が途絶え、焦る裕次郎
       耳元を押さえながら

裕次郎 「今日のようなことがあって、ああ……、うーん、
     なんだ。なんというか……」

山内  「あ、しまった! 電池が切れた!」

まり子 「うん? 今、あっちから声がしなかった?」

裕次郎 「いや、ああ……、あっ!」

       裕次郎の耳からイヤホンが落ちる
       慌てて拾うが、
       それを見てカラクリに気づくまり子
       立ち上がり、キッチンへ向かう
       山内と羊子の姿を見つけ、がっかりする、まり子

まり子 「なんだ、そういうこと。どおりでペラペラしゃべると思ったら。」

       山内と羊子、バツが悪そうに立ち上がり
       キッチンを出て行く
       廊下ではリビングの声に聞き耳をたてる
       明、美智子、ももこ、あんず、拓哉

まり子 「あなたって人は、なんでこんな小細工しないと
     私と話しができないの?
     口下手なのはわかってたけど、こんなのありえない。
     私との話し方も忘れちゃった?
     台本がなければ、私と雑談もできないっていうの?
     
     そうよ、あなたには雑談力ってものが、まるっきりないのよね。
     今日こんなことがあったとか、
     こんなもの見かけたとか、その時どう感じたとか。
     あなたから、そういう話、聞いたことないわ。     
     私や家族にいつも無関心だから、周りの事にも鈍感になるのよ。
     そんなあなたに、人の心を打つ芝居なんて、できるわけないでしょ。」

裕次郎 「わかってるさ。俺に役者は向いてない。」

まり子 「ははっ、開く直るんだ。
     あなたは、役者としても最低だけど、親としても最低よ。
     娘の交際相手にも全く無関心。
     高校中退のフリーターだなんて……、先が見えてるわよ。
     そんな将来性のない男と付き合ってる娘が心配じゃないの?
     もし、出来ちゃった結婚なんてことになったら……」

       廊下で顔を見合う、ももこと拓哉
       拓哉、頭を搔いて気まずそうな顔

まり子 「……ほら、そうやってすぐ黙っちゃうんだから。
     私、あなたといると、どうにかなりそうなのよ。
     
     もう無理。私、あなたのすべてがイヤになったわ。
     顔見るのもいや。今度こそ本当に出ていくから!」

       そこへ、ももこたちがドアを開け、なだれ込んでくる

ももこ 「ちょっと待って。ママ、それって本心じゃないでしょ。
     私にはわかってる。
     ホントはママ、パパのこと大好きなはずだよ。
     それなのに、出ていくだなんて、
     なんでパパを脅迫するようなこと言うの?」
      
あんず 「そうよ。ママがパパと話したがるのは、
     パパのこと大好きだからだよね。
     パパのこと嫌いだったら、むしろ無言でいてくれた方が
     ありがたいもん。でしょ?」

ももこ 「ママ。ママは雑談が大事だって言うけど、話してることは
     こうして、ああしてって自分の要求ばっかり。
     それじゃあ、パパだって、ママと話すの嫌になるよ。」
       
あんず 「でも、パパ。
     もう少し、ママにも関心を持ってあげて。
     ママが一生懸命話しかけてるのに      
     パパの反応がスカスカだったら、ママだって寂しいよ。
     だいたい、ママの愚痴が増えるのは、
     おじいちゃんとおばあちゃんのせいなんだからね。」

ももこ 「そう。おじいちゃんとおばあちゃんも悪いよ。
     おじいちゃんは、だらしないし
     おばあちゃんは我儘だし。
     ママがなんでもしてくれるからって、甘えないでよ。」
    
あんず 「これから、どんどん歳とって体が弱ったら
     それこそ、ママの世話になるしかないんだよ。
     それを考えたら二人とも、
     もう少し、態度あらためてよね。」

ももこ 「ママにあんまり面倒をかけないでやって。
     同居してくれてるだけでもありがたいと思わないと。
     ママが出てって一番困るのは、
     おじいちゃんとおばあちゃんなんだよ。」

あんず 「ママはホントによくやってると思う。
     ごめんね、ママ。私たちもママに甘え過ぎてたよね。
     これからは私たちもできるだけ手伝うからさ。
     掃除に洗濯……
     料理だけは自信ないけど、今はスマホで材料入力したら
     すぐにレシピが出てくるし。」
     
ももこ 「そうそう。
     ママもたまにはうちらに甘えなよ。
     家事は全部私たちに任せて。
     どっかで息抜きしてきてもいいからさ!」

あんず 「あっ、でも次からは、黙って出て行くのはやめてね。
     みんな心配するから。」

       場がようやく和み始める 
       すると、突然口を開く拓哉

拓哉  「あのー、ちょっといいっすか。(後方から前へ出てくる)
     (まり子に向かって)さっきの話なんすけどぉー。
     ほら、高校中退のフリーターなんて、先が見えてるって。
     あれなんすけどぉー、
     俺はそうは思いたくないんすよねぇ。
     これでも一応、俺にも夢があってぇ。
     実は俺、弁護士目指してるんすよぉ。」

ももこ 「ええ?」

あんず 「誰が?」

拓哉  「いや、俺がっ! バイト先だって弁護士事務所だしー。」

ももこ 「うそ、それじゃあ時給千円のバイトって……」

拓哉  「パラリーガルしながら、法律の勉強してんだ。」

あんず 「ええ、でもさぁ、拓哉さんと弁護士って、なんか、もんのすごく
     遠くない? なんでまた弁護士……?」

       拓哉、静かに話し始める (BGM)

拓哉  「俺が小学四年の時に、オヤジが殺人の容疑で捕まってさ、
     新聞にも大きく出たんだ。
     ところが数年後、真犯人が捕まって、
     オヤジは無罪放免。それは良かったんだが、
     一度疑いをかけられた人間は、社会復帰も厳しいんだ。
     オヤジは職探ししながら、なんとか懸命に立ち上がろうとしてた。
     そんな親父が、ある日突然死んだ。自殺……したんだ。

     俺の下には弟と妹がいてさ。母子家庭じゃ、生活もカツカツで。
     おまけに学校じゃ、のけものにされて……。
     俺も十代の頃はすっかりグレちまってさ、
     すさんだ毎日を送ってたよ。

     そしたら、今度は俺が傷害の疑いで捕まっちまって。
     もちろん、犯人は俺じゃない。
     だけど、アリバイもなかったし、無罪を訴えたところで、
     誰も信じてくれないに決まってる。
     やけになった俺は、取り調べの間、ずっと黙秘してたんだ。

     でもその時、俺についてくれた国選の若い弁護士さんが
     証拠を丁寧に集めてくれて……、
     俺が無罪だってことを証明してくれたんだ。

     そん時思ったんだ。
     弁護士って、すんげーなっ、かっけーなーって。
     俺もあんな風になりてぇー。
     この世から、冤罪を無くさねーとなって……
     それで、弁護士を目指そうと思ったんだ。」

       拓哉、力強い眼差しで宙を見つめる
       彼の言葉に一同感動する
     
ももこ 「でも拓哉、あんた大学行ってないよね。」

拓哉  「ああ、うん。予備試験つーのが、あってさ。
     それに合格すりゃ、大学行ってなくても、
     誰でも受けられんだよ、司法試験。」

ももこ 「へぇ。」

あんず 「ほら、キムタクのドラマ、HEROの久利生公平もそうじゃん。
     中卒の検事。で? その予備試験ってのには、もう受かってるの?」

拓哉  「おう、……まあな。」

あんず 「すっごーい!」

拓哉  「んでよ、実は、来週からいよいよ、
     司法試験が始まんだよ。そんで、先月からバイト休んで、
     まいんち寝る間も惜しんで勉強してたんだ。」

あんず 「そうだったんだ。でも、メールぐらいできるでしょ?」

拓哉  「悪りい。
     試験が終わるまでは、
     ももこと会うのも話すのも、我慢しようって決めてたんだ。
     ゲン担ぎっつーかさ。
     受かってから堂々と話そうと思ってよ。
     まあ、一発合格は、なかなかきびしーとは思うけどな。」

       まり子にすまなそうに手を合わせる拓哉

あんず 「もぉー、お姉ちゃんすごく心配してたんだからー。」

拓哉  「黙ってて悪かったな、ももこ。」

ももこ 「ううん。私こそ、疑ってごめんね。」       
    
       感極まって拓哉の胸に顔をうずめる、もも子
       それを見ていたエンジェルまでもが興奮し
       明にしがみつく
         (BGM 途切れる) 
       カチンとくる美智子
         
美智子 「ちょっとあなた、離れなさいってば。」

       エンジェル、明から離れると
       今度は、誰かれかまわず、
       次々としがみついていく
       右往左往する一同
       まり子、うなだれる裕次郎の隣に
       座り直し

まり子 「人って見かけによらないものよねー。」

裕次郎 「ホントだな。俺も俳優のくせに口下手で、気が小さくて。」

まり子 「そうよ。でかいのは図体だけで中身はマジガキ!」
         
裕次郎 「はっは、ガキか。」

まり子 「そう。いつまでたっても、甘えん坊で気の小さいガキよ!」

       言い終えて、クスッと笑うまり子
       夫婦茶碗に茶を淹れ始める
        
裕次郎 「俺も、もう少し雑談力を鍛えるかな。」

       裕次郎に黙って茶を差し出す、まり子
        
裕次郎 「あーざっす。」

       お互いの顔を見て、思わず笑いだす
       裕次郎とまり子

      (終幕ジングル・フェードイン)

       裕次郎、湯呑をそっと持ち上げ
       懐かしむように
       まじまじと見つめる        
       まり子も自分の湯呑みを持つと
       愛おしそうにそれを見つめる
        
       二人ほぼ同じタイミングで
       「ふーふー」しながら
       二度、三度、ゆっくりと茶をすする
       深くため息をつく二人
        
       周囲の喧噪をよそに
       そこだけ切り取ったかのように
       ほのぼのと温かい空気に包まれる
                              ------終幕

     
 
 

 
後書き
この脚本を上演してくださる劇団さん、募集中。
下のメアドにご一報ください。
加筆・修正に関しましてはご相談にのります。(ご使用は無料です)
✉:silkyjam2@yahoo.co.jp 紗夢 
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