| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

人理を守れ、エミヤさん!

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

運命を感じなくもないね士郎くん!

 
前書き

 

 




「キャット!? なぜキャットが此処に……逃げたのか? 自力で特異点から脱出を?」

 現代社会の闇は深い。僅かな期間で華のローマ皇帝が、日本のサブカルチャーに由来するネタを解するまでになった。
 ……現代社会ではなく、日本の闇の文化(アニメ・ラノベ)かこれは。まあどちらも立派な商業で芸術、闇と云うと語弊があるのだが。なんであれ可愛ければ許される世の中故に、ネロは余裕で生き残っていけるだろう。果ては伝説のアイドルかセレブな美女か。スーパー・ユー○ューバーに成る可能性もあった。

 ……ん? アイ、ドル……? うっ、頭が……!

「あのぉ、それきっと別(じん)の私です。よりにもよって、キャットとかいうナマモノと間違うのはやめて頂けます?」

 ネロによって召喚されたのは、青い和服を艶やかに着崩した傾国の美女だ。美貌で言えばアルトリアやネロ以上――何気ない所作や言葉遣いから教養の深さが滲み出ていた。
 彼女の生前の戦場は、血腥い戦争の場ではなく宮廷だったのだろう。何より特徴的なのは、その頭部に屹立する狐耳……臀部の尻尾だ。……ふむ、ネロのサーヴァントはけ○のフレンズでなければならない縛りでもあるのだろうか。アタランテに続き、キャスターまでけ○のフレンズだとは。これは召喚主の嗜好が出ている可能性がある。もしそうだとすると、ネロはケモナーだった……?

 戯れ言はさておくとして。

 ネロ曰く第二特異点での事だ。カルデアがやって来る前の戦いで、カウンター・サーヴァントと共に抗っていた所、ネロに力を貸して戦った者の中にキャスターと瓜二つの風貌をしたサーヴァントがいたらしい。
 タマモ・キャットと名乗ったバーサーカーだというが――タマモだって? それに狐っぽい尾と耳……もしやこの和装のキャスターの真名は『玉藻の前』だったりするのか?

 そう問うと、和装のキャスターはキャットとやらと同一視され盛大に顔を顰めていたのを、太陽のような笑顔に変えて肯定した。

「はい、ご賢察でございますイケ魂の方! この身は黄帝陵墓の守護者にして、崑侖よりの運気を導く陰の気脈。金色の陽光弾く水面の鏡――真名を玉藻の前。此処ではない彼方にて、自他ともに認める素敵な殿方の良妻勤めますれば、此度の召喚の儀にて不思議な(でんぱ)をビビッと拾って罷りこしました」

 そこまで晴れやかな笑顔で告げた御狐様。が、ふと俺の顔を見て怪訝そうに眉根を寄せた。
 まるで知己の人物の意外な姿を見た、といった表情だ。随分とオチャメな性格らしい。表情からキャラまで分かりやすい。

「――って、あれれぇ? 何やらキザな弓兵さんとおんなじお顔……おまけに折角のイケ魂が見るも無惨な有り様ではございませんか」

 玉藻の前の目がぐるりと周囲を見る。「げっ! ランサーさんにアーチャーさん……なんですこれ、同窓会か何かなんですか……?」と嫌そうに呟いた。……イケタマとはなんだろうか?
 どうやら他の聖杯戦争で、サーヴァントのネロやクー・フーリン、アーチャーを見知っているらしい。青と赤の野郎達に気だるい視線を向けると彼らは首を左右に振った。玉藻の前と同様の記憶は無いらしい。その視線のやり取りを玉藻の前は見て取り察したのか、途端に興味を無くしたように赤と青から意識を外し、俺の全身を見渡した。

「みこーん? なんですこれ? まるでイケない大陸狐に十年以上ぶっ通しで拷問された後かのような? てっきり地上のご主人様かと思って召喚に応じてみればあら不思議。『絶対諦めないマン』的な魂の似てる別人でした。
 ま、いっか! そこはそれ、お顔は気にしない良妻狐、折角素敵な魂に惹かれて来たのですし、人理を巡る貴方達の旅路に同道させて頂きます。とりあえず魂の傷、さくっと治しちゃいます?」

 え? 治せるのですか……?

「声も出したくないほど億劫なのでございましょう? というかなんで二本足で立ってられてんですかね……普通床に伏せてて三日後ぐらいにはポックリご臨終コースなんですけれど」
「なんだと!?」

 玉藻の前の言に血相を変えたのはネロだけではない。マシュやアルトリア、オルタ……というより全員だ。俺は居たたまれない気分でそっと目を逸らす。

「シロウ! 何故黙っていたのですか!? 三回戦えるというのは、もしかして……!」
「……や、訊かれなかったから……」
「ガキかテメェ! 勝手にくたばるところじゃねえか!」
「ランサー……そうは言う、が、どうせ死ぬなら前のめり、だろ……? あの毒で駄目になった魂の治癒とか……アイリさんの宝具でも無理だったじゃないか」
「先輩……」

 だから俺は悪くない。そう締めると、オルタは険しい顔で歩み寄ってくる。そのまま拳を握るとそれを俺の腹に叩き込んできた。
 魔力放出を行わない拳擊は、ただの少女の膂力のものだ。だが、そこに籠められた激情が響く。甘んじて受けるしかない。

「良く分かりました。シロウの口から出た『大丈夫』は全く信用に値しない事が。キャスター、貴様はシロウに治すかと訊いたな? 出来るのか」
「素晴らしいキレの一撃……! お手本のような腹パンです! ワザマエ! ――おっと。まあ、出来るか出来ないかで言えば出来ますが。というより出来なければ、いよいよ水天日光の存在価値がないといいますか……」
「やれ。……いや、やってほしい。頼む、この通りだ」

 オルタが頭を下げる。俺は――ああッ、糞ッ。自分の騎士に、女に頭を下げさせるなんて、無様も極まったぞ。どうせ死ぬなら少しでも役に立って、それからくたばろうとした浅慮な己を恥じる。俺が死ぬのを拒絶してくれる人がいるってのに、何を格好良く死のうとしてるんだ俺は。
 俺は萎えた脚を殴り付け、キャスターの前まで行くと深く頭を下ろす。オルタにだけ頭を下げさせる訳にはいかない。

「出会い頭ですまん。後生だ、治してくれ。俺はまだ、死ぬわけにはいかない……!」
「むむむ……もしかして私、とんでもなくナイスなタイミングで召喚されちゃいました? 流石は私、イケ魂を救う宿命を常に負う良妻狐! もちろん構いません、対価も結構。義を見てせざるは愛なきなり。水天日光の真価、出血大サービスでお見せしましょう!」

 と、言うわけで。コホンと咳払いをした玉藻の前は厳粛な面持ちで宝具を開帳した。
 神前で神楽を舞う巫女の如き貞淑さと神聖さを醸し出し――謳うは神宝、その祝詞。膨大な魔力反応が辺り一帯を照らし出す。

「ちょっと神様っぽいところ、見せちゃおっと。掴みの第一印象実際大事! ではでは――軒轅陵墓(けんえんりょうぼ)、冥府より尽きる事なく。出雲に神在り。審美確かに(たま)に息吹を、山河水天(さんがすいてん)天照(アマテラス)。これ自在にして禊ぎの証、名を玉藻鎮石(たまものしずいし)神宝宇迦之鏡(しんぽううかのかがみ)なり――! なぁんちゃって☆」

 彼女の周囲を浮遊していた鏡が俺の姿を照らし出す。その水天の照り返す日光を満身に浴びた。
 ちろりと舌先を出して、てへっと茶目っ気を見せる彼女のノリの軽さは、まさに日輪のように明るかった。













 宝具『水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)』。

 宝具としてのランクは、本来の玉藻の前なら評価規格外だが、サーヴァントの玉藻の前ではDランクが精々らしい。種別は対軍だという。
 その由来は天照の天岩戸の逸話で登場する八咫鏡。鏡の形をした宝具で、出雲にて祀られていた神宝にして出雲大神の神体だ。
 この宝具は『魂と生命力を活性化させる』力を持つ。本来は死者すら蘇らせる事すら出来る、冥界の力を秘めた神宝中の神宝だが、一尾でしかない今の玉藻の前では真の力は引き出せない。

 だが――それがどうしたというのか。

「は……ははは! はははは! 治った、治ったぞ……!」

 腹の底の底、沈澱していた澱みが一掃され、一気に虫食い状態だった魂が修復されていく実感に高揚する。

「うおっ、眩しっ!?」

 喩えるなら電撃に打たれた瞬間、見事に蘇生した末期患者だ。何もかもへの気力が萎えていたのが、今に走り出してしまいたくなる元気を注入された気分である。
 何故か玉藻の前は腕を翳して、和服の裾で目を隠していたのに構わずその手を取る。

「――ありがとう。君と、君を召喚したネロは命の恩人だ。この恩は決して忘れない」
「あ、あはは……やばい、この方の全開のイケ魂は私の天敵……! ワイルド肉食狩人系イケ魂でございましたか……! 死に瀕していた弱々しい魂が、快癒した事で生命力に溢れたギャップに、この良妻ともあろう者が、不覚にも心を狩られるところでございました……! これはもう呪相・玉天崩を放つしか!」

 みだりに女性の手を握り続けるわけにもいかない。感謝の念を出来る限り強く伝え、ネロの手を取る。同じように感謝した。

「ありがとう、ネロ。本当に助かった。玉藻の前を召喚してくれたお前も、俺の命の恩人だ」
「楽にせよ、シェロ。きっと神祖は、必要なのが自分ではなく、此度の招きに応じてくれたキャスターだと判断して繋げてくれたに相違あるまい。それに命の恩人というのは余にも言えた事だ。第二特異点のローマにて救われた恩……これで返した事にしてくれればそれでよい。気にするな」

 ああ、本当に得難い友人と出会えた。
 人理を巡る旅の途上でも、いい縁に巡り会えるのが救いだった。

 岸の方から声がした。ドレイクだ。出航するよ野郎共! ちんたらしてないでさっさとしな! 勇ましい海賊の、ヤケクソ気味な閧の声もする。どうやら無事に焚き付けられたらしい。それもひとえにドレイクへの信頼があるから出来た事なのだろう。

 俺は苦笑する。そして俺達は黒髭の宝具である『アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)』へと乗り込んだ。目的を探すのが目的の、宛のない航海のはじまりだ。
 ふと閃いて、俺は嗤う。あのヘラクレス野郎をぶちのめす奇策が。ネロと会話している玉藻の前に頼めばやれるはずだ。彼女は呪術の使い手なのだから。

「――にしても、まさか生前のネロさんと主従になるだなんて、この海の狐の目を以てしても見抜けませんでしたよ」
「うむ。そなたは英霊の余と会った事があるのだったな? どんな経緯であれ、余がローマ皇帝として英霊に名を列ねているのは安心できる。余はこうしてカルデアにいるが、余の成した事が後世に繋がっているのだからな……」
「というより私からしてみたら、特異点から別の時間軸にマスターとして引き抜かれるだなんて、聖杯の力業と言っても無茶苦茶じゃないです? そこんところ悔いとか、恨み節とかないんですか?」
「ない。サーヴァントの余には興味はあるが、カルデアの余とは起源を同じくするだけの別人だ。それにカルデアが来ねば、そもそも余は死んでいたし……来ても来なくとも、あの特異点でのローマは滅んでいた。謂わば余は帰る国のない亡国の皇帝だ。今後はそのつもりで接するがよい、キャス狐よ」
「……はい。それもまた是です。ネロさんが手強い恋敵ではないというのも些か寂しくもあり嬉しくもあり……広い世界です、そういう事もあるのでしょう。ご主人様との事がないから、いい友人になれそうですしね」
「――ああ、見知らぬ誰かの良妻狐の玉藻さん。略してタマさん。話があるんだが、いいか?」

 何やら意味深なやり取り故に割って入るのは躊躇われたが、どうにも一段落ついたようなので、一応の断りを入れる。
 すると玉藻の前はにこやかに応じてくれた。矢鱈とフレンドリーというか、距離感が近い。何故なのか。

「はい。その前に一つ、こちらからよろしいですか?」
「ああ、どうぞ。レディ・ファーストだ」
「あらお上手。――えっとぉ、いきなり過ぎて可笑しく思うかもしれませんが、貴方のお名前は衛宮士郎、あそこのキザな弓兵とは起源が同じなだけの別人である殿方ですよね?」
「? そうだ。それがどうかしたか?」
「いえ。ということは、辿った人生の道筋も異なると受け取って構いません?」
「ああ」

 何が聞きたいのか、僅かな逡巡と共に彼女は曖昧に言う。

「ふわっとした感覚でお訊ねするのもアレなのですけど……以前私がお仕えしたご主人様――あ、もちろん今もお仕えしてるんですが。それはそれとして、奇妙な直感というか良妻の予感と云いますかですね……」
「……?」

「あの、もしかして、荒唐無稽で脈絡がないのは百も承知ですが……エミヤさん。もしかして貴方は……『岸波白野』様というお名前に聞き覚えがあったり……します?」

「白野? 知ってるが……なんだ。まさかタマさんのマスターは白野だったのか?」

 何気なく応じる。というか白野……平行世界の事なんだろうが、お前も聖杯戦争に巻き込まれてるのか……。思うところはあるが、玉藻の前の雰囲気的に無事ではあるのかもしれない。

 ビーン! と玉藻の前の耳と尻尾が逆立った。おお! と感動を露にするタマさん。俺としてはその耳と尻尾が気になる。切実に触りたい。が、流石に不躾かつ破廉恥なので自重した。
 何を隠そう俺は犬派であり猫派でもある。寧ろ可愛いものは満遍なく好きだった。

「やっぱり! で、で! どんな感じでお知り合いに!?」
「話せば長く――は、ならないか。普通に旅先で出会って、幼い白野に懐かれてな。白野のご両親共々親しくさせてもらっただけさ」

 一体の死徒を巡り、聖堂教会と魔術協会の狩りが行われ……旅先の長閑な街は火に包まれた。
 俺にとっては今後、滅ぼすべき邪悪を見定めたターニング・ポイントだったが、被害者にとってはあくまで悲惨な悲劇だった訳である。一言で語れるものではないし、軽々しく語るべきでもないだろう。だから親しくさせてもらった、という部分しか言えない。

 玉藻の前は目を輝かせて幼い頃の白野の話をねだってくる。それに応えて、出来る限り詳細に当時のやり取りを語った。
 しかしふと、俺も感じていた違和感を、玉藻の前は問い掛けてきた。

「――あの、もしかしてエミヤさんの仰るご主人様は……女性、だったりするんですか?」
「ああ。というより、タマさんの云う白野は男みたいだな」
「ええ、男性です。しかしあの方の記憶――幼い故に顔などは曖昧でございましたが、確かにエミヤさんとのやり取りは明瞭に残っておりました。私のご主人様のオリジナルである方は男性ですが、異なる世界でも貴方と出会っていたのですね」
「そうか……白野が男か。ふ、さぞかしいい男になったんだろうな……」
「それはもう! そして――ええ、どうやら貴方はご主人様にとって、とても大切な方のようです。それだけ分かればもう充分! 私が惹かれたご主人様に、貴方が多大な影響を与えたとなれば私にとっても恩人です。善き出会いを、ありがとうございますと言わせてください」
「礼は要らない。白野が歩み、白野が君を惚れさせた。ならそこに俺みたいな外野が関わる余地なんか無いんだからな」
「それは確かに。私のご主人様はまあ、厳密に言えばその、地上のご本人とは直接的な繋がりをお持ちではありませんでしたし。――でも、そんな中でも、貴方との事を覚えていられるほど深い想いでした。ですので、私が貴方に感謝するのは私の勝手。そういう事です」

 なるほど。
 勝手に感謝されるのは座りが悪いが、それを咎める権利はこちらにはない。玉藻の前が感謝してくれているなら、そんな俺に恥じない在り方を俺が保てばいいだけだ。

「――私に呼び掛ける声が届いたのは、私にネロさんとの縁があったのと……私と懇ろにお付き合いくださるご主人様と、エミヤさんに深い縁があったからなのでしょうね。謂わば貴方がここで命を拾ったのは、貴方のこれまでの道が貴方を見捨てなかったから。エミヤさんは、善き道を歩まれていたから、勝手に助かった。ですのでエミヤさん、私に感謝する必要はありません。どうか自然体でよろしくお願いしますね」
「了解した。だが感謝の気持ちは忘れない。それも俺の『勝手』だろ?」
「みこっ? あら。これは私としたことが、一本取られてしまいましたね」

 そう言って、玉藻の前は口許を裾で隠し、典雅に微笑んだのだった。






 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧